第三話-12 刹那
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放課後、あたしは旧体育館に足を向けていた。
別に用事がある訳じゃないけど、なんとなく暇だったから。ただそれだけ。
あれ? やけに人が少ないな。いつもは巴絵目当てのギャラリーが大勢いるのに。
と思ったら、巴絵がいないや。
どうしたんだろう、今日は休みかな。
「あら撫子、どうしたの? 巴絵はいないわよ」
窓から中を覗いていたら、バレー部の子が声をかけてくれた。
「今日は休みなの?」
「なんか用事があるから、しばらく休むって。最近ずっと来てないわよ」
「ずっと?」
「一週間くらいかな。撫子、知らなかったの?」
「あ、うん。そっか、ありがと」
あたしは体育館を後にした。
一週間も休んでいるのか。いったい何してるんだろう。
そういえば、あたしは何日、巴絵の顔を見ていないのかな。
別れを告げてから、ずっと目をそらして巴絵の顔を見ないようにしてきた。それでも以前は巴絵の方から話しかけてきたから、それなりに顔を見たり話もしたり。
でも、巴絵があたしを追いかけるのをやめてから、急に巴絵の存在が遠くなってしまった。
何だか、どこか遠くへ行っちゃったみたいな気がするなあ……。
て、馬鹿だな。その気になればいつだって会えるし、教室でも隣同士なのに。
でも最近、時々変な錯覚に陥ることがある。授業中にいきなり巴絵が消えてしまったような気がして、思わず隣の席を見てしまったりするんだ。
もちろんそんなはずはなくて、巴絵は普通に授業を受けているのだけれど、その姿を確認してホッとしたりする。
ほんと、どうかしてるよ。
あーあ、もう帰ろう。
☆☆☆
最近、街を歩いていると、もののけを見かけることが多くなってきた。
と言ってもあたしが勝手に見えるようになっただけで、奴らは元々どこにでもいた訳だ。
こないだの火鼠みたいな迷惑な奴は珍しいらしく、大抵の奴は無害で、ただその辺をうろうろしているだけ。
「結局、もののけって何なの?」
(じゃから、犬猫と同じと言うたであろう。見たまんまの、ああいう奴らじゃ。以上)
全然説明になってない。
でも言われてみれば確かに、犬とは何だと聞かれても『4本足でワンと吠える奴』と、見たまんまの説明しかしようがないよな。
うーん。
帰り道の途中、一匹のもののけが子供と遊んでいるのを見かけた。
5.6歳くらいの男の子がボールを転がし、毛むくじゃらの、くまのぬいぐるみみたいなもののけが、それを蹴り返している。
もののけの動きはそれほど速くないので、男の子もそれに合わせて軽く投げているようだ。
普通の人が見ても、変な跳ね方をするボールだな、くらいにしか見えないだろう。
(案外、子供には見えたりするものじゃよ)
(へえ)
あたしは少し離れた所で立ち止まって、男の子達の遊びを眺めた。
もののけも遊びに夢中で、あたしのことなんか気にならない様子だった。
(こんな奴もいるんだね。なんか微笑ましいな)
男の子が、ボールをもののけに向かってポンと投げる。もののけはそれを受けようとしたけれど、頭に当たって跳ね返ってしまった。
ボールは車道へと転がって行き、男の子がそれを追って駆け出して行った。
「あっ!」
背筋が凍った。道路の先からトラックが向かって来ている!
あたしは鞄を放り出し、男の子に向かって走った。くそっ、間に合わない。ちくしょう、もっと速く! 神様っ!
その時だった。
「えっ、何?」
突然、世界から全ての色が消えた。
視界がいきなりモノトーンになり、それと同時に体の動きまでがおかしくなってしまった。
走ろうとしても体が鉛のように重く、ゆっくりとしか動くことができない。空気がねっとりとまとわりついて、まるで水の中を動いているみたいだ。
貧血?
こんな時に! 子供がっ!
でも飛び出した男の子の姿を見て、また驚いた。
走って行く格好のまま、その場に止まっている。トラックも、ドライバーが大きく口をあけたまま、停止している。
そしてボールが! 空中に浮いている!
なんだこれ、時間が止まっちゃったのか?
いや、よく見るとみんなゆっくり動いているみたいだ。もしかして、時間の流れが遅くなっただけなのか。
考えてる暇はない。あたしは重たい体を必死に動かして、男の子に向かって走った。
これなら、何とか間に合う!
そしてやっとのことで男の子に追いつくと、抱きかかえて歩道に戻ろうとした。
が、今度は体が止まらない!
なんで?!
この時になって、あたしはやっと気がついた。
これは時間が遅くなったんじゃなくて、あたしの感覚だけがありえないほど速くなっているんだ。
だから体の動きはもとのまま。いや、それでも車が止まって見えるほど遅いのに、あたしはそれよりも速い。
ということは体も超スピードで動いている。でも感覚はそれより更に上だから、動きが鈍く感じているだけなんだ。
だけど体の重さ自体はそのままだから、急に止まろうとしても勢いがつきすぎて止まれないってことか。
くそっ! だったらこのまま、向こう側まで行ってしまえ!
目前に迫るトラックの前をギリギリで走り抜け、反対車線へ飛び出す。だがそこにも、対向車が迫っていた。
しまった、間に合わない!
あたしは男の子を抱えたまま、思いっきりジャンプした。
二人の体はゆっくりと空中に浮き上がり、その足の真下に自動車のボディが滑り込んで来る。
もう一度、フロントガラスにぶつかる寸前で両足を思い切り蹴る。
ところが、硬いと思ったボンネットは紙のようにクシャリと潰れ、足がめり込んでしまった。
まずい、落ちる!
バランスを崩しながらも空中で強引に一回転して、なんとか片足で着地。
その勢いのまま、飛ぶように地面を蹴って、一歩、二歩。
目の前に塀が迫ってくる。
駄目だ、止まれない! せめてこの子だけは!
その時、誰かがあたしの目の前に飛び出してきた。
えっ、巴絵?!
巴絵はあたしと男の子の前に立ちはだかり、二人の体を受け止めた。
どうしてこんな所に巴絵が? なんであたしと同じスピードで動けるの?
その疑問を口にする間もなく、あたし達三人は一塊りとなって、ゆっくりと塀に激突していった。
巴絵は、子供を抱きかかえるあたしと塀の間でサンドイッチになった。
衝撃と共に、耳元でボキボキッという鈍い音が響く。
そして次の瞬間、世界は闇に落ちた。




