表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/65

46, 15才 ①

誤植を直しました。

内容に変更ありません。




***・・・***(ケイ)



 僕が入学してから二年、リフィが入学してから一年が過ぎた。

 四月に新入生が入って来て一月ひとつきが経ち、そろそろ学園にも慣れてきた五月晴れの日。

 僕は青空を見上げて、深く息を吐いた。


「おれを見るなり、溜め息を吐くなんて失礼ですよ、ケイトス先輩」

「ニヤニヤしながら側に来るな、ハイド。ていうか、何でほぼ毎日、僕の所に来るんだ。新入生は新入生同士で仲良く基礎から精霊魔法でも学びなよ」


 土の精霊と契約したハイドはこれ迄、想像力と天性の勘と戦闘センスで魔法を使いこなしていた。けれど、精霊についても契約についても曖昧で知らない事の方が多い素人同然。

 隣国から客人が来るとスピネルに聞いて、まさかと嫌な予感はしていた。


 一から、精霊と魔法について学ばせてやって欲しい、と隣国に頼まれて引き受けた陛下達。何か困った事や不慣れな学園生活をサポートする役として、王子同士ではなく、交流のある僕が名指しされた。


 基礎から学ぶので、ハイドが受ける授業も、通う教室も新入生と同じ。

 今年十八歳になるハイドは、僕やリフィの後輩になった。新入生必須の基礎科目は受けるものの、それ以外は特例で自由に教室を覗いていいらしい。

 図書室で昼寝をしたり、僕と同じ授業に潜り込んだり、学園内をふらふらしてみたり、自由に過ごしていた。


「所で、リフィーユは何処にいるんだ? 同じ学園にいるって聞いたぞ。入学してから一ヶ月、あいつが優秀で飛び級した可能性も考えて、全学年の貴族クラスを見てみたが、何処にもいなかったぜ?」

「そんな事をしていたんだ…」


 僕は呆れたけど、ハイドは笑って揺らがない。その様子に、強くなったと感慨深く思った。

 約一年前、七年振りにリフィに再会したハイドは、感極まって抱きついた結果。僕に蹴られ、リフィに「無理」と拒否され、周囲が僕達二人を婚約者だと認識している事を知った。


 衝撃を受けて去ったのに、その一ヶ月後には何食わぬ顔で、毎年恒例の通り、サンルテア領に遊びに来た。「リフィーユはいないのか」と言って。

 もう再会したんだから会ってくれてもいいだろ、と不満を言いつつ、いつも通り過ごして帰国した。


 滞在中、あまりに平素と変わりないので、僕を恨んでいないのかと尋ねた。

 ハイドは憂いのある表情に、苦味を覗かせた。

 僕の気持ちは知っていたし、何処かでリフィの相手は僕だろうと思っていたから、悔しいけれど認めていると不貞腐れた顔で返された。


『…まだ決定じゃないんだろ。それなら、これから』

『無いね』

『少しくらい希望を持たせろよ! もしかしたら大逆転が』

『絶対ないよ』

『本当にイイ性格してるよな!』

『どうもありがとう』

『誉めてねぇ』


 ハイドが項垂れて、吐息した。真剣に僕を見てくる。


『おれがリフィーユに拒絶されたのは、仕方ないと思ってる。あの時、お前を犠牲にした事、おれも自分が赦せねぇし、リフィーユが簡単に赦すと思ってねぇ。それだけケイが大切だって事だからな。おれの身分を知っても、こんなに強くイイ男になったのに靡かないのも複雑だが、そんな所も変わってなくて安心した』

『そう』

『油断するなよ、ケイ。今回はお前だから退いたが、他の奴に奪われるなら、おれが貰っていくぞ』

『それは無いよ』

『っぅぐ…。……今はリフィーユからの返事待ちだったな…。振られたら、慰めてやる』


 ニヤリと笑うハイドに、僕は「必要ない」と国に追い返した。別れ際にハイドが「面白そうだから、近くで見守ってやるよ」と笑っていたのが不思議だったけど、今年の春に入学してくる事を知り、そういう意味かと納得した。

 面倒を看る事になるかなと、リフィが知ったら全力で逃げそうと思いながら。


 僕は一つ嘆息した。

 去年の秋にハイドが来た時、リフィに思いを告げた事をハイドと両親にだけは話していた。

 尚早だったかもしれないけれど、リフィに自分の気持ちを伝えたくなったから仕方ない。

 リフィは面食らったようで、首を傾げながら「ありがとう…? 私もケイの事が好きで大切だよ」と笑顔で返してくれた。


 やっぱりそう返してきた、と予想内の返事だった。だから、はっきりと告げた。異性として好意を持っている事を。

 無理強いはしないけれど、本当に婚約者になって欲しい、と真摯に伝えた。


 息を飲んだリフィが目を丸くしながら、「え、本当に?」と無言で確認するように自分を指さしたので、僕は頷いた。

 理解不能な事を言われたように、数分間、リフィが考え込んで、唸って空を見て、腕を組んで下を向いて、ハッとした。


「ケイ、熱はない? 吐き気とか目眩とか、ぶっちゃけ頭は大丈夫? 正気なの?」


 ――何故か頭を心配された。

 仮にも好意を伝えた相手が、おかしいみたいに言わないでよ。


「僕は健康だし、正気だよ。真面目に話しているから、はぐらかさないでリフィ。今迄にも沢山…真剣に告白……」

「されたのは片手で足りるくらいだね。大抵は問答無用で誘拐する変態ばかりだったから」


 確かに…。

 カルドやサイラスも思いを伝えていないというか、伝えなくてもこれ迄通りでいいかという雰囲気だ。

 何も言えなくて、その話題を無かった事にした。


「……兎に角、僕の気持ちも言葉も本気だよ。だから、答えを出して欲しい。どんな結論でも受け入れるよ」


 リフィが戸惑うような困った顔をした。


「僕は、君がいい。立派な血筋の貴族の令嬢達じゃなくて、リフィを選んだ。だから、自分が貴族に相応しくないとか、僕の立場とか、そういうのは考えなくていいよ。社交だって出たくなければ、出なくていい。これ迄通り、好きに過ごしてくれて構わないよ。両親やサンルテアの皆は賛同しているから」

「……」

「リフィ?」

「……」


 蒼白い顔でふらつく、リフィ。頬を引っ張って「夢じゃない」とか、「面倒な社交無し、三食昼寝つきで左団扇生活って素敵…」と虚な表情をして口元だけで笑い、「いやいや無理」と頭を抱えた。そうして、悩んで出された答えが。


「……暫く考えさせて下さい」

「暫くってどれくらい?」


 考えたいと言うのは、予想の範囲内だと思っていたら。


「――さん、二年くらいで」

「長いから!」


 反射的に突っ込みを入れてしまった。

 真面目な顔で冗だ……本気、なんだ…。余計に質が悪い。二年って、しかも実は三年って言いかけたよね!?

 返事をそんなに待たされるって結構きついよ?


「ぇ、それなら…えと、一年半くらい?」

「それも微妙」

「じゃ、負けて一年くらいで」


 値切りの交渉のように言わない。

 そして何故か、僕が無茶を言って困らせているような雰囲気が、少し腹立たしい。

 無言でリフィを見ていたら。徐々に眉尻が下がり、情けない顔になっていく。


「私も混乱しているんだよ。ケイも私も、冷静になる時間が必要だと思うの。その間に気が変わると言うか、私に幻滅する可能性や、別の良縁がケイにあるかもしれないでしょ」

「一年の間に、君がすっかりこの事を忘れる可能性は?」

「無いよ。真剣に考えるからもう少し待って」


 僕は星色の目を見つめて、嘆息した。……僕が折れるべきなんだと思う。


「散々、君の残念ぶりを見てきても変わらなかったから、僕の気持ちは変わらないよ」

「その通りだけど、何で少し貶されたの!?」


 一年も待たされる意趣返しだと思って諦めて。

 まぁ、一年も真剣に悩んでくれるなら………絶対、途中で忘れてそうだよね…。

 疑わしげな視線を向けたら、リフィの肩が警戒するように跳ねた。それから、おずおずと申し出てきた。


「ちゃんと考えるよ。ただ、それまでは……今迄通りでいい?」


 僕としては願ってもない申し出だった。少し距離を置かれる事も覚悟していたから。

 そんな取り決めがあってから、三ヶ月が過ぎ、半年が経ち、弟ユリアスの三歳の誕生日を迎え、約束の期限まで三ヶ月を切った。

 たまに考えているか疑わしい時があるけれど、それはそれ。

 甘やかしてみたり、人前で特別扱いしてみたり、不意打ち気味に「好きだよ」と伝えて、約束を思い出させて、意識させるようにした。


 そんな日々の合間に、アッシュは勿論、カルドやサイラス、マルコやサリーにも、リフィに告白した事を伝えた。

 アッシュは「お前も物好きだな。まぁ、アレを制御出来るのはお前くらいだろうから、頑張れよ」と、励まされた。

 カルドは驚いたものの、「……そっか…」と頷いた。「何か悲しいような悔しいような気はすっけど、少し、スッキリした」と、痛そうに胸を押さえながら、小さく笑った。


 サイラスは僕の話を聞くなり硬直して、倒れた。サイラスが、マルコに呼ばれた家の使用人に運ばれていく。気絶した主の姿にマルコは呆れた吐息を一つ。

 それから僕を真剣に見てきて、「……大切にしろよ。お前なら大丈夫だと思うが、もし蔑ろにするなら、オレらが貰うからな」と宣言された。


 僕は微笑んで、流した。……サイラスは兎も角、マルコまで…。幼馴染みから人気というか、憧れられているね、リフィ…。

 サリーの方は、僕の話を聞いて、とても嬉しそうにしていた。ただ、リフィの意思がはっきりするまでは、弟のサレムには絶対に内緒と釘を刺された。


「なぁケイ、おれの話を聞いてるか?」

「あ、ごめん。何?」


 今日まで長かったと感慨深く思っていた為、隣にいる王子の存在を忘れていた。


「だから、リフィーユは何処にいるって聞いてるんだ。これだけ探しても見つからないなんて、絶対お前達が何かしてるからだろ」

「僕は何もしてないよ。強いて言うなら、君が探す場所を間違えている可能性はない?」


 ハイドが難しい顔で考え込んだ。

 別に嘘は言っていない。リフィに関する学園の事で、僕は頼まれた時以外、手を貸していない。ハイドが来た事は伝えたけど、既に噂を耳にしていたリフィは、益々、貴族のいるクラスに近寄らなくなっただけ。

 必修の基礎科目は殆ど一年時に終わらせた為、平民クラスの登校も週に一、二度で、試験だけはきちんとこなしていた。


 さて、ハイドはリフィが貴族クラスにいないって、いつ気付くかな。

 初めて会った時に、平民だからって遠い友達認定された事をすっかり忘れているようだ。気付いても変装したリフィを見つけられなければ、意味がないけど。


 次の講義は自習になったから、図書館にでも行こうかな。運が良ければ、滅多に校舎にはいないリフィに会える可能性が高い。

 特に、生徒がよく通う新しい第二、第三図書館ではなく、古い文献が多数残された第一図書館は、たまに先生が来る程度で殆ど人がいない穴場だ。

 リフィなんて司書のご老人と、茶飲み友達になっている。


 問題はハイドをどうやって撒くか。

 僕が出し抜く計画を立てていると。

「それにしてもお前は、よく我慢してるよな」と、ハイドが急に、感心したように言ってきた。


「おれなら一年も返事を待ってらんねぇ。きっと不安で毎日のように押し掛けて、返事を催促して、よそ見しないように、他に取られないように、おれだけを見るよう付きまとってるかもなぁ」

「……そう」


 実際にやりそうだと思っていても、容易に想像がついたとしても、今は友人の優しさで、口にしないでおいた。

 別に僕だって不安がない訳じゃない。考えても不毛で、悪い予想しか出てこないから、放棄しただけだ。

 ある程度の外堀を埋めて、準備が整っていても、リフィを思うと――胃が痛くなりそうだったから。

 ドキドキではなくて、キリキリとした確実な痛みを与えてくる所が、リフィらしいよね…。


 そんなリフィの答えを今から考えると、不安で仕方がない。どんな答えをくれるんだろう。予想外の答えを出されたらどうしよう。女友達を連れてきて、好きな人が出来たのとか言われたら…。

 いや或は珍獣を捕まえて、この子と一緒に生きてくとか、ユリアスがいるからとか、言われたら…。なんて、思いながら嘆息すると、離れた二階の渡り廊下を駆けていくリフィを見つけた。変装ではなく、本来の姿で。


 隣から「あ!」と声がしたので、ハイドも気付いたらしい。舌打ちしそうになるのを堪えた。

 駆け出そうとするハイドの腕を掴むと、リフィの後を茶褐色の髪の第二王子ブレイブが、その後をキース、スピネル、イナルが駆けて追いかけていた。

 ……一体、どういう状況…?


 自然と溜め息が零れた。

 隣のハイドから「鬼ごっこ…?」とアホな呟きが届く。

 その一言で、九年前を思い出した。あの時も、バカ王子が追いかけ回していたから。


 ……本当にリフィは、毎回、何かしらの問題事を起こしてくれるよね?

 ハイドが僕から一歩、離れた。

 僕は殺気立つのを抑えて、苛立ちを吐息と共に吐き出した。

 考えても状況が読めないから、取り敢えず父と陛下に伝言を風魔法で送り、「ややこしくなるから、ハイドは動かないように」と言って僕も駆け出す。


 兎に角、緊急事態なのは間違いない。

 大概の事は大丈夫だと解っているけれど、今年から、リフィには枷が増えた。

 国や王家に敵対しない、という約束の下、陛下達を不安にさせない為に、改良された魔力封じが付けられた。契約書だけでは、リフィがいつ牙を剥くか解らないと、不安が拭えなかったらしい。


 だから今、リフィには腕輪型の魔力封じの枷が二つある。

 その二つで九割の力を封じられていた。勿論、緊急時や『影』の仕事の時は、枷を外しているけれど、外せるのは事情を知る陛下方六人と父、監視者の僕、他にスピネルにイナル、キース。


 枷のお陰で並みの魔力になっている為、移動魔法すら使えないと、リフィがぼやいていた。

 陛下方は知らないけれど、実は本人もこっそり外せる。ただ手順があって十秒はかかった。その暇が無いから、本人も焦って走って逃げているんだろう。


 ブレイブは馬術や武芸を得意に成長したので、あの頃より、体力もある。簡単は引き離せないというか、あの獲物を見つけたような楽しそうな顔からして、しつこそうだ。

 今付いてこられている僕みたいに。


「ハイド、何でついてくるの?」

「面白そうだからな。リフィーユの危機だろ。おれがいた方が役に立つかもしれねぇぜ。権力には権力ってな」


 過去はブレイブと同じアホ王子でも、育ち方が違うとこうも変わるのか。ハイドは、リフィを追いかけていたのが、何処の誰か解って、おおよそのリフィと国の立ち位置も予想したのだろう。

 ハイドがいた方が厄介事になりそうだけど。

 僕は風魔法で探索しながら、リフィの後を追った。




・・・***・・・(リフィ)




 空は晴れているのに、溜め息が零れた。

 最近、私の頭を悩ませているのは、ケイへの返事だった。

 始めはまさか、と信じられなかった。家族というか、親戚として大事にされているとは思っていたけど、これ迄、私の何処に好意を持たれる要素があったのか、皆目見当がつかない。


 告白から二、三日は混乱していた。冷静になってみると、若気の至りというか、家族の情と、命の恩人っていう感謝を好きだと勘違いしてる可能性に思い当たった。

 その後は自分で気付くなら良し、思い付かないなら後で教えて解放してあげようと、問題は解決したと思っていた。


 お互いに、親しい仲、婚約者という周囲の思い込みを利用しているし、もう少し活用させて貰おうという打算もあった。

 王子達もその側近も、未だに優良物件がフリーの為か、婚約者がいるのは学園全体の四割程度。

 ケイの婚約者候補もまだ残っているし、身贔屓の両親や祖父に、私を推されたら彼が断れないだけと思ったから。


 ……後はちょびっとだけ、仲のいい相棒というか、近くにいる立場をまだ私が占めていたいかな、っていう独占欲もあったので。どうせ今だけだから。


 そんな私の考察は見事に外れた。呑気に、今後も安心して家族を見守っていこうと思っていたのに。

 告白から三ヶ月後くらいに、本気にしてないとケイにばれて、私を好きというのは思い込みとか、祖父や両親の頼みだからとか理由を挙げたら、全部否定されました。


 ケイが、自分で家族に根回しして婚約者に仕立てあげたとか、周囲にそう誤認させる事で王様達を牽制して私を奪われないようにしたとか、自分でもいつからからは解らないけれど、誰にも渡したくないとか。

 勢いよく怒ったように再告白をさせてしまって、思わず「ごめん、解ったから、気持ちは疑わないから」と、私が動揺して謝った。何だか頬が熱くなるし、心臓が騒がしいし、居たたまれなくて恥ずかしかった!


 それからは、劇団が忙しかったり、『影』の手伝いについてや別の事を考えたり、ちょっとした事件に頭を悩ませて忘れかける度に、ケイに告白の返事があると、思い出させられた。


 具体的には、アッシュや幼馴染み達に告白したと暴露していたり、『影』達の前でも好意を隠さなくなったり、いいと思った所を「そういう所が好きだよ」と言ってきたり、不意打ちで何でか対応が甘い! その度にまごついて、私が反応に困る!


 この前も、ユリアスの三歳の誕生日で、ケイが甘やかしてくるから。こう、頭の中が、いつも以上にぽわっとお花畑になって、舞い上がって……そりゃもう悩みました!

 何がって、甘いケイや、思われる自分が、嫌じゃないという事実に!!


 ケイにも、「思いを告げれば、君の事だから、避けられるか、距離を置かれると危惧していたけれど、返事まではいつも通りにして欲しいって言われて嬉しかったんだ。そう言われる位には、僕が側に居ていいと、信頼してくれていると思ったから」と言われて、その通りだと気付かされた。

 普段の私なら、告白してきた相手に関わらないようにしたと思う。でもあの時は、少し気まずくても、喋れなくなったり、離れる方が嫌だと思っていた事に。


 ユリアスにも「おにーちゃんと、おねーちゃんは、なかよしだね」と、言われた。あの最強の天使スマイルは、鼻血ものでした。連続で写真のシャッターを切っても仕方ないよね。

 アッシュが「ユリアス、リフィに何かされたら遠慮なく言えよ」と、私を犯罪者のように扱っていたけれど。


 両親も祖父も使用人達も、全員がケイの味方のようで。笑顔でケイと二人にしようとしたり、お似合いだと褒めそやしたり。挙げ句、主役のユリアスを置いてケイと散歩に庭に出されたり。


 何だか、じわじわと追い詰められているような…。

 私の為にもよくない気がして、「サンルテアの裏事情を知っているから、私を選んでるっていう事もあるよね?」と、少しきつい事を言ってしまった。我ながら可愛くない。


 ケイは、あっさりと肯定した。その通りだと。ただ要素の一つであって、それだけで君を選んだ訳じゃないよ、と。

 ――いつも以上に、ハイスペックなイケメンでした。

 ついでに期限が三ヶ月を切ったと追い詰められて、私がその話題から逃げたよ。


 それからというもの、珍しく真面目に考えている。以前よりもっと、考えて、考えて。……困り果てていた。

 ケイの事が嫌いじゃなくて、大事だから。寧ろ頼りにしている事が多くて、いつの間にか、異性として意識して見ているから。とても困っている。


 ……いいのかなぁ。こんなオバサンで。私の精神年齢、ケイの倍以上だよ。実際は、精神年齢もケイの方が大人な感じなのは、目を瞑るとして。

 前途ある若者を籠絡ろうらくして……してないな。手なずけても、思い通りに操れてもいないし。


「はぁぁぁ」


 そんなこんなで、未だにもだもだと悩んで考え中。

 相談しようにも母はケイの味方だし。ただ私が納得していないなら、間に入って説得は無理でも、何とか逃がしてあげられるわ、と言われた。

 ちょっと待って。逃がしてあげられるって何!?


 サリーに相談したら、応援された。いいじゃない、世の人に羨ましがられる婚約だわって。でも私がそういう対象としてケイを見ていないのなら、逃亡に手を貸すわって励まされた。

 だから、何故に逃げる前提?

 少し距離を置いて、今まで通りに過ごせないの?


 そう聞いたら、サリーに可哀想な目で見られた後、肩を叩かれた。足元にいたアッシュには、無言で顔を逸らされたよ。

 ……いやいやいや。何その反応。それとも私が都合よく考えすぎなの。もうケイと関わらない方がいいの?


『そんな事をしたら、(リフィと世界が)どうなっても知らない』


 アッシュとサリーに、異口同音に言われて、反応に困った。どうなっても知らないって何!? 諦観の笑みを浮かべないでよ。

 なので、『ケイは時々、魔王化するけど、それ以外は常識あるイケメンだよ。世界を滅ぼすような子じゃないって信じてる!』と言ったら。


『そんなに信頼しているのなら、ケイを選べばいいじゃない。向こうはリフィの事を大事にしていて、あなたがいいって言っているんだから問題ないわ。ついでに世界も平和だわ』

『………』

『そもそもリフィがそれだけ信頼しているのも、何かあった時に助けを求めるのも、ケイでしょ。今後問題が起こったとして、リフィは他の誰かを頼れるの? 仮に恋人が出来たとしても、絶対に自分一人で解決しようとするでしょ』


 ……サリーの言う通りだと思ってしまった。け、れ、ど!


『仮に恋人が出来たとしてって、酷くない? 私にだって出来る可能性はある、筈、だよ、多分!』

『そこはどうでもいいのよ。というか、絶対に阻止されて出来るわけな――ごほんっ。兎に角、素直に自分で認めているのだから、答えは出ているでしょ。それともケイに不満でもあるの?』

『無いよ! 無いけど……はぁぁぁ』


 自分でも、私が面倒だと思うけど、自分に自信がない。魔法とか、体力とかになら自信があるのに。


『取り敢えず、後から後悔する選択はしないようにする事ね。私は世界平和と、犠牲者が出ない事を願っているわ! それと忠告よ、リフィ。絶対に、試しに誰かと付き合ってみようとか考えては駄目。その人の将来とか、家族や地域の安全の為にも、絶対に、よ!』


 解ったと返してから、サリーとその後は会っていない。明日には寮に戻って来るけれど、今日までは家の手伝いが忙しいらしい。

 アッシュも冬から春まで、大陸中の大地の様子を管理して忙しかったから、春の萌芽が一段落したと、昨日から異界で力を回復する為に休んでいた。


 一昨日と昨日は、一人で寮の部屋に引き込もって悩み、夕方に第一図書館に行って気晴らし、今日は朝から講義があったので、久し振りに出てみた。

 相も変わらず、ケイへの返事を悩みながらだったので、気が付くと遅刻しそうな時間帯で、慌てて寮を出てきた。


 教室に始業時刻ギリギリで着いた時に、注目されてざわつかれたけど、特に気にしなかった。

 ただ一時間目が休講となったので、そのまま次の授業で出された個別の課題の調べ物をする事にして、さっさと教室を出ていった。


 二時間目は、先週の続きだった。各自がそのまま課題の資料を集めて、出された問い掛けに導き出される答えを出し、その過程をまとめて提出する事。

 資料は揃っていて、先程の一時間目の時間を利用して調べた物を、第三図書館にある個室の自習室でまとめた。見返して問題がなければ、来週には提出できる。


 今日は三時間目も講義があったけれど、先生の都合で休講となったから、二時間目の続きで課題を見返していた。この後は、第一図書館でのんびりしよう。その前に、小腹が空いたので、カフェテリアでお昼にして、と向かっている途中で気付いた。


 すれ違った生徒数人に、何故か驚いた顔をされて見つめられていた。一時間目の教室でも似た反応で、居心地悪くて、すぐに出て来たけど。なんて思いながら、制服が変なのかなとトイレに入った。


 鏡には、あんぐりと口を開けた私。

 映されたのは、白いセーラー襟に、トップスに飾りである金のダブルボタンが付いたアイボリーの膝下ワンピース。襟や袖口、細長いリボンや裾に、ラインのようにミモザの小花が刺繍されている。どこもおかしくはない、見慣れた制服。今日は暑かったので、上着は着てないけど、問題はそこじゃなかった。

 ――変装するの、忘れてた…。


 茶髪に茶色の目の地味な容姿ではなく、薄翠の長髪に、シャンパンゴールドの目をした私が、驚いた顔で鏡の中から見ている。

 第一王子に見つからなければ、光を利用した幻惑魔法で姿を隠せるかな。その為には、腕輪の魔力封じを解除しなくちゃいけないけど。


 私は両腕にはまる細い金銀細工を見た。うちの国で改良された魔力封じの魔方陣が記された紫の石が付いている。

 王様達に、どうしても私が自由で野放しなのが怖いと言われたので。私の監視の緩和と、頻繁に城へ喚ばない事を条件に、学園にいる間は、魔力封じの枷を付ける事を、追加で契約書に書き足した。

 卒業までは長期休暇以外、ほぼ学園にいるものの、緊急時や学園の外では外して、これ迄通りな感じ。


 枷は、私の居場所がウェンド侯爵に駄々漏れ、封じを解けるのは限られた人だけという嫌な代物。…なんだけど、私も封印が解けます! 王様達は知らないけど。

 なので、たまに腕輪を寮に忘れて、出掛ける事もある。位置情報も個人情報だし。王様達には、また引き込もっていると、勝手に勘違いさせてるよ。

 今日は枷をはめたのに、変装用の魔道具を付け忘れたけどね。


 こうなりゃ仕方がない。人のいない道を通って、放課後まで第一図書館に避難しとこう。

 あそこなら人が来ないし、年配司書のスタンさんは、前ドラヴェイ伯爵だった祖父の知り合い。ついでに学園長とも知り合いで、祖父から私の事情を少し聞いていて、本当の姿も知っている。

 枷を外した事をウェンド侯爵に知られて、王様達に理由説明するのも、枷を外した事をばれないように小細工するのも、面倒だし、そうしよ。


 考えながら気配を消して、私は人と会わないように道を選択しながら、歩いた。この時間帯は、人が少ない貴族クラスの近くを通るけれど、知り合いに会う事はそうないでしょ。


 軽快に、あまり使われていない回廊を通って行く。人の気配はどんどん無くなり、残り三つの角を曲がれば、木々と緑が深い建物の外に出て、姿を隠しながら第一図書館に行けると思っていたら。


 直角の廊下を右に曲がり、人とぶつかった。

 後ろに下がって衝撃を逃がしたので、私は倒れなかった。相手の方は、大きな布がはためき、後ろの三人が体勢を崩し、先頭の一人が何とか踏み留まっていた。


「「っ!?」」


 先頭の人物の赤い目と合い、私も相手も息を呑んだ。

 彼が「お前は……」と手を伸ばしてきた。咄嗟に、踵を返して走り出す。振り返れば、相手が追って来た。

 血の気が引いて、気分は急転直下。最悪ってこういう日の事を言うんだね! ――ああもう、何で第二王子と遭っちゃうの!?


「待て!」


 待ちません。

 来た道を戻りつつ、人のいない別ルートを考えながら、私は逃げ回る。階段を上り、遠回りしてでも外に出ようと、渡り廊下を目指した。

 魔法を使いたいのに、この枷が邪魔。私も外せるけど、封じられていない小さな自分の残りの魔力を集中して、フルで動かしてだから、十秒くらい必要になる。生憎、そんな余裕はない。


 魔法が使えれば、移動魔法でも、目眩ましでも、脚力とか身体能力強化で振りきれるし、逃げ切る自信があるのに。

 せめて魔方陣があれば…って、書いておいた紙を全部忘れて来た。朝、ぼんやり考え事をしていた私の自業自得。


 今日に限ってついてないわー。

 流石に普段から鍛えている第二王子は、体力も半端ない。勉強はしなくても、運動得意なんだっけ。対する私は、最近は訓練サボり気味…。

 後ろを見やれば、やっぱり撒けてなかった。

 ていうか、何で私は追われてるの!? そして追っ手が増えてる! 何で王太子とイナルとキースまでいるの!?


「そこのお前、女子生徒、止まれ!」

「ブレイブ、お前が止まれ」

「キースの言う通り、あなたが止まりなさい」

「ブレイブ」

「それならあの女を止めてください! お前、王子の俺の声が聞こえないのか。止まれ!」


 誰に制止を呼び掛けてるんでしょうねぇ。私には、何も聞こえませんよー。

 渡り廊下を駆け抜け、道を考えながら、曲がって、階段を下りて一階に戻り、ひた走る。

 もう本当に何この状況。


 そもそも、追いかけてくるキースが抱えている物が悪いよ。

 多分あれって、気配を消して、姿も見えなくする魔道具でしょ。何で今日に限って使ってるの! 厄介な物を何処から手に入れた――って、城の宝物庫からか…。勝手に拝借したのかな。


 授業中なのに、こそこそ人気のない所から来た事といい、講義をサボって抜け出してきたとみた。何でかあの三人も一緒に。

 お陰で、ぶつかるまで気付かなかったよ。

 気付いていたら絶対に避けたのに!


 校舎の外に出たけど、未だ追って来る。

 たまに第二王子が得意とする闇魔法の鞭が伸びてきたり、威嚇や妨害の為の火球が飛んできたり…。全部避けたけど、私じゃなかったら危ないからな!


 今更ながら、出会い頭に、全員を気絶させとけば良かった…。私も動揺して、即座に逃げなきゃとしか頭に思い浮かばなかったからなぁ。


 王家の影ながらの護衛はたまにしか来ず、普段はキースがいるし、第二王子にも護衛兼側近がいた筈。小言が煩い、暑苦しいとその人を遠ざけているらしいけど。


 まぁ、学園は魔法の守護も厚いし、のんびりした国民性で過激なのは滅多にいない。キースやイナル、ケイがいるから、然程、警戒してないのかな。ケイは優秀だもんね。


 ……。考えないようにしていたのに、無意識に助けを求めているのが、頼りになる従兄弟って…。重症ですなぁ…。

 他の事を考えて現実逃避をしつつ、またぼんやりしていたら。


 普通に躓いた。

 反射で、両手をついて前転。そのまま走ろうとしたら、緩んでいたブーツの靴紐を踏んで、カクッてなった。

 我ながら、マジか、と目に砂が入らないよう閉じて、衝撃に耐えようとしたら。予想とは別の衝撃があった。


 開けた視界には、アイボリーのダブルボタンの上着。うちの男子制服だ。何より、馴染んだ気配に、誰が駆けつけてくれたのか解って、不覚にも感動しそうになる。

 完璧なタイミングだよ。狙ってないよね?


「――ケイ」


 音になったかも怪しい呟きに応えるように、少し腕の力が強くなった。意識せず、安堵の息が零れた。

 予想外の遭遇や動揺、ここまでの逃走と焦燥。運動で鼓動は少し煩かったけど、心は落ち着いた。

 私の背後で、息を呑む四つの気配。それと、ケイの後ろからも。


 精神が落ち着いたら、頭が痛くなってきた。

 一名を除いて、攻略対象者が揃い踏み…。本当に、何ですかこの状況…。

 儚く気絶は無理だから、寝たふりしてケイに丸投げし「本当に君は、何で問題を引き連れて来るのかな…」と溜め息混じりに言われた。


「不可抗力デス。ワタシ、何モシテナイ」


 無実を誠心誠意訴えたのに、「君の冗談はまた後でね」と魔王の微笑みで流された。

 え、いや、冗談じゃなくて真実……笑顔が怖いから大人しくしておこう…。


「ケイトス。よく捕まえたな。その女を俺に引き渡せ」

「寝言は寝てからどうぞ」


 季節に合った爽やかな笑顔で、発言が黒かった。

 凍りついたのは、イナルとキースとハイドと私だけ。兄弟王子の二人は、何を言われたのか解らないって顔。

 ケイが私の姿を隠すように、背に庇ってくれた。


「それより、女性を追いかけ回すなんて、とても褒められた行為じゃないけれど?」


 ブレイブが、うっ、と言葉に詰まり、誤魔化すように怒った顔になる。


「うるさい。そいつが止まれと言っているのに、無視するのが悪いんだ! 俺が呼んでいるというのに」

「……ブレイブは、この生徒と知り合い?」

「違う。だが、そいつはあの時の娘だろ。俺が先に目をつけていたんだ。寄越せ」

「知りもしない人に呼び掛けられても、止まるわけないだろう。ここは一応、平等の精神を謳っている学園だ。それでも一応、身分を立ててはいるけれど、一般生徒に迷惑をかけていいわけじゃない。人違いかもしれないし、自分の所有物のように扱うのは失礼だよ」

「うるさい。平民ってことは取り巻き共より下だろ。俺の好きにしていいじゃないか」


 腕を組んで、偉そうに鼻を鳴らした。

 駄目だこいつ。話が通じてねぇ。

 スピネル王太子を始め、イナルとキース、ハイドからも驚きと呆れが伝わってきた。「どうしてこんな風に…」とか、「ここまで酷いとは…」とか、「ブレイブ…」とか、「おれも、あんなんだったのか…」と、悲しげな顔で落ち込んでいた。


「人違いでも何でもいいから、そいつを俺に渡せ。王子の俺が見つけて気に入ったんだ」

「彼女をどうするつもり?」

「俺の側に置いておく。平民が知らない贅沢を味わえるんだ、いい話だろ」


 ケイも私も吐息した。

 というか、発言の一つ一つが、本当に頭にきた。私は我慢できず、ケイの後ろから少し顔を覗かせて、どうにか保っていた歪な笑顔のまま言った。


「ふざけんな、このバカ王子━━むぐっ」


 ケイに口を手で塞がれて、王子の前から少し離れた木へと連れてこられる。視線で抗議する前に、嗜められた。


「落ち着いて、リフィ。明らかに淑女の言葉じゃないよね。柄が悪くなりすぎだから。怒るのも無理はないけどお母様達も嘆くから、とりあえず深呼吸して、冷静にね?」


 仕方がないので渋々、私は首肯した。ケイがほっとするけど、ごめん。怒りが収まらない。ムカムカして、どうにもこうにも腹の虫を抑えられなかった。

 再び王子の前に戻された私は、にっこり淑女の微笑みを浮かべた。

 オッケー、淑女らしくね。大丈夫、余裕。


「――頭でもわいてやがるんですか? ウジ虫野郎」


 瞬間、空気が凍りついたけど、んなもん知るか。

 ハイドから「ぶはっ」と変な声がした。こちらに背を向けて震えている。


 気にせず、私は更なる言葉を紡ごうと口を開くけど、すかさず後ろからケイの右手に口を塞がれた。

 んぐぐーもごもがっ、と変な言葉になる。

 邪魔しないでと抗議の視線をケイに向けたら、威圧的な笑顔を浮かべた麗しいご尊顔。……負けて黙りました。迫力、半端なかった…。


 でもまだ怒ってるよ!

 この国の第二王子だろうが、知ったこっちゃねぇっすわ!

 いや、本当はダメな事も、理性ではやめるべきだって事も、後で後悔するって事も解っている。解っているけど、我慢できないくらい腹が立ってる!!

 不敬罪? 上等だ! 物理で返り討ちにしてくれるっ!!


 まずは左で、次に右ストレートと決めてからのアッパー、と拳を作りながら、行動で教育指導を考えている私に、ケイが苦笑した。

 ケイの手が離れ、「僕が話すから、大人しくしててね」と言われたので、私は口は開かず、視線で第二王子を睨み付けながら無言を保った。


 ケイに何かしたら、王太子達が庇おうとしても、ぶっ飛ばす。

 さりげなく近くに来たハイドから距離を取りつつ、私は牽制を込めて王太子達と、問題の第二王子を、静かな微笑で威嚇した。




お疲れ様です。

次で、十五歳編は終わるかと思います。

そして恐らく、16才編で終われたらなぁと、考えています。……まだ影も形もありませんが。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ