第四話-2 おしゃべり以外にやることがない!
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それからの日々、私と撫子はベッドの上で気を付けの姿勢をしたまま、毎日を過ごした。
2人とも、寝たきりどころか寝返りすら打てない金縛り状態で、食事も着替えも全部看護師さんまかせ。トイレは? なんて、年頃の女の子に訊いちゃ駄目ですからね。
そのうえ、余計なことをしゃべらないようにと面会謝絶にまでされてしまって、友達と会うこともできない。
実はこの私、じっとしていられないことにかけては、撫子以上だという自覚がある。
なにしろ生まれてこの方、運動しない日なんて一日もなかったし、例の呪いで起き上がれないほどの高熱を出していた時でさえ、布団の中でパワーグリップをニギニギしていたくらいだ。
だから、自分の体が動かなくなる日が来るなんて想像すらしたことがなく、世の中にこれ程恐ろしい拷問が存在するとは、夢にも思っていなかった。
私はベッドの上で毎日、涙を流しながら泣き言を言い続け、「うるさいいい加減にしろ」と撫子にまで怒られる有り様だった。
だってバレーしたいんだもん、空手やりたいんだもん。
ボールでも人でもいいからブッ飛ばしたいよぉ。
うええーん。
唯一の救いは、珠子お母さんが首から上は自由にしてくれたおかげで、おしゃべりだけはし放題だったこと。
とにかく他にやることがない私達は、毎日色々な事を話し合った。
「じゃあ何? 巴絵はあたしにストーカー行為をするために、わざわざ穏形なんて術を修行したってわけ?」
「ストーカーって何よ、渚ちゃんじゃあるまいし」
「同じだろ、この変態おっぱい」
「べ、別にあんたの為じゃないわよ、ずっと前からトレーニングはしていたんだから。でも、身を隠す技なんて性に合わないから、真面目にやってなかっただけなの」
「へえー、あそおー。じゃあなんで急に真面目にやりだしたん?」
うっ。
「そ、それは」
「なんでー? ねえなんでー?」
「う、うるさいわね。あんたが生意気だから、ギャフンと言わせてやろうとしただけよ」
「隠形なんかで、どうやってギャフンと言わせるんだよ」
「だっ、だから。あんたに気づかれないように」
「ように?」
「後をつけて」
「つけて?」
「後ろからそっと」
「そっと?」
「目隠しして……、だぁれだ? って」
「このド変態っ!」
「うう……」
悔しい。ちくしょう、後で絶対に仕返ししてやる。
「まあでも、確かに穏形なんて巴絵らしくないよな。一体あれのどこが空手なんだよって感じだし」
「あれは空手じゃないわ。ママの方」
「あー、なるほどそっちか」
実は、パパの空手とは別に、私のママは剣術の師範をやっている。
その名も『古峰神明一刀流』。江戸中期に始まった流派で、竜野宮藩十五万石のお抱え道場として名を馳せた、三百年の伝統を誇る名門だ。
ところが、道場の一人娘だったママ、旧姓・古峰沙月が柊家にお嫁入りしてしまった為、その名門古峰神明流の命運も今や風前の灯。両親の考えでは、空手道場を兄貴に継がせて、剣術の方は私に継いで欲しいようなのだけれど、私自身はどちらかというと空手の方が好きなのでちょっと困っているのが現状だ。
武器を持つのというのが、なんとなく性に合わない気がするのよねえ。
でも、以前撫子と壬鳥神社に行った時に、山刀とかいう大太刀を振り回して藪を切り裂いたのが結構楽しかったりして、最近は、刀もいいかななんて思い始めてはいるけど。
私よりも熱心なのは、むしろ兄貴の方だ。
空手と剣術は、哲学というか根本思想が全く異なっており、兄貴にはその違いがとても面白く興味深いようで、その両方を極めたいという気持ちがあるらしい。
剣術は、空手はもとより、剣道とも違う。空手や剣道が相手を倒す技であるのに対し、剣術は相手を殺す技だ。
古峰神明流はその思想が更に極端で、剣を扱う技だけでなく、人の命を奪うためのえげつない裏技みたいなものも数多く伝えられている。穏形なんてその最たるもので、あんなの、剣術どころかもはや忍術だ。
それ以外にも手裏剣や、剣すら使わずに素手で急所を狙う柔術みたいな技とか、剣術とは名ばかりの殺人術のオンパレード。
全然一刀流じゃないのに一刀流を名乗っているのも、裏技の存在を悟られない為にあえてそうしているという徹底ぶりだ。
いちおう門外不出なので、神明流がそこまで恐ろしいものだということは撫子も知らないのだけれど、ママが物凄く強くて只者じゃないことくらいは、知っている。
だから、穏形なんて非常識な技の存在も、撫子はすんなり受け入れることができるのだろう。
それにママが只者じゃないのは、撫子だけでなくご近所では誰でも知っている事だ。
なにしろ、空手では世界チャンピオンにもなったパパが初めてプロポーズした時に、「私に勝ったら受けてあげる」と言われて逆にボッボコにぶちのめされ、その後何度も挑戦しては返り討ちにされ続けて、雪辱を果たすまで3年を要したというエピソードがあるくらいだ。
しかも最後に勝った時でさえ、長年の親友でプロポーズ仕合には毎回立ち会っていたという珠子お母さんの話では、「あれは紗月が手を抜いていたのが見え見えだったわ」ということだった。
まあ、ママの紹介はこれくらいにしておきましょうか。
「それより、どうにも理解できないのは、獄落院さんよね」
私達のおしゃべりは、とりとめなく話題もどんどん変わる。
「うーん」
「壬鳥家と獄落院家がライバルで、獄落院さんがスパイとして送り込まれて来たというのはわかるけど、彼女ってスパイらしいことを何もしてないわよね」
「それ以前に、うちと春ちゃんちがライバルってのがもう判んないよ。だって春ちゃんのお父さんが社長やってる会社って、あのパラダイスグループだぜ?」
「ええっ、ホント?」
パラダイスグループというのは、日本中の誰もが知っている巨大企業グループだ。
主に娯楽産業を中心としていて、ファミレス、居酒屋、カラオケなどの飲食店系から、パチンコ、映画館、コンビニ、出版社に広告代理店、果てはプロサッカーのチームまで持っている。
ただし活動自体は関西が中心で、東日本には、まだパラダイスの名を冠するお店は一軒もない。
まさかと思うが、獄落院さんが竜野宮に来たことが、関東進出への布石だったりするのだろうか。
「それで、獄落院さんのお父さんの会社ってどれなの?」
「総元締めだってさ」
「うわ、すっご。まさに大金持ちのお嬢様ね」
「まあ、キャンディに較べればどうってことないんじゃない?」
「そりゃあ、あっちは世界規模だしね。でもやっぱり凄いわ」
「あっ、そうだ!」
撫子がいきなり大きな声を出した。
「どうしたのよ、急に」
「忘れてた。キャンディって、実は祈りの力を持ってたんだ」
「ええっ、何それ!」
思わず私も大声をあげてしまった。
「うん、祈りと言っていいのかどうかは知らないけど、力を持ってるのは確かだよ。一度、光を見せて貰ったことがあるんだ」
撫子は、あのおっぱいビンタ事件の真相を話してくれた。
撫子が私とキャンディのおっぱいを思いっきり引っ叩いた時に、あの子が急におかしくなってしまったのは、撫子が両手に込めた祈りの光がキャンディの持つ力と過剰反応を起こしてしまったことが原因らしい。
「でも待ってよ。あの時のキャンディって、ものすごく気持ちよさそうな顔してたわよね。泣いちゃうほど気持ちいいって、一体どんだけよ?」
「何言ってんだよ。お前だって、すっげえ気持ちよさそうだったぞ」
「う、うるさいわね」
否定できないのが悔しい。
「じゃあキャンディは、私の呪いの事も知っているの?」
「詳しいことは言ってないよ。でも、今度会う時までにはきっと全部解決しとくから、その時には巴絵も一緒にお話ししようって」
「ふふ、楽しみね」
そっか……。
私はキャンディの顔を思い浮かべた。ほんの3ヶ月くらいの付き合いでしかなかったけど、あの子のことは一生忘れられない気がする。今度はいつ日本にくるのかしら。
きっと、そう遠くのことではない。そんな予感がした。




