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31, 8才 ②




 いやいやいや?

 ちょっと落ち着こうか、わたし。

 深呼吸して、冷静にもう一度理解してみよう。

 とりあえず紅茶を飲んで、お土産のマカロンにも手をのばしてみる。あ、これうまっ!


 えーと、わたしに婚約話がある…何の冗談?

 面倒はお断り。や、でも初めてまともなお話だ。今までロリコン変態や手駒としてしか、求められてないから。……ん? 待って、これ本当にまともな話?

 とりあえず、話だけ聞いてみると返すと、サルマさんが頷いた。


「シェルシーに聞いたよ。商会を畳むことにしたと。やはり、あの状態じゃ厳しいからいい判断だと思う」

「はい」

「商会を畳むと店舗が三軒そのままになっているね。それは売りに出すのかい?」

「その予定です。既に幾つかの所に不動産の査定をしてもらいました」

「君への婚約の申し込みは、商会の援助も条件にあったんだけど、それがなくてもシェルシーを含めた家族への生活援助をする予定だよ。あとは王都で商売を始めようとしているから、そのツテを借りたいんだ」

「……うちの店舗をそのまま利用したいと?」

「そう思ってくれてもいいけど、お店の代金は払うし、ツテもないなら構わない」


 ある意味、破格の条件。

 今後の生活を全面的に見てくれる。ただし、わたしの将来と引き換えにして。


 話を聞いてみて、思ったよ。

 やっぱり怪しすぎる。

 わたしの利点て、美人と貴族のツテが少しあることと魔法が使えること。

 この頃は周りから美少女とは言われないし、あって無いようなツテだし、魔力量と使える属性を他人に教えていないけど。


 誘拐されかけた回数は片手じゃ足りないから美人なはずだし、淑女教育の賜物で育ちのいい令嬢、精霊と仲がいいから利用できる娘と相手に思われているとか? ━━うん、ないわ。


 没落してるし、それで婚約って変でしょ。

 ツテが欲しいなら、すぐに結婚できる美人なお母様がいる。それも生粋の貴族だ。まぁ相手の年齢知らないけど。


 実利を求める商人らしくない。わたしと婚約しても相手に利がないよ。会ったこともないから、きっと一目惚れでもないよね!

 そんな怪しい話には乗りません。


「折角の申し出ですが、お断りしてください」

「どうしてもダメかい? いい話だと思うんだが」


 いえいえ、どう見ても奇妙な話ですから。

 落ち込むサルマさんに申し訳なく思っていたけど、その後もしつこく話をされて、わたしは内心うんざりする。


 いつもはすぐ引くのに、やけに熱心に何度も勧めてきた。世間話に見せかけて、いかにわたしと縁を結びたい人がお金持ちで、母や家を楽に豊かに生活できるか利点を語ってくる。


 ……それにしても。いつも思うけど、何でサルマさんはわたしの行動に詳しいんだろ。

 誘拐されないよう護衛もつけるし、万一でも身代金も支払えるとか、もうすぐ危険な下町に出入りしなくなって一年だねとか、毎回世間話をする度に思うけど、よくご存知ですね。


 ちょいちょい出される見合いを断ってもしつこくて、こりゃ完璧裏があるなと、笑顔が引き攣った。サルマさんも何でこんなに必死なの。そしてナゼうちの執事は、主が困っているのに涼しい顔でサルマさんにお茶のおかわりを淹れているのか。


 てか、お茶のおかわりの時、視線を合わせた親密な大人の男同士の空気が居心地悪い。びーえるっすか?

 そんな検討違いのことを考えながら、わたしもおかわりのお茶に口をつけた。舌にピリッと不快感を感じた。


 執事に茶葉を変えたかと顔をあげると、ぐにゃりと視界が歪んだ。耳鳴りに目眩が酷く、気持ち悪い。カップがテーブルの上に倒れて、中身が零れた。


 声を出そうにも、吐きそうで手で口元を抑えて、原因と思われるサルマさんの側に控えたジェレミーを睨んだ。くっ、目が霞む。頭まで痛くなってきた。魔法に集中できない。


「君が悪いんだよ、リフィーユ。君の意思で頷いてほしかったのに、私との婚約を拒否するから」

「……は?」


 聞き間違いデスカ? 今、熊さんから何か妙な言葉が聞こえてきたような…。

 精神衛生上、理解するのを拒否って、わたしは美味しそうにお茶を飲むサルマさんと彼に仕える執事のようなジェレミーを目にしながら、体が本能で逃げ打つ。

 ソファーから立ってドアに向かい━━足がもつれて転倒した。痺れ薬も入っていたとは…。


 倒れた際に、ドア近くに飾られていた花瓶と台を巻き込む。派手な音が響いた。

 逃走する様を呑気に見守っていたサルマとジェレミーが、「怪我はっ!?」と慌てて寄ってきた。


 わたしは咄嗟に床に手をついたものの、微かに水がかかったくらいで被害はない。花瓶の破片が近くにあるが、傷つくことはなかった。……ヤバい、意識が…。

 近くの破片を左袖口に隠して、わたしは意識を失った。




 ・・・ *** ・・・ (ルミィ)




 階下からした何かが割れる音。

 誰かが階段を上ってきたらわかるように、少し開けておいた扉から聞こえた微かな音に、あたしはビクリと体を震わせた。

 静かに息を詰めて、お嬢様の部屋で震えながら縮こまる。


 次いで、ドアの開閉音や何か荷物を引きずる音や、男性の話し声、玄関扉が開かれて閉じられた音。それから馬車が動き出す車輪の音がして暫くすると、この館から先程までの慌ただしい気配がなくなった。


 静まり返った階下の様子に耳を澄まし、あたしは思いきって廊下に顔を出した。静寂しかない。

「大丈夫ならそう言いに来るから、それまで部屋にいて」と言ったお嬢様は戻ってこない。


 部屋から足を踏み出そうとして、躊躇う。……怖い。ジェレミーさんに鉢合わせしたらと考えるだけで、冷蔑の眼差しや言葉、殴られたことを思い出して、体が震えた。

 弱虫意気地無しだって自分でもわかってる。あたしはお嬢様みたいに強くなれないよ…。


 怖くて情けなくて、涙が滲んだ。

「きちんとジェレミーに話して、謝ってもらうからね」

 そう言って励ましてくれたお嬢様。あたしと違って強くて優しくて綺麗な年下の女の子。


 耐えるだけだったあたしに気づくと、気づかなくてごめんと謝って守ってくれた。小さくても、お嬢様は生まれたときからお嬢様なんだと、感心した。その背に守ってもらうことが申し訳なくて、強さが羨ましかった。


 ……そうよ、可憐で小さな女の子なのよ。

 クビを宣告された大の男に、逆上して襲いかかられたら、ひとたまりもないわ!!

 お腹を殴られるのも、頬を打たれるのも、腕をつねられるのも痛いのよ! それをお嬢様が受けたら…!


「大変だわ…お嬢様っ!」


 あたしは守られていた部屋から、一歩踏み出した。

 もうすぐお姉ちゃんになるのに、守られてばかりじゃダメよね。

 そろりと階段に近づき、玄関ホールを窺って、応接室のドアが開きっぱなしなのを見つけた。


 緊張で身を固くしながら、階段をゆっくり下りて。足音を忍ばせながら応接室に向かい、開いたドアから室内を覗いた。

 あたしは呆然と、部屋に足を踏み入れる。


「なにこれ…」


 室内はもぬけの殻。入り口には倒れた置物台と割れた花瓶。散らばる花。絨毯に水の染み。これが大きな音の原因ね。

 テーブルの上には、お菓子の並んだ皿に飲みかけのカップが二客。片方は倒れていて、零れた中身がテーブルの端から絨毯に落ちてシミを作っていた。


 目の前の光景が信じられなくて、あたしは愕然とその場に立ち尽くした。放心していたら、玄関ホールの柱時計が三つ鳴った。我に返って、あたしは「お嬢様!」と声を張り上げた。


 踵を返して、お嬢様を呼びながら、片付けのために台所にいないかと向かい、拭く布ならリネン室とそちらに向かい、掃除道具のある部屋に向かった。でもどこにもいない。返事もない。二階も庭も館内をどれだけ探して呼びかけても、どこにもいない!


 玄関ホールに戻って肩で息をしながら、あたしはどうしようと混乱した。こういう時どうすればいいのっ?

 お嬢様はなんて……ハッとして、あたしは玄関を飛び出した。


 不安なら門の詰め所に、お嬢様に言われて来たと行くように言われていたことを思い出したのだ。何でそんな誰もいない使われていない所にと疑問に思ったけど、今は藁にもすがる思いだった。


 門までの道のりを走って、詰め所の窓口に勢いよく手をついた。ここに来れば助けがあると信じて疑わなかったのに、何もない。誰もいなかった。


「そんな…」


 あたしは目の前が真っ暗になった。




 ・・・ *** ・・・ (デゼル)




 慌ただしく飛び出していった馬車を不審に思いながら、来客は誰だったのかとオレは思案していた。

 少し変わった特徴のある馬車で、御者は執事のジェレミーだったが、来客の予定はなかったように思う。


 お嬢に貰ったお菓子を頬張りながら、引き継ぎ書に来客があったことを書き込み、交代の時間になったら主人であるボスと若に報告しようと決めて、館への侵入者の警戒に戻る。


 そうして、馬車が去ってから三十分以上が過ぎた午後三時過ぎに、詰め所に駆け寄ってくる気配がして、オレは身を隠した。館に働きに来ている少女だった。確かにまだ帰ってなかったな…。


 少女は詰め所を覗いて、落胆した。それからどうしようと呟いて困っている。「お嬢様…」と切羽詰まった声がして、出ていきたい衝動に駆られた。……お嬢に何かあったのか?


 館で一人になることが多くなったお嬢。人拐いに遭うことも増えたため、若からボスに外出時だけでなく家にいても『影』を一人、護衛につけてほしいとの意見から、サンルテアの命が下った。


 お嬢には詰め所に『影』がいることがすぐにバレて、家でも外でも自分でどうにかできるから大丈夫と、自信満々に若とボスに言ったが、何回も騙されて拐われているので誰も聞く耳を持たなかった。

 それから交代で護衛について早一ヶ月。これまで何の問題もなかったのだが。


 オレは迷いながら、泣きそうな顔で悩む少女を窺った。

 お嬢ならともかく、他の人に『影』がいることを知られるのも、係わりあうのも基本は厳禁。

 何か理由があるのなら、一時的に姿を見せることも可能だが…。


 様子を窺っていると、少女が何か思い出したように顔をあげて詰め所を見た。不安そうにしながら、再度、口を開く。


「あたしはこの家で働いているメイドのルミィと言います。お嬢様…リフィーユ様に、不安だったり何かあったらここに助けを求めるよう言われて、来ました。お願いします、助けてください! お嬢様がどこにもいないんです!」


 最後の言葉を聞いた瞬間、事実確認もせず、オレは詰め所側の木上から少女の前に姿を晒していた。ルミィが小さく悲鳴をあげるが、構っていられなかった。━━お嬢がいない? どういうことだ!?


 焦る心のままに、言葉となっていた。

 視線が鋭かったのかルミィが青ざめて震えた。怯えさせては話が聞けない。非常時こそ冷静に。オレは『影』で何度も言われた言葉を思い出す。


「あ、あなたは誰ですか…?」

「オレは護衛だ。この館に侵入者がないよう見張っている」

「護衛がいるなんてさすがお嬢様…」


 呑気なことを言う。オレは詰め寄ってきつく問い質したい衝動を堪えて、少女の話を聞くことに専念した。ルミィに「必ずお嬢は助けるから、大丈夫」と言い聞かせて。


 彼女が見聞きした話を聞いて、オレは自分の中で消化させた。明らかに怪しいのは、その来客者とジェレミーだな。恐らくさっきの馬車にお嬢も乗せて運んだんだろう。来客が何人かも誰かもルミィは知らないようだった。


 館に向かいながら念のために、風の探索魔法で館内と庭やサンルテアの訓練地で探すが、お嬢の姿は見つけられなかった。お嬢自らが隠れているならわからないが、隠れる理由がない。


 オレはすぐに直属の上司であるクーガさんとダグラス隊長に、風魔法を使っているように見せて、お嬢が造った通信機で連絡を取った。


 ジェレミーと来客のこと、少し変わった馬車の特徴━━箱馬車の四隅に紫紺の水晶が飾りのように付いていたことを告げ、ルミィを連れて館の応接室に足を踏み入れる。


 部屋はルミィから聞いていた状態だった。お嬢が抵抗したのか、花瓶は無惨にも割れている。そちらを黙視してから、倒れたカップに残っていた紅茶の臭いを嗅ぐ。紅茶の香りだが、微かに違和感があった。訓練した『影』しか、感じ取れないもの。


 指先をお茶に浸して舐め、自分でも顔色が悪くなるのがわかった。通信機で詳細を報告していく。


「紅茶に無味無臭の睡眠薬、痺れ薬、頭痛、吐き気と体調不良を催すものが混ぜ込まれています。即効性が高く、少量でも馬を一分もかからずに眠らせられる物です。この国や近隣で扱われる薬ではありませんね。何度かブロン国との違法取引現場や行き来する港町で似た物を見ました。訓練されたオレでも今、指先に痺れと吐き気が出てます。薬草系はともかく、麻薬に体が慣れてないお嬢では、精霊の加護があっても充分無力化できます」


 というか、こんなに強力な物を子供に、お嬢に使ったなんて……。相手の悪意しか感じない。腸が煮え繰り返る怒りというものを久々に感じた。


 それでも頭は明瞭で、冷静にクーガさんの命令を聞いた。若とボスには隊長が連絡するらしいが、二人とも会議や王子たちとの勉強会で、おいそれと邪魔できない。


 探索魔法が使用できる人手が欲しいので、この館の警護は近くの訓練地にいる『影』に任せて、すぐにでも後を追えと命が下った。オレはルミィにここの片付けを頼んで、代わりの者が来たらお嬢を探しに行くことを伝えた。


「あたしはどうすれば…」と当惑する少女に、「好きにしていい。何もすることがないなら、家に帰るといい」と返した。

 玄関に向かうと、交代の『影』が来たので懐にあった報告書のノートを渡す。


 館のことを頼んで厩舎に向かうオレに、「お嬢を頼む」と声がかかり、通り過ぎ様に相手の肩を叩いた。急ぐオレの後をルミィがついてきた。


 構っている暇はないので先を急いだ。それに、事情は少し聞いたが、彼女がメイドとしてお嬢の側にいたら、事態はもう少し変わっていたかもしれない。そう思うと、普段なら境遇に同情するのに、お嬢の部屋で守られていた少女にも腹が立つ。

 それ以上に苛立つのは、みすみす逃したオレにだが。


 彼女が悪いわけではないが、オレが優先するのはお嬢と館の警護だった。駆け足で追いかけてくるルミィに「知らせてくれたことに感謝する」と声をかけて、置き去りにした。


 厩舎にいる青鹿毛の馬に馬具を装備して跨がると、オレは門を抜けて馬車を追いかけた。

 馬車が去ってからもうすぐ一時間が経つ。クーガさんが街にいる『影』に連絡を取って、包囲網を敷いてくれているはず。


 街に入る頃、南門を抜けた馬車にそれらしい特徴のがあったと『影』から通信機で連絡が入った。念のために、街中と他の方角の街道やその先の街でも注意して探せと、命じられた。

 お嬢の無事を願いながら、オレは急く気持ちのまま馬を南へ向かって走らせた。







短め急ぎ足でした。

あと数話で終われるよう頑張ります。

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