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45, 13才 ①

2回目の投稿です。

リフィの冒険譚?になります。


前話を読まなくても大丈夫ですが、読むとこの話の前半部分の詳細が解ります。


誤字や手直しがあっても、内容に変更はありませんので、読まなくても大丈夫です。




 今日も晴天が眩しいなぁ。

 シルヴィア国の東部と、南にある宗教国家トレアとの国境近い街。とあるダンジョンの前で、私は体を伸ばした。

 去年より手足も身長も少し伸び、成長した体躯は魔力がみなぎり、軽くて扱いやすい。


 三月も半ばを過ぎた現在、南のルドルフ地方の気候は暖かく穏やか。簡単な準備体操で体温が少し上がった。

 私は呼吸を整えながら、春空を見上げる。

 ケイが学園に入ってからのこの一年は、長かったような短かったような…。不思議な時間であり、自分を見つめ直すいい機会だった。


 普段は弟のユリアスを可愛がり、両親の時間を邪魔しない範囲で何度か会いに行った。元気に育っていて、ホッしたよ。

 徐々にお姉ちゃんと可愛く呼んで貰い、次にお姉様、大きくなったら姉上と呼ばせたい。私のささやかな野望を聞いたアッシュがドン引きして、憐れむように弟を見たので、もふっておいた。


 後はもう自由に行動をしていた。冒険者としてギルドの依頼を受けたり、神殿からの指名依頼を受けたり、ギルドで突然パーティーを組もうと勧誘されて「無理」と雑に対応したり、関わったのが二秒くらいの記憶も曖昧な人がケビンだったのかなぁとチェシー宛の手紙に書いたり。

 他に、地方公演をしているスピカやシリウスの舞台をこっそり観たり、契約している地方劇場の財政や噂を調べたり。勿論、劇団ステラの新公演もバッチリ監修して、チケットを売り捌いた。


 娼館ファラエナのお姉様方にも売り込みつつ、お客の噂や情報を世間話がてら貰って。たまに内緒で一日だけファラエナのお手伝いをしては、お小遣いと情報を沢山貰ったよ。


 そうそう、マシューとメリアは結婚して街中で暮らしてます。

 マシューはまだ『影』にいるけど、裏方というか後方支援を主にこなして、後進の育成に努めている。メリアは雑貨店の店員をしながら、少女達の恋の相談にのって楽しそうに仕事をしていた。


 ケイが学園の長期休暇で戻ってきても、領主の仕事と『影』の仕事、王様達からの依頼で騎士団の討伐に参加と、依然として多忙だった。

 学園にいるか、家にいるかの違いで、ケイに頼まれたら私も手伝ったけれど、それ以外はいつも通り過ごした。


 夏の長期休暇前に開催された学園のパーティーに、私がケイのエスコートで参加するにあたり、一悶着あったから気まずくなるかと覚悟していたのに……。

 ケイが何でもないように振る舞ってくれたお陰で、私も普通に接する事が出来た。


 具体的に言うと、エスコート直前で私が脱走ドタキャンしました。


 婚約者がいないなら身内を同伴するのは普通で、諸々の借りがあるし、両親や祖父に頼まれたから引き受けたものの、いざとなると怖じ気づいた。――捕獲されて強制連行されたけど。

 土壇場でやらかしても、パートナー役はきちんと務めたよ。後で母に怒られて、ケイにも謝罪して、許して貰った。


 休暇中は、ほぼ毎年恒例のサンルテア領地へ遊びに行き、不在にしていた間のお互いについて話したり、ギルドの依頼を受けたり、ギルドマスターのクルドを訪ねたり、のんびり過ごした。

 時間が経つのは早くて、ケイの長期休暇が終わって一人に戻ると、少し寂しかった。それも直ぐに日常の忙しさに紛れていったけど。


 ラカンさんとお茶したり、サリーと食事会に出たり、時折ソール先生の診療所をお手伝いしたり。

 アッシュと散歩に行ったり、精霊の困り事を解決したり、時々は真面目に学園の予習というか、既に習っていたので復習をした。


 健康にいいお茶も諦めず根気よく作り、サリーや騎士家系の男爵令嬢ソニア、ケイと同学年の子爵令嬢クレールも交えて出掛けたり。お母様と他の劇団の公演を観に行ったり、お父様と遠出して領地に手を出した盗賊団を壊滅させたり、何気ない日々は思いの外、過ぎるのが早かった。


 そうして秋になり、冬になり、年が明けて。

 チェシーとの手紙のやり取りも変わらず。

 会って互いの近況を話し、学園での再会を誓ってから三日。入学する迄は連絡を取らないと、最後の手紙を受け取った。


 学園入学まで半月を切り、とうとう入学かぁと感慨深く思い、何かやっておきたい事は無いかと考えた結果。

 思い付いたのが、自由時間を満喫する。よし、ダンジョンに潜ってみよう! となりました。


 そして今、私の目の前には未開の層が残る古代遺跡ダンジョンが!!

 何だかんだで、がっつりダンジョン攻略をした事が無かったんだよね~。ちょこっと入口付近を潜ったり、既に攻略されたダンジョンで目当ての物を採集した事はあれど、その二回だけ。


 正神殿長のルワンダさんに、トレアとの国境近くの遺跡で採って来て欲しい物があるんです、と茶を飲みながらお願いされた事もあって、ミラ・ロサとして初のダンジョン攻略に来ましたよ。


 元はルドルフ王国だったから、この地方にもギルド支部がある。最近では小さなギルド支部なら、国内の大きな領地にも出来始めていた。

 ギルドで、ルワンダさんが出したダンジョン攻略依頼を受けた時に、やたらとキラキラした爽やかな好青年っぽい人がいて、何かと新人の相談にのって助言していた。


 そんな彼に話しかけられて、無駄に疲れた。

 親切なのは解るけど、しつこい。新人じゃないし、忠告は有り難いよ。けれど、フードをとって顔を見ようとしたり、個人の攻撃スタイルを詳しく聞こうとしたり、挙げ句には少し手合わせしようとか、断ったのに次から次へと…うんざりした。


 明らかに初めての依頼を受ける不安そうな新人の男女二人組がいて、何故こっちに来るよ?

 ちょっと準備運動がてら手合わせして緊張を解そうとか、断ってもしつこい。結構強めにきつく突っぱねても、一人は危険だから一緒にダンジョンに行こう、と声を掛けてきた。


 行きたきゃ一人で行け。それか他と組め。

 ケイやアッシュ、『影』達なら平気だけど、誰かと組んだら、力をセーブするから自由に戦えない。自己紹介で、名の知られたミラ・ロサとも、フロース・メンシスとも名乗れないし。


 強引でも爽やかな雰囲気のお陰で、嫌みになってないのが個人的にイラッとしたので、あそこで冒険者が困っているので相談にのっては? と、面倒を新人に押し付けて逃げた。


 そこでふと、初めての冒険に戸惑っている時に声を掛けて、手伝ってくれる攻略対象者の話を、チェシーから聞いた事を思い出した。確かルワンダさんの息子でケビン・アルシャール……いや、ナイナイ。

 確かに年上の爽やかイケメンだったけど、あんだけ突っ慳貪に対応して好意を持ったら、何か怖い。脳筋野郎って叫ぶかもしれない。


 ダンジョンに入ったら当分は出てこないと思い、チェシーにさらっと手紙を書いて、ついてきた『影』セスにお使いを頼んだ。

 お父様にはここにいる事を伝えていても、ケイには伝えていない。


 卒業式が終わって屋敷に帰ろうとしたケイは、入学式とその後の行事の準備で、強引に王子達から手伝いへと駆り出されて多忙らしい。

 邪魔しちゃ悪いよね。ダンジョンの事を話したら、僕も行くと、お仕事を逃げて来そうだし。頑張って仲良くなって仮ヒロイン(ケイトス)

 私はダンジョンの入口に向かって歩き出す。


 どーれ、いっちょ行ってみますか。

 わくわくと心が弾み、緩みそうになる口を引き締めて、私はローブ姿で、薄暗い洞窟に足を踏み入れた。

 心の中で、リフィーユ、初ダンジョンいっきまーす、と叫ぶくらいには浮かれていた。


 大陸のあちこちに出現して人に害なす魔物は、上級魔物以外は倒せば雲散霧消して消え、たまに消える時にアイテムをドロップする。けれども、ダンジョンの魔物は少し違う。


 ダンジョンから出ると姿が消えてしまうので、基本は古代遺跡内にしかいない。倒すと、下級魔物でもダンジョン内に肉体が残るので、素材を剥ぎ取り、魔核、核石、魔石と呼ばれる物をとって、素材屋に売ってもよし、ギルドに売ってもよし、どちらもお金になる。

 因みに、ケイから六歳の誕生日に貰った私の髪飾りも、琥珀核という魔石で作られていた。


 ダンジョンの魔物は内部に入った人を襲うし、たまに外に出ても消えずに暴れるものもいる。黒の森等から出てくる魔物よりは弱いけど、一般人には脅威だよね。

 なので、外の魔物に馴れる為や腕試しと、狩りに来る人や騎士達も多い。冒険者にとっては稼ぐにもってこいの場所だ。


 途中で休憩を挟みつつ、ダンジョンに入ってから、約三時間が過ぎた。

 ダンジョン内は、外と同じ時の流れの場合もあれば、違う時もある。今いる祈りの狭間ダンジョンは、一時間後に外に出たら、三日経っていたという冒険者の話がある、奇妙な所。浦島太郎気分が味わえるそうです。不思議~。


 小まめに休みながら、私は余裕綽々で魔物を狩りまくって、核となる魔石をたんまり手に入れて、ご満悦だった。

 五層より下の階は未踏らしかったけど、魔物がちょっと強くなったかなって位で、外での下級、中級レベル。


 途中、宝箱や隠し部屋の罠に引っ掛かって、魔物の大群に襲われたけど、火の上級魔法で私以外を爆発させ、風の特上級魔法でちっちゃな台風を巻き起こして切り刻み、貴重な薬草と宝石を手に入れた。


 初ボスは蹴倒し、中ボスを殴り飛ばし、最下層のラスボスらしきレア魔物を一刀両断し、素材と魔石を剥ぎ取り、異空間入れ物に収納。

 換金換金いくらかな~と鼻唄混じりに魔物を狩って歩き、道に慣れた帰りは一時間で五階層に着いた。その途中で、魔物に襲われている冒険者を発見した。

 危険は自己責任なんだけど、夢見が悪そうだから助けるか。


 悪人面のウサギ三羽が、鋭い爪で青年に襲い掛かって行く。三頭身の二足歩行ウサギは、普通なら可愛いんだろうけど、凶悪なその顔がマイナス五十点!

 私は目を瞑り腕で頭を庇う冒険者の前に移動して、鋭い爪のある右手甲でウサギの爪を受け止め、左を軽く振って爪先から出る鉄鋼の糸で三羽を纏めて縛り上げた。


「おーい、大丈夫ー? 生きてるー?」


 急いで魔物との間に入った拍子に、フードが取れた。

 輪を縮めて魔物を輪切りにすると、紫の血を流しながら切り裂かれた魔物と魔石が残った。


 討伐を確認して振り返ると、思ったよりも近くに互いの顔があり、至近距離で対面した。おっ、と私が驚くよりも先に、真っ赤になって青年が気絶した。

 えぇー、ちょっとどうした何があった!?


 よく解らなけど、外傷はないし脈も呼吸も安定している。声を掛けながら軽く揺さぶれば、青年は直ぐに目を覚ました。

 上半身を起こして、じっと見つめられ、それから目元を赤くしてチラチラと視線を寄越された。

 体調を問えば、問題ないと返されて戸惑っていると。


「……さっき倒れたのは、その…、貴女があまりにも綺麗で死の危険から解放された安堵と女神に救われた興奮で……」


 美少女ぶりに驚いてくれたらしい。どうもありがとう。イイコだ!

 普段なら関わらないけれど、初心者に毛が生えた程度の実力で、中級ダンジョンにいる事が不思議で事情を聞けば、四十過ぎの街の長が、彼の十四歳の妹を借金のかたに貰っていこうとしているらしい。表向きは借金返済の為、長の家で働かせるという名目で。


 ダンジョンの収入がある街の権力者に誰も逆らえず、役人は賄賂を貰って多少の横暴には目を瞑っているとの事。

 両親を魔物のせいで亡くしてから、借金返済の為に二人で頑張ってきたと言われた。


 うん、よくある話。ていうか、本当にそんな下衆がいるんだ~と感心してしまう。いつもなら面倒事は放置なんだけど、関わった手前しゃーない。力を貸そう。ロリコン変態臭が漂うし、超絶美人な女神様と崇められちゃあ、無下には出来ないよね!

 え、そこまで言われてない?


「オッケー。おねーさんがヒトハダ脱ぎましょう!」

「いや、明らかに年下だよね!?」


 おねーさん!? と驚かれてしまった。ミラ・ロサとバレるのも嫌なので、冒険者カードは見せずに、フィーと偽名を使った。


「大丈夫。私ものスッゴク強いから、任せて! そんな変態は首を切ってこよう! ついでに晒し者にして社会的に抹殺~」

「気持ちは嬉しいけど、何でか残念さで美少女ぶりが八割減してる」

「多くないっ!? 減る割合がだいぶ多くないっ!?」


 それでも、ありがとうと、泣きそうに笑いながらお礼を言った青年は、レオンと名乗った。十九歳で農家をしていたけれど、両親の借金があると聞いて、一年前から兼業で冒険者をしているそうだ。


「……どうしてオレや妹がこんな目に…」

「……」

 

 そうだねぇ。でも、メリアよりはマシじゃないかなぁ。メリアは故郷と家族全員を亡くして、返済の猶予すらなく娼館に売られたから。

 まぁ、どれ程辛いかなんて人それぞれで、レオンの苦しみも、メリアの悲嘆も、マシューの遣る瀬無さも、味わっていない恵まれた私が、軽々しく解るとか、何かを言える立場じゃないんだろうけど。


 だから、この人助けは自己満足。マシューが救いたかったメリアと似た境遇の兄妹を救うのは、今の私に偶々、時間があって助けられる余裕があるから。後は個人的な私怨で、ロリコン変態滅ビロと思っているから。


 さくさく魔物を狩りながら、レオンにも狩らせながら、魔石と素材を剥ぎ取る。帰りはレオンが増えた分二時間二十分で戻った。外に出たら、真っ直ぐギルド支部へ向かった。


 必要ない魔石と素材と、ボスや最下層までのルート等のダンジョン情報を売りつつ、日付を尋ねれば、もう四月二日の午前十時で、五日後には入学式だった。おぉっ、本当に浦島太郎気分!


 私は一度レオンと別れて、取っていた宿に戻った。

 入学準備をしてきたとはいえ、入寮前にはユリアスや両親との別れを惜しみたい。いくらお守りを多く渡してあっても、私のいない間に何かあったらと思うと、不安だからね。


 早く王都へ帰る為にも、私の戻りを待っていた付き添い『影』のセスと、元からこの近くに派遣されていた『影』をこき使って、手っ取り早く町長の弱味を探らせる事にした。


「え、マジかよお嬢。オレの仕事はお嬢の護衛だけだぜ。てか、お嬢をすぐ連れ帰らないとオレがヤバい」

「私がダンジョンから戻るまでのんびり出来たでしょ。徹夜で働けば、明日には決着をつけて帰られるよ」

「鬼か!」

「親友マシューの無念の為にも」

「いや、死んでねぇから。だーもうっ、仕方ねぇなぁ!」


 よし、セスを丸め込めた。

 セス達が動いている間、私はどうやって街の長を追い詰めようかと悪巧みをしながら、ほのぼのとお風呂に入った。あ~さっぱりした。


 逆上せる前に浴室から出た私は、着替えてからレオンの家に向かう。

 今日の魔石と素材だけで、残っていた借金の四割分に到達したと大喜びしたレオンは、急いで家に帰って行った。長へ返済してくると息巻きながら。


 それで長が引き下がるならセーフ、引かずに妹のチロルを欲しいとごねたらアウト。どうやって潰そうかな~。腕がなるぜ、ふっふっふ。


 悪い顔で嗤いながら歩いていたら、混んできた大通りで人にぶつかった。咄嗟に謝りながら顔を上げたら――…。


「のうきんやろー…」

「え?」

「いえ、何でもありません。失礼しました」


 そのまま去ろうとしたのに、手を掴まれた。何ですか、慰謝料は払いませんよ?


「無事に戻ってきたみたいで良かった。そう言えば、祈りの狭間ダンジョンの攻略情報があるってギルドから連絡が来たけれど、それってもしかして……」


 焦げ茶の髪の隙間から、澄んだ水色の目と合った。柔和な目が笑っておらず、何かを探るようだ。これは面倒そう。


「……私、用があるので。さよーなら」


 掴まれた手を外して、全力ダッシュ。気配を周囲に紛れさせて徐々に消しながら、郊外のレオンの家へと走った。

 騒ぎになって、『影』に何かあったと思われるとお父様に報告がいくので、ある程度距離が出来たら普通に大通り歩く。

 大丈夫だよね、と振り返り――後悔した。


 物凄い速さで猛追して来る人が一名。それも私目掛けて一直線。……ダメ、アレ関わったらヤバい人。

 足に力を込めて、私は再び走り出した。


 撒こうと必死に走るけど、走っても走っても付いてくる。あーもう、しつっこい!

 移動魔法で姿を眩ませても、何故か見つかってしまう。どうしよう、気絶させる? いや、私を見つけて追いかけられる実力者だ。相手取るのに時間がかかるし、街中で強い魔法は使えない。


 ………。

 背に腹には変えられない。私は人気のない路地に誘い込んで、追い掛けてくる青年と対峙した。


「私に何か用ですか? 場合によってはギルドにストーカー被害で訴えますよ」

「えっ、いや、その…追いかけて、悪かった。ただお願いというか、少し話してみたくて」


 手短にお願いします、と言い掛けたら。


「あ、いたいた! フィー!!」


 顔に殴られた痕の残るレオンが、路地に入ってきた。頼むから、空気読んで。

 気にせず路地を進んできたレオンが、私の隣に立った。


「丁度フィーの宿に行こうとしてたんだよ。そしたら、この路地に入る怪しい男の影が見えて、フィーの声がしたから声を掛けたんだ。なぁ、どういう状況?」

「心配してくれてありがとう。何でもないよレオン」

「フィーって言うんだ。可愛い名前だな」


 無駄に爽やかな笑顔で話に入ってくるな。そして、何でレオンが得意気に胸を張って、私のフードを外す!?

 名前だけじゃない本物の美人だ、ってソリャドウモ。けど、赦さん。


「所でレオン、その顔は一体どうしたんだ?」

「あー、これは……」


 案じるように問われて、名前も知らない他人に私情をペロッと話すレオン。青年は熱心に話を聞き、「それは赦せないな」と憤慨した。


 長の家に借金を返しに行ったら、お金を取られて、負けていた利子分を払えと言われたらしい。払えなければ妹を貰うと。話が違うと言ったら、殴られて問答無用で追い出され、私に相談しようと宿に向かっていたそうだ。

 これはアウトー。変態だ!


「俺はケ…冒険者のレイだ。レオン、フィー。俺にも何か手伝わせてくれ」

「いや、結構で」

「いいのか? ありがとな、レイ!」


 がっちり握手するレオンとレイ。

 ……何で即座に意気投合してるの。というか、冒険者レイって、巷で有名なSランク冒険者? 十五歳でSランクになり、今は二十歳。二つ名が『光速の勇者』とゆー大層なもので、速い動きと剣技に加え、光魔法の使い手。誰にでも優しく頼りになると評判の人……私の健脚に付いてくる程速かったけど…。


 うん、ワタシ何も知らない。ただこの人の名声が利用できるなら利用して、長でも脅しておこうかな。

 私達はレオン家に向かい、励ましてくれる優しく熱いレイに兄妹が憧れ、歓待した。昼時とあって、昼食を作っていた可愛らしい少女チロルの手料理をご馳走になる。


 その後、作戦会議の筈が、何故かレイ兄貴の冒険譚を兄妹が熱心に聞いている。私は本当の兄妹のような三人をぼんやり眺めながら、お茶を飲んだ。

 チロルはレイの片腕に抱きつきながら隣の席を陣取り、熱い眼差しを向けて話を聞き、たまに牽制するように私を横目で見てきた。……何か敵視されてる?


 レオンは「すげー」と感心しきりで、妹の恋心には気付いていない。レイは笑顔を振り撒きながらも気付いているのか、チロルの腕を離させて、何とか長対策へと話の修正を試みるが、兄妹から「それでそれで?」と冒険譚の続きを促されて、流された。


 平和だなぁ。問題は何も解決していないのに。

 昼食後の満腹感と春の穏やかな気候に包まれ、明るい話声を聞きながら、私は船を漕いだ。

 ハッと気付けば、時計は午後四時近く、冒険譚はまだ続いていた。……帰るか。


 席を立ってカップを洗い、「お邪魔しましたー」と家を出た。外に出て体を伸ばし、欠伸をしながら大通りに戻ろうと歩き出すと、バタンッ!! とドアが開いて、レオンとレイが出てきた。


「ちょっと待て、フィー。まだ兄貴の冒険譚は終わってないぜ?」

「フィー。作戦について話し合おう。それと路地で言ったようにお願いがあるんだ」

「フィーちゃん、兄を助けてくれて本当にありがとう。後はSランク勇者様のレイさんが助けてくれるから大丈夫よ。彼がいれば安全だし、何とかなるわ」


 最早、誰にどう突っ込んだものか…。


「長は何とかします。レイさんは長が何か仕掛けてきた時の為に、二人の警護をお願いします。二人はなるべく家から出ないようにして、外出は三人一緒で。明日には粗方片付いて、私はここを発ちます。それじゃお疲れ様でしたー」


 後はレイに任せて、私はひらひら手を振って速足で歩いた。宿の部屋に戻り、ローブを脱いでベッドに倒れ込む。

 ふかふか~至福だ…。このまま少しだけ寝ようっと。


「お嬢…。オレらをこき使って自分は寝てたのかよ」

「……えーと、お疲れ様でした」


 セスに起こされたのは午後八時近く。

 よく寝たと起き上がり、酒場兼食堂に下りて、夕飯を食べた。それから部屋で報告会。

 予想通り真っ黒な長だった。


「ふぁ~」と欠伸をして、私は目尻に滲んだ涙を拭う。

 この街の『影』は仕事に戻らせて、セスにお使いを頼み、私は異空間入れ物のショルダーバッグから目的の物を取り出し、ローブを着込んだ。何もしていないのに、ローブがバッグの辺りで蠢いた。緑の蔦が微かに見えて、私は欠伸を噛み殺す。

 早く終わらせて、もう一眠りしよう~。



*・*・*・



 思ったより寝過ごしてしまった。

 既に日が高く、もうすぐお昼だ。セスの「寝過ぎだ。ボス達が帰りを待っているっていうのに。若が何て言うか」という小言を聞き流し、起きると街中が騒がしかった。


 宿に置かれている号外と新聞を見ながら、昼食を頂いた。

 簡潔に纏めるなら、長の不正が暴かれて逮捕されたという記事。強姦や幼女を店で買った証拠写真や、明細の内容。それもダンジョン収益の一部を私利私欲の為に用いてだ。

 おまけに長の豪邸は昨夜、何者か恐らくは魔物の襲われて半壊し、私兵も長も軽傷を負ったと書かれていた。


 宿の主人や客が、立派な騎士となった次期ルドルフ領主のモレクが、早朝に長と賄賂で私腹を肥やしていた役人二人を捕まえ、財産を没収した、と話していた。……少し不服だけど、ここら辺で奴に花を持たせておけば、国へのルドルフ民衆の反応もよく、領主のデネシャも人質としてだけではなく丁重に扱われて、甥っ子の成長している姿に国への態度が更に和らぐ、かな。

 ロリコン変態街の長も破滅させて、めでたしめでたし。


 午後に少しだけ観光してお土産を買って帰ろうと、部屋の荷物を片付けて宿を引き払った。

 大通りを歩きながら店を見て回り、喫茶店でお茶をしてから帰ろうとテラス席の隅で焼きたてサクサクのパイを食べていたら。

 ドサッと、対面の席にレイが座った。


「まだ居てくれて良かった、フィー。お願いがあるんだ」


 そう言えばそんな事を言っていたような…。

 ていうか、私今、光の屈折で姿を暈して、ついでに軽く認識阻害の結界魔法をこの席に掛けているのに、簡単に見破って……あぁ、光魔法のプロだったな、この人。

 フードを外した状態で、もきゅもきゅと口に詰め込んだパイを咀嚼して飲み込んだ。フラッペを啜る。


「祈りの狭間ダンジョンを攻略した時に、七層辺りで青い星形の花を採取しなかった?」

「もぐもぐ」

「その花はある魔法の解毒に効果がある物で、女性が攻略しないと採取出来ないっていう物だったんだ」

「ずずっずずっ」

「俺じゃ全然見つけられなくて、古い文献を当たって漸く女性ばかりが、それもトレア国では聖女と呼ばれる歴代の女性達が、祈りの狭間ダンジョンに入った時に採取したという一文を見つけて、俺の知り合いの女冒険者は国外の任務で頼めないから、父に誰かいないかと聞いてみたんだ。花を採取できる人に心当たりはないかって」

「……聖女?」


 嫌な単語に、私は漸くテーブル上の飲食物から顔を上げた。瞬時に不可視と防音の結界を展開し、レイを警戒する。

 今、セスは私から離れていた。二年前からある奇妙な観察の視線。四ヶ月に一回位で、一時間にも満たないそれの気配を今朝感じ、セスが追いかけていた。


「凄いな。一瞬でこんな緻密な結界を…」

「……レイさんは…」

「本名を聞くなら、フィーも名乗るのが冒険者のルールだ。でも正神殿長が頼りにするのも納得だな」

「……」

「それで、素材は売ってくれるか?」

「……解りました」


 本当は薬草茶の材料にしようと思っていけど、仕方ない。ルワンダさんには何かとお世話になっているし、この人から正神殿長に渡して貰おう。………はぁ……。最悪だよ、チェシー。まさか本当に会っちゃうなんて…。


 落ち込んで俯いたら、いきなり視界に手が入り込み、唇の左側を拭われた。

 思わず正面を見ると、「付いていた」と、レイがパイ生地のカスが付いた親指を嘗めた。


「……そんな『うわぁ』って感じの嫌そうな顔をされたのは初めてだな…。取り敢えず、これが売買契約書。これで良ければサインをしてくれ」


 書面を読んで問題ない事を確認した。というか、ルワンダさんが用意した物をそんなに疑いはしないけど。差し出されたペンを握り、サインしようとして、やめた。紙をレイに返す。


「どうかした?」

「……売りますが、サインはしません。だから、今すぐギルドに花の採取を依頼して下さい。冒険者らしくギルドを通してやりましょう」


 手間が掛かるけど、契約書には本名を書く形式だった。相手の名前は空欄。私が書いたらレイも書いたんだろうけど、それじゃ互いの本名を知り、プライベートでも知り合いになってしまう。

 手遅れだろうと、学園で再会する羽目になろうと、先伸ばしになるならそれがいい。攻略対象者と知り合うのは。


「成る程。親父が目をかけるわけだ? 長の件といい、魔法といい、興味深いな」

「何の事でしょう。それより、急ぎで必要なら早く依頼を出して下さいね」

「直ぐに出してくるよ。聖女の花の採取依頼」

「聖女の花…」

「彼女達が採取していたからそう呼ばれるようになったらしい。宗教国家トレアで代々王家の未婚の女性、それも膨大な魔力を持つ者が与えられる称号だ。国と民の為に祈りを捧げ、トレアが祀る神と心を通わせる聖なる存在。その実態は誰も解らないけど。ここはトレアがすぐそこにある。昔はこの辺もトレア国だったなんて話もな。その二、三百年前の聖女が、あのダンジョンに来た事があっても不思議じゃないだろ」

「そうですか。トレアの伝説と歴史は勉強しましたが、基本は神秘に包まれている事を売りにしている国なので、誇張された表現が多く、話し半分にしか把握しておりませんでした」


 トレアかー。あんまり興味なかったから、簡単な国の概要と特徴を学んですぐ終わったんだよね。トレア特有の聖魔法には興味あったけど、それ以外は清貧で信心深いというイメージ。


 相手がなかなか席を立とうとしないので、私が先に店を出た。

 苦笑したレイがギルド支部に向かうのを見て、お土産のパイを注文してから、私もギルドに向かった。

 ――こうして、私のダンジョン攻略冒険譚は無事に幕を下ろした。



*・*・*・



「へぇ。無事に終わった、ね。本当に?」

「そんなの嘘に決まってんだろ。こいつが関わって平穏に終わるなんて有り得ねー」


 四月の三日の午後。

 久し振りにユリアスに会おうと、ドラヴェイ伯爵邸に帰宅した私を待ち受けていたのは、怜悧で秀麗な美貌を冴え渡らせる従兄弟と大型犬並になったアッシュでした。


 ケイとアッシュは力を合わせて仕事を終わらせて、昨日の朝にはサンルテア男爵家に学園から戻っていたそうで。

 私の不在を知って、昨夜から両親を問い詰め、ユリアスの所で待ち構えていたらしい。

 因みに二人は、モレクと王様達からルドルフ地方の件を聞き知っていて、早朝に転移魔法で国境の街に飛んでモレクを影から見守り、捕物が終われば取って返したみたい。


 そして私は、まんまと待ち構えていた二人の元へ来てしまった。ユリアスを目前にして捕獲され、別室に連行。お茶だけ与えられて今まで尋問ですよ。酷くない?

 もう外は真っ暗。そろそろ夕食の時間の筈……私の分あるよね?

 溜め息を飲んで、お茶で流した。不意に、ケイがにこりと笑った。


「そういえば、面白い話を耳にしたんだ。あくまで錯乱した人の話なんだけど、とある街の長の豪邸に、動く植物の魔物が襲撃してきて、フードを被った人に使役されていたそうなんだけど、リフィ何か知ってる?」


 ごふっ。

 危うく紅茶を噴き出しかけた。


「さぁ~何の事だかサッパリ」


 よく分からないと笑顔で誤魔化す。アッシュが無駄な抵抗を…と、呆れた目をして丸まった。


「変態滅びろと言っていたそうだけど…。僕達に内緒で冒険者としてダンジョン攻略しに行っただけなのに、二週間以上籠っていて、外に出ても直ぐに戻らず、妙な監視に遭遇しながら、どうして長の罪を暴いて緑達を使って襲撃しているのかな、リフィ?」


 ははは、やっぱりバレてた。


「挙げ句、ケビン・アルシャールに会ったってどういう事?」

「お互いに名乗りはしなかったんだけどね~」


 ケイが嘆息した。


「人型のアッシュを冒険者登録しよう。それでリフィに付けようか」

「え、過保護だよ。アッシュが一緒にいたら、やれどこに行く、何をしている、そこはそうじゃないとか、口煩くて……アッシュがオカンみた」


 ゴスッ。

 鼻で額に頭突き…鼻突き? された。


「誰が、誰みたいだって?」

「間違えました、オトンみた」


 ゴスッ。


「暴力反対! 地味に痛い」


 額を庇いながら抗議したけど、アッシュにフンッて鼻を鳴らされ、ケイには笑顔で流された。


「そんな事よりリフィ。君が僕に内緒でダンジョンを楽しんでいる間にややこしい事態になったよ」

「言い方! 冒険者活動をして世の為、人の為に働いていただけ!」

「楽しんでいたよね? 羽を伸ばしていたよね?」

「……それより、ややこしい事態って?」

「チェシーの婚約者が第二王子に決まったよ。まだ内々で発表はされてないけど」


 一瞬、空耳かと思った。ケイを見ると、冗談ではないようだ。


「……何で?」


 チェシーは攻略対象者達と交流を持たないようにして、見合いも婚約の話も断っていたし、父親の侯爵だって同意していた。フリッドとだって少しずつ上手くいき始めていたのに、何でこのタイミング?


 ケイを責めても仕方がないのに、真意を探るようにじっと深緑の瞳を覗き込んで問い詰めた。


「……国の決定だよ」


 苦い顔で表情を曇らせ、視線を逸らすケイ。そんな顔、久しぶりに見た……。同時に理解する。私の顔が歪な笑みを浮かべた。


「はっ、やりやがったな。最高権力者どもが」


 国の為なら、確かに仕方ない。貴族同士の結婚も半ば義務だ。あのボンクラ王子にチェシーを付けて、何とか御したいのも解る。それとも私とチェシーの繋がりに気付いて、利用出来ると考えたか。


 チェシーが私と全く関わりがなければ、名誉な事だと祝福していたと思う。他人事で大変だな~って流して傍観したよ。

 知り合いじゃなきゃきっと、それも高位貴族の仕事の内、仕方ないねと気軽に言っていた。


 今は、言えない。頭で理解はしている。けど、心は拒否っている。

 フザケンナって怒りが燻っていた。


 チェシーがこれ迄頑張ってきた事を知っている。運命を変える事に、変えた事で、周囲の大事な人にまで危険が及ばないかと不安に思いながらも、戦っていた事を知っている。

 私みたいに真っ向から喧嘩は売らずとも、チェシーなりに立ち向かっていた。努力していた。


 それが、ここにきてコレ。

 よりにもよって、第二王子の浅慮な行動から、初恋のフリッドに一生の傷を負わせて、騎士を辞める原因となった奴に、嫁げだって? ハハッ、鬼畜。鬼、悪魔ー。


 シナリオ潰し、上等だよ。

 強制力? それ以上の力で捩じ伏せてやる。

 その為にチェシーの話にのって、学園に通う事にした。協力する約束を忘れてないよ。


 気になったのはチェシーが何も言ってこなかった事。いや、言えなかった事。

 自分が不甲斐ない、情けないって落ち込んでいそう。そんな事ないのに。多分、どうせもうすぐ学園で会うから、と変に遠慮したんだ。


 近くにいたら、直ぐに駆けつけて言ってあげられたのに。

 そんな事ないよって。チェシーが頑張ってきた事を知っているから、落ち込まないでって。


 なのに、自由な時間は今だけだからって、ダンジョン冒険をとことん楽しもう兼ストレスの溜まる学園生活前に八つ当たりでぶっ飛ばせ食い倒れツアーを決行するなんて!

 何でそんな遠くにいたの、私!


 ――学園へ通う前に、ギリギリまで行きたくないと精神が訴えていたからです。うん、知ってる! だからこんな入学少し前に漸く戻ってきた。


 そんな脳内セルフノリツッコミをしながら、私は急いでバッグからメモ帳を取り出して、走り書きする。伝えたい事を手短に。

 書いて直ぐ、『影』に最速でフリッドまで届けて貰う。明日でいいからチェシーに渡してって。フリッド達もきっとチェシーを心配しているだろうな。


「教えてくれてありがとう、ケイ」


 入学式でチェシーに会えたら、笑って言おう。

 ――大丈夫。だから、一緒にシナリオを潰そうって。


「僕も知るのが遅くて御免。本当に内密に陛下と王妃と宰相だけで話し合われていたようだから」

「大丈夫。どんな思惑があろうと、ぶち壊すから」

「……リフィ。怒っている?」

「そんな事あるよ。ケイ、アッシュ。協力してね」


 意気込んで二人を見たら、苦笑された。

 二人の返事は肯定。

 二人が味方なら、何とかなる気がする。そうと決まれば。


「ご飯を食べに行こう」

「……何か色々台無しだな!」

「リフィらしいね」


 呆れた視線と生温い目をスルーして、私は尋問から脱出した。

 明日からはユリアスで癒され、鋭気を養って、学園に行くとするか。

 大丈夫。まだきっと何とかなる。

 私は深呼吸して、心を落ち着けた。




お疲れさまでした。

次はいよいよ学園編…の筈です。

一年くらいすっ飛ばして、十五歳から始めているかもしれませんが。

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