第五話-3 包囲網
★★★
「ほらー、口のまわりがクリームだらけ。はい、これ持って」
撫子はクレープを私に押し付けると、ハンカチを取り出して私の口を拭きだした。
て、顔が近い近い!
「どしたの? 顔が真っ赤だけど、大丈夫?」
なんなの、これ? いつもと立場が大逆転じゃないの。
それもこれも、今日の撫子が可愛いすぎるのが悪いのよ!
って、それも私のせいか。くそ。
「あーもー、わかったわよ」
「わかったって、何が?」
「なんでもないわよ。で、どこ行くの?」
「んー、そうだなー。どこ行こーかー」
「なら、お洋服見に行かない?」
「あ、今日は服はいい」
「えっ! どうして?!」
そんなあ、久しぶりの着せ替え人形ごっこを堪能したいのにぃ。
「だって、巴絵がせっかくこの服を選んでくれたんだもん。今日はこれしか着たくないや」
「ゴフッ……」
何というご褒美言葉。吐血しそうになったわ。
それに、いつのまにか乙女モードも復活しているし。
「そそ、そういうことなら仕方ないわね。でも、じゃあどうしましょうか」
「んじゃあさ、アニメショップに寄っていい?」
「え? 撫子がそういうの、珍しいわね」
「うん、キャンディに、グッズでも送ってやろうかと思って」
「あらそお。でも、今はネットで何でも買えるし、あの子ならたくさん持ってるんじゃないの?」
「そうでもないって言ってたよ」
「へー、それは意外ね。そっち方面はあまり興味はないのかしら」
「興味はあるけど、いっぱいありすぎて集めても集めてもキリがないから、買うのをやめちゃったんだって」
「なるほど、確かに。じゃあ、何を送るつもりなの?」
「地元テレビアイドルの『マロニスクール』と、こないだ始まった『雷様戦士オダイジン』あたりはどうかなって。
さすがにマイナーすぎて、アメリカでも手に入らないだろ」
「ああ、いいかも。
ところで『雷様戦士オダイジン』って、あの、お金の力で何でも解決しちゃうというヒーローでしょ? あんなの子供に見せていいのかしらね」
「いいんじゃないの? 茨城なんか、権力で何でも解決しちゃう爺さんがずっとヒーローやってるじゃん」
「そういえばそうね」
★★★
通称『オタビル』(正式名称は知らない)。
タキオン通りの中ほどにあるこの建物は、ソフトや書籍のみならず、フィギュアからカードゲーム、果てはコスプレショップまで、地下1階から地上6階までの全てがアニメ関連のお店で埋め尽くされ、今やタキオン通りの名所となりつつある。
休日ということもあって、ビルの中は大変に混み合っている。どのお店も賑わっているようだ。
お目当てのショップは、4階。
ここ地元愛溢れるタキオン通りに店を構えるだけあって、ちゃんと地元コーナーなるものまで設えてある。
備え付けのスクリーンでは『雷様戦士オダイジン』が、必殺札束チョップで怪人の頬面を引っ叩いていた。
「うわあ、思ったより沢山あるな。どれにしよう」
「あの子なら、何でも喜んでくれそうだけどね」
「まあ一番喜びそうなのは、巴絵のヌード写真だけどな」
「引っ叩くわよ。
あら、ちょうどオダイジン札束チョップがあった。すごいわこれ、広げると扇子にもなるみたい」
「うーん、さすがにそれはいらないだろ」
「そうね、本物を沢山持ってるでしょうしね」
「これは? スカイベリ姫ストラップ」
「あら、かわいい。いいんじゃない? あの子、美少女大好きだから」
「それにこのお姫様、胸がスカイベリーで何気に巨乳なんだよね。キャンディの奴ったら、自分が巨乳のくせに巨乳好きだし」
「こっちの、マロニスクールのかんぴょう子ちゃんも結構すごいわよ」
「ブロマイドとCDでいいかな」
「うん、いいんじゃない。……ん?」
なにやら、視線を感じる。
顔を上げると、近くの客が目をそらしたような気がした。
はてな、と思って周囲をぐるりと見回すと、私の視線に合わせるように客達が次々と目をそらしていく。
うーん。私も撫子も、とかく目立ちがちなのは自覚しているし、今日の撫子は特に可愛らしいから、注目されちゃうのも仕方ないけど。
でも、どうも妙な感じね。何だろうこれ、いつもの物珍しげな視線とは違う、この粘っこい感じが神経に触る。
「どったの?」
「あ、うん。何でもない」
撫子は何も感じていないようだ。気にしすぎかしら。
ところが、店を出るとその妙な感じは益々強くなった。
外の人通りは店に入る前と変わらず多く、かなり混み合っている。でもさっきと違うのは、私と撫子の周りにだけ変に空間ができていること。
囲まれた? 何者?
だが周りの群集には私達を気にしている様子は全く見えず、行き交う人々はただ普通に通り過ぎていくだけ。
こんな高度な包囲網は見たことがない。
が、こちらに悟らせないことを意識しすぎた結果、このおかしな空間を作り出してしまったのは計算外であっただろう。
おそらく、取り囲む者の人数が多すぎたのだ。そのため、一般人に十分に紛れ込むことができず、全体としての不自然さを消し切ることができなくなっているに違いない。
いったい何者なんだろう。まさかと思うが、撫子を狙う獄落院の刺客という可能性も……。
「巴絵」
撫子も、さすがに気づいたようだ。
「うん」
私達が歩き出すと、それに合わせるようにその変な空間も移動していく。
視線は感じない。その代り、意識的にこちらを見ないようにしている雰囲気はひしひしと伝わってくる。
ひょっとして、さっきお店の中で私に気付かれたのを、気にしているのかしら。
そして、それを気にし過ぎた結果生じた微妙な乱れが、この空間?
よおし、だったらもうひと揺さぶりして、連中を焙り出してやる!
「撫子、2歩ダッシュ」
周囲に気を配りながら、小声で撫子に指示を出す。
「オッケ」
撫子も、視線をこちらに向けずに、小声で答える。
「せーの、それっ」
私と撫子は同時にダッシュし、2歩目でビタッと停止した。
近頃の修行の成果、二人ともこういうステップワークはお手の物だ。
その一瞬の挙動に釣られて反射的に動いてしまった奴らが、私達にその存在を露呈する。
ザマアミロ。
「ふふ……。て、えっ?」
「なんだ?」
作戦はみごと大成功。というより、私達の周りでは予想以上の大混乱が生じていた。
やはり、何者かに監視されていたのは間違いなかったようだ。
でも、いくらなんでもこの状況は……。
「え、なになに?」
「どうしたの、フラッシュ・モブ?」
その中に交じっている、関係のない本当の通行人達が驚いて周りをキョロキョロと見回している。
呆れたことに、この人ごみを形成していた人間のほとんどが怪しい連中で、その中に一般の人が入り込んでいるという感じだった。そりゃびっくりするわ。
しかも、
「な、何してんの、こいつら?」
通りのあちこちで、その怪しい連中による意味不明な睨み合いが発生していたのだ。
予想をはるかに超える大人数、そして訳のわからない睨み合い。ひょっとして、私達を囲んでいた集団は、1つではなかったのだろうか。
そう思った矢先のことだった。
「何だよお前ら」
連中の一人、学生らしきお兄さんが、向かい合っている相手に言った。
よく見ると、睨み合いのほとんどは、学生対大人という組み合わせになっている。
ほんとに何なの、これ?
「あなた達こそ、何者?」
その相手、OL風の女性が聞き返す。
その言葉にお兄さんはニヤリと笑うと、姿勢を正して胸を張った。
「俺達は、なでとも大好き倶楽部、特別親衛隊だ!」
「「ブーッ!」」私と撫子が同時に吹いた。
こっ、こいつらまさか……。
「なでとも大好き倶楽部?」
だが女性は、わずかに眉を上げただけだった。
「そうだ。さっきから挙動不審な奴らがウロついていると思って警戒していたが、とうとう正体を現したな。
我々なでとも大好き倶楽部は、撫子様と巴絵様のお姿を遠くから見守ることのみを是としている。
お前達のようにお二人の大切な休日を邪魔する者は、許すわけにはいかないのだ!」
やはり、私達を取り囲んでいたのは、一つではなかったらしい。
つまり、この二つの勢力が互いを牽制し合った結果、意図せずして不自然な空隙が生じてしまい、私達にその存在を暴露してしまったというわけだ。
じゃあ、片方の勢力はおなじみのアホ共として、こちらの女性達の方は? まさか、本当に獄落院の刺客……。
「ふふ……」
女性が、不敵な笑みを浮かべた。




