第四話-15 1番壬鳥珠子。歌います!
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母ちゃんが、真っ暗な舞台に向かってスタスタと歩いて行く。
あたし達は、姉ちゃんを先頭にその後について行った。
舞台の真ん中へ。マイクを前に母ちゃんが立ち、その後ろに顔を強ばらせた4人が並ぶ。
客席は暗くて何も見えないけど、さざ波のように押し寄せて来る騒めきの様子から、超満員なのが判る。
そして、アナウンスが流れた。
『皆様、長らくお待たせいたしました。只今より、株式会社ミトリホールディングス臨時株主総会を開催いたします』
ライトがつき、舞台が明るく照らされる。
同時に、場内が大歓声に包まれた。
「キャー! 珠子ちゃーん!」
「珠子様―! ステキー!」
「たーまちゃーんっ!!」
会場一杯にペンライトが揺れ、紙テープが飛び交う中、あたし達4人はスポットライトの眩しさと客席から響く拍手と歓声の大音量に圧倒されて、あっという間にパニックに陥っていた。
もう、気絶しそう!
「皆さん」
母ちゃんが、マイクに向かって声を発した。
一瞬にして、会場がしんと静まり返る。
「お久しぶりです。ミトリグループCEO兼株式会社ミトリホールディングス代表取締役、そして壬鳥巫女衆第四十三代当主、壬鳥珠子でございます。
またこうして皆さんとお会いでき、元気なお顔を拝見できたことを大変嬉しく思います」
ここで一呼吸。
「では、歌います!」
は? 今、母ちゃん何て言った?
と思う間もなく、音楽が流れ始め、会場はまたもや大歓声で沸き上がった。
このメロディーは、聞いたことがある。ミトリのCMソングだ。
でも今流れているのはテレビでいつも流れているやつとはアレンジが大分違って、なんかロックっぽい。いや、アニソンぽいぞ、これ。
もう何がなんだか、頭の中が『?』マークで一杯になっているあたし達四人をよそに、母ちゃんはマイクを手に、まるでアイドルのように歌い踊りまくっている。
うわあ、母ちゃんって今年で何歳だっけ? 自分の母親のこんな姿を間近で見るのって、キッツイなー。
「ほう、これはまた見事に言霊が乗っておる。大したものじゃな」
隣で、巴絵が呟いた。じゃなくて、ばあちゃんだ。
「どういうこと?」
「このあいだ巴絵の家でテレビンを見ていた時に、この歌が流れておっての。
歌い手の声とは別に言霊が乗せてあって、聞く者の心に沁みるように細工がしてあったのじゃ。なるほど便利なものじゃなと感心しておったが、やはりこ奴の言霊であったか」
「まさか、CMソングに言霊?」
全然知らなかった。
いいのかよ、そんなことをして。それって洗脳じゃないの?
「歌と舞で民を魅了し、言霊をもって万民の幸せを祈る。これぞ正に壬鳥の巫女じゃ」
何だか知らないけど、ばあちゃんが喜んでいるからいいのかな。
それにしても母ちゃん、何者なんだよ。
「ねえねえ、姉ちゃん。しーいーおーって何? もしかして、母ちゃんて偉いの?」
「CEOっていうのは、最高経営責任者って意味だよ。学校で習った。
でもお母さんがそんなのだったなんて、私も知らなかった」
「社長さんなの?」
「うん、まあ。代表取締役ってのは要するに社長と同じようなものだけど、ミトリグループの最高責任者ってことは、社長よりもっと上の、つまり一番偉いんじゃない?」
パートのおばさんじゃなかったのかよ!
「訳わかんないよ。だって今日は、親戚の集まりじゃなかったの?」
「うん、私もわからないよぉ」
さすがの姉ちゃんでさえ、声がうわずっている。
蓬子なんか、姉ちゃんにしがみついたまま白目をむいているよ。とっくに気を失ってるみたいだ。
無理もない、あたしだって泣きそうだもん。
そして曲が終わり、母ちゃんは手を振りながら歓声に答えていた。
「みんなー、ありがとー! 新曲いかがでしたかー! 来月からテレビで流れるから、楽しみにしてねー!」
会場は大盛り上がり。客席のあちこちから「珠子さまー!」とか「たーまちゃーん!」とか声援が飛んでくる。
『ではここで、定足数の御報告をさせて頂きます』
再び、アナウンスが流れる。
『発行済株式総数、16万8500株。総株主数、1万3528名。うち本日御出席の株主様、2135名、この議決権10万飛んで1838個。委任状により御参加の株主様、1万1393名、この議決権6万6662個。棄権はございません。
よって、本会は適法に成立致しましたことを御報告申し上げます』
「ありがとう御座います。
さて、それではさっそく議題に移りたいと思います。まず第一号議案、壬鳥衆当主交代の承認に関する件でーすっ!」
マイクに向かってしゃべる母ちゃんの姿と、その言葉の内容に、もの凄い違和感を感じる。
会社の株主総会って、どこもこんななの?
「先にお伝えした通り、このたび、私こと壬鳥珠子は長女藍子に当主の座を譲り、引退することとなりました。
伝承の儀式も済ませ、ご先祖様の許しは既に得ておりますが、本日この場をもちまして、皆様のご承認を賜りたいと存じます。加えて次席撫子、三席蓬子のご披露もさせて頂きたいと思います。
ご紹介します。壬鳥巫女衆第四十四代当主、壬鳥藍子にございます」
スポットライトに照らされて、藍子姉ちゃんが前に進み出る。途端にまた大歓声だ。
「初めまして、壬鳥藍子です。
若輩者ではございますが、日の本の民の平安のため、皆様の幸せのために精一杯がんばりますので、ご指導ご鞭撻のほど宜しくお願い申し上げます」
ライトが当たった途端、姉ちゃんの顔つきが変わった。声もビシッと落ち着いて、さっきまでとはまるで別人のようだ。
姉ちゃんすげえ!
「では新当主、さっそくですが」
姉ちゃんがお辞儀をして後ろに下がろうとしたところに、母ちゃんが声をかけた。
「一曲歌って頂きましょう! ミュージックスタート!」
「ええっ!!」
これには藍子姉ちゃんも驚いた。
「はい正面向いて、しゃんとしてね」
さっきの曲が再び流れ始め、マイクが渡される。姉ちゃんは、母ちゃんと違って直立不動のまま、ぎこちなく歌い始めた。
うわあ、何の罰ゲームだよこれ。見ているだけで鳥肌が立ってきたよ。
「はーい、皆さんいかがでしたでしょうか。
お気づきの方もいらっしゃったかと思いますが、新当主はまだ修行中の身で、言霊をうまく操ることができません。また、私も承継の儀を終えておりますので、以前ほどの力がありません。
従いまして、このままではCMソングの言霊効果も、ここ暫くは力を十分に発揮することができないものと思われます。
ミトリ総研の試算によりますと、新曲に私の言霊を乗せた場合の総売上高は、マイナス約3%。藍子の言霊の場合は4.5%のマイナスとなる見込みです」
いきなり、客席がしんと静まり返る。どこからか、うーんと唸る声も聞こえて来た。
さっきまでのお祭り騒ぎから一転してこの空気、こいつら一体ふざけているのか真剣なのか、どっちなんだよ。
「ですがご安心ください。新曲には、藍子と私の二人の言霊を乗せる予定です。これによる総売上の伸び率はプラス5%にも上るとの試算が出ています!」
その一言で、会場は再び大歓声。
「デュエットキター!」なんて声まで聞こえたよ。
かわいそうに、姉ちゃんたら舞台の真ん中で泣きそうになってるし。
そして次に、あたしと蓬子が呼ばれた。まさか、私達も歌わされるの?
「ど、どうも。壬鳥撫子です」
「蓬子です」
もうやだ、帰らせてー!
「えー、実はこの二人は、永らく途絶えておりました祈りの術を復活させております。この場をお借りしまして、その力の一端をご披露したいと思います。
藍子?」
再び姉ちゃんが呼ばれて、あたし達の前に立った。
「藍子姉ちゃん、何をすればいいの?」
「まさかここで独楽回しとか、ないよね」
「よく判らないけど、とりあえず光っとけばいいんじゃない? じゃあ、いくぞ」
姉ちゃんがあたし達の額に手を当て、『許し』をくれる。修行が進んだおかげか、もう変な呪文みたいなのを唱える必要もなくなったみたいだ。
あたしと蓬子は二人並んで小さく息を吐き、目をつぶった。
精神を集中、一息ごとに全身が淡いピンクの光に包まれて行くのを感じる。
蓬子の方は、あたしとは違ってやや黄色味がかった、というよりも黄金色の輝きだ。
そして沸き起こる、どよめきと拍手……。
ゆっくりと目を開き、会場を見渡す。と、何やらあちこちにぼんやりした光りが見えた。
ペンライトなんかじゃなくて、人が、光っているみたいだ。
一人、二人……数えようとしたら、だんだん数が増えてきた。会場全体でいったい何人……、いや何十人もいる……。
その光景に、思わず息を飲んだ。
その人たちは皆、手を合わせたり祭具のようなものを手にしたりして何かに祈っているように見える。
そう、間違いない。あたし達ほど強くはないけれど、あれは確かに祈りの光だ。
すごい、あたし達以外にも力を持つ人が、あんなに沢山……。
違う! そうじゃない!!
あたしはこの時、大変なことに気がついた。
光を発しているのは全体から見ればほんの一部だけど、他の人達だってあたしと蓬子の光がちゃんと見えている。
ということは、ここに集まっている2千人以上もの人達全員が、何らかの力を持つあたし達の仲間だったんだ。
そして今日ここに来ている人以外にも、もっともっと大勢の人達が!
「それでは、採決に入らせていただきます。
第一号議案、当主交代の承認に関する件につきまして、賛成の方は拍手をお願いします」
これが壬鳥、こんなにも多くの仲間がいただなんて。
アメリカのキャンディに見せたら、いったい何て言うだろう。
割れんばかりの拍手と歓声を浴びながら、あたしは密かな感動に包まれていた。




