第四話-4 元気?
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そんな、地獄よりちょっとだけマシという日々が2週間ほど続いた、ある日のこと。一人のお客さんが、あたし達の病室を訪れた。
深夜のことだった。
ふと、何かの気配を感じて目を覚ましたあたしは、月明かりに照らされたカーテンの向こう側に、小さな影が映っていることに気付いた。
「誰?」
呼んでみたが、返事はない。
「誰かいるの?」
再び呼びかけると、その影はあたしの声に答えるように、スウッと病室の中に入り込んできた。
窓を開けもせず、ガラスもカーテンも透り抜けて。
「巴絵」
窓側のベッドに寝ている巴絵を呼んでみたけれど、応じる気配はない。眠っているのか。
影は、巴絵の体をぴょんと飛び越え、あたしのベッドの傍へ降り立った。
小さな子供くらいの大きさの、毛むくじゃらのぬいぐるみだ……。
「あはっ! なんだお前か!」
それは、事故の時に子供とボール遊びをしていた、あのもののけだった。
「久しぶりだね。わざわざお見舞いに来てくれたの?」
薄い灰色の、小熊のような格好をしたそのもののけは、返事をする代わりに、小首をかしげてあたしの顔を見つめ返してきた。
「心配しなくても体は大丈夫だよ、もう全然元気。ちょっと事情があって、今は動けないんだけどね、へへ」
果たしてあたしの言葉が通じているのかいないのか、もののけはベッドの脇に立ったまま、無言であたしを見つめ続けた。
「ねえ君、名前なんて言うの?」
あたしの問いかけにも、全く無反応だ。
うーん、困ったな。頭を撫でようにも握手をしようにも、あたしは指一本動かせないし。
さてどうしようかと考えていたら、そいつはおもむろに手を伸ばして、あたしの枕元に何かを置いた。
「どんぐり……。はは、お土産? ありがとう、うれしい」
こいつなりの気遣いなんたろうな。久々のお客さんだし、ほんとに嬉しい。
あたしが笑いかけると、もののけはまたどんぐりを枕元に置いてくれた。
「あはは、もう一つくれるの? ん、ありがとうね」
するともののけはまた何かを置いた。今度は花だ。
嬉しいけど……。
それ、一体どこから出してんの?
「あ、うん、ありがと。そんなに気を使ってくれなくていいよ」
だがもののけは続けて、また花と、きれいな丸い石をくれた。
「ねえ、もう大丈夫だから。本当にありがとう」
ほんとに通じてないのかな? もののけはあたしの言葉を無視して、ベッドの上に木の実やら石やら何やらを、次から次へと並べ続けていく。
「あ、あのちょっと……」
そして次に、あたしの目の前に置いたのが、
「ひいっ!」
トカゲの死体だ。いやん、こっち見てるう!
それからカブトムシ、ネズミ、スズメと続いてカエルにドジョウときた。
「ひいいぃ……」
お願い、ナマモノは勘弁して。
ホントにホントに、一体どこから出しているんだろう。
もののけは、あり得ないほどの大量の品を次から次へと取り出してはベッドの上に並べていき、置き場所がなくなると、今度はベッドによじ登ってあたしの体の上に積み重ね始めた。
おまそれ……、えええー……。
その様子を、身動きの全く取れないあたしは、なす術もなく眺めている他はなかった。
なかったのだけれどね。
でも、そいつが脚をプルプルさせながら電動機付自転車を抱え上げた時にはもう! 悲鳴を上げないわけにはいかないよ!
「ぎゃーっ、やめろー! 無理すんなー!」
案の定、重さに耐えかねたもののけは、バランスを崩して自転車ごと背中からあたしの上に倒れ込んきた。
あっ、これマンガで見たことある。プロレスのブレンナントカって技だ。
ガッシャーン!
と、山のてっぺんに叩きつけられた自転車は、大音響とともにそこに積み上げられた数々のお土産を、ベッドの下へと弾き飛ばした。
「巴絵っ、巴絵っ! 起きてええ! 重いいいっ!」
いくら呼んでも、巴絵はまるで起きる気配がない。
ひょっとして、何か術でもかけられているのだろうか。
それから1時間後。
自転車のさらに上にまで積み上げられた無数のお土産は、ベッドを完全に埋め尽くして、床の上から見事な富士山を形作っていた。
そして子熊のもののけはその頂上に立って、腰に手を当て満足げにフンッと鼻を鳴らすと、意気揚々と帰って行ったのだった。
そして、次の日の朝。
「ねえ撫子……、それなに?」
目を覚ました巴絵が、目の前にそびえ立つゴミ(いやゴメン、大切なお見舞いの品だよ。たぶん)の山に埋もれたあたしを発見して呆れ声をもらし、巡回に来た看護師さんは部屋に入るなり、病院中に響き渡るほどの悲鳴をあげた。
そしてあたしは、騒ぎの間中ギュッと目をつぶったまま、母ちゃんの怒り狂った顔を頭に思い浮かべながら寝たふりを続けたのだった。
だってだって。
あたしのせいじゃないもん。あたしのせいじゃないもん。あたしのせいじゃないもん。
じゃないもんっ!!




