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第四話-6 作戦会議

☆☆☆


「こんにちわー」


 玄関から声を掛けると、龍麻兄ちゃんが出迎えてくれた。


「あ、兄ちゃん。さっきはどうも」


「おおいらっしゃい。上がんな」


「巴絵は?」


「奥にいるよ」


 兄ちゃんの後について茶の間に行くと、巴絵と沙月ママが向かい合って座っていた。


「おーす巴絵ー。て、あれ?」


「うっ……、うっ……」


 どうしたんだろう、巴絵が泣きじゃくっている。

 さっき病院で別れた時は、あんなに大はしゃぎしていたのに。なんで?


「えっ、どうしたの巴絵?」


「ふううううっ。ううーっ」


 あたしが声をかけると、巴絵はボロボロと涙を流しながら、唇を噛みしめ、何かを訴えかけるような目で睨みつけてきた。

 あー、この泣き方は悔し泣きだ。何があったんだろ、ひょっとしてママにコテンパンにやられちゃったとか?


「どしたの? 龍麻兄ちゃん」


「お袋にコテンパンにやられちゃったんだよ」


 大正解。


「撫子ちゃんいらっしゃい。心配しないで、退院祝いにちょっと仕合をしただけだから」


「えっ。し、仕合?」


 沙月ママの言葉に、一瞬背中に冷たいものが流れた。ママが仕合と言ったら、それは……。


「私はよくできましたって褒めてあげてるのに、巴絵ったら負けたのが悔しくて仕方ないみたいなのよ。まったくしょうがない子だわ」


「ねえ、巴絵」


「フウウーッ!」


 唸りながら、あたしを睨み付けてくる。猫か、お前は。


「お前さあ、沙月ママに本気でやられたっていうのに、見たところケガひとつしてないじゃん。それって凄いことだと思わないの?」


「っ!! ウーッ!」


 すると巴絵は、更に唸り声を上げて、右腕をあたしに突き出してきた。

 うわ、腫れ上がって紫色になっちゃってる。あー、こりゃ痛そうだ。


「ウウーッ!!」


 さらに襟をグイッと引き下げると、首の所が包帯でグルグル巻きになっていた。

 完治したはずだったのに……。


「わかったわかった、無傷じゃないよね、うん。でもさあ、前の時はおまえ、死にかけてただろ? その程度で済んでるなんて、やっぱ大したもんだよ」


「ううう……」


「そうよお、巴絵。私も本気で褒めているのよ?」


「う…なぃ……」


「え、なに?」


「う、嬉しくない……。負けちゃったのに褒められても、全然嬉しくなんかないもんっ!」


 こういう奴だ。あたしと沙月ママは呆れて顔を見合わせた。

 そして何故か龍麻兄ちゃんだけは、うんうんと頷いていた。


「ほんと、しょうがない子ね。分かったわ、じゃあどうしてあなたが負けたのか理由を教えてあげる」


 その瞬間、巴絵がピタッと泣き止んだ。


「あなたの先読みはね、お世辞抜きでほんとにすごいものよ。あれを教えるのはまだまだずっと先だと思っていたのに、あなたは自分で出来るようになってしまったのね。

 どういう修行をしたのか、私の方が教えて欲しいくらいだわ。でもね」


 姿勢を正し、真剣な顔で沙月ママの言葉に耳を傾ける。そう、これが巴絵だ。

 ただの負けず嫌いでも、ただの天才でもない。決して現状に満足することのない、努力と向上心の塊。

 なんて、思っていても絶対言ってやらないけどね。悔しいから。


「あなた、まだその技を憶えたてね。舞い上がっちゃって油断しすぎなのよ。

 いいこと? 先読みは、相手のほんのわずかの動きから信号を読み取り、その先手を取る、後の先の極みとも言える技よ。

 目で見て頭で考えるのでなく、全身の感覚を研ぎ澄まし体中の神経を脳細胞のように使い切って、筋肉自身が直接考え直接行動する。これを本当に極めれば、一瞬で将棋のように10手先、20手先まで読み切って、敵を制することが出来るわ。

 あなたは既に、その域に達しようとしているわね。さっきの仕合の中でも、私とほぼ互角の読み合いができていた。

 でも、それだけじゃだめなの。先読みで考えるよりも早く体が動くということは、誘いに乗せられやすいということでもあるのよ」


「あっ」


「判った? あなたは攻撃をよけているつもりで、全部、私の誘導した通りに動いていただけなの。

 ただ無邪気に読んでいるだけじゃダメ、疑う事も憶えなさい。どこに罠がしかけられているかわからないわよ」


 沙月ママったら、相変わらずスパルタですごいな。巴絵はついさっき退院したばかりだっていうのに、すぐにこんな厳しい修行かよ。


「わかったわ、ママ。私、もっと修行する」


「よろしい」


 巴絵も、完全に立ち直ったみたいだ。親子ってすごい。


「ババア、いるんでしょ?」


(ん)


 巴絵に呼ばれてばあちゃんが返事をしようとした途端、何故か沙月ママがゴキッ! っと音を立てて巴絵の頭を殴った。


「痛ったあー。いきなり何すんのよママ」


「誰がババアだ、このクソガキ」


「違う違う、ママのことじゃないよお」


「じゃあ誰よ」


(儂じゃ)


「えっ?」


 その声に、沙月ママがキョロキョロと辺りを見回す。


(お初にお目にかかる、と言うても見えはせんか。壬鳥巫女衆初代当主、撫子と申す)


「撫子ちゃん?」


「違うわママ。壬鳥家初代当主様の、幽霊よ」


「へっ? ええっ?」


 それからあたしと巴絵の二人で、沙月ママと龍麻兄ちゃんに今までのいきさつを始めから全部説明した。

 そんな重大な秘密をしゃべってしまっていいのかって?

 いいんだよ。というか、今日はその為に来たんだ。


 実は、家に戻ってから、これから先の事についてみんなで色々と話し合ったんだ。

 細かいことは省略するけど、結論を言えば「あたし達は、もう後戻りができない所まで来てしまっている。だったら前に進むしかない」ということだ。

 それに巴絵も初めから関わっていることだし、今後のことを考えれば、この際柊の家族には全てを打ち明けて協力してもらう方がいいだろうということになった。

 変に隠しておくよりもちゃんと知っていた方が安心だろうし、なにしろこちらのお宅には、ちょっとやそっとの事で怖気づくようなヤワな人は、一人もいないもんね。

 つまりまあ、あれだよ。

 その辺の考え方は、かつて巴絵の気持ちを置き去りにして何でも一人で抱え込もうとしていたこのあたしも、大反省したってことだよ、うん。


 そして予想通りに、沙月ママも龍麻兄ちゃんも、大して驚きもせずにあたし達の話をすんなり受け入れてくれた。


「はー、道理でねえ。実は私も、あなた達が旅行から帰ってきた頃から変だなあって思っていたのよね。

 それに今回だって、全治3ヶ月のはずなのにいきなり退院だなんて。

 珠子のやることだから「またか」くらいにしか思わなかったけど、冷静に考えれば異常としか言いようがない状況よね。

 ほんと、あいつと付き合っていると何が当たり前で何が当たり前じゃないのか、判んなくなっちゃうわ」


 おっしゃる通りと言いたいとこだけどね、沙月ママ。

 あんたの非常識も相当なもんだからね。


「だからさっきの仕合も、その辺をちょっと確かめてみたかったというのもあったのよ。これでやっと納得がいったわ。

 それにしても、ふふ……」


 ママがニヤリと笑った。


「珠子のやつ、さぞかし悔しかったでしょうね。八百年も続いた壬鳥家の歴史が、このおっぱいに負けちゃっただなんて。ププッ、ざまあみろだわ」


 このおっぱい、と言いながら沙月ママが自分の胸をゆさゆさと揺らす。

 巴絵ほどじゃないけれど、ママも結構な巨乳だ。別にいいんだけどさ、それをあたしの前でやるのは止めてくれないかな。


 それともう一つ、用事があった。


「ばあちゃんがさあ、やっぱり巴絵がいいんだって」


「あらそお、それは願ったり叶ったりだわ。私もこれからの修行はババアにも協力してもらおうと思って、こっちからお願いしようとしていたところだったの」


(おお、遠慮なく何でも言うが良いぞ)


「ありがとう。じゃあいらっしゃい」


 あたしと巴絵が同時に目をつぶる。あたしの中から、ばあちゃんがスウッと抜けていくのが感じられた。


(うむ、やはり大乳は良いのう)


「この裏切り者」


 小声で罵るあたし。


「じゃあ、あたしはこれで帰るね。じゃあねばあちゃん、また明日」


(こら待て、肝心な話をしておらぬではないか)


 ドキ……。


「肝心な話って?」


 巴絵が尋ねる。


(こやつの修行のことじゃ)


「撫子の修行?」


(そうじゃ。魂ではなく、体の方のな)


「ははあ、なるほどなるほど。判ったわ、任せといて」


「とと、巴絵? まっ、まだ何も言ってないじゃん。そんな簡単に判ったなんて、ななに言ってんのかな? はは…は……」


 ガクガクブルブル……


「つまりこういう事でしょ?

 撫子は魂についてはもう充分な修行を積んで、かなりの力を持つことが出来た。

 けど、体の方が全然それに追いついてない。

 神速なんて凄い技まで使えるようになったのはいいけれど、そのせいで全身バラバラなんて、まるで自転車にF1エンジンを積んじゃったようなものだもんね。

 きっとこれからも色々な力を身に付けることになるんでしょうし、このままじゃ命がいくつあっても足りやしない、と」


(巴絵は話が早くて助かるのう)


「となると、何を置いてもまずは基礎体力よね。

 いきなりキツいことやっても体壊すだけだから、軽く朝のジョギングあたりから始めたらどうかしら」


(ジョギングとは、走り込みのことじゃったか?)


「そうよ。明日から毎朝、私と一緒に走りましょう」


(なるほど、とりあえずそんなところかの)


 ははは。巴絵の「軽く」だなんて、あたしは絶対に信用しないぞ。


「いったい、どれくらい走らせるつもりなんだよ?」


「学校もあるし、ほんの30分くらいでいいわ。大したことないでしょ?」


「大したことあるよ。で、距離は?」


「10㎞」


「全力疾走じゃんか!」


「えー、撫子って確か100m11秒くらいで走れたでしょ? 10㎞30分なら、えっと……18秒か。ほら、ずっと遅いわよ」


「短距離と一緒にすんな! アホー!」


「10㎞30分というと、確か箱根駅伝の予選タイムがそれくらいじゃなかったかしら」


 と、横から沙月ママ。


「そーなの? ほら、みんなやってるじゃない。楽勝よ」


「なにがみんなだ、箱根駅伝に中学女子の部なんかないだろ! ふざけんな!」


 こんなことだろうと思った。もう、始める前から泣きたくなってきたよ。


「始める前から泣きごと言ってんじゃないの。とにかくやるわよ」



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