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43, 12才 ②

無駄に長くなりました。二万字越えてます。

休憩しながら、お読み下さい。


一部修正しましたが、内容に変更はありませんので読み返さなくて大丈夫です。



 けぶるような睫毛が震えた。瞼が少しずつ開かれて、鮮やかな柘榴色の双眸が見える。取り敢えず、私としては気絶したお嬢様が目を覚ました事に安堵した。


 護衛の青年、フリッド・レックスに聞いた話によると、彼女はチェスカモアノール・ルヴィオヴィレッタ侯爵令嬢。彼が三年前から仕える高貴なお嬢様で、この領地には避暑に来たそうな。


 別荘でのんびり過ごす事一週間。暇を持て余し、主従は散歩に出掛けた。

 護衛と言っても騎士の時に重症を負い、戦闘の時間に制限があって無茶出来ないフリッドさんは渋ったけれど、この地は貴族の別荘が多い為、治安が良好。まだ魔物に遭遇した事は無いものの、マナーはお墨付き、習った魔法も初級なら完璧にこなせ、後は学園に通うのを待つばかりという優秀なご令嬢。何より、フリッドとわたくしなら大丈夫と、お嬢様に説得されたらしい。


 それで少し遠出をして湖水群まで足を伸ばし、昼食を取って別荘に戻ろうとしたら、ばったり魔物に出会したそうで。お嬢様を守りつつ逃げていた所に、私たちが現れた、と。聞いた話はそんな所。

 ただ、軽く名乗ったら、微妙に驚いた顔をされた。ナゼに?


 取り敢えず、近かったサンルテアの別荘にお嬢様を運んで、子爵家次男の元騎士フリッドの治療をケイがして、私は彼女に付き添っていたのだけど…。

 やっぱり、似ているよねぇ…。てか、覚えやすそうで微妙に覚えにくくて長い名前がそのままだし。縦ロールの片鱗があるし。本人か。


 フリッドさんがいるリビングに移動しながら、二年前に資料で知った謂悪役令嬢にも事情を聞いた。話は護衛と同じ。でも反応は、出掛けた自分を責めて護衛の彼を心配こそすれ、罵倒する事も無く。私たちに感謝してくれた。


 今も、魔物の障気が入り込んだ護衛の傷が治るのに二週間位かかると言ったら、青ざめて落ち込んでしまった。

 ……う~ん、普通にいい子…? 資料では我儘放題に育っていたようだから放置していたけど、この二年の間に何か心境の変化でもあったのかなぁ…。

 

 リビングに着くと、令嬢は真っ直ぐフリッドさんの元へ。美少年のケイやモフモフのアッシュにも気付かない程、護衛の身を案じている。

 私はお茶の準備をしながら、主従の様子を見守った。

 ……いい子と言うか、もしかして…。


 微笑を浮かべた青年と話した事で、侯爵令嬢は漸く落ち着いたらしく、ケイと私を見て「ご挨拶もお礼もせず、失礼しましたわ」と申し訳なさそうに頭を下げた。

 私は紅茶をサーブして、改めて四人でソファーで向かい合う。


 お互いに自己紹介すると、お嬢様が如実に反応した。驚いた顔で、まじまじとテーブル越しに相対するケイと私を見てくる。……穴が空くほど見られるのは、恥ずかしいね~。


 侯爵令嬢が相手だし、粗相がないよう化け猫の皮を久々に被って、淑女モードで対応をしようと澄まし顔で微笑んでいるけど、そろそろ見るのを辞めて欲しい。


 お嬢様はケイと私を代わる代わる熱心に見て、首を傾げながら、勢いよく口を開かれた。何故か私の方を見て。


「あのっ、もう一度お名前を伺っても宜しいかしらっ?」

「リフィーユ・ムーンローザです。こちらが従兄弟でサンルテア男爵子息のケイトス・サンルテアです」


 普段ならケイが答えるのだろうけど、私的な場だし、めっちゃ私が見られているので、鉄壁の淑女の微笑みで答えたよ。

 お嬢様は当惑したように眉間に皺を寄せて、とても不思議そうにケイと私を見てくる。隣で護衛が不躾に見過ぎで失礼だと袖を軽く引いた事にも気付かず、自分の世界に入ってしまわれた。


「ムーンローザ? リフィーユ・ムーンローザ・サンルテア男爵令嬢ではありませんの? そもそもサンルテア男爵家の子息って亡くなっている筈ではなくて?」


 おぉっと…? 何でそんな事を知っているのかな~。

 ケイと私が一瞬だけ視線を交わし、丸まっていたアッシュが立てた耳を微かに動かした。

 フリッドさんが少し慌てたように主の袖を強めに引くけど、お嬢様は無視。というか、気付いていない。


「やはり、わたくしの知っている世界ではないのかしら? でも、この容姿も彼女の姿も名前も、全部あの世界と同じですわ……。一体どうなっておりますの…?」


 ……これはもしや? まさかまさかの展開っぽい…?


「失礼ながら、ルヴィオヴィレッタ様。『きみまほ』という言葉に聞き覚えは――」

「ごぶっ」

「ありそうですね…」


 飲んでいる時に話しかけて御免よ。そしてやっぱりそうか。

 お嬢様は咳き込んで「どうして、その言葉を……」と、ボタボタ紅茶を滴らせながら、呆然と私を見てきた。すかさずフリッドさんが、ハンカチを差し出す。


「私もその言葉を知っております」


 真っ直ぐ柘榴色の目を見返すと、唖然としていたお嬢様が、何かに気づいたようにハッとした。


「…あなた……もしかして……っ?」

「恐らく、お互いに同じ事を考えているかと思います」


 暫く口を開けっぱなしで私を見ていた侯爵令嬢が両手で顔を覆い、盛大に呻き声のような溜め息を吐き出した。



*・*・*・



 本当に思った通り、まさかまさかの展開だったよ!

 私は驚きつつも、実感をじわじわ感じている最中だったから、徐々に興奮してきているのに少し冷静で。


 色々話したいと思っても、意味が通じなさそうな護衛がいるからどうしようかと悩んでいたら。相手の方が高揚した様子で饒舌に語り出した。慌てて止めればキョトンとした顔をされ、視線でフリッドさんや周りを示せば、少ししてから気付いたように口許に手をあてた。


「フリッドなら大丈夫ですわ。約二年前の十歳の誕生日以降、記憶を思い出したわたくしが以前と様子が変わりましたので、常に側にいる彼は直ぐに気付きましたの。わたくしも混乱していて、整理する意味も兼ねて、彼にだけ前世の記憶と未来を軽くお話ししましたの。あまりよく解ってはいないようですが、誰にも話さず一応は信じてくれましたわ」


 ああそれで、名乗った時に微妙な反応をされたのか。でもそれなら、遠慮はいらないね!

 それに納得もした。彼女についての調査報告書を受け取ったのは、丁度、十歳になる誕生日前までだった。だから、放置していたんだけど、記憶が戻ったのはその後かぁ。

 ケイをチラチラ見る同じ転生者のお嬢様に、私も彼は事情を知っているから問題ない事を告げた。


 それからは暫し、きゃあきゃあと喧しくはしゃいで、お互いの事を話し合った。

 記憶が戻ってからの事や、どんな風に成長してきたか、この世界の現代と混じる違和感や、なかなか馴れなかった所や、ご都合主義ならではの季節のイベントがある事。

 前世の向こうの世界の話で盛り上がった。


 何を話しているか解らないケイとアッシュ、フリッドさんは沈黙して私たちの興奮して話す様子をそっと見守っていてくれた。時折、二人で何やら話しながら。

 私はというと、お互いにすっかり意気投合し、チェシーの愛称呼びを許され、ついでにフリッドさんにも呼び捨てでと頼まれ、砕けた口調で仲良くお喋りした。


 そこで知った事は、チェシーは某お嬢様大学に入学した年の夏休み中に亡くなったらしき事、私の持つ記憶より数ヶ月は更新されており、知識が漫画と小説の私に比べて実際に『君に捧げる永遠の魔法』――略して『きみまほ』のゲームを実際に体験済みで、本場の知識が私よりもある事!!


 聞いた瞬間、興奮したよ!

 漫画の途中までしか知らない私と比べて、実際の大元となった物語の結末を知る存在が目の前にいるんだから。それも、全攻略対象者を攻略済み!!


 神様、いるか解らないけど、本当にありがとう! マジサンキュ!

 折角出会えた貴重な情報源。是非とも、色々と教えて貰いたい!

 然り気無く話題をこの世界に変えて、話を聞く事にした。――のに。


「誰が推しキャラでしたの?」

「特に誰とかはないかな。ただメインはやっぱり兄弟王子だったよねー」

「そうですわ。兄弟の間で熱烈に求められて奪い合うんですの。それが人気でしたわ。スピネル殿下を選んでも、ブレイブ殿下を選んでも二人の深くヒロインを思う心が描写されていて切なくて、お互いに兄も弟も思いあっていて苦悩するんですの。それがまた素敵で……」


 ほうっ、とうっとりとした顔で吐息するお嬢様。私としては、へー(棒読み)だ。きっとこの世界で攻略対象者かれらと面識なくて当事者でなければ、キャーキャー騒げたんだろうけど。今は全く興味がない。話を聞いても、あ、そうなんだ。くらい。


 ファンというかこの世界を嗜んでいた人にとっては避けられない話題で、推しキャラやお気に入りのイベントの話がまずありき。まぁイベントといっても、私が知るのは漫画で描かれた限られた部分だけなんだけど。

 それなのに何故かワクワクとした顔で楽しそうに私を見てくるチェシー。あ、嫌な予感。


「それでヒロインは誰が気になっておりますの?」

「いないよ」

「えっ! ですがっ、ほらっ、王子たちとかはどうです?」

「ハハッ」

「何故乾いた笑顔になりますのっ!?」

「ソノ冗談面白クナイ」

「何故カタコトになりましたのっ?」


 ヒロインなんだから、誰かを選んでという令嬢。無茶言うな。


「チェシーの方が上流階級同士で、幼い頃から知り合いで近くにいるんだから、ぽっと出のヒロインじゃなくて血筋も身分も確かな貴女の方が現実的に選ばれやすいと思うんだけど。というか、よくある話みたいに、幼い頃から好きだとか惚れているとか、いい感じで交流があるとか、本当は両思いとかないの? 両親や家に迷惑がかからないなら、私としては当て馬になってザマァされてもいいよ?」


 寧ろ望む所の大歓迎です!

 期待を込めつつ軽い口調で言い、ゲーム世界では悪役令嬢とされる目の前の少女を見つめた。


「ないですわ。わたくしとしてはここが『きみまほ』の世界で少し楽しみ…ごほん。それより、貴女こそどなたか気になる攻略対象者はいらっしゃいませんの?」

「いないね」


 この否定、何度目だろ。

 何でかちょいちょい、攻略対象者の誰かと関係を持っていないか、誰かに憧れや好意があるのではとか、幼い頃に知り合うイベントについてとか、興奮気味に探りを入れられた。

 そんな素敵な人がいたら今の立場を利用して、勘違い女よろしく積極的に強気でアプローチしてるよ、多分。


 そう答えたら、何故かとても落胆された。

 ヤメテ、私に奴等とのイベントやら物語やらを期待しないで。自然と溜め息が零れたよ。

 どうもお互いに、肝心な所を隠して話しているっぽいなー。


 斯く言う私も、幼少の話やこの世界と前世の世界観等の話はしても、イベントを回避して動いた事や、精霊王たちと契約している事やアッシュの事、王様たちとの取引や『ステラ』を立ち上げた事や漫画の途中までの知識しかない事……まぁ色々とぼかして詳細を語っていない。


 このまま腹の探り合いをしていても埒が明かないね。女は愛嬌とド根性――じゃなくて、度胸だ。無意識に避けていたゲームの本編について、ガッツリ膝詰めで話し合うとしましょうか。

 勿論、人の心理や機微を読む事に長けたハイスペック従兄弟も強制参加。協力して貰おー。


 私は単刀直入に、物語の本編と結末について教えて欲しいと、先ずは私の知識が漫画の途中までと小説しかない事や、記憶が薄れていっている事を胸襟した。

 チェシーが少し驚きつつも頷き、改めて。

 ケイとアッシュ、フリッドも交えて、ざっと私たちの前世の記憶や物語の始まりやその前提、世界観等を確認しあいながら話す事になった。


 始めにフリッドから乙女ゲームや、漫画やアニメとは何かという質問から始まり、チェシーが回答し、困ったら私が言葉を捕捉して説明した。

 その辺はケイやアッシュに説明していたけど、私やケイに会うまで半信半疑というか聞き流していたフリッドは、ケイからも話を聞いて少しだけ実感が湧いたそうな。潔く腹を括って受け止め、お嬢様の為に関わる覚悟を決めたらしい。中身もイケメン騎士か!


 私の心の突っ込みはさておき。

 基礎の知識を全員で共有し、世界観の認識を擦り合わせた。精霊を敬うシルヴィア国とその近隣で関係がある大陸の国についてや宗教。そこは十年以上この国で暮らしていれば、当たり前に知っていたのでスルー。

 では、肝心の物語の始まり、その前提条件をお復習さらい


 基本、ゲームでの世界はシルヴィア国の魔法学園が舞台で、物語が開始される。攻略対象者は六人。

 両親を亡くしたヒロインが、同じく跡取りを亡くした母方の男爵家に引き取られて育ち、魔法学園に入学。そこには、優しい兄王子と俺様な弟王子、次期宰相の冷静沈着な公爵子息、次期騎士団長の真面目で誠実な侯爵子息、それから次代の正神殿長とされる頼れる兄貴分な教師ケビン・アルシャール。――って、ルワンダさんの息子!?


 真剣に頷きながら聞いていたけれど、冷や汗が半端ねぇ。身近に地雷があったとか、何ソレ怖い…。

 通りで聞いた事あるような名前だと思ったわー、ハハハ。


 確か漫画では、担任としてヒロインと少し関わっていた。

 何となくこの人も相手の一人かなと思いつつも、先ずは王子たちとの関わりや幼い頃の出会いのエピソード。それから宰相子息や騎士団長子息と距離を縮めながら関わる内に、少しずつ過去に出会っていた事を思い出していくという風に話が進んで、攻略対象者の先生まで読む前に、前世の私の人生が終わっていた。

 うん、印象に残っているわけねぇわ。


 何でもケビンとは、学園の入学前に腕試しで簡単なギルドの依頼を受けて、困っていた所を助けて貰い、協力して事件を解決したというのが出会いらしい。勿論、男爵家の護衛もついている、互いに少し変装した偽名(登録した冒険者名)の状態で。


 その後もたまに受けた依頼先で会い、困り事がある度に助けてくれたり、冒険者のルールや基本を教えてくれるお兄さんのような存在なんだとか。

 チェシー曰く。他の方より出会いが遅かった分、多めに会う機会があったのだと思いますわ、だそうだ。


 そういえばルワンダさんに、冒険者フロース・メンシスに息子が興味を持って会いたいと言っていたとか、一度だけ会ってみませんかとか奨められたり、ニアミスもあって慌てて逃げた事もあったなぁー…。


 取り敢えず、過去の私グッジョブ。

 偉い人と関わるの面倒と逃げまくっていて正解だよ。油断してうっかり会っていたら攻略対象者とか、ホント笑えない。

 幸いにも、私の目から生気が失われている事に気付いたのは、ケイとアッシュだけだった。


 最後の攻略対象者は隣国から留学で来るゴルド国のハインツ・ハイド・ゴルド王子――って、やっぱりお前もか!

 ヒロインがサンルテア男爵領で過ごしつつ、身分を伏せて領地を見て回りながら、初めて冒険者活動のをしている時に出会ったのが、身分を隠した庶民に理解ある軟派な隣国の王子様。

 隣り合う地域の様子を内密に視察がてら訪れた彼が、領地で起こっていた事件に巻き込まれたヒロインを偶然にも助けたのが、学園に入る前の出会いらしい。


 あっはっはっはっは。

 私が、あいつに助けられる? ウフフフフ、冗談じゃねーですわよ。

 警戒して、遠い友達に認定しておいてよかったわー。ええ、お陰であれ以来関わる事なく、安心安全快適に過ごせています!


 それにしても。攻略対象者に出会ってはいても、見事にシナリオを回避しているというか、ぶち壊しているというか……。

 チェシーの話を聞きながら、無意識に遠くを見る目になったケイとアッシュは見なかった事にした。


「攻略対象者はその六人だけ? 他に隠れキャラとか出てこない?」

「ええ、精霊の属性に合わせて攻略対象者も六人でしたわ」

「属性に合わせて六人?」

「その通りですわ。因みに、六人が全員ひっそりと思いを寄せて、ヒロインを好ましく思っている事はあっても、逆ハーレムエンドはございませんでした――って、ナゼ無言で勝利を噛み締めるように拳を握っておりますのっ!?」

「いよっしゃあっ!!」

「そこまで喜ぶことですかっ!?」


 喜ぶ事なんです!

 厄介な面倒事が無いというか、懸念事項が減ったというか。感謝の念がめっちゃ溢れ出てくる。


「わたくしを拝むのは止めて下さいませっ」

「あ、ごめん。つい嬉しくて」

「嬉しくて念仏まで唱えるものですの!?」


 細かい事は気にせずスルーして下さいな。

 ここまでそれなりに話したので、一度ゆったり休憩タイム。お茶を新しくして、冷やしておいた生チョコケーキを全員に配り、一息ついた。


 後の話は省略すると、学園に入学したヒロインちゃんは、誰もが一目置く魔力量と全属性を持ち、高位の精霊を召喚して精霊に好かれ、全攻略対象者の注目を浴び、何かと関わる事になっていくものの、それが気に入らない悪役令嬢に嫌がらせを受けつつ、攻略対象者と絆を深めて、めでたく結ばれる。――あくまでゲームとして都合よく出来上がった世界では。


「壁として立ちはだかる悪役令嬢は一人ですわ。物語の中盤までの選択で、ヒロインと一番仲が良い方の婚約者として登場しますの。ですから、攻略する方を決めましたらその方へ優しく良い感じの選択を選び、他の方へは少々つれない選択をしてルートに入りますので、とてもやり易いゲームでしたわ」

「へぇ~、やるのは苦手だから遠慮するけど、誰かがしているのを横でちょっと見るくらいはしたかったかも」

「まぁ何を仰いますの! 貴女はヒロインですもの、横ではなく現実でこれからいくらでも体感する事が可能でしてよ!」

「……」


 興奮して陶然と語るチェシーに、私はノーコメントで曖昧に微笑んでおいた。

 チェシーの横には、乙女の憧れる甘い話に理解不能という顔をし、ゲームの結末をざっくりと聞いて愕然とするフリッドがいる。


「お嬢様が、当て馬の悪役令嬢…。嫌がらせ……三年前なら兎も角、今はそんな事はしないと言える。というか、お嬢様に失礼だ。由緒ある侯爵家のご令嬢を蔑ろにして、身分の低い令嬢に現を抜かすなんて……いや、その場合、あくまで欲しいのは魔力量と全属性を持つ貴重な存在として……それはそれでどちらにも大変失礼か…」

「フリッド……」


 痛ましげな表情をするフリッドに、チェシーが自身の胸を片手で押さえて、見つめ合う。


「お嬢様、教えて下さい。その悪役令嬢という方は最後、どうなるのですか?」

「特には何も。表だって大きな罰を受けていないとは思いますけど、将来の国の上層部の覚えは悪く、国の救世主たるヒロインへの敵対行為は悪評が広まり、わたくしが我儘を通して無茶をさせたせいでお父様は不正を働き、社交界では爪弾きにされて家も没落し、居場所がなくなったとしか語られませんでしたわ。子爵に降格になって、誰にも知られず邸の奥深くでひっそりと生涯を閉じるか、どこかに嫁がされるか、神殿の修道院に入るか、平民になるかといった所でしたかしら」

「……自分は、拾っていただいた旦那様とお嬢様に最後まで付き添いますから。ですが、まずはそうならないように努力しましょう。今のお嬢様なら大丈夫です」

「ありがとう、フリッド」


 思わず、私は隣で優雅にお茶を飲むケイを見た。優しく見守るというか見て見ぬ振りをしている。私も沈黙して、目で互いに頷きあった。何というか、この二人って……主従の恋かな―?


「属性に合わせて攻略対象者が六人ていうのは何で?」

「それは結末に関わってくるのですわ」


 正にそれを聞きたかった!


「無属性はレアですので省きまして、基本の魔法は六属性ありますわね。複数の属性を持つ攻略対象者六人も、特に秀でている一つの属性がありますの。火の精霊王と契約した建国王の血を引くスピネル王太子は火、武に優れたブレイブ第二王子は闇。建国時、水の精霊王と契約した公爵家のイナル様は水、風の精霊の加護を得た侯爵家のキース様は風。同じく建国時、民衆をまとめて魔物に立ち向かった建国王の友人で、初代正神殿長の子孫であるケビン様は光属性。隣国のハインツ殿下は特殊な事例ですが、この国の者でなくても精霊の加護を得た話は割とありますわ。隣国と地が続いているからか、彼は地の精霊王が守護を与えたサンルテアの土地によく出入りしており、仕事で彼の地の為に働く事が多かったので、それで守護を得たと言われておりましたわ」

「うん、それで?」

「攻略対象者と関わりながら物語を進めまして入学から二年後、属性を一つ選んで専門的に研究するようになりますの。そこで選んだ相手が研究のパートナーになるのですわ。同じくその共同研究者の婚約者として悪役令嬢わたくしが登場しますのよ」

「それは別に良いけど、第一王子や宰相子息、騎士団長子息やハインツ王子たちは卒業してる、或いはすぐ卒業するんじゃない?」

「ハインツ殿下は交換留学生として、精霊魔法を基礎から学ぶ為にやって参りますので、年上ですが学年は一つ下になりますわ。『先輩として色々と教えてくれるよな?』と大人の色気たっぷりに迫りつつ、ヒロインを振り回すんですの。年上なのにやんちゃな所がまた魅力で、でもしっかりエスコートしてくれるそのギャップがまた素敵でしたわ」

「へー」


 アレがねぇ。駄目だ、想像つかん。子供っぽいと言うのならまだ解るけど。

 隣ではケイが「拗らせすぎたのかな…」と意味が解らない言葉を溜め息と共に吐き出した。


「第一王子たちですけれど、研究のパートナーは実力が近い方が選ばれますの。多くの魔力と全属性を持つヒロインのパートナーは攻略対象者しかおらず、逆もまた然りなのですわ。ですから、学年が離れていても、卒業しても、選ばれたパートナーが卒業するまでは共同研究者としての時間を必ず取る事になっておりましたわ」

「成る程ねー。それで?」

「新しい魔法を考えたり、魔法の精度を上げたり、精霊王を喚べるように訓練したり、丁度二十年に一度、大規模な国の結界を張り直しますので、その方法について吟味したり、必要な素材を集めに行ったり、社交もこなして色々とイベントがあるのですわ」

「うん、色々と思い出して、うっとり思いを馳せている所悪いけど、それでラストは?」

「その結界を直す大役にヒロインとパートナーが選ばれますの。その内示を受けて練習している時に、各地で魔物が大量に発生して王都に押し寄せて来るのですわ。それをヒロインとパートナーが共同研究していた魔法で抑え込み、能力を伸ばした二人が精霊王を協力し合って召喚しまして、魔物を追い払って結界を張り直しまして、貴族を含めた国民から感謝されてめでたしめでたし、となるのですわ!」


 チェシーが興奮して鼻息荒く語りきり、ゲームを思い出しているのか感嘆の息を吐いた。

 私はというと、隣のケイと視線を合わせて互いに目を瞬かせた。

 成る程、確かにそれはめでたしめでたしのクライマックスだね…? 取り敢えず、戻ってこーい。


 いい加減な呼び掛けが届いたのか、知りたがっていたラストを教えたのに反応が皆無の私たちを、チェシーが訝しげに見てきた。


「……どうかされましたの?」

「……えーと、実は既に各種精霊王を取り揃えております。因みに単独で全員召喚可」

「……」

「……」

「………は? え、本当に?」

「マジマジ。それとケイも精霊王召喚が出来るよ」


 ぱかん、と。チェシーの目と鼻と口が大きく開いた。え、あの、お嬢様、流石にその顔は淑女として、いや、恋する乙女として不味いんじゃ……。


「ちょっとぉぉっ!! 何してるんですの―――!?」


 大音量で身を乗り出して叫ばれたけど。

 私としては、会心のガッツポーズ!


「イエス!!!! コレで攻略対象者(余計なの)いらない! 起きる可能性のあるラストも問題なし! シナリオ潰し上等!!」


 何やら絶叫が聞こえなくもないけど、スルーで。私は嬉しさの余り、隣のケイとハイタッチしてグータッチ。


「え、な、何でっ、入学前は精霊と契約してない筈ではっ? 仮魔法しか使えない筈ですのに……っ」

「シナリオ変える為にめっちゃ頑張りました。具体的には七歳で全精霊王と契約して、魔法も武術も磨いたの」と、ピースサイン付きで答えたら。――チェシーが顔を両手で覆って、盛大に嘆いた。


「いやぁぁ、シナリオを戻してぇぇ!!!?」

「やだよ」

「どうしてですのっ、シナリオ通りに進むのが貴女にとっても幸せでしょうっ?」

「はぁ? フザケンナ。従兄弟と母が死ぬ糞シナリオなんて誰が認めるか。書き直しを要求する」

「いやぁぁぁ!! 可憐で美しいヒロインが糞とか言わないでぇぇ!!」

「下町の裏社会に出入りする平民なもので」

「どんな平民ですのっ!?」


 すっかり取り乱して、さめざめと泣くチェシー。隣ではおろおろしながら、フリッドが慰めている。少し離れた窓際で丸まるアッシュが、はふーと息を吐いて目を閉じた。


「……これでは『君に捧げる永遠の魔法』ではなく、『自分で作る永遠の魔法』ですわっ」

「どういう事?」

「…ぐすっ、ヒロインとパートナーの共同研究と言いましても、研究で主体となりましたのは相手役です。その彼が国を救うヒロインの負担が減るように、他も全てヒロインの為に考案された魔法であり、彼の心が詰まっているのですわ。ですから、タイトルが『君に捧げる永遠の魔法』――彼の強い想いが完成させた強力な魔法であり、初恋であり、共に過ごして育てた魔法のような気持ちを永遠に捧げるという意味ですのに……」

「あ、私一人でどんな最上級魔法もこなせるから心配しないで」

「それはもう聞きましたわっ」


 何でか更にマジ泣きされた。

 攻略対象者がいなくても、私かケイが戦って精霊王を召喚すれば、これから起こる出来事も問題ないという事が解ったのに。


「わたくしの憧れの世界が……大好きなヒロインと攻略対象者たちのスチルやイベントが……何故こんなにも台無しに……。貴女それでもヒロインですのっ?」

「ヒロインじゃなくて私だからね~」

「ぐすん。もう、何なんですの貴女…」

「魔法で無双するチート様!」


 育ってきた胸を張り、ドヤ顔で堂々と宣言しときました!

 チェシーとフリッドが呆け、ケイと目を閉じたままのアッシュが仕方ないなぁ、という感じでふっと微苦笑した。


 それからは、私のシナリオ潰しの活動を話して聞かせた。

 大好きな両親と従兄弟を失わないよう必死に魔法を学んだ事や、街で王子二人と会いそうになって逃げ回った事、その際に初めて死にかけた事や、国に報告する魔力量を正神殿長と結託して隠した事。


 父の浮気や死を偽装して愛人と逃げた事、裏で操っていた祖父の存在や既にハイドと会った事、『大波』という現象に、ケイを助ける為に全精霊王の召喚をして、王様たちに私の存在がバレた事。それで取引をした事。病の母を救う為に薬を第一人者に協力して完成させた事。


 他に何度も誘拐された事、死にかけた事、イナルやキースを避けたものの結局遭遇した事、恐らく強制力みたいなものがあっても絶対ではなくて、三度くらい乗り越えれば話を戻す強制力も無くなる事等々……。

 思えば随分とハードで濃い日々を送ってきたなー…。

 ……少し前も妙な事に巻き込まれたんだよね。


 王都に大規模なサーカスや移動遊園地や大道芸等がやって来て、人もいつもの三倍は集まって大賑わい。

 普段なら人混みは嫌いだから出歩かないけど、人手が足りないと『ステラ』の公演の手伝いに駆り出され、必要な消耗品を買い出しに行ったり、ビラを配って宣伝したり。


 それが終了してからお祭り気分を味わって、屋台の串焼きやクレープを買って食べ、鼻歌を口(ずさ)みながら歩いていたら。

 すれ違った男の人が振り返り、私の手を取って目を輝かせていた。


 これ迄にも何度か声をかけられたり色々あったけど、只人相手で身動きを取れない内に私が、一目散に手を引かれて連れ拐われたのは初めてだった。

 記憶に残ったのは、驚いた鳥の精霊の姿。

 あー、コレは連絡を受けたケイとアッシュが慌てて駆け付けるパターンだ。


 後で確認したら、精霊から連絡を受けて直ぐに動いてくれたらしい。人も多かったので『影』を十人以上動かして、見つけたのは巡業している一座の夫婦の大天幕。


 ケイとアッシュが忍び込んで来た事に気付いた時、天幕では椅子に座った私に、五十歳前後の座長夫婦が土下座を披露していた。

 ――何コレ。


 唖然とするケイとアッシュから、不審げな目が私に向けられた。

 待って。私、無罪。何もしてないよ!

 つーか、私が何コレ状態だから。


「お願いします。人形の歌姫として舞台に上がって頂けませんか!?」

「え、ヤです。人前キライ」


 ちょっと混乱したけど、言われた言葉には普通に返してしまった。


「そこを何とか! 椅子に座って目を閉じ、合図で目を覚まして無表情で歌うだけでいいんです。容姿も歌声も素晴らしく、珍しい聞いた事のないメロディーを歌っていましたよね? 一座を助けると思って、お願いします! 勿論、報酬は弾みます」

「え!」

「――リフィ?」


 すかさず現れた従兄弟。……私の習性をよくご存知で。

 突然現れたケイとアッシュに驚く夫婦。でも私は、少しだけほっとした。

 座長夫婦に私が連れ拐われたと聞き、探して駆けつけたと簡単に説明するケイが大人というか、この場の主導権をガッチリ握ってしまった。…筈だった。


 その後、ケイ共々、座長夫婦に二人で舞台に出てほしいと頼まれた。髪や瞳は鬘とカラコンで変えられるから、と。

 天幕内には暫く「お断りします」、「お願いします」、「嫌です」、「そこを何とか!」という応酬が続いて。

「では、歌だけでも教えていただけませんか?」と苦肉の申し出が。


 ちょびっと心が揺れ動いた私に、ケイが嘆息した。

 解ってるよ~、お金儲けは諦める。前世の歌を教える気はないし、教えて儲けるなら『ステラ』でするから!

 後でそう言ったら「違う。そうじゃない」と、ケイとアッシュから異口同音に突っ込まれたけど。


「事情も話さず急に人を拐ったと聞きました。警備隊に連絡しても構わないのですが……どうするリフィ?」


 本気じゃないケイの申し出に青ざめる座長たち。私が「大事にしないで」と返したら、目に見えて安堵した。


「あの、やはり歌を少しだけ教えて頂けませんか?」

「コーチ料はおいくらですか?」

「リフィーユ」

「はい、すみません」

「全く、足元を見ていくら? じゃないよ」


 ケイとアッシュから呆れた視線が突き刺さりました。冗談だと言ったのに、疑われる悲しさと言ったら……。

 その後は、言わずもがな。大人しく家に連行されました。


 回想終了というか、重い話を軽くする為に最近の出来事を話してみたけれど。……そろそろ戻ってきてくれないかなぁ。

 向かいに座るチェシーたちを見れば気絶寸前というか、まだどこかに意識が飛んでいた。彫像のように固まって二人とも微動だにしない。


 あーうん、話を理解したいけど、難しくて混乱必至なのは何となく解る。私も話していて、なかなかにヘビーな人生と思ったから。

 でも、解って欲しかった。


 ゲームの世界ではヒロインだったかもしれない。けれど、今ここで生きているのは、リフィーユ・ムーンローザの『私』だって事を。チェシーだって『悪役令嬢』ではないって事を。シナリオ通りに生きる必要はないって事を。


 前世の私もこの世界は大好きだよ。大好きな話の一つだよ。だから、チェシーの気持ちも解る。私だって自分が無関係だったら身勝手ながら、傍観者として物語の続きを見る事を望んでいたかもしれない。


 今、当事者の私は、それを望んでいないけど。

 その事を知って欲しかった。勝手な押し付けだって解っているけれど、チェシーは知りたくなかったかもしれないけど、同じ前世の記憶を持つ者同士、少しだけでも知って欲しかった。


 二人ともまだ暫く戻ってこなさそうなので、私は飲み終わった自分のカップにお茶を注ぎ足し、手つかずのチョコケーキを食べ始めた。好物を忘れるくらい、私も緊張していたみたい。


 半分程ケーキを食べ終わると、隣のケイのカップが空いたので、そちらにも少し冷めた紅茶を注いだ。

 そこで漸く、前方でアクションが再開された。まぁ盛大に息を吐かれたのだけど。そちらを見ると、チェシーとフリッドが俯いていた。


「……その、何と言ったら良いのか……まだ頭が混乱していて……。わたくしはてっきり、物語の通りに進んでいると思っておりましたので、予想外と言いますか……意味が解りませんわ」


 頭を抱えながら、チェシーが口を開いた。


「何故、話の流れに逆らいましたの? 貴女もこの世界を知っていて、好きだったのでしょう? 物語通りに進んでいれば、リフィが死にかける事も、傷つく事も、誘拐されて変態に狙われる事もありませんでしたわ…。何故、そんな苦労を自ら背負いましたの? どうして運命シナリオの通りに――」


 惑乱しているからか、徐々に声を荒らげて、物語通りにどうしてしなかったと言いかけるチェシー。それを横からフリッドが止めようとし、私はそれ以上口を開かせたくなくて、強めにケーキ皿をテーブルに置いた。


 ビクッとして、チェシーが話すのを止める。

 丁度、食べ終わったお皿を、やや驚いたケイに向けて、私はにっこり微笑んだ。ケイに代わりのお菓子を持って来て欲しいとお願いする。というか、強制的に結界を作ってケイとアッシュを締め出し、読唇術や精霊との同調、精霊が教えるのを警戒した。


 ケイがアッシュを見て肩を竦めた。大人しくお茶セットと食べ終わった私の菓子皿を待って、二人がリビングから出ていく。

 それを見送ってから、私は正面に目を向けた。チェシーとフリッドが体を強張らせた。


 久し振りに、ちょっと本気で怒っていた。チェシーが混乱していて悪気がないのは解っている。けれど、その言葉を何度もケイに聞かせたくなかった。


 物語通りに進むという事は、即ち、ケイや母が死に、私が男爵令嬢になっているという事だ。何度もケイ本人に、私に、母とケイが死んでいれば良かったのにと言っていたも同然。


 それを告げると、青ざめたチェシーが無神経な事を言ってご免なさいと謝った。フリッドにも、失言を止めようとしてくれてありがとうと。……悪い子ではないんだよね…。

 多分、シナリオ通りになっていれば、私が死にかけず、傷付かずに済んだのにって言いたかっただけなんだろう。


 ケイとアッシュが戻ってきたので結界を解除すると。

「それじゃあ今度は僕の番」と微笑んだケイが私を追い出して、結界を展開した。――て、ちょっと待ってぇ!


「皿を片付けたから、リフィは自分で食べたいお菓子を持ってきてね」


 そう笑顔で告げられた。

 抗議するも不可視の壁を叩くだけ。ケイが結界内に入ったら、「はよ行くぞ」とアッシュにスカートの裾を咥えて引っ張られた。後で大きくなった全長三メートルあるアッシュをもふもふしていいから、と。


 はい、それは顔を埋めてもふって良いやつですか?

 真面目に問えば、嫌そうにアッシュからお許しが出た。

 ケイに誘導されてちょっと悔しく思いながらも、心惹かれるもふもふには逆らえず、私は退室した。




・・・***・・・(ケイ)




 リフィがアッシュと去ったのを見て、僕は笑顔を消した。

 戸惑うチェスカモアノール・ルヴィオヴィレッタ嬢とフリッドに、先程の暴言を謝られた。

 僕としては気にしていなかったのだけれど。取り敢えず、謝罪は受け取っておいた。

 それじゃあ、本題に入ろうか。


「ルヴィオヴィレッタ嬢」

「チェシーで構いませんわ。敬語も不要でしてよ。あの、わたくしも名前でお呼びしても宜しいかしら?」

「……ケイで構いません。僕にも敬語は不要です。それより、訊いてもいい?」

「何かしら?」

「何度も言っていたけれど、どうしてシナリオ通りに拘っているんだ? 理由があるなら教えて欲しい」

「それは……」


 チェシーが口を閉ざし、俯いた。


「……もしかして貴女が、殿下二人とイナル、キースの婚約者候補として残っているから?」

「どうして、それを…」

「建国当時からある名家の貴女なら、聞いた事くらいはあるんじゃない? 代々続く『国の闇』を監視し、共存する存在を」


 僅かに反応したのは、国の騎士団で若くして近衛隊まで入ったフリッドだった。

 フリッドが簡単に『影』について話すと、ふと何かを思い出すようにチェシーが考え込んだ。

 僕は声をかけて、話を戻す。


「……シナリオ通りに進んで欲しかったのは、もしわたくしが婚約破棄されるのなら、自分がどうなる未来なのか把握して対処したかったからですわ…」

「それは」

「勘違いなさらないで下さいませ。確かに殿下方たちに憧れはありますわ。好きな世界ですし、思い入れもございますもの。ですが、何が何でも結婚したいとは思っておりませんわ。ヒロインと結ばれるのなら、構わないと思っておりましたから。寧ろ平民になってもいいので、婚約破棄されたいと願っております」


 石榴色の目が、真っ直ぐに僕を見てきた。僕は冷めた目で淡々と見返す。


「それで?」

「え?」

「婚約破棄されたいのなら、平民になりたいのなら、その為に何をして来たの?」

「何をって…」

「家に迷惑をかけたくないのなら、病弱な振りも出来た筈だよ。それなら穏便に候補者から外れられた。貴女に甘い父親に願う事も出来たでしょう。話の動向が知りたいのなら、リフィを調べて絞り込む事も出来た。それなのに何もせず、何故、婚約者に選ばれる可能性がある王妃殿下や公爵夫人たちが集まる茶会に参加したの? ――貴女も、望む未来があったのに」

「っ!」

「貴女は自分の欲しい未来の為に、何をした?」

「……」


 平民になりたいのは、多分、フリッドの為なんだろうな。一緒にいたくても、ただの護衛の妻になるのに侯爵令嬢の肩書きは重過ぎる。かと言って、怪我をして得意の武術で活躍や出世が望めない子爵家の次男では、婿入りも厳しい。

 周囲も反対し、侯爵家に迷惑がかかり、家を出たとしても連れ戻される可能性が高く、非難されるのはフリッドになる。


「貴女がリフィの努力を知らないのは仕方ないけど、もし今後も付き合うつもりなら、シナリオ通りが良かったとは言わないで欲しい」

「え?」

「物語通りじゃなくて少し不満そうだったよ。悪気はないのだろうけど、リフィに何故シナリオを変えたのと若干苛立っていたけれど、ヒロインを羨ましがっていたけれど、それなら貴女は、記憶が戻ってから今日まで何をしていたの?」


 チェシーが沈黙した。

 フリッドが何か言いかけたのを、流し見て黙らせる。精霊魔法の基礎や入学前の簡単な勉強や礼儀作法の見習い、社交で忙しかったとでも言いたいんだろうけど、だから?


 リフィは自分勝手を承知の上で、自身の望む未来の為に運命を変えた。話だけでは簡単なように聞こえたかもしれけれど、大変な事だったんだよ。その為の努力をして、死の運命を覆すのに命懸けだった。死なずに生きているけれど、それならチェシーやフリッドは出来るの?


 話では、ヒロインが魔法の使い方や基礎を習うのは男爵家に引き取られて十歳になってからって聞いた。ましてや、精霊召喚するのは入学してからだから十四歳前後。

 ヒロインは今のリフィ程、緻密な魔法を使えないだろう。


 ある程度成長してからの方が、魔力が体に馴染んで、心身に負担がかからず習得するのが有利なのに、リフィは今、全精霊王と契約していて繊細な魔力操作も労せず出来る。


 その域に達するまで、幼い体で火傷を負い、全身凍りかけたり溺れかけたり、精神が安定しなかったり、裂傷を負ったり、何度も傷ついてボロボロになった。六歳の子供が文字通り必死に魔法も契約も習得した。


 元々の素地はあったけれど、それを努力して開花させたのはリフィ自身だ。

 今のリフィは間違いなく、贔屓目なしにこの国で最高峰の魔法使いだと言える。


 それに努力したのは魔法だけじゃない。武術だって打撲も切り傷も骨折も負いながら、それを何度も繰り返し、血反吐を吐きながら学んで今の実力に至った。

『影』になると覚悟を決めた大の男でも、数日に一度は辞めたい、もう無理と逃げる事を考え、弱音を吐く訓練をこなした。


 スピネルやブレイブは、僕やリフィを超人的に、別次元の才能のように、簡単に習得したと思っている節があるけれど、そんなわけがない。ましてや危険な訓練で、主家の血筋や幼い女の子だからと甘やかす事もない。そこは母もメイリンも徹底していた。

 だから、『影』はリフィを受け入れた。


 何度も治して、尚も死にかける怪我を負いつつリフィは毎日訓練に参加したから。訓練参加当初は、早々に何度もバテて伸びていた。

 訓練についていけず、倒れて、殴られて、蹴られて、投げ飛ばされて、『影』たちにぼろ負けして、骨を折って、痣を作って、涙をためながら、それでも自分が決めた事だからと、毎日通った。魔法で自分を治しながら、体を強化しながら、訓練をこなした。

 だから、『影』は彼女に傅く。

 自分たちの何倍も幼い子が頑張ってこなしたから。


 僕は目の前の令嬢を見つめた。彼女には彼女なりの努力や考えや立場があったのかもしれない。それでも、リフィがヒロインだと羨ましがるのなら、何故シナリオを変えたと怒るなら、チェシーが自分でシナリオ通りとやらに戻す為、頑張るしかない。

 だってきっと、リフィは譲らないから。

 僕はリフィの努力の一部を話して聞かせた上で、覚悟を問う。


「貴女には、それが出来る?」

「……」

「自分の願う未来の為に、リフィを納得させるか妨害するか戦うかして、強い意思で彼女のこれ迄を否定して捩じ伏せ、自身の為に運命をどうにかする気概はある?」


 問いかけた令嬢は青ざめて、静かに震えていた。フリッドがチェシーの手を握って慰める。

 ……少しおどかし過ぎてしまったかな。

 でも僕にとってはリフィの方が大事で、今日会ったばかりの令嬢には何もシンパシーを感じないのが本音だった。


「リフィは軽く言ったけれど、全部掛け値なしの事実だよ。殺されかけたのも、変なのに目をつけられたのも、何度も死にかけた僕を命懸けで救ってくれたのも、陛下たちと取引したのも、全て彼女が自分で選んで掴み取ってきたものだ。それをヒロインだから出来た、とそんな簡単な言葉で流さないで。彼女が諦めて妥協していたら、僕も母も今ここにいないかもしれない。彼女の発明がなければ、冒険者の死亡率は今より高く、放熱病で亡くなる患者が今もいたかもしれない。魔物で死ぬ人ももっといたかもしれない、正神殿が力を取り戻すのが今よりもっと遅かったかもしれない」

「……」

「ヒロインじゃない。全部、リフィがした事だよ。貴女だってそうでしょう? 悪役令嬢としてではなく、貴女が貴女としてこれ迄生きてきたでしょう?」

「わたくしがわたくしとして……」

「リフィに聞いたら、五歳までの自身の記憶もあり、前世の記憶を思い出したから変わったという事でもなく、前世とこの世界で今まで生きてきた全部をひっくるめて、リフィーユ(わたし)だと言っていたよ。貴女もそうではない?」


 チェシーが真剣に首肯した。


「ええ。ええ、そうですわね。寂しがりで、両親に見てほしくて、少し我が儘で。わたくしはわたくしとして、確かにこの世界で生きてきましたわ」

「リフィも同じだよ。ヒロインではなく、ただのリフィーユ・ムーンローザとして生きてきた」

「そう、なのでしょうね…。記憶が戻ってから一年半、何もしてこなかったわたくしと違って、彼女は変える為に努力したのですわね。婚約者になりたくないのなら、やりようはいくらでもあった筈ですのに。ヒロイン任せにして、何もしなかったのも、対応を考える事すらしなかったのも、わたくしですわね…」


 自省するように目を伏せ、チェシーが顔を上げた。


「自分の望むものと違ったからと言って、リフィがしてきた努力を否定しませんわ。するのなら、わたくしが自分で動いて結果を出す他ないのでしょうから」


 僕は少しほっとした。リフィが伝えたかった事が僅かでも伝わったのなら、良かった。


「所で、リフィは今後どうする予定でして?」

「学園には通わず、シナリオから完全にフェードアウトするらしいよ」

「まぁ、それは困りましたわ。わたくしの未来の為にも彼女には是非、学園に入っていただいて色々と協力をお願いしたいのですけれど」

「奇遇だね。僕もリフィを一人で野放しにするのは危険だと思っていたんだ」

「彼女は簡単に説得されてくれまして?」

「難しいかな。結構、頑固だから。説得する方法は幾つかあるけれど、リフィを協力者として巻き込みたいのなら、自分で交渉と説得を頑張って。――例えば、まだ話していない情報で釣るとかね?」

「っ! ……わ、わたくしと貴方の利害は、一致しているように思えるのですが?」

「全然違うよ。僕は彼女が一緒に学園で過ごしてくれたらいいだけ。きっとそれだけで楽しい気がするからね。でも貴女はリフィと攻略対象者をくっつけて、自分の望む通りに持っていきたいと考えていたでしょう?」

「……今はそう思っておりませんわ」

「けれど、入学したら少しは強制力に期待していない? もしくはリフィに殿下たちと関わって貰って、彼らが関心を持って好んでくれたらと思っていない? リフィの存在は権力者なら多少強引でも手元に置いておきたいだろうと考えていない?」


 狼狽えるチェシーに、僕は笑みを浮かべた。

 職業柄か、人の考えをある程度読む事は得意だ。森で会ってからここに至るまで、怪しい動きや話に不審な所はないか、少し警戒して観察し、反応を見ていた。リフィをヒロインと認識しているのを察してからは特に。――予想通りというか、彼女の憧れたヒロイン像は当の本人に崩壊させられたようだけどね。

 皆が一度は通る道だから。


「その考えは当然リフィも思いついてるよ。だから、入学して欲しいという学園からの申し出を何度も断っているんだ」

「え」

「リフィは男爵家の娘ではなく、平民の身分だよ。本人からもそう聞いたよね。貴族の血筋だから一応、学園から入学の打診はあっても断ったんだ」

「……」

「本来なら一度断れば話はそこで終わりなのに、陛下たちが手を回しているから、四度も断っているのにまた手紙が届いていたよ。だから多分、リフィに直接自分達の元へ話に来いって、呼んでいるんだろうね。僕が学園に入れば、彼女の監視役がいなくなるから。もう何年も僕が居ようが居まいが、力の暴走なんてなかったんだから認めればいいのに、手放すのを怖がっているんだ……」

「………あの、陛下たちが呼んでいるって何ですの? 取引をしたとは聞きましたが、頻繁に会う仲でして? それに、監視役や暴走って…? 確かリフィの力がコントロール出来ず暴走したら危険だから、契約書を結んだ的な事はさらっと聞きましたが……」

「あ、その契約書ね、スピネルやイナル、キースとも結んでいて、リフィとは接触不可ってなってるから。因みにその三人とハインツはリフィの魔法と武術の腕前も知っているよ。自分たちよりも強いって」

「……は?」

「ついでに言うと、リフィが学園に通う事になったとしたら、本人は不登校の引きこもりになるつもりみたい。後は男爵家の子供は僕だから、僕が君たちの言う攻略対象者たちと仲良くなればいいと謎の理論を展開したよ」

「……え、ちょっと話がよく解らないのですが…」


 チェシーとフリッドが戸惑い、理解しようと考え込む。

 そこに丁度、もふもふに癒されたと上機嫌のリフィが、呑気に締まりのない顔でカートを押しながら戻ってきた。傍らには哀愁漂うぐったりしたアッシュ。……後で何か差し入れしておこう。

 僕は結界を解いた。


「話は終わった?」

「うん。リフィは、何だかとても楽しそうだね」

「存分にもふって戯れたからね! 是非とも時々は巨大化して欲しい。そんでもふらせて欲しい!」

「ぜってー嫌だ!!」


 今まで無害なペットを装ってきたアッシュが吠えた。チェシーとフリッドが目を丸くする。


「減るもんじゃないからいいでしょ」

「繊細なオレ様の心が磨り減るわっ!」

「私は気にしないから安心して」

「そこは気にしろよ!?」

「その話は置いといて。二人共、チェシーとフリッドが驚いているよ」

「「あ」」


 リフィとアッシュが、驚く二人を見た。


「ケイもチェシーと仲良くなったんだね」

「気にするのはそこかっ!?」

「大丈夫、その内アッシュも仲良くなれるから」

「そんな話はしてねー!」


 いつも通りの平和なやり取りを見守っていたら、衝撃から立ち直ったチェシーが、頭を抱えながら呻くように言った。


「……あのリフィ、取り敢えずもう一度、色々と説明して頂いても宜しいかしら…?」


 まぁそうなるよね。結構、話を省略した所もあるから。きっと話せば、またあちこちに意識を飛ばして、頭を抱える事になるかもしれないけど、その内チェシーも慣れると思うよ。


 時計を見れば、もうすぐ午後三時半。日はまだ長い。

 豪快にヒロイン像を壊されたせいか、それよりも強烈な印象ショックを与えられたせいか。途中からヒロインではなく、リフィと呼んでいる事にも気付かないチェシー。


 チェシーの申し出に、カートで運んできたお茶や菓子を新しく準備していたリフィが、嬉しそうに微笑んだ。


「あ、疲れたアッシュには私特製の健康茶を」

「いらん! オレを殺そうとするな!」

「それなら、お近づきの印にチェシーたちに」

「リフィ、それは辞めようね。普通のお茶にしようか」

 

 そっちの衝撃は、まだ二人には受け止めきれないと思うから。飲ませるのなら、二人がどうしても飲みたいと、言質を取ってからにしてね。


 僕は客人の茶器や菓子を新しい物へと交換した。

 先程と同じように向かい合って二人が座る。チェシーはヒロインとしてではなく、目の前にいるリフィを見て話を聞き、質問をして、何度か令嬢らしくなく突っ込みながら、飄々としているリフィに頭を抱え込んだ。


 ふと、何かの気配が敷地の結界に触れた気がしたけれど、リフィもアッシュも反応しなかった。……気のせいかな。

 僕は楽しげなリフィを見て、隣でぐったりと丸まるアッシュを労って撫でながら、平和だな、とハーブティーを飲んだ。





お疲れ様でした。


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