第二話-7 ちょっとだけ
☆☆☆
「っかー! しみるうー!」
湯船に浸かって、思わず声が出た。
やっぱ温泉だよねー。
「おじさんみたいね、あなた。ふう、あー極楽極楽」
「おばさんか、お前は」
「ふふ……。それにしても本当に凄いわね、このホテル」
巴絵がまわりを見回しながら、今更のように言う。
「うん、ほんとに凄いな」
あたしは巴絵のおっぱいを見ながら、言った。
今更、じゃなくて生で見るとホントにすげえ。
一緒にお風呂に入るのなんて小学校の修学旅行以来だし、あの時もクラス中の女子が群がってきたほど衝撃的なデカさだったけど、これはあの頃の倍くらいありそうだ。
それに、なんか違和感があると思ったら……。
「お、おっぱい浮いてる……」
「ば、馬鹿っ! どこ見てんのよ!」
巴絵が慌てて、胸を隠した。てか、隠せてないし。
「知らなかった。おっぱいってお湯に浮くんだ」
「どうでもいいでしょ。そんなこと」
巴絵は両手で胸を押さえながら、肩までお湯の中に沈んだ。
「なによ、あなただって全然ないわけじゃないじゃない」
「ばっ、おまっ!」
あたしも慌ててお湯に体を沈めた。
そのままの姿勢で睨み合う、二人。
「むー」
「なによ」
「なんだよ」
「ふふっ」
巴絵が笑った。
何が可笑しいのかよく判らない。
でも、この笑顔のためにあたしは1年間がんばってきたんだと思うと、なぜか誇らしい気持ちになった。
「ねえ、巴絵」
「なあに?」
「見せて」
「え……」
巴絵が、あたしの顔をまじまじと見つめ、あたしもその目を見つめ返した。
しばらく見つめ合った後、巴絵は小さくうなずくと、お湯から静かに立ち上がった。
目を閉じ、ゆっくりと両腕を下ろす。
「きれい……」
お湯に濡れた巴絵の肌は、立ち昇る湯気に負けないくらい白く、大きく形の整った胸は、長身で引き締まったボディと見事なバランスで調和している。
まるで美術の本に載っている彫刻みたい。いや、それ以上だ。
こんなきれいな体に呪いがかけられているだなんて、とても信じられないよ。
巴絵の体を見つめながら、あたしは静かに息を吐いた。
精神の集中に従って、全身が熱を帯び、両腕がピンク色の光に包まれていく。
巴絵を守りたい、ずっとこの笑顔と一緒にいたい……。
その祈りを込めて、巴絵の胸に手をあてた。
「んっ」
巴絵が小さく声を漏らす。
あたしは目をつぶり、念を解放した。
「引っ込め……おっぱい……」
つぶやきと共に両手の光が輝きを増し、巴絵の体に力が流れ込んで行く。
慣れない頃は、術を使うのにとても疲れたのだけれど、今ではほとんど自然体のまま、力の流れまでも感じる取ることができるようになった。
そうなってから、ひとつ気づいたことがある。
癒しの力は、実はあたしの体の中から出ているのではなかった。
それは周りの大気、いや世界そのものがもともと持っている力だった。
その力は、あたしの強い想いに引き寄せられて少しずつ体の中に流れ込み、そしてあたしはそれを巴絵に注ぎ込んでいるだけ。
あたしはただの通り道。この世界の全てが、巴絵を守ってくれている。
「ふう」
あたしは息を吐きながら、手を離した。
こんなに落ち着いて術をかけたのは、初めてだ。
こっちの体の中まで浄化されてしまったような、不思議な感覚。
巴絵も静かに目を開く。
うっとりと上気した顔が、まるでお風呂上りのよう。あ、今入ってるんだっけ。
「なんだかとても幸せな気分。体の中のもやもやしたものが全部なくなっちゃったみたい」
「へへ、たっぷり術をかけたからね」
でも、これでも全然足りないんだ。もっと力が……欲しい。
「撫子……」
巴絵があたしをじっと見つめながら、顔を近づけてきた。
え、なに?
潤んだ眼が間近に迫る。
あたしは何故か目をそらす事ができずに、その瞳を見つめたまま固まってしまっていた。
おおおい巴絵、近い近い!
何すんだよ、まさか!
と思ったら、巴絵の顔が横に逸れて、クイッとあたしに頬ずりした。
「と、巴絵……」
「ありがとう、撫子」
耳元で巴絵が囁く。
なんだよ、もう!
★★★
お布団に入ったら、撫子が枕を持って隣にもぐり込んできた。
「よいしょっと。ちょっと、そっちに詰めて」
「ちょっと、何してんのよ。
なあに? あなたの寝顔を堪能させてくれるってわけ?」
撫子の寝顔の可愛らしさといったら、それはもう一晩中見ていても飽きないくらいだし。そういう事なら本当は大歓迎なんだけど。
でも明日は大変な一日になりそうだから、今夜は十分に休んでおかなくちゃいけない。
ここは涙を飲んでお断りだわ。
「ばか、何言ってんだよ。いい? こうやって」
撫子が手をつないできた。
うっわ、暖かぁい。
「ちょっと思いついたんだ。
こうすれば、寝ている間も術をかけていられるかなって。
寝ながらだからほんの少しずつだけど、一晩かければ、たっぷり力を注ぎ込めるよ」
「えっと、つまり点滴みたいな?」
「まあ、そんな感じ」
「でもそんな事をして、あなたは疲れたりしないの?」
「全然平気。この術はあたしの方も気持ちいいから、きっといい夢が見られるよ。
じゃあ、おやすみ」
そう言うと、撫子はさっさと寝てしまった。
「おやすみ……。って、もう寝息立ててる」
この子の寝つきの良さは、ちょっと異常ね。ていうか、才能?
「ほんと、羨ましい性格」
撫子の寝顔を見ながら、私は考えた。
この子はずっとこうして、私を守ってくれていた。
私は何も知らず、いい気になって喧嘩ばかりしていたけれど、その間も、撫子はずっと笑顔でいてくれた。
どんなに辛かっただろう。
たったひとりで……、私のために……。
撫子は、力を注いでくれたって言っているけど、それは違うよ。
あなたが私にくれたのは、あなたの優しいこころ。
あなたが注いでくれた沢山の愛が、私の体の中を流れている。とっても暖かいよ。
そして今こうしていても、繋いだ手からあなたの愛が私の中に流れ込んでくるのが、はっきりと感じられる。
私は撫子の寝顔に向かって、囁いた。
さっきは寸前で恥ずかしくなって、止めちゃったけど……。
「撫子ありがとう、大好きよ。ちょっとだけお返しするね」
そしてその唇に、自分の唇をそっと重ねた。




