第五話-2 竜野宮発
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「現在のミトリグループの前身である『壬鳥商会』は、私のおばあちゃんであり、藍子、あなたのひいおばあちゃんである、第41代当主壬鳥燕子が創設しました。
終戦直後の混乱期、日本中であらゆる物資が不足する中にあって、おばあちゃん達当時の壬鳥衆が真っ先に考えたのは、人々の胃袋を満たすこと。
全国に散らばる壬鳥衆は、おばあちゃんの号令のもと、その強力なネットワークを駆使して日本中から食料と燃料をかき集め、それをまた全国にバラ撒くという作業を行ったのです。
それは、単なる物資の流通に留まらず、農業・漁業など生産者の復興支援から資金調達まで。敗戦のショックで麻痺状態に陥っていた民間経済を、力づくで動かしたの。
そうやっておばあちゃん達は、死にかけていたこの国に生きた血を流し込み、甦らせようとした。人の手だけを頼りに。
国の定めた経済統制なんか、完全に無視したそうよ。
『お国の為とか言いながら、好き勝手に喧嘩してこの国をぶっ壊した馬鹿な男どもの言うことなんか、聞く必要はねえ。家を守るのはおら達女の仕事だ』って。
早い話が、おばあちゃんは全国規模の闇市の総元締めになっちゃったらしいのね。
もともと壬鳥衆は、巫女の組織として神道とも深いつながりを持ちながら、人々の暮らしに添う形でその安寧を守る活動を続けてきました。
ですから闇市もその延長でしかなかった訳なのだけれど、あれが壬鳥衆が社会の表舞台に出るきっかけとなったのは間違いないわね。
そして今のミトリグループも、その延長線上にある。
だからミトリは、いつでも日本中の主婦の味方なのよ」
「ふうん。でも、お母さんがそんなに偉い人だったなんて、どうして今まで教えてくれなかったの?」
「え? 別に私は偉くもなんともないけど」
「だって、そのミトリグループのトップなんでしょ?」
壬鳥とミトリ。今になって思えば、どうして気付かなかったのか不思議なくらいだ。
でも、自分にとってはどちらも生まれた時から慣れ親しんだ名前で、当たり前すぎて違和感など感じようもなかったのだ。
それよりも、むしろ今の状況の方が違和感満載だ。
このお母さんが、大企業のトップ?
じゃあ私達も、実はお金持ちのお嬢様だったってことなの?
「うん。でも私が作ったわけじゃないし、仕事だって私が何もしなくてもみんながちゃんとやってくれるし。
だから毎日ちゃあんと、晩御飯に間に合うくらいには帰って来ているでしょ? こんなのパートよ、パート。
お給料だって安いし」
「え、安いの? いくらくらい?」
「んーと、手取りで13万くらい?」
「えっ? だって大企業のCEOでしょ?
サンニー自動車のドーンさんとかソフトパンツの張さんなんか、何億円も貰ってるんじゃなかった?」
「そんなに貰ってどうするのよ。
なに? あんたもしかして、大金持ちになってお城みたいな家に住みたかったの?」
「え? いや全然」
そんな恥ずかしい生活なんか、絶対に嫌だ。
安心した。やっぱりうちは庶民だったんだ。
「でしょ? だからこれでいいのよ。
私なんかよりも、ほんとに偉いのは毎日遅くまでお仕事を頑張ってるお父さんの方だわ。
頑張るのはいいけど、張り切りすぎて体を壊したりしないか、それだけが心配。今日も早く帰って、美味しい晩御飯を作ってあげなくちゃ」
いきなり惚けだした。
「お父さんって、お母さんの部下ってことになるの? まさかお父さんも知らないってことはないよね」
「当たり前でしょ。でもお父さんは、そんな細かいことは気にしないの」
確かに、うちのお父さんなら何とも思わないだろうな。
「ま、一番偉いのは、八百年も前に巫女の側から神道を束ねるという巨大組織を作り上げた、この初代様ってことなんですけどね」
(これ、褒めるならもっとちゃんと褒めよ。
しかしまあ、組織というても儂が作った訳ではないし、巫女とは言うても儂は別に信心深かった訳でもないしの。
元はと言えば、とある神社に世話になった時に、たまたま巫女装束を貰い受けたのが始まりじゃ。
儂が生きておった当時はのう。渡り巫女と言うて、一つ所に留まらずあちこちの社を渡り歩く巫女も珍しくなかった。
それゆえ、あれを身に着けてさえおれば女の一人旅も不審がられることはないし、そのうえ腹が減ったらそこらの社へもぐり込んで飯にもありつけるという、おまけ付きじゃ)
「渡り巫女は知っていますけど、あれって巫女というよりも遊女に近かったのでは?」
(その通り。要するに恰好だけ、今で言うコスプレエじゃよ。はっはっは)
「初代様は、ずっと全国を旅しておられたのですか?」
(うむ。おかげで国中の神職と仲良うなったぞ。友達の輪っ! じゃ)
無理して現代語を使おうとしているみたいだけど、微妙にズレている気がするのが……まあいいか。
「初代様はその旅を通じて、人助けと壬鳥衆の組織作りを進められたのよ」
(なに、組織などとそんな大層なものではないわ。
あの当時は、国中が飢えておった。何処に向かっても、死人と死にかけは腐るほど転がっておってな。というか本当に腐っておったが。
まあ、死んでしまったものは仕方がないが、死にかけならまだ望みはある。片っ端から拾っては、近くの神社に放り込んでやったのよ。
そんなことを続けていたら、次第に縁というか、生き存えた者達も増えて、連中同志の繋がりが出来てきたという訳じゃ)
「人を助けるなら、神社よりもお寺の方がよかったのではないですか? 鎌倉の当時なら、仏教の方が力を持っていたでしょう」
(坊主は嫌いじゃ)
「どうして?」
(あの連中は、口先だけで何もせん。そのうえ女を見下し、分け隔てまでしくさるのじゃ。
酷い時など、女は不浄と寺の門すらくぐらせぬことさえあったぞ。
不浄なのは女ではなく、そのような目でしか女を見ることのできぬ卑しい心根の方であろうに。己が女の股から生まれたことすら憶えておらぬ、大馬鹿者じゃ。
何が衆生を救うじゃ! クソ坊主が思い上がりおって!
ハゲが寝言を唱えるだけで世が救われるなら、誰も苦労などせぬわ!)
どうやら地雷だったらしい。
初代様がここまで怒り出すとは、当時のお坊さん達と何かあったんだろうか。
何かあったんだろうな。
「まあまあ、初代様。そうやって初代様が救い上げた人達と、神道組織の繋がりの中から、壬鳥衆は生まれたのですよね」
(じゃから、それをやったのも儂ではなく、我が娘じゃ)
「二代目当主、泉深子様。
ただ初代様を慕う人々の集まりに過ぎなかった壬鳥衆を、全国の神社を裏から束ねる巨大組織へと育て上げた、伝説の大神巫女」
(大神巫女か。あれはまさしく、狼の巫女じゃったな。
ま、正直言って儂は苦手じゃったな。なにしろ堅苦しくて、冗談がまるで通じぬのじゃ。
それに何かというと説教ばかりしくさるし)
初代様が娘さんにお説教されているという図が、容易に想像できてしまうのは何故だろう。
(思えば、儂の方が奴めに説教をくれてやったのは、一生のうちにたった一度きりであった)
「一度だけでも、そんなことが。いったい何があったのですか?」
(うむ。とにかくあの頃の世は、国全体が酷い有り様でな。
平家の馬鹿共が滅びたと思ったら次の源氏がこれまた馬鹿で、その後を継いだ北条がまたもや大馬鹿と続いたものじゃから、儂は『まったく男共ときたら、戦ばかりしよって民のことなどちっとも考えておらぬ』と嘆いておったのじゃ。
それを耳にした泉深子の奴が『では、鎌倉を滅ぼして壬鳥が天下を取りましょう』などと抜かしおってのう)
「「え゛っ……」」




