第四話-9 初対決
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てな訳で、放課後。
今日は私も撫子に付き添って、バスケ部の練習場に来ていた。
別にね、私がわざわざ来てあげる必要もないのだけれどね。これも修行の一環なので仕方がないの。仕方がないのよー。
そして何故か、獄落院さんも一緒だ。
まあ、お友達なのだからあえて避けることもないし、私は今まであまり接点がなかったけれど、今後はそうもいかないものね。
むしろこうなったら、こちらから積極的に近付いて、情報収集に努めるのも手だと思う。
「みんな喜べ! 今日から壬鳥が練習に参加するよ!」
キャプテンの宣言に、「「おおー」」と歓声が上がる。
「そしてもっと喜べ! 待望の新入部員も追加だーっ!」
「「おおおーっ」」パチパチパチと、拍手も沸き起こる。
と思ったら、
「えーっと、みんなごめん。あたしは正式に入部するわけじゃなくて、体力作りの為にちょこっとトレーニングに付き合わせてもらうだけなんだ」
「「おおー、お……?」」撫子の言葉に拍手の手が止まり、
「あの、すんまへん。私も壬鳥さんのお付き合いで、とりあえず仮入部ということで」
「「お、おおぅ……」」声のトーンもガクッと落ちた。
「こらこら、そんなにがっかりしないの。
ちょこっとだろうが何だろうが、女の子なんて入れちゃえばこっちのもんなんだから。
私らみんなで寄ってたかって、この二人をバスケなしではいられない体にしてやろうじゃないの!」
「「おおーっ!」」
なんか、微妙に怖いことを言ってる気がする。
「はい、キャプテン!」
部員の一人が手を上げた。
「なんですか、那珂川さん」
「そこの柊も、入部希望ですか?」
え、私?
「お馬鹿! こんな怪獣を入れたら、バスケ部が壊滅しちゃうでしょ!」
「そうですよね! 安心しました!」
な、なんて失礼な。これだからバスケ部は嫌いなのよ。
「さあてと、じゃあ壬鳥は1年生と一緒に基礎練習ね。今更って気もするけど、リハビリってことならしゃーないわね。
それでえーと君、獄落院だっけ? バスケの経験はあるの?」
「いえ、体育の授業でやったくらいで、経験という程のものでは」
「あ、そう。心配しなくても大丈夫だよ、うちは初心者も大歓迎だから。
じゃあとりあえず、どんな感じか見せてもらおうかな。
軽くドリブルとシュートをやってみて」
「はい」
実をいうと、この部活練習もババアの指導によるものだ。
ババアによれば、撫子には基礎体力はもちろんのこと、体術を学ぶことも同じくらい重要なのだそうだ。
それも、空手や格闘技のようなパワフルで激しいものではなく、ゆっくり正確に身体を操る、できれば太極拳とか日本舞踊のようなものがいいらしい。
なので、まずは身近なバスケを利用して、ステップやパスワークなどの正確なフォームを身に付ける訓練をしてみようということになった。
ちなみに、ババアの存在は獄落院さんには極秘なので、学校にいる間は気づかれぬよう私の中でおとなしく眠ってもらうことになっている。
全員が見守る中、獄落院さんがボールを持ってコートに入った。
撫子も自分の練習なんかそっちのけで、興味津々の顔で腕組みして見ているわ。
コートの中央で、獄落院さんが静かにドリブルを始める。タン、タン、タンと……。
ん? 何だろう、なにか違和感が……。
そして、ゴールに向かって走り出した。
「わ……」
「きれい……」
部員たちの間から、溜息のような声が漏れる。
私も思わず目を見張ってしまうほどの、本当に綺麗な、まるでバレエのような優雅なフォームだ。
そうか、音だ。私は違和感の正体に気が付いた。
獄落院さんのドリブルは、バスケの重いボールを床に叩きつけるダンダンダンという音がまるでせず、軽いゴムボールをつくような軽い音しか聞こえてこないのだ。
ゴール前でジャンプ。
これまた羽が生えたかのような、フワリとしか表現のしようのない飛び方で、ゴール近くの高さまで飛び上がる。
そしてダンクではないものの、無造作と言えるほど軽く放り出されたボールはスポッ、というよりスルッ、という感じでゴールリングのど真ん中を通過した。
「「おおー……」」
パチパチパチ、と拍手が湧く。
「へー、やるね。じゃあ、今度はフリースローをやってみて」
「はい」
獄落院さんはタン、タンと、またもや音のしないドリブルでタイミングを取った後、フワリとボールを放り投げた。
投げられたボールは実に綺麗な放物線を描いて、先程のジャンプシュートと同じように、縁にかすりもせずリングの中心をスルリと通過した。
三度投げて、三度とも全く同じフォームに全く同じ放物線。
ビデオを見ているみたいだ。
「次はディフェンスに3人入って。獄落院、抜いてごらん」
タン、タン、タン、とセンターサークルでドリブルをしながらタイミングを見計らう獄落院さん。そしてゴール下でゾーンを組むディフェンス陣。
「ピッ」というキャプテンのホイッスルを合図に、獄落院さんが走り出す。
先ほどと変わらぬ、踊るような優雅なフォーム。
ディフェンスの一人がボールを取りに来るのを華麗なステップで躱し、残る二人もスルリと抜いてジャンプした。
さっきと違うのは、スナップを利かせた鋭いシュートを放ったこと。
ゴールポストに向かって真っ直ぐ飛んで行ったボールが、ボードに当たっても大きく跳ね返らず、触れた瞬間にキュキュッと音を立てて直角に落ち、リングに吸い込まれて行ったのは、圧巻だった。
相当なバックスピンをかけていなければ、ああはならない。
二度目も同じ。
その華麗な体捌きは、相手のディフェンス陣までダンスパートナーのように見えてしまう程だ。
だが、私の眼は見逃さなかった。
獄落院さんはただ単にディフェンスの間を縫っているのではなく、ほんのわずかに体を接触させている。
そして肩や腰を使って絶妙なタイミングで相手に圧力をかけ、体幹を狂わせて隙間をこじ開けている。
そう、ディフェンス陣は踊っているように見えているのではなく、本当に踊らされてしまっているのだ。
すごいなあ。と、私は素直に感心する。
あれは要するに、手を使わずに空気投げをやっているようなものだ。
獄落院さんに触れられた相手は、本人も気づかぬうちに重心を崩され、あらぬ方向へと投げ飛ばされてしまう。
しかも、少しでも力加減を間違えたら、相手を本当に倒してファウルになってしまうから、そうならぬよう、最低限の力で、動きのベクトルだけをコントロールしている。
あれほどの体術は、生まれ持った才能に加えて、それを開花させる長年に渡る厳しい修行なくしては、身に付けることはできないだろう。
撫子はもとより、私でさえとても真似できるものではない。
私が、同じ長身向けのスポーツの中でもバスケでなくバレーを選んだ理由の一つが、実はこれ。
正直な話し、私は手加減というものが苦手なのだ。
実に当たり前なことのだけれど、バスケというスポーツでは敵をぶっ飛ばしたら反則になってしまう。
しかも、自分にそのつもりがなくても、結果としてぶっ飛ばしてしまったらもうアウトなのだから、理不尽極まりない。
一方我らがバレーでは、対戦相手と接触する機会がないので、ファウルなどという心配は全くない。
ボールならいくらぶっ飛ばしても平気だし、そのボールを介して敵をぶっ飛ばすのは、反則にはならないのよ。
ふふ……、バレーって最高。
「はーい、もういいよ。えっとじゃあ次は……」
キャプテンの声に、ディフェンスの3人が、やれやれとコートを出ようとする。すると、それと入れ違いに、撫子が一人でコートに入って行った。
「すごいね、春ちゃん! 今度はあたしと勝負だ!」
ビシッと指さし挑戦状を叩きつける撫子に、「「おおー!」」と皆の歓声が上がる。
「んー、まあいっか。じゃあ1オン1ね」と、キャプテン。
「うふふ、撫ちゃんと初対決やね。手加減なしやで」
「望むところだ。さあこい!」




