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第一話-3 そうです、ワタシがストーカーです

☆☆☆


 そんな、いつも通りのグダグダなやり取りでスタートした、いつも通りの一日の始まり。

 学校へ向かう道を並んで歩きながら、変態狂犬女の巴絵が妙にマジ顔で切り出して来た。


「ところでさあ、撫子ぉ」

「ん、なに?」


 通りかかるクラスメート達に手を振りながら。


「私さあ、なんか最近、誰かに見られてるような気がするんだけど」

「んなの、いつもの事じゃん」


 あたしは、事もなげに答える。


 それもそのはず、巴絵はとにかく目立つのだ。

 なにしろこの身長、この顔立ち、そして何よりこのおっぱいだもん。目立って目立って目立ちまくりだ。

 さすがに近所の人たちは見慣れてるのでそれほどでもないけど、たまに二人で遠くに買い物に行ったりすると、道行く人が振り返ったり立ち止まって見とれたり。

 中には、すれ違いざまにびっくりしたように二度見する人までいたりして。

 まあそういう奴は大抵、おっぱいを見てるんだけどね。


「んー、なんかそういうのとは違う感じなのよねえ。

 なんて言うかさあ。後ろからじっと見つめられてるみたいな、妙な視線を感じるっていうか」

「ストーカーとか?」

「やめてよ、気持ち悪い」


 まあ、巴絵にはファンも多いから、中には変なのがいても不思議じゃないけど。


「気のせいじゃ、ん?」


 言いかけたあたしは、背後から殺気が忍び寄るのを感じて、言葉を止めた。

 そして振り返ろうとしたその瞬間!


「ストーカーとは拙者の事でござるかっ!」


 巴絵の両脇から伸びた二本の腕がその体を抱きしめ、おっぱいをワシッと掴んだ。


「きゃああああっ!」


 巴絵が悲鳴を上げる。わあ、女の子みたいだ。


「ちょ! コラ、離せこの痴漢!」

「ムフフ、良いではないか良いではないか」


 良いではないかと嬉しそうにおっぱいを揉みしだく痴漢。

 あーあ、巴絵にそんなことして、どうなっても知らないぞ。


「こっの!」


 ほら、キレた。


「いいかげんにしろっ!」 ガッ! ドスッ! ババッ!


 後ろ頭突きで痴漢の鼻面をつぶし脇腹に肘鉄を喰らわせて相手が怯んだ隙に両腕を跳ねのけそして振り向きざま、よろめく痴漢のこめかみめがけて。


「ゼエエエイヤッ!」 バキャゴッ!


 回し蹴り一閃。

 ちなみに、巴絵のハイキックは、下から上へと蹴り上げるのではなく、その長い脚を自分の頭よりも高く思いっきり振り上げてから、そこに全体重を乗せて下向きに蹴り落とすという恐ろしくも凄まじいもので、破壊力もハンパない。

 痴漢はその弾道ミサイルのような一撃をモロに喰らって顔面から道路に叩きつけられ、跳ね返って空中で半回転してから、仰向けに転がった。


「何すんのよ、この変態外人!」


 仁王立ちの巴絵の足元で、大の字になって目を回しているのは、あたし達と同じ制服を着た金髪の女の子だ。


「うぅー、いててて。もう、トモエちゃんたらひどウブッ、ゲロゲロゲロッ」


 女の子は笑いながら起き上がろうとして、すぐに口を押さえて後ろを向いた。

 後から来た他の生徒たちが、慌てて飛び退く。その直後に、ビチャビチャッという耳を覆いたくなるような雑音と共に、妙にすっぱい臭いが辺りに漂った。

 あー、衝撃で脳をやられたな。後で医者に診てもらった方がいいかも。


 さすがのあたしも、この光景にはドン引きだ。

 思わず後退りしたけど、這いつくばる女の子を見下ろす巴絵の右足がゆっくりと上がって行くのを見て、慌てて二人の間に割って入った。


「ちょちょちょ、待て巴絵! それはいくら何でもやりすぎた!」


 明らかに巴絵は、痴漢の後頭部を踏みつけようとしていた。


「撫子どいて、そいつ殺せない」

「どっかで聞いたことあるセリフだな!」


 その隙に、女の子がハンカチで口を拭いながら立ち上がった。


「ハア、ハア……。もう、トモエちゃんのイケズう」

「なにがイケズよ、まったくもお。毎朝毎朝、変態行為もいい加減にしてよね」


 ほとんど巴絵に並ぶくらいの長身と、ブロンドの長い髪に青い瞳の、絵に描いたようなアメリカン美少女。そして、バストサイズもアメリカンだ。


「そんなに変態変態言わないでよ。ワタシにだって、ちゃんと立派な名前があるんだから。

 聞け、者どもよ。我が名はキャンディ・キャンディ・ローエングラム・トランシルバニアーナ・ド・フランソワ二十三せ」 ボカッ!


 言い終わらないうちに、巴絵がキャンディの頭を殴った。


「あんたは自分の名前も満足に言えないの?! あんたの名前はキャンディス・マクガイア! ハンバーカー屋の娘でしょ!」

「ちがうもん! それは俗世の名前で、こっちがワタシのマナだもん!」

「あのねえ、真名っていうのは絶対に人に知られちゃいけない秘密の名前なのよ。

 それを他の人に教えるってことは、その人に一生服従を誓いますって意味なのよ? 判ってんの?」

「えっ、てことはウチはトモエのドレイ? うんわかった、アチキは一生トモエについて行くでありんす」

「いらない」


 冷たく言い放つ巴絵。


 キャンディは、今年の春に短期留学で日本に来たアメリカ人だ。

 親は世界中の誰もが知ってるハンバーガーチェーンの社長で、つまりは大金持ちのご令嬢。

 ジャパニメーションに興味を持ち、『アニメを代表とする日本のサブカルチャーは、アメリカ発B級グルメの代表であるハンバーガーと社会的ニッチにおいて共通点が多いことから、これを比較研究して将来のマクガイアグループの企業経営に役立てたい』という目的で日本にやってきた、要するにただのオタク。


 いや、ただのと言っては失礼かもしれない。

 この娘は、日本語をアニメとラノベのみで覚え、その他ゲーム、コミックから同人誌まであらゆるオタク文化をこよなく愛し、日本の掲示板に書き込みしたり本国では『ホームランゲージはジャパニーズ』というオタクサイトを運営したり、それでも飽き足らず、アキバに通いたいが為だけに、上の屁理屈で親を騙して留学してきたという、本物のキチ○イだ。

 おかげで日本語もペラペラ、流暢を通り越して胡散くさいレベルにまで達している。


「お前もよくやるね。そんなに巴絵のおっぱいが好きか?」

「ナデシコほどじゃないわよ」

「なんだと!」

「だってさあ。これ、ズルくない?」


 とか言いながら、キャンディが巴絵のおっぱいを指さし、いや、ズブりと指で突き刺す。

 それをパシッと払い除ける、巴絵。

 ついさっきあんな目にあったばかりだというのに、懲りずに痴漢行為を続けようとするその根性だけは褒めてあげたい。

 普通だったら、……いや、普通の人は最初から痴漢なんてしないな。


「ずるいって、何がだよ」

「ワタシ、日本の女の子はみんなナデシコみたいにおっぱいが小さいっ聞いてたからさ。こっちに来れば、男の子達はワタシにメロメロになって、ハーレム三昧だと思っていたのに。

 なんでこんなとこに、ワタシよりもでっかいおっぱいがあるワケ?」

「知るか! あたしみたいは余計だろ!」

「ああ憎い。この巨乳が憎いわ」


 憎い憎いと言いながら巴絵の胸に向かって伸ばした両手を、巴絵は無言で捕らえると、グイと捻り上げた。


「キャー、イタイイタイもうしません! どうもごめんなサイッ」


 キャンディは、両手の関節をキメられて悲鳴をあげながら「ごめんなサイッ」と言って頭を下げ、巴絵のおっぱいに顔をうずめた。


 うーむ、さすがだ。



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