第三話-13 ごめんね大好き
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(撫子……、撫子……)
(ばあ……ちゃん……?)
(ようやっと意識が戻ったか。やれやれ)
(あたし、どうなっちゃったの? ここはどこ?)
(塀にぶち当たって、気を失ってしもうたのじゃ。
ここは、ええと何と言うたかの。そうじゃ、病院じゃ)
(病院……?)
起きあがろうとした瞬間、体中に激痛が走った。
(あっっ、ぐっ……。いっ、痛い……)
(これ、動くでない。肩の骨が折れておるのじゃ。それに足にもヒビが入っておるし、体中の筋肉が肉離れを起こしておる)
肉離れ……って……。
あたしはあの時のことを思い返した。
そうだ、あの突然の超感覚とスピードは……。
(ばあちゃん、あれは一体なんだったの?)
(おぬしが新しい力に目覚めたのじゃ。ま、修行の成果のひとつじゃな)
(修行って、おしゃべりしていただけでなんにもしてないじゃん)
(間抜けめ、あれが本当にただの世間話と思うたか。ちゃんと修行はやっておったわい。
それに、このところずっと儂がおぬしの魂を磨き続けてやっておったのじゃぞ。)
そうだったのか。
そういえば、火鼠を捕まえた時の、あのおかしな感覚。一瞬で気がつかなかったけど、あれもこの力だったんだな。
(あの神速はな、元々おぬしが持っておった反射神経に祈りの力が加わって強化されたものじゃ。儂も生きていた頃には、同じ力を持っておった)
(でも、あんなのメチャクチャじゃん。思うように動けないし、止まれないし)
(当たり前じゃ愚か者。あの力を使う時は、むしろゆっくり動くことを心掛けなければならんのじゃ。
それをあんな力まかせにやりおって、あれでは自分で自分の体を引きちぎってしまうぞ。
おかげで体中の肉がバラバラになって、指一本動かせまい。当分は寝たきりじゃな。
あれを使いこなすには鍛錬が必要じゃ。覚悟せよ、体が直ったら特訓じゃぞ)
うええ、特訓やだなあ。
(とはいえ、初めてにしてはようやった。子供を助けられただけでも上出来じゃ)
そうだ、子供! 巴絵は?!
(あの子は?!)
(無事じゃ。傷ひとつない)
そっか、良かった。
(巴絵は?)
(おぬしと塀に挟まれて、肋骨を折ってしまった。重症じゃ)
あの瞬間のことが頭に浮かんだ。あたしのせいだ、ちくしょう。
(ねえ、ばあちゃん。あの時、どうしていきなり巴絵が現れたんだろう。それにあのスピード、あたしより早く動いていたよね)
(それは別に不思議な事でもなんでもないわ。巴絵が道の反対側を歩いていただけじゃ)
(ええっ、そんな! 全然気が付かなかったよ)
(ふふ……。あやつめ、隠形の術を身に付けおった)
(なにそれ)
(気配を消して、周りに気づかれなくする技じゃ。極めれば、目の前に立って鼻をつままれても気づかぬぞ)
(あんなに目立つ奴が? でも何のために)
(決まっておる、おぬしに気づかれずに側にいる為じゃ。おぬし、このところ毎日巴絵と一緒に帰っておったのも、気付いていなかろうが)
(ええっ! 毎日?)
(まあ、巴絵の隠形術も大したことはないから、すぐ隣りでという訳にはいかん。付かず離れずといったところかのう)
(じゃあ、あのスピードは? あの時のあたしより速いだなんて、ありえない)
(あれはただの先読みじゃ。おぬしが動いたと同時に、巴絵も走り出していた。おぬしが勢い余って飛び込んでくるのを先に読んで、待ち構えていただけじゃ。
特別な能力と言うわけではない、あれこそ日頃の鍛錬の成果じゃな)
そんな。ただのって、一瞬でそこまで読んだのか。
(よいか撫子よ。おぬしの能力は、おぬし一人のものではない。半分は壬鳥の血によって与えられたものじゃ。じゃがその能力をもってしても、やっと巴絵と互角というところであろう。
おぬしは一人で巴絵を守ってみせるなどとぬかしおったが、その結果はどうじゃ。
守られたのはどちらの方じゃ)
(う……)
(巴絵はのう、儂らの修行を真似て、独りで魂を磨く修行をやりおったぞ)
(そんなことが出来るの?)
(当然じゃ。己の魂を磨くのに特別な力などいらぬ。
手伝おうかと申し出たが、いらぬと言いおったわ。儂はただ見ていただけじゃったが、見事なものであったぞ。
あやつの魂は、既に相当なところまで磨かれておった。あれもまた長年に渡る鍛錬の賜物じゃな。そこに我らのやり方で、改めて磨きをかけたのじゃ。
なんとあやつは、儂らのやりようを端で見ていただけで、コツを掴んでしまいよったらしい。
驚くべき天才じゃ)
(コツって、そんな簡単なものなの?)
(簡単なものかよ。じゃがおぬしも、それをやってのけたのじゃぞ。憶えておろう、肝心なのは想いの強さじゃ。
おぬしは何を想って己の魂を磨いた)
(巴絵を……守る……)
(そうじゃ。そして巴絵もおぬしに負けぬくらい強い想いで、魂を磨いたのじゃ。おぬし、ただ一人のことだけを想うてな)
(巴絵……)
(いい加減に、意地を張るのはやめよ。おぬしは独りでなど生きてはゆけぬ、そしてそれは巴絵とて同じじゃ。
おぬしは、巴絵の幸せの為なら独りぼっちになっても良いと言ったな。
この大馬鹿者が。本気で巴絵の幸せを願うのなら、たとえ地獄へ続く道であろうとも共に歩むと、なぜ言わん。
巴絵の幸せは、おぬしの隣りにあるのじゃ。それが判らんのか)
涙が止まらない。
悔しくって、情けなくって。
あの時と同じじゃないか。
長野に行く前の日、巴絵はあたしに言った。自分を置いて一人で行くなって。
辛いことも苦しいことも二人で分け合うんだって。
それなのに、あたしは全然わかってなかった。なんて馬鹿だったんだ。
体が動かないのが悔しい。今すぐ巴絵の所へ飛んでいきたい。
「ばあちゃん、巴絵はどこ? 巴絵に……会いたいよ……」
(愚か者が。隣りを見よ)
「えっ?」
見よと言われても、首は石のように固まっている。あたしは目だけを動かして、横を見た。
「巴絵!」
すぐ隣りのベッドに、巴絵は眠っていた。
(まだ麻酔が効いておるのじゃ。肋骨3本、背骨も痛めておる)
巴絵、あたしの為に。
「ばあちゃん、あたし……」
(よかろう、好きにせい。藍子には後で謝っておくわ)
体の奥から、光が溢れ出す。ばあちゃんによる代理の『許し』だ。
長野の時の体が燃え上がる感じとは全然違う、体の奥から泉が湧き出してくるような、そんなイメージ。
熱いというより、清々しい。これも修行の成果なのかな。
呼吸を整え、精神を集中させる。際限なく溢れる光を、自分の体全体に思いっきり浴びせかけた。
「よしっ!」
あたしは勢いよく起き上がった。
体中の傷は一瞬で完治、骨も繋がっている。
「巴絵、次はお前だ」
巴絵の胸に両手を当て、静かに目をつぶる。
久しぶりの祈りの術、何だかとっても懐かしい感じがするなあ。
瞼の向こうに、巴絵の魂の姿が見えた。
初めて見る、これが巴絵の魂……。それは、ガラスのように透明に光り輝く球だった。
あたしのと似ている?
いや、この魂はあたしのものとは全然違う、目も眩むようなきらめきと、圧倒的な力強さに満ちている。
この輝きは、ダイヤモンド!
何者も穢すことも傷つけることもできない、ゆるぎない巴絵の魂がそこにあった。
「あはは、参ったな。こんな奴と喧嘩したって勝てる訳ないや。ごめんね、あたし本当に馬鹿だった。
降参だ、巴絵……。大好きだよ!」
顔を上げ、声を放つ。
溢れ出す涙は、無数の光の粒となって宙を舞い、そして豪雨のように巴絵の体に降り注いだ。
あたしの想いの、全てを込めて!
☆☆☆
「撫子……」
巴絵が目を覚ました。
「ん。気分はどう?」
巴絵は少しの間あたしを見つめ、それからニヤリと笑った。
「最悪。なんであんたがこんなとこにいるのよ」
あたしもニヤリと笑った。
「しょうがないだろ。あたししかいないんだから」
「あーあ、あんたしかいないのか」
「そうだよ。巴絵の隣りに居ていいのは、あたしだけだもん」
「じゃあ、あんたの隣りも私だけなの?」
「だって、生まれた時からずっとお隣りさんじゃん」
「そしてこれからも、ずっとお隣りさんなのね」
「まったく、しょうがないよなあ」
「ほんと、しょうがないわねえ」
第四話へ続く




