第三話-7 お友達になろう
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果たして、次の日の放課後。あたしは獄落院さんに呼び出されていた。
今朝、下駄箱の中にメモが入っているのを見つけた時は、一瞬この前のラブレター騒動を思い出して泣きそうになったよ。
まあ今回はラブレターじゃなかったから、ちょっとホッとしたけど。いてうか、これってもしかして果たし状なの?
しかも呼び出された場所は、またもや琴岩神社だし。
もうやだ!
「ごめんなさい、呼び出したりして。ここ、静かでいい所ね」
「そう? で、あたしに何の用かな。あたしも獄落院さんに、ちょっと聞きたいことがあったんだ」
「なあに?」
「あたしの名前、どうして知っていたの?」
「うふふ、そりゃあ有名人だもの」
有名人、あたしが? まさかファンクラブは関係ないよな、はは……。
「壬鳥巫女衆第四十四代の、次席。当主がお姉さんの藍子さんで、妹さんが三席、蓬子さんでしょ?
壬鳥の美少女三姉妹と言えば、知らない者はいないわ。少なくとも獄落院ではね。
私もあなたに会えるのを、楽しみにしていたのよ」
その割には巴絵と間違えたけど、なんてことは口には出せない。
「君、いったい何者?」
すると獄落院さんは、ニイッと笑った。凍りつくような、冷たい笑み。
「獄落院十二門家が四位。朱雀門、安底羅の春風。
私はあなたを……」
「しっ、ちょっと待って」
「へ?」
どこからか、話し声が聞こえてくる。
あたしは声をひそめて、獄落院さんに言った。
「誰か、いるみたいだよ。君も他の人に聞かれちゃまずいだろ? ちょっと隠れよう」
「え? う、うん」
声は、裏手の方から聞こえて来る。
あたしと獄落院さんは、足音を立てないように静かに社の脇に回り、そっと奥をうかがった。
「あー、あの子達」
男子と女子が、二人っきりで話している。
でも! こ、この状況はもしかして!
「知ってる人?」
「うん、3組の人だ」
二人の話し声が、途切れとぎれに聞こえてくる。
「…てごめん」
「ううんわたしも……」
「…ったよ。でも…から……て…」
「…れしい。わ…し……たの」
「ほんと? …れなんか……」
「うん…の…が……き……」
うわあ、見ちゃ駄目なやつだろ、これ。
「ねえ、ねえ獄落院さん。ちょっとまずいよ。場所変えよ?」
あたしは獄落院さんの袖を、チョンチョンと引っ張った。
「しっ、静かにして」
ガン見してるよ、この子。
まずいなあ、これじゃまるで覗きだ。と、もう一度二人の方をチラッと見ると。
二人は無言で見つめあい、そして女の子が目をつぶった。
男の子は彼女の頬に手を添え、ゆっくりとその唇に……。
…………。
やがて二人は唇を離し、お互いの存在を確かめるようにそっと抱き合って……。
「………」
「………」
ハッ! 思わず見とれてしまった。
「ほら、行こっ」
「あん、もう少しぃ」
あたしは獄落院さんの手を引っ張って、その場を離れた。
☆☆☆
駅前のファミレス。
あたしと獄落院さんは、ジュースを挟んで、向かい合って座っていた。
き、気まずい。
ただでさえ、あたしと獄落院さんの関係はかなりややこしそうなのに、さっきのアレのせいで、余計話し辛くなっちゃった。
ダメだ、この子には聞きたいことが沢山あるんだ。うちとの関係とか、転校してきた目的とか、この子の能力……はさすがに教えてくれないだろうけど。
「「あのっ!」」
う、カブった。
「あ、どうぞ。獄落院さんの方から」
この子だって、わざわざあたしを呼び出したんだから、何か重要な話があるはず。
「うん……。あ、あの……さっきの、すごかったね」
その話しかいっ!
「あ、うん。びっくりしたね」
「私、あんなの初めて見た」
「うん、あたしも」
「関東の子って、やっぱり進んでるのね」
「関東って言っても、こんな田舎だし。東京なんかとは全然違うよ」
「とっ、東京はもっとすごいの?!」
いや、知らねーし。
「てか獄落院さん、ずっとこの話しするの?」
「あ……」
真っ赤になって俯いちゃった。また振り出しだ。
「ねえ、聞いていい?」
「は、はい」
獄落院さんが、顔を上げる。
「獄落院さんって、どうしてこっちに転校してきたの?」
すると、彼女の目つきが変わった。
さっきまでの女の子らしい雰囲気が消え、初めて会った時のような冷たい視線を、あたしに向けてくる。
「指令を受けたのよ。あなたを監視」
「お待たせしましたあっ! こちら苺のミルフィーユになりまーすっ!」
「あ、はいあたしです」
「夏期限定トロピカルフルーツプリンアラモードパフェメガ盛りマックスでございまーす!」
「はい、私です」
ドン、と音をたてて、巨大なパフェが獄落院さんの前に置かれた。
こんなの注文してたの?
「ご注文は以上でお揃いでしょうかあ?!」
「はい」
「ではごゆっくりどうぞー!」
ウェイトレスさんが去った。
「えっと、で?」
「ん? あ、そ、そうね」
獄落院さんが慌ててスプーンを置いた。
あのな、食べるのは話が終わってからにしろよ。
「そう、本家からの指令よ。壬鳥が動いた、あなた達を密かに監視しろってね。
でも私は、コソコソするのは嫌いなの。だから正面から堂々とやることにしたのよ」
「どういう事?」
「とぼけている訳じゃなさそうね、壬鳥撫子」
彼女はあたしを真っ直ぐ指差し、巨大パフェ越しに冷たい視線を向けてきた。
「あなた達は禁断の扉を開いた。あなたが手に入れた壬鳥の秘宝が世に出る時、世界は」
「失礼しまーす! こちら伝票でございまーす!」
「あ、はい」
「……」
獄落院さんは、手を上げたまま真っ赤になって固まり、それからプルプルと震え出した。
やば、昨日と同じだよ。まさかまた飛び出して行くんじゃないだろうな。
てゆうかこの子、間が悪すぎる!
「ふう」
おお、今日はこらえた。
「あなた、本当に何も知らないの?」
「うん、さっぱり判んない」
「長野へ行ったでしょ?」
「えっ、どうしてそれを」
「そういう情報はすぐに入ってくるのよ。
壬鳥衆発祥の地、壬鳥神社。これまで何百年もの間誰一人として行き着くことのできなかった禁断の地に、あなた達姉妹はあっさり入ってしまった。
これが、どれほど凄いことかわかる?」
それはGPSのおかげ、なんて言ったらこの子、怒るんだろうなあ。
「禁断の地ってなに?
そりゃあ山を登って行くのは大変だったけど、行こうと思えば行けないことはないし。場所だって、地図もあってうちの母ちゃんも知ってたよ」
「そう、神社の場所を記した地図や文献はあった。でもいざ行こうとしても、誰もたどり着けなかったのよ。
強力な結界に守られていたのね」
「結界?」
(ばあちゃん、結界なんて張ってたの?)
(さあ、わしゃずっと寝てたから知らんわい)
(まさかそのせいとか。ばあちゃんが寝ちゃったから、結界ができちゃったなんて)
(ううむ、ないとは言えんのう)
あたしは、あの時のことを思い返した。
ほんの1ヶ月前、巴絵と二人きりで過ごしたあの2日間がとても懐かしく、まるで遠い日の出来事のように思えた。
「どうしたの? 壬鳥さん」
「あ、ごめん。で、壬鳥の秘宝って何なの?」
「それは私も知らないわ。でも言い伝えによれば、それが世に現れる時、世界が変わるって」
(ばあちゃん、何か知ってる?)
(いや、儂は何も知らんぞ)
「でも、あたし達が手に入れたって。あたし、そんなの全然知らないよ」
「ふう、嘘をついているようには見えないわね。まあいいわ、これからしばらくこっちにいるんだし、焦ることはないわね。
でもひとつだけ、お願いしていい?」
「なに?」
「これ、食べてもええやろか。早う食べんと、アイス溶けてまうねん」
いきなりデレ顔になった。この子も渚ちゃん並みの顔芸だな。
「ああ、そうだね。どうぞ」
「わぁい。いただきまーす」
嬉々として巨大パフェをパクつき始める獄落院さん。あたしもケーキ食べようっと。
「でさあ、獄落院さんはこれからどうしたいの?
監視って、あんまり変に付きまとわれるのもイヤなんだけど」
あたしはケーキの上に乗ったイチゴにフォークを突き立てながら、獄落院さんに尋ねた。
「ん、そらそうよね。
私も上からの命令に逆らう訳にはいかへんけど、具体的に何をどうしろとまでは言われてないし」
「じゃあさ」
「ん?」
「あたし達、友達にならない?」
「友達……?」
「そっ、友達」
「ええの? ウチ……そんな、友達なんて」
なぜか獄落院さんは俯いて、顔を赤くした。
あれ? なんかカワイイ。
「うちの母ちゃんも、獄落院って聞いて眉吊り上げてたけど、そんな親同士の喧嘩なんてあたし関係ないしさ。
せっかく同じクラスになったんだもの、仲良くしようよ」
「ほんま? ……うん、ええよ」
「じゃあもうひとつ。
獄落院さんって苗字で呼ぶのってなんか堅苦しいからさ、名前で呼んでいい?」
「うん。ほならウチも名前で呼ぶわ」
「よし。じゃああたし達、今からお友達だね、春ちゃん」
「はるちゃん……、うふふ。うん、お友達やね。撫ちゃん」
こうして、あたしと春ちゃんは友達になった。




