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第二話-10 三姉妹

★★★


「せーのっ!」


 撫子が、気合とともに箱の中に手を突き入れる。

 その直後に全身が稲妻のような閃光に包まれ、撫子は気を失ってその場に倒れた。


「思えば思うほどに、返しも強くなる。無理か」


 撫子を見つめる双眼から、涙がこぼれ落ちる。

 初代ではない、泣いているのは私だ。


 本殿に足を踏み入れた直後から、私は私の中に閉じ込められてしまっていた。

 と言っても、目も見えるし、音も聞こえる。でも自分の目で直接見ているのではなく、暗い部屋の中に立って、窓の外を見ているような感覚だ。

 そして私の隣に並んで、初代が立っている。


 私は、窓の内側で叫んだ。


「撫子っ! いやああ! お願い初代様、撫子を助けて! あの子死んじゃう!」


「泣くな、乳娘よ。あ奴は儂が決して死なせはせぬ」


 初代はまっすぐに撫子を見つめたまま、答えた。

 死なせないというのは、きっと本当のこと。けれど、その冷静な態度が私の怒りに火をつけた。

 他人事みたいに……言いやがって……。

 全部あんたがやってんでしょうがあっ!


「誰が乳娘だこの糞ババア! 全部お前のせいじゃないか! つべこべ言わずに、早く撫子を助けろっ!」


 だが初代は、私の怒りなど気にも留めなかった。


「乳娘を乳娘と呼んで何が悪い。ええい騒ぐな、大丈夫じゃと申しておるに」


 私はその言葉を最後まで聞かず、片手で初代の首を掴むと、高々と吊るし上げた。


「今すぐ私を自由にしろ。これ以上撫子に何かしたら、お前を殺してやる」


 やけに軽いのは、実体がないからか。

 ババアの奴、こんなに締め上げているのにちっとも苦しそうじゃないや、ちくしょう。


「殺してやるじゃと? ふん、生憎じゃがとっくに死んでおるわ。

 それにしてもその眼差し、先程の撫子と同じ目じゃな。

 ふふ、お主らの真実、ようこの目に焼き付けておくぞ」


「くそ……」


 窓の外で、撫子が目を覚ました。

 無言で立ち上がり、よろめきながら箱の前に立つ。かわいそうに、涙と吐いた物で顔も体もぐしゃぐしゃだ。

 そして虚ろな目のまま、のろのろと腕を上げて、再び箱に突き入れようとする。


「撫子お願い! もうやめて!」



☆☆☆


 巴絵の声が聞こえたような気がした。

 大丈夫だよ巴絵、さっきはちょっと足が滑っただけさ。待ってろよ、すぐ助けてやるから。

 なあに、こんなもの軽い軽い。ほら……。

 て、あれれ?


 腕を上げようとして、よろけてしまった。

 おっと失敗、あはは。

 もう一回、あれ? 腕が動かないや。

 動けよほら。動けって。

 ちくしょう! 動けって言ってんだろ!

 もうちょっと。そうだ、もうちょっとだけ。

 よおしいくぞ、せえのおおぉ!


 その時、振り上げたあたしの腕を誰かが後ろから掴んだ。


「う……っと。はは、邪魔すんなよ巴絵。今助けてやるからさ。えっ?」


 巴絵? のはずがない? じゃあ、誰……?


「頑張ったな撫子。もう大丈夫だよ」


「姉……」


「蓬子、タオルをくれ」


 姉ちゃんだ。ああ、藍子姉ちゃんが来てくれた。


「うああぁ……姉ちゃああ」


「ほら、顔拭きな」


「ぼふっ」


 藍子姉ちゃんは、抱きつこうとしたあたしの顔にタオルを押し付けてきた。

 て、ひょっとして。ゲロまみれのあたしを拒否った?


「何者じゃ」


 巴絵が藍子姉ちゃんに向かって言った。いや、巴絵じゃなくて初代のばあちゃんだ。

 姉ちゃんはその声に驚きもせず、振り返ると静かに膝をついた。


「お初にお目にかかります、初代様。壬鳥家第四十四代当主、藍子と申します」


「同じく第三席、蓬子」


 蓬子も、姉ちゃんにならって膝をつく。


「ほ、四十四代とな。これはまた随分と可愛らしい当主だの」


 当主だって?

 あたしはタオルで顔を拭きながら、姉ちゃんに尋ねた。


「当主って、姉ちゃんはまだ……」


「お母さんから、正式に当主の座を譲ってもらったんだ。継承の儀式も済ませてきたよ。

 撫子、お前も次席だ。二人とも、こっちへおいで」


 姉ちゃんはあたし達を自分の正面に立たせると、二人の額に手を添え、何かをブツブツと呟いた。

 すると、いきなり体の中心に燃えるような熱い何かが生まれた。


「あくっ……」


 その熱いものは、じわじわと体中に広がって行く。

 祈りの術を使う時に感じる熱と同じみたいだけど、熱さが全然違う。まるで全身の血が沸騰していくみたいだ。


「姉ちゃん、これ……」


「藍姉、体が……熱いよ……」


 蓬子が熱に喘いでいる。

 無理もない。蓬子はまだ小学生だし、こんなのも初めてのはずだ。


「大丈夫だ、すぐに慣れる。撫子、蓬子、それが祈りの本当の力だよ。

 不思議なことに、承継の儀式を終えたとたんに、本に書かれていることが全部理解できたんだ。謎は全て解けたよ」


「えっ、本当?」


「聞け。お前達次席と三席は、当主である私の手足だ。

 私自身にはお前達のような力はないけれど、お前達は当主の言霊による『許し』を受けて初めて、その力を世に現わすことができる。

 そしてすべての封印を解く『許し』の儀式は、この地で行わなければならない。

 これがパワーアップの秘密だったんだよ。

 この儀式がなされるのも、何百年ぶりのことだ。それなのに、なあ撫子?」


 姉ちゃんがクスリと笑った。


「本当なら、この『許し』がなければ、いくら修行してもパワーアップどころか力を現すこと自体が出来るはずなかったんだ。

 なのにお前ときたら、不完全とはいえ一人でやってしまうなんてさ。まったく、人の話を聞かないお前らしいよ。

 でもそれだけ、巴絵を守りたいっていうお前の想いが強かったってことだろうな」


 それを聞いて、ばあちゃんが声を上げた。


「なんと、おぬし封印を施したままやっておったのか。

 呆れた奴じゃのう。道理で、力も半端なわけじゃ」


「そういう奴なんです。ご迷惑をおかけしました。

 だが撫子、今『許し』は与えられた。それがお前の本当の力だ。

 そして蓬子、撫子を助けてやってくれ」


 全身が沸騰するように熱い。体中から力が溢れだすのがわかる。


「藍子姉ちゃん、ありがとう。蓬子、いくぞ」


「うん!」


 あたしは再び箱の前に立ち、呼吸を整えてから、今度はゆっくりと手を差入れた。

 とたんに全身が炎に包まれ、体中の神経という神経に電撃が走る。

 でも今度は大丈夫。あたしの中の燃える想いは、それ以上だ!


 そこに、蓬子が手を添えてきた。

 全身を閃光に包まれながらも、蓬子は歯をむき出しにして、挑むような笑顔をあたしに向けてくる。


「「せーのっ!」」


 あたしと蓬子は息を揃え、一気に手を押し込んだ。


「巴絵を苦しめる呪いよ、とっとと消え去ってしまえっ!」


 気合と共に、箱が大爆発を起こし、その衝撃であたし達の立っている床が抜け落ちた。



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