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第一話-14 もうすぐ夏休み

♦♦♦


 さて、期末試験打ち上げの本番、カラオケだ。


 会場はいつもの通り、商店街にあるカラオケハウス。

 参加メンバーもいつもの通り、俺と撫ちゃん&ともちゃんだ。

 それから、校則でカラオケには保護者同伴でなくては行ってはいけないことになっているので、保護者も呼んでいた。


「あ、来た来た。おーい、こっちだよー」


 通りの向こうからやってきたのは、美少女二人と北○の拳に出てくるような筋肉むき出しの大男。

 美女と野獣としか言いようのない組み合わせだけど、この3人が並ぶと妙に絵になるなあ。


 美少女のうちの一人は、ひと目見ただけで心臓が止まりそうになる程の超美形。撫ちゃんのお姉さんの藍子さんだ。

 もう一人、嬉しそうに野獣の腕にぶら下がっているのが、末っ子の蓬子ちゃん。

 そして何を隠そうこの野獣こそ……。


「おお、待ったか。悪い悪い」


 ううっ、保護者ってこの人だったのか。

 ともちゃんのお兄さん、龍麻さんだ。


 この人も、市内では超有名人。

 プロレスラーのようなガタイとその凶暴な性格で、中学高校時代には近隣の学校を片っ端から締め上げ、「恐怖の大王」とか「クレイジードラゴン」とか呼ばれてきた伝説の怪物だ。

 はっきり言って、俺はこの人が苦手だ。

 てゆうか、苦手じゃない人なんてこの世に10人もいないだろう。

 そして驚くなかれ、その10人の内の4人が、今ここにいる。


「ん? お前は確か」


 龍麻さんがジロリと俺を睨んできた。

 落ち着け俺、ここここの人は俺を睨んでるんじゃない。普通に見ているだけだ。


「ご、ご無沙汰してます、龍麻さん。なな撫子ちゃんの同級生の東雲大生です」


 ここはあえて「ともちゃんの」とは言わないでおく。

 この人が妹を溺愛しているのも、有名な話だ。


「ああ、そうだった。何だよ久しぶりだなあ、元気だったか」


 龍麻さんはニッコリと笑って、俺の背中をバンと叩いた。ごめんなさい龍麻さん、笑った顔も超怖いです。


「ねえねえ、大ちゃん」


 蓬子ちゃんが、俺の袖を引っ張った。


「ん?」


 蓬子ちゃんが背伸びして俺の耳元に口を寄せ、小声で囁く。


「その後、どうよ?」


 俺も小声で答える。


「いやあ、なかなか」


「だらしないなあ。しっかりしなよ」


「すまん。頑張ってんだけどさあ」


「応援してんだからね、未来のお兄ちゃん」


「サンキュ」


 何の話かというと、つまり俺と撫ちゃんのことだ。

 蓬子ちゃんは何故か俺を応援してくれていて、いろいろと世話を焼いてくれる。心強い味方だ。

 将来は、口うるさい小姑になりそうだが……。


 トップバッターは、俺。

 得意のラップで場を盛り上げる。予定だったのだが、みんな曲選びやら食べ物の注文に夢中で、誰も聞いてない。

 唯一、蓬子ちゃんだけが歌本を覗きこみながら手だけ上にあげて、拍手してくれた。

 ありがとうよ。


「次、あたしー」


 撫ちゃんだ。


「ちょっと、1曲だけにしてよ?」


 と、ともちゃん。


「えー、そんなのつまんない」


「あなた、いつも10曲くらい続けて歌うでしょ。そういうの止めてよね」


「だあって、それくらいじゃないと歌った気がしないじゃん」


「だったら後にしてよ」


「残念でした、もう入れちゃったもんね。あ、始まったー」


「もおっ」


 撫ちゃんは、歌も凄い。

 アイドル系の曲を、振り付けも完璧にノリノリのキレッキレで歌いまくる。

 しかも何を歌わせても、本物以上に上手いのだ。

 ともちゃんなんか、ついさっき「止めてよね」なんて言ったくせに、撫ちゃんの歌と踊りに目が釘付けになっている。

 ねえねえともちゃん、瞬きしないとドライアイになるよ。


 おっといけない。HP用に動画を撮っとかなくちゃ。


「じゃ次は私ねー」


 ともちゃんはロック、しかも洋モノのハードロックだ。

 髪を振り乱しながら、英語の歌詞を完璧な発音で歌う。

 声量もあるし、すげえ迫力。


「Wow!Wow!Wow!Wow!」


 遂にはヘドバンまで始めた。し、しかしこれは……。


「うおっ」

「すげえ」

「てゆーか」


 おっぱいバンキング、おぱバンだった。


 続いて蓬子ちゃん。アニソンで、これまた凄く上手い。


「ブラボー!」


「いえーい! 大ちゃん、どお? 上手かった?」


 歌い終わった蓬子ちゃんが、俺とハイタッチして隣に座った。


「うん、最高だ。ところで蓬子ちゃん?」


 耳元に口を寄せて、小声で尋ねる。


「今の曲、深夜アニメのあのすっげえエロいやつだろ? 姉ちゃん達は知ってんのか?」


 蓬子ちゃんも小声で答える。


「えへへ、バレた? お姉ちゃん達は知らないから、黙ってて」


「おっけー」


「お前ら、なにコソコソ内緒話してんだよ」


「えへへ、なんでもないよ撫姉」


 家族に内緒であんなエロいアニメを見ているとは、まったくけしからん小学生だ。


 そして藍子さんはというと、さっきからずっと歌本を見ている。

 まだ決まんないのかな。

 その向かいの席では、龍麻さんも同じようにずっと歌本を覗き込んでいるけど、なんかチラチラと藍子さんの方を気にしているようだ。


「ら、藍子ちゃん。歌わないの?」


「んー、いっぱいありすぎて」


「じ、じゃあ、良かったらこの曲を一緒に」


「ん? ごめんなさい、知らない曲です」


「あ、そう」


 なんだろう、見ちゃいけないものを見たような気がする。



☆☆☆


 それから延長を入れてトータル4時間、あたし達は歌いまくった。


 といっても半分以上はあたしで、あとは巴絵と蓬子。

 大生は2・3曲しか歌わず、あとはずっと動画を撮っていた。

 ファンの皆さんの為だとか言って、あたしと巴絵のデュエットまでリクエストしやがって、まったく。


 藍子姉ちゃんはずっと歌本を見ていただけで、結局一曲も歌わなかったし。

 龍麻兄ちゃんもずっと歌本を見てばかりだったけど、30分置きに姉ちゃんに声をかけては引っ込むということを何度も繰り返し、最後に一曲だけバラードを歌った。

 特に上手いわけでもないんだけど、なんか心に響いたよ。

 大丈夫、きっと藍子姉ちゃんの心にも届いたさ(ニヤリ)。


 とにかく、大満足!


「あーっ、外の風が気持ちいいな」


 冷房の効いた店の中よりも、外の方が実は蒸し暑かったりするのだけれど、それでも自然の風はいいものだ。

 試験のストレスを全部吹き飛ばしてくれる気がする。


「はああーっ! っと。ん?」


 何だか通りの向こうの方が騒がしいな。

 なんだろ、喧嘩?


「やだ、ちょっと離してよ」


「ふざけんなてめえ、ちょっとこっちこい!」


「やーっ! やだーっ!」


 女の子がヤンキーっぽい男達に囲まれてる。捕まっているのは……。


「渚ちゃん!」


 あたしが叫ぶすぐ隣で、巴絵がググッと体を沈めるのが見えた。

 まずい!


「巴絵! や」


 めろ! の言葉をあたしが口に出すよりも早く、巴絵は飛び出していた。


「うわ、やっべ」


 この後の展開を想像して蒼ざめるあたしを置き去りにして、巴絵は渚ちゃんに向かって猛ダッシュして行く。

 ダメだ、こうなった巴絵はもう止まらない。

 あたしも慌てて後を追ったけど、巴絵は通りを埋め尽くす通行人達をものともせず、人混みの中を短距離走フォームの本気走りで、あっという間に駆け抜けてしまった。

 そして、男達の5メートルも手前でジャンプ。

 空中でクルリと身を翻し、100メートル10秒台のスピードに回転力をプラスした必殺の蹴りを、渚ちゃんを捕まえている男の顔面に叩き込んだ。

 バキャッ!


 どひゃー、あんなの喰らったら死んじゃうよ!

 あたしの頭に「過剰防衛」という文字が浮かんだ。

 いやいや、相手は何もしてないんだから、ただの暴行だよ。

 更に着地をしながら、蹴られた奴と一緒に吹っ飛びそうになった渚ちゃんの腕を掴んで抱き寄せると、そのまま正面の奴をパンチ一発でノックアウト。


「舞島さん、大丈夫?」


「へ? あれ? 柊先輩」


「なにしやがんだ、てめえ!」


 続いて襲いかかってきた男を、巴絵は渚ちゃんを抱えたまま前蹴り一発で沈め、後ろから来た奴は振り向きもせずに裏拳で仕留める。

 あっという間に、4人のヤンキーが路上に転がった。


「てめえ!」


 残った奴らが二人を取り囲んだ。

 うわあ、大変だこりゃ。


「ちょっと! 待って待って!」


 駆けつけたあたし達の姿を見て、男達は余計いきり立った。が……。

「なんだお前ら! 俺らにこんなことをしてただで済むと思っ……、お……」

 振り向いたヤンキーの顔が、見る見る蒼ざめていく。

 ああ、後から追いついた龍麻兄ちゃんにやっと気が付いたんだね。

 暗かったもんね。


「ク……、クレイジードラゴン……」


 そして、巴絵の正体にも気付いたみたい。


「ザ・サイクロン……」


 ザ・サイクロンというあだ名を、巴絵も学校の友達もバレーで付けられたものだと思っているけど、実は最初にそう呼んだのは、巴絵の回し蹴りでぶっ飛ばされた不良連中だ。

 だからこの名前は、裏での方が有名。


「どっ、どうもすんませんでしたーっ!!!」


 ヤンキー達はノビてる男達を担ぎ上げて、全力で逃げ出した。

 龍麻兄ちゃんがその背中に向かって「喧嘩はダメだぞー!」と怒鳴る。

 兄ちゃん、大人になったなあ。ていうか、それあんたの妹に言えよ。

 あたしがそうツッコみたいのを必死でこらえているところへ、何を思ったか藍子姉ちゃんが一言、物凄いことを言った。


「龍麻くんは優しいですね」


「「「ブッ!」」」


 あたしと大生と蓬子が同時に吹いた。

 この人は一体、龍麻兄ちゃんのことをどう思っているんだろう。

 兄ちゃんも、なんだか真っ赤になって頭かいてるし。


「うわあん、撫子様あ! 怖かったですう!」


 渚ちゃんが、抱きついてきた。


「大丈夫? 怪我しなかった?」


「はい、柊先輩が助けてくれて……」


「一人? こんな所で何してたの」


「ふええん、撫子様達がカラオケ行ったって聞いたから、この辺で待ってれば会えるかなと思って来ちゃったんですう。

 そしたら、さっきの人達が一緒に遊ぼうよって。

 だから私『ハア? バッカじゃないの? 何で私があんたらみたいなゴミムシ野郎と遊ばなくちゃなんないのよ。お呼びじゃないんだよ。とっとと消えてよね、クソが』て言ったら、怒っちゃってえ」


「あぅ……」


 こういう時って、なんて言えばいいんだろう。言葉が出てこない。


「そうだよな。ゴミムシクソ野郎は、消えた方がいいよな」


 横から、龍麻兄ちゃんが的確なコメントをくれた。

 うん、兄ちゃんならそれだよね。


「舞島さん、大丈夫だった? だめだぞ、女の子が一人でこんなとこ来たりしちゃ。

 怖かったでしょ?」


 巴絵が笑いながら、渚ちゃんの頭をポンポンと叩く。

 このやろう、あんな凶暴な事をやらかした後で、よくそんな爽やかな笑顔ができるな。

 渚ちゃんは、そんな巴絵を無言で見つめ返した。


「怖いのはお前だよ。見ろ、渚ちゃんが怯えてるだろ」


「あ、あの……、先輩」


 渚ちゃんが、おずおずと口を開く。


「ん?」


「助けていただいて有難うございました。あの……、ともえ……さま」


「「んんっ?!」」


 あたしに抱きつきながら、巴絵に熱い視線を向ける渚ちゃん。そして戸惑う、あたしと巴絵。

 楽しそうに語り合う、藍子姉ちゃんと龍麻兄ちゃん。

 大生と蓬子は、こっちを指さして笑い転げている。


 あーあ、やっぱり最後はいつも通り。グダグダでダメダメだ。

 でもさ、でも。楽しくって仕方ないんだ。

 だって、これがあたし達だもん。


 もうすぐ夏休み。とにかくこんな調子で、あたし達の夏は始まった!






 はずだったのに……




第二話に続く



ブックマークが付いていることに、たった今気づきました。

まさか本当に読んで下さる人がいらっしゃったとは。

感動です。ほんとうに有難うございます。

今後とも宜しくお願いします(土下座)。

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