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第二話-2 おっぱいが爆発します

☆☆☆


「おっぱいが、爆発します」


 それは、あたしと巴絵が中学生になる少し前の、ある春の日のこと。全ては母ちゃんのこの一言から、始まった。



 その日、あたしと藍子姉ちゃんの二人は、話があるからと母ちゃんに呼び出されていた。

 蓬子は友達の家に遊びに行っていて留守、父ちゃんは仕事。家には、あたし達3人しかいない。母ちゃんは、このタイミングをひそかに狙っていたようだ。

 そしてリビングのソファにあたしと姉ちゃんを座らせ、「まじめな話だから、ちゃんと聞いて頂戴」と前置きした上で言ったのが、これだった。


「?」

「??」


 あたしと姉ちゃんは、思わず顔を見合わせた。

 うちの母ちゃんが馬鹿なことを言い出すのはしょっちゅうだけど、今回は特に訳がわからない。


「巴絵ちゃんの事です」


「巴絵の……、おっぱい?」


「そう。このままでは、巴絵ちゃんのおっぱいはどんどん大きくなって行って、最後には破裂してしまいます」


「ブフッ」


 無理、我慢できない。


「巴絵の……お、おっっっぱい……。ばっ…ばくっ、ばくっ……っ!!

 あははははははははははははははははははははは!!」


 あたしは、腹を抱えて笑い転げた。


「ぶはははは、とっ、ともっ……おっぱ、おっぱ、いひひひひひひひひひひひひひひひ!

 くっ、苦しい……。ね、姉ちゃん、助け……」


 巴絵のおっぱいが、風船みたいにプーって膨らんで……。そして、パンッて!


「あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!」


「二人とも、これを見てちょうだい」


 母ちゃんは足をバタバタさせながら床を転がり回るあたしを気にもせず、一枚の紙を取り出して、テーブルの上に置いた。


「あははははははは! あは……あは……、ん? 何これ……。げっ!」


「あはは、これは懐かしい」


 母ちゃんが出したのは、あたしと巴絵が幼い頃書いた、あの婚姻届だった。

 忘れたくても忘れられない、忌むべき紙切れ。幼き日のトラウマ。真っ黒歴史の1ページ!


「母ちゃん! こんなのまだ持ってたのかよ!」


「よく見なさい」


 なんだよ、珍しく真面目な顔して。

 て、あれ? なんか目がおかしくなったかな。

 あたしは思わず目をパチパチした。なんだろこの感じ、変だな。


「これを見つけたのは、去年の秋頃。部屋の片付けをしいてる時に、タンスの奥から出てきたの。

 つい懐かしくなって眺めていんだけど、よく見ると、この紙がぼんやりと光っていることに気が付いた。

 お母さんはこの光を見た瞬間、あることを思い出しました。

 それは、壬鳥家に代々伝わる言い伝えのひとつ。家に胸の大きな女を決して入れてはいけない、というものよ。

 もし胸の大きな女が入ってしまったら、その者は呪いを受け、際限なく胸が膨らんでついには破裂して死んでしまうといいます」


 あたしと姉ちゃんは、母ちゃんの話を聞きながら、その婚姻届をじっと見つめていた。

 まさか、そんな。


「馬鹿馬鹿しいと思う? そうよね。でも、お母さんは疑わなかったわ。

 だって、この婚姻届の光自体が常識では説明のつかないものだし、その光を見た瞬間にその言い伝えを思い出したというのも、理屈じゃないもの。

 二人も知っての通り、うちは今でこそ普通のサラリーマンの家だけど、実は古くから続く家柄で、他にも沢山の伝承を持っています。

 お母さんは宗家の娘として子供の頃からそういったものに身近に接し、条理を超える不条理には直観で当たるのが正しいと教えられて育ってきました。

 あなた達にも、そう教えてきたわよね」


 確かに、あたし達は小さい頃から家にまつわる色々な話を、お母さんから聞かされていた。

 おとぎ話のような面白いものもあったけど、ほとんどは歴史の勉強みたいなつまらないものばかりだったので、そんな昔の事とかご先祖様の事とか全然興味がなかったあたしは、ロクに聞いてもいなかったけど。


「お母さんはその直感を信じて、その日からずっと、巴絵ちゃんのことを注意深く見守ってきました。

 そして確信したのです。

 とても悲しいことだけれど、巴絵ちゃんの胸には異変が起きています。

 あの子の胸は、もともと小学生にしては大きいとは思ってたけど、ちょうどお母さんがこの婚姻届に気が付いたころから、急激に膨らみ始めました。

 あれは明らかに異常です。

 何がきっかけで呪いが発現したのかは判りません。お母さんがこれを見つけたせいなのか、あるいは逆に呪いが発現したからこれが出てきたのか。

 いずれにしても、この紙に何らかの力が働いていることは確かです」


「姉ちゃん」


 あたしは婚姻届をじっと見つめたまま、藍子姉ちゃんに声をかけた。


「うん」


 姉ちゃんも、その紙切れから目を離そうとしなかった。


「どう? 二人とも。馬鹿馬鹿しいと思う?」


 どうもこうもない。


「ううん。思わないよ、お母さん。だって……」


「うん、あたしにも見える」


 そう。母ちゃんの言う光が、あたし達にも見えたのだ。


「おそらくその光は、普通の人には見えません。私達壬鳥の者だけ、それも力を持つ者だけしか見ることができないはずです。

 あなた達にも、その力があったということね」


 それは、婚姻届全体をもやのように包む、ややピンクがかった赤色に輝く光だった。

 手で触れても熱さは感じず、紙を持ち上げても何の変化もない。もちろん、仕掛けなんかは何もない。


「お母さん、どうすればいい?」


 姉ちゃんが顔を上げて、母ちゃんに聞いた。

 藍子姉ちゃんは、理論派で行動派だ。何をするにも一々悩んだりせず、物事をきちんと理屈で考えて、しかも即行動に移す。

 今もきっと、お母さんの言葉を信じて、そして信じた以上はもう一直線に巴絵を助けるということだけを考えているんだろう。


「あなた達の、その力を使います」


 母ちゃんが答える。


「二人にはこれから、ある術を身につけてもらいます。

 念を凝らし、悪しき呪いを浄化する術です。

 これがうまくいけば、巴絵ちゃんの呪いも消し去ることができるはず」


「蓬子は? あの子も力はあるんじゃないの?」


「あの子はまだ小さいから、早すぎるわ」


 あたしはその会話に耳を傾けながら、まだ紙切れをじっと見つめ続けていた。


 二人にも、これが見えているのだろうか。

 それはただの光ではなく、あたしと巴絵の心の光だった。

 その輝きの中に、生まれてから今までずっと一緒に過ごしてきたあたし達の全てが、次から次へと映し出されてきて、あたしは目を離すことができなくなっていた。

 そして、そこに込められている巴絵の深い愛情までもが、はっきりと見えてしまった。


「母ちゃん。あたし、何でもする」


 涙が止まらなかった。



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