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46, 14才 ①

お待たせしました。

誤字脱字は気付いたら直していきます。

長いので、少しずつ読んで下さい。


途中、グダグダしている王さま達とのやり取りは飛ばしても大丈夫です。


改稿してあっても、内容に変更はありません。




 漸く、夏休みに入ったと思ったのに、何で城に呼び出されてんでしょうねぇ。

 通い慣れつつある石の間への地下通路を歩きながら、私は盛大に嘆息した。


 辺りを見れば、魔力封じの結界が、この廊下から既に展開されているのが解る。

 ……何かヤな感じ。捕獲しにきてる気がする。


 私は自分の魔力を体に巡らせてみた。

 外側から抑え込まれる感覚はあるけど、まだ問題なし。私の魔力の半分を封じる力はあっても、それ以上の力を放出して魔法を使えば、ぶち破れる。

 少し圧迫されている感じが不快だけどね。


 年々、結界が強化されても、まだまだ平気。研究して頑張っているのも認めるよ。化け物扱いが地味に傷つくけど、私は捕獲される気も、封じられて大人しくする気も更々ありません。


 この様子だと石の間の結界は、廊下よりも強力になっているかな。……もう壊さないように注意しよう。

 腹が立つ度に壊して強化されたら私も大変だし、魔法研究所所長のウェンド侯爵もその対応に忙しそうだ。……黄色ちゃんが、所長が体を壊しそうって心配していたから。


 本当は城に来る気がなく、毎年の恒例であるサンルテア領に遊びに行く予定だった。というか、既にサンルテア領地の邸にいた。急遽、呼び出しのあった城に、行ってらっしゃい、とケイに笑顔で叩き出されるまでは。


 そうなった理由は、隣国のハインツ・ハイド・ゴルド王子が、冒険者の依頼でサンルテア領地にやって来るからなんだけど――酷くない?

 いつ来るか解らないからって、邸に着いて早々、馬車に乗せられ、結界魔法で車内に閉じ込められて王都まで逆戻り!


 非常食はバッグの異空間入れ物にあるし、異空間入れ物の応用で使用していた馬車にはベッドやトイレ、シャワーが完備されていたけども。飲み物等も御者の『影』が窓から差し入れてくれたけど、外に出たいよ!

 結界を破れば馬車が壊れ、ケイにも連絡が行くから断念した。恨みは募ったけど。


 私の扱いが雑になってきている事に対して、ちょっと本気でケイに物申したい。往路の馬車旅は楽しんだから、移動魔法で戻ると言っているのに、問答無用で閉じ込めないでよ。

 君を自由にさせておくと何が起こるか解らないって言われて、悔しくも反論できなかった…。


 ケイは残ってハイドの相手をするというのに。

 アッシュを付けるからと言われたけれど、要りません! と断り、へそを曲げた私は一人馬車の旅。

 王都のサンルテアの屋敷に一泊した次の日には、クーガに馬車に乗せられて城に向かわされた。


 四月から通う学園では、第二王子対策として変装の指輪を使い、地味な容姿で入学してから三ヶ月が過ぎた。

 本来の私を知る人には、目立つのが嫌だからと、本当の姿は内緒にして貰っている。それから当初の予定通り、チェシーとの契約を守って、入学して在籍はしているけど、私は寮に引き込もって自由行動をしていた。


 自由行動の許可は、学園に入れという王様達からのしつこい勧誘をのむ代わりに、手に入れた。クラス分けに口出ししない事も約束させている。

 チェシーとの学園在籍の契約があるから、勧誘しなくても勝手に入学したけれど。それはそれ。

 貰った免罪符は、有り難く有効活用させて頂いております。


 物語なら、建国から続く由緒ある家柄で、魔力過多の男爵令嬢を監視、お近づきにする上の思惑も含めて第二王子のいるAクラスに入っていた。


 現実は、Eクラス。分けられた教室が見事にバラけて、ソニアや他の知り合いと離れたのは寂しくても、サリーがいてくれた事は嬉しい。多分、家柄とか血筋で分けられている気がする。

 選択した授業や必須教科が殆ど同じなので、課題や授業の進捗具合を教えて貰って、小テストや期末テストで目立たないそれなりの順位をキープした。


 入学してすぐ、チェシーにひっそりと接触して励ましたけど、あまり思い詰めていなかったから良かった。

 内々の決定で、正式な婚約発表は互いが卒業する一年前。その三年の間に、婚約破棄する可能性も有り得るから、と。


 空元気でも元気なら良かった。改めてチェシーと、学園での落ち合う場所や、緊急連絡や手紙のやり取りの仕方を確認して、少し互いの事を話して別れた。

 高熱を出した事もあるけど、弟ユリアスが無事に育っていると話すと、チェシーも喜んでくれた。


 ユリアスが立って歩けるようになって、「ねー」と私を見て言う姿の可愛い事。鼻血ものだった!!

 歓喜に震えて悶える私に、呼び方の刷り込みをしたのかと、アッシュにドン引きされたけど、スルーしたよ。

 弟の愛らしさを力説する私に、呆れていたチェシーも少し引いたようだけど、気にならなかった。


 そう言えば、ケビンも学園にいた。Aクラスの担任だから接触もなく、授業も関わりがないので平和です。向こうは私に気付かず、私も近付かないので。

 ケビンと偽名で一度だけ接触した事を話すと、チェシーが微妙そうな顔をした。


 入学前に冒険者として何度も接触する筈なのに、と。チェシー曰く、少しシナリオが崩れているのではとの事。

 私としては一度会っちゃっているから油断は出来ない。バレない為にも関わらないように気を付けよう。


 その後は、フリッドと少しずつ距離が近づいている様子や、夏季休暇前の学園主催の舞踏会では、彼にエスコートして貰おうと説得中だと、チェシーの話を聞いた。因みに、フリッドは身内みたいなものだからと、父の侯爵を説得、承認済みらしい。

 命じられた内々の婚約者がいるけれど、公式にはいない事になっているからね。それでも、舞踏会中に一度は踊るようお達しされたそうで、チェシーが嫌そうな顔をしていた。


 第二王子もその話は聞いていて、自分の取り巻きの美少女達と踊ってからなら、渋々相手をしてやると王の侍従に告げたらしい。チェシーが「何様ですの!」と憤慨していた。

 しかも両手に花状態で取り巻き二人をエスコートし、ファーストダンスも誰にしようかと悩んでいたそうで。


 知った側近が反対して、最初のダンスはエスコートする一人だけですと諭したのに、聞く耳を持たなかったらしい。

 思わず二人で「バカなの?」、「愚か(バカ)なんですわ」と言い合った。


 王家の品位を疑われる事態は、王妃の「三人の令嬢を特別扱いするのはどうなのかしら。それなら相手と見なされない既婚で身内の女性をエスコートして、貴方を思ってくれる多くの令嬢達と踊った方が角が立たずに平等でしょう」との言に、回避されたらしい。

 必ずブレイブからチェシーに、ダンスを申し込むよう約束させた上で。


 少しは分別があるようだけど、チェシーとしては嫌だよね。その時は、ファーストダンスをフリッドと踊った後は、足を挫いたか、体調不良という事にして第二王子の誘いは断れば良いよと言ったら、「黒いですわ…。仮にも王家に対して無礼になりますのよ」と返された。


 問題ないと思うよ。話を聞く限り、ブレイブは取り巻き達と踊った後に渋々チェシーを誘うようだから。

 それって時間がかかるし、相手も無意識に遅らせようとしそうだし、社交もあるから、より誘うの遅くなるよね。

 待っていたけれど、放っておかれたって大義名分が出来る。

 読みが外れて早々に誘ってきたら、受けるしかなかったけれど、実際そうはならなかった。


 王様に社交界デビューが承認され、ファーストダンスをエスコートした女性と踊った後。

 第二王子は期待を裏切らず、相手役を放置して、十数人いる取り巻き優先で躍り、談笑して社交をして、チェシーを後回しにした。仮にも婚約者の侯爵令嬢を蔑ろにした。


 チェシーはフリッドとのダンス後、二時間近く休憩しながら待っていたけれど、体調不良という事にして、帰っていった。

 後で侯爵家から抗議がいき、王様と王妃からこってり怒られたそうだけど、ブレイブ王子は婚約者に苦手意識を持っただけで、今後も歩み寄るつもりは無いらしい。

 取り巻き全員に振られれば良いのに。


 まぁ、下手にチェシーに興味を持ってベッタリしても困るから、これはこれで良いのかな。

 チェシーをあのアホになんかやらん。姿を見せずとも間接的に、婚約を阻止してやる。


 私も、チェシーやサリー、クレア達と同じく舞踏会デビューだけど、舞踏会を欠席しようとした。相手いないし、エスコート役を父やケイに任せたら、絶対注目を浴びるから。意外にもデゼルが立候補してくれたけど、貴族になる気はないので遠慮した。

 ――問答無用でケイに、本来の姿でデビューさせられたけど。


 何でか情報収集の任務として赴いたホテルの一室に、私が逆らえないお母様とメイリン、メイドが待ち構えていた。ドレスも装飾品も靴も一式用意されていて、正装したケイとアッシュが部屋に結界を張り、逃亡不可。


 私の人権を無視した強制連行が行われ、会場では注目されたよ。王様の挨拶が始まる時間ギリギリに入場して、ケイと踊ったらとっとと帰るという、奇妙なデビューだった。

 去年の参加者は、ケイと私が今年も参加した事に気付いていたけど、離れた上座で多くの取り巻きに囲まれていた第二王子に気付かれなかったのは、幸いだった。


 その後は地味な姿に変装し直して会場に戻り、チェシー達の様子を見守っていた。ソニアもサリーも大丈夫そうなので、チェシーが帰れば、私も家に戻ったよ。

 社交界入りしたけど、今後は夜会に堂々と参加して、情報収集とか隠蔽工作とか、こなせるようになったから、まぁ良いか。


 それにしても、入学してから学園での初のケイとの接触が、舞踏会デビューとは。

 学年が違うし、普段は貴族の友人達と一緒なので、遠慮していた。イナルやキース達とも交流があり、第二王子も何かと絡んでまとわりついていて、彼らに目をつけられるのを避ける為に、関わらないようにしていたから。

 学園の外では、任務とか家で会っていたけども。


 見目麗しい攻略対象者達やケイは学園でも人気で、よく人が注目していた。貴族令嬢方は勿論、新興貴族や裕福な平民の子達も遠目に見てきゃあきゃあはしゃぎ、どんな噂も仕入れて来た。お陰で接触しなくても、向こうの情報が嫌でも耳に入ってくる。


 誰が誰と話している時に微笑まれましたわ、それが素敵で…というものから、魔法の実技で誰が勝った、凄い大技で先生も褒めていたとか、ダンスの練習で誰とペアを組んでいた、誰が人気で熾烈な争いがあったとか、あの令嬢とこの令嬢が誰を巡って争っているとか、話題に事欠かない。


 純粋な貴族だけのクラスで、きちんとした家柄のお嬢様達なら彼らの隣に立つ可能性があるから、勢力を見つつ友人同士で話すだけ。ただ新興貴族や、裕福で貴族の血筋だけど平民な私の周りの子達は、完全にアイドルとファン状態で、同じ学園でも舞台を観る感じで黄色い声援を送っていた。


 それでも皆さん、少しでも良い家の婿候補や嫁ぎ先、妻候補や家の発展に繋がる縁談を探して、情報を集めて目を光らせていた。

 私は気楽な立場で、ケイ達との親戚関係や劇団に関係する事以外で特に旨味のある物件ではないから、お嬢さん方にライバル視される事もなく、伝統ある劇場や芸能関係者からは新参者と軽視され、放置されていた。


 たまに、ケイ達とお近づきになりたい人とか、新しくて勢いのある劇団に関わって名を売りたい人とかから、お声が掛かったけれど、スルー。ケイと仲良くなりたいのなら本人に、劇団に興味があるのならスポンサーの男爵家に、直接どうぞ。

 まぁそもそも週に一日か二日と、滅多に学園に顔を出さないから、存在を忘れさられているよ。

 基本的に、校内では気配を薄めにしているからね。


 そんな風に地味にひっそりと、問題を起こす事無く、目立たずに過ごしているのに、何で城に呼び出されているのか。

 予想はついているけど、相手にするのが面倒臭い。

 きっとサンルテア男爵の婚約者と目されているご令嬢の件かなー。社交界で話題になったそうだし。


 ケイも両親も否定せず、祖父に至っては婚約者と考えて頂いて結構、といった物言いをしているらしい。おまけに相手の名が、リフィーユ・ムーンローザだとも。私のデビュー後、社交界で噂になっていた。


 ……何か、周囲の認識というか、外堀が埋められてる…?


 お茶会やターニャ夫人の所で顔見知りの、新興貴族や下位の子爵や男爵家から、送られてきた夜会のお誘いのお手紙は総スルーしました。話題を提供するとか冗談じゃない。

 夏の休暇明けの学園には、暫く通わないでおこう。


 建国当初からある名家は、『国の闇』と共存するサンルテアの事も、私がその直系である事も、サンルテアの領地で持て囃されている事も気付いている筈。


 国の中枢にいる貴族や、他の高位貴族も私がサンルテアの関係者である事くらいは調べがついているかな。

 それでいて頭の片隅に情報として置いておき、触れず、突っ込まず、静観している現状。


 私の事情を知るのは、王様達だけだからねー。

 だからこそ、その王様達からこうして呼び出しがかかったんだろうけど。

 ……話を聞くの面倒だな…。

 逃げたいけど、ケイが行くって返事したから、行かなければケイに迷惑がかかる。

 私は石の間の扉の前に立ち、嘆息した。



*・*・*・



「リフィーユ、どうしてお前は国の邪魔をする?」


 溜め息混じりに王様に言われた。疲れが溜まっているのか老け込んで、目の下に隈が見えた。

 夜会続きで多忙なら、呼び出さなきゃいいのに。呼び出されたお陰で、一人馬車旅という酷い目に遭ったよ。


「邪魔等しておりません。ただ気に入らない事に抗っているだけです」


 しれっと返せば、陛下達が嘆息した。

 早く帰りたいから用件を聞けば、何て事はない。本当にケイと婚約するのか、学園で生徒会に誘われていて何故入らないんだ、授業に殆ど出ていないってどういう事だ、何故姿を隠して生活している、何を考えている、といったおよそどうでもいい事だった。


 その上、以前は私を国に残す為にケイとの婚約を奨めておきながら、その話がいざ現実味を帯びてきたら、自分達側に無い事を惜しんだのか、婚約するならスピネル王太子やブレイブはどうかって、どういう事?


 結局、私を国の力、兵器としか見てないよね。

 いつもの顔ぶれである、おっさん五人の顔を見ても詰まらないけど、少し違っている所もあった。


「そんな子供じみた理由を持ち出すな。国の為なら、お前は口出しも手出しもしないと言っただろ」

「言いましたよ。但し、私や周囲の大切なものごとに無関係な事なら、と」

「ブレイブとチェスカモアノール・ルヴィオヴィレッタ侯爵令嬢の婚約は、貴女の気に障る事なのですか?」


 いつもと違っている所――珍しく埋まっている王妃の席で、紅茶色の髪の王妃が静かに問いかけてきた。何度か見かけた事はあるけど、面と向かい合うのは初めてだ。

 今年十歳になるリル王女と似た髪色と目。

 会いたくはなかった母の友人。


「ブレイブとチェスカモアノールの為のお茶会で、二人が会わないよう生徒会の用事を言いつけて邪魔をしたり、日時の連絡ミスで行き違いがあったり、授業で組ませようとしても情報が漏れてブレイブがサボったりと、二人を会わせられないのは貴女が仕組んだから、と陛下達は思っています。二人の事は、国の決定事項ですので、私としても邪魔をして欲しくないのです。それで、彼女を婚約者から解放したいのなら、代わりに貴女になって欲しいと提案しておりますのよ。若しくは王太子妃になってチェスカモアノールの義姉として支えて下さっても構いませんわ」


 王妃の言葉に、チェシーと私の繋がりが、やっぱりバレていた事が解った。

 彼女と知り合ってから二年になるし、学園に入る前のやり取りが頻繁だった。それで、王家に迎えるに相応しいか、秘密裏に調べていた人が気付かない訳がない。


 それにしても、王子のどっちかと婚約?

 冗談きついわー。私は協力者であるチェシーの為に動くけど、自己犠牲は微塵も考えてないよ。

 というか、自分達は相思相愛で結ばれておいて、チェシーや私には王家の犠牲を強いようとするんだね。


「お断りします」と告げた私の冷たい視線に、宰相が目を細め、ダスティ侯爵の表情が怒りに染まる。

 視線が無礼だろうと事実でしょ。育て方を間違えたのか、やりたい放題で親でももて余す王子の制御と管理を、チェシーに押し付けようとしているのだから。

 挙げ句、それが嫌なら私が代わりになれなんて、やなこった。


「口を慎め。お前こそ不遜な態度を改めよ。いくら力のある強者だからといって、これ迄国を背負い、導いてきた陛下方を蔑ろにするのは不敬であろう」

「国に尽くしてきたサンルテアを散々利用しておいて、戦力を削ぐ為、ケイを見殺しにしようとした貴方達がそれを言いますか、ダスティ侯爵」

「……」

「…国に必要な事だったと開き直るでもなく、罪悪感を感じて黙るなら、安易に口を開くのも、そんな作戦を立てるのも辞めて貰えますか」

「侯爵を責めないで下さい。ムーンローザ嬢」

「おかしな事を仰いますね、宰相様。七つの頃より、子供一人を呼び出して、囲んで責めてくるのはいつも何方どなたでしょう?」

「相も変わらず嫌味で無礼な物言いだな、リフィーユ」

「基本的に関わらないと契約しているのに、すぐに国の大事だからと私を呼び出すのを辞めて頂けたら、少しは改善されるかもしれませんよ、陛下」

「相変わらず口だけは達者だな」


 ダスティ侯爵が鼻を鳴らした。私は微笑んで、「魔法も達者ですよ」と返した。可愛くないと、舌打ちされたけど無視した。

 王妃が控えめに微笑む。


「では、貴女がいつでも快く王家に協力してくれるのなら、二人の話を無くしましょう。勿論、貴女が代わりに婚約してくれても構いませんよ」

「光栄な申し出ですが、辞退させて頂きますわ。平民の身の上で王族に嫁ぐなんて身の程知らずでは御座いません。それに、私の小さな力など必要ない程、我が国は順風満帆です。寧ろ、私が目立てば周囲から警戒され、争いの種になるかもしれません。チェシーの件は、国の為なら仕方のない事と解ってはいます。それを納得しているかは話が別ですが」


 意外という顔から、そうきたかと雰囲気で語られた。

 ダスティ侯爵が苛立っているけど、私だって怒っているよ。他にも優秀な候補者がいたし、第二王子を慕う子もいた。その中で何故わざわざ病弱とされるチェシーを選んだの。

 強制力が働いているのかは知らないし、見る目があったとしても、私との繋がりを知った上で動いた事には腹立つ。


 子供じみた理由? 駄々を捏ねているだけ?

 その通りでも、私に公の立場はないから、とことん私情で動いています。両親達に迷惑がかかるのも、問題にされるのも面倒だから、ひっそりとだけど。


「王家としても国としても全て必要な事だ。お前の力だって、本当は国の為に役立てるべきものだ」


 泰然とダスティ侯爵が告げた。それこそが正道だというように。

 国を憂う六対の目が、向けられた。引くつもりがないので、それらを受け止め、静かに見返す。


「本当に必要ですか? 陛下方や高位貴族、騎士団、父やケイがいる中で更に力を欲し、手に入れてどうするおつもりですか?」


 以前も問い掛けた事を、再度問うた。


「それは…」

「安心を得たい? 何の為の? 周りには何の脅威もありませんよ」


 極端な話、他国と戦争もなく、戦争を起こしている国が周囲にあるわけでもなく、至って平穏。

 魔物の問題はあれど、そんなの建国当初からで、民にとって生活の一部。現状で充分に対応できているのに、更にわたしを持ってどうするの。


 魔王がいる訳でも、天変地異が起こった訳でも、手に負えない脅威が迫っている訳でもないのに。

 周囲に私の力が知られて不安を煽り、この国が戦争を仕掛けようとしていると疑われる方が大問題でしょうに。駆引きで利用するにしたってリスキーだよ。


「お前こそどうして解らない? 何もしない、するつもりもない。お前が本心で言っていても、お前の気持ち一つでそれはすぐに覆される。我々や国にはその恐怖が常にある。此度の件だってそうだろう」

「一理あります。ですが、だからこその契約書ではありませんか。国を理不尽に力で蹂躙しない代わりに結んでます」

「そうだな。城を半壊にすると脅かしはしたけどな。後はケイやサンルテア夫妻を損なうような事があれば、容赦なく国やオレを恨むと宣言してきたな。家族や知人に手を出すな、と」

「ケイを私から離そうと、危険な任務を連続で命じていたので、牽制させて頂いた事もありましたね。国の仕事なら、私が口出し出来ないと見越しての命令かと愚考しましたので」


 にこりと陛下に微笑んでみせた。

 まぁ、契約を結んでいても、私の日常に立ち入るな、ケイや家族への理不尽な扱いや要求には介入するとか、曖昧で私の気持ち次第な所がある。私が作成した契約書だから、不安もあるのかな。


「私が怖ければ閉じ込めますか、殺しますか? ですが今迄、問題を起こしていませんよ。ただ平凡に生活していただけです。契約書でお約束した通り、私の大事なものに公的な事以外で理不尽な真似をしたり、手を出したり、奪おうとしない限り、私は国と敵対行動を取りませんし、場合によっては力を貸します。現状、わたしなんていらないでしょう?」


 最初に会った時に告げた意見を、もう一度述べた。

 ダスティ侯爵が僅かに怯む。


「そういう問題ではない」

「では、どういう問題ですか? 王家が至上という古来からの伝統にケチがつくからですか。私の事は秘匿されて限られた方達しか知り得ませんよ」

「もしバレたらどうする?」

「どうもしません。記憶を奪うか、それが無理なら姿を隠して生活します。勝手に持て囃されて祭り上げられて、無償で働く存在にはなりません。王家の面子に関わるのならこの国を出ます」

「それは…」

「精霊も移動して困るというのなら、精霊は説得します。王長や精霊王達との繋がりが欲しいのなら、ケイがいます。今迄無くても良かったのですから、何も変わらないでしょう」

「……」

「私のような珍獣一匹手に入らずとも問題ないのに、何故そこまで執着するのですか?」


 強制力という言葉が脳内を掠めたけれど、小さな吐息と共に追い出した。


「王子達も、私の事が欲しい訳でも、好きな訳でもないでしょう。本当にこの国がどうしようもない危機的状況になったら、報酬次第で協力すると言っているのですから、それで良しとして下さい。いい加減、本当に粘着質で、ストーカー並みにしつこくてウザイです」


 あ、しまった。つい本音が漏れた。

 面々に盛大に溜め息を吐かれた。緊迫していた空気がふと緩む。ダスティ侯爵が鼻を鳴らした。


「無礼が過ぎるぞ。国の為になれるのだ。栄誉で名誉なことだろう?」

「本人が望んでません。このやりとり面倒になってきたんで、帰っていいですか」


 イラッとした。

 公僕でもなければ、国に恩があるわけでもなく、国に仕える貴族でもない。ただの一般人を自分達の都合で利用して、人生が狂わされる事を幸せだ、栄誉だ?

 公的な為ならある程度は赦されても、全部が全部許される訳でも許す人がいる訳でもねーんですよ。

 ダスティ侯爵が我が儘な子供を言い聞かせるように、真面目な顔で公の権力を振りかざす。


「リフィーユ、個人の、私事の話をしているのではないのだぞ」

「私は公的立場の人ではないので、私で、個で動いて物事を見て言っています。それが私の強みであり、許された特権ですから」

「ぐっ…」と、ダスティ侯爵が黙り、「公人の我々にはあまりない特権ですね」と、宰相が苦笑した。


 そうですね。陛下達がそれをしたら、国が荒廃するだけなので。

 国民より優位の立場で、今迄贅沢な暮らしをして、民に生かされ、多方面で融通されてきたのは、陛下達が公的立場で国の為に働いているから。

 それをせず私で好き勝手に動くなら、誰が治めてもたいして変わらない。

 好きで負った責任ではないと言うのなら、それは誰もに言える事。どんな生まれかなんて誰にも選べないよ。


「それならば、今の地位も財産も捨てるから、役割を放棄して一国民として生きても構わないと?」

「今の生活を捨てる覚悟があるのなら可能ですよ、騎士団長。簡単な事ではないですが、出来ない事じゃない。今の立場を甘受している時点で、皆さんは受け入れる事を選んでいますよね」


「それで結局、お前は何が言いたい?」と陛下。私も辟易してきていたから、丁度良かった。


「この問答にも飽きて、私の答えは変わらないので、もうしないで下さい。学園の事については、目立たない為の乙女の事情なので口出し無用です」

「乙女…」

「乙女?」

「ぶふっ、げほっごほっ」


 無言で訴えるのヤメロ、陛下。首を捻るんじゃない、宰相。吹き出しかけて苦しげに噎せるな、ダスティ侯爵。

 無反応は放置で。顔と口にしないだけ未だいいよ。


「それと、私は王家に嫁ぐつもりも、飼われるつもりも一切ありません。チェシーの件は本人の頑張り次第です。気に入らないので彼女に協力はしますけど。国と私の関係は今迄通り、お互いに不干渉。何かある場合はケイを通して下さい。以上です」


 毎度ぐだぐだと煩い王様達に、はっきりと告げた。王様達ともその息子達とも関わるつもりはない、と。

 宰相と陛下が口を開いた。


「……貴女を婚約者として、利用しているケイは良いのですか?」

「ケイは単に外堀を埋めているだけだろ。若しくは面倒な女避け」

「ケイには私を利用する特権があるので、構いません。多分何か考えがあっての事だと思うので」


 言い切った私を見て、一同が瞠目した。

 王妃が「あらあら、これはもう勝ち目は無いですわね」と残念そうに微笑み、「元より反対ですので構いません」とダスティ侯爵。ウェンド侯爵が苦笑し、陛下や宰相、騎士団長が溜め息を吐いた。


「あんな真っ黒なのより、うちの息子どもの方が未だマシだろうに」


 私は笑顔でスルーした。

 ケイが何かを企んでいようと、私を利用していようと、王子達の婚約者なんて言われる位なら、嘘の肩書きだろうとケイの方がいい。


 だから、チラチラと縋るような目で見てくるのを、辞めてくれませんかねぇ。

 私は内心で嘆息しつつ、どうにか早く退室しようと考えた。ここに来る羽目になった隣国の王子を恨みながら。



・・・***・・・(ケイ)



 リフィを送り返した二日後、嵐がやって来た。

 邂逅から七年。毎年のように訪れる友人は、勝手知ったる人の家とばかりに、出迎えも使用人の取り次ぎも待たず、ずかずかと邸内に入り込んで来た。

 開口一番。


「何でまたリフィーユが居ないんだよ!」

「城に呼ばれたのだから、仕方ないだろう」


 第一声がそれか…。僕も大概だとは思うけど、よくそこまで執着するよね。七年間、一度も会っていないのに。

 呆れた口調で対応する僕にも慣れたもの。不敬だと喚きもせず、恨めしげに僕を見て、盛大に嘆息した。


「ここで過ごすと情報にあったから、公務を貸し一つで姉上に押し付けて、折角来たのに……」

「……」


 だから急いで帰らせたんだよ。

 陛下達からの呼び出しという理由も、ハイドを納得させるのに、都合が良かった。アッシュはハイドが気に入らないと異界に引っ込んでしまったけれど。


 文句を言うハイドを無視して、どんな用件で来たのか話を促した。

 一体、何処のどいつがリフィの情報を売ったのか、見つけて釘を刺そうと考えながら。


*・*・*・


 それから三日間、ハイドはギルドの依頼で黒の森を抜けて逃亡してきた罪人の情報を集めて、見事に捕らえた。

 ヴァンフォーレと帰るハイドを見送りなから、溜め息を吐く。それと言うのも――。

 

 依頼の為、情報収集や罠を仕掛ける間に街で、いつものようにリフィの話を領民から聞いては、嬉しそうにしていたハイド。

 リフィをモデルにした架空の物語や、商人ルディと協力してリフィが子供用に作った絵本を購入して、満足していた。


 そして毎年恒例になっている、去年の夏に訪れたリフィの写真や、映像を見つけては領民に「見せてくれ!」、「売ってくれ!」と交渉していた。


 見せはしても売るのは出来ねぇ、と断る領民にしつこく食い下がり、困ったのは領民達。付き添っている僕を見て、視線で助けを求めながら、余計な事を言ってくれた。


「オレらの遠くから撮った映像や、お願いして娘と写って貰った写真より、ケイトス様や邸に勤める使用人の方が、沢山リフィーユ様と関わりがあって、貴重な映像や写真があるんじゃねぇのか」

「!!」


 ――それからが大変だった。

 目から鱗が落ちたハイドが、確かにそうだなと納得し、僕と邸の使用人達に、邸で過ごすリフィの話をしろ、映像と写真を見せろと鬱陶しかった。

 仕事にならず、無下にも出来ない彼らが、助けを求めてくるのは、友人であり当主である僕だ。


 仕事をする僕の傍らで「見せろ」と言って、あれやこれやと条件を出し、駄々をこねて喚き、僕の苛立ちが溜まった。何処に行くにもハイドがついてきて、「見せろ、よこせ」と煩い。


「仕事をしろ」と冷たくあしらっても、めげない。それ所か、「よっしゃ、それなら仕事を終わらせたら褒美に見せてくれよな」と勝手に機嫌を直して、外に出てしまった。


 それで罠にかかった逃亡者を捕獲して来るのだから、末恐ろしい…。

 約束していないのに、「約束破った」と騒ぎ、「領主のケイが友人の心を弄んだって領民に言いふらして、美人に慰めて貰ってくる」と叫んだ。


 僕が牢屋に入れたくなっても仕方ないと思う。或いは、薬で強制的に眠らせるか、リフィの作ったお茶だと、あの健康茶を飲ませても許されるんじゃないかな。……変態の執着が、お茶にまで向きそうなのが怖いけれど。


 家令のデイビットが間に入り、「宜しいではありませんか」と取りなしたから、僕は牢に入れたり、半殺しにする事無く、ハイドを帰せた。

 あまり見せても煩そうなので、映像はどれか一つ、写真は二十枚と限定した。


 リクエストは直近の笑うリフィの映像と写真だった。

 僕は邸に来る迄の道中、寄ってきた領内で観光した際の映像と写真を、引っ張り出した。


 緑の木々や草花が生い茂る泉のある庭園に、白いリボンが巻かれた麦わら帽子がふわり、と飛んで来た。それを追って、透き通る薄翠の長髪を靡かせながら、純白のノースリーブワンピースに白いサンダルを履いた少女の後ろ姿が映り込む。


 均整のとれた細い体。白い手足を動かしながら、泉の側に落ちた帽子を取り、立ち上がった。振り返ったのは、誰もが美少女と納得する可憐な女の子。カメラに気付いたのか、柔らかな星色の目を微かに開き、少し照れたような穏やかな笑みを浮かべた。


 横から差し込む太陽光が、水面も木々も輝かせ、リフィを綺麗に彩る。

 帽子を被り、手を振りながらリフィがカメラに向かってくる映像が、また何とも言えず幻想的で美しい。


 映像で流れる十四歳のリフィの姿を、魂を抜かれたように、椅子に座って見つめるハイド。映像なのに、写し出されたリフィに向かって僅かに手を振っているのが、怖い。


 カメラというか、撮影している僕に近寄ってきたリフィが笑うと、光が弾けたように眩しかった。女性らしい丸みを帯びる体に、健康的な素肌。――血走る目で凝視するハイドに、体が引きそうになるのを耐えた。


「この映像欲しい。くれ」

「駄々をこねて見ておいて、アホを言うな」


 僕は笑顔でふざけるなと殺気を放った。一瞬、ハイドが怯み、距離を取ろうとした。それを耐えて、引かずに僕を見つめてくる。……凛々しい顔つきで見てきても、要求は気持ち悪いからね。


 僕が「写真は見なくていいの?」と取り出すと、ハイドが食いついた。……何かもう、執着が尋常じゃない。リフィが近くにいなくて良かった、と心底思った。


 何しろ彼は、この領地で冒険者活動をしている間に、本人は仕事でも、助かった土の精霊達が感謝して、加護と契約を交わしたくらい運がある。この土の精霊王に代々祝福された土地で、一部とはいえ、土の精霊達に認められたのだ。


 チェシーの知る未来と重なっている気がして、僕としてはその芽を摘み取りたい。けれど、実戦で死線も修羅場も潜り抜けて鍛えられたハイドは、元々の素質もあったのか、厄介な程に強くなった。


 本気の僕が勝つ自信はあっても、ハイドの気配を捕まえるのがまず最難関だ。

 友人を実戦形式で倒すという物騒な考えを巡らしていると、ハイドが写真と記憶玉を、こっそり懐に入れようとしたので、手を掴んで取り上げた。


 貸すとも、あげるとも、売るとも、言ってないよ。

 僕は「くれ、欲しい」と煩いハイドを無視した。

 流石に君には渡せないというか、渡すのが怖い。リフィが嫌がるし、僕も何か気分が悪くなるから、無理。


「欲しいっ。ケイはこれからも近くで沢山、リフィと接触出来んだからいいだろ。おれは会えないのに――って、言ってて羨ましくなってきた!」

「それは自業自得。一応言っておくけど、映像でリフィがあの笑顔を向けたのも、手を振ったのも、僕に、だからね。それを知っていて、健全な成人男子が一人で見るって虚しくない?」


 ハイドが見えない刃で斬られたように、「うっ」と胸を押さえて俯いた。静かになって良かった。

 こうして落ち込んで、自分を慰める為か、鬱憤を晴らす為か、何処かで美人を引っ掻けているから、一部で遊び人と言われるんだよ。それがリフィの耳に入って「最低」と蔑まれているのに。


 追加で止めを刺したら、ハイドが倒れた。年上のプレイボーイと名高い人が泣きそうになっている。

 それから幽鬼のように立ち上がって、「……帰る、世話になったな…」と、迎えに来たヴァンフォーレと共に、サンルテア邸と領地を出ていった。


 平穏が戻って来た。

 それでも念の為に、一週間様子を見て、リフィに戻って来ていいと告げた。アッシュはリフィが荒れるのを見越して、異界から戻ってこなかったけれどね。


 城に追いやられ、転移魔法で邸に戻ったリフィは不機嫌だった。

 甘いお菓子と、お茶で何とか機嫌を直してくれたよ。

 今も庭の木陰テラスで、口の中で蕩けるメレンゲ菓子を美味しそうに、幸せそうに食べていた。その様子に胸を撫で下ろしながら、僕はミントティーを飲む。


「そう言えば、領民に言われる事が増えたんだけど、私の映像や写真を、破格の金額で買い漁る変態冒険者に心当たりはある?」

「っぐぅ」


 思わぬ逆襲に、油断していた僕は噴き出すのを堪えて、噎せった。


「昨日、街に出掛けた時も聞いたんだ。私のする事為す事全てに感心して、凄く褒め称えて話を知りたがる聞き上手で、何より青緑の髪の美少年が側にいたから、悪人や不審者ではなく、身元のしっかりした人物と判断して話した、って声をかけられる事がよくあるんだけど。……その気味の悪い変態粘着質なストーカーは、ケイのお知り合い? 聞き出した容姿から、何となく予想はついたけど」

「……はぁ」


 焦り、どうにか呼吸を整えて一息吐いた僕は、顔を上げた。同時に、伝言の風魔法が届いたのを、これ幸いと聞いてリフィへの返答を避けた。けれど簡潔な伝言では要領を得ない。僕の表情に、「どうかした?」とリフィが心配してくる。


「恐らく誰かが敷地内に侵入したらしいんだけど、間違いの可能性もあるらしくて……ちょっと話を聞いてくるよ」

「私も手伝う?」

「気のせいかもしれないから僕だけで大丈夫」

「わかった、行ってらっしゃい。私はここでお茶してるよ。サンルテアの邸だし、ケイがいるから問題ないでしょ」


 瞬間、不安が過った。

 もしかしたら、と頭に浮かんだ考えを消し去り、「一応は警戒してね」と告げて、僕は転移魔法で侵入されたと思われる塀の場所に移動した。

『夜』部隊の巡回していた男二人組が、早速報告を始めた。


 話を聞きながら念の為、風の精霊と視覚だけ共有して敷地内を探った僕は、少し驚いた。

 リフィの言う変態に、関わらなくていいと、寧ろ関わらせたくないと思って、回避していたのに。

 僕は『夜』に、「原因は解ったから構うな」と言い、リフィの元へ転移した。

 現れた僕にリフィが目を丸くする。けれど、僕はそれ所じゃない。


「久し振りだな」


 リフィの背後に立っていた銀髪に水色の目をした侵入者ハイドが、薄翠の長髪を一房とって、口付けていてた。

 突然現れた気配に反応したリフィが、椅子を蹴倒して席を立つ。それを待っていたかのように、椅子を避けたハイドが後ろから「ようやく会えた…っ!!」と抱きついた。


 冒険者として鍛えられ、腕を上げたハイドは、この土地で地の精霊達の加護と契約を受けただけあって、気配を紛れさせるのと移動するのが特段に上達していた。

 それも弓を得意とする狙撃手で、気配を消すのは元から一流。僕でも捕まえるのが厄介な程に、成長している。


 サンルテアの領地の邸だと安心し、警戒せずに油断していたリフィは、突如、後ろから腹部に回った腕に抱き上げられて、「うぎゃぁっ!?」と絶叫した。


 瞬時に暴れて逃げ出そうとし、土魔法で相手を拘束しようとするも、力で押さえ込まれ、土魔法も抵抗されて不発に終わり、背後から抱き締められた。

 しかも、髪のかかる首筋に顔を押し付けられ、くんかくんかと臭いを嗅がれ、満足そうな至福の表情の変態ハイドに、リフィの表情が引き攣って固まった。

 感極まったようにハイドが柔らかな笑みを浮かべ、声に出さず唇を動かした。


 嫌な予感が的中したと、転移で駆けつけた僕の心中は穏やかじゃない。何が「おれの女神…」っ!?

 その現場を見た瞬間、怒りに我を忘れかけ、どうにか理性を保って相手を蹴り飛ばし、拘束が緩んだ瞬間にリフィを奪い返した。


 良い蹴りが横っ腹に入り、「ほげぇっ!?」と間抜けな叫び声と共に、リフィを確保して陶然としていた変態が、数メートル先の大木に勢いよくぶつかって跳ね返って、地面に倒れた。


 危なかった…。相手が友人として交流のあるハイドだから、まだ手加減が出来た。

 胸を撫で下ろしていると、粘着質なストーカーを見ないよう、僕の胸に顔を押し付けて視界を隠したリフィから、怯えが伝わってきた。小刻みに震えながら、僕のシャツの胸元を左手できゅっと握ってきた。


 左手でリフィの頭を撫でながら、耳元に唇を寄せて、「大丈夫。もう何も心配ないよ」と言い聞かせた。

 強張っていたリフィの体が弛緩し、僕も安堵した。


 深く息を吐いたリフィが、改めて甘えるように僕の胸に顔を埋めて、両手を背中に回した。その素直な姿が可愛いな、と和んで僕も抱き締め返した。

 倒れた変態から怨嗟の声が上がる。


「……おい、ケイ。何しやがる」

「僕の婚約者に抱きついた不埒者を排除しただけだよ。侵入者をもてなす義理もないから」

「なっ、こ、ここ婚約者っ!?」


 ハイドが驚愕して、動かなくなった。僕とリフィを唖然とした顔で見つめ、倒れるように地面に突っ伏した。


「…そうだった…その噂を聞いたから、からかってやろうと驚かせるつもりで来たのに……。…何でおれが反撃をくらってんだよ…。しかも馬に蹴られてるし…」


 ハイドが僕を睨んできた。同時に、僕に抱きつくリフィも視界に入り、徐々に涙目になっていく。

 それを腕で拭って立ち上がると、宣言した。


「――おれはっ、諦めないからな、リフィーユッ!! ケイも覚えてお――」

「無理!!」


 ハイドの宣言を遮ったリフィの大声に、僕は驚いて軽く両腕を上げた。リフィが顔を隠すようにして僕に抱きついたまま、するすると背後に回る。ちらりと僕の横から顔を覗かせて、親の仇のようにハイドを見た。


「私、変態ストーカーは受け付けてないんで、どこか別の人に引き取って貰って」


 ハイドが硬直した。


「沢山の美人なお姉さんと遊んでるんでしょ」

「ぐはっ」

「街で私について聞き回って、写真や映像を買っているとか、鳥肌が立ったよ。気持ち悪くて怖い」

「ぅぐっ、それは…でもおれは」

「諦めないのは本人の自由だけど、本当に無理。ケイの友人だから、嫌だけど、今回は常識無く抱きついてきた件は許す。嫌だけど。だから、忠告。貴方は今、冒険者としてここにいるのでしょう」

「お、おぉ」


 肯定したハイドに、僕の背後で殺気が膨れ上がった。向けられていない僕でも、圧を感じて息苦しい。


「貴賤が関係ない冒険者なら、冒険中に危険な任務で命を落としても、仕方ないよね…?」


 言外に、自分に近づいたら殺す。そう告げるリフィの笑顔と共に、冷気が漂った。

 僕も息を詰めて凍りつき、正面のハイドは魂すら凍らせたように動かなかった。



*・*・*・



 あの後、ヴァンフォーレが引き取りに来たので、固まったまま気絶しているハイドを引き渡した。ついでに噂の婚約者がリフィだと告げれば、ヴァンフォーレがハイドに同情の眼差しを向けた。


 天敵が去った後も、リフィは暫く僕から離れなかったが、領地から出たと精霊に聞いたら、強張っていた体から漸く力を抜いた。

 再会の衝撃で少し混乱していたけれど、テラスから邸内に場所を移した今は落ち着いた。

 僕の前で、やけ食いして紅茶を飲み干す程には。


「っとに、ハイドも王様達もしつこいな!」


 ハイドの愚痴を聞き、ついでに城であった事の愚痴を聞く。恨み言を言われた。それから急にポツリと、「陛下と王妃が、例の件をリル王女に話したって」と、言われた。


 何の事かと考えて、思い出した。王女の我が儘に付き合って、失敗した任務の件だった。

 どうやら、王女は自分の我が儘な行動で、騎士達を危険に晒して傷を負わせ、僕に負い目を持たせた例の事件を聞き、反省したみたいだ。あれから、厳しく行動が制限され、指導された理由も解って、謝罪していたと王妃が言っていたらしい。


 それで王妃から僕に、「その節は私を助けてくれてありがとうございました。甘やかして育てた娘の軽率な行動で、苦しませてご免なさい。お陰であの子はブレイブのようにはならず、王族としてしっかりと考えて動く事を覚え始めました」と伝言を預かったと、リフィが知らせてくれた。


 解決している出来事だから、僕としては何でも良かったけれど、王女の成長の糧になったなら、傷つき責任を負った彼らも報われる。そもそも悪いのは、許可を出した陛下だと思うよ。我が儘を言った王女にも苛立ちはしたけどね。


 それにしてもハイドは、本気で僕に恨み事を言わなかったな。彼の気持ちや執着を知っていながら、婚約したと周囲が認識しているという事を黙っていたのに。

 嘆息して顔を上げたら、リフィと目が合った。何か言いにくそうにしている。


「リフィ、どうかした?」

「……うん。……そのごめんね?」

「何が?」

「婚約者っていう立場を利用させて貰って、ケイの友人を傷つけて追い返したから」

「……ぇ」


 いや待って、それは僕の台詞だよね?


「どうしても気味が悪くて、鳥肌と寒気が酷くて、無理って散々拒絶しておいてなんだけど、友情に皹が入ったらご免なさい。ハイドが何か言ってきたら、私から望まれて婚約したとでも言えば、ケイに裏切られたんじゃないと、少しは納得できると思う」


 この期に及んで、未だ僕に利用されようとするなんてね…。それに、その案はハイドの思いが歪んで、憎しみが君に向く可能性だってあるのに。


「もし私を逆恨みして攻撃してくるなら、その時は受けて立つよ」

「……何で相手を叩きのめす気満々なの…」

「だって、あれはない。本当に無理。背筋がぞわぞわするから、手っ取り早くこの世から抹消したいなって」

「穏やかな笑顔でトンデモない事を言うのやめて」


 リフィが生理的に受け付けないのは、よく解ったよ。


「リフィ、心配させてごめん。ハイドなら大丈夫。彼も気付いているんだよ。そんなにリフィが好きなら、遠い友達認定されようが、君に嫌われようが、本来の立場を利用して強引に会いに行ったり、冒険者として君に付きまとう事も、影からこっそり見る事も出来たのに、そうしなかったって。本当に色々と拗らせて……」

「え、いや、そんな変質者が来たら、全力で倒したよ?」


 真顔で返された。

 解っていたけれど、少しハイドが不憫だ。リフィに抱きついたのは、有罪だけど。


「…ハイドも僕の気持ちを知っていたから。多分、表面的に愚痴や恨み言は言ってきても、反感はそれ程持ってないと思うよ。僕が君の側に幼い頃からずっと居るのを知っていて、何も行動を起こさなかったのだから」


 ただ年に一度、会える機会をここで待っていた。

 普通の人からすれば、怖いというか、引くだろうけど。


「ケイが恨まれたり、サンルテアに何かしてこないのなら、別にいいよ」


 呑気に笑って、リフィがお菓子に手を伸ばした。

 ハイドが僕の気持ちを知っている、という言葉をスルーされた。

 本当にリフィは、解っていないのか、気付いていながら、解らない振りをしているのか、読めない。

 どちらでも良かったけれど、何だか、はぐらかされるのも終わりにしたくなった。


 僕は深呼吸をした。

 緊張している筈なのに、心は穏やかで笑みが浮かんだ。

 その言葉は、自然と出てくる。


「好きだよ、リフィ。君の事が大事だと思っている」


 リフィが目を瞬かせた。



お疲れ様でした。

少しハイドが不憫な回でした。

次は十五歳編です。恐らく、十五になる前の話くらいだと思います。


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