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第四話-8 おはよう久しぶり

☆☆☆


「はっ、はっ、はっ、はっ」

 タッ、タッ、タッ、タッ

「はっ、はっ、はっ、はっ」

 タッ、タッ、タッ、タッ


 歌うようにリズミカルな呼吸と、それにシンクロする踊るようなステップ。白いスポーツシューズが力強くアスファルトを蹴り、長い髪が軽やかに風に舞う。

 柊巴絵は、学校へ向かう道を、飛ぶような軽い足取りで駆けていた。


 ふと前を見ると、見慣れた、でもちょっと久しぶりの懐かしい背中。

 巴絵は、追いついたところでその背中をパンッと叩き、大きく息を吐いて足を止めた。


「はああーっ。

 おはよう、大生くん!」


「あれっ、ともちゃん?」


「久しぶり、元気だった?」


「いやいやいや、元気だった? はこっちのセリフだよ。

 てゆうより、元気じゃなかったはずじゃないの? 全治3ヶ月の面会謝絶はいったいどうしちゃったんだよ」


「えへへー、色々あってね。治っちゃった」


「治っちゃったじゃねーよ。いくらなんでも超人すぎだろ」


「まあまあいいじゃないそんなこと。あははっ」


 にこやかに笑い飛ばす巴絵。


「それに引きかえ、撫ちゃんは……」


 その巴絵の背中で、死にかけのゾンビみたいにぐったりとしているあたしを見て、大生は眉をひそめた。


「まだ入院してた方がよかったんじゃない? 大丈夫?」


「あっ、大丈夫大丈夫。これは怪我とかじゃないから」


 何が大丈夫だ、ふざけんな。


 あの後も、このおっぱいはこのあたしを情け容赦なく責め立て続けた。

 途中、何度力尽きて倒れても。

 立たせては蹴り、立たせては蹴りの繰り返しを。

 最後の最後まで。

 実際、残りの往復6㎞くらいのうち、自分の足で動いたのは半分もなかっただろう。

 あとの半分以上は、歩いたのでも這ったのでもなく、巴絵に蹴られて宙を飛んだ距離だ。

 そして、そんなことをやっていたいで結局家にたどり着くまで2時間近くかかってしまい、その時になってやっと遅刻ギリギリなことに気が付いた馬鹿おっぱいは、慌ててあたしにシャワーと着替えをさせ、背中に担いでここまで走って来たという訳だ。


「撫ちゃん、ほんとに大丈夫?」


「うぐふぁい……」


 うるさいあっち行けと手を振ろうとしたあたしの頭を、大生が本気で心配そうに撫でてくれる。

 て、あれれ? なにこれ。

 なんか知らないけど、大生のナデナデがやたらと気持ち良い。

 勝手にあたしの体に触れるなんて、普段なら不届者と張り倒してやるところなんだけど、こいつまさか私の知らないうちに祈りの術を身に付けたんじゃないだろうなとか思っちゃうくらいの癒しだよ。

 なんなんだろうこれ、疲れすぎでおかしくなっちゃったかな。

 しゃーない、今回だけは特別に許してやるよ。


「はあ、まったくやんなっちゃう。大生くん、これ代わってくれない?」


 お前にやんなっちゃうとか言われる憶えはねーよ。



「えっ? いやそれは嬉しいけど、後で撫ちゃんに殺されるし」


 ナデナデしながら、大生。うん、それは絶対に殺す。


「わかりました、では私が代わりまふぅ!」


「「「えっ?」」」


 いったいどこから現れたのか、渚ちゃんが巴絵の胸に真正面からガッシリとしがみついていた。


「渚ちゃん、いつの間に」


「お早うございまふ巴絵様、撫子様。はあああ……。久方ぶりの巴絵様の匂いと温もり、癒されまふぅ。むふー、むふー」


 渚ちゃんは、巴絵のおっぱいに思いっきり顔をうずめて、至福の声を漏らした。

 そういえば以前、かのキャンディが似たようなことをやって巴絵にボコられていたけど。 いくら両手がふさがっているとはいえ、巴絵に反撃のスキすら与えず懐に飛び込んで来ちゃうなんてスゴいぞ渚ちゃん。


「ふうーっ、むふうーっ……、んっ、んっ、んっ……。んばあっ!

 ふう、御馳走様でした巴絵様。

 それで、撫子様はどうされたんですか? まさか御怪我が治ってないのに、無理して病院を脱走なさったりとか?」


「いえ、そうじゃなくてね。怪我というかアレよアレ、そのー。あっ、リハビリ!」


「あー、朝からリハビリを頑張ったのでお疲れなんですね。さすがは撫子様、何事も一生懸命ですね」


 なにが「あっ」だ。ふざけやがって。


「ではでは巴絵様、私にもお手伝いさせて下さいな。学校に着くまでは、私が撫子様をおんぶいたします」


「んー、別にいいけど。じゃあはい」


 手荷物の様に、無造作にあたしを渚ちゃんに引き渡す巴絵。そして、手荷物の様に身動きひとつできず、されるがままのあたし。


「んしょと。ああ、やっぱり思ったとおり撫子様ってお軽いです。ちっちゃくてフワフワでとてもいい匂いで、巴絵様と同じ匂いなのはちょっと気になりますけど。

 ホントにホントにお可愛いですぅ」


 匂いが同じなのは、ついさっき一緒にシャワー浴びたばっかだから。

 なんて言ったらややこしいことになりそうな気がするので、黙ってよっと。


「ああー、ごべんで、だぎだぢゃん」


「ああん、いいんですよぅ。こんなに堂々と撫子様のお尻をワシ掴みできる機会なんて、滅多にないんですから」


 やっぱりそれが目的かい。


「いいなー渚ちゃん、やっぱ俺が代わろうか?」


「お断りします。生ゴミ先輩は、どっかその辺で埋まってて下さい」



☆☆☆


 そんなこんなで、なぎさちゃんにおんぶされて学校にたどり着いたあたしと巴絵なのだったが。

 予想通りというか何というか、教室に入るなりクラスの皆に囲まれることとなった。


「キャー! 巴絵、撫子! 退院したのー?!」


「早かったじゃーん! ずっと面会謝絶だったから心配してたのよー!」


「てゆーか、撫子の方は退院して大丈夫だったの?」


「うへへ、らいじょーぶらいじょーぶ」


 学校に着くまでに、なんとか会話ができるくらいまでには回復したあたしは、再び巴絵に背負われた格好でみんなに愛想を振りまいた。


「撫ちゃん!」


「ああ春ひゃん、久しぶひぃ」


 春ちゃんは、目に涙まで浮かべて寄ってきた。

 うーん、なんだろう。この涙を見たら訳もなく後ろめたい気分がこみあげて来たぞ。

 あたし、別に何も悪いことしてないはずなんだけどな。


「それにしても、雨降って地固まるってやつ? その様子じゃ、やっと仲直りできたみたいね」


 うっ、いきなりそっちに話を持ってくのかよ。


「仲直りもなにも、私は別に喧嘩していたつもりはなかったんだけどね。この子が勝手にヒス起こしてただけよ」


 巴絵のやつ、シレっとあたし一人を悪者にするつもりだな。ふざけやがって。


「え? 撫ちゃん、柊はん、どういうことなん?」


「獄落院さんは、とんだとばっちりよねえ。転校早々、あんなふーふ喧嘩に巻き込まれることになっちゃって」


「ふーふって、え?」


「まあまあ。このお馬鹿二人のややこしい関係は後でじっくり説明するとして、私らにもいっこだけ教えてちょうだいね」


「なんらよ」


「何よ」


「だからさあ。結局、喧嘩の原因って何だったの?」


「ううっ!」


 困った。あれをなんて説明すればいいんだ?


「なんだそんな事か。あのね」


 そんな事って、おおおい巴絵どうする気だよ。まさか、ほんとの事言うつもりじゃないだろうな。

 獄落院の春ちゃんもいるんだぞ。


「撫子が、夏休みの宿題を全然やってなくてさあ。それで私が手伝ってやったら、教え方が厳しすぎるって拗ねちゃったのよ」


 なな、なんだと?!


「ふざけんなてめえ! あたしは三日も徹夜してちゃんと自分で終わらしたんだぞ!」


 あ、やべ。あまりの屈辱に思わず祈りの力が発動して、一瞬で体力が回復しちゃったよ。


「な、撫ちゃん。今、体がひかっ……」


「なな何でもないよ春ちゃん。ううー、体痛い」


 やばいやばい、春ちゃんにだけは光が見えちゃうんだ。もう少し死んだふりしてなきゃ。

 だが巴絵は、そんなあたしを背中越しにチラリと見て、目だけで笑った。


「ね? こうなのよ。私に叱られるのが嫌だからって、ギリギリになって慌てて徹夜なんかして。ちゃんとっていうのは、毎日計画的にやるのを言うのよねえ」


「ぐうっ……」


 ぐうの音しか出なかった。

 こいつ、あたしに冷たくされた恨みをここで晴らそうって魂胆だな。ふざけやがって。


「撫子、あんた……」


「そんな理由で1ヶ月も拗ねてたってわけ?」


「巴絵も大変ねえ」


「撫ちゃん、そらいくら何でもあれへんわあ」


 春ちゃんまで!

 く、くそっ、完全に巴絵の目論見通りじゃないか。何でこうなるんだよ。


「まあいいわよ。撫子も反省して、私にちゃんと謝ってくれたんだし」


 さらに追い打ちをかけようとする巴絵。


「えっ、あたしが? いつ?」


「あら、謝ってくれたじゃない。病室で寝ている私に向かって泣きながら、降参ですごめんなさいって」


 あっ、あれ聞こえてたのか!


「おっ、おまっ! それっ! だっ! ちがっ!」


 言い返そうとしたが、まるで言葉にならない。


「へー、この撫子が」


「めずらしー」


「よっぽどこたえたのね」


 取り囲むクラスメイト達の、冷ややかな視線。

 巴絵はあたしを無視してすました顔をしているけど、おいその目! 思いっきり笑いをこらえているだろ!

 顔に「ざまあみろ」って書いてあるぞちくしょう!




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