第三話-3 魂の形
★★★
次の日から、初代のババアによる修行が始まった。
最初は藍子お姉さんだ。
リビングのソファに向い合せに座り、私はババアと入れ替わる。
「では藍子よ、目をつぶれ」
「はい」
お姉さんと一緒にババアも目をつぶり、代わりに心の眼を開いて、お姉さんの魂の姿を見つめた。
心眼で見るお姉さんの魂は、人の形ではなく光り輝く玉のように見えた。
銀白色に輝くその玉は、まるでプラチナのような。いや、磨き上げられた鏡というべきか。
全ての物を歪みなく写し、しかもそれ自体がまばゆい光を放つ、不思議な玉だった。
(藍子よ)
ババアが心で語りかける。
(はい)
(おぬしは何者じゃ)
(私は……藍子)
(藍子は何者じゃ)
(藍子は……私)
(私とは誰じゃ)
(私は……私)
(申せ、何者じゃ)
(……)
鏡の表面に、小さな波紋が走った。
(己の魂に己自身を写し出せ。何が見える)
(私は……)
波紋が次第に大きくなって行くのを、ババアは黙って見ている。
やがて、玉全体が大きく波打ち始めた。
太陽のように安定していた輝きも乱れ、切れかかった電球の様に不規則に点滅を繰り返す。
「よかろう、今日はこれまでじゃ」
ババアが声に出して言った。
目を開けると、驚いたことに藍子お姉さんは全身汗だくになって、荒い息を吐いていた。
ソファにぐったりともたれかかり、目も真っ赤に充血して、涙まで流している。
「お姉さん! 大丈夫ですか!」
「はあっ、はあっ……。だ、大丈夫だよ、巴絵」
「うむ、よう休むがよい」
ふと時計を見ると、いつの間にか2時間も経っていた。
何がなんだかさっぱり分からないけど、これが魂の修行というものなの?
次は撫子。
昨日はあんな大声を出して怒っていたのに、今日は言われるまま素直にソファに座った。
でも、私が声をかけても返事もしてくれない。やっぱり怒っているのかな。
撫子の魂は、藍子お姉さんとは全然違って、まるで水晶玉ようだ。
というよりも、朝露のようにどこまでも透明にきらめく、純水の玉。
お姉さんのような安定感がなく、むしろ触れただけではじけ飛んでしまいそうな儚ささえ感じる。
その代り、その不純物の一切ない清らかさと輝きの美しさは、お姉さんの魂にも勝るものだった。
(ふむ、ようもここまで磨き上げたものじゃな)
ババアも感心している。
(撫子よ)
(何?)
(おぬしの魂は、もう充分に磨かれておる)
(そうかい)
(あとは、おぬし次第じゃ)
(何をすればいいの?)
(それを見つけるのが、おぬしの修行じゃ)
(役立たずのくそばばあ)
(ふふ……。なれば一つだけ教えてやろう。答えはすぐ目の前にある。しっかりと目を開いて見ればきっと見つかるぞよ)
(ふん、思わせぶりなこと言いやがって。偉そうに)
(そりゃ儂は初代当主様じゃからな、偉いに決まっておる。よし、本日はこれにて終わり)
今度は、たった5分で終了した。
最後は蓬子ちゃん。
蓬子ちゃんの魂は、前の二人と違ってゴツゴツとした岩の塊みたいだった。
そしてその全体にメロンのようなひびが走っていて、その隙間からオレンジ色の強烈な光が漏れ出している。
(こやつはまだ、まともに修行を初めておらんのであったな)
そうか、この魂は磨かれる前の原石なのか。
(巴絵よ、この光が見えるか)
初めてババアが私に語りかけてきた。
(うん、見えるよ。前の二人よりも強いみたい)
(その通りじゃ。この力は、完全に磨き上げたらとてつもないものになる。
危ういところであったな。一歩間違えたら、こやつは鬼になるところであった)
(鬼って?)
(人の心を失のうた、力のみの魂じゃ。じゃが安心せい。儂なら造作もないことじゃ)
次の瞬間、岩のメロンがはじけ飛んで、中から鈍い光を放つ鉄のような玉が出てきた。
(ま、とりあえず初日はこんなところかの。続きは明日じゃ)
目を開くと、蓬子ちゃんはソファの上で、白目をむいて失神していた
★★★
(ねえ、ババア)
その日の夜、私は今日の修行のことを思い返していた。
(何じゃ)
(撫子の魂って、藍子お姉さんや蓬子ちゃんのものとは、随分違うわよね)
(ほう、どの辺りが違うと?)
(だって、他の二人みたいな力強さがないっていうか、触れただけで壊れてしまいそうなくらいに弱々しいっていうか)
(あやつはのう、この一年間ただ一つの事のみを想うて、己の魂を磨き続けてきたのじゃ)
(それって、私?)
(そうじゃ。おぬしの魂を穢すものを祓い清める、ただひたすらに、それだけを思い続けてきた。
じゃから、あやつの魂はほんの僅かの濁りも曇りもない、清らかなものとなることが出来たのじゃよ)
(でもその代わり、壊れやすく脆いものになってしまった。
撫子が変になっちゃったのは、そのせい?)
(おぬし、勘違いをしておらぬか?)
(えっ?)
(撫子の魂は、混じり気のない清らかな水じゃ。
のう巴絵、水の塊を壊すことはできるか?)
(だって、叩けば壊れるでしょう?)
(うんにゃ、形が変わるだけじゃ。そしてすぐさま元に戻る。
切ろうが潰そうが、水は枯れぬ限り壊すことなどできぬ)
(なるほど、確かにそうね。でも、濁ることはないの?)
(あやつの魂は、ただの水の塊ではない。滾々と沸き出ずる泉じゃ。
何者も穢すことはかなわず、枯れることもない。硬いばかりが強さではない、ああいう強さもあるのじゃ)
(じゃあ、撫子はいったいどうしちゃったの? 最近のあいつって、絶対おかしいじゃない)
(あれは魂の在り様とは何の関係もない、とも言えぬか。
クックックッ、まあ一時の気の迷いじゃ。案ずることはないと再三言うておろうが)
(また変な笑い方して。じゃあ、私はどうすればいいの?)
(おぬしは、おぬしの思う通りにすればよい。それが正しい道じゃ。
よいか、水は決して壊れぬ。じゃが、己ひとりでは立つことすらかなわぬのじゃよ。
おぬしもよく知っておろうが、あやつはヘタレじゃ。
撫子が道に迷うた時、手を引き導いてやるのが、おぬしの役目であろう?)
(ヘタレね、まったくその通りだわ。それにお馬鹿のくせに人の話しを全然聞かないし、意地っ張りだし。
でも、私の…役目……か……)




