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第五話-1 タキオン通り

第五話


 『犬が西向きゃ尾は東』という諺を教えてあげたら

  「それを言うなら『ボインが西向きゃヒップは東』でしょ?」とキャンディに笑われた

   なんじゃそりゃ


 うん、異文化交流って難しいな。というお話



★★★

 タキオン通りは、竜野宮市の中心部にある県内随一の商店街だ。

 全長約500mのアーケードの中に、数多くの商店や商業ビルが軒を連ね、長年にわたって市民の台所、生活と娯楽の中心地として賑わいを見せてきた。

 しかし近年、地方都市の宿命ともいえる空洞化の波はこの地にも容赦なく押し寄せ、一時はシャッター通りと化して、静かにその役目を終えるかに思われた。


 それを救ったのは、一人の市役所職員。

 不況と人口流出に喘ぐ竜野宮を救うために彼が振りかざした、最強の剣。

 それは、一皿の餃子だった。


 初めは市民でさえ「こんなものが何になる」と、笑った。

 だが、彼は信じていた。

 餃子の消費量、全国第1位。彼が見出したこのちっぽけな白い塊の中には、ちっぽけな竜野宮市民の、燃えたぎる情熱と愛がたっぷりと詰め込まれている。

 全国に向かって、彼は叫んだ。「俺達の、熱々の魂を喰らえ!」と。

 それから数年、彼は勝利した。

 今では、魂の一皿を求めて、日本中から大勢の人々がこの街を訪れるようになっている。

 タキオン通りにもかつての賑わいが戻り、季節ごとのイベントや路上マーケットなど、人々の関心を集める行事も数多く催されるようになった。

 そして遂には、1棟まるごとアニメショップというアニメビルまで登場するに至って、この街は原宿や秋葉原にも匹敵する(と地元民は断言する)若者の街として、見事に蘇ったのだった。


 今、タキオン通りが熱い。



★★★


 いや、暑い。

 もう9月も終わろうというこの時期なのに、気温は連日30度を越え、残暑というよりも夏真っ盛りと言いたくなるほどの暑い日が続いている。

 ここタキオン通りにも、長そでを着ている人など一人もおらず、皆汗を拭きながら人ごみの中を行き来していた。


 あの凄惨な株主総会から、はや一週間。

 今日の日曜日、私と撫子は久しぶりにのんびり買い物でもしようと、電車で三駅離れた場所にあるこの商店街まで足を延ばしたのだった。


 今日の撫子は、私コーディネイトによる白のワンピース。

 うん、実によく似合っている。

 というか、私がこの日のためにわざわざ用意してあげたのだから、似合わないはずがないわ。

 そして対する私はというと、Tシャツに半ジャケ、デニムのパンツ。髪もアップにしてキャップに押し込み、全体的にラフにまとめている。


 私は普段はミニスカートか短パンのことが多く、デニムを穿くことはあまりない。

 理由は、その方がいざという時に脚を自由に動かしやすいから。

 まあ、撫子に言わせれば「お前は、いざという時に暴れないように、縄で縛っておきたいくらいだよ!」だそうだけれど。

 でも今日はあえて、この格好にしてみた。

 写真集から抜け出たような超絶美少女の撫子と、長身でボーイッシュな姿の私。

 この二人が並んで歩く姿を端から見れば、完璧理想のカップルとしか映らないに違いないのだ。

 ほらほら、道行く人がみんな見てる見てる。


 今日は、初代のババアも藍子お姉さんに憑いてお出かけしているし、本当に久しぶりの、二人っきりのお出かけだ。

 これをデートと呼ばずしていったい何と呼ぼう。

 誰が何と言おうと、これはデートなのだ!


 見れば撫子もニコニコとご満悦な様子で、私に軽く腕を絡めて鼻歌なんか歌っている。

 こんなご機嫌な撫子は、近頃では珍しいくらい。

 でも私に言わせてもらえば、この撫子は意外でも何でもない。この子には、本人も気づいていない秘密があるのだ。

 それは何かというと。

 実は撫子は、服装の影響を非常に受けやすい性格なのだ。

 普段一番着慣れている制服姿がノーマルモードだとすれば、バスケ着のスポーツモードやパジャマ姿のお休みモードの時などは、言葉遣いや顔つきまで違って見えるほど。

 もしかするとそれは、私以外の人は気づかないくらいの微妙な変化なのかも知れない。

 でも私には判るのだ。


 そしてそして、滅多に着ないヒラヒラワンピの今日この日はというと、私の狙い通り完全に乙女モードになっているのよ。

 イヤッホーい!


「ねえねえ巴絵ー」


 撫子が目をキラキラさせながら、こっちを見上げてくる。

 いつもの睨み付けるような視線も嫌いじゃないけれど、このお星さまいっぱいの目もたまんない。

 この破壊力ったら、もお! もおっ!


「ん、なあに?」


 デレデレにニヤけてしまいそうになる顔の筋肉を必死で引き締め、そっけなく答える私。


「クレープ食べたい」


 食べたぁい、と甘えるように言っているように聞こえるけど、これは錯覚よ錯覚。

 しっかりしなさい、私。


「ああ、いいわね」


「わあい。じゃあ買ってくる!」


 タッ、と。

 駆け出す撫子のスカートの裾が、ヒラヒラと蝶のように舞い踊る。

 走り方まで女の子走りになっちゃってるよ。

 ああ、最高。

 クレープ屋の列に並ぶ後姿でさえ、このまま写真に収めてしまいたくなるくらい絵になっているわ。

 よおし、気づかれないうちに……。


「あのー、すみません」


 撫子に向けようとしたスマホのレンズを遮るように、見知らぬ男が私に声を掛けてきた。


「私、タウン誌モロミヤの編集部の者ですが、ちょっとお写真いいですか?」


「は?」


 ひとが写真撮るのを邪魔しておいて、何言ってんのこいつ。


「実は今日は休日のタキオン通りをレポートしようと取材に来たんですけど、お嬢さんがあまりにお綺麗なので、次号に掲載させていただけないかと思いまして」


 タウン誌か。

 うーん、褒めてもらったのは嬉しいけど、雑誌はちょっと嫌だなあ。


「いやあ、本当に素晴らしいむ、スタイルをしてらっしゃる。ぜひグラビアで使わせて下さい」


 今、ぜったいに胸って言いかけたでしょ。


「えー、でもぉ、私中学生ですからぁ、親の許可がないとぉ」


 普段はまるで気になどしていないのに、こういう時だけ親を持ち出す私。


「えっ! 中学生?! まさか」


 とか言いながら、視線を下げてどこ見てんのよ、このスケベ。


「ええー? ……いや、わかりました。じゃあこうしましょう。

 とりあえず今日は写真だけ撮らせて頂いて、できあがったものをご両親に見てもらい、許可が出たら掲載させていただく、と。

 ねっ? これならOKでしょ?」


 食い下がるな、こいつ。さすがプロと言うべきか。


「うーん」


「よし、じゃあお願いします」


 と、返事も待たずにカメラを向けてくる記者。

 このやろう、ぶっ飛ばしてやろうかしら。

 それに、いつの間にか周りに人だかりまで出来ちゃってるし、まったくもお。

 あれ? そういえば撫子は?


 ……と見たら、あいつったら!

 見物人に交じって、クレープかじりながら他人事のようにこっちを見てる!

 しかも何なの、そのいやらしいニヤニヤ笑いは。

 せっかくの乙女モードがすっかり解けちゃってるじゃないのよ。


「はい、じゃこっち見てくださーい。いきまーす」


 カメラをぶん取ってやろうかと睨み付けたその時、

 ドンッ「あ、すみません」と、通行人が記者の背中にぶつかった。


「おっとと。ごめんなさい、もう一度おねがいしまーす」


 と、記者が再びカメラを向けた途端、今度はそいつの腕に別の人がぶつかってきた。


「あ、ごめんなさい」と謝って去っていく男性を軽く睨みながら、カメラを構え直した記者と私の間を、またもや人が通り過ぎた。


「ちょ……」


 視線を遮られてさすがにムッときた記者に、更に別の人が当たり、今度はよろけた記者の方が後ろの女性にぶつかってしまった。

 しかも、その拍子にカメラのストラップがその女性のボタンに引っかかって、二人とも身動きがとれなくなってしまった。


「ちょっと、やだ……」


「あっ、すみませんすみません」


 チャンス!

 記者が女性とやりあっている隙にその場を離れ、見物客と一緒にポケッと突っ立っている撫子の手を引いて、そそくさと逃げ出す。


「あー、面白かったー」


 ベリー&ベリーをパクつきながら、満足げに笑う撫子。


「面白かったじゃないわよ。どうして助けてくれなかったのよ」


「えー? だって、あそこであたしが出てったら、余計ややこしいことになってたじゃん」


「むー」


 確かにその通り。あの場面でこんな可愛らしい撫子まで登場しちゃったら、あの記者を余計に喜ばせただけだわ。

 でも、


「はい、巴絵のいつもの」


 そう言って、もう一方の手に持ったチョコバナナWクリームを差し出してくる。

 でも、撫子に正論言われるのは、なんかムカつくから!

「ガブッ」と、差し出されたその手に直接かぶりついた。


「あーもー、行儀悪い」


「モグモグ」


 だから、あんたが正論吐くのはやめなさいよ。

 ほんとムカつく。


 頭にきたから、聞こえないふりよ。

 ふんっ、だ。




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