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36, 9才 ③



 おでこがズキズキする…。

 目を覚ますと、見慣れたサンルテア家のわたしの部屋だった。付き添っていたメイドのエストが、「気がつかれましたか? どこか痛みはございますか?」と栗色の目で不安げに顔を覗きこんできた。


「頭が痛い…」

「軽い脳震盪のようです。何があったかは覚えていますか?」

「えーと…。うん、デゼルの氷の刃をダグラスが弾き返して、それが近くの木の枝に当たって、わたしの顔面直撃……って、待ってエスト。そのナイフ持ってどこにいくの!?」

「いえいえ、最近ナイフの手入れをし忘れていたことを思い出しただけですわ」

「今すること!?」

「切れ味の確認ですわ。大丈夫です、後で試しますから」


 そう言って、シュバッと小型ナイフをエプロンに隠した美人が怖すぎる。……さすがサンルテアのメイド…。

 上半身を起こすと、またズキッと額が痛んだ。手で押さえてさすると、エストが「失礼します」と白い手を額に当てた。冷たさが熱を感じる患部に心地いい。美人の手当て~。


 淡く発光したら、痛みと熱がひいた。治療してくれたエストに「ありがとう」と微笑んだら、麗しい微笑みを返された。ああ、にやけてしまう。顔がふにゃってふやけてしまう。

「うふふ」と額を撫で、頬を撫でるエストの手。撫でられるのが好きな猫や犬の気持ちがよく分かる。


 そこにバタバタと足音がして、勢いよく扉が開かれた。同時に動くエスト。「うおっ」と足を踏み入れたセスが、投げられたナイフを指の間に挟んで受け止める。……エスト、舌打ちした?


「何すんだよ、エスト!」

「お嬢、無事かっ?」

「顔面怪我したって本当っ?」

「って、起きてて……大丈夫そうだな」

「よかった、傷が残らなくて」

「うるさい。散れ」


 静かに威嚇するエストに、騒がしかった面々が一瞬だけ黙る。気にせず、ずかずか寝室に入ろうとした『影』。エストが無言で小型ナイフを、両手の指の間に挟んで取り出すと、動きが止まった。


「淑女の寝室に許可なく入ろうとする不届き者は、始末されても仕方ないと思うのだけど?」


 黙る一同に、わたしは「エスト素敵~!」と応援した。エストが「お嬢様をお守りするのは当然ですわ」と微笑む。


「納得いかねぇ!」

「お嬢、心配してきたオレらにあんまりだっ」

「そうだぞ、お嬢が顔を傷つけたっていうから心配してたんだぞ」

「ああ、傷が残ったら大変だと思って」

「全くだな」


 頷く五人の『影』たち。一斉に口を開いた。


『顔だけが取り柄なのに、嫁の貰い手がなくなるとこだった』


 ……どいつもこいつも、顔の心配をしていると思ったら、そういうことかっ!

 ナニ全員で「だよな」とか、笑ってやがるのかしらっ!?


「エスト、ナイフ貸して」

「どうぞ」


 わたしはエストからナイフを譲り受け、ベッドの上に立って遠慮なく五人の顔面や喉に向かって放つ。……ちっ、避けやがった。


「あぶねーだろっ」

「何すんだよ、お嬢!」

「心配して来たのに!」

「枝を避けられないなんて、訓練量が減って鈍くなったからだろ」

「年取って反応が鈍くなった可能性もある」

やかましい。全員、今すぐ出ていけっ!」


 実力行使で部屋から叩き出そうとしたら、「お前たち」と魔王もビックリの怒気を纏って現れたクーガ。思わず全員の顔が青ざめた。


「━━安静が必要なお嬢様の部屋で、何をしている?」

「クーガさん…」

「ダグラス隊長…」


 カタカタ震える『影』たちに、クーガに続いて現れたダグラスが、淡々と口を開いた。


「上官の下問だ。速やかに答えろ」


 ザッと全員が直立不動の敬礼で出迎える。……震えながら。「お嬢に訓練にもう少し出てほしくて」とか何だとか答える彼らを放置して、わたしはエストに予備のナイフを返した。

 さて、もう一眠りしようかな。


 エストが捲った布団にわたしは大人しく戻る。「お休みなさいませ」とエストが布団をかけてくれた。わたしが目を閉じようとしたら。


「お嬢、オレらが悪かった!」

「すみません、助けてください!」

「じゃなきゃ、オレら死ぬから!!」


 ……眠れなかった。

 わたしはむすっと不機嫌そうに、上半身を起こした。安眠妨害。


「クーガ、ダグラス。わたしに何か用があったんじゃない? 五人には後で特別任務でも出しておけばいいよ。二人の用件を聞くから部屋に入って」


 二度寝は無理かと肩を落として言ったら、二人は静かに従った。『影』を散らして入室してくる。エストが扉を閉めた。



・*・*・*



 わたしは服を整えて、髪を肩から流すようにして左側で一つに結び、壁時計を見て嘆息した。……お昼食べ逃した…。

 母とお茶していた午前十時から、色々あって書類を渡して戻ってきたのが十一時半過ぎ。それから、四時間以上寝ていたらしい。……おやつも終わってた…。


 わたしは立ち上がって、部屋を出た。

 目指すは、デゼルが落ち込んで閉じ籠る使用人の部屋。『影』たちが暮らす館は別にあるけど、クーガやメイドに従者たち、一部の『影』の幹部の部屋は、サンルテアの屋敷内にあった。


 二人のお願いを思い出し、内心で吐息する。

 部屋に招き入れたクーガとダグラスには、まず平身低頭で謝られた。怒ってないので赦したら、二人は目に見えて安堵し、事の次第を話した。


 わたしが『影』の事情を聞いていいのか困惑したけど、一応被害者だし、二人の用件も関係あるかなと感じて、聞いた。普段お世話になっているデゼルが心配だったから。

 そして案の定、わたしへの用事もデゼルの説得だった。


 エストに席を外させて、聞いたのはデゼルのお家事情。

 デゼルはライスター伯爵家の三男で、五年前に父親が亡くなって長男が伯爵家を継ぎ、次男が騎士団に所属。デゼルは学園に入る前の十三歳で、継母に家から放逐されたらしい。妾の子だからと。そこを長男が拾い、サンルテア家に預けた。


 長男はデゼルを連れ帰りたかったけど、当主になったばかりで一族の実権はまだ母と親族の年長者にあった。

 屋敷でのデゼルの扱いは、父親がいても良好とは言えず、明らかに隔たりと格差があったので、連れ帰ればデゼルの扱いが使用人以下になるのは目に見えていた。


『国の闇』を監視するサンルテアと繋がりを持ちたいという思惑もあり、ある程度、勉強も魔法も基礎と応用を習った優秀なデゼルは、サンルテアに売りに出された。

 それから一切、何の音沙汰もなく五年。デゼルはサンルテアの『影』として過ごした。


 唐突にライスター伯爵家から、弟を返してほしいと連絡がきたのは二日前。何でも家の一大事らしく、デゼルの力を借りたいそうだ。それで今朝、ダグラスがデゼルに『影』を離れて実家に戻るよう告げたら、デゼルが嫌だと反発した。


 ここが家で、仲間が家族のデゼルは、追い出されると思ったらしい。「実家には帰らない」と暴れ、普段は冷静なのに全く話を聞かず拒絶を繰り返した。


 魔力も漏れて部屋が凍り始めたので、やむなくダグラスが力ずくで止めようとして、戦闘に発展。クーガの声も届かず、わたしが被害を被ったと。


 気絶したわたしを見て少し冷静になったデゼルは、「謹慎します」と部屋に立て籠り、わたしは天岩戸を開くよう頼まれた。……コレ、わたしが関わっていい問題? 個人情報を知って、気まずいんだけど。


 クーガたちには「お嬢様なら大丈夫です」と言われた。本来、話をすべき主である父も母もケイもまだ戻っていない。

 わたしは冷え込んできた使用人部屋が並ぶ廊下を歩き、後ろを振り返った。暇な『影』たちや、心配するクーガとダグラスが離れて見守っている。……人身御供に思えるのは気のせいでしょーか…。


 所々霜のあるドアの前に立ち、深呼吸した。

「行けっ、お嬢」「頑張れ」と安全地帯から送り出す『影』たちを見て、イラッとする。クーガとダグラス以外、面白がっているな…。


 こちとらデゼルになんて声をかけていいのか、悩んでいるんだよ! どうしろっていうのっ。立て籠りの説得なんてしたことないのに!

 結局いい方法が思い浮かばす、女は度胸と意を決して、わたしはノックした。……返事はない。


「デゼルー、開ーけーて」


 ガタッ、バタンッ。

 ……おぉ、開いた。冷気もなくなった。

 あっさり開いてちょっと驚いていたら、青ざめたデゼルに抱き締められた。


「どうしたの、デゼル?」

「━━申し訳ありません、お嬢。オレのせいで怪我を…っ」


 震えるデゼルを慰めるために、わたしは彼の背中に腕を回して、「大丈夫」と背を軽く叩いた。


「何ともないから、気にしないで」

「ですがっ!」

「じゃあ、一個お願いを聞いて」

「勿論です! オレが償えるなら何でもします!」


 はい、言質いただきました~。

 ちらりと横目で見れば、記憶玉でばっちり証言を録画するマシューがいた。ミッションクリアだね。よかった、よかった。


「それじゃデゼル、今すぐ実家に帰って」


 わたしのお願いに、デゼルが少し離れて息を飲んだ。裏切られ傷ついた表情で、愕然とわたしを見ている。

 ……え、悪女っぽい? いえいえ、騙し討ちなんてしてないよ。でもちょっと胸が痛む…。


「お、お嬢、それはっ、お嬢の頼みでも聞けません」

「あのねデゼル」

「嫌です! お嬢までオレを要らないと言うんですかっ?」

「そうじゃなくて」

「なら、どうして追い出そうとするんですかっ!」


 両肩を掴まれて、ガックンガックン前後に揺すられた。

 さすがに耐えきれず、わたしは歯を食いしばって━━デゼルの顎に頭突きをかました。


「落ち着こう」

「っぅぐっ!」


 わたしを解放して顎を押さえるデゼル。わたしも治ったばかりの前頭部を押さえて、嘆息した。


「うわぁ…」

「アレは痛ぇな…」

「こっちにまで音がしたぜ」

「お嬢の石頭…」

「ていうか、普通は頭突きしねーよな…」


 盛大に重なる大きなため息。


 ……外野がごちゃごちゃうっさい! 「残念」はもう聞き飽きたから、馴れろ。

 俯いて顎をさするデゼルに手を伸ばして、治癒魔法で治した。ついでに自分の額も治す。


 落ち着いたようなので、わたしはデゼルとしっかり目を合わせて、言葉を紡ぐ。


「デゼルはどうしても戻りたくない? 放っておいて、実家がどうなっても後悔しなくて、少しも考えたり悩んだりしないのなら戻らなくていいよ。それなら、わたしがクーガもダグラスもお父様やケイも説得するし、わたしの家で匿って実家からも守るよ」

「え、お嬢?」

「でも、少しでも気になるのなら行ってきなさい。自分から行くというのが納得いかないのなら、わたしが命令するから」


 デゼルが黒い目を丸くした。戸惑っているうちに畳み掛ける。


「デゼルは今週一週間は、わたしの執事でしょう?」

「はい」

「それなら、わたしの命令を聞いてくれるよね?」

「それは勿論です」

「じゃあ命令するね。デゼルは一度家に戻って、問題を解決したら戻ってきて。ただし、わたしの執事である間だから、あと三日以内に」


 これでどうだ、と胸を張ったら、デゼルがきょとんとして、周囲からまたもや盛大なため息が。……うるせーですわ。勢いで言っちゃったけど、これはこれでいいでしょっ。

 デゼルが困惑して、考え込んでしまう。


「……帰りたくない?」


 下から覗き込むと、デゼルがちょっと驚いた。わたしは動揺するデゼルの反応を窺う。

 ざっくりと事情は聞いたけど、デゼルがどうしても嫌なら無理強いはさせない。そのときは、また命令として「帰るな」と言うつもりだった。


 デゼルが過去にどんな扱いを受けて、家族をどう思っていて、家をどうしたいのかは、わたしにはわからないから。ただ、どんなに切り離そうとしても、完全に断ち切るのが難しいことは身をもって知っていた。

 デゼルが考えるのを見守ること十数秒。彼はポツリと口を開いた。


「……一度、帰ります」

「うん」


 わたしはホッとして、デゼルの決意を受け入れると微笑んで頷いた。不安げなデゼルの黒い目を向けられ、それを見つめ返す。


「……話を聞いて何とかして、出来なかったとしても三日後には戻ってきます」

「待ってるね」

「『影』に戻っても大丈夫でしょうか…?」

「当然でしょ」

「……実家がボスや若たちに迷惑をかけたら」

「それをどうにかするのは、父とケイの問題だね。デゼルが気にする必要なし」

「……それでいいのでしょうか?」

「大丈夫。もし『影』にいられなくなったら、わたしの家の執事として雇うから!」


 大歓迎! と笑ったら、クーガやダグラス、『影』たちが唖然とした。目を瞬かせるデゼルに、「心配しないで。貯蓄はあるから」と拳を握って、任せなさいと胸を叩く。

 もしくは、冒険者のパートナーとして危険な旅に付き合ってくれても可。


 はぁぁああぁぁあ。

 三度目の大きな深いため息。何も聞こえないとスルーしたら、デゼルにくすりと笑われた。笑いが止まらないようで、一頻り笑われる。


 ……真面目な提案をして憂いをなくしたはずなのに、何故に笑われるの…? 

 不思議そうな顔をしたら、「お嬢…」と肩を落とす『影』の声。そこに。


「勝手な幹部の引き抜きは困るかな」


 呆れた顔をしてわたしを見るアッシュとラッセルを連れて、頭を下げるクーガたちの間から、楽しげに笑うケイが歩いてくる。……気配に気づかなかった。鈍ったかな…。

 ざっと三人を見て、めっきり超絶美麗な少年らしくなった従兄弟たちに怪我がないことを確認した。みんな無事で何より。


「お帰り」

「ただいま」


 へらっと笑ったら、微笑み返された。


「話は聞いたよ。戻るんだね、デゼル」

「はい。お嬢の言う通り、気にしないことは無理なようなので。それで任務に支障を来すわけにはいきませんから、一度戻って決着ケリをつけてきます」

「それがいいと思う。何かあれば、僕たちに頼ればいい。『影』もサンルテアも、デゼルになら力を貸すから」

「ありがとうございます」


 息を飲んだデゼルが片膝をつき、ふわりと微笑んでケイに頭を下げた。周りも、うんうんと頷いて一件落着と微笑む。

 ……あれ、説得したのわたしだよね…? 何か美味しいとこを持っていかれた気がするのは気のせい?


「お前は突拍子もないことを言い出すな、リフィ」


 足元で、はふーっ、と犬にまでため息を吐かれた。


「真面目に説得したわたしに何たる暴言」

「真面目に? 説得? どこが?」


 アッシュの疑いの眼差し。顔を上げたら、『影』たちにさっと顔を逸らされた。クーガとダグラスは困った顔で微笑んでいる。……ぐれてもいい気がする…。


「お嬢の真面目な説得のお陰で、オレは行く決心がつきましたよ」

「デゼル~」


 片膝をついたまま微笑むデゼル。

 相変わらず優しい青年に感極まって、わたしは抱きついた。

 本当にいい子だわっ、ひねくれまくったどこかの犬とは大違い! いつも味方してくれるのはデゼルだよねっ。


 珍しいことに、デゼルに抱き締め返された。ちょっと顔をずらして見下ろすと、青白く思い詰めたような顔。きつく目を閉じるのを見て、やっぱり帰ることはデゼルの精神に負担をかけていると感じた。


 よしよし、とわたしはデゼルのゆるふわの茶髪を撫でて、背中をあやすように叩いた。

 余計なことを言いそうなラッセルを睨みながら、『影』たちにも黙れと牽制する。


 落ち着いたデゼルが、そっと体を離した。ケイやラッセル、その後ろにいるクーガとダグラスたちを見て、「ご迷惑をおかけしました」と頭を下げた。「直ちにここを発ちます」と。


 クーガとダグラスが頷き返して、わたしを見ると頭を下げた。「無理はせず、お前がしたくなければ何もせずに戻ってきなさい」とクーガ。ダグラスも「次の任務まで時間がない。早めに戻れ」と言うと、踵を返した。心配で集まっていた『影』たちも散り始める。


 部屋に戻ろうとしたデゼルの腕を掴んで、引き止めた。「お嬢?」と不思議そうに、振り返られる。

 少しだけ、ライスター伯爵家の困った事情もクーガたちから聞いた。


 伯爵の母が親戚の一人と豪遊して賭博で借金こさえたり、その借用書が書き換えられて、屋敷や土地の権利を奪われかけているらしい。柄の悪い人たちが伯爵家に連日出入りして、社交界でも噂になりかけ、裏で成金の子爵家が娘を伯爵に嫁がせようと糸を引いていると。


 そのくらいなら、デゼル一人で余裕で対処できると思う。心配なのは、実家に戻ったデゼルが傷つかないか。

 先程までの不安げな顔を隠して笑う、困ったときに助けて守ってくれた恩人を見た。


「行ってらっしゃい、デゼル」


 にへらっと笑って、掴んだ左手の甲に守護の加護を込め、無事を祈って、口づけた。淡く光り、守護がデゼルに付与されたのを見て、安堵する。━━よし、これで多勢に無勢でも、物理も魔法も、デゼルを強く傷つけられない。

 半永久じゃなくて三日間限定だから、わたしの魔力も七割減ったくらいで、問題なし。


 精神は守れないから、せめて体だけでも傷つかないように。荒事も辞さない連中らしいので。

「気をつけてね」と顔を上げたら、右手で目元を覆っていた。


「………行ってキマス」

「何故にカタコト!?」


 具合でも悪いのかと心配したら、目元がうっすら赤くなっていた。━━…可愛い…。そういえば、このまま大きく成長してしまったら、もう任務でデゼルが女装して男を手玉に取る姿を見る機会が減る…?


「そうなる前に、是非とも写真…いや、いっそのこと男性が女装する劇団でも作っむぐぐっ」

「気をつけて、デゼル。帰ってくるのを待ってる」


 後ろから伸びてきた手が、わたしの口を塞いだ。笑顔でケイが強引に締めくくり、口を塞がれたまま体が引きずられていく。


「んぐー」

「ちょっと黙ってようか、リフィ」

「んむ」


 大人しく頷いたら、口から手が離れた。

「君には大事な話があるんだ」とケイに手を引かれる。「まずさっきの劇団は絶対作ろうとしないように。僕は一切協力しないから」と断言されて、衝撃を受けた。いい考えだと思ったのに…。


 呆けるデゼルに気づき、「今朝収穫した野菜は残しておくから、戻ってきたら一緒に食べようね」と手を振ると、「はい」と苦笑された。ラッセルが「締まらねーな」と、ケイに手を引かれるわたしを見て笑った。



・*・*・*



 手を引かれてリビングに戻る途中、お腹がすいたと抗議したわたしの腹の虫。ケイに笑われ、アッシュに呆れられ、夕飯前だけどリビングにスコーンとお茶が用意された。


 やや疲れた様子のケイから、今日の魔物退治のこと、王や父、王太子の部屋にも寄って報告してきたことを聞く。

 ソファーで向かい合って座り、わたしが喜んでアプリコットスコーンに手を伸ばして頬張った瞬間。


「そういえばキースが、変な仮面女に会ったって笑ってたんだけど」

「んぐっ」


 喉に詰まりかけたスコーンを、慌てて紅茶で流し込む。ごほごほ噎せって、苦しくて涙目になった。……味がよくわからなかった…。


「気にするのはそこじゃねー」とケイの隣で丸まるアッシュから、呆れたツッコミをいただきました。

 ケイが「やっぱり君か…」と吐息する。


「意義あり! どうして変な仮面女で、わたしが思い浮かぶの。おかしいでしょ、ソコ」

「取り調べでカツ丼食べたいって?」

「申し訳ございませんでした」


 犯人はわたしです! でも無実です不可抗力です!

 わたしに会う気は更々なく、何でか遭遇して必死に誤魔化そうとした結果、面が割れたんです。洒落じゃなくて。

 と、洗いざらい白状させられる。

 シナリオとか攻略対象とかについて考えたことまで吐かされ、父を口止めしたことを追及されて、サッと目を逸らした。

 挙げ句、キースを投げ飛ばして逃げたことまで喋らされて、驚かれた。


「……ケイ、オレはこいつを家に閉じ込めた方が世界が平和な気がする」

「何てことを言うの、アッシュ!?」

「僕もそんな気がする」

「ケイまで!?」


 二人が同時に嘆息した。


「リフィがこれまで通り関わらないようにするのはわかったよ。あちこちで天然にタラシ込むのはやめてほしいけど」

「ケイさん、語弊がある」

「そう? キースは興味を持ったと思うよ。自分を投げ飛ばした奇妙な仮面の令嬢に」

「それは乙女の夢展開(ドラマチック)とかけ離れすぎてるので、辞めてほしい」


 お茶会で守られるのとは真逆の行動をしたのに、何が興味を惹いたというの。訳がわからない。


「そうだね。きっと挙動不審なところじゃないかな」

「ぅぐっ。……ちなみに、その仮面の子についてはケイに話しただけ? それとも王子たちにも…?」

「僕にだけだよ。僕は、父の立場から話しても大丈夫と判断されたみたい。髪と容姿から、君に思い当たる騎士団長が身元を保証しても、イナルとスピネルにはどこの誰か説明できないからね。騎士団長も気にするなとだけ言ったようだ。君のことを知っていても、キースがどれだけ尋ねても、契約のお蔭で話せないからね」


 ホッと胸を撫で下ろした。その契約があるから、説明を騎士団長に任せた。わたしのことを詳しく話せないから。ついでに、そのまま黙っておいてくれれば、ケイにもバレずに済んだのに!


「本当にね?」とにっこり微笑まれて、背筋に悪寒が走った。冷や汗が止まらない……!


「父に口止めしてまで、僕たちに隠し事なんてどういうこと? 協力を求めたのはリフィだよね? ……確かに、今回といい、イナルのときといい、僕が資料を持ち忘れたり、情報を渡せなくて君に迷惑を…」

「━━それは違うよ。それこそ不可抗力だって、そういうときもあるってわかってる。だから、重要機密である城の構造や地図を、一部だけとはいえ部外者のわたしに教えておいてくれたんでしょ」


 まさかケイを落ち込ませてしまうとは。ただでさえ、わたしが彼の友人を拒否しまくって、申し訳なく思っているのに! 罪悪感が半端ない…。


「ケイが教えておいてくれたから、今回は助かったんだよ。じゃなきゃ城で、どこにどう逃げていいのか困ったし、お母様に押しきられて王妃様とご対面なんて笑えない展開だったかもしれないんだよ」


 濃い深緑の目を丸くする従兄弟に、真剣に気にしなくていいと訴える。


「それなら、どうして隠そうとしたの?」

「おやつ抜きが嫌だったからです!」

「は?」

「ん?」

「何となく、注意力散漫で遭遇したわたしが悪くなって、おやつ抜きと説教になりそうな気がしたから、隠蔽できるならしとこうかなと」


 堂々と言い切ったら、アッシュがはふーっとそっぽ向き、ポカンとしたケイに笑われた。


「何でそこを全力で頑張ったの。頑張るとこなら別にあるでしょ」

「そうかな? あとはケイに友達投げ飛ばして逃げたことも知られたくなかったよ?」

「それはどうして?」

「友人とわたしの板挟みで悩ませているのに、その友人に酷いことをしたと知ったら、嫌われそうな気がしたから?」


 自分の中でもはっきりしていない思いを、首を傾げながら口にしてみたら、ケイとアッシュが驚いていた。


「ナゼ驚くかな? これでも悪いと思ってるんだよ。巻き込んでおいて今更だけど、ケイに辛い思いさせたかなって。だから、あまり悩ませないよう、彼らに関わらないようにして、遠くから情報を少しもらえれば問題ないと考えていたのに」


 とにかく今後も関わるつもりはないよ。たとえケイの友人で、彼らがいい子で、困っていようとね。

 子供に対して、人としてどうかと思う発言をしたわたしを、アッシュが胡乱げに見て、我関せずと丸まった。その隣では、ケイが顔を隠すように俯く。


「………嫌われたくないとか……無自覚…天然タラシ……深い意味はないと知っているけど…」

「ケイ?」

「君の将来が心配だよ…」

「ひっそり平凡に生きていく予定なのに!?」


 何故か二人に無言で首を横に振られ、否定された。

 いえいえ、大人しくしてますよ? 学園とか国とか貴族とか重要なとこには関わらずに過ごしたいんで。


「君はそのつもりでもね、イナルやキースをいい子と認めているリフィは、二人が本当に困っていて、僕にどうにかしてと頼まれたら放っておけないよね」

「!?」


 確かに、と納得すると同時に、わたしは衝撃を受けた。

 たった一度会っただけの相手でも、ケイに頼まれたら話は変わってくる。「イヤイヤ無理」と言いながら、うまくお願いされてのせられて、動かされる自分が想像できてコワイ…。


「ケイがコワイ…」

「待って、何でそうなるの」

「気にするな、ケイ。考えるだけ無駄だ」


 アッシュがソファーを下りて、ぐぐっと伸びをした。廊下から、夕食の準備ができたと声がかかる。

 アッシュの緑の目が、わたしを一瞥した。


「それより、お望み通りデザート抜きにでもしてやれ」

「何てことを言うの、このもふもふ!」

「お前が何てことを言うんだ!?」


 アッシュの意地悪に抗議していたら、ケイが小さく笑った。あ、天使の微笑み…よかった。きっとおやつ抜きにはならないはず。


「それじゃ僕と半分ずつにしようか」

「はい?」

「クーガにはリフィのデザートなしって伝えちゃったから、僕のを半ずつにしよう。僕が食べさせてあげるね?」


 ……不穏な言葉が聞こえたのは、気のせいデスカ?


「…あの…ケイさん、黙っていたこと怒って…?」

「怒ってないよ? いつの間にかキースと仲良くなって助言してくれたお蔭で、彼が自分を見直して無茶をしなくなった。デゼルの説得もしてくれて感謝しているよ」


 ……魔王化はしてない。笑顔も黒くない。褒められたはず…なのに、ちょっと怖くてさっきの無茶振りは何デショウ。

 答えはアッシュから得られた。


「なるほど。おやつ抜きより、食べさせてやる方がコイツにダメージを与えられるか。学習させないと、また同じことしそうだからな」


 そうだね。効果覿面の羞恥プレイですね。━━今すぐ逃げよう!


「あ、わたし家に戻ってルミィの様子を」

「大丈夫だよ。デゼルの代わりの『影』が派遣されているから。父と母も戻って来たようだし、兄妹仲が良いとこを見せてあげるのも親孝行だよね」

「親孝行の仕方が間違ってる!? そして食べるとは、まだ言ってない! デザート抜きでいいよ、お茶だけで我慢する」

「今日は期間限定、数量限定のトロピカルアイスだけど、要らないんだね?」

「!?」


 今、巷で話題の七色のフルーツアイス……。一度は食べてみたいと思っていた念願の……。


「悪魔だ…子供の皮を被った悪魔がいる……!」


 心で泣いた。

 けれども家族の生暖かい視線の中、美少年に餌付けされるのは、遠慮したい。恥ずか死ぬっ。

「ついでに膝にのせてやれ」と楽しそうなアッシュ。おのれ、余計なことを!


 戦略的撤退も止むなし。

 移動魔法で帰ろうとしたら、手を掴まえられていた。ソファーから立ち上がり、廊下に出てダイニングに向かう。


 ━━約一時間半後。

 食事の味がわからないどころか、わたしの記憶が飛んでいた。途中から、両親にも餌付けされた気がするけど、気づいたらムーンローザの家の自室だった。……暫く旅にでも出ようかな…。


 早朝、書き置き残して癒しの旅に出ようとしたら、アッシュと『影』のザップ、ケイに逃亡を阻止された。サンルテア領地に避暑に行くだけと言ったら、ケイが息を飲んで黙った。


 どうしたのと、首を傾げたら、「今は時期が悪いから辞めとこう」と領地に行かないことを約束させられた。ついでに、昨日はやり過ぎてごめんねと謝られたので、赦しました。……一日十個限定のふわとろミルクプリンで。


 翌日、デゼルが無事に戻ってきて喜んでいたら、城から戻ったケイに「キースがお詫びとして、どのお面を買うか悩んでいて相談された」と聞き、友達なら全力で止めてあげてと頼んだ。


 まさかとは思うけど、もし次に会ったときにお面を贈られたらガチで引くから。お詫びなら蒸したほくほくの栗饅じ……はい、嘘です。何も要らないです。


「てっきり僕たちにまた内緒で会いたいのかと」

「言い方! 前のは不可抗力!」

 

 アッシュに呆れられながら、もふりながら、従兄弟とじゃれあいながら、サリーやカルドと遊びながら、平凡な日常が過ぎていく。気がつけば、いつの間にか秋が深まっていた。




これで、9才編は終了です。

いつもの如く、番外編を挟んで10才に進む予定…です。


8才からタイトルの数字が半角で揃ってなかったので、直しました。


また、前回追記するのを忘れましたが、リフィとケイが家族を呼ぶとき、

本来でしたら『お義父様、お義母様』ですが、『お父様とお母様、父と母』と、説明するような文以外の日常会話では、今後も後者の表記になりますので、流してください。

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