第一話-12 さよなら変態。また会う日まで
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「ナデシコ、こっちこっちー!」
キャンディが手を振ってあたしを呼んでいる。
あのおっぱいビンタ事件の後、ずっと学校を休んでいたキャンディから呼び出しを受けたのは、今朝のことだ。
教室の机の上に置かれていた手紙には、放課後に会いたいから一人で来て欲しいとだけ、書かれていた。
場所は、琴岩神社の境内。うーん、ここに呼び出されるのは、ちょっと嫌なんだけどな。
「なんか久しぶりだね。体は、大丈夫?」
キャンディと会うのは、あの時以来だ。気にはなっていたけど、家は知らないし、あたしもそれどころじゃなかったし。
「あはは。大丈夫大丈夫、気にせんといて。ウチな、ちょっと思うとこあって、しばらく学校休んどったんやけど。どうしても、ナデシコと話がしとうてな」
「こんなとこに呼び出さなくたって、話なら教室でいいじゃん」
「二人っきりで話したいねん。呼び出しいうたら神社か体育館の裏いうのんが日本の伝統やろ?
せやけど、体育館の裏って、中から丸見えやん。どないせえっちゅう話やわ」
「それはいいけど、そのおかしな関西弁はいったい何?」
「うーん、ダメかな? まあだキャラが固まんないんだよねー。
ワタシってほら、金髪巨乳のアメリカンで、しかも大金持ちのお嬢様じゃない? その上オタクで関西弁とか武士語とかって、盛りすぎやろか?」
「どうでもええわ。そんな話をするために、わざわざこんなとこに呼び出したのかよ」
するとキャンディは、ニコニコしながらあたしの前に立った。
「ナデシコ、手を出して」
「は?」
「いーいからっ」
何なんだよまったく。
渋々と手を差し出そうとすると、キャンデイはいきなりあたしの両手を掴んで、自分の胸にギュゥッと押し付けた。
「なっ!」
そしてあろうことか、その手を使って自分のおっぱいをグイグイと揉みしだき始めたのだった。
「んっ、んっ、んっ……」
「お、お前、一体なにしてんの?」
「んー……」
キャンディは自分のおっぱいを揉みながら、上を向いて何かを考えているような様子だったが、ふいに手を放すと、残念そうに首を振った。
「違―う」
「何がだよ」
まずい、嫌な予感がしてきた。
「違うわ、これじゃない。ナデシコ、こないだのアレをもう一度やって頂戴」
「え? アレって何?」
予感的中。やっぱりそういう事ね。
さて困った、どーすんべ。
「とぼけないで。判ってるんでしょ?」
ハイハイとぼけてます、判ってますよ。アレでしょ?
「ワタシね、あれからずっと考えていたのよ。ナデシコに触られた時のあのショック、あれはどう考えても普通じゃないわ。
あんなのありえない。ナデシコ、何かしたんでしょ?」
「えーっと、何かって?」
「あくまでとぼけるのね。まっ、そりゃそうか。フフ……」
キャンディの目つきが変わった。
「じゃあ、これならどう?」
そう言ってキャンデイはあたしの目の前に拳を突き出し、それからゆっくりと人差し指を立てた。
「何それ」
「よく見ていて」
キャンディは目をつぶると、何かをブツブツと呟きはじめた。
その真剣な様子に、あたしは黙ってその指先を見つめていたが、そのうちに心臓がバクバクと音を立て始め、全身に鳥肌が立つのを感じた。
目の前に立てられた指の先端が、ボウッと光を放ち始めたのだ。
「お、お前……」
キャンディの右手が小刻みに震え出し、額に汗がにじむ。光は次第に小さくなっていき、やがて静かに消えた。
「ふう、もう限界。ワタシはこれくらいしかできないの。でもナデシコ、あなたには今の光が見えたのね」
想像もしていなかった。まさか、キャンディが……。
「やっぱり思った通りね。あの時の、まるで魂を殴りつけられたようなショック。あれはきっと、ワタシの持つ力とナデシコの力が過剰に反応してしまったからなのだわ。
ワタシも最初は信じられなかった。でも、いくら考えてもそうとしか思えなかったの。
ワタシは今まで、ファミリー以外でこの光を持つ者に出会ったことがない。ダディも決して他人に知られてはいけないって言ってたわ。
だから今日こうしてナデシコに会うのも、ずっと迷ってたのよ」
「お前、何者だ」
キャンディは目を細め、静かに笑った。
「ナデシコ、あなたにワタシの真名を教えてあげる」
「真名って、ローエンなんちゃらってやつ?」
「違うわよ、馬鹿。そんなオタクネームじゃなくて、生まれる前から私に与えられていた、本当の名前」
本当の、名前?
「憶えておいて、ナデシコ。
我が名はエリウ。エリウ・キャンディス・マクガイア。アイルランドの古き神の血を引く者よ。
ダディは言ったわ。この名とこの指先の光こそが、神の一族の証だと。
この光を持つ者は、その力の全てを人々の幸せの為に使わなければならない。もしこの力を使い悪しき行いを為す者あらば、その者は必ず滅ぼさねばならない、と。
さあ、今度はあなたの番よ。答えてちょうだい。
あなたこそ何者? その力を使って何をしようとしているの?」
そうか、これじゃあもう誤魔化しは効かないな。
「わかったよキャンディ。見て」
あたしもキャンディがしたのと同じように右手を上げ、そして掌を大きく開いた。
気を放つと同時に、右手全体がまばゆいほどの光に包まれる。さっきとは比べものにならない輝きに、キャンディが息を呑んだ。
「アンビリーバボゥ、信じられない。あなた、本当に何者なの? やっぱり神の末裔?」
あたしが何者だって? そんなのは決まってる。
「あたしはあたし、壬鳥撫子さ。神様なんて知らないよ。
この力で何をするのか、知りたいのかい?
教えてやるよ。巴絵を……、巴絵の命を守るのさ」
「えっ?」
「それだけだよ、キャンディ」
「どういうこと?」
「どうもこうもない。巴絵のためだけに、あたしはこの力を身につけた。この光は巴絵の魂を悪しきものから守る光さ」
「トモエは、そのことを知っているの?」
「ううん、何も知らないよ」
キャンディはあたしの目をじっと見つめ、あたしもその瞳を見つめ返した。
「うん……」
キャンディは上を向いて、大きく息を吐いた。
「わかった。ワタシはナデシコを信じる。もう聞かないわ。
あなたにはその光を持つ資格があるし、その力を使うに値する事をしようとしているのね」
そして再びあたしを見つめ、ニッコリと笑った。
「あなたに会えて良かった。やっぱり日本に来て正解だったわ。あなたもトモエも大好き、二人とも最高!」
キャンディはそう言って、あたしを抱きしめた。
「ちょ、こらお前」
「ワタシね、来週ステイツに帰るの。でもまたいつか日本に来る、絶対に戻ってくる。その時にはいっぱいお話しをしましょう。
あなたもいつかアメリカに来て。ワタシのファミリーを紹介するわ。
あはは、ダディとマムに素晴らしいお土産ができた。きっと喜ぶ、海の向こうにこんな素敵な仲間がいたなんて」
そっか、帰っちゃうのか。
「うん、いつかまた会おうな。そしていっぱいお話ししよう。その時は巴絵も一緒だよ」
あたしも、キャンディを力いっぱい抱きしめた。
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キャンディは、アメリカに帰った。
あの日のことは二人だけの秘密となり、次に会う時にはきっと巴絵も交えて笑い話にできるようにするからと、あたしはキャンディに約束した。
渚ちゃんの果たし状から始まった大騒ぎも、一件落着した。(ファンクラブはどうなったって? そんなの知らない)
残るは期末試験だけだ。
結局、お勉強会は以前と変わらず続けられ、巴絵は相変わらず絶好調、あたしは日を追うごとに生気を失っていき、最後は生ける屍と化して毎夜繰り広げられる地獄の宴の供物となっていた。
もう、今回のことであたしもよく判ったよ。巴絵は手加減というものを知らないんじゃなくて、理解できないんだ。
いくら説明しても「だからこんなに優しく教えてるじゃない。何がダメなの?」と、頭の上に(?)が沢山飛び出してくるだけ。もう諦めた。
宴は試験期間中も容赦なく行われ、ついにあたしが昼と夜の区別がつかなくなった頃、試験は最終日を迎えた。
そして……
「コンップリートッ!!」
巴絵が鉛筆を放り投げながら勝利の雄叫びを上げ、同時に終了のチャイムが、校内に鳴り響いた。