第四話-11 予兆
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「はあ、柊はんにはちょっと悪いことしたなあ。
それにしても撫ちゃんたら、あないに仲良しやったなんて。後できっちり説明してもらわな、納得いかんわ」
部活の後、私は撫ちゃん達と別れ、一人で市の図書館へと向かっていた。
この街へ越して来て、もう1ヶ月。
その日々の暮らしの中で、私はある得体の知れない違和感を抱くようになっていた。
何がという訳ではないのだが、どうもこの地は余所とは違う、その印象が日増しに強くなってくるのだ。
もちろん、壬鳥の結界が街全体を覆っているであろうことは承知の上で、だ。
この結界の正体を私もきちんと解読できた訳ではないのだが、少なくとも何らかの干渉を受けているのを感じることくらいは、私にも出来る。
この微風のような希薄な結界を感じ取ることができるのは、おそらく獄落院にあってもごく僅か。その頂点に立つ十二神将の中でも、ほんの2、3人だけだろう。
第一位の宮毘羅と、この私、それから空間術に長けた迷企羅くらいなものか。
私より上位とはいえ、伐折羅の爺にはまず無理。未熟な珊底羅などでは、自分が何かをされているということすら気づきはしないだろう。
だが、私が感じているのはそういうことではないのだ。
この街、というよりもこの土地。そこに潜む漠然とした違和感だけが、私の頭を悩ませていた。
壬鳥家がこの街に移り住んだのは、戦後のことらしい。
現在の当主、壬鳥藍子から数えれば先々代の時代だ。
一族の永い歴史の中ではごく最近の出来事と言えるが、それでも壬鳥がこの地を選んだ理由をただの偶然と言い切ってしまうには、納得いかない部分がある。そう思わせる何かが、この地には潜んでいた。
だからまず手始めに、竜野宮の歴史や由来などに何かヒントになるものはないか調べてみようと、先日から図書館通いを続けているのだった。
(安底羅……)
五月蠅い奴が来た。
(またお前か、珊底羅。今度は何の用?)
こいつが未だに結界の中に居続けていられるのも、不思議と言えば不思議だ。もしかして、私を監視しているだけで壬鳥に対しては直接の行動を起こしていないから?
ふむ、その辺りに結界を破るヒントがありそうな……。
て、あかんあかん。こないな悪いこと考えとったら、私の方が追い出されてまう。
いやや、そんなの。
(このところ報告が途絶えているって、本家から連絡が来ているわ)
(あっそ)
(忠告したでしょう? あなたはいつまでそうやって)
(だから今、調査中よ。邪魔すんなバーカ)
(春風! あなた、なんて汚い言葉を!)
あっ、しもた。私としたことが、撫ちゃんの影響やろか。まあええわ。
(とにかく、今は大事な調べものをしている最中だから。あなたの忠告通り、壬鳥から離れて一人だけでね。だから放っといて)
(一人でって、今更手遅れでしょうに。また、あれをやらかすつもり?)
(あれって何よ)
(いつもの事でしょう?
任務とは関係ないどうでもいいことに気を取られて、そっちに夢中になって。そして終いには任務の方を放り出す。
それで今までに、何度失敗したと思ってるの?)
ああもう、本当に五月蠅い。
確かに珊底羅の言う通り、そんな調子で失敗したことは何度もあるから、言いたくなる気持ちも判らないではない。でも、真相はそうではないのだ。
私が気に留めたことの多くは、本家の馬鹿共が気づかない本当に重大な問題で、それを放置しておいたら、後で取り返しの付かない事態を招く恐れがあるものばかりだったのだ。
だが、己のプライドと狭い見識の範囲でしか物を考えられない馬鹿共は、あくまで自分達の考えに固執し、私の意見に耳を傾けず過ちを認めようとはしなかった。私の言葉など、ただの言い訳にしか聞こえなかったのだろう。
力ずくだけで物事が進んだ大昔とは時代が違うのだということすら理解できない、大馬鹿者達だ。
それに、そもそも私は、本家の指令自体に何の価値も見い出していない。
裏でコソコソと動き回って人を陥れるなどという行為に、いったいどんな意味があるというのか。やるなら正々堂々、正面からやれば良いではないか。
そういった意味では、私も本家の連中と変わりはしないのだろう。
双方ともお互いを見下し合うだけで、相手を理解しようという気持ちがまるでない。これではどこまで行っても、平行線にしかなりようがないよね。
だからと言って、私から歩み寄ろうなんて気持ちは更々ないし。
あーあ。こうなってくると、無条件に本家に従うことの出来るこの馬鹿珊底羅がちょっと羨ましいわ。
(安底羅、そろそろ他の神将達も動くわよ)
(は? どういうことよ、ここは私の結界のはずでしょう?)
ここで言う『結界』とは、いわゆる術としての結界とは意味合いが異なる。
獄落院十二門家には、ある不文律が存在する。
すなわち、ある門家の任務を他の門家は邪魔してはならない、というものだ。
仲間なのだからそんなことは当然とも言えるが、その律は非常に厳格で、邪魔とは一切の干渉や口出しを指す。
そのため、任務中はその任地自体がその門家の支配する結界、つまりは縄張りと見做され、他の門家衆は許可がない限りその地に足を踏み入れることすら許されないのだ。
まあこれも言ってみれば、互いに張り合うことしか知らぬ獄落院の悪しき慣習ではあるのだけれど。
だから、本来ならこの珊底羅のように他の神将が私の領域に侵入して監視役を務める、それも第四位に座するこの私を下位の者が監視するなど、あってはならないはずのこと。
だが今回に限っては、私がそれを受け入れたので可能となっている。と言うより、失敗続きの私がそれを受け入れざるを得なかっただけのこと。
そのせいで私は、今もこうしてこの馬鹿がぐちぐちと垂れ流す繰り言を我慢して聞いている、という訳だ。
だが、他の神将達となれば話は別だ。
(私は、許可した覚えはないわよ。私の結界を犯すことは、たとえ宮毘羅であっても出来ないはず)
(残念ながら、その宮毘羅よ)
(えっ……)
(壬鳥神社から持ち出された秘宝は、世界を揺るがす力を秘めている可能性がある。これを放置することは、単なる壬鳥との確執に留まらず、獄落院の存続そのものを脅かすことにも繋がりかねない。
よって、何としてもそれを手に入れる必要がある。ですって)
(宮毘羅が……。一体、その秘宝って何なの?)
(それを突き止めるのが、あなたの新しい任務よ。
まずは秘宝の存在と、その正体の確認。奪取はまた別の任務として、時が来るのを待つことになるでしょう)
獄落院十二門家の筆頭。陽明門の守護者、宮毘羅。
その権力はある部分においては本家すら凌ぎ、本人の神力自体も十二神将の間でも別格。私など足元にも及ばぬ相手だ。
その宮毘羅が本気になったとしたら……。
(それだけじゃないわ。どうやら宮毘羅は、壬鳥衆そのものを獄落院に取り込もうとしている)
(取り込む? どうやって?)
(知らないわ。とにかく、あなたもいつまでも夏休み気分じゃいられないってことよ)
私がここに来たのは夏休みが終わってからだよ、バーカ。
(それから、もう一つ)
(まだ何かあるの?)
(壬鳥神社へ向かった調査隊が、消えたわ)
「え……」
一瞬、足を止めてしまう。
珊底羅の言葉の意味を十分に咀嚼するために、それだけの時間が必要だった。
(いつ?)
再び、歩き始めながら。
(連絡が途絶えてから、もう3週間になる)
(出発してすぐじゃないの)
(そう。距離的には、壬鳥神社へは1日あればたどりつける。ただ、その入り口を探り当てるためには、相当な日数が必要と思われていた。
でも、現地についた次の日にはもう、調査隊の全員と連絡が取れなくなってしまったの)
調査隊のリーダーを務めていたのは、第三位の迷企羅。
空間操作のエキスパートで、私にとっては結界術の師匠にあたる。今回の任務には、これ以上の人選はなかった。
(捜索隊は出さなかったの?)
(もちろん、すぐに第2次調査隊を出したわ。ところが今度は、何の手掛かりもなく手ぶらで戻ってきたそうよ)
古い文献によれば、これまで壬鳥神社を目指した者は、壬鳥衆であると無しとに関わらずその全員が、今回の第2次調査隊と同じように糸口さえ見つけられずに空しく帰路につくことになっている。
社を包む結界は、ここ竜野宮に張られているようなものなのか、あるいはこの世の外に据えられているのか、いずれにしても来訪者に危害を加えるようなものでなかったことは確かだ。
だが今回の、第1次調査隊が消えたという事実。それは三つの可能性を示唆している。
一つ目は、文字通り消されたか。二つ目は、捕らえられたか。
そして三つ目は、見事結界の入り口を見つけ、神社にたどり着くことができたか、だ。
なるほど、こうなった以上は宮毘羅もじっとしている訳にはいかないってことね。
(わかった。御忠告は有難く耳に入れておくわ。じゃあ私はもう行くから、そろそろ消えてね。
邪魔だから)
(チッ)
舌打ちと共に、珊底羅の気配が遠のくのが感じられた。
それにしても、宮毘羅か。
まさか、本人が直接乗り込んでくることはないだろうけど……。そんなことをしたら、壬鳥と全面戦争だもの。
でも、あの男が本気で動き出すというのなら、私もいつまでものんびりしていられないのも確か。
しゃあないなあ。暫くはのらりくらりと適当に凌げばええ思うとったんに。
今の段階で本家に反旗を翻すのは下策や。私はまだ忠実な獄落院の十二神将でおらなあかん。
あーあ、面倒くさ。




