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第二話-4 不安と涙

★★★


 夏休みに入って、1週間。私の体調はどんどん悪くなって行った。


 熱が全然下がらず、起き上がることすらままならない。

 病院で検査を受けても何の異常も発見されず、お医者さんも首を傾げている。単なる体調不良ということもありますからと、お薬をくれるだけだ。


 撫子は、毎日御見舞いに来てくれる。

 けど、一体これはどういうことなのだろう。

 この子は本当に私のことを心配してくれているのか、それともただふざけているだけなのか。私にも判断がつかないような状況になってしまっている。

 私がこんなことになったせいで、撫子はおかしくなってしまったのだろうか。


「巴絵、大丈夫?」


 今日も朝から、ずっとこうして手を握ってくれている。

 撫子の手はとても暖かく、羽のように優しい。いつまでもずっと握っていたくなるくらいだ。

 でも……。


「あんた、何してんのよ」


「え?」


「え、じゃないわよ、またそんなことして。いい加減にしてよね」


 撫子は、片手で私の手を握りながら、もう一方の手を布団の中に突っ込もうとしていた。

 いったい何を考えているのか、隙さえあれば私の胸を触ろうとばかりする。

 それは以前からそうだったけれど、最近はいくらなんでもちょっと度が過ぎているよ。まるで小さい子供が、お母さんのおっぱいを恋しがっているみたい。


「なんだよ。巴絵だって、あたしの布団に勝手にもぐり込んで来るくせに」


「ふざけないで、時と場合ってものがあるでしょ。毎日毎日おっぱいおっぱいって、頭おかしいんじゃないの?」


「だって!」


 撫子が声を上げる。

 この真剣な表情は、とてもふざけているようには見えない。でも、やっていることはやっぱり冗談としか思えないし。

 いったい何がどうなっているのか、この子の考えがさっぱり理解できない。

 正直言って、撫子に胸を触られるのは嫌いではないのだ。発熱して胸が苦しい時にあの手で触れられると、妙に気持ちが安らぐのは確か。

 でもあまりにもしつこいし、私も体調不良に加えて、このイライラと混乱でついキツく当たってしまう。


「だって、何よ」


「……なんでもない」


「はあ? 何言ってんの、あんた」


「いいじゃん、巴絵のおこりんぼ。そんなにおっぱいでかいから怒りっぽくなるんだよ。引っ込めおっぱい!」


「いい加減にしてっ!」 バシッ


 思わず手が出た。


「う……」


 撫子が頬を押さえる。その目に、涙がにじんでいるのが見えた。

 うそ、どうして? ちょっと待ってよ、こんなのいつもなら簡単によけられるはずでしょ?


「撫子……、泣いているの?」


 撫子が、無言で顔を背ける。


「なっ、何よ。泣くくらいなら、初めからこんな事しなければいいじゃない。あ、謝らないからね」


「うっさい! なんだよえっらそうに。巴絵のバーカバーカ!」


 撫子は私に背を向けたままそう言い放つと、部屋を出て行った。


「撫子……」


 その後ろ姿を見送りながら、私は言いようのない不安に駆られていた。

 いったい、これは何?

 自分の体調が悪いのも普通とは思えないけど、それ以上に撫子の様子が変だ。いや、撫子がということでなく、どこかが、何かが狂っている。

 この違和感の正体がいったい何なのか、見当もつかない。


 撫子……。あなたは……知っているの?



☆☆☆


 家に戻ると、藍子姉ちゃんが待っていた。


「巴絵、どうだった?」


「熱が……、下がらないんだ。医者はただの夏風邪だろうって言ってるらしいけど、でもやっぱりおかしいんだ。

 おっぱいだけが、ものすごく熱い」


「そうか。良くないな」


「姉ちゃん、あたしどうすればいいの? あたしの力じゃもう……」


「撫子、これを見な」


 姉ちゃんがそう言って差し出したのは、うす汚れた一冊の古い本だった。

 古文書ってやつ?


「お母さんが探し出してくれたんだ。壬鳥家の呪いと、祈りのことが書いてある」


「祈り?」


「お前がやっている術のことさ」


 祈り……、祈りか。そうだ、あたしのこの想いは、祈りだ。


「ここ、読めるか?」


「無理。全然わかんない」


 指さす所を一目見ただけで即答した。

 姉ちゃんてば、あたしの国語の成績知ってるくせに。


「祈りの力を強くすることができるって、書いてある。これがちゃんとできれば、呪いを消し去ることも可能だって」


「ほんと? どうすればいいの?」


「判らない。言葉は判るけど、表現が曖昧で抽象的すぎるんだ」


「呪いのことは?」


「どうやら始祖が絡んでるらしいけど、これもよく判らない」


「なんで葉っぱなんかが……」


「そのシソじゃない。壬鳥家の初代ってことだよ。

 お前のボケはちょっと判り辛いから、気を付けた方がいいぞ」


「え?」


「えっ?」


 一瞬、顔を見合わせる。

 藍子姉ちゃんが、とても悲しそうな顔をした。


「え、ええっと……。初代ってことは、今何代目なの?」


「お母さんが、四十三代目」


「うへ、何年前だよ」


「ざっと八百年かな」


「そんなに続いてんのか。こんな普通の家なのに」


「時代の流れってやつだね。元々は巫女さんだったって」


「へえ」


 あたしは、ふと思った。


「ねえ、その本に書いてあることって、母ちゃんも判らないの?」


「いや、お母さんは判ったみたいだ。でも説明して貰っても、全然理解できないんだよ。

 お母さんの話し方が悪いんじゃなくて、何か秘密が漏れないような仕掛けがあるみたい。マインドコントロールみたいなものかな。

 それにこの件はお母さんじゃ力になれないって、言ってた。私と撫子の二人じゃないと駄目だって」


 うーん、何だか姉ちゃんの言ってることもよく判んないぞ。


「この本だって、お母さんは今になって急に出してきたわけじゃないんだ。

 1年前のあの日からお母さんはずっと、少しでも巴絵を助ける手掛かりになるものがないかって、古い文献を調べ続けてくれていたんだよ。

 この本がこのタイミングで見つかったというのも、偶然とは思えない。きっとこれは、呪いに対抗する祈りの仕掛けが施されていたに違いないよ」


「でも、中身が判らないんじゃどうしようもないじゃん」


「ううん、ひとつだけ。お前のパワーアップの鍵となるものの在りかだけは判った」


「えっ、どこ?」


「信州長野、壬鳥神社。壬鳥家発祥の地だ。

 どうする撫子、行くか?」


「考えるまでもないさ。行くよ、姉ちゃん」


「そうか。巴絵はどうする?」


「巴絵は、連れて行くわけにはいかない。説明しても余計つらい思いをさせるだけだし、それにもう、起き上がるのもキツいはずなんだ。

 留守の間だけ、姉ちゃんに頼むよ」


「わかった。

 けど、よく聞け。本の内容は分からない部分が多いけど、あちこちに『命を賭して』とか『魂の全てを捧げ』とか書いてある。命がけかも知れないぞ」


 そう言われて、あたしはニッコリと笑った。


「姉ちゃん、初めから巴絵の命がかかってんだぜ。あたしの命くらいかけて当然……っ!」


 言い終わらないうちに、姉ちゃんがいきなりあたしを引き寄せて、ギュッと抱きしめてきた。


「えっ?」


「撫子、お前は私の大切な妹だ。ほんとは危ないことなんかさせたくないよ。でも巴絵だって同じ。お前にとっても……。

 やらなくちゃいけないんだよな」


「姉ちゃん……」


「いいか撫子、これは壬鳥家の為の戦いじゃない。お前の大切なものを守るための戦いだ。

 他のことなんか、何も考えなくていい」


「うん、わかった。

 巴絵のためなら、命をかけるくらいどうってことないよ。

 一年もかかって、今度こそやっと道が見えたんだ。全然怖くなんかない。

 あたしは今、とっても嬉しいんだ」


 あたしは藍子姉ちゃんを真っ直ぐ見て笑いかけ、姉ちゃんはそんなあたしを眩しそうに見つめた。

 その時……。


「命をかけるって……、どういうこと……。撫子!」


 開け放ったドアの向こうに、巴絵が立っていた。




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