第二話-8 ハイキング
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翌朝早く、あたし達は山へ入った。
始めのうちは一般の人も通るハイキングコースを使い、途中から道を外れてもっと奥に入って行く予定だ。
目的の壬鳥神社があるのは、大昔なら秘境と言われてもおかしくない程の山奥。
でも生憎と、平成の日本に秘境など存在しない。
場所は母ちゃんが知っていて地図もあったし、そのうえGPSなんていう便利なものまである。迷子になどなりようがないのだ。
巴絵は昨夜の祈りが効いて呪いも息をひそめているようで、元気一杯。険しい山道を軽々と登って行く。
一方のあたしはというと、まだハイキングコースの途中だというのに、もう息も絶え絶えだ。
あんな体力ゴリラと違って、都会派のあたしに山登りなんて無理なんだよ。
もうだめ、限界。
「ち、ちょっと巴絵、待って。少し休憩しよう」
「えっ、まだ1時間も歩いてないよ」
「無理。きっとこの山は、あたしの体質に合わないんだよ」
「どんな体質よ。仕方ないわねえ、はいお水。あんまり飲みすぎちゃだめよ」
巴絵はへたり込んでいる私の前にしゃがみんで、水筒を差し出してくれた。
「あ、ありがと」
何だろう、今日の巴は随分と優しいな。
いつもだったら、ダウンしてるあたしの真ん前に仁王立ちして、思いっきり馬鹿にした目で見下ろして、オッホッホ! と高笑いくらいしそうなもんなのに。
そういえば巴絵の奴ったら、今朝からなんか様子がおかしい。
妙にニコニコしていて、あれこれとあたしの世話を焼いてくれたりして。そのくせちょっと目が合っただけで真っ赤になって横を向いたり。
ひょっとして昨夜の術が、効きすぎちゃったのかな?
でもでも、そんなに優しくされたら、あたしだってつい甘えたくなっちゃうじゃん。
「もう疲れたー。巴絵おんぶしてー」
あたしが手を伸ばすと、巴絵は一瞬顔を赤くして黙り込み、それから後ろを向いて手を差し出してきた。
「し、しょうがないわねえ。はい」
ひえっ!
「ばっ、ばか! 冗談に決まってんだろ! だだ大丈夫だよ。ほら、元気元気!」
あたしは驚いて飛び上がった。
なにこれ、こんなの巴絵じゃない!
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「ここから山道ね」
「山道って、どう見ても獣道なんだけど」
ハイキングコースを約2時間。ここからコースを外れて、本格的に山の中へと入って行くわけだけど……。
なんだこれ、とても人が歩く道とは思えないぞ。
「地図ではちゃんと道になっているし、場所も間違いないわ」
巴絵が、紙の地図とGPSマップを見比べながら言った。
GPSは、龍麻兄ちゃんが用意してくれたという、登山用の妙にゴツいやつだ。
「スマホじゃダメなの?」
「スマホだと通信電波が届かないと地図データが取れないから、山奥では使えないんだって。
その点、これなら地図データは組み込み済みだから、衛星電波さえ捕らえられれば問題ないし。それにバッテリーも大容量だから、どんな山奥へ行ってもへっちゃらよ。
ただし、こっちの地図にあるような古い道までは載ってないから、両方見ないと駄目だけどね」
「へー」
電波って、そんなに色々あるの?
まあいいや。要するに、世の中には不思議なことが沢山あるってことだ。
「しゃあない、行くか。とにかくこの先に神社があることは間違いないんだよな」
「そうよ。こんなこともあろうかと、ほら、これも持ってきたしね」
巴絵はそう言うと、リュックの中から刃渡り50センチ以上もある大きな刀を取り出した。
「な、なにそれ?」
「兄貴がね、山に行くならこれも持ってけって。
山刀って言って、マタギの人たちが使う道具みたいよ。藪とか切り開くのにも便利だって」
刀と言っても、それは日本刀のような繊細な鋭さはまるでなく、大鉈、いやコンバットナイフの化け物みたいだ。
つーか、ゲームでごっつい戦士が持ってたやつとそっくりだぞ。
「そんなの持ち歩いて、警察とか大丈夫なの?」
「へーきへーき。さっ、行きましょ」
そこから、人一人がやっと歩けるような細い道を、藪をかき分けながらあたし達は進んだ。
が、なんと。その細い道も、ほんの二・三百mほど進んだ所で、きれいさっぱり消えてしまった。
藪に完全に飲み込まれていたのだ。
「うわあ、すごいわね。熊笹で道がなくなっちゃってるわ。
えっと、こっちでいいのよね。せーのっ、ショッと」
そこであたし達は、山刀の威力を目の当たりにした。
巴絵は地図とGPSで方角を確かめると、山刀をひと薙ぎ。
すると熊笹の藪が、そこの部分だけザックリと切り開かれてしまったのだ。
「わあすごい、楽しーい。へえ、これ便利ねえ」
巴絵は鼻歌交じりに山刀を振り回しながら、ズンズン進んで行く。
あたしはその後をついて行くだけだ。
それはいいけどあの刀、どう見ても重さ5Kgはあるよな。それをあんなに軽々と包丁で野菜を切るみたいにザクザクって……。
こいつ、ホントに化け物だ。
「あ、抜けたよ撫子。ほら、道に出たよ」
「道じゃねえよ。川だよ、これ」
やっとのことで藪を抜け、開けた場所に出たと思ったら、そこには小川が流れていた。
「えー、でも地図では道になってるよ」
たぶん昔は道だった所に雨水が流れるようになって、いつの間にか川になってしまったんだろうな。
「まあいいわ。考えても仕方ないから、とっとと行きましょ」
「お前さ、なんか生き生きしてない?」
「だって、ハイキングみたいで楽しいじゃない」
「あたしは遭難した気分なんだけど。まさか熊なんか出やしないだろうな」
それから先も、山崩れで完全に埋まっていたり、どう見ても沼の真ん中だったり。熊は出なかったけど、なぜか子連れの狸に通せんぼされたり。
そんなこんなで、あたしと巴は道なき道という言葉の意味を体で確認しながら、神社を目指してひたすら前に進んだ。
ここでひとこと言わせてほしい。
「GPSすげえっ!」
「キャッ、びっくりした。何なの急に」
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それから半日以上もかかって、ボロボロのクタクタになりながらも、なんとか壬鳥神社にたどり着くことができた。
「ふええ、やっと着いた」
「ここなの?」
目の前には大きな鳥居。そしてその先に、本殿らしき建物が見える。
「なあ巴絵、正直に言っていい?」
神社を真正面に見ながら、あたしは巴絵に聞いた。
「なあに?」
巴絵もあたしと並んで前を向いたまま、答えた。
「あたしさあ、神社っていうから、何となく琴岩神社みたいなのを想像してたんだ」
「そうね、私もよ」
そうだよな、普通は誰でもそう思うよな。
だから他の人だって、ここに立ったらきっと、あたしみたいにこうするに決まっている。
あたしはゆっくりと右手を上げ、鳥居の奥を指さすと、巴絵に向かって大声で喚き散らした。
「どうすんだよこれ! ここで何しろってんだよ!」
あたしの指す先。そこにあったのは、神社とは名ばかりのボロボロに崩れた廃墟だった。
大きな鳥居も実はちゃんと立ってた訳じゃなくて、崩れ落ちてあたし達の目の前に横たわっているだけだし、本殿なんか完全に朽ち果てて屋根から木まで生えている。
もはや神社そのものが森の一部と化していた。
「ま、私は途中から、こんな事じゃないかと予想はしてたけどね」
「えっ、なんで?」
「だって、ここまでの道って、全然人が通った様子なんてなかったじゃない。きっともう何十年も、誰も来ていないのよ」
あーそっか、気が付かなかった。
「言われてみればその通りだな。で、どうすんの?」
「まあいいわ、何とかなるでしょ。仕方ないからとにかく中へ入ってみましょ」
どうも今日の巴絵は、お気楽モードのようだ。
倒れている鳥居をぴょんと飛び越えると、山刀をブンブン振り回して藪を切り開きながら、本殿へと向かって行った。
「むー、これどうやって開けようかな」
なんとか本殿までたどり着いたはいいけど、扉には草やツタが絡み付いていて、とても簡単に開けられそうにない。
「どれ、ふんっ! ってうわっ!」
ドーン!
と音を立てて、なんと扉は、少し力を入れただけでバラバラに崩壊してしまった。
「あーあ、こーわしちゃった」
隣で巴絵が、楽しそうに手を叩く。
「うっさい、ほら入るぞ。うわ、中も草だらけだ。天井も空が見えるし、この床大丈夫かな」
あたしは足元を気にしながら、恐る恐る奥へと進んだ。
うわあ、祭壇もボロッボロだ。
「ここまでひどいとはさすがに予想外だわ。どうしましょう」
中は意外と広い。
巴絵は広間の真ん中に立って、周りをキョロキョロと見回している。
「うーん、ゲームなら片っぱしから家捜しするとお宝が出てくるもんなんだけど。なあ巴絵」
あたしは祭壇の近くまで行って、奥の方を覗きこみながら巴絵に声をかけた。
「巴絵?」
返事がない。
振り向くと、巴絵は正面を向いたまま、気を付けの姿勢で固まっていた。
「巴絵っ!」
もう一度呼んでみてもまるで反応がない。
目も虚ろで、顔から血の気も引いている。まるで気を失っているみたいだ。
あたしは慌てて、巴絵のもとへ駆け戻った。
「巴絵! どうした!」
抱きかかえて寝かせようとしたけど、その体は直立したままビクともしなかった。
地面から生えているみたいに、ガチガチになってる。
何だよこれ、一体どうなってんだ。
「巴絵っ、巴絵っ!」
すると、巴絵が口を開いた。
「何者じゃ。名を名乗れ」




