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6才 (ケイトス②)

お待たせしました。一万五千字越えてます。長いです。

次でケイトス視点は最後になる……筈です。

たぶんリフィーユ視点もちょこっと入りそうですが、それはそれとしてぜひ流してください。

シルバーウィーク中に更新できたらと思います。



やっぱり僕の予感は正しかった。

従兄弟のリフィーユ・ムーンローザ嬢は、僕の知る令嬢たちとは一味も二味も違っていた。彼女を見ていると、面白い。

隣で熱心に話をする従兄弟を見ながら、自然と表情が綻んだ。



・*・*・*



無事に伯母とも従兄弟とも挨拶を終えて、応接室へと伯母様が促した時。従兄弟のリフィーユ嬢はそわそわと出掛けたそうに玄関扉を見ていた。でも僕たちがいるから躊躇っている。

困ったように伯母様を見上げると、伯母はにっこりと麗しい微笑を返した。それだけでリフィーユ嬢がほんわりとにこにこ嬉しそうに笑う。花が咲いたみたいにぱっと周囲の雰囲気が明るくなった。

そこに茶髪に茶色の目をした美人メイドが、お茶のセットをのせたカートを押して現れた。彼女がクーガの娘のメイリンだろう。メイリンはリフィーユ嬢の様子を見て、花が綻ぶようにくすりと笑った。


彼女の気持ちはよく分かる。

にこにこ上機嫌の従兄弟を見て、その場が和んで皆が微笑ましげにリフィーユ嬢を見守っていたから。本人は途中で我に返って居た堪れなさそうにしていたけど。

これまでの同年代と違って、見ていて飽きないなと思う。雰囲気が他の令嬢たちや普通の女の子と違うのかな。


その後は出掛けようとしたリフィーユ嬢が僕たちにしっかりした挨拶をしてくれて、ジャックが付き添おうとしたけど、リフィーユ嬢とアイコンタクトした伯母様に止められていた。僕は思わず、ジャックが本当に少し前の人と同一人物かなと首を傾げて、双子がいないか確認して辺りを見てしまう。

隣のお父様も、苦笑いしていた。


ようやく会えたリフィーユ嬢と色々話をしてみたかったけれど、先約があるなら仕方ないかな。

一礼してきびすを返した彼女を見送っていると、再び館を出ようと扉の取っ手に手を伸ばし━━ゴン。

……既視感を感じた。


リフィーユ嬢がよろめいて後ろに下がり、額を押さえてしゃがみこんだ。随分と災難に見舞われている。大丈夫かなと少し心配になった。


扉からひょっこり顔を出したのは、アイリーンを見送るために客に挨拶もしないで馬車に乗り込んだ、失礼な従僕だった。

最近雇われたらしい二十歳過ぎの男は、目からも態度からもやる気がまるで見られない。僕なら確実にクビにするか不愉快で叩きのめしているかも。伯母様からは読み取れないけど、ジャックやメイリンやリフィーユ嬢はこの従僕が好きではないようだ。……雇っているのは訳アリかな。


溺愛するお嬢様への対応に怒るジャックにも、どこ吹く風でカールと呼ばれた男は肩をすくめた。それどころかリフィーユ嬢宛の手紙を取り出す。よりにもよって出掛けようとしていた矢先に、外出が中止になったという手紙を差し出すなんて。

その上、手紙を受け取ろうとした主人の娘に手紙を渡さないとか……あり得ない。しかもニヤニヤ笑って美少女をいたぶるなんて、趣味が悪い。何で尊大でいられるんだろう。━━ジャックの表情がさっきの鬼を通り越して、凄いことになってるのに。


僕の従兄弟もさすがにムッとして闘志を燃やしていた。気持ちはわかるけど、少し待ってほしい。というか、好戦的だね。商家の令嬢はこれが普通なの?

ここまでされても、伯母様は不穏な笑顔で沈黙。メイリンも鋭く睨んで沈黙。お父様も同じく。

僕もお父様も他家の事情に口を出していい立場じゃないから仕方ないけど、腹立つ。リフィーユ嬢がどうするのか興味深く見ていたら、彼女が伯母様とメイリンを一瞥すると、二人が頷いた。……次は何が起こるのかな。


そして僕と父は、またもや驚かされた。

可憐な従兄弟はその容姿とは裏腹に、精霊魔法に長けていた。

風を発生させて手紙を取り返すと、顔面蒼白のカールの周囲に火の玉が浮かべた。前後左右を隙間なく取り囲んでいるから、身動きが取れないようだ。

火の玉の炎が大きくなったり、元に戻ったり、囲んだ人間を脅すように伸縮する。発動には少し時間差があったけど、その緻密な制御力には目を瞠るものがある。それを五歳でやってのけるなんて。

それにさっきは光、今は風と火の属性魔法。三つも属性があるなんて珍しい。━━どうやら僕の従兄弟は、だいぶ変わっていて凄いらしい。


その後は伯母様の制止にリフィーユ嬢が炎を消し去り、カールがへたりこんだ。その首根っこをジャックが掴んで捕獲。

相当怒っていたから覚悟した方がよさそうだ。ただ、最後に余計なことを言い残した。

アイリーンっていう女と仲がいいこの従僕は、玄関前で会ったときも言っていたけど、この家の主人━━伯父様の権威を笠に着ている。それで気が大きくなっていたらしい。

問題はその伯父様と、この従僕に気を大きくさせていたアイリーンが取りなせば上手くいくという根拠のアイリーンとの関係。


その場の空気が凍って、ジャックが殺気の片鱗をちらつかせてまで男の口を塞いだことからして……関わらない方がいいんだろう。僕と父はまだ部外者だ。

何より、俯き沈黙してしまったリフィーユ嬢が痛々しい。


ジャックは後のことをメイリンに任せて、館の奥へとカールを引きずって連行していった。

何事もなかったようにメイリンがその場を促したけれど、リフィーユ嬢は動かなかった。気遣うような視線が彼女に集まる。無理に顔を上げて笑顔を浮かべようとしていて。僕は彼女の拳が力強く握られているのに気づいた。


「お父様。少し気分が優れないので、気分転換に外の空気を吸ってきてもよろしいでしょうか?」


気づいたときには、そう声に出していた。場の視線が、僕に移る。すぐに父が話にのってくれた。伯母様に水を向ければ、察してくれた。感謝するように僕に微笑んで、リフィーユ嬢に声をかけ、僕を庭へ案内するようお願いした。

だめ押しで玄関扉近くにいるリフィーユ嬢の隣に移動して、シャンパンゴールドの揺れる瞳を見つめた。それがふっと落ち着く。

了承を得ると、僕は従兄弟の手を引いて玄関扉を開けた。

新鮮な空気と光が入り込み、玄関ホールを明るく染める。僕は彼女の手を引いて、やや強引に外へと連れ出した。

そのまま何となく気の向くままに足を運んだ。サンルーム横の庭を通り、咲き始めの薔薇の庭園も通り抜け、なだらかな斜面を登っていく。その先には木々が生い茂る林があった。


林に入る手前、斜面を登りきったところで立ち止まる。この頃には、リフィーユ嬢もだいぶ落ち着いていて、勝手に連れ出した僕に感謝してくれた。

意図がばれていたことが気恥ずかしくて、誤魔化すように笑うとじっと熱心に見つめられた。あまりの視線の強さに少し怖いような…困った。まさかこの時、可愛いとべた褒めされているとは夢にも思わない。


リフィーユ嬢の考えがわからなくて顔を覗き込むと、視線が近くで合った。額をまた怪我していたことを思い出して、さらさらと風に揺れる薄翠色の前髪を上げると、真っ白な極め細かな肌に赤い跡がくっきり残っていた。……あの男、次会ったら少し締めようか。


あの従僕への苛立ちを抑えて、光の精霊魔法で治癒する。赤みが引いて傷も残らない。瑕疵が消えて完璧な玉のような肌に前髪を戻して、ほっとした。

至近距離で目が合った。


改めて見ても息を呑むほど綺麗な顔で、つい魅入ってしまう。白皙の容貌に通った鼻筋、淡く色づく頬。形のよい桜色の唇。何より長い睫毛に囲まれた神秘的な瞳。

少し不安げな様子は庇護欲を掻き立てられる。


「━━不思議な目の色だね」


印象的な目をまじまじと見つめて告げると、苦笑を返された。彼女の言葉に耳を傾けると、どうやら従兄弟はあまり自分の目の色が好きじゃないというか、何か悩んでいることがあるようだ。

……言い方が悪かったのかな。優しそうな色合いで綺麗な色だと思うんだけど。お世辞を言うのは慣れているけど、褒めるのは慣れていない。


「……僕には、星色の目に見えるよ」

「え?」

「太陽ほど強くなくて、月ほど淡い光じゃない。優しく見守る星色の目だよね。道に迷った旅人を助ける導きの色」


正直に言ったら、リフィーユ嬢が唖然とした。

導きの星の色かぁ。そっちの方がいいな。

声には出ていないけど、唇がそう動いたのがわかった。

嬉しそうに自然と笑みがこぼれるのを見て、よかったと思う。何て言うか、妹みたいで可愛い。


「ありがとうございます、ケイトス様」

「ケイでいいよ。様も敬語も要らない。僕もリフィって呼んでもいい?」

「もちろんです!! ……じゃなくて。もちろん、いいよ。よろしくね、ケイ」

「うん。よろしく、リフィ」


笑いあって、繋いだままだった手でそのまま握手。

それから、木陰に並んで座って楽しく色んな話をした。

まずは改めて自己紹介がてら家族のことを。

僕の母が亡くなり、父と祖父の男所帯なこと。親戚がリフィたちしかいないこと。驚いたことに、リフィにとっても親戚は僕たちだけらしい。


リフィの父━━伯父様が天涯孤独で、八年前にサンルテア男爵が若くても関係なく、新規事業者に投資する噂を聞いて頼みに行き、ダメ出しされる度に企画書を練り直してようやく協力を取り付けたらしい。そこでシェルシー伯母様が恋をして結婚したと二人の馴れ初めを教えてくれた。………お祖父様を出し抜いて、伯母様が全て手配して嫁いでいったことは言わないでおこう。たぶんこの様子だと、サンルテアの家事情も知らない。僕は余計なことは言わずに、笑顔で聞いた。


他に自分たちの好きなことやもの。幼馴染みや使用人、どんな風に遊んでいるか。普段の生活をお互いに話した。主に僕が聞き役で、僕はサンルテアの役割や普通ならあり得ない厳しい鍛練のことや任務のことは避けながら、話した。


自分の話をしていると、我ながら勉強と各武芸の特訓と社交だけの生活で、面白味がない人間に思えた。普段のお茶会や第一王子たちや子息たちとの交流会のときは、どんな会話をしていたんだっけ? 話をすることは得意だったはずなのに。


取り繕わなくていい分、社交で話を広げる知識があまり役に立たない。大抵の場で話題を提供したり、ちょこちょこ話の軌道修正をするだけで、後は僕の話を聞くことなく勝手にぺちゃくちゃ話してくれる自慢好きな人種ばかりを相手にしていたから、リフィみたいに僕の話をじっくり聞いて、僕を知ろうとする反応はイナルや侯爵子息のキース以外、異性では珍しい気がして戸惑ったけど、嬉しかった。

それに大人しい令嬢が相手でも、大抵は好きなものや得意なことを貴族間の噂や事前の下調べで把握しているから、話題提供には事欠かない。最悪、今の流行の話を振るか、衣装や装飾品を褒めて間を持たすことも出来るし。


かと言って、沈黙や間に困ることはなかった。リフィが気を利かせて会話を繋げてくれた。魔法や体術、剣術、どんな内容の勉強をしているかと質問に僕が答えて、不思議なことに全然会話が途切れない。それどころか、どんどん話したいことが増えていく。……けど、普通に考えておかしいよね?

五歳の女の子が攻撃や防護魔法や、どうやって体に負担なく剣戟を受け流すかとか、組みつかれたときにどうやって逃れるかとかそんなことを熱心に聞いてくるって。一体この従兄弟はナニと戦ってるんだろう…。

何かあるのなら、こっそり片付けておこうかな。


結果的に僕の心配は杞憂だった。

何でもリフィは伯母様とメイリンから特訓を受けているらしい。通りで僕の話についてこられて、会話を広げられるはずだ。

それに趣味が読書っていうのも話が合った。最近読んだ本が『系統別魔法と組合せ魔法体系』と『無属性魔法の使用歴と魔力の関係』と聞いて、驚かされた。

僕が今読み進めている本と次に読もうとしている本だった。

ちょっと意地悪して本の内容を質問してみたら、他の本からの見解と比較して自分の体験と意見を解りやすく簡潔に、しっかり補足説明をつけて返された。━━何だろう、この従兄弟は。凄く大人びている…?


子供らしくないと言われる僕より、子供らしくない気がした。

それをあっさり受け入れて話を進める僕も大概どうかと思うけど、そういうこともあるよね。大人でもなかなか手を出さない難しい魔法専門書だけど。

それをぼかして言ってみたら、リフィがびっくりした顔をして動揺した。そんな様子も可愛いけど、本人は子供らしくないことに今気づいたらしい。或いは僕に気を許して、話してしまったのかな。確かにお互いにすっかり打ち解けていた。


「僕には構わないけど、周りにはあまり難しい専門書が読めることは言わない方がいいかな」

「そうだね。気をつける。お母様たちは知らないはずだから大丈夫だよ。ケイは話しやすくて、同じ本を読んでいるって聞いて嬉しくて、話しちゃったけど」


警戒しているようでよかった。そんなことが出来ると知られたら、変に注目を集めて調べられて誘拐や連れ去りに巻き込まれる可能性も出てくる。

周りに言ってはいけない理由を説明しようとしたけど、リフィは理解しているようだった。これなら大丈夫かな。従兄弟だし、僕も嬉しくて同じだったから、いいよね。僕もこの子も言いふらしたりはしないだろう。

落ち込むリフィの頭を撫でて慰める。別の話を振ると、すぐに復活してその話に夢中になった。


僕も話が合うのが珍しくて白熱して魔法について話したり、警戒することなく色んなことを自己開示した。こんなにたくさん自分の話をしたのも、自然と笑ったのも、演じずに感情を出したのも久しぶりだった。


それにしても、リフィには驚かされてばかりだ。僕でも難しい専門書を簡単に読めるなんて…優秀という言葉では足りないくらい。…天才?

けれど、体術も剣術も魔法も毎日何時間も特訓していて、勉強もこつこつしている。体力作りで走り込んだり、怪我したり、失敗したり、教師や伯母様に教わって間違いを直しながらを繰り返して上達している。こうして普通に話してみても普通の女の子━━前言撤回。

普通の女の子が、五歳から本格的に魔法と武術を鍛える訳がなかった。伯母様とメイリンが施したサンルテア家の方針は身を守る上では役立つだろうけど、周りに貴族が伯母様しかいない状況で腕前を披露して、リフィに淑女の嗜みだと嘘を教えるのはやめてほしい。


他の家はもっとのんびりしていて、学園に入ってから本格的に学ぶ子が大半だよ?

僕の母も魔法は得意だったけれど、食事のナイフ以外に刃物を持ったことは無いから。それと、侍女でも戦闘できるメイリンが特殊なだけだから。

騎士の家系とか、家の方針で女の子が護身術を習う可能性もあるけど、基礎だけでがっつり本腰を入れては学ばないからね? ━━ましてや、真剣で斬り結んだりしないから!!


貴族のご令嬢は魔法も護身術も完璧と誤解しているリフィにそれは違うと教えると、色々衝撃を受けて魂を飛ばしかけていた。とりあえず、無事に間違いが正されたようでよかった。危うく戦闘できる令嬢が貴族の普通になるとこだった。そんな貴族の社交界は嫌すぎる。


「サンルテア家の方針が特殊なだけだからね。他の貴族の家は特訓とかしてないから」

「男の子もしないの?」

「しないところが殆どかな。上級貴族や騎士の家系ならある程度は習うけど、本格的に鍛練する家は限られているよ。多くが学園に入ってからと考えているんだろうね」

「そうなんだ。でもそんなにのんびりしていて、よくこんなに平和が保たれているね」


僕はにっこり笑って「そうだね。きっと王様や重鎮たちが優秀なんだろうね」と無難に返しておく。

不思議そうに曖昧に頷いて一応納得するリフィに、僕は不意に聞いてみたくなった。


「━━もし会えるのなら、リフィは王子殿下や貴族の方と会ってみたい?」

「え……っ!?」


物凄く嫌そうに顔を歪めたリフィーユ嬢。……君って商人の娘だったよね? 驚いたり、戸惑ったりするならわかるけど、その反応はおかしくない? それとも平民の女の子は王子様や貴公子に憧れないものなのかな。普通の令嬢と令息は即座に食いつくのに。

商売するなら上との繋がりを欲しがるのが普通だと思うよ。照れているわけでも恐縮しているわけでもなさそうだし。


「会いたくないの?」

「うん。出来れば一生。関わりたいとも思わないかな」

「……………」


一生会いたくないって…本気? ━━ああ、掛け値なしに本気の目だ。大丈夫、会わせないからそんなに嫌そうに怯えたように首を振らないで。


「……ケイは、殿下方と知り合いなの?」

「……一応、貴族だからそれなりに」

「仲がいい?」


本当は他の貴族よりよく会うし、側近候補の友人として選ばれたせいで一緒に学んだり、遊んだりもしているけど、言わないでおこう。ニコッと笑った。


「まさか。低い男爵家だから関わっても、挨拶程度だよ」

「それじゃあ、公爵家や侯爵家の騎士団長たちとも関わりない?」

「……少しはあるけど、多くはないかな」

「そっか。よかった~。ケイの家に遊びに行ってばったり会うのは嫌だから、もし仲良くて関わる機会があるのなら、ケイの家に行くことは一生ないかなって思っていたけど、大丈夫そうだね」


僕は曖昧に微笑んで流した。

嘘は言ってない。

関わってはいても、会うのは週一とか半月に一度だし。頻繁ではないよ。公爵子息のイナルとはそれより多く会うけど、彼は殆ど城で王子の側にいる。

登城の許可を貰っていても、僕は別に王子たちに会う気はないし、関わりたくないんだよね。重鎮たちはサンルテアを引き入れたいようだけど。……あ。僕もリフィと同じようなものか。


気になって会いたくない理由を聞くと、少し考え込んで、困ったように笑いながら、平民だから畏れ多いとか粗相しそうとか、拳を握って熱心に理由を並べ立て始めた。……うん、是が非でも会いたくない熱意は伝わってきたよ。そんなに力説しなくていいから、落ち着いてほしい。


時々これまでにもあったけど、これからはあまり殿下もイナルも侯爵家の騎士団長子息キースも、僕の家にはなるべく来ないでもらおう。

僕も会わせたくないし、鉢合わせさせないように徹底してスケジュールを組むけどね。

未だに会うのを回避したいと願望駄々漏れの従兄弟を眺めながら、リフィは本当に僕の知る令嬢たちと違って面白いなと、笑顔で見守った。


そこから話題を様々に変えながら、僕のしている特訓や魔法練習についても話した。話題はなかなか尽きなかった。

時折そよ風が吹いて、木陰に座って話す僕たちの髪を靡かせる。その風が心地よかった。


「リフィは魔法が得意なんだね。六属性を使えるなんて凄いよ」

「得意というか、特訓中なの。でもケイも使えるんだね。もしかして契約もしているの?」

「うん。でも火と闇が苦手でその二つはまだ契約してないから、仮契約の魔法だけ」


それなのに彼女は、無属性も持っている。これまでの歴史でも無属性持ちは稀有けうな存在だけど、他属性が殆ど使えず使えても一属性だけで魔力が少ない者が多い。だから、創造の力で造れるのは、どんなに大きくても掌サイズの物が限界だった。


想像して自分の望んだように何でも造れる力なのに、これまでの無属性持ちは蝋燭やコップ、指輪といった小さく簡単な物しか造れない。但し、いつまでも消えない炎、どんな攻撃でも衝撃でも割れない、身に付けている人を防護するといった効果が付与されているけど、その効能の持続は作者の込められた魔力量に比例する上に、ただでさえ少ない制作者の魔力が数日枯渇して、動けなくなる。

無属性といっても使い勝手のいいものではなかった。だが、リフィの魔力量は膨大だ。既に作ってみたいものがあるらしく、無属性を教えられる人間は滅多にいないから、自力で練習中とのことだった。


造ったらどうするのか聞いてみれば、嬉しそうな清々しい笑顔で「売る!」と返された。………ここはさすが商人の娘と感心するとこ? 商売への意欲はあるのに、殿下たちには一生関わりたくないのか…。

ただ無属性持ちは珍しく狙われやすいから、身元を隠すためにギルド登録して売るしかないとため息を吐いていた。自己防衛意識もあったので、安心した。


「リフィは契約しないの?」

「するよ。でもまだ喚べないの。他の上級精霊じゃ駄目だから、鋭意特訓中。一応、契約してなくても助けてくれる精霊はいるけど、それじゃ足りないの」


ん? ちょっと待って。上級精霊じゃ駄目って言った? それ以上って……精霊王しかいないよ?


隣を見ると決意を固めているリフィ。僕はぽかんと呆けた。


「……上級精霊じゃ足りないって」

「わたし、精霊王全員の力を借りたいの」

「一体どうして…?」

「欲しい未来のためだよ。どうしても譲れないの」


冗談……じゃないみたい。怖いくらいに真剣な表情。思い詰めたというよりは、追い詰められたような感じで強く拳を握っていた。彼女の欲しい未来って一体なんだろう。


「未来のために、精霊王を…?」

「そう。今は血筋的に相性がいい土の精霊王の召喚を目指しているんだけどね、まだ喚べないの。何とかあと一週間で喚び出さなくちゃ」

「一週間で!? それは伯母様からの課題なの?」

「違うけど、それが自分で決めた期限なの」


驚く僕にリフィは焦りを滲ませた顔で、それを抑え込むように更に強く拳に力を込めた。

無茶だと言いそうになったけど、それは本人が一番よくわかっているようだった。星色の瞳には、運を呼び込むような諦めない強い光が宿っている。━━何かしてあげたいと思った。


「……よくわからないけど、僕でよければ手伝うよ」

「ありがとう!」


さっきの張り詰めた様子が和らいだ従兄弟に、僕はほっとした。笑顔のリフィは本当に鮮やかな花が咲いたみたいに、周囲の雰囲気を明るくする。


それから僕たちは、魔法の練習を始めた。

リフィと中級精霊以上と契約した際に使える六属性の魔法を訓練する。後で知ったけど、契約はしていなくても力を貸してくれる精霊がいるから使えるらしい。

そうして大きな魔法と自分の魔力の操作に慣れて、精霊王召喚に必要な力の扱い方にも慣れるようにする練習だ。

緻密なコントロールと集中力が必要で、少し気を抜くと、自分にも周りにも被害が及ぶ。


実際にリフィの制御が甘くて炎で辺りを燃やしかけたり、林の木々を苅りかけたり、プチ洪水を起こしかけたり、闇で辺りを覆い尽くしかけ、土砂崩れになりかけた。

その度に僕ができる最大限でフォローした。リフィもすぐに立て直したから大惨事にはならなかった。

青ざめた顔でリフィが魔法の力を怖がったのはわかったけど、時間がないから強引に作業に集中させて慣れさせた。他を傷つけるのが怖いのなら、しっかり丁寧に魔力を操るしかない。


ある程度コツを掴んで慣れたら、基礎の仮契約魔法の練習。

僕が見る限り発動に時間がかかりすぎていた。それじゃ咄嗟の時に使えず、あっさり手練れの誘拐犯やら変質者やらに捕まるからね。

息をするように、意のままに仮契約魔法を使えたら、上級魔法の制御も上達するからやっていて損はないはず。

上級魔法の制御と仮契約魔法の発動速度と威力は、まだ僕も練習中のため偉そうに言えないけど。


リフィの飲み込みは早かった。

鬼気迫る集中力で、一時間近く通して少しずつ物にしていく。額から汗を流して、肩で息を切らしていても止めない。夏場で暑いからと休憩を奨めても「もう少し」と粘った。


五歳の女の子の体力と集中力で、いくら鍛えていて魔力量が桁違いでも、大の男でもバテる魔法の練習量。それを彼女はまだやっている。

何がそこまでリフィを駆り立てているのかわからないけど、本気なのは伝わった。

さすがにふらついたときは無理矢理休憩させたものの、すぐに土の精霊王を喚んでみると気炎をあげていた。どうしてそこまでして求めるのだろうか。知りたいと思った。


休憩後、早速リフィは召喚を開始した。

彼女の魔力がどんどん高まり集約されていく。文言を唱えて喚びかけると、ふいに巨大な大地の力の気配がした。


その次の瞬間。

目の前の空間を見つめると、ボンっ、と音がして現れたのは━━狼に似た灰白色の子犬だった。


「…………」


無言で子犬を見つめる僕とリフィ。……これは何て声をかけたらいいんだろう…。強い力を感じるから、この見た目でも王に近い上級精霊なのは間違いない。


丸まっている子犬が、鬱陶しそうに緑の目でリフィを鋭く睨んで唸った。子犬を見て悩む従兄弟を見守りながら、僕も彼女がどう対応するのか見てみたかったので、黙っていた。


「おいで、ポチ」

「誰がポチだ!!」


リフィが両手を広げて呼ぶと、子犬に怒られた。……そりゃ怒ると思う。僕は苦笑した。まさか上級精霊をポチと呼ぶとは…リフィといると飽きないな。他の人なら恐れ敬っているよ。

そのリフィは威嚇する小さな獣を前に当惑した顔になる。


恐らく怪我をしているのか、動きがぎこちない子犬にシャンパンゴールドの瞳が熱く向けられていて、少しずつ距離を縮めるけど、その度に子犬が鼻の頭に皺を寄せ、鋭い歯を剥き出して警戒していた。リフィが手を伸ばそうとしては、堪えるようにやめてを繰り返す。


「………おい、お前がオレ様を召喚したのか?」

「え?」

「や。そこで不思議そうな顔しないで、リフィ。そうだよ、この子が召喚者のリフィーユ・ムーンローザ。本当は地の精霊王を召喚する予定だったんだけど」


見かねて口を挟んだ。触りたくて前のめりだった彼女の肩を掴んで戻すと、子犬がほっとした。怯えさせたリフィがしまった、という顔で落ち込む。


「君は地の精霊…で合ってる? その隠してる後ろ足、怪我してるみたいだけど、治そうか?」

「いや、いい。精霊界で休めば治る。それで地の精霊たるオレ様を喚んだ用件を聞いてやるから、さっさと言え」


とりあえず、気になったことを聞いて話していると、子犬を見つめたリフィがぽそりと小さな声で呟いた。

物凄く偉そう。見た目こんなに可愛いのに…、と。

僕にも地の精霊にも聞こえているけど…無意識かな?


「可愛いってなんだ! カッコいいだろ!? それとオレ様は偉そうじゃなくて偉いんだ!」

「うわー、自分で言っちゃったよ。子犬で可愛いからまだ許せるけど、これで大きかったら━━それもまたよし!! もふもふなら愛でられるね!」


ぐっと親指を立てるリフィ。可愛い可愛いと連呼し、全くこたえた様子のない彼女に、怒った精霊の方が理解しがたいものを見るように困惑していた。


「お前さっきから失礼な奴だな!?」

「はっ、口に出てた!」

「駄々漏れだったからな? 今さら手で口塞いでも遅いぞ!」


その一言で、リフィは観念したように真顔になる。


「撫で回したいので、触らせてください!」

「はっ?」

「もふもふ触りたい」

「何の宣言だよ!? 普通になんか嫌だ。断る!」

「え、でもさっき願い事を言えって」

「どんだけ都合よく聞き間違えた!? 用件を言えって言っただけだ。土地を豊かにしてほしいとか、難しいけど咲かせたい花があるとか、オレ様の力を貸してほしいとかあるだろ」

「いや、別にそれは望んでないから、用件はないかな」

「じゃあ何で召喚したんだよ!?」


至極もっともな精霊の主張に、召喚したリフィも困り顔。僕はテンポよく繰り出されるやり取りに唖然として会話を聞いていたけど、空気を壊しちゃいけないと俯いて笑いをこらえた。


地の精霊王を喚んだはずが失敗したのか間違えて召喚したと、正直に話して意気消沈するリフィを子犬が胡散臭げに見る。

何故、精霊王を喚ぶのかという問いかけに、リフィは真面目な顔で「望む未来のために力を借りたいの」と返す。

静かに込められた言葉の強さに、いかに真剣なのかが伝わってきた。


間違って召喚したことを詫びて、子犬の前にちょこんとしゃがんだリフィが右手を精霊の後ろ足に翳し、強めの癒しの光で治療した。子犬の頭を撫でて離れたリフィは、ばいばいと手を振ったものの名残惜しそうだった。

てっきりすぐ異界に戻ると思っていた子犬姿の精霊が、座り直してリフィを見上げる。


「……未来のためってなんだ?」

「あ、それ、僕も気になってた。リフィは何を望んでいるの?」


渡りに船と精霊の質問に僕も便乗した。リフィがどう答えたものか困ったように思案するのを見つめて、返答を待つ。


「世界平和ではないけど、わたしの家族とか友達とか大切な人が笑っていられるように、かな」


曖昧にぼかしたけど、嘘ではないようだ。切実に求めている。━━その理由は解らないけれど。


リフィが何か隠すように、異界に戻らないのかと精霊に話を戻すと、ぎくりと子犬が強ばり僅かに目を逸らした。

僕もリフィもまさか…と思いつつ声をかけたら、予感は的中した。


この精霊はこちらの世界に召喚されたのは初めてで、「帰り方がわからない! そもそもまだ来られないはずなのに、何で喚べた!?」と涙目で睨まれて、困った。

リフィが、地の上級精霊ノームを喚んで帰り方を教えてもらおうと提案した。

リフィもノームを知っているんだね。でもあれ? 契約はどの精霊ともしていないと言っていたのに。そういえばさっきの魔法練習のときも、中級精霊以上との契約で使える魔法を自然にこなしていた。不思議に思っているとリフィが教えてくれた。


契約はしていないけど、喚んだらいつでも力を貸すと言ってくれた精霊のお陰で力を使えるらしい。確かにそう言っていた。

その協力を申し出た気前のいい精霊の名前をあげる従兄弟は気づいていないけど、聞いていた僕は錚錚そうそうたるメンバーに遠い目になった。━━全員、精霊王の側近とされる音に聞こえし上級精霊だ。それも一番気紛れな風の精霊まで。


確かにサンルテアは建国以前から土と風の精霊王と契約していて、初代王の魔物討伐に力を貸した立役者だから、血筋的に土と風属性と相性がいいけどね。

僕もこの二つの属性は得意だ。尤も、祖父はどちらかというと土属性、父と僕は風属性の方が扱いやすいのだけれど。

因みに男爵位なのは、表で政治に関わるのが面倒だったから。その理由は今に至るまで継続中で、ドラヴェイ伯爵位は二百年前に無理矢理王様たちに引き受けさせられた。


そんな裏事情は伯母様が教えるだろうと判断して、各精霊王側近の上級精霊だと僕が指摘すると、リフィは口をあんぐり開けて固まった。やっぱり知らなかったみたい。予想通りの反応に苦笑して、衝撃を受けた従兄弟の頭をよしよしと撫でた。


「ノームはイヤだ! 他の属性の精霊も喚ぶな!」とリフィの提案に反対する子犬姿の土精霊。噛みつかんばかりにリフィにも責任があると主張すると、彼女の瞳がきらきら輝いた。

自分の家で飼う…世話をすると大歓迎したのだ。

恨めしげな視線も何のその。願望駄々漏れのままに「お風呂に入れて、体洗って、もふもふふわふわにして、一緒に寝る」と嬉しそうだ。喜ぶのはいいけど正面を見てみようか、リフィ。


土精霊の緑の目が据わっている。それから何かイイコトを思いついたように、犬歯を見せてニヤリと笑った。

曰く。

「土の精霊王となら一緒に帰ってもいい」と。


その意地悪なトンデモ内容は効果覿面で、だいぶ痛い点を突かれたリフィが絶句した。この勝負は子犬の勝ちかな。


リフィが不穏な気配を漂わせてにじり寄れば、何かを感じたのか、子犬が警戒した。バチバチと睨み合いの火花が散る。

僕は子犬の提案に乗ることにした。


「それじゃ、リフィ。精霊王を喚んでみようか」

「はへ?」


にっこり笑う僕に、呆けるリフィ。残念、幻聴じゃないよ。


「だからね、地の精霊王をもう一回喚んでみようかって」

「空耳じゃなかった!!」

「冗談じゃなく、本気だよ」

「何で? どうして!? わたしまだ喚べないよっ? 百回は試したのに、さっきも失敗してますよ?」

「じゃあ次こそは成功させなきゃね。リフィのどうしても譲れない未来のためにも」

「━━!!」


慌てふためいて断固拒否する従兄弟の逃げ道を、やんわり塞いだ。……ちょっと意地悪だったかな。

沈黙して葛藤するリフィを見つめる。

迷っていたけど、リフィが覚悟を決めたように盛大に息を吐いた。その様子に僕は笑みを深めて、助け船を出す。


「心配しないで。一人でじゃなく、僕とやろう。今回は契約の為じゃなくて呼び出すだけだから、二人で力を合わせよう。そうすれば、出来ると思うんだ」


その説明で、従兄弟は諒解したようだ。

リフィが求める契約の時は一人で召喚する必要があるが、聞きたいことがあったり、力を貸すようお願いするだけなら、一人でなくてもいい。過去にも何度か、数人の魔法使いがその時々で必要な精霊王を召喚した事例が残っていた。


僕が主導して魔力操作と召喚と波長を合わせるから、リフィには全力で魔力を放出してもらう。きっとこれも彼女のいい経験になる。僕も初めてだから少し楽しみだ。


笑顔で提案したら、何故かリフィががっくりと項垂れた。微かに唇が動く。……負けた。いつか女装させてみたい可愛さに。

………。

今の声なき呟きは聞かなかったことにしよう。


物騒な考えをやめて意識を集中してもらうために、手を繋いで笑いかける。リフィが観念した。

無理矢理でもやる気を出す彼女に、指示を出す。

それに従ったリフィに、僕も集中した。


呼吸を整えたリフィが目を閉じて自分の魔力を感じとり、手を繋いだ僕に渡すというか、ありったけの魔力を注いでくる。

隣から視線を感じたけど、返す余裕はなかった。

彼女の魔力を受け取った僕は、お互いの魔力をきっちり重ね合わせて制御した。額に汗が浮かぶ。

あまりの凄い魔力に物理的に体に圧力がかかった。その濃い魔力を一点に集めて、更に凝縮していく。


手応えを感じると、盛大に土煙が上がった。

リフィの手をしっかり握り締めて、守るように抱き寄せる。

そっと目を開けると、晴れた視界の先に巨漢の老人がいた。

いわおのようにがっちりした体躯に、褐色の肌。真っ白な髪と髭は長く、地面についている。巨木のようにどっしりと構えていて、緑の目は穏やかで慈愛に満ちていた。


対峙してわかる。

間違いなく、悠久なる大地を統べる偉大な王。地の精霊王だ。

会ったことのある上級精霊とは、一線も二線も画す圧倒的な存在感と濃厚な自然の魔力。重々しく口が開かれた。


「わしを喚んだのはそなたらか。これは何とも珍しい。だがな人の子よ、すまんが今は取り込み中で出来れば━━」

「じーさん」


精霊王が驚いたように子犬を見た。それから足下にいた土精霊を抱き上げて、安心したように笑う。僕もリフィも面食らって、親しげに会話する二人を見ていた。


「探したぞ。怪我をしておったのに、いつの間にかいなくなって肝が冷えた」

「悪かった。でも召喚されたんだ。仕方ねーだろ」

「ほ? 召喚とな。あの強力な守護魔法の中から一体誰がどうやって…」

「そこの小娘だ。リフィーユ・ムーンローザがじーさんを喚んで、何故かオレが召喚された」

「……ムーンローザ? その割にはサンルテアの血筋の力が感じられる」


地の精霊王がリフィをじっと見つめた。それを見て、やっぱりそういうこともわかるのかと、僕は内心で吐息した。

緊張した様子のリフィの手に少し力を込めると、彼女は思い出したように呼吸した。

僕は血が繋がっていないことを知られる覚悟を決めた。


「初めまして、地の精霊王。私はケイトス・サンルテアです。今回、あなたを隣にいるリフィーユと共に召喚しました」


それから掻い摘まんで今回のあらましを語り、地の精霊王が「なるほど」と頷く。


「ふむ。事情はあいわかった。こやつが世話になったな。礼を言う。それにしても、そなたらのような子供に召喚されるとは、面白いな。こちらに喚ばれるのも、実に久方ぶり。ケイトス、リフィーユ、わしと契約するか?」


突然の申し出に、僕もリフィも呆然とした。

渇望していた隣の従兄弟を見ると、魅力的な申し出にぐらぐら揺れているのがわかった。それと同時に、怯えるように小刻みに震えていた。

強く手を握ると、リフィが目を閉じて唇を噛んだ。

開かれた目に迷いはなく、あるのは強い覚悟だけ。

澄んだ星色の瞳が真っ直ぐに、偉大な地の精霊王を射ぬいた。


「━━大変ありがたい申し出で栄誉な事ですが、辞退させていただきます」

「ほう。何故かな?」

「今回、あなたを召喚したのはケイトスです。わたしではありません」


きっぱり断言したリフィ。何を言いたいのかはわかった。確かに召喚は殆ど僕がこなした。……でも、本当にそれでいいの?


「リフィ」

「おいお前、それでいいのかよ」


リフィが強く拳を握りしめた。悔しがっている。是が非でも欲しいと思っている。その一方で、今の自分が実力不足なのも痛感しているようだった。僕は冷静な従兄弟に嬉しくなった。リフィは落ち込むどころか、諦めないって顔をしていたから。


「実力が伴ってから、改めて召喚したいと思います。その時は契約してください」

「それで良いのか? 何やら望みがあるのだろう」

「ありますけど、わたしに実力がなければ最悪の結果を引き起こす可能性もあるので。それはわたしの望むことではありませんから」


リフィが真っ直ぐ王の目を見返すと、精霊王が楽しそうに笑った。


「ではそなたに喚ばれるのを楽しみに待つとしよう。ケイトス・サンルテア、お主と契約しよう」


精霊王から力の一部が譲渡される。それを受け取り、僕の魔力を相手に渡せば、契約終了。いつどこにいても力を借りて、必要なら召喚できる。

土の精霊王が面白そうに僕を見てきた。


「それにしても、確かにそなたもサンルテアの血ではあるが、濃いのはやはりリフィーユだな。まぁ直系の娘の子供と一族分家の養子の子供だからか当然かの」


悪気のない精霊王の言葉にリフィが戸惑ったように、ぎこちなく僕を見た。…あーあ、知られちゃった。

僕は困ったように微笑んだ。これも初耳らしく、血の繋がらない従兄弟は戸惑っていた。━━リフィはどうするのかな。憐れむように僕を見る? 卑しい血筋とバカにして嫌悪する? サンルテアを掠め取ったと軽蔑する?

そんなことを考えて、嫌だと訴える気持ちを無視して、気づかないうちに俯いていたら、声がした。

力強い綺麗な声だった。


「関係ありません。わたしはムーンローザ家の者です。それにケイは自分の実力であなたを喚んだんです。わたしが出来ないことをやってのけたんです」


繋がれたままだった手に力が込められて、僕は驚いた。じわりと嬉しさが広がって握り返す。

精霊王があっさりと頷いた。


「ふむ。そうじゃな。それではリフィーユ、喚ばれるのを楽しみに待っているぞ」


帰るのだろうと、リフィと二人で見送る。━━すると。

ひょいと地の精霊王の腕から子犬が抜け出してきた。飛び降りてきた精霊を、リフィが慌てて抱きとめる。

その際によろけて体が傾いて、僕は後ろから抱きとめるように支えた。……転ばなくてよかった。ほっとして、解放する。


「じーさん、オレここに残る。こいつがじーさん喚べずに泣きべそ掻くところを見たいからな」


ニヤリと不適に笑う子犬と、悔しそうにしながらも可愛いとふわふわの毛並みの感触を楽しむリフィ。

自分の毛並みの良さをわかっているのか、子犬はふさふさの尻尾で抱えるリフィの腕をぺしぺし叩いて挑発した。

ハラハラしながら見守ってい……あぁ大丈夫、じゃなかった…。まぁいいかな。リフィが楽しそうだし。助けを求める目があった気がしたけど、きっと気のせいだね。


我慢の限界を越えたリフィがぎゅうぎゅう子犬を抱き締めて、ふわふわの背中と後頭部に頬ずりした。

「ぐえっ、ちょっ、待った」なんて声がして、腕を叩く尻尾の勢いが強くなっても、全く気にした様子のない従兄弟は、「もっふもふ~」と謎の声を発しながら、堪能している。


頬をだらしなく緩めて満足したリフィはほくほく顔。周りは、吹き出して笑う地の精霊王と、それを恨めしげに見て小さく唸るぐったりした子犬。僕は満足そうな従兄弟に「よかったね」と声をかけて頭を撫でた。


「じーさん、オレやっぱり帰……ぐえっ! やめろ、潰れる!」

「では、わしはこれで帰るよ。ケイトス、お主に大地の祝福があらんことを。リフィーユ、また会えるのを楽しみにしておる」


地の精霊王が去り、子犬は疲れたように項垂れた。子犬を抱えたリフィは物凄く上機嫌。可愛いなぁ。


「お母様や皆に紹介しなくちゃ。これからよろしくね、えーと」

「好きに呼べ。ただし、ポチとシロは受け付けねぇ!」

「えぇっ、好きに呼べって言ったのに! 名前教えてくれないのに、酷くない?」

「お前のオレ様に対する扱いの方が酷いわ!!」

「どこが? 普通だよ。はわぁ、もふもふ…」


再度頬擦りしようとしたリフィから、ひょいと土精霊を取り上げた。子犬に助かったと感謝の目を向けられる。さすがに二回も助けを求められて無視するほど酷くないよ。

リフィが少し不満げに僕を見てきたので、思わず微苦笑して諭した。


「程々にしないと嫌われて逃げられちゃうよ。それと仮の名前としてアッシュはどう?」

「ん、それでいい。ケイはリフィよりもセンスあるな」

「わたしへの態度の方が酷いと思う! でも、アッシュか。うん、これからよろしくね。アッシュ」


可憐な従兄弟がにっこり笑うと、まだ名前に慣れないのか、アッシュが照れたように目を逸らした。


それからは、伯母様や父、館の使用人たちにアッシュを紹介して、三人で庭で遊んだり、街に出たりした。そこで知り合った街の子供たちと一緒に鬼ごっこや隠れんぼをして遊んで、帰った。



・*・*・*



日が暮れて、僅かに山の端の空が赤く染まっていた。それでもまだまだ日が長い方だ。

その日の帰り道、従兄弟と会ってから色々あったことを詳細に馬車の中でお父様に話して、また明日も遊ぶ約束をしたことを告げる。

お父様は終始、笑いながら「よかったな」と頭を撫でてくれた。

僕は素直に頷く。

明日が楽しみなんて、初めてだった。



屋敷に帰ると、クーガが出迎えてくれた。

「夕食のご用意が間もなく整います」と、ジャックのように一分の隙もない立ち姿で頭を下げた。

「ただいま」と笑顔を返すと、クーガが茶色の目を見開いた。


「部屋で本を読んでいるから、出来たら呼んで」

「畏まりました」


僕は早速自室に向かって階段を上り、紅茶が欲しい気がしてクーガに頼もうと来た道を戻った。すると、お父様とクーガの話し声がした。何となく出ていきづらくて、そっと息を潜める。


「シェルシー様はお元気でしたか?」

「ああ、とてもね。娘のお陰で生き生きしていたよ。ジャックもメイリンも元気だった。三人とも笑っているのはリフィーユがいるからだな。ジャックに至っては溺愛していた。あれは見物だったな」


昼間の慌てふためいて相好を崩すジャックを思い出したのか、父は声を出して笑っていた。

想像がつかないとクーガは不思議そうだ。


「ジャックさんが、ですか?」

「ああ。リフィーユ・ムーンローザ。五歳でまだ習って間もない魔法を学園の生徒より使いこなせる綺麗な娘だった。シェルシー姉様以上に、社交界の注目の華となりそうだったよ」

「それは将来が楽しみでございますね」

「そうだな。姉様の指導で振る舞いも完璧な愛らしい少女で、メイリンと二人で鍛えているらしい」


クーガが驚いた。

父はその表情に満足したらしく、悪戯っ子のような笑みを浮かべた。


「それはまた…サンルテアの姫らしいですね」

「そうだな。昔のシェルシー姉様を思い出す気性だったよ。主として堂々とジャックを背に庇っていた」

「それはまた。随分と素敵なお嬢様ですね。その上、ケイトス様もとても楽しそうで、作り笑いではないあのように年相応に笑う姿を久方ぶりに拝見しました」


ほっとしたようにクーガが笑う。……僕が生まれたときからの付き合いの彼は騙せていなかったみたいだ。心配しながらも見守ってくれたクーガの心遣いに感謝した。



翌日、朝の鍛練を終えて課題をこなした僕は、昨日と同じく少し早めに昼食をとって屋敷を後にした。

向かうのは従兄弟のリフィの家。

今日もリフィと魔法の練習をして、昨日知り合った彼女の友人たちと街で遊ぶ予定だ。父は仕事でいない。

僕は一人で意気揚々と馬車に乗り込んだ。




ここまでお付き合い下さり、ありがとうございました。

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