6, 6才①
本当は番外編を入れようと書いていたのですが、終わりが見えなかったので先に本編を書くことにしました。
急遽書いたので、少し短めです。
7/19、7/21、誤字脱字修正しました。内容に変更はありません。
六歳を迎えたその日は、真っ青な空が広がる快晴だった。
朝食後からそわそわするわたしに、床に丸まったアッシュは呆れた目を向けて、母とメイリンは「なるべく早く支度してくるわね」と微苦笑して部屋に戻っていた。
リビングのソファーに座り、落ち着こうとアッシュを抱えて撫でる。━━はぁ…もふもふに癒される!
ぎゅっと抱き締めて、背中に頬擦りしようとしたら敏感に察して逃げられた。……くぅ、回避能力が上がってる! でもまだ甘い!
アッシュが逃げる方向に先回りして、壁際に追い詰めて捕まえようとしたら、「何してるの?」と声がかかった。
振り返ると、最近すっかり我が家で見慣れた従兄弟のケイトス。
アッシュが天の助けとばかりにわたしから逃れて、ケイにまっしぐら。そしてすかさず後ろに隠れた。
━━ケイを盾にするとは、卑怯だよ! わたしに効果が覿面過ぎる!
恨めしげに、ケイの後ろに隠れきれていない白に近い灰色の毛並みを見つめていると、状況を察したケイに呆れた目を向けられた。
「リフィ、構いすぎると嫌われるよ。程々にしておくように」
最初の頃は困ったように微笑して優しく諭していたケイだけど、最近では慣れたのか、わりと遠慮なくズバズバ言ってくるようになりました! 嬉しいような残念なような何だか複雑!!
「とりあえず、リフィ。お誕生日おめでとう」
にっこりと最強の天使スマイルに加え、後ろ手に隠していた手が差し出された。掌には黄色い薔薇の髪飾り。
横髪だけ左右で三つ編みにして残りは下ろしたままの髪型のわたしに、ケイがその髪飾りを飾ってくれた。
━━ 今日も従兄弟がかっこ可愛い!! アッシュとは別の可愛さに抱きつきたくなるけど、我慢!! この歳で痴女扱いはされたくないよ!
「ありがとう、ケイ!」
心からお礼を言うと、くすぐったそうにケイが「どういたしまして」と笑った。━━なんって可愛い! あ、セーフ。よだれは出てなかった。
隠れていたアッシュが出て来て、気持ち悪いものを見るような目をわたしに向けた。……失礼な眼差しに少し文句を言いたい。後で誕生日だからの理由でごり押しして、存分にもふもふさせて貰おう。
そう思っていたら、アッシュが後ろ足で立つようにして、前足をわたしの腿に置いてきた。あまりに凶悪な可愛さに、つい向かい合うように抱き上げた。
「ちゃんとじーさん喚べたし、オレ様からは大地の祝福をやる」
濡れた鼻先が額に触れた。大地の加護を貰えた事で、地属性魔法が使いやすくなったよ~。やったね!
「アッシュもありがとう」
抱き締めると、わたしの鎖骨と肩にふにふにの前足を置いたアッシュが暴れないどころか、甘えるように額をわたしの頬に擦り付けてきた。
━━誕生日のでれサービス!? ふわふわで時折動く耳と髭がくすぐったいけど、可愛い! 今の内に存分に愛でよう!
素晴らしい毛並みを堪能していると、ケイがひょいとアッシュを抱えた。
「続きは帰ってからにしなよ。神殿には連れていかないんだよね。僕はアッシュと遊んでリフィを待ってるよ」
「うん。連れていったらアッシュを持っていかれそうで。お母様もアッシュちゃんはうちの子だから、いくら神殿に高位精霊が欲しいと言われてもあげないけど、念のためにお留守番してもらいましょうねって言っていたから。……神殿の方がアッシュへの対応も待遇もいいのかもしれないけど」
きっと子犬様と敬って、丁寧に大切に扱うことだろう。最近の神殿には高位精霊を召喚できる者がいないと聞く。別に高位精霊じゃなくても魔物退治には支障ないけど、精霊たちの権威の象徴で民衆から信者を集めたい神殿側は、長年の夢として精霊王を召喚してその加護を受けたいと思っている。
そしてアッシュは地の精霊王の孫で、次の地の精霊王だと後継者の指名を受けていた。そのため、地の精霊王の守護結界の中で大切に色んなことをゆっくり学びながら過ごしていたらしい。
はじめ守護結界はなかったが、妬んだ地の精霊に不意打ちで傷を負わされたことで、心配した祖父王が張った模様。そんな時にわたしがアッシュを召喚しちゃったんだけど。
とにもかくにも、喉から手が出るほど神殿がアッシュを欲しがるのは目に見えていた。
「折角の誕生日にそんな顔しない。伯父様も久しぶりに帰ってくるんだし、僕のお父様も早めに仕事を終わらせて来るから。それにカルドやサリー、アランも来るんでしょ」
「うん、そうだよね。わたしちょっと頑張ってくるよ!」
小さな拳を作ったわたしを、ケイとアッシュが不思議そうに見てきた。
笑顔で誤魔化すと、扉が開いて母とメイリンが姿を見せた。
「リフィちゃん、そろそろ出掛けま━━あら、ケイトスくん。いらっしゃい」
「お邪魔しています、伯母様。これから神殿に向かわれるんですよね。道中、お気を付けて」
「ありがとう。ケイトスくんはアッシュちゃんの相手をしてくれるのね。すぐに戻ってくるから、そうしたら誕生日パーティーの前に少しだけ特訓しましょうか━━ね、リフィちゃん?」
「……ソウデスネ」
素敵笑顔のお母様に、わたしも負けじと笑顔を張り付けたよ。朝もあったのに、帰ってからも特訓かぁ…フフ。……ええ、やりますとも! いつ何があるかわからないからね! 準備を怠るなってことですよね、お母様?
「それじゃ、お留守番よろしくね、二人とも。リフィちゃん、行きましょう」
「はい、お母様」
緊張を何とか笑顔で隠して、わたしもリビングを出ようとしたら、ケイに呼び止められた。
振り向くと、アッシュを抱えて片足の肉球を持った手で、頭を撫でられた。濃い深緑の瞳が優しくなる。
「━━大丈夫だよ、リフィ。きっとうまくいくから」
……たぶん、ケイはしたことのない魔力測定にわたしが緊張していると思って、それをほぐしてくれようとしたんだと思う。━━きゅん死させる気ですか!? 心臓が止まるかと思うくらい可愛かった!!
ありがたくその気遣いを受けとって、わたしはいつものように微笑んだ。
「うん、行ってきます!」
・*・*・*
わたしたちの住むシルヴィア国の王都シアンには神殿が二つある。
王都の北側に城と貴族たちの住む屋敷があり、まずはそちらに一つ。南側が商会や平民の暮らす街になり、北と南の境目、やや北よりにもう一つ。
北側にある大神殿と呼ばれる神殿では王候貴族の子供が魔力測定を行い、他の平民の子供は王都の中心にある正神殿で行われる。
二つの神殿で歴史と格式があるのは正神殿だが、後からできた大神殿に貴族たちが傾倒しているので、力関係は微妙。
少しだけ大神殿の方が上かもしれない。
わたしは平民なので、向かったのは正神殿。
青空に映える白亜の神殿は、荘厳な美しさをもって聳え立っていた。
馬車の中からわたしはその存在感に圧倒されつつ、じっと見ていると、隣に座っていた母が、無意識に拳になっていたわたしの手を繋いでくれた。
メイリンが手続きを済ませてくれて、彼女が再度馬車に乗り込むと、御者がゆっくりと動かした。
わたしたちは門を通り抜けて、神殿の敷地内の最奥、正神殿を真っ直ぐ目指した。
正神殿の入り口で馬車を降りたわたしたちを、金糸であしらった白の長衣を着た男性が出迎えてくれた。
焦げ茶の髪を全て後ろに撫で付けた四十代の男性を何だか位が高そうと思って見ていたら、母の知り合いでした。
「ルワンダ様?」
「はい。お久し振りですね、シェルシー様。相変わらず、お美しい。本日は私がリフィーユ嬢の測定の担当を致します。よろしくお願い致します」
「まぁ、こちらこそよろしくお願い致します。ですが副正神殿長のルワンダ様にしていただくなんて、畏れ多いですわね」
「そんな事はございませんよ。本日は測定に来た人数が多くて駆り出されただけです。正神殿長がいれば父にも手伝ってもらっていましたよ。生憎と地方の視察で不在ですが」
魔力測定の対象者は、誕生日を迎えてから一ヶ月以内に神殿に赴くことが決まっている。そしてなぜか、月の終わりか月初めに人が集中する傾向があるらしい。
わたしの誕生日は月初めの今日で、見事に被ってしまった。でも本当にそれだけの理由でわたしの担当なのかな?
その疑問は母と副正神殿長の会話で確信に変わったけど。
ルワンダさんは正神殿と大神殿のことを母と話ながら、保護者控え室に案内してくれた。
わたしはその話を聞きながら、とても満足していた。だって交渉がわたしに有利な点ばかりだ。
正神殿長が不在で、直接取引が出来ないのは痛いけれど、その次に偉い人が担当だったのは渡りに船。
わたしの目的は魔力測定ではなく、最初から神殿長との取引だ。この世界で生きやすくするために、打てる手は打っておかないとね。
控え室に入った母とメイリンと別れて、わたしは副正神殿長の後をついて、広く閑散とした回廊を歩いていく。
少しだけ回りを確認。
人の気配なし。念のため、仮契約の風魔法で外部の音を遮断する。
すると、魔法に気付いたルワンダさんが振り返って、驚愕の表情でわたしを見つめていた。
「お静かにお願い致します。危害を加えたりはしません。ただわたしと取引をしていただきたいんです」
「は? 取引?」
目を瞬かせるルワンダさん。
わたしはにっこり笑って頷いた。
「一先ず話を聞いていただけませんか? あなた方、正神殿にとって悪いお話ではないと思います」
まずは交渉の席についてもらえるかどうか。
もちろん、無理矢理力ずくでも引きずりあげますけどね!
暫く黙考した副正神殿長は、一つ頷いてくれた。
そのうち、番外編(ケイトス視点)をちまちま書いたら、投稿したいと思います。
テンション低めかもですが