第一話-4 ララララブレター?
☆☆☆
「撫ちゃん、ともちゃん、おっはよー!」
学校へ着くと、昇降口で大生が声をかけてきた。
「撫ちゃん相変わらずかわいいね。ともちゃんも綺麗だよ」
「おはよ」
「おはよう、ありがとう大生くん」
東雲大生、この男も幼馴染だ。
身長そこそこ、体重平均、スリーサイズどうでもいい、容姿普通、頭脳普通、性格のんびり。そして……、あたしに惚れているらしい。
言っとくけど、あたしはこんな奴のことなんか何とも思ってないからな!
「そういえばさあ、さっきキャンディが道の真ん中で寝てたんだけど」
大生が、靴を脱ぎながら言う。
「ああ、あれはな……」
「放っといていいわよ。眠いんでしょ」
「ふうん」
キャンディをぶちのめして道路に転がした犯人は、すっとぼけながら下駄箱の蓋を開けた。
と、中から何やら白いものがポロリと……。
「ん?」
手紙だった。
「……」
「……」
「……」
巴絵は、足元のそれを見つめたまま固まり、あたしと大生は、その巴絵を見つめたまま、固まった。
そして3人ともそのままの姿勢で約8時間(主観)固まった後、巴絵がぽつりと言った。
「わあ、ラブレターだあ」
棒読みだ。
「なななんでラブレターって判んだよ! ああ開けてみなくちゃわかんないじゃん!」
巴絵よりも、なぜかあたしの方が動揺している。
「だって、下駄箱に手紙っていったらラブレターか果たし状でしょ? 私、果たし状なんか貰う憶えないもん」
「ラブレターを貰う憶えはあるのかよ」
なんて図々しい女。
「ねえ……、撫子?」
「なんだよ」
「どおしよう」
そう言ってこっちを向いた巴絵は、泣いていた。
「ひええっ、いきなり何してんだよ! 馬鹿っ、こんなとこで!」
「だってだって、私こんなの貰うの初めてなんだもん。ねえ、どうしたらいいの? これ、読んでもいいの?」
下駄箱のふたを持ったまま、大粒の涙をボロボロとこぼし続ける巴絵。
「お前が貰った手紙なんだからお前が読まなくてどうすんだよ!
ええと、とりあえず拾え!
あと、靴履き替えろ!
ついでに泣きやめ!
バカ大生笑うな!」
★★★
教室に入り、席に着いた私は、早速手紙を読んでみることにした。
早速、手紙を、読んでみることに、した。
早速、読んでみることに、手紙を。
読んで、手紙を、早速。
だからっ!
手紙をっ!
……って、無理だよおおおお。
机の上に置いた封筒をじっと見つめたまま、手を伸ばすことすらできない私。
なんということだ。この私が、この柊巴絵が、こんな紙切れ一つにこれほどまでに動揺するだなんて。
柊仁流空手道を修める身として、常在戦場の心掛けだけは忘れていないつもりだったのに、情けないとしかいいようがない。
でもそういえば。私は今朝のキャンディの痴漢行為ですら、ロクに防げていなかった。
これまでだって、やられれば即座に反撃はするものの、最初の一撃はいつもモロに喰らってしまっている。
ひょっとして私、不意打ちに弱い?
そうだ、確かに練習でも兄貴によく言われている。お前は防御が甘い、と。
私は今まで、攻撃は最大の防御と、やられる前にやってしまえばいいとばかり考えて来たけれど、思い返せば、先手を取られると咄嗟に反応できないという場面は、確かに多かったかもしれない。
この際、改めるべきか。
よし、これは今後の課題として、明日からの修行に励むこととしよう。うん。
……じゃなくてね。
なにを現実逃避してるのよ、私ったら。
敵は目の前にいるこいつでしょ! これ! このラブレター!
……ラ、ラブレター? ラブレターってなに? ラブなレター? ラブって!!!
無理無理無理!
ああ、どうしよう、何が書いてあるんだろう。もお駄目、恐くて開けられないよお。
ああん、撫子ぉ! 助けてえ!
と、泣きそうになりながらチラリと隣の席を見ると、撫子の奴はブスッとした顔をしてそっぽを向いていた。
……なにそれ。
この子ったら! 私がこんなにピンチだというのに! ララララブレターを貰ったというのに! 平気なの?! 興味ないの?!
もおっ、許せない。なんて冷たい奴。冷奴、あぶらげ、がんもどき!!
と、決して現実逃避などではなく、友人として有ってはならない友情レスな態度に正当な怒りを抱いた私が無言で罵り続けていると、こちらの視線に気づいたのか、撫子がいきなりジロリと睨み付けて来た。
うひゃっ。
慌てて目をそらし、そそくさと封筒を手に取る私。
うわ、勢いで開けちゃったわ。
うううー、緊張するぅ。ええと何々……
『拝啓、突然こんなお手紙差し上げてごめんなさい。私は……』
☆☆☆
ちっくしょう、巴絵のやつ。
封筒を置いたままニヤニヤしやがって。
さっさと開ければいいじゃん。
何さっきからこっちをチラチラ見てんだよ。
自慢? 自慢なのか? これであたしに勝ったつもりか?
あ、睨んだら目そらしやがった。
読んでるな、何て書いてあんだろ……。別に興味ないけど……。
巴絵は暫く無言で手紙を読んでいたが、やがて読み終わったのか、それを丁寧に畳んで封筒に戻すと、「はあーっ」と大きく溜息をつき、そしてガクッと机に突っ伏した。
ん? どした?
あたしが思わず身を乗り出しそうになると、巴絵はその姿勢のまま、手だけをこっちに伸ばして、封筒を差し出してきた。
「撫子おー、これ読んでえー」
ハアッ?
「何言ってんのお前、人のラブレターなんか読めるわけないだろ」
「いいから読んで」
声が暗い。手を伸ばしたまま、こっちを見ようともしない。
何だってんだよ、いったい。
仕方がないから、あたしも黙って手を伸ばし手紙を受け取る。
たく、しょうがないなあ。えーと……。
『拝啓、突然こんなお手紙……、バレー部で大活躍している貴女のお姿が……』
薄いピンクの便箋に、可愛らしい丸文字が並んでいる。差出人の名前は『舞島渚』か。どこかで聞いたような気がする名前だけど、誰だっけ? 下級生かな。
あーあ、女の子かぁ。
なるほどね、これじゃあがっかりするのも無理ないや。しょうがないから慰めてやるか。
……って、ん?
『……いつもいつも撫子様にくっついて……、キュートで天使な撫子様がどうしてあんたなんかと……』
あれ? なんかこれ。
『……ちょっとくらいおっぱいが大きいからっていい気に……、でかいケツしやがって……、ふざけろてめえ。撫子様は私のお嫁に……』
えっと。
『……放課後、琴岩神社で待ってるからな。バックレんじゃねえぞ……、敬具』
……。
読み終わった手紙を丁寧に畳み、封筒に戻す。
軽く咳払いをしてから隣の席に目をやると、巴絵はさっきと変わらぬ姿勢で、机に突っ伏したままピクリとも動こうとしなかった。
「あ、あのう巴絵さん? もしかしてこれって」
恐るおそる声をかけたあたしに向かって、巴絵は顔を伏せたまま、地の底から聞こえてくるような暗い声で、答えた。
「……はい、果たし状でした」
……。