第二話-9 クソゲー過ぎる!
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その声は確かに巴絵の口から出ていた。でも、巴絵の声と全然違う!
「お前こそ誰だ! 巴絵に何をした!」
あたしは思わず怒鳴り返した。
何だよこれ、訳わかんないよ!
「ほっほっほ、元気がよいの。儂は壬鳥巫女衆初代当主、撫子じゃ」
「げえっ!」
うっそ!
初代? 初代だって?
初代って確か、呪いに関係してるって姉ちゃんが言ってたよな。
まさかまさか、幽霊? 巴絵に乗り移っちゃったの?
「やっべー、どうしよう。あたし、修行に来たはずなのに、いきなりラスボスが出ちゃったよ。
それに名前があたしと同じって、なんなんだよこのクソゲー!」
「何をブツブツ言っておるか。
儂を呼び覚ますくらいじゃから、壬鳥と縁のある者なのであろ。おぬしも早う名乗らんか」
くそう、こうなったらもう覚悟を決めるしかないか。
「あっ、あたしはっ! 壬鳥家ん十んん代目。当主じゃないけど、壬鳥撫子だ!」
「何代目じゃと? ほお、おぬしも撫子と申すか。これは奇遇じゃな、ほっほっほ」
ん、まてよ?
ここであたしは、考えた。
ここがパワーアップの場で、呪いの元も目の前にいる。よく考えたら一石二丁じゃないか。
いや待て待て、そもそも初代が絡んでるとは言ってたけど、呪いの元とは限らないし、関係ないかも知れない。
そんなに恐そうに見えないし、もしかしたら味方になってくれるかも。
てゆうか、鍵ってこいつ?
よーし、だったら……。
「ばあちゃん!」
「ば、ばあちゃん?」
「ひいひいひい……何コ前か知らないけど、あたしのばあちゃんだろ?」
「うーむ、まあそういう事になるかの」
「お願いがあるんだ。
巴絵が家の呪いを受けちゃって、大変なことになっちゃったんだよ。このままじゃ巴絵が死んじゃう。
何とか助けたいんだけど、あたしの祈りの力が弱くてダメなんだ。
ばあちゃんお願い、力を貸してくれないかな」
「ほお、巴絵というのはこの娘のことか。
で、おぬしは……。ふむ、祈りが使えるのか。ほうほうこれはこれは、なるほどのう。
して、この娘は……。って! なっ、なんじゃこの馬鹿でかい乳は!」
て、今頃気付いたのかよ。
「呪いのせいでこうなっちゃったんだよ。言い伝えだと、このままでかくなって破裂しちゃうって。ほんとなの?」
「ふむ、呪いか。なるほど確かにその通りじゃ。儂がそのように呪いをかけたからのう。
じゃがこれは、まさか……」
何だって!
しまった、やっぱりこいつは敵だった。ちくしょう、こうなったら。
「お、お前のせいか。許さない、巴絵の体から出て行け。そして今すぐ呪いを解け。
さもないと……」
体中の気を燃え上がらせる。
全身が熱を帯び、うっすらと光を発し始めた。力が漏れ出しているんだ。
「これこれ、落ち着かんか。慌て者め」
巴絵が口をすぼめ、あたしにフッと息を吹きかけた。
とたんに全身から力が抜け、光も消えてしまった。
「あ、あれ?」
「ほっほっほ、面白い奴じゃのう。うむ、面白い。気に入ったぞ。
ところで、その呪いのことじゃがの」
「な、なんだよ」
「おぬし、呪いとは何なのか知っておるか?」
「知らないよ。とにかく、巴絵が助かればそれでいいんだ」
「教えてやろう。呪いと祈りは、同じものじゃ」
「へっ?」
「人の想いをもって力と為し、世に象を現す。これを祈りといい、また呪いともいう。
壬鳥の巫女は、この力をもって民に仕える者じゃ。
祈りも呪いも同じもの、想いの強さが力となる。じゃが、祈りよりも呪いの方が容易い。何故か判るか?」
「いや全然」
「少しは考えよ。頭も体の一部じゃ、使わぬとどんどん馬鹿になるぞ。
ほれ、この乳娘もその通りと言うておる」
「大きなお世話だ。って、巴絵も聞こえてんの?!」
「儂は体を借りておるだけじゃからな、意識はちゃあんとあるぞい。
目も見えるし、耳も聞こえる。儂らのやりとりも全部見ておるぞ」
そうだったのか。ちょっと安心した。
「答えは簡単じゃ。物は作るより壊すほうが楽、それだけのことじゃ。
そしてここに、罠がある。人の心は容易く呪いに向かうのじゃ。
それは儂とて同じこと」
「ばあちゃんは、どうしてそんな呪いをかけたの?」
「若気の至りという奴じゃな。あれは儂がまだ……」
「ちょっと待った!」
「何じゃ。話の腰を折りおって」
「年寄りの話は長くてくどいってのが相場だからね。手短に頼むよ、時間ないんだから」
「おぬし、それが年寄りの楽しみというものなんじゃろうが。
まあええわい。早い話が、儂は乳が小さかったせいで好いた男と添い遂げることができんかった、ということじゃ」
呆れた、まさかそんな理由で。
でも、どうせそんなことだろうと薄々思っていたのも事実だ。やっぱこいつ、あたしの御先祖に間違いない。
「やっぱりそんな理由か。今更だけど聞きたくなかったな」
「それだけではないぞ。儂は、先の世を見通す力も持っておった。
そして壬鳥衆の行く末を占い、見えたものは……」
「見えたものは……?」
ゴクリ。
「五百年の後まで覗いて見たが、壬鳥に乳のでかい娘は一人も生まれんかった」
「えっ、たったの五百年?」
「たったとは何じゃ」
「だって、ばあちゃんの時代からもう八百年経ってるよ。三百年も過ぎてんじゃん。
そのあとに巨乳が生まれたかもしれないじゃんか」
「何? 八百年も経っておるのか。して、今の壬鳥衆に乳のでかいやつはおるのか」
「えっと……それは……」
「ほおれ見てみい、そんなことじゃろうと思ったわ。
じゃから儂は、娘たちがでかい乳を目の当たりにして悲しむ事のないよう、大乳女が壬鳥に入って来ぬように呪いをかけたのじゃ。
じゃがな、壬鳥は女系じゃ。男は生まれぬから、婿は来ても嫁が来ることはない。
意味のない、ただの悪戯じゃったがのう」
あたしはそれを聞いて、青くなった。
ただのイタズラ……。そしてあたしたちはただの遊びで……。
その結果、巴絵の命が……。
「どうした、娘。
ん、何じゃ乳娘もそんなに慌てて。なんじゃと? むう……そうか。
これ撫子よ、その婚姻届とやらは持っておるのか」
巴絵が、初代のばあちゃんに事情を説明してくれたらしい。あたしは、姉ちゃんに持たされていた婚姻届をリュックから取り出し、おずおずと差し出した。
「むう、これか。確かにこれは、夫婦の契りを交わす誓詞じゃな。
しかしのう、ただのお遊びで現れるほど儂の呪いは安くないぞ。
よいか、誓詞というものはじゃな、想いが込められてはじめて意味を成すものじゃ。
お主ら、本気じゃったじゃろう」
「えっ?」
「呪いがすぐに現れなかったのはお主らがまだ幼かったからじゃろうが、念が薄れれば呪いとて今更現れるはずもない。
見てみい、この誓詞に込められた念の強さ。たった今書かれたほどに光り輝いておるではないか」
「わっ、悪いか! ああそうだよ! あたしと巴絵は一心同体だ、巴絵はあたしの命だ!
巴絵が助からないなら、あたしもここで死んでやるからな!
文句あるかっ!」
今度は真っ赤になって喚き散らした。
もちろん初代のばあちゃんに向かって言っているのだけど、なにしろ目の前に立っているのは巴絵の体だ。
しかも本人にもちゃんと聞こえてるんだから、恥ずかしいったらありゃしない。
「ほっほっほ、善き哉善き哉。女子同士で好き合うなど、珍しくもないわ。
乳娘もそう騒ぐでない。
うむ、お主らの心根はよう判った。可愛い我が娘等を苦しめるのは、儂の本意ではない。
よかろう。撫子、その祭壇を倒せ。その下に文箱が隠してある。
呪符はその中じゃ」
言われるままに祭壇を押し倒すと、その下から、漆塗りの箱が出てきた。
「これか。ところでジュフって何?」
「わかりやすく言えば、念を込めた紙じゃな。込められた念が薄れぬ限り、呪いも祈りも力を現し続ける」
蓋を取ると、中からピンク色の光が漏れ出してきた。
間違いない、あたしの祈りの光と同じものだ。
八百年を過ぎても薄れないその輝きに、あたしは感動より先に、またもや呆れていた。
「ねえ、ばあちゃん」
「何じゃ」
「こんな、何百年も消えないような念を込めといて、ただのイタズラで済ます気か?
しかも、こんなとこにずっと隠したままにしておくなんて。
巨乳にどんだけ恨みを持ってたんだよ、まったく」
「うるさいわ、放っとけ。まあええ、とにかくそれが呪符じゃ。読めるか」
なんか模様みたいのが見えるけど、これって文字なの?
「無理。全然わかんない」
「女子といえど、読み書きくらいは習っておいて損はないぞ」
「そういう問題じゃねーよ。こんな字だか何だかわかんないのが読めるか」
「なれば教えてやろう、こう書いてある。『大乳爆発しろ』」
「ネラーかっ!」
思わずツッコんでしまった。
「なんじゃ?」
「何でもないよ。で、これをどうすればいいんだ?」
「念を込めて破り去ればよい。呪いよ消えろ、とな」
「そんなんでいいの?」
「そうじゃ、やってみよ。やれるものならな」
なんだ簡単じゃん。あたしは呪符に手を伸ばした。
そして箱を包む光に触れたとたん、指先にバチッと焼けるような痛みを感じて思わず手を引っ込めた。
「あちっ!」
なんだこれ、スタンガンか?。
「そうじゃ。呪いを解くためには、それを超える祈りを以てせねばならぬ。
ただ想うだけではかなわぬぞ。想いを力に換えよ。
ただし、力が強まるほどに返す痛みも強くなる。更にそれを超える祈りを込めよ。
そうしてお主の祈りが全てを凌駕した時、呪いは消え去る。
できるか、撫子」
「できるさ」
なるほど、さすが八百年の呪いはそう簡単には解けないって訳か。
でもこっちだって、巴絵の命がかかってんだ。
なめんなよ。
「ふうう……」
あたしは目をつぶって大きく深呼吸をし、そしていつものように祈りを集中させた。
巴絵を救いたい……、あの笑顔を失いたくない……。全身が光を発するのを感じる。
静かに目を開く。
そして、ためらいなく箱の中に右手を差し入れた。
「ぐああっ!」
一瞬のうちに、手が炎に包まれる。
あまりの激痛に頭の中が真っ白になり、あたしは叫びながら床を転げまわった。
「痛いっ! 痛いっ!」
「やはりのう。
お主の念の強さは相当なものじゃ。その強さがそのまま痛みとなって、お主に返る。
じゃが、その念の強さに比べて、祈りの弱さはどういうことじゃ。お主ならもっとやれるはずじゃが」
あたしは、涙を流しながら起き上がった。
右手には、火傷の痕も何もない。あの炎は幻だったのか。
「あたしは、祈りの力が弱いんだ。だから強くなる方法を探しにここへ来たんだよ。
でももういい、巴絵を助ける方法さえわかればそれで充分さ。
要するに、こんなのは我慢すればいいだけだろ。
やってやるさ! せーのっ!」




