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第三話-9 もののけと残念少女と

☆☆☆


 それは、白い雲の塊のように見えた。

 気付いたら、いつのまにか大生の頭の上に乗っかっていたのだ。

 以前、渚ちゃんの頭の上に見えた邪気みたいなものかと思ったけど、あの時みたいな嫌な感じは全然なく、まるで綿アメのように形もはっきりしている。

 しかも……。


 顔が、付いてる?


 そいつは大生の頭の上で、ボーっと遠くの方を眺めていた。

 それも何ていうか妙にくつろいだ様子で、まるで塀の上で昼寝をしている猫といった感じだ。

 そしてもちろん大生は、自分の頭の上にそんなのが乗っかっているなんて、全然気付いていない。


 あたしがその雲みたいな変な奴をじっと見つめていると、そいつはあたしの方をちらっと見て、何故かバツ悪そうにむこうを向いた。

 そしてフワフワと飛んで大生の頭から離れたかと思うと、今度はそばを通りかかった別の生徒の頭に乗っかって、そのまま学校の方へと去って行った。


(ばあちゃん、今の見た?)


 あたしはそいつの後ろ姿を見送りながら、聞いてみた。

 なんとなく、ばあちゃんなら知っているような気がしたんだ。


(ん? ああ、あれか。大した奴ではない。気にするな)


(気にするなって言われても、気になるよ。なんなのあれ?)


(魑魅魍魎、もののけの一種と言えるかのう。まあ、人に害をなすものでもないから、気にすることはない。その辺の犬猫と一緒じゃ)


「撫ちゃんどうしたの? ボーっとして」


 大生が聞いてきた。


「あ、うんごめん。何でもない」


 あたしは慌てて誤魔化したけれど、内心はかなりドキドキしていた。

 なんか、すごいものを見たような気がする。


 ふと春ちゃんの方を見ると、春ちゃんもあたしをじっと見つめているようだった。

 そして目が合うと、小さくニイッと笑った。

 もしかして、ていうかやっぱり、春ちゃんにもあれが見えるんだ。


 並んで歩きながら、春ちゃんが小声で言ってくる。


「やっぱりああいうのは、どこにでもおるんやねえ」


「春ちゃん、知ってるの?」


「京都にもぎょうさんおるよ。え、撫ちゃん初めてなん?」


「うん、あんなの見たことないよ。名前とかあるのかな?」


「ふうん、こっちではめずらしいのかねえ。名前は、ウチは勝手に雲猫ゆうとるけど」


「へえ、雲猫か」


 見たまんまだな。


「ほかにもおるよ。小鬼とか草狸とか火鼠とか。

 あと、名前付けてないけど、虫っぽいのとかトカゲっぽいのとか色々」


「へえー」

 


☀☀☀


「じゃあね、春ちゃん。また明日」


「うん、また明日な。撫ちゃん」


 帰り道、私は撫ちゃんと別れて、独りマンションに向かった。

 こっちには任務で来ているだけなので、私は一人暮らしをしている。こういうの、単身赴任いうんやろか。


 歩きながら、ついさっき交わした会話を思い返していた。

 春ちゃん……、はるちゃんやて、うふふふ。あんな風に呼ばれたんは初めてや。

 ほんま、撫ちゃんて可愛えなあ。それになんたって、こっちに来て初めて出来たウチのお友達やもんな。

 そう、お友達……。生まれて初めての……。


安底羅(アンチラ)……)


 その時、私の頭の中に声が響いた。


(何か用? 珊底羅(サンチラ)


(あなた、一体何を考えているの?)


(何が? 私は任務を実行しているだけよ)


(あなたの任務は、向うに知られないように壬鳥を監視して情報を収集することのはずよ。

 それなのに同じ学校に転校して、しかも同じクラスなんかに)


(遠くから眺めているだけで、情報なんか集められるわけないじゃない。

 それに同じクラスになったのは偶然よ。そこまで操作できないわ)


(嘘おっしゃい、あなたの力ならそれくらいは造作もないはず。

 いいこと? 今度しくじったら、あなたは)


(うるさい、黙れ!)


(いいえ、黙らない。

 いつまでそんな反抗的な態度を続けるつもり?

 これ以上十二門家の序列を乱すことはもう許されないわ。上からの命令は絶対なのよ)


(ならば、六位のあなたは四位の私に従うのね。あなたはただのお目付け役、私のやることを黙って見ていればいいのよ)


(春風っ!)


 バタン!

 部屋に着いた私は、ドアを思い切り閉めた。

 と同時に、頭の中の声が消えた。

 この部屋には、結界が張ってある。何者もこの部屋の中には、立ち入ることも干渉することもできない、ここは私だけの場所。


 壬鳥を監視せよとの指令が出た時、私はチャンスだと思った。

 これであの家から抜け出せる。自由になれる。

 厳しい修行と戒律、そして絶対的な序列に縛られた毎日。その中で私は十二門家の上位、第四位の地位にありながら、満足に力を発揮することができず、ずっと役立たずの家の面汚しのと罵られ続けてきた。

 あの家で教えられたのは、人を憎むことと自分を殺すことの二つだけ。

 周りは全て敵、家族でさえ味方ではなかった。ましてや友達なんて、望むことすら許されなかった。

 あそこに私の居場所はない。いつか逃げ出してやると、ずっと思っていた。


 だから今回のことも、壬鳥神社の調査隊から外され、三姉妹の監視というごく簡単な任務を与えられて「できれば写真の一枚でも撮って来い」なんて馬鹿にされても、私は何とも思わなかった。

 本家の奴らは、私のことを関東の田舎に追いやられた落ちこぼれ程度にしか思っていないだろう。でも、あんな狭い社会の中で自分達が世界の中心みたいに思っている馬鹿な連中のことなど、私はどうでもいい。

 あの古い街で、この世の終わりまでずっと唯我独尊を気取っていれば良いのだ。

 今、私は自由だ。

 目付け役の珊底羅など、言われたことをするしか能のないただの人形だ。あんな奴、気にすることもない。


 私はパソコンの電源を入れ、ファンクラブのホームページを開いた。

 やっぱりスマホなんかじゃなくて、大きい画面で見なくちゃ。

 うわあすごいわあ、ほんまにファンクラブや。

 これこれ、早う帰ってこれが見たかったんや。


 ん? いきなり会員規則?

 今朝は舞島はんが登録画面まで進めてくれたから気いつかんかったけど、なんや厳しいなあ。規則とか戒律とか、ウチ好かんわ。

 東雲くんて、あないなトボけた顔して案外堅苦しいのやろか。


『会員規則(改訂版)

 ①手紙やプレゼントなどは禁止です。

 ②直接告白したり、後を付けたりするのもいけません。

 ③なでともや周りの皆さんの迷惑にならないよう心がけましょう。

 ④ただしお友達を除く。(new)』


 て、これだけ? こんなん規則でもなんでもないやん。

 お友達て、ひょっとして今朝舞島はんの会員証に書いてあった、アレのことやろか。

 東雲くんが明日会員証くれる言うてたから、ウチもさっそく書いてもらわな。


 それにしてもえらいなあ。このHP、画像やら動画やら盛りだくさんやないの。

 はああ、撫ちゃんホンマ可愛いらしい。

 なんやのこのお人形みたいな愛らしさ、食べてしまいたいってこういうのを言うのやなあ。

 はあ……。撫ちゃん、ウチの傀儡(くぐつ)になってくれひんやろか。


 ……まあ、無理やな。


 それはまた後で考えるとして、私の頭には一つの疑問が浮かんでいた。

 「なでとも」って、一体どういう事だろう。

 なでともの「とも」は、あの柊巴絵はんのこと。

 あの人と撫ちゃんて、一体どういう関係?


 初めは、席が隣同士なだけで別に仲は良くないんだと思った。

 それどころか撫ちゃんは柊はんのことを避けてる様子で、むしろ嫌っているんだと思っていた。

 ところがクラスの人に聞くと、二人が仲悪いなんて誰も思っていないし、「あれは喧嘩するほど仲がいいってやつだよ」なんて言う人もいる。

 でも撫ちゃんの態度はそんな風には見えず、本気で嫌がっているようにしか見えない。


 でも、じゃあこのHPはどういうこと?

 どの画像も動画も、完全に仲良しとしか見えないものばかりだ。

 芸能人じゃあるまいし、まさか仲がいい振りをしているだけなんて事も、あるはずがない。

 このカラオケのデュエットだって、二人ともノリノリで息もぴったり。ほんますごいなあ、プロのアイドルも顔負けや。


 って、ん? ……んんっ?


 なんやろ。

 この、画面の端に時々映る女の子達、クラスの子やないな。

 ものすごい美人のお姉さんと、小学生らしい女の子。二人とも、ちょっと撫ちゃんに似てる……?

 まさか! 藍子と蓬子か!


 動画を撮っているのは、おそらく東雲くん。じゃあこの化け物みたいな大男は、何者? 壬鳥のボディーガード?

 驚いた。まさかこんなところで、三姉妹の画像が手に入るなんて。


 実は、獄落院には姉妹の顔写真が一枚もない。

 これまで何度となく写真を手に入れようと手を尽くしてきたのだけれど、どういうわけかその全てが失敗に終わっているのだ。

 きっと彼女等の周りには、何らかの結界が張りめぐらされているのだろう。

 それも私達のものとは比べ物にならないほど高度なものが。


 そのお陰で私は、転校初日からあんな大恥をかくことになってしまった訳だけれど、やっぱりコソコソやらずに直接乗り込んできて正解だった。

 本家の役立たずどもめ、写真の一枚でも撮ってこいだと? それはお前らが誰一人成すことのできなかった超難題だろうが。

 フフ、私はそれをたった一週間でやり遂げたぞ。


 このHPは情報の宝庫だ。

 どうして本家は、こんなものがあることに気がつかなかったんだろう。

 そして、どうして私は、こんなにあっさりと壬鳥の結界の中に入り込み、このHPにたどり着くことが出来たのだろう。

 今までも本家は何人ものスパイをこの地に送り込み、そしてその全員がほとんど手ぶらのまま、京に帰って行ったというのに。


 考えられる答えは、ただ一つ。

 それは、私が撫ちゃん達に敵意を持っていないから。


 おそらく、姉妹の周囲に張られている結界は、物理的に作用するものでなく人の心に働きかける類のものだ。

 それも精神を痛めつけるような攻撃的なものでもない。もっと巧妙に、本人も気が付かないうちに意識を誘導し、散らしてしまうのだ。

 そしてこの手の結界には、無差別攻撃を防止するために目標を識別する、センサーのようなものが備わっているはず。

 それはたぶん人の意識。すなわち壬鳥に対する敵意、悪意に対して反応するのだ。

 きっと私も、撫ちゃんに対して悪意を持った途端に、結界の外に追い出されてしまうのだろう。

 ならば、私がやるべきことも一つ。


 えへっ、このHPのことは黙ってようっと。本家の阿呆どもめ、ええ気味や。


 そしてもうひとつ、気になることがあった。

 この画像の日付は全部夏休み前のもので、その後は更新されていない。そして私が転校してきたのは、夏休みが終わってから。

 夏休み前はこんなに仲が良かった撫ちゃんと柊はんが、休みが明けた時には口もきかないほど仲が悪くなっている。

 そして、三姉妹が壬鳥神社に行ったのが、8月の初め。


 関係ないことかもしれない。


 でも、何かが引っかかる……。



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