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9才 (ケイトス)

珍しく2話投稿してます。

読んでない方は前話からどうぞ、前話は読まなくていいという方は、こちらからどうぞ。


後で誤字脱字などで訂正するかもしれませんが、内容に変更はありません。




 数日前に降った雪がうっすら残る十二の月、早朝。

 いつもの訓練は外ではなく屋内で行い、シャワーで汗を流した後で、暖められたダイニングで朝食を待っていると、リフィがやって来た。


「おはよう、リフィ」

「おはよ、ケイ」


 まだ眠そうに目を擦り、リフィが隣に座った。ちょうど朝食が運ばれてきて、二人で食べ始める。誘拐された七の月から、半年続いた習慣に、僕もリフィも慣れつつあった。


 以前はほぼ毎日訓練に参加していたリフィだけど、今では週に二、三回だけ。本気は出していない。僕も『影』たちと走ったり、組み手はするけど、全力ではしない。

 たまに、リフィやクーガと本気で魔法も使った模擬戦をしたり、ギルドの依頼を受けたり、魔物の討伐任務や、他国のスパイを捕まえたり、不正商人の証拠を掴む任務をするくらいだ。


「昨夜はだいぶ遅くまで起きていたみたいだね。夜更かししちゃ駄目だよ」

「うん、わかってる。アッシュからは連絡来た?」

「何もないかな。相変わらず、冬籠りする今の時期は、大地の精霊たちは春に向けての土地の異常調査で忙しいみたいだよ」

「そっか…抱き枕が…湯タンポが…」

「リフィ。それ言ったらアッシュが怒るから、言わないようにね」


 リフィがハッとして首肯した。

 食事中に話をするのは行儀が悪いけれど、非公式の場だから僕たちだけの時は気にしないことにしている。ただし、週に一度だけはマナーの日を設けて、練習する時もあった。

 隣を見ると「スープ美味しい~」とリフィが笑顔になる。


「お母様と叔父様からは何か連絡あった?」

「うん、無事にゴルド国に着いたそうだよ。なるべく早く帰るって」

「そっか~。お仕事だけど、楽しめるといいね」


 僕は「そうだね」と返して食事を終えると、登城すべく支度をした。そうして、玄関に向かうと見送りではなく、暖かそうな外套を纏い、黒に近い革のショルダーを下げたリフィと会う。


「今日はどこかに出掛けるの?」

「図書館に用があって」

「送って行こうか?」

「ううん。歩いていくから大丈夫。ケイ、行ってらっしゃい」


 リフィに見送られて、僕は馬車に乗って城に向かった。

 誘拐の後は、多少過保護になったものの、今はすっかり一人歩きが常になった。それというのも、リフィが腕時計型の通信機を作ったから。位置もわかる便利な代物で、本人もあれから大人の異性を警戒して、『影』を付けるのも躊躇われた結果だった。


 城門を抜けて馬車を下り、僕は通い慣れた城内を歩いていく。スピネルに呼び出されていたので、王太子室に向かう。

 今年の春に十歳になった彼は王太子と定められ、公務にも出るようになってきた。今日は年末年始の公務の件で、相談したいことがあるらしい。きっとイナルとキースもいるはずだ。

 王妃様も妹姫と戻ってきて、今のところ兄弟仲も以前のように戻りつつあり、順風満帆なようで何よりだ。


 僕は北の空を見上げた。雪雲がある。ゴルド国は雪かな。父と伯母を思い浮かべて、ちょっと息を吐いた。


 伯母様が退院した後は、体力も落ちているからと安静と療養の名目で、サンルテア男爵家で生活してもらった。

 リフィも暮らして居て、生まれ育った家だからか、伯母が馴染むのは早かった。気になったのは、体力回復のためと走り込みや筋力トレーニングを頑張っていたことだけど。


 退院から約ひと月が過ぎた八月半ば、僕の誕生日が終わってから。元気になった伯母様は、メイリンと父、幾人かの『影』と使用人を連れてブロン国へと向かった。


 八月の終わりには無事にブロン国に着いて、エアルドと再会したらしい。そこで冷然と伯母様が、彼の死亡後どんなことがあったか事細かに語って聞かせ、懇々とお説教。エアルドの罪悪感の意識を煽ったものの、伯母様も気づいてあげられなくてご免なさいと謝罪した。


 ただし、リフィを変態に売ったことは話が別だと、伯母様が激昂。まだ夏のはずが極寒の吹雪にいるようだったよと、お父様が疲れたように教えてくれた。


 今後一切関わらないこと、ブロン国内でも港付近ではなく、奥地に名前を変えて暮らす等、条件を書き記した念書を約束させたらしい。ついでにエアルドが亡くなる数日前の日付で離婚届けにサインを貰ったそうだ。


『あなたはもういないものと思っているから、わたくしたちのことは気にせず、幸せに過ごしてください。今後一生関わらないようにしてくだされば、後はご自由に』


 そう言って、別れ際に全体重を乗せた渾身の平手打ちをお見舞いして、スッキリしたわと微笑んだそうだ。元々、後腐れなく終わらせて、一発お見舞いするつもりで体力回復に努めていたらしい。メイリンが「お見事です」と拍手したとかしなかったとか…。


 この話を聞いて、伯母様とリフィの血の繋がりを感じてしまった。その後は、伯母様の気分転換にと父とメイリンで寄り道して、帰ってきたのが九月の半ば過ぎ。


 父たちの旅行中も帰ってからも、リフィは劇団設立と初公演に向けて忙しく奮闘していた。リフィの中で、父親のことは既に終わったことらしく、伯母様とのことを聞いても、「これでお母様は自由ね。後は叔父様に任せとこう」と、実にあっさりしたものだった。


 帰国してから、一時期ムーンローザ家に戻った伯母様たち。だけど、本格的に始動していた劇団の準備や新たな面接や団員の住居、練習と練習場の確保、地方公演で契約する劇場に追加の指導者集めと、時には地方に足も伸ばし、リフィが一人になることが増えた。


 これまでにも、ちょくちょくお父様に預けてはいたけど、いつの間にか、リフィがサンルテアの屋敷で暮らすのが日常になりつつあった。伯母様も帰ってくるのはリフィのいる所、男爵家になっている。多分、お父様が上手く説得したんじゃないかな。


 二人がどんな関係なのか僕たちにはわからない。リフィも本人たちに任せているようで、何も言わない。ただ夜会には、父と伯母が出席する機会が増えたと思う。

 先月成功した初舞台に続き、次の舞台公演の宣伝のためだけど、仲がいいと注目の的だと噂で聞いた。他に今更、伯母と父が実の姉弟でないことが話題になっているようだ。これも恐らく、お祖父様かお父様が噂を操作したのかな。


 噂話を教えてもリフィは、「お母様が楽しそうでよかった」と安堵するばかり。

 今回、二人のゴルド国への出張は、ハイドと僕に交流があり、隣り合う領地と国としての友好目的もあって、ゴルド国王妃様の誕生日に招待されたためだ。


 つまり、国の貴族としての正式な社交。王妃様を祝うから女性同伴が好ましいとはいえ、そこに父と伯母が出向くことは内外への身内アピールというか、夫婦も同然と見なされる。


 その事をリフィも知っているはずなのに、にこやかに「行ってらっしゃい。道中気をつけてね」と見送った。それどころか、伯母様に父に誘われていると相談されて、背中を押していた。……本当に、何を考えているのか、わからない。いや、伯母様の幸せを願っているのはわかる。


 けれど二人が夫婦になったら、彼女が危惧していた事態になる。僕の妹、ミドルネームとして以前のを残せば、リフィーユ・ムーンローザ・サンルテアになるというのに。


 ……リフィが義理とはいえ、妹…。第二王子辺りが騒いで、会わせろと煩そう…。

 そうなったら、必然的にスピネルやイナル、キースたちとも会わせることになる。今日までどうにか会わないように予定を組んできたのが、水の泡だ。


 頑なに「遭遇ダメ絶対。とことん避けよう王侯貴族」と息巻いているリフィが、何も考えてないとは思わない。少し前から何かを調べているのもわかっている。……まだ相談されないけど。


 今日、図書館に向かったのもその調べ物だと思うが、全く別の違うこと…次の演目とか、昆虫の冬眠とか、蟻の生態とかを調べていても、それどころか目的を忘れて街でお菓子を食べていても、僕は驚かない。それ程あの従兄弟は、読めるようで読みにくい。


 取り敢えず、まだ大丈夫かな。

 サンルテアの動向を窺うのはあちこちにいるけど、しっかりリフィのことは見知られないようガードしている。

 王家とイナル、キースの家はリフィの存在を黙認というか、以前の契約で息子たちに話せないから沈黙していた。だから、第二王子も含めた四人とも、僕の従兄弟に関する情報はあまり持っていないはず。


 扉を見て、僕は気持ちを切り替える。王太子執務室の前に立ち、ノックをしてから返事がなくても中に入る。その許可は初めから貰っているので、衛兵も不敬を咎めることなく、人形のように直立不動だ。

 入室した僕は、ソファーに座る人物を見て目を瞬かせた。


「あれ、キースだけ?」

「おはよう、ケイ。今いるのは、ぼくだけだ」


 僕も挨拶を返して、呼び出した張本人とイナルの居場所を尋ねると、スピネル王太子は年末年始の式典の衣装合わせ、イナルは用があるからと、調べ物をしに王都の図書館に寄ってくるらしい。何でも城の蔵書にはない古い国法の専門書を読んでみたいのだとか。


「……図書館?」

「どうした、ケイ? 顔色が悪いが」


 ……もしかしなくても、リフィも行った図書館?

 自分でも、血の気が引いたのがわかった。腕時計型の通信機を操作するも、図書館にいるからか通信を切っていた。嫌な予感がして、焦る。


 ━━何だこれ。偶然? それとも…。

 寒気がした。

 落ち着け。僕は呼吸を整えた。王太子の部屋では魔法を使えない。ここを出て、魔法で連絡を取ろうにも、王都の図書館にも魔法を防ぐ結界や静寂の魔法がかかっているから、それもできない。結界を壊せばどうにかなるけど、大事になるのは必至だ。直接行くしかなかった。


「ごめん、キース。僕もちょっと用事が出来たんだ。なるべく早く戻るから、スピネルとイナルが先に戻ってきたら、謝っておいてくれる?」

「それは構わないが…ケイ、大丈夫か? 無理せず体調が優れないようなら、休めよ。本来なら、スピネルがするべき仕事なんだ。ぼくとイナルは側近だが、お前はただの友人だ。サンルテアを側に置いて、周囲に睨みをきかせるという王家の思惑に乗る必要はないんだ」

「わかっているよ。ありがとう、キース」


 案じてくれた友人に、本当にいい奴だなと感謝しながら、僕は執務室を出た。そのまま、あまり人に会わない最短の道で、城の外に出ると、転移魔法を使った。




 ・・・ *** ・・・ (カルド)




 冬の課題があったから、図書館にその日行ったのは、偶然だった。そこで久しぶりに、薄翠の髪を見つけた。何やら熱心に分厚い本を積み重ね、紙面に集中している。


 入り口から高い本棚を抜け、一階フロアの中央にある六つの大きなテーブルの一角に、おれは手にした課題と本を持って近寄った。


 前にも何度か図書館に、サリーやたまに兄貴とも来たことがある。その時も、本当に読めているのかと思うような分厚い装丁の本を手にしたのを見たことがあった。おれに気づくと、装丁が綺麗とか、中の挿し絵が素敵なのと言って、児童書コーナーにいたサリーの所に戻ったが。


 隣に座り、邪魔してはいけない雰囲気の横顔をじっと見つめた。リフィはおれに気づくことなく、図書館が開いたばかりでまだ寒いからか、外套を着たまま熱心に細かい文字を追っては、ノートに書き込んでいた。


 一つに集中すると周りが見えなくなるのは、相変わらずだな。見慣れた横顔に小さく笑って、おれも自分の学校課題を済まそうと本を開いた。


 しばらく集中して課題が一段落したら、ちょいと腕の服を引っ張られた。左を見ると、リフィと目が合う。まだ暖房が効かないので、お互いにコートを着たままだ。

 二階にまばらに人がいるくらいで、一階にはおれらしかいない。でも迷惑にならない程度の声で、話す。


「久しぶり、カルド。こんなとこにいるなんて珍しいね」

「ああ、学校の課題だ。調べ物があって。お前がいたけど、集中してたみたいだから」

「気にせず声をかけてくれてよかったのに。でも、そういう気遣いが出来るようになったんだねぇ」

「その生暖かい目をヤメロ。ていうか、ババくせぇ…っぅ!」

「前言撤回。レディへの気遣いがまだまだだった」


 踏まれた足を上げて、おれは「暴力女」と呟いた。ふんっと、リフィが鼻を鳴らして、そっぽ向く。相変わらず態度が可愛くねぇ。けれど、いつものやり取りに安堵していた。


 おれらは軽口を叩きながら、お互いの近況を話す。

 稀少な光属性を持った兄貴が学園に入学して、学園の男友達と仲良く遊んでいること。父も母もリフィやサリーに会いたがっていること。サイラスたちも元気で、たまに遊んでいること。忙しい兄貴に代わって店の手伝いに出ていること、兄貴にこっそり基礎魔法を教えてもらったこと。

 母や学校の女子たちが劇団の公演を見に行ったことを話すと、リフィは嬉しそうに笑った。


 リフィも、おばさんが劇団設立のために忙しくしていたこと、その関係でケイのところにお世話になっていること、のんびり勉強して、たまにサリーと会って遊んだこと、出たお茶会のことを話してくれた。


 以前は毎日のように遊んでいたのに、最近は一ヶ月前に街で遊んだのが最後だ。課題も終わったし、久々に街で遊ぼうと誘ったら、リフィも話にのってきた。本を返してから、そのままここを出て広場に行こうと話していたら。


「失礼します。こちらの本をお借りしたいのですが、よろしいですか?」

「あ、はい。読み終わったので大丈夫です。占有してしまって、すみません」


 おれらより少し年上の男が声をかけてきた。そいつを見て、軽く驚く。ケイと初めて会った時に近い衝撃だ。

 藍色の髪に怜悧な灰色の目。白皙の凛々しい美貌。雰囲気は落ち着いていて、服装も上等。どこをどう見ても、貴族のお坊っちゃんだった。


 以前のおれなら呆けて固まるばかりだっただろうけど、ケイに慣れて貴族にも美形にも耐性があった。

 何より、幼馴染みのリフィで見慣れている。その幼馴染みを見ると、振り返って美少年を見た瞬間、思いっきり顔を背けた。


 思わず、クビ大丈夫か!? と、問いたくなるような見事な背けっぷりだ。誰が見ても少年を避けるようにして、反対側のおれの方に顔を向けたリフィ。相手に失礼だけれど、青ざめて目が虚ろになる幼馴染みに、何かあったのかとおれは貴族の少年を警戒して見た。


 だが、相手も当惑していた。初めてそんな反応をされたというような、どうしたらいいのかと途方に暮れた顔。てっきり面識があるのかと思ったおれも困惑した。

 何がどうなっているのか。おれもまた、微かに震えるリフィを見つめた。




 ・・・ *** ・・・ (リフィ)




 本を渡そうと声をかけてきた相手を振り返ったら、攻略対象者でした。


 ━━油断した!

 何だこの不意打ち。洒落になんないから!!

 わたしは、あまりのことに頭真っ白。突然の敵襲に、脳内警鐘が鳴り響いている。


 ……振り返ったら居るとか、恐怖だよ!? 花子さん!? いや、メリーさんか!?

 てか、何でここにいるの。よりにもよって今日、いま、ここに!?


 待って、わたし。落ち着いて。

 油断して返事して、うっかり反応して振り向いたけど、目が合ったのは数秒もない。ゼロコンマ三秒くらいで顔を逸らしたから、大丈夫セーフ。これで会ったことにならないはず! グッジョブ、わたし! もう、そういうことにしとこう!!


 館内は暖房がかかって暖かいはずなのに、わたしの体はどんどん冷えて、震えだした。

 紙のように白い顔している自信があるよ。そしてこんな時だというのに、走馬灯のように漫画の内容を思い出す。


 確か、主人公と宰相候補の公爵子息、イナル・エンデルトとの出会いは、王都の図書館。

 男爵家に引き取られた主人公は、本当に自分が貴族籍に入って問題ないのか悩んで、通い慣れた図書館に向かったんだ。


 そこで法律の本とか、貴族とは何かという分厚い本を集めたけど、読めず、意味も解らず悩んでいたら。

 ちょうど王太子の側近としてこの国の法律は勿論、他国や古い法典や判例、儀礼式典も学ぼうとやって来たイナルが読みたかった本を主人公が持っていて、声をかけられて出会うんだよ。


 一方のイナルは、本が借りられていることに驚き、その本を読んでいるのは誰だろうと気にして、主人公を見つけた。

 そこで、彼女の悩みを聞いて、易しくやんわりと法律上問題ないと、彼女の存在を肯定して憂いを晴らす。お互いに名前を教えあって、本のことを楽しくお喋りして、学園で再会━━。


 ……マジかー。何でここで思い出しちゃうよ。

 それも図書館で会うとか━━正に今! ガッツリ被ってマスね、こんちくしょー!


 ケイの協力を得て会うの回避できていたし、これまでこの図書館で会わなかったし、男爵家に正式に引き取られてないし、シナリオも少し変わったかなって━━慢心していた…こんな脅威が忍び寄っていたとは!!


 でも、わたしにだって言い分あるし、文句も言いたい!

 わたしまだ平民だよ。貴族じゃないし、本も読めてるし、身分とか他にも特に悩んでないのに、何でこうなった?

 おい、シナリオ。わたしがかわってもお前は狂う(かわる)なよ。そこはシナリオ通りを全うしてよ!!


 ━━なんて、現実逃避してる場合じゃなかった。王家の血をひく高貴な方を、反射で不自然に避けちゃったよ。どうしようコレ。この図書館では、利用者の身分を問わず平等を掲げているけど…冷や汗が止まらない…。

 カルドだって驚いて、困ってるよね……うぅっ、どこかに隠れるか、もうガン無視して立ち去りたい…!


「……あの…?」


 やめて。声をかけるのやめて。もうガクブルしてるから。冷や汗が半端ないから。

 氷のように冷たい両手を握って、どうしようと困り果てていたら。ぐいっと腕を引かれて、わたしと公爵子息の間にカルドが入った。


「悪りぃな。こいつ、さっきからぼんやりしていて調子悪いみてぇなんだ。本は持っていっていいから」


 カルドの背に隠れて、わたしは感動した。……カルド、立派になって…。空気を読める子に成長してくれて、お母さん嬉しいわ!

 言葉遣いは減点だけど、今はスルーしとくよ。


「すみません、何かぼくが気に障るようなことをしたのかと…勘違いしました」


 こっちの子もいい子だ~。君が悪い訳じゃないのに、ごめんね~。


「体調が優れないようでしたら、病院かご自宅までお送りしますよ」


 気遣いが辛いっ!

 気にしなくていいと言いたいけど、これ以上、言葉を交わして出会ったことにしたくない。これが複雑な乙女心とゆーモノでしょうか!


 カルドがちらりと振り返って見てきたので、わたしはムリムリと頭を横に振った。必死すぎて、目が血走っているかもしれない。


「えーと…、こいつの家、この近くだから気遣いは無用だ。おれが送って面倒看るから、気にしなくていいぜ。なっ?」


 カルドの影に隠れながら、わたしは盛大に首を縦に振る。

 本当にっ、全く気にせず、速攻その本を持って行ってクダサイ!


「ですが…」


 ナゼ、そこで食い下がる!?

 親切の押し売りは、時に厄介、もとい迷惑になるんだよ。カルドも断り続けているけど、公爵子息がしつこい。

 馬車で来ているので疲れさせませんって、馬車に乗ったら疲れるどころかわたしの息の根が止まりかねません!


 イナルの案じる言葉に、カルドもたじたじ。元より賢く交渉事が得意な貴公子だから、カルドが押され気味。……ヤバい。わたしがハッキリ大丈夫と断ればいいんだろうけど、話して顔見知りになりたくない。


 カルドを巻き込んで申し訳ないけど、我が儘だろうと、それでも嫌だ。ほとほと困って、俯いていたら。


「━━イナル」


 聞き慣れた声が、福音に聞こえました。

 公爵子息が振り向き、玄関ホールから来た少年を見て、「ケイ」と意外そうな顔をした。


 カルドも、久々に会った友人の名前を声にしようとしたので、わたしが後ろでぐっと服を強く引っ張って、止めた。

 察したカルドが口を噤む。


 イナルは突然姿を見せたケイとの会話に夢中で、わたしたちに背を向け、完全に意識が逸れていた。

 カルドの背後から顔を出したら、ケイと一瞬だけ目が合った。逃げろというように、イナルに相槌を打つ振りをして、軽く頷かれる。


 本当に天使だね!!

 ケイトス様々、ありがとうございます! 遠慮なく、トンズラしますっ。


 わたしはカルドの服をそっと掴み、振り向いた彼に、しぃと、口元に指を一本立てて見上げた。カルドがひくっと喉を動かし、目元を赤くして不機嫌な顔を逸らした。


 カルドにばかりイナルの対応を任せて怒ったのかと、わたしは後で謝ることにして、イナルが読みたがった本を残し、残りの三冊を抱えた。カルドも自分の荷物を持つ。


 カルドと視線を合わせて頷き合い、そっと壁際まで下がり、本棚を回り込んで足早に出口を目指す。

 本当は自分で棚に戻したかったけど、ごめんなさい。

 わたしは、入口の返却コーナーに本を置いて、すたこらと鍛えた猛ダッシュで逃げ出した。後からカルドがついてくる。


 入口を出た時に、「待って」と声がかかった気がしたけど、絶対に空耳だ。追いかけようとしても、きっとケイが足止めしてくれる。


 極度の緊張と精神疲労から解放されたからか、所々に雪が残る馴れた路を幼馴染みと走っていると、よく遊んだ鬼ごっこでもしているみたいと、笑いが込み上げてきた。自然に笑みがこぼれる。追いついたカルド見ると、彼も笑っていた。


 そのまま大通りから少し外れた、馬車が入れない街中で足を止めて、荒い呼吸を整えた。

 誰も追ってこないのを確認して、わたしは行きたい場所をカルドに提案した。


 カルドが賛成して、先に歩き出す。

 わたしは振り返って建物の先端だけ見える図書館を見た。

 いつも助けてくれてありがとう、ケイ。


 身内の未来は変わったから、後は自分の未来を変えるために頑張ろう。シナリオにも、誰にも掴まらないようにと、改めて気を引き締め、わたしはまずはカルドにお礼を言おうと後を追いかけた。




 ・・・ *** ・・・ (ケイ)




 ━━危機一髪、何とか間に合ったかな…。


 図書館に駆け込んだ時には、イナルと対峙するカルドと、その後ろに隠れ、真っ青な顔で震える従兄弟を見つけて、大きく心臓が跳ねた。

 リフィの語った未来が現実になる瞬間を、まざまざと見せつけられた気がして、気づけば声を出していた。


 何とかイナルの気を逸らせ、無意識に従兄弟が美少女っぷりを発揮してカルドを照れさせつつも、無事に逃げ切ったことに、僕は安堵していた。思ったよりも緊張していてらしい。


 立ち去った二人に、イナルは残念そうだった。━━ごめん、イナル。ずっと隠し通せるとは思わないけど、今はまだリフィの望む通りにしてあげたい。恩人が足掻く時間くらいは、作ってあげたいんだ。


 イナルにさっきの二人がどうかしたのかと、痛む胸の罪悪感を無視して尋ねた。

 何と答えたものかとイナルが少し考えて、ありのままを簡潔に話してくれた。


「誰も読まないと思っていた昔の法典や判例、儀礼式典の本が借りられていて、誰が読んでいるのかと興味を持ったんです。そうしたら、読んでいる少女を見つけて、驚かされました。少し話してみたくなって声をかけたのですが、盛大に顔を逸らされてしまいまして…」と苦笑するイナル。


 ……。…うん、リフィの反応した気持ちはわかるよ。でも何て言うか、もっと他に方法はなかったの…。

 確かに…顔を見られなかったようだし、いい、のか、な…?


「体調が悪いと、友達の少年でしょうか…。彼がそう言うので、ぼくの馬車で送ると言ったのですが、頑なに固辞されてしまいました。顔を合わせて話してみたかったのですが、残念です。声もろくに聞けませんでした」


 ……何だろう。凄く罪悪感で一杯になる…。

 イナルが興味を持つ理由は、僕からすれば理解できる。けれど、リフィはそれもシナリオの強制力だと思うのかな。その可能性も捨てきれないけど、イナルが純心に思った可能性もあるよね…。


 話を知らない僕からすれば、物語の通りになるということの方が不思議な感覚だった。それでもリフィが嘘をついているとは思わない。ただ、友人たちに対して申し訳なく思う。第二王子にはそんな事思わないけどね。


 リフィには、それとなく本当に相手が好意を持つ可能性について、話してみよう。シナリオだけを理由に、気持ちを信じず、頭ごなしに否定するのは違うような気がするから。


 それでも、否定するなら仕方ない。━━結局僕は、共犯者として彼女の手助けをするだろうから。

 思考に区切りをつけてたら、思案していたイナルが思い出したように、笑った。


「そういえば、彼女の髪色に見覚えがある気がしていたのですが、原因は第二王子ですね」

「え?」

「ほら、ブレイブ殿下が平民の薄翠の髪の美少女を探せと、一時期ご執心でしたでしょう。それでかもしれませんね。一瞬でしたが、とても可愛らしかった気がします。もしかしたら、彼女が本人だったのかもしれませんね」


 僕は笑って流しておいた。

 イナル、大正解。まさしく本人だよ。

 友人が本を借りるのを見ながら、ひとまずシナリオとやらが進まなかったことに、僕はほっと胸を撫で下ろした。



 ・*・*・*



 その後はイナルと城に戻り、スピネルの手伝いをした。

 イナルとキースはまだ残っていたけど、日が暮れる頃に僕は、早めに城を出て屋敷に戻った。

 戻るなり、リフィが出迎えて感謝してくれた。ついでにお礼だと、僕が好きな街の菓子屋のお菓子をくれた。


 夕食まで時間があったので、あれからカルドと遊んだことや、イナルとのやり取りを聞いて、僕は自分の意見を話した。

 リフィは困ったようだけど、確かにシナリオにばかり気を取られて、何もかも否定して無視して、嘘だと決めつけて片付けるのは酷いかもと、反省した。それでもやっぱり、関わる気がないから遭遇するのは避けるそうだ。


 リフィが決めていることなら僕はそれを尊重するから、その件はもう何も言わないことにした。ついでに、と僕はリフィが今後どうするつもりのか、問うてみた。具体的には、父と伯母が結婚したらどうするのか、と。


 リフィは拍子抜けするほど、あっさり答えてくれた。━━自分はサンルテアの貴族籍には入らない、と。

 入るのはお母様だけで、わたしはムーンローザとして暮らしていくと笑った。それで法律や過去の判例等を、読み漁っていたらしい。外野の誰が伯母やリフィに何を言ってきても、黙らせられるように。


 まだ将来をどうするか決めあぐねているけど、ゆっくり探して見つけると、リフィは話してくれた。ただし、父と伯母の話がまとまるまでは、この事は内緒にしてねと。

 そうしないと、伯母が父との再婚を取り止めてしまうかもしれないからと言われて、僕は納得した。その可能性は大いにある。


「でもリフィ、一人になることに不安はない?」

「特には。一人暮らしの経験はあるし、今までもお母様たちが舘にいないことはよくあったでしょ。それに、家族であることに変わりはないから」

「そうだね…」

「そうだよ。お母様や叔父様が困ったなら、助けるし守るよ。アッシュやケイに何かあれば、すぐに駆けつけるし、全力で力になるよ」

「……君は、ブレないね」

「他がブレブレだからね。せめてそこだけは、絶対って決めてるの」


 リフィが冗談めかして嘯く。僕は苦笑した。

 夕食の用意が整ったと声をかけられて、リフィは嬉しそうにメイドの後についていく。

 見慣れつつある光景に、その後に続きながら、僕も一つだけ決めた。


 何があっても僕たちを助けると何の迷いもなく断言した従兄弟。彼女が泣くことがないように、共犯者として最後まで付き合うつもりだ。……勝手に巻き込まれそうな気もするけど。


 リフィがドアを開けて、僕を呼んだ。

 僕は早足で側に向かい、夕食の席までエスコートする。今日はどんな面白い話を聞かせてくれるのかと、楽しみにしながら。





最後はケイに持っていかれて、少し可哀想なカルドでした。


お読みくださり、ありがとうございました。

次は9歳編になります。

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