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35, 9才 ②



 心臓が暴れ狂っていた。

「ぅっ」と呻きながらうずくまる少年に、右手首をガッチリ捕まれながら、何とか放してほしくて、けど喋りたくなくて、無言で右腕を振り、体を捩って逃げようと試みる。

 てか、腕が痛い…っ。 何という馬鹿力をお持ちで! コレが攻略対象者の実力…って、感心してる場合じゃない!


 逃げたい! でも、逃げられない!

 頭を軽く振って薄目を開けて顔を上げる気配に、体を背けたわたしは慌ててバッグの中に手を伸ばす。何か…何かないのっ!?


「……っぅ、ぼくは一体……そもそもお前は……?」


 立ち上がる気配に、体ごと顔を背けなから、あわあわして、ゴソゴソとバッグを漁る。ナニか、ナニか…!

 背後からポンと肩に手がかけられ━━。


「お前は誰………だっ!?」

「……」

「……………何だ、その珍妙なお面は……」


 腕を引っ張られて振り返ったら、驚かれて不審な目と困惑した表情を向けられました。

 顔を見られたくなくて、咄嗟にバッグにあった木彫りのカラフルな民族のお面を装着したけど、危なかった~。左手で押さえながら、風魔法を駆使して、後頭部で紐を結び終える。こういうときのために鍛えた能力!


 いや~まさか、プレゼントするのは諦めたけど、お茶目なケイ演出用に買っておいたお面が、こんな所で役に立つなんて……ある意味グッジョブわたし!


「あー…とりあえず…騎士団の詰め所に行こうか、不審者」

「えっ!?」

「何でそこで驚く」

「不審者…」

「そうだ。城のこんな所でそんな怪しい面をしていたらな」

「怪しい面…」


 ━━………思った以上に精神にガツンときたわー…。

 不審者……怪しい人…わたし普通の一般市民なのに…。無害なのに……傷の治療してあげたのに…。


 あ、でも、冷静に見ればこの反応は仕方ない? むしろ大声で叫ばれなかっただけマシ?

 もしわたしが、道端で急に斬新な面をした子に遭遇したら━━スルーして目を合わせないね。なんせ不審者だから!! くっ、自分の感想に更にダメージが!!


 体を支えられず、草むらに片手両膝をついて、衝撃の事実にうち震えた。お面を取りたいのに、取れない! 葛藤するけど、まだ腕は捕まれたまま。

 挙動不審なわたしに、傍らの少年がびくっと反応する。


「この面を……取るのはちょっと……。でも、不審者………怪しい人……」


 ナニしてんだろう、わたし…。何か落ち込む。凹んでいくよ。


「え…いや、その、すまない。言い過ぎた? から。……そう落ち込むな。服が汚れるから立とう」


 うぅ、この子もメッチャいい子だー!

 ぽんぽんと肩を励まされ、手を引かれてふらつきながら、立ち上がる。

 キースは困った顔で、変な面を被るわたしを正面から見てきた。


「とりあえず、悪目立ちするから面を外さないか…。その…顔を見られたくないのなら、見ないように努力する」


 ━━なんって、いい子!! ケイ並みに天使だ!

 でも外せない。悪目立ちするけど、今更この少年と面と向き合う自信がない。何でこの面を被ったの、わたし! よりによってコレを! もう少し可愛い面を…え、どちらにしろ不審者になる…?


 なるほど…コレが『影』たちが煩く言う残念さ。………身を以て知ってダメージが追加…。

 ガクッと膝をついてしまう。


「何でまたうちひしがれた!? わかった、面は取らなくていい!」


 ……心が広くて、挙動不審なわたしにも優しい…。

 いい子なのはわかったけど、ゴメン。思いっきり接触しておいてなんだけど、顔を見られなければ面識をもったことにならないかなと思って、悪あがきしてます。


 せめて、顔と名前は死守するよ!

 今日は奇天烈きてれつな仮面女にでも会ったと思って、早々に忘れてくれると嬉しいな。


「いや、こんな印象深いものをすぐに忘れるのは無理だ」

「声に出てた! どこから!?」

「今日は奇天烈な~、のところからだ」


 うっし、セーフ!!


「とにかく、不気味だから立ってくれ」

「……不気味…ごめんなさい…」

「こちらこそ、傷つけたのならすまない」


 もう一度立たせてくれて、服の汚れを払ってくれた。その優しさに、滅入った気分がちょっと復活した。同時に申し訳なくなる。


「こんな仮面女を連れて歩かせてごめんなさい」


「くっ」と声がして、手を引いてくれた相手を見上げると、「すまない」と顔を背けて笑われた。

 ケイとはまた違う精悍な美少年! 爽やかだ~マイナスイオンだ~!


 気分がほわほわして、バッグからカメラを探しかけて、堪えた。写真を撮りたいけど、これ以上の怪しい行動厳禁!

 ……それにしてもお面て意外に息苦しい。顔が蒸れて暑くなるし……あ、興奮したわたしのせい…?


 こちらに横顔を向けて笑う少年を眼福と観察していたら、不意に、突風が吹き抜けた。

 焦って急遽魔法で結んだからか、動いたせいか、結びが緩かったのか、面の紐がするっとほどけた。そのまま突風に浚われ、少し離れた岩にぶつかる。カン、と木の澄んだ音をたてて面が縦に真っ二つに割れ、草の上に落ちた。


「「あ…」」


 ちょうど少年が顔を逸らしていた方向で起こった。


「ま、魔除けの面が…わたしのお面が…っ、ちょっと気に入っていたのに……」

「気に入ってたのか…」


 膝から三度、くずおれた。

 今日は何てツイテナイ日なの…。魔除けがなくなって、お先真っ暗なの? 不審者で投獄されるの…? …カツ丼、出るかな…。


「カツドン…?」

「取り調べで食べたいやつです…」

「……。……その、悪かった…。この面がそんなに大事な物だとは知らず、酷いことを言ってしまった。元に戻るかはわからんが、知り合いの業者に頼んでみるか…?」


 両手両膝をつくわたしに、しゃがんだ少年から拾った面を差し出された。

 ……ええ子や…。さすが騎士団長の侯爵子息! それなのに、わたしは子供に気を遣わせて情けない!

 鍛えた淑女の仮面を被って、これ以上の醜態は避けなければ。


「大丈夫です。お気遣い頂き、ありがとうございます。お騒がせしました」


 少年の優しさにホロリときて、面を受け取りながら、わたしは顔を上げた。予想よりも近い距離で、面と向かい合う。青い目が大きく見開かれて、息を飲む音が聞こえた。


 青い目に、わたしの顔が映っていた。綺麗な青い目だね~。………ん? わたしの顔が映って…?

 少年が、パッと顔を横に逸らした。頬が淡く色付いていくのをまじまじと観察。━━恥じらう美少年、イイネ!

 心の中で親指を立てました。


 ああ、面がなくて、空気が美味し━━……面が、ない…?

 顔に左手を当てると、わたしの皮膚。右手には受け取った割れた面。


「っ!?」


 ━━ばっちり顔を見られて、目が合っちゃったよ!?

 どうしよう!? どうする!? 

 記憶の消去か、このまま逃走か。って、また腕を捕まれていた!

 冷や汗ダラダラ、心臓バクバク、頭の中真っ白。

 ただ目の前で、動揺して顔を隠すように腕で口元を覆う少年を見た。可愛いな~。


「━━………」


 ………………まぁ、いっか。何かもう、色々突き抜けて、考えるの面倒くさくなってきた…。こうなったもんは仕方がないよね…。

 盛大に息を吐いた。というか、そもそも何でわたしは捕まってるんだろ…。


「あーその、すまない。見ないと言ったのに…」


 わたしを見ないよう顔を背けながら、落ち込む美少年。……この子、真面目で律儀で本当にいい子だね~。

 こちらの都合で、そこまでさせて申し訳ない。

 わたしは割れた面をショルダーバッグにしまった。キース少年に比べて、自分のこれまでの態度を思い返して、少し落ち込む。


「いえ、気にしないでください。わたしが不審者丸出しだったのがいけないので」

「ぶふっ……不審者丸出し、確かに…」

「……」

「す、すまない。どうして面をしているのか気になっていたが、納得した。そんなに綺麗だから隠してたんだな。隠すのは勿体ないが、よからぬことを考える奴がいるかもしれないから、仕方ないな」


 苦笑する爽やかな好少年。

 ………。ちょっと皆さん、聞きました!? 久々に美少女って言われた!! え、言われてない? 似たような意味なら可! もうこの子、超絶いい子!!




 ・・・ *** ・・・ (キース)




 こんなに笑ったのはいつ以来だろうか。

 王太子の正式な側近になってから、気を張っていることが多くなった。

 どんなことがあっても守れるように強くならないと、と焦りばかりが募って、ひたすら武や魔法の稽古に明け暮れていた。


 ケイやイナルの気遣いも時に鬱陶しく思い、徐々に避けるようになり、そんな自分に自己嫌悪を抱いた。

 それが声に出して笑っただけで、胸につかえていたものが少し軽くなった気がした。


 今日も騎士団や近衛隊の訓練に混ぜてもらったが、傷ばかり増えて上達しない。大人に軽くあしらわれて手応えを全く感じていなかった。


 ぼくは王家の剣であり盾だから、強くならなくちゃいけないのに。今日も訓練で叩きのめされて、疲れきった体がもたずにこんな場所で倒れて、休憩していた。


 ケイは六対一で近衛隊にすら勝てるのに、ぼくは三対一でも勝てない。同い年なのに、離れた実力の差に、如実になる自分の弱さと無力さを知って、落ち込んだ。


 いつの間にか倒れるように眠っていたら、痛みに意識が戻った。こんなに接近するまで気づけなかったことに、ぼくは驚き、情けなくて衝撃を受けていたら━━何か叫ばれた。


 死体の第一発見者って……まだ生きてるんだが…。どうしてそんな台詞が出てきたのか…。

 おまけに何故か攻撃された。


 一瞬、意識が飛んだと思ったら、体が温かな光に包まれて、疲労も傷も全て癒されていくのがわかった。すがってしまいたくなるような、温かさだ。


 こんな所で無様に倒れているぼくを、稀有な治癒魔法で癒してくれたのは誰だろうかと微睡んでいたら。

「こ、こうなったら始末する他…」

 聞こえてきた言葉は物騒だった。


 一応治療してくれた、貴重な高位魔法の使い手だ。逃げられないようにして、必要なら父たちに人材の報告をしようとしたら、衛兵から隠れた。おまけにぼくの頭を押さえつけられた。……払い除けられなくて、ショックだった。


 兵が去り、相手の逃げそうな気配に咄嗟に手首を掴んだ。

 兵から気配を消して隠れて、不可視の魔法結界を張り、治癒魔法も使ったのはどこの誰なのか確認しようとしたら、奇抜な面を被った同い年くらいの少女だった。凄く驚かされた。面が外れたら、もっと驚かされたが。


 息を飲む程の美しさとは、彼女のことを言うのだと思った。同時に聞かなくても、面をしていた理由を察した。虫除けだろう。

 風変わりな彼女は、逃げたそうにしていたが、諦めて「煮るなり焼くなりお好きに。詰め所でもドンとこい!」と自棄になったようだ。


 手を引いて近くの古びた東屋近くに移動し、まず治療の礼を言ったら、ちょっと驚かれた。怪しい面を被っているのを見て気が動転していたとはいえ、いきなり女性を詰め所に連行は失礼だったと反省する。


 柔らかな色合いの金の目を丸くした少女は、困惑しながらも赦してくれた。そのことに、ほっとする。それから、寝ていたことに気づかず、足を引っかけて蹴ったか踏んだかしたことを謝られた。


「いや、ぼくがあんな所で寝ていたのが悪いから、気にしなくていい。治療もしてもらえたから」

「そう言ってもらえると、助かります。何故あのような所で寝てらしたのですか? 疲れているのなら、家でゆっくりされるのがいいと思いますよ」


 今にも立ち去りそうな少女の気配に、ぼくは自然と掴む手に力を込めた。

 光が注ぐ、今は誰も使われていない東屋付近は、周囲を木々に囲まれ、外界から隔絶された場所のようだ。

 常にある周囲の目もなく、誰もいない。心地いい風が吹き抜け、強い焦燥から解放されて、ぼくは久し振りに深く息を吸えた。


 気づいたら、自分から心情を吐露していた。

 夏になる前に、魔物の討伐に騎士団と友人と共に連れて行ってもらったこと。そこで、ぼくは満足に動けなかったこと。これまでにも魔物との戦闘経験は父とあったのに、レベルが違ったことを。


「でも、ケイは……友人は、簡単に一撃で倒して、使える毛皮を汚すこともなかったんだ」

「………」


 彼女に言っても、わからないだろう。

 この国はのんびりした国柄で、領地を魔物から守る貴族の家系でも、剣や魔法を学び始めるのは、年齢が二桁になってからと、遅い。その上、本格的に学ぶのは学園に入ってからだ。

 こんなことを彼女に告げて何になると思うが、弱音を情けないと感じるが、自分を少し知ってほしいと思ってしまった。


「どんどん力の差が開いていくんだ。ぼくは強くなくちゃいけないのに……。訓練しても全然強くならない。少し前から、友人だけが魔物退治を任されて、ぼくは城にいる。今日だって……」

「……」

「わかってはいる。ぼくが城にいるのは、側近として守るべき人がいるからだ。その人を側で守ることが使命だから。でも、少し離れた位置に大人の護衛がいるのに、実力のないぼくが何で側にいるのかと思ってしまう。近衛隊にも陰で、家の力で側近になったとバカにされていることも知っている。それが事実で、情けないことに、黙らせる力がぼくにないことも」


 何を話しているのか、と自分で恥ずかしくなって少女を見ると、何やら考え込んでいた。照れ臭くて少女から顔を逸らし、早口で言葉を紡ぐ。


「すまない、女性のあなたにこんな話を聞かせてしまって。何というか、話しやすくて。さっきも、面を被っていたとはいえ、あなたとは普通に素で話せていたから、気が緩んでいるのかもしれない。あなたも敬語でなくていい。さっきみたいに話してくれないか」

「………あなたは、その守るべき人が大切?」

「え?」


 見ると、彼女はじっと真っ直ぐにぼくを見つめていた。

 取り合わなくていいと返そうとしたのに、真剣さに気圧されて、ぼくは考えるまでもない言葉を返した。


「━━大切だ。仕えるべき人と言われて育ったからじゃない。ぼく自身が喪いたくないと思っている」

「そう」

「ああ、今はまだ友人という感覚が強いのかもしれない。けれど、あいつもぼくも友人も少しずつ、主従らしくなっている途中だから。側を離れようとは思っていない」


 すんなりと口から出てきた。目まぐるしく戸惑ってばかりだった今までの中で、変わらなかった思い。焦る中で、見失っていったことが。


「……でも、まだ力が足りない。おかしな話かもしれないが、ぼくはその強い友人も守りたいし、できるなら肩を並べて戦いたいとも思っているんだ」

「力なき正義は無力なり、正義なき力は暴力なり」

「え?」

「そうだね、今はまだ無力かもしれないだけど、あなたはきちんと正しいことが何か見極められる人だと思うよ。さしあたっては━━」

「へっ?」


 ぼくの視界が揺れて、一回転した。

 手首を捕まえていた腕を取られ、気が緩んだ所で足を刈られた。気づいたら受け身をとらされて空を仰いでいた。ついでに手も離れて、少女と距離ができた。


「無理せずに自分に合った訓練をした方がいいよ。体が休めてないのに頑張っても訓練にならないから。大人とあなたじゃ体格も違うし、急に騎士団や近衛隊の訓練に混じっても、今までと違うやり方にすぐ馴れるわけない。まずは自身がどれだけ動けるかを知覚すること」


 身を起こして呆けるぼくに、彼女は真面目に助言をくれた。そのまま隙なく立ち去ろうとする少女を、咄嗟に呼び止める。肩越しに振り返られた。

 ふと、まだ名乗っていないことに気づいた。この少女には、自分のペースを崩されっぱなしだ。


「あ、……その、ぼくはキース・エアル。あなたは…」

「説得力ないかもしれないけど、不審者じゃないから安心して。騎士団長に聞けば、たぶん心配ないって言うはずだから」

「え? 父を知って…?」

「大丈夫。あなたはまだまだ強くなるよ、キース。それじゃ」


 微かに笑んで、少女は薄翠の髪を翻した。そのまま木々に隠れて姿が見えなくなる。

 ぼくは少し追いかけてみるが、完全に気配が消えていた。


「……何者だったんだ?」


 精霊にからかわれたような気分だ。

 衝撃的な初対面とはいえ、異性相手に畏まらずに話せたのも、衛兵から隠れたのも、笑ったのも、心情を吐露したのも、女の子に投げ飛ばされて助言されたのも、初めてだった。


「変な奴だったな…」


 見かけたことのない顔だった。あの容姿なら、一度会えば忘れはしないと思うが…。結局、名前もどこの誰かもわからずじまいだな。本人曰く、不審者ではないそうだが、何故この城にいたのかも謎のままだ。


 けれど不思議なことに、追い詰められる焦燥も、貪欲に強さを求める強迫観念も、ずっと弱いままではという絶望感もなかった。

 憑き物でも落ちたようにすっきりしていた。


 軽くなった体で、王太子の執務室を目指す。

 きっとスピネルが、イナルにお小言を言われながら書類と睨み合っているはずだ。そこに、あと少しでケイが戻ってくるに違いない。


 ケイが魔物退治から戻ったら、笑顔で出迎えよう。そして友人に話してみたい。今日会った奇妙な少女のことを。

 それとも、不審者と心配させかねないから、父に確認してからの方がいいだろうか。

 ぼくは、台風のように現れて去っていった少女とのやり取りを思い出して、小さく口元を綻ばせた。




 ・・・ *** ・・・ (リフィ)




 はぁ~、焦った…。

 わたしは気配を消し、不可視の魔法を再度かけて、人気のない城の回廊に向かった。誰の気配も追って来ないことに安堵する。


 投げ飛ばしたのはやり過ぎかと思ったけど、つい、隙アリ! と体が動いてしまった…。

 あのまま捕えられて連行されるのも困るし、父とケイに身元保証人にさせるのも申し訳なかったから、仕方ないよね。


 一応、不審者じゃないって宣言してきたし、騎士団長なら忘れてなければ、わたしを思い出して騒がないでいてくれそう。

 後は父に、キースに会ったことと騎士団長に確認するよう告げたことを、ケイに内緒で話して、こっそり対処してもらおう。


 思い返すのは、可愛らしく真面目に悩んでいた騎士の少年。

 でも、会うのって王妃主催のお茶会だったよね、確か。

 叔父に引き取られた翌年、挨拶がてら子供同士のお茶会に出席して、王子とイナルは貴族の人だかりで会うことも話すこともなく終わり、新しく貴族になったのが気にくわないのか、どこぞのお嬢様方に絡まれていたら、騎士らしく颯爽と助けてくれたんだよ。


 お礼を言おうにも、使用人に王子が呼んでいると言われて、去っていくキース。その後、お茶会や貴族の誕生会で探すものの、高位貴族であるキースと下位の新米男爵令嬢が招待され、出席する場が重なることもなく、王家主催の社交場も王妃の体調不良で開かれたのは数回だけ。


 その数回も、人気者の周りにできた人垣で近寄れず、人だかりを押しのけてゆくこともなく、話すどころか会うこともなく終了。で、学園で再会。だったはず。━━これ…シナリオ狂ってない? 


 わたしが王妃に会うの拒否しまくったから?

 他の貴族の子供たちも呼んでお茶会にしましょう、との母の誘いも、断固拒否して逃げ回ったから?


 おまけに本音というか弱音みたいなのを聞かされて、どこの二次元世界だよ、と鳥肌が立った。

 可愛いし、いい子だとも思ったけど、何だか強制的に進んだ展開にゾッとした。思わず、投げ飛ばしちゃったよ。


 ……ゲームでも漫画でもないから、予測不可能なのは仕方ないのかな…。よくわからなくなってきた…。

 でも、そうだよね、彼らもナマモノ。もとい、生身の人間なんだから、意思があって動くのは当然だよね。


 関わりたくないし、面倒ごと御免だし、特に彼らのことなんて知りたくもなかったし、自分のことで精一杯だから、攻略対象者にまで気が回らなかった。

 だって、浮気ヤローサイテーって思っちゃってたし…。


 気にも留めてなかったし、彼らのことをおもんぱかってどうにかしようなんて微塵も思わなかった。それどころか自分と関係ない、わたしとは違う別の世界(二次元)の人で括って、線引きして、目を逸らして放置しておきたかった。自分の問題だけで手一杯だったので。


 王子たちには会ったことないからわからないけど、イナルとキースはいい子っぽかった…。まぁ、ケイが友人と認めるくらいだからね~。関わりたいとは思わなかったけど。

 問題はそんないい子が、どうして婚約者を蔑ろにするのか……彼らもある意味、被害者、なのかな…?


 …………考えれば考えるほど、訳がわからない。

 とりあえず確実なのは、今日のことがバレたら、ケイが怖そう。

 それは避けたい。何としても、切実に! 今のわたしの最優先事項だよ!


 シナリオ変わっているにしろ、何にせよ、王候貴族に関わらないようにしていけば、面倒ごとにならないはず…!!

 今日みたいに突然関わることになったら………そのときはそのときだ! 頑張れ、未来の自分。


 最悪、いざとなったら隣国ゴルド以外に、国外逃亡しよう。それでも、どうしようもなくなったら、この舞台せかいから精霊界に強制的に退場しよう。強制には強制で対抗だね。


 攻略対象者たちは……自分の意思があるなら、大丈夫かな。わたしは自分のことで精一杯だから、自分たちで頑張ってシナリオに抗ってください。これでよし。

 悩み終わって、真っ直ぐ人気のない城内を歩いていくと。


「リフィ?」

「お父様」


 凛々しい美青年と曲がり角で遭遇し、魔法の気配を感じた父に呼びかけられた。

 わたしは『影』以外の気配がないことを確認して、魔法を解除する。「無事でよかった」と抱き締められました。


「クーガからきみがここに向かったと聞いて、全然来ないから、動かせる『影』と探してたんだ。何もなかったかい?」

「……えーと」

「……リフィ。とりあえず、そいつの特徴を教えて。関わった奴らとちょっと話し合ってくるから」

「怖いですお父様。何もなかったのでご安心ください」


 威圧的な笑顔が、いつものふわりとした微笑に変わる。わたしも思わずホッとした。今のうちにお願いしとこう。

 わたしはにっこり微笑んだ。


「何もなかったんですけど、一つお願いがあります」

「リフィのお願いなんて珍しいね。何だい?」


 柔らかく笑う父に、わたしは先程の出来事をざっくり話す。読唇術防止と盗聴防止の結界を張りながら。


「……いいよ。騎士団長には、それとなく伝えておこう」

「ありがとうございます。くれぐれも」

「ケイには内緒だね。わかったよ」


 苦笑する父に、わたしは胸を撫で下ろした。これで従兄弟対策は大丈夫だと思いたい。


「……キースに名乗らなかったんだね。わたしやケイとの関係も教えなかったのか」

「はい。でも、ケイはいい友人をもちましたね」


 わたしは素直に感想を口にした。

 ケイに頼ろうと、責任を押し付けようとするのではなく、ケイをも守りたい、共に戦いたいと言ったキース。

 その言葉を嬉しく思った。


 わたしは父の執務室に案内され、預かった書類を直接手渡して中身を確認してもらう。ついでに、ケーキをご馳走になった。レモンの酸味が程よくきいたチーズケーキ、絶品でした。


 お茶を飲みながら、ケイたちが無事に戻ると聞いて、わたしは一足先に家に戻ることにした。

 見つからないように元来た道を『影』の護衛つきで送られて、移動魔法でサンルテア男爵家に戻った。

 イレギュラーはあったけど、ミッションは無事クリアかな~。


 お昼ご飯は何かな、なんて呑気に庭を歩いて屋敷に入ろうとしたら、扉が勢いよく開いてデゼルとダグラス、クーガが飛び出してきた。咄嗟に茂みに隠れる。……まだ揉めてたの?


 デゼル得意の氷魔法で冷気が辺りに漂う。暑いから丁度いい~とぼんやり様子を見ていると、デゼルが氷の刃をダグラスに向けて放った。上官への攻撃にわたしが驚く。


 ダグラスは眉一つ動かさず、抜いた剣で全て弾き返し、叩き落とした。お見事と感心したら、バキッと頭上から音が。「ふぇっ?」と顔を上げたら、眼前に迫る木の枝。

 ダグラスが弾いた氷の刃が枝を切り落としたらしい。


「ふぎゃっ!?」


 ゴッと鈍い音がして、額に痛みが走った。脳と視界がぐわんと揺れ、体から力が抜ける。

「お嬢っ!?」と、焦る声を聞きながら、わたしは意識を手放した。……今日は厄日だ…。





あと一話で九歳編は終わる予定です。


リフィとケイが家族を呼ぶときですが、本来でしたら、お義父様、お義母様となりますが、今後もお父様、お母様、や、父と母と表記していきますので、流してくださいませ。

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