第二話-5 残された希望
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撫子が出て行った後、私はどうしても我慢できなくなって、家を飛び出していた。
考えても考えても、全然わからない。撫子に、ちゃんと話を聞かなくちゃ。
もしかしたら私は、本当は悪い病気にかかっていて、撫子はそれを知って口止めされているのかもしれない。
私が病気なのは仕方ない。平気だなんて言わないけれど、でもそれは私の運命だ。
けれど、そのせいで撫子が苦しむなんて、私には我慢できない。
撫子に早く会いたいということしか頭になかった私は、チャイムも鳴らさずにお隣の玄関を駆け上がっていた。
そしてリビングに入ろうとして、二人が話しているのを聞いてしまったのだ。
「巴絵……どうして……」
「ねえ撫子、命をかけるって何なの? 一体なにをするの?」
私は撫子に詰め寄った。
「巴絵、聞いていたのか」
藍子お姉さんも、困った顔をする。
「駄目じゃないか、寝てなくちゃ!」
「教えて! 何が起きてるの? あなた、最近ずっと変じゃない。私の体に関係ある事なの? 撫子、どこかへ行っちゃうの?」
「巴絵、落ち着け」
「いやっ!」
「撫子お願い……。私を置いて、いなくなったりしないで……」
私はその時、恐怖に怯えていた。
自分ではなく、撫子を失うという恐怖に。
「ふう」
藍子お姉さんが、大きく溜め息をついた。
「まったくお前達ときたら、いつでも自分の事より相手の心配の方が先なんだな。
わかったよ巴絵、座りな。私が説明する。
いいな、撫子」
「う……」
それから藍子お姉さんは、これまでのことを全部話してくれた。
壬鳥家に伝わる言い伝えのこと。戯れに書いた婚姻届が魂の誓約となり、呪いが発現してしまったこと。
そして、撫子の想いも。
「わあああん! わああん!! ごめんね撫子! ごめんね! ごめんね!!」
話を聞きながら、私は声を上げて泣いた。
泣きながら何度も何度も撫子に謝り……、そして最後に、叱った。
「撫子の馬鹿っ! どうしてこんな大変なことを黙ってたの!
私を苦しませたくないからって、それであなたが苦しんだら意味ないでしょ!
辛いことも苦しいことも二人で分け合えば半分になるって、どうして判らないのっ!」
「だって……」
口ごもる撫子とお姉さんを見据え、私はきっぱりと宣言した。
「長野ね。わかりました、私も一緒に行きます」
「駄目だよ! 巴絵は寝てなくちゃ!」
「いやよ。一人でなんか、絶対に行かせない。
撫子が私のために命を賭けてくれるというのなら、私の命も一緒に賭けます!」
「うん」
お姉さんが頷く。
「そうだな、こうなったら一緒にいた方がいい」
「だったら私も行く!」
振り返ると、蓬子ちゃんが立っていた。
「私だって壬鳥家の娘だよ。とも姉のことも、ほんとのお姉さんだって思ってるし!」
その言葉に、撫子が慌てた。
「いつから聞いてたんだ。だめだよ、いくらなんでも蓬子には危なすぎるよ」
「でもっ!」
藍子お姉さんは、二人のやりとりを見つめながら、じっと何かを考えている様子だった。
そして暫くそうした後、ようやく決心がついたように立ち上がった。
「わかった。撫子と巴絵は先に行きな。
私はまだやることがあるから、少し遅れて行く。蓬子は私と一緒だ。
みんな、それでいいな」
お姉さんには、何か考えがあるようだ。皆、口々に同意を伝える。
「よっし! こうなったら、地獄の底へだって行ってやるわ。いいわね撫子、しっかり付いて来なさいよ」
「なんでお前が仕切ってるんだよ」
「うるさい、お黙り」
話が決まって、少し気が楽になった。そうだ、ちょっと聞いとこうかしら。
「ところで、藍子お姉さん?」
「ん、なに?」
「そんなにすごい術なのに呪文が『引っ込めおっぱい』って、なんか軽くありません?」
するとお姉さんは、あっさりと。
「ああ、それは撫子のセンス。言葉なんか何でもいいんだよ、重要なのはそこに込められた想いだけだから。
あと、おっぱいを掴む必要もないね」
私がジロリと睨むと、撫子は無言で横を向いた。