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第二話-1 運命の日

第二話


君と過ごした沢山の夏も、

 これから君と過ごす幾度の夏も、

  全部の夏を、決して忘れたりはしない


みたいな、ちょっと恥ずかしいお話



☆☆☆


「さあ、こい!」


「いくよー!」


 ピッチャーが振りかぶる。

 バッターボックスのあたしは、バットを目一杯長く持って大振りに構えた。

 今日の体育は、ソフトボール。

 同点で迎えた最終回の裏。2アウト、ランナー3塁のここであたしがヒットを打てば、こっちチームの勝ちだ。


「てりゃっ」 パコーン!


 初球をジャストミート。

 野球のそれよりも一回り大きい真っ白なボールが、ピッチャーの頭上を越え空高く舞い上がって行く。


「あちゃ、やっちまった」


 当たりすぎだ。センターで待ち構える巴絵の真っ正面に、飛んで行ってしまった。


「巴絵チャンス!」

「しっかりー!」

「こらー撫子ー! 巴絵大好きも大概にしなよー!」


「うっさーい!」


 巴絵がボールを捕れば、スリーアウト。

 授業時間に延長はないから、引き分けでお終いだ。でも可能性は限りなくゼロに近いとはいえ、あいつがドジってくれれば、勝利のチャンスはある。

 あたしと3塁ランナーはボールに目もくれず、それぞれのベースを目指して突っ走った。


 落とせ! 落とせ! 落とせ!

 短距離なら巴絵にだって負けやしない。あたしは一直線に一塁ベースを駆け抜け、センターの方に目を向けた。

 どうだ!


 振り返ると、ちょうどボールが巴絵を直撃するところだった。


「え?」


 そう、直撃。

 巴絵は構える様子もなく、両手をダランと下げたまま、飛んでくるボールをただ見上げていた。

 そしてボールは狙ったように顔面に命中し、その衝撃で巴絵は後ろにひっくり返った。


「巴絵っ!」


 驚いたクラスのみんなが集まってくる。あたしも慌てて巴絵のもとへ走った。


「なにやってんだよ、馬鹿。ボーっとしすぎだって」


 だが巴絵は、ボールが当たった顔面ではなく、自分の体を抱え込むようにして苦しんでいた。


「巴絵? どうした! 大丈夫か!」


「うぅ……」


「巴絵っ!」


 保健室に担ぎ込まれた巴絵は高熱を発していて、すぐに救急車が呼ばれた。


「先生、救急車が来るまであたしが付いています!」


 あたしの言葉に、先生も頷いた。


「わかった。じゃあ壬鳥に頼む」


 他のみんなも教室に戻り、保健室にはあたしと巴絵だけが残された。

 巴絵はベッドに寝かされて、意識もない。救急車もすぐには来ないだろう。

 よし、チャンスは今しかない。


「大丈夫だよ、巴絵。すぐに楽にしてやるから」


 巴絵の胸に手を当て、目を閉じて息を整える。

 光よ、あたしに力を。巴絵を守る命のしずくを……。


 それから10分後。巴絵はすっかり元気になって、教室に戻った。

 救急車もキャンセル。救急隊の皆さん、ごめんなさい。


「えへへー、みんなごめん。お騒がせしましたー」


 頭をかきながら教室へ入って行く巴絵を、クラスのみんなが取り囲んだ。


「巴絵、大丈夫?」


「寝てなくていいの?」


「うん、もう全然なんともないよ。ほらこの通り、完全復活。ちょっと貧血起こしただけだったみたい。へへ」


 そう言って笑う巴絵は顔色もすっかり良くなって、本当にさっきのは何か間違いだったんじゃないかと思うくらいに元気だ。


「巴絵よりも、撫子の方が疲れた顔してるじゃないの」


「あはは、ホントだー。あんた心配しすぎ」


「さっきは撫子の方が倒れちゃうんじゃないかってくらい、真っ青な顔してたもんね」


 皆にそう言われて、あたしも笑いながら頭をかいた。

 いつものあたしなら、そんな風にからかわれたら真っ赤になって怒り出すはずなのに、その日に限ってアハハと笑うだけだったことを、不審に思う者はいなかった。


 そして、その日を境に、巴絵は度々熱を出すようになった。

 別に驚きはしないさ。とっくに覚悟はできている。

 

 ただ、ついにこの日が来たと思っただけ。


 そしてこの日が来てしまったことが、とても悲しかっただけ。



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