第三話-2 話が違う!
☆☆☆
リビングでは、母ちゃんと初代のばあちゃんのバトルが続いている。
「初代様、わがままも大概になさいませ。神社は立派に再建してちゃんとお祀りすると申しているではありませんか。
それに、巴絵さんはお隣のお嬢さんなんですよ。
これ以上よそ様にご迷惑をおかけするのは、もうおやめになって下さいな」
初めはパニックになった母ちゃんだったけど、今ではすっかり慣れて、ばあちゃんと対等に渡り合っている。
さすがは母ちゃん、言うことがいちいちもっともだ。
「何を言うか。乳娘は撫子の嫁なのじゃろ? もはや身内じゃ。
それに、この哀れな年寄をあんな姥捨て山に放り出そうとは、はああなんと情けない。八百年の間に、壬鳥も人の心を失うてしもうたのか」
うんうん、ばあちゃんも可哀そうだよな。ここに置いてやろうよ、母ちゃん。
「この平成の世に街中を幽霊がうろうろするなど、迷惑極まりないことです。お年寄りは静かなところで、おとなしく余生をお過ごし下さい」
そりゃそうだ。年寄は大人しくしていてくれなくちゃ。
「嫌なもんは嫌じゃ」
わかる。わかるぞ、ばあちゃん!
「お黙りなさい」
そうだよ、黙っていうこと聞けよ。
「ええいやかましい! いい加減に言霊を使うのをやめんか、鬱陶しい。儂にそんなものが効くか!」
「初代様こそおやめ下さい。私にそんなことをしても、無駄です」
ん? 言霊?
「こらあっ! お前ら、口喧嘩すんのに言霊なんか使うなよ! 聞いているこっちがおかしくなるだろっ!」
まったく、なんて奴らだ。なんか変だと思ったら、関係ないあたしが洗脳されていたじゃないか。
「あら撫子、いたの?」
「いたよ」
ったくもう、それでも親か。
「ねえ、ばあちゃん?」
「なんじゃ」
「ばあちゃんは、そんなに帰りたくないの?」
「そりゃそうじゃ。せっかく、永き眠りから覚めたのじゃからの。も少し今の世を見物したいわ」
「だったら、うちの誰かにしなよ。なにも巴絵じゃなくたっていいじゃん」
「うむ、それなのじゃがな撫子よ。
実を申せば、霊にも相性というものがあってじゃな。この体は、儂と実に相性がよいのじゃ」
その言葉を聞いて、母ちゃんの目がキラリと光った。
「初代様?」
「なんじゃ」
「言霊使いの私に嘘が通じないことくらい、お判りですわよね。今のお言葉で、初代様の本音が見えましたわ」
「な、なんじゃと? 儂がいつ嘘なぞついた。相性というものはじゃな」
「物は言いようですわね。要するに、巴絵ちゃんのおっぱいがいいんでしょ?」
「あっ、そういうことか! ばあちゃん、憧れの巨乳の体を手に入れたもんだから、離したくないんだな!」
「なっ、何をいうか! この儂に向かってなんと無礼な!」
思いっきりうろたえてるじゃんか。まったく、このばあさんは。
「珠子お母さん、撫子。私は別にいいわよ」
いきなり、巴絵がしゃべった。
「巴絵? そういえばお前、ばあちゃんに体乗っ取られているのに、自由に動けるようになったのか。
長野の時は、全然動けなかったのに」
「うん、要領がわかれば簡単よ。
体を返して下さいなんてお願いなんかしないで、問答無用でババアをぶっ飛ばして、奪い取ればいいだけなのよね」
「ばあちゃんを……、ぶっとばすの?」
「そっ、要は気合よ。やっぱり私の体だもん、本気でやれば私の方が強いみたいよ」
うーん、巴絵らしい解決法だ。
「ばあちゃんも、巴絵の体を自由に操れるのか? あの時はずっと直立不動だったのに、帰ってきたら普通に動いてるもんな」
「おお、そうなのじゃ。大分慣れてきたでな。
近頃はこやつの体を借りて、街なかを散歩などさせてもらっておる」
「えー、大丈夫かあ? あんまり変なことすんなよ」
なにしろ何百年も山ん中で寝ていたんだからな、きっと常識も何百年分ズレてるだろ。
「なに、分からんことは乳娘が色々教えてくれるからの。珍しいものが沢山あって楽しいぞ」
「このババアったら、ホントうるさくってしょうがないのよ。あれ何だ、これ何だって。
それも一々指差して声に出すもんだから、まるで私が危ない人みたいじゃないの」
巴絵が割り込んできた。
なるほど、巴絵の方も大分慣れてきたみたいだな。
「良いではないか、それくらい。それより撫子よ、知っておるか?」
「何が?」
「先日、風呂に入って気付いたのじゃがな。でか乳は湯に浮くのだぞ」
「……」
知ってるよ……。
「ババア!」
巴絵が怒鳴る。これで相手があたしだったら、回し蹴りが飛んでくるとこなんだけど、さすがの巴絵も自分で自分を蹴ることはできないだろう。
頭(体? なんて言えばいいんだ?)の中でぶっ飛ばしているのかな。
それにしても、巴絵とばあちゃんの一人二役の喧嘩は、外から見ていると確かに変な人にしか見えないな。
こりゃ巴絵も大変だ。
「しかし、このでか乳というものは、なかなかに不便なものでな。
なにしろ、これ程までに肩が凝るとは思わなんだ。
それに飯を食う時がこれまた邪魔で、手元は見えんし茶碗を持つにも乳の上でこれこのように……」
「ばあちゃん、巨乳ライフ楽しんでるな」
「ほんっとにもう、勘弁してほしいわ。まるで撫子が二人いるみたい」
「みたいじゃなくて、儂も撫子じゃが」
「こんな皺くちゃ、撫子だなんて認めないわよ! あんたなんかババアで十分よ!」
ババアババアと連呼する巴絵の口調には、壬鳥一族の初代当主様に対する尊敬の念など、カケラも見えない。
まあ、あたしだってそんなのないけどね。ただのばあちゃんとしか思ってない。
でも、あれ?
「巴絵、皺くちゃってお前、ばあちゃんの顔見えるの?」
「見えるわよ、あんたにそっくり。でも全然可愛くないの」
「うわあ、やだなそれ」
「巴絵ちゃん、こんなのホントにいいの?」
と、母ちゃんまで呆れ顔だ。
「こんなのとは何じゃ、無礼な」
「黙れババア。
はい、お母さん。この何日かババアと一緒にいて色々話したんですけど、私自身ももうこの家と無関係ではないというのは、本当だと思うんです。
こちらのお宅は皆さん不思議な力を持っていて、今回の件もその力で解決できましたけど、これで全てが終わったわけじゃないって、ババアが言うんです」
「初代様、どういうことです?」
「うむ、珠子よ。おぬしの娘たちが祈りの技を復活させたのは、確かにお手柄ではあったが、おかげでこの者達は見なくてよいものまで見えるようになってしもうた。
これまで永きにわたり、強き力を当主だけのものとし、他の者達の手助けのみに徹しておったのは、この世に余計な乱れをもたらさぬ為であろう?
したが、娘たちは既にこれまでにない力を手にしてしまった。
もはや因果を断ち切ることはできぬ。これからも様々な乱れが、娘たちの周りで起きることになるであろう」
「え……」
あたしは思わず腰を浮かした。
何だよそれ、そんなの聞いてないぞ。
「その時に、私も力になりたいんです。ババアが私の中にいれば、皆さんと同じものを私も見ることができます。それに、力も貸してくれるそうです」
「それなら尚更、巴絵ちゃんを巻き込むわけにいかないわ」
「いいえ、巻き込まれるんじゃありません。私が皆さんと一緒でいたいんです」
巴絵の馬鹿、なに言ってんだよ。お前は……。
「それに、おぬしらの為でもあるぞ」
「えっ、どういうことです?」
「おぬしの娘達には、儂が修行をつけてやる。おぬしがやるよりずっと上手くやれるぞ。
珠子よ、半端な修行の危うさはよく判っておるじゃろう?」
その言葉に、母ちゃんも考え込んでしまった。
ちょっと待ってよ、母ちゃんまで。冗談じゃないよ!
あたしは立ち上がった。
「巴絵」
「なあに、撫子?」
「お前はそんなことはしなくていい。これはうちの問題だ。お前は関係ない」
「関係ないって、撫子。急に何を言いだすの? 私とあなたは……」
「いいって言ってんだろっ! うちの事はあたし達で何とかするから、お前は出しゃばるなよ!」
「どうしたの撫子、何をそんなに怒っているの?」
巴絵と母ちゃんが、驚いてあたしを見る。
「うるさい、もう帰れ! ばあちゃんもさっさと山へ帰れよ!」
あたしはそう言い放って、リビングを飛び出した。
くそっ、あたしは馬鹿だ。いくら頭に来たからって、あんな言い方はないよ。
でもっ!
階段を駆け上がり、自分の部屋に戻る。そのままベッドに倒れ込んで、枕に顔をうずめた。
でもっ!
巴絵の方が、もっと馬鹿だっ!
★★★
「撫子っ!」
慌てて後を追おうとした私を、お母さんが止めた。
「巴絵ちゃん、待って」
「お母さん?」
「お座りなさい。大丈夫、あの子のことは心配ないわ」
「でも」
「あの子はね、あなたの事が心配なだけなの。あなたを危ない目に合せたくないのよ」
「そんなの、私だって同じです。だから撫子の助けになりたいんです」
「うん、だから大丈夫よ。あの子もきっと判ってくれる。さて、初代様」
ババアが私に代わった。
「うむ」
「お話は判りました。お申し出の通り、娘達の修行よろしくお願いします。それと巴絵ちゃんのことも」
「よかろう」
★★★
その日の夜。
(ねえ、ババア?)
(何じゃ)
(今朝の撫子のことだけど)
(あやつの事は案ずるなと、珠子も申したであろう)
(だって、撫子ったら何で急にあんなに怒ったの? それにあいつ、最近なんか変じゃない?)
(くっくっくっ……)
(何笑ってんのよ、クソババア)
(いやいや、ほんに我が娘たちはかわええのう)
(はあ? あんた、馬鹿にしてんの?)
(ん、すまんすまん。あやつが変か? うむ、確かに今のあやつは変じゃのう。その理由なら儂も珠子もよう判っておるぞ。
じゃがな、それは言う訳にはいかんのじゃ)
(何でよ)
(じゃから言えんのじゃよ。それはおぬしと撫子の問題じゃ。儂らが口を出しても邪魔なだけじゃ。
ええと、今流行りの言葉でなんと言うたかの。
そうじゃそうじゃ、馬に蹴られて死んでしまうのじゃ)
(何をわけのわかんないこと言ってんの)
馬に蹴られてって、そんなのがいつ流行ったのよ。




