第一話-11 生ごみがやらかした
☆☆☆
次の日。
朝から息も絶え絶えなあたしと、鼻歌まじりでスキップなんかしている巴絵は、驚いたことに手ぶらで教室にたどり着いた。
「どうよ、静かになっただろ?」
教室では、大生が自慢げに胸を張っていた。
「えっ? 大生くんのおかげ?」
「お前、いったいを何したの?」
怪しすぎる。あたしが不審そうに大生を睨むと。
「ジャジャーン!」
と、見せたのは、このところずっといじくり回していた携帯だ。
この野郎、やっぱり何か企んでやがったな。
「はあ?」
「なにこれ?」
画面をのぞき込むと、そこにはこないだ撮った写真と、派手な絵文字でタイトルらしきものが……。
「なでとも大好き倶楽部……?」
「会員専用……?」
「えへっ、ファンクラブ作っちゃった」
満面の笑みを浮かべる大生。
「「ファンクラブうっ?!」」
声を揃えて驚く、あたしと巴絵。その騒ぎを聞いて、クラスの連中がぞろぞろと集まってきた。
「あんたたち、ホントよくやるわねえ」
「いやー、さすがだわ。お前ら最高」
「ぶはははは、ウケる」
「俺、会員になったからねー」
あたし達は訳が分からず、褒めてるんだか馬鹿にしているんだかわからないみんなの言葉にも、ただ「えっ?、えっ?」と繰り返すだけだった。
「つまり、こういうことだよ」
と、そこへ得意顔の大生。
「そもそも撫ちゃんもともちゃんも、ファンは大勢いるわけでさ。今までみんな遠慮して遠くから眺めているだけだったのに、何だかこないだから直接交渉が解禁みたいになっちゃっただろう?
今更やめろって言っても止まらないだろうし、一人ひとり説得すんのも大変だからさ、この際みんなまとめてルールを決めちゃえばいいと思って。
その代り、こっちもみんなが満足してくれるような情報を提供する。これでお互い納得、騒ぎも収まるって訳さ。
見て見て、会員証まで作っちゃった」
「うわ、本格的」
「ルールって?」
「手紙とかプレゼントとか、直接的な接触は一切禁止。応援はHPへの書き込みのみ。二人を困らせるような奴は、ファンじゃないってことだ」
「調子のいいことを言って、そんな都合よく行くか?」
「ほんとよね。後でおかしな事になるんじゃないの?」
あたし達の不信に満ちた言葉に、大生は不満そうだ。
「信用ないなあ。大丈夫、俺にまかせとけって」
「第一、会員なんかそんなに集まるのかよ?」
すると大生が、再び携帯を差し出した。
「見てみ?」
「ん?」
「今度は何?」
何やら、画面にカウンターみたいなのが写ってる。
「会員登録はこのホームページでやるんだ。これが只今の会員数さ」
「89? ええっ、すごーい。こんなに沢山? ……て、えっ? えっ?!」
巴絵が画面を覗き込みながら、目を見張る。あたしも、自分の目を疑った。
「120……、180……、300……、ちょっと何だよこれ。500……、800…900…1000! ええーっ!!」
89でもすごいと思ったのも束の間、カウンターの数字は見ているうちに目にもとまらぬスピードで跳ね上がっていき、あっという間に1000を超えた。
「うーん、HPオープン30分でこれか。いやあ予想以上だな、会員証が間に合わないぞこりゃ。
前もって告知しといたから、きっとみんな待っていたんだな」
「告知って、2.3日でどうやってこんなに」
「いやあ、俺が声かけたのはほんの何十人だけだよ。それでも大変だったけど、強力な助っ人もいたしね」
「助っ人って誰よ?」
「決まってんだろ。渚ちゃんだよ」
「「ええーっ!!」」
またもや、あたしと巴絵は声を揃えて驚いた。
「なんであの子が?」
「やっぱさあ、元はと言えばあの子から始まった騒ぎだろ? 俺も手が欲しかったし、あの子なら撫ちゃんを守るためって言えば協力してくれると思ったんだよ」
「そーかあ? 逆に邪魔されそうな気がするけど」
「うん、最初は嫌だって言ってたんだけどね。撫ちゃんはともかく、ともちゃんと一緒なんて応援したくないって」
「私だって、あの子の応援なんていらないわよ」
だよね。
「まあまあ、ともちゃん。
で、この会員証だよ。『協力できないなら無理にとは言わないけど、でも残念だなー、この会員ナンバー1は他の奴の物になっちゃうなー、撫ちゃんの1番は渚ちゃんしかいないと思ったんだけどなー、しょうがないから誰か他の1番探すかあー』って言ったら、目の色変わってね。
そんなの許しません! って」
「へえー。でもお前はよく渚ちゃんに、1番を譲る気になったな」
「ホントよねえ。私達のために我慢してくれたの? それとも大人の余裕ってやつ?」
巴絵まで感心している。
すると大生、ニヤリと笑ってポケットから一枚の会員証を取り出した。
「これこれ」
「会員ナンバー……0番?」
「あ、汚ったねえ」
★★★
その日の帰り道のこと。
「あ、渚ちゃんだ」
撫子が、前を歩いている舞島さんの姿を見つけた。
「おーい、渚ちゃーん!」
撫子が大声で呼ぶと、舞島さんはビクッと肩を震わせて立ち止まり、なぜか恐るおそるといった感じでこっちに振り向いた。
「あれ? どうしたんだろ。ねえ渚ちゃん、ファンクラブの事だけどさあ」
撫子がそう言いながら駆け寄ろうとする。すると舞島さんは泣きそうな顔になって、後ずさった。
「なっ、撫子様! 来ないで!」
「へっ?」
思わず立ち止まる撫子。私と大生くんも顔を見合わせる。
「あっ、東雲先輩! よくも、よくも私を騙してくれましたね。許さないんだからあ! うわあああん!」
舞島さんは大生くんに向かってそう言い放つと、泣きながら逃げ出した。
「ええー、なんでなんで? 俺、何かした?」
「ナンバー0がバレたんじゃない?」
「まさか。だってあれ、二人にしか見せてないぜ」
「とにかく追いかけよう。大生、鞄持ってて!」
撫子が大生君の返事も待たずに自分の鞄を放り投げ、駆け出す。
「大生くん、私のもよろしくね」
私も鞄を大生くんに押し付けて、撫子の後を追った。
「撫子っ、どうすんの? 捕まえるの?」
走りながら尋ねる。
「うん。おーい! 渚ちゃーん! 待ってよー!」
「来ないで下さーい! 私、ダメなんですうー!」
前を走る舞島さんが答える。
「何がダメなんだよおー!」
「とにかくダメなんですうー!」
「そんなこと言わないでよーおっ!」
「ダメだといったらダメなんですーうっ!」
ああもお、じれったい。
「遊んでないで、さっさと捕まえなさいよ」
「あ、そだな。じゃあ行くか、せーのっ」
「あよいしょ」
掛け声と共に、撫子と私はダッシュした。
私達が本気で走れば、普通の女の子なんかまるで勝負にならない。あっという間に追いついた。
「つっかまーえたー!」
撫子が後ろから舞島さんに飛びついて抱き止める。その勢いに、舞島さんは力尽きたようにその場にヘタり込んだ。
「はあっ、はあっ。な、撫子様……」
「はぁ、はぁ、どうしたんだよ渚ちゃん。なんで逃げるの?」
「だ、だって…だって……、ふえええーん」
舞島さんが、道端に座り込んだまま、また泣き出した。
「どうしたの。何があったの?」
「ふええん。私、東雲先輩に弄ばれちゃったんですう」
「「ええっ!」」
と、そこへ鞄を3つ抱えた大生くんが追いついてきた。
「はあっ、はあっ、ふ、二人とも速すぎだよ。はあっ、はあっ」
「大生、お前……」
座り込む大生くんの前に、撫子が立ちはだかる。
「いったい何をしたの?」
私は背後を取った。
「へっ? 何って、なにが? て、ええっ? 何で撫ちゃんとともちゃんが怒ってんの? なんでなんで?」
「やかましいっ! とっとと白状しろ! 渚ちゃんに何しやがった!」
「なんにもしてないよ俺! 何かの間違いだよ!」
「何もなくて女の子があんな風に泣くわけがないでしょう? 十数えるうちに白状しないと、ぶちのめすわよ。いーち」
「じゅーう」
「ちょっと待てーっ! 2から9はどこ行ったんだよ!」
「うるさい、十進法だからこれでいいんだよ。覚悟はいいな」
「撫ちゃんそれ二進法っ!」
そこへ、涙目の舞島さんが寄って来た。
「東雲先輩、どうしてくれるんですかあ? 先輩のせいで私、撫子様とお話しすることもできなくなっちゃったじゃないですかあ」
「渚ちゃん、どういうこと?」
「撫子様、ひどいんですよー。
昨日、東雲先輩が撫子様を守るためだから協力してくれって言うから、私、ファンクラブに入ったんです。
そしたら今日クラスの友達に、直接接触は禁止だから、あんたも会いに行っちゃだめだって言われて。ナンバー1が規則破っちゃダメだろって。
うええーん、こんなんだったらファンクラブになんか入るんじゃなかったのにい。東雲先輩の嘘つきいー」
ああなるほどね、そういうことか。それにしてもこのお馬鹿男ときたら……。
「やっぱりこんな事になっちゃったじゃないか。お前、よくもあたしの可愛い後輩を泣かせてくれたな」
撫子が、冷たい目で大生くんを見下ろす。
「これはもう完全に、女心を弄んだとしか言いようがないわね。言い逃れしても無駄よ」
私も冷たくで言い捨てる。
「それにあたしと巴絵だって、ヘタすりゃ友達全部をなくすところだったわけだ」
「この落とし前、どう付けてくれるのかしら」
「渚ちゃん、このクズどうしたらいいと思う?」
「そうですね、とりあえず埋めましょうか」
3人の女の子に囲まれ、大生くんは路上にへたり込んだまま。立ち上がる気力すら失せているようだ。
「ち、ちょっと待ってくれ。そ、そんなつもりじゃなかったんだ。
分かった、何とかする。何とかするから」
「あんたの言うことなんか信用できないわよ。舞島さん、会員証持ってる?」
「あ、はい」
舞島さんがポケットから会員証を出した。
ホントだ、会員番号1。確かにナンバーワン自ら規則を破ったら、示しがつかないわよね。
「巴絵、それどうするの? まさか破っちゃうとか」
撫子が心配そうな顔をする。
「まさか。今日一日で会員は千人以上になっちゃったのよ。今更、やっぱりやめますなんて出来るわけないじゃない。
とにかくこのど阿呆には、最後まで責任取ってもらうとして……」
私は鞄からサインペンを取り出し、会員証に『ともえのお友達』と書きつけた。
「はい、撫子も」
「あっ、なるほど」
撫子もデカデカと『なでしこのお友達』と書き、周りをハートで囲んだ。
「はい。これで渚ちゃんは、いつでも会いに来ていいからね」
「あ、ありがとうございます。感激です!」
舞島さんは目をキラキラさせて会員証を胸に抱き、それから上目遣いに私の方を見た。
「あの、でも……。柊先輩、いいんですか? その……お友達って」
「まあしょうがないじゃない、私たちのせいで嫌な思いをさせちゃったんだから。この際だからケンカはもうやめて、仲良くしましょ」
「ありがとうございます! すごく嬉しいです! 今まで色々失礼なことを言って、どうもすみませんでした!」
うん、素直でよろしい。
「よし、じゃあ渚ちゃん。お詫びと、あと改めてお友達ってことで、ケーキでも食べに行こうよ。奢るから」
「あら、それはいいわね。みんなで行きましょ」
「えっ、いいんですかあ。ありがとうございますう」
「へえ、撫ちゃん太っ腹だなあ。渚ちゃん良かったね」
立ち上がりながらホッとしたように寝言をこく生ゴミ野郎に向かって、私と撫子が声を揃えて怒鳴った。
「「お前が払うに決まってんだろっ!!」」