7才 (サリー)
お待たせしました。
8才本編前のプロローグ的なものです。
長いので、サリー視点、ケイトス視点など、読みやすいよう自由に小分けにして下さい。
午後のお茶を飲みながら、最近お気に入りの恋愛物語を読んでいると、メイドが「サリー様」と来客を告げた。
私はそれに「すぐに行くわ」と返事をして、本を片付ける。
姿見の前で身嗜みを確認してから、私は日記帳を持って定期的な報告会となっている応接間へと足を向けた。
報告━━もとい、彼に彼女の話をするために。
・*・*・*
私、サリー・リヴェールが、リフィーユ・ムーンローザに会ったのは、五歳になる少し前のお茶会でのこと。元々母親同士の仲が良かったというのもあるけど、それがなくても私から接触していたと思うわ。
それほど、リフィとの出会いは衝撃的だった。
幼い子は大抵可愛いものだと聞くけど、リフィは別格だった。美少女ぶりもさることながら、浮かべた笑顔は大層可憐で。
お茶会に出席していた年上のお嬢様たちより、良くできた手本のような挨拶を披露していたわ。
おば様たちの振る舞いは堂に入っていて、新興の成金貴族よりも貴族らしく、雰囲気がそこだけ違っていた。
おば様にもうちの商品を着て欲しいけど、私はリフィにこそ色々な服を着て欲しいと思ったのよね。
それからは近所ということもあって、他の商家の子供たちを交えて、よく遊ぶようになった。リフィはお嬢様ぶりが嘘のように活発で、すぐに街の子たちに馴染んだわ。木登りや川遊び、男の子たちにも混じってチャンバラをしては小さな傷をこさえて、お淑やかさが激減していったわね。
ただ他所の家に遊びに行ったときや、お茶会では優雅に振る舞って、皆から容姿もマナーも誉められていた。
街では相変わらず、変な遊びを思いついては試そうとして、私たちが巻き込まれて被害にあったわね。池に落ちてびしょ濡れになったり、蜂や虫の大群に襲われたり、森では不思議な精霊現象が起こったり……話題が尽きることはなく、関わった全員が驚いたり、怒ったり、脱力したり大騒ぎして、それでも最後には笑って「またね」と別れたのだけれど。
そうして親しく遊ぶこと三年以上。
去年の秋から、低位の令嬢、成金や大商人の息女たちが、子爵家の未亡人であるターニャ夫人の元に集まって、令嬢らしい行儀作法や言葉遣い、ダンスや刺繍や、歌や詩、乗馬にお茶会や晩餐会やその他マナーを月に二回、本格的に学ぶ場で久しぶりに会ったリフィは、変わらず変だった。
サンルテア領でのことは、耳に入っていたわ。
魔物に襲われた恐怖や怪我したことを気遣って、リフィとケイに商会の服でお茶会に参加してもらう予定を見送ったのが残念だけど。……無事に戻ってきただけで充分だわ。新作のお披露目の機会はこれからいくらでもあるもの!
ただ帰ってきてから少し変というか、妙というか…ぼんやりしていて…。ある意味いつも通りではあるけれど……どうにもおかしいのよね。気がそぞろ、注意力散漫……元からだったかしら。でもやっぱり変だわ、妙ねと感じていて━━久しぶりにリフィの家に行って気づいた。
おば様とぎこちない。
おば様大好きでのろけさせたら一番のリフィが、おば様と相思相愛とばかりにアツアツだったリフィとおば様の様子が、変だわ!!
笑顔でやり取りしているし、いつも通りに見えなくもないし、忙しいおば様を気遣っているのかとも思うけど、どこかよそよそしい。
日に日に暗雲を漂わせては、生気のない顔で気落ちしている。……何があったのかしら。祖父である伯爵とお会いしたとは小耳に挟んだけど、何も話さないから聞けないし、何も聞いてほしくなさそうなのよね…。
他の子の前では変わりないようだけど、夫人の集まりで知り合ってから仲良くしている騎士家系の男爵令嬢ソニア・コーラルや、商人の娘で父方の実家が子爵家のクレール・メディカは気づいていたわ。
三人でやきもきしていたけれど、その違和感も時間が解決したのか、徐々に調子が戻ってきたと安堵したのも束の間。やっぱりリフィはリフィだったわ。
あれは初夏のお茶会でのこと。
少女趣味で乙女チックな四十近いターニャ夫人の元に集まった十二人の令嬢たちが、前回のお茶会マナーのおさらいをした。ターニャ夫人はお気に入りのリフィを「完璧よ」とべた褒め。
それを快く思わない、この集まりでは家柄がいい一つ年上の子爵令嬢マーガリーたちが不機嫌に睨んでいた。リフィは視界に入らないよう平民だと一歩引き、距離を保って過ごしていたけど、勝手に敵対心を燃やしていたわね。
おさらいが終わると、夫人自慢の鳥たちや動物たちの飼育建物に集まる。これも少し前からの定番で、以前は小鳥の囀りを聞きながら優雅にお茶会をしたり刺繍をしたり、猫たちと過ごしながら、詩の朗読をしたり暗譜したり。
馬に馴れるよう触らせて貰ったり、犬たちと触れ合わせて貰って、訪れた他家━━婚約者の家や名家で動物を飼っていても、そつなく対応出来るようにと、馴れさせて貰っている。
その日は木々に止まる小鳥たちとの交流で、案内された広い鳥小屋というより鳥の庭で、手遊びしてみましょうと楽しげに夫人に言われた。半数以上が首を傾げたけど、私は夫人が何を言いたいのかすぐにわかったわ。
この少女趣味な夫人は、よくある恋愛小説や劇の場面のように、乙女が手を伸ばすと小鳥が飛んできて指先に止まる、そんなシーンを脳内に思い描いているのね。流石はいつまでも若々しく夢見る少女と言われるターニャ夫人。
努力の賜物かお世話して馴らしたのか、夫人が指を差し伸べると青い小鳥がチチチと飛んできて、指に止まった。
マーガリーを始めとする少女たちが凄いと感嘆し、憧憬の眼差しを向ける。私も現実に起こったその場面と夫人の影の努力に、驚いたわ。夫人が微笑みながら小鳥を放して、別の鳥が手先に飛んできては離れてと馴らす姿を披露して、「皆さんも掴まえてみて」と促す。令嬢たちが自分もと空中に手を伸ばして、小鳥たちを呼び込むけれど、やっぱりそう簡単にはいかないわね。
何羽か近くまで飛んでくるけど、夫人と違うと思うのかサッと離れてはまた飛んでくるの繰り返し。あと少しだと思っている令嬢たちは、懸命に鳥を呼び寄せようとチチチ、と鳥の鳴き真似をした。私も呼んでみるけど、一羽寄ってきてすぐに離れていかれた。ちょっと残念だわ。リフィはどうかしら。夫人みたいに出来ていたら、きっと絵になるわね!
令嬢たちから少し離れた端の方に目を向けると、黄色い小鳥が飛んできたところだった。それをじっと見上げるリフィは、一枚の絵画のよう。微笑ましく見守って━━私は思わず二度見した。
「えっ?」
……見間違いじゃなかった…。
神秘的な美少女が、片手で小鳥をグワシッと鷲掴んでいた。
私は刮目して、黄色い小鳥を片手で握り締…こほんっ。小鳥を手にする幼馴染みを唖然と見つめてしまう。……手の動きが全然見えなかったわ…って、そうじゃないわ!!
我に返って、小鳥を鷲掴みにする異様な光景を隠そうと近寄った。何をされたか解らず呆けていた小鳥も、自分の状態に気づいたようで、ヂィーと鳴いて、もがき暴れる。羽をばたつかせたいようだけど、握りこまれちゃってるから無理ね。
「ちょっとリフィ、何やってるのよ!?」
私が詰めよって小声で言うと、リフィがきょとんとした顔を向けた。可愛いのに、鷲掴みしている小鳥が残念だわ。
「だって小鳥を掴まえてみてって…」
「言ったけど、そうじゃないでしょう!? 小鳥を鷲掴みにする淑女がどこにいるのっ。夫人は小鳥に囲まれて手に止まらせるような乙女な光景を求めているのよ! ってコラ、あからさまに面倒臭いってブーたれた顔をしないの!」
必死な小鳥の鳴き声に、夫人や近くの令嬢たちが何事かとこちらを見てくる。リフィも気づいたようで、さっと両手で柔らかく包み込むように小鳥を持ち変えて、にっこりと小鳥に微笑んだ。暴れていた小鳥もその微笑みに、チチ? と小首を傾げて落ち着いた。━━取り繕い方としては合格ね。
夫人たちがその様子をほぅっと息を吐いて見惚れ、「さすがリフィーユ様ね」と褒める。リフィは夫人たちに笑いかけ、飛んでとばかりに両手に包んだ小鳥を解き放った。小鳥が飛び立つものの、またリフィの側に戻ってちょんちょんと足下を跳ね回る。……小鳥も落とすとは恐ろしい子!!
私は取り敢えず誤魔化せたことに安堵の息を吐いた。本当に驚いて、焦ったわ…。
ふいに、呆然とするソニアとクレールと目が合った。……見ていたのね…。そうよね、小鳥を掴まえるってある意味スゴいわ…。
それ知らずに褒め称える夫人と令嬢たちを、遠い目で生暖かく見守る私たち。
照れてはにかむリフィを、マーガリーとその取り巻きたちが悔しそうに見ているけど、いつものことというか、真実を知らないって羨ましいわ…。
新しくお菓子を用意したから手を洗っていらっしゃいと、小鳥と戯れる美少女姿に満足した夫人に送り出され、手荒い室までの廊下を、少し離れて令嬢たちの最後尾を歩きながら、私はリフィを注意した。
「どこで誰が見ているとも知れないのよ。用心に用心を重ねて悪いことはないわ。石橋を叩いて渡るくらいで丁度いいのよ」
「大丈夫。その場合は危険な石橋は壊して渡らないから」
「いきなり何の話!?」
「危ない橋を慎重に怖々渡るくらいなら、最初から渡らないように叩き壊して、確実に安全な橋を堂々と歩いた方がいいよねっていう話」
ナゼか得意気なリフィに、嘆息した私は悪くないと思うの。何となく言いたいことはわかったような気もするけど、それは淑女じゃないとハッキリ言えるわ。そしてリフィの場合は叩き壊して、周りを巻き込むわよね?
そう返したら、リフィが微笑んで誤魔化した。聞いていたクレールが笑い、ソニアが「そのとき巻き込まれるのはサリーね」と同情するように肩を叩いてきた。……嬉しくないわ。
「とにかく、リフィはお嬢様なのよ? マーガリーは自分が三百年の歴史がある貴族と周りを小バカにするけど、それを言うならリフィは建国から続く家系の生粋のお嬢様でしょう?」
「えっ」
「え? って、何であなたが驚くのよ。中身は別として、あれでもお嬢様らしい雰囲気だけはまだマーガリーの方が出来ているわ。少しは見習って、次からは手を伸ばして小鳥を呼び寄せるだけにして、くれぐれも鷲掴みにするのはやめて!」
思い出したリフィが神妙に頷き、クレールとソニアが肩を震わせた。……全く。振る舞いやはその他のマナーは完璧なのに、態度が残念なのよ。高飛車にしてほしいわけではないけれど、もう少し落ち着きを持ってお淑やかにお願いしたいわ。せめて雰囲気だけでも!
角を曲がると、手洗いを済ませた令嬢たちとすれ違い、マーガリーたちもやって来た。マーガリーたちがじろじろと私たちを見て、リフィに狙いを定めた。
「先程は見事でしたわね、ムーンローザさん。初めてのわたくしたちと違って、流石は木々と自然に溢れた広い土地の割に小さい家に暮らす田舎者のムーンローザさんですわ。外で野性と接することに慣れていらっしゃるのね。だから鳥たちも自分たちと同類だと認識してあなたに近寄ってきたのではなくて?」
くすくすと嘲笑するマーガリーとその取り巻きたち。ムッとするけど、この場では家柄的にマーガリーが一番上だから、私たちは気軽に口を利けない。手洗い室のドア前には、ここまで案内してくれた従僕もいるから。居ないものとして扱うのが当然だからか、マーガリーたちは気にもとめないようだけど。
それにしても、呆れたものね。従僕の彼からターニャ夫人に報告が行くとは考えないのかしら。それこそ貴族であるならば、弁えて理解していそうなのに。大体、先程の言葉は小鳥たちをよく馴らした夫人への侮辱にも当たるって気づいていないのね。
「まぁ。敬愛するターニャ夫人と同じように鳥に馴れているとお褒めいただき、光栄ですわ」
声をかけられたリフィが、天真爛漫に微笑む。マーガリーたちは自分たちの失言に気づいたようで、顔色が少し悪くなった。
「え、ええ、そうね。ターニャ夫人のように操れるように、せいぜい鳥たちにつつかれたり、遊ばれたりしないよう励まれると宜しいわ。ただ鳥と戯れるあまり、野性児と化しないようくれぐれもお気をつけあそばせ」
逆らえない格下に嫌みを言い、高笑いしながら去っていく自称高貴な血筋のお嬢様方。感じ悪いわ。
角を曲がっていくのを見送り、リフィが感心したように頷いた。
「なるほど。あれが本物のお嬢様」
「違うわよ!?」
「え?」
「いや、違わないけど、お嬢様だけどそうじゃなくて。とにかく今のは見習わなくていいと思うわ」
咄嗟に反論が口をついて出て、私は苦い顔になる。確かにマーガリーは私よりも本物のお嬢様で、一歩も引かずに堂々とした態度は彼女を見習うよう言ったというか、リフィが一歩も引く必要はないという意味で言ったけど。
「流石本物のお嬢様の高笑い。慣れてるね。わたしも高笑いしてみたい」
「注目するのそこ!?」
「やっぱり練習とかしてるのかな」
「高笑いの練習って何!? 怖いわよ!?」
漫才みたいなやり取りをしていたら、くすくすと笑う声がした。騎士の家系のソニア男爵令嬢は凛々しく、普段は滅多に声を出して笑わないけど、リフィを見ていると自然と笑うことが多いわね。クレールはお腹を抱えて大笑いしている。
少し気まずげで妙な雰囲気が消えていた。
従僕にドアを開けて促され、私たちも手を洗ってティールームに戻った。
その後は、生まれたばかりの子猫たちと子犬たちを遠目に見せて頂いて平穏に終わった。マーガリーたちがこそこそ話していたのが気になったけど、幼馴染みのフォローでどっと疲れた私は考える余裕が無かったわ。
次のお茶会というか集まりでは、庭園で優雅に音楽会だった。著名な劇場の楽団が奏でる旋律に耳を傾けながら、簡単なダンスを少し習って、優雅にお茶を飲んで。楽器が出来る子は少し指導を受けて。
リフィはピアノで聞いたことのない曲を奏でて、興奮した楽団の人たちに、どこの国の何て曲ですかと詰め寄られていた。
「やってしまった…」とリフィが他の人に聞こえない声で呟いたけど、すぐに笑顔で恥ずかしそうに「お耳汚しかとは思いましたが、わたくしの作った曲ですの」と返すと、楽団の人たちが感心し称賛。ターニャ夫人も絶讚した。
年の割に中級者向けの曲を弾いたマーガリーと取り巻きたちが恐ろしい顔をしていたわ。
楽団が帰った後は、そのまま広い庭でお茶会というか、目が開いた子猫や子犬たちが連れてこられて自由に過ごしてとのこと。愛らしい姿に、今回参加している十六人の令嬢たちは各々愛でていた。
その間に私は、以前リフィの提案で作ったペットのアクセサリーや服のカタログをそっと夫人に薦めた。
アッシュの協力もあって、意外に貴族の奥様方からの注文が多く、新開拓の商品として軌道にのっている。ターニャ夫人に試作品を提供して宣伝して貰った効果も否めないわね。
夫人が輝いた目でカタログを眺めるのを見て、私は側を離れる。ヒソヒソと商人のお嬢様たちから冷たい視線を受けたけど、いつものことだから気にしないわ。
リフィたちの元へ足を向けると、無邪気に子犬たちと遊んでいた。特にリフィなんて作り物の微笑みではなく、満面の生き生きした笑顔。
「きゃぁ、かーわーいーい~!」
……何でここでそんな可愛らしい反応をするの。今、私たちしか見てないのよ、その貴重な反応を!!
出来ればそういう反応は、うちの商品を着ているときに大人のいるお茶会で見せて、注目を集めて欲しかったわ!
日向ぼっこする猫たちの群れを見て、リフィが花も恥じらう乙女のように頬を紅潮させて、潤んだ瞳をキラキラさせた。それを見た年下の子たちがぽわっとのぼせた。
うっとりした彼女たちから「愛でるリフィーユ様が可愛いわ。混ざりたい」「ダメよ、子猫を見守るリフィーユ様の邪魔をしてはいけないわ」という微笑ましい会話が聞こえてきたけど……私たちの実際の会話は。
「ナニあのもふもふ! 埋もれてきていい? あの中に埋もれたい! ていうか埋もれるよ?」という際どいリフィの変態発言に、「……あくまで猫たちと戯れるに留めて」と私が必死に言い聞かせていたのだけど。
リフィに手を引かれて、私もソニアも猫の群れに近寄った。因みにクレールは家の用事で今回はお休み。巻き込め…こほんっ。苦労を分かち合う友達が少ないのは悲しいわ。
各令嬢たちは合間合間に、休憩してお茶を飲んだり、お菓子を頂きながら、子犬や子猫たちと戯れた。中でも幸せ一杯に満喫したのはリフィだと思うわ。
目を向ければ、たくさんのもふも…猫たちと座って戯れるリフィ。……あんなに囲まれて圧死しないのかしら?
私はソニアにリフィを頼んで、お手洗いがある屋敷内へ向かった。用を済ませて手を洗っていると、私たちとは別グループの三つ年上の令嬢三人が入ってきて、私を見るなり、嗤った。
「流石は近年王都に進出してきたリヴェール商会ですわね。ご友人を広告塔に利用し、夫人に取り入る手段は見事ですわ。ご友人のツテやアイディアを利用して、どのくらい儲けたのかしら?」
「利益のために友だちのふりをしているのでしょう? そうでなければ、あなたの凡庸な容姿で、彼女の隣に並び立とうなんて思わないですものね?」
「自分と見比べられて、引き立て役にされても友人を利用するために仲良くして、凄いですわ。彼女も彼女であなたからのお目こぼしに与れて喜んでいるのでしょうね。没落間近の商会ですもの。いつまでお嬢様としていられるかしら」
くすくす、くすくすと耳障りな雑音。
「あら、彼女ならば大丈夫でしょう。あの綺麗な人形を欲しがる方は多いもの。大人も男性もたぶらかすのは得意でしょうから、パトロンなんて何人でも見つかるわ」
「まぁなんて恥さらしなお嬢様! まるで商売女みたいね」
「本当だわ。でも仕方ないのよ。彼女はあの素晴らしい見目しか使えるものがないのだから。あなたも大変ね、彼女に見劣りしないため、忘れ去られないために、いつもピンクのドレスを着てフリルやら金属で着飾って」
「あなた自身を見てもらうためにも、見た目だけのあの子を早く切り捨ててはいかが?」
勝ち誇ったように嘲笑する令嬢たちに、私は「芸がないですね」と一言返した。ハン、と鼻で嗤ってさしあげるわ。
「お気遣いありがとうございます。━━ですが、私の自慢の幼馴染みが特別美人で優秀であることは、出会ったときより知っていますわ。私自身が望んで彼女の友人になりたかったので、心配ご無用ですの」
こっちはもう三年以上の付き合いよ? これまで散々バリエーション豊かに、或いは面と向かって、ブスだの見劣りするだの、何であんな綺麗な子の友人がそばかすだらけの醜女なのとか、結構色々言われて嫌がらせも受けてきてるのよ!!
リフィに、私の悪口を毒のように注ぎ込む自称親切な方々は腐るほどいたし、逆も然りでリフィが私を利用する酷い子供だと怒り、同情して下さった方も大勢いたわ。
━━全部が全部、今更なことを言ってくるのよ! 毎度のことながら、芸がないわね!!
初めて会って、あの子と仲良くなりたいと母に告げたときに、ぼかしながらも常に比べられることを示唆されたわ。
近寄るなんて畏れ多いと、リフィを遠巻きにする子たちからは「相応しくない」と嫌がらせされて、離されたときも苛められたときもあったわ!
でもその度に、リフィが、カルドが、アランさんが、おば様が他の友達が助けてくれた。庇ってくれた。
『あなた方にわたくしの友人を貶める権利はありませんよね?』
『わたくしを利用するなんて剛胆で素敵じゃありませんか。流石は次期リヴェール商会をまとめる子です。リヴェール商会は安泰ですわね』
『不愉快です。サリーがそんな下らないことを言う筈がありません。わたくしに不満があるのなら、悪いところがあるのなら臆せず堂々と注意してくれる自慢の幼馴染みであり、友人ですから』
『あなたの仰る通り、サリーは見た目だけのわたくしと違って、商会に貢献して凄いんです。隣に立つ何もないわたくしが恥ずかしいくらいですわ。そのことに気づいていらっしゃる方も彼女を認めている方も大勢おります。叔父たちや懇意にしているサンルテアの商人もそう申しておりました』
傷ついたし、何度も泣いて落ち込んで、リフィと距離を置こうとしたことも、八つ当たりして喧嘩したことも、釣り合わないと自分を卑下したこともあったわ。
その度に、何も気づかないふりして、助けてくれた。自分が泥を被って粗雑にされても気にせず、私の代わりにわざと嫌がらせに遭って、怒ったこともあった。
自分のためには使わない男爵の名前を出してまで、守ってくれた。本人は、私にバレてるなんて思ってないけれど。
『━━サリー、お母様と約束してくれるかしら?』
『なぁに?』
『あなたが仲良くなりたいと言った子とお友達になって一緒にいるなら、あなたはきっとたくさん傷つくと思うの。それでもあの子とずっと仲良くしていられる? 途中で投げ出して辞めたりしないと言えるかしら?』
私は令嬢たちに、にっこりと余裕の笑みを浮かべた。いつかの友人の声が、言葉が、甦る。
「リフィが私を顔も見たくないと遠ざけない限りは、これから先も私は彼女の友人です。仲良くなさりたいのなら、私から紹介して差し上げましょうか?」
以前、新興子爵家のお茶会で年上の少女たちに囲まれながらも、堂々と言い切ってくれた幼馴染みの言葉を真似すると、三人の令嬢たちが怯んだ。
その隙に横を通り、ドアを開けて廊下に出た。
思わず深い溜め息が零れる。
「お見事。慣れたものね。助けようかと思ったけど、必要なかったわ」
「…ソニア」
「カッコいい啖呵だったよ」
「そうでしょう? ある子の受け売りなの」
私が肩をすくめると、ソニアが「そうなのね」と微笑んだ。
そうなのよ。そしてアレくらいの嫌味や中傷は言われ慣れて耳にタコ。もっと個性的な台詞が聞きたいわ。芸術に造詣の深いターニャ夫人が聞いたら、ダメ出しするかもしれないわよ。
「それよりソニア。リフィに何かあったの?」
「そうとも言えるのかしら?」
「どういうこと?」
私が共に廊下を早足で歩きながら、ソニアを促す。
ソニアが困惑した顔で言うには、私が去ってからもリフィは子猫と遊んでいた模様。
それが夫人が席を外した隙に、マーガリー子爵令嬢たちがリフィを囲んで、ドレスの裾に何かをかけたらしい。ソニアが近寄ろうとしたら、周りにいた猫たちがドレスの裾部分に近づいた途端、急に狂暴化したらしく、近づけないとのこと。
私たちが庭に戻ると、子猫と親猫たちがリフィのドレスを切り裂こうと爪を出して追いかけていた。その様子を見て、私から血の気が引く。……あぁっ、やめてっ。それとてもいい生地なのっ!
え、心配するのそこじゃないのソニア? 違う? え、あら、イヤーネ。モチロン、リフィの心配もしてるわよオホホホホ。
私は改めてリフィに目を向けた。
猫たちの攻撃をひらりひらりと華麗にかわすリフィ。端から見れば、ドレスにじゃれつく愛らしい猫たちと戯れるお嬢様ね。戻ってきたターニャ夫人も、他の子もその光景を微笑ましいと見守っている。……真実を知らないっていいわよね。高みの見物って素敵だわ。
でも知らなければ、本当に可愛い情景なのよ。まるで猫たちと優雅にダンスを踊っているみたいだわ。初夏の日差しの中で、ふわりひらりと揺れる水色のドレス、夢中で追いかける猫たち。
それを美少女が柔かな慈愛の眼差しで見つめながら、おっとりと戯れる。
一枚の絵になってもおかしくないわ。実際は飛び掛かる全ての猫の攻撃を、慌てた素振りもなくかわしているリフィが凄いのだけど。
「そうね。リフィの身のこなしは凄いけど、あの状態で追いかけっこは大変よ。ドレスを優雅に見せるのって体幹や足腰の筋肉を使うから」
「流石は騎士の家系ね。指摘するのが筋肉…って、リフィはポシェットから何を取り出したのかしら? え、マタタビ? 何でそんな物を持っているのよ?」
「必要になるかと思って」
その返答に、脱力する。
はにかんだ可愛い笑顔で言われても誤魔化されないわよ!? おかしいわよね? 猫たちと遊ぶ気満々だったわよね!? ああ、猫たちがふにゃんぐにゃんと体をくねらせて、籠落されたわ…。猫まで落とすなんて……恐ろしい子。
一部始終を見ていたソニアも苦笑した。
うっとりとろんとした目でリフィにすり寄り、草原に座ったリフィの周りで気持ち良さそうに寝転がる猫たち。さっきまで仇のように追いかけ回していたのに、すっかりでれでれね。そしてたらしこんだ本人もでれでれだわ。
確かに可愛いわ。愛くるしい猫に囲まれて、締まりない顔で笑うリフィも凶悪なまでに可愛かった。
一部の子爵令嬢たちが悔しがっていたけど、それ以外は全員が眼福だと和んでいた。
すっかり寝入った猫たちを見て、私たちは側に寄る。猫たちを侍らせて上機嫌な幼馴染みは「ふわっふわっ」と毛並みを撫で回す。リフィに興味本位でどんな動物が好きか聞くと、猫や犬や兎との答え。
近くを飛び回る小鳥たちを見て、何となく「鳥は?」と聞いてみると、大きくてふわふわの羽毛なら…。って、基準、そこ!?
毛なの!?
「あとは、美味しそうだよね」
食用!? 心なしか近くを飛んでいた鳥が離れた気がした。
私は可愛いわという感じの台詞を期待していたのに…まさかのコメント。ソニアがくすくす笑った。
するとそこに、大きな白金の鳥が現れてふさふさの羽毛を羽ばたかせながら、「オレの眷族たちを怯えさせるなリフィ」と抗議してきた。私は少し驚く。精霊…リフィの近くにいると、たまに見かけてはいたけれど、喋っているところは初めて見たわ。それって稀少な上級ってことよね。
何の話をしていたのかと問う極彩色の尾羽を持つ精霊に、リフィはこれまでのやり取りを話して聞かせ、白鳥を怯えさせた。
「……お前、オレらの毛を毟る気か!?」
「むしっていいの?」
悪びれなく返すリフィに白鳥がバタバタ暴れた。
「ダメに決まってんだろ!! 食用も論外だ!」
「鶏肉はヘルシーで美味しいのです」
「目の前にいるオレに向かって、よく言えたな!?」
何このコントみたいなやり取り。
改めてこの友人が少しずれていて、おかしいと再認識。国民が崇めている貴重な精霊相手に、この対応。怖いもの知らずだわ。図太いわね。
狩人の目をして、涎を出しかけながら上級精霊を怯えさせる幼馴染みを呆れた目で見守りながら、二度目の五月の集まりは終わった。
六月一回目の集まりは、また現れた風の上級精霊から抜けたからと、白金の羽を一枚貰ったリフィが、「精霊の力が宿った物だ。ご利益あるぞ」と聞いて、「アクセサリーや風の守護のお守りとして売り出したらバカ売れ」と、何枚か羽を毟らせてと追いかけた。
綺麗な鳥を無邪気に追いかける姿を、可愛らしいと夫人や他の令嬢たちが見守る中、帽子飾りやコサージュにしたら綺麗な羽だから売れるかもと、私が考えていたことは内緒。
ええ、誓って、惜しい、リフィあと少しで手が届くわ! もう数枚でいいから羽を貰って!! ━━なんて、心の中でしか応援してないわ。
・*・*・*
向かった応接室でお茶を飲みながら、先月までの出来事をケイに報告したら、彼は楽しそうに笑って聞いた。相変わらず怖いくらい完璧に整った顔立ち。
最近は見慣れてきたけど、免疫のない方が見れば、完全にノックアウトね。失神者続出だわ。
これは定例の報告会。
ケイが赴けない女性だけの会合やら場面で、何があったのかリフィの情報を求められ、私もライバル商会や貴族の情報やツテ紹介、物品の見返りをもらって話し、取引している。
私は楽しげに笑っているケイを見つめた。
最初、街でリフィに紹介されたときは、息を止めるほど驚いたわ。こんな綺麗な異性がいるのかと。リフィの従兄弟と聞いて、納得。並ぶと一対のお人形のように可愛くて綺麗で、お似合いだった。
物腰は同年代とは思えないくらいに洗練されていて、気遣いができる優しい紳士で、街の子たちとは全然違った。そして、大抵の子は、一瞬で陥落していた。女の子たちは目も心もあっさり奪われていたわね。
リフィを見慣れて耐性があったから、私は一ヶ月もあれば慣れたし、それは他の子たちも同じだけど、暫くは煩かったわ。
例に漏れず、私も胸をときめかせたけど、すぐに気づいた。リフィを特別に思っていることに。
でも、何だか彼の特別はカルドたちとは違うようなのよね。
リフィを保護者のように見守っている。そう思ったけど、リフィが姉か保護者のように庇う場面も、微笑ましく見守るとこも、親友のようにはしゃいで遊んでいる姿も、見てきたわ。確実にわかるのは、私とは別の立ち位置で、お互いにとても信頼していること。
けれど、リフィに対して、カルドやアランさんみたいな熱を感じない。誰にも渡したくないというような。
……いいえ、それは時々あるわね。微かな独占欲みたいなもの。ただそれを見せず、うまく隠している。リフィと以前喧嘩した内容を聞くと、明らかに変なのが彼女に近づくことを不愉快に思っていると感じたわ。━━変質者とか誘拐犯とか。…それは当たり前かしらね。
そうね、嫉妬ではなく執着かしら。
自分の大切な楽しいオモチャを取られたくないというような。貸しはするけど、あげないとでもいうような。
あまり見えないけど、そんなことを思っていそうだわ。
それがいつか、大切な私の親友を傷つけたら、赦さないけど。まぁ、当の本人は気にせず、というよりも気づかずにオモチャ箱を抜け出して、好き勝手遊んで、心配して苦い顔をしているケイの前でもけろっとして笑っていそうね。
それで結局、彼が折れるのよ。仕方ないって私みたいに。
私はじっと優雅にカップを傾ける麗しい少年を見た。
初めて会った頃より、どんどん表情が読めなくて、隠すのが会う度にうまくなっていく友人。
私が一年前に抱いたその感想も、今では違っているのかしら。……オモチャへの執着ではなく、あの幼馴染みの味方であって欲しいと思うのは、贅沢な願いかしら?
・・・ *** ・・・ (ケイ)
「ちょっと、笑いごとじゃないのよ、ケイ? 去年の秋から下町に出入りせず変なのと関わり合いがなくなって安心して、女の子らしくなったと思っていたのに、小鳥を鷲掴みにする令嬢がどこにいるのよ?」
サリーの言葉に僕はまた、笑みが零れた。
サンルテア領の一件があってから、約束通り下町との関わりを絶って、大人しくしている従兄弟。
本格的に後継と認められて忙しかった僕は、この半年以上の間、あまり会えていない。一ヶ月に二、三回しか会えないときもあったし、一週間会えないこともよくある。会えても早朝訓練や『影』の仕事のときで、じっくり話せなかった。リフィも以前より訓練参加の度合いが減っているしね。
リフィが静かだったお陰で、前みたいにトラブルに巻き込まれることもなく、僕は自分の仕事に専念できたから助かったよ。
だから、フロースとして神殿の依頼を受けたり、街で遊んだり、ミラとして製造に勤しんだり、クルドがギルドに現れたリフィを捕まえてお茶して愚痴っていることも大目に見られる。
成長するにつれて、誘拐犯や変質者が近寄ってくるのは心配だけど。
お祖父様の招待を受けたときから、僕がアッシュを預かっていたことも、変質者に誘拐された原因だろう。最近は週がわりで、アッシュは交互に僕とリフィの側にいる。
伯母と従兄弟の関係がギクシャクしていることには、すぐに気づいた。リフィは終わったことと心の奥底に押し込めたいようだったのに反して、伯母様は娘への後ろめたさと罪悪感で、どうしても接するのが遠慮がちになっていた。
それでも会話を辞めようとする素振りもなく、お互いがお互いを心配しているだけで、ぎこちなくても関わろうとしていたから、僕も父も周りも見守るに留めた。
その内、何故かリフィも伯母様も自分を責めて、ドツボにはまって体調を崩し始めたときには、二人で腹を割って話すよう強く説得したけどね。
リフィは本当に伯母が大好きで嫌われたくなくて、変なところで弱気になっていたから。話してみる! と、決意してくれて良かった。いつものリフィだと安心したら。━━何故かキッチンで小さな爆発火災を起こして。ついでに幻の珍魚を捕まえようと、魔物の棲む湖に単身で乗り込んで、騒ぎになったけど。
疲れた母のために精のつく料理を作ってもてなそうと考えた結果らしい。
でも、いざ話を切り出すことを考えると、憂鬱で悩んで考えすぎて火を扱っているのに手もとが疎か、いつもに増してぼんやり注意力散漫で、誰にも言わずにうっかり湖に乗り込んだ、と。
溜め息が零れたよ。
それで伯母様が心配したと怒って、二人でしっかり話し合えたから、結果オーライで良かったけどね。
母子関係を気にしていたサリーに、僕は大丈夫だよと笑みを返した。サリーがほっとする。
リフィはいい友人を持ったよね。
彼女に見守りと報告を頼んで良かった。お陰で面白い様子を聞けて、笑わせて貰ったよ。
「話は変わるけど、また誘拐されたって聞いたわ。……大丈夫なの?」
僕は微笑んで「それも大丈夫」と返した。
そいつら全員、今頃どこかの鉱山で働いてるんじゃないかな。
ラカン長老と関わらなくなったら、底辺の破落戸がリフィに手を出してきたけど、気づいた長老たちがしっかり締めてくれた。長年王都の裏を牛耳ってきた傑物は仕事が早い。
長老には、怖がらせて悪いと謝罪された。
肝心の被害者は怯えもせず、誰かしら助けに来るだろうと毎回図太く寝ているから、気にしなくていい気がするけどね。何事もなくて良かったよ。
「ところでケイ、リフィの様子は大丈夫? ……その…おば様が倒れて入院したって聞いたわ…。それが、放熱病…だとも」
表情を曇らせて俯くサリーに、僕は先程と同じ言葉をかける。
「大丈夫だよ。放熱病は画期的な薬のお陰で、もう治りかけているから。病に気づいたリフィがすぐ街の病院に入れたお陰だね。ただ、今までの無理というか疲労が祟って、体力がないときに発症したから、これを機にゆっくり療養しているだけだよ。家だと仕事するから病院に入れたみたい。二週間後…リフィの八歳の誕生日は過ぎちゃうけど、退院する予定だから」
サリーが「本当に良かった」と、安堵の笑みを浮かべた。僕も深く頷く。
春の終わりから、リフィは伯母の予定を常に気にしていた。手伝いをすると商会に出入りして、掃除や書類や伝票に手紙の整理、帳簿の見方に付け方等を習いながら、メイリンに伯母の動向を聞いて、注意していた。
そして今月の半ば、メイリンと別行動で、南西のルドルフ地方に、商談で一人赴いた伯母様は罹患した。
病原の潜伏期間は解りにくいけど、リフィは兆候を見つけて、僕の父やソール先生に連絡を取り、入院の準備を整えた。ついでにメイリンも同室にして休ませようと企んだ。
……それにしても、参ったね。
少しどこかで疑っていた部分があったようで、リフィの言った通りになったことに僕は内心で動揺した。同時にああやっぱり本当なんだって、納得と安堵に包まれた。
だから、リフィの望む通りになるよう一緒に考えて、シナリオとやらを回避したいと思ってる。意気込む従兄弟に協力しようと、僕は改めて巻き込まれる覚悟を決めたのに。
自分で巻き込むから協力してと告げたリフィは、あれから何も求めなかった。
宣誓した通り大人しく過ごして、僕にもアッシュにも何も言わない。
ギルド依頼に習い事や商会関係、家のことやお見舞いなどで忙しかったのは、わかる。黙々とメイリンの指示に従って商会の書類をあちこち届けたり、確認したり、来客対応したりと、煩雑な仕事を父や執事のジェレミーと共に片付けたと知っているよ。でもね、僕ももう商会を存続させるのは難しいと思う。
父が調べたムーンローザ商会の報告書をクーガから見せてもらって、一目で無理だと感じた。厳しいを通り越してる。春から赤字で、先月、今月と増える一方。本当は存続できないのを、リフィがギルド報酬や製造した商品で得たお金を充てて賄っている状態。
取引先も減って、辛うじて商会を保っていられたのは、伯父の友人でリフィ母子を気にかけるサルマさんに、サリーやクレール、カルドたちの家が協力していたから。
特にサリーの商会が支えてくれて、恋人や友達とお揃いのリボンやリボンタイ、こんな商品があると見本を展示した上で、くじ引きで欲しい小物を当てようと銘打って、売れ残った在庫を無くす案や、ペットの服やグッズ、エプロンドレスといった子供に人気の物語の登場人物の服を作って売っていた。それらも、リフィの前世のアイディアによるところが大きい。
伯母は実家の助けを断り、自身を後妻か妾、或いはリフィを将来貰い受ける代わりに援助の申し込みが多数あったみたいだけど、却下してた。ついでに父も裏から手を回して、そんな申し込みが出来ないよう幾つかの店や投資家を追いやってたかな。
変化は商会だけじゃなくて、ムーンローザ家でも長年勤めていた三人の内一人のメイドが、腰痛が酷く孫の面倒を看るからと退職。若いメイドは身籠ったと産休、代わりに十二歳の娘を働かせて欲しいと頼まれ、伯母が承諾。下男兼庭師も高齢を理由に退職。
正直、経済的に人員整理が必要だったから、丁度良かったと思う。今は通いの料理人に、メイドが二人。リフィも家事を手伝い、四人を執事のジェレミーが統括している。
そんなときに倒れた女主人と侍女。
……伯母様はどう考えているんだろう…。
リフィも…どう思っているのかな。
出そうになる溜め息を、紅茶と一緒に飲み込んだ。
「ケイ、リフィは大丈夫よね…?」
心配するサリーに、僕は頷いて話を変えた。
「そういえば、サリーとリフィの出会いって初めて聞いたよ」
「え、そうだったかしら」
「うん。カルドたちとの出会いも聞いたことないな」
「カルドたちとはね、私がリフィの家にお邪魔して、外に行こうって誘って、街に向かって歩いていたら、家から飛び出してきたカルドとアランさんに会ったの」
サリーが明るく話し始め、暗い不安な表情が薄れていくのを見守る。思うままに話す彼女から、過去や最近の出来事を聞いて、僕はリヴェール邸を後にした。
乗り込んだ馬車で考えるのは、別れ際にサリーにかけられた言葉。
珍しく躓いたサリーを支えると、何かを思い出したように彼女が笑ったから、「どうしたの?」と聞いたら。
「最近、カルドが転んだリフィを庇おうとしてね、決まらずに一緒に転んだことを思い出したのよ」
「二人とも怪我しなかった?」
「ええ。でもそのときに、倒れた拍子に押し倒すというかリフィの胸を触っちゃって、二人とも呆然としてたけど、すぐ離れたカルドが真っ赤になって、いつもの調子で『ペチャパイ』って憎まれ口を叩いたら、リフィにぶっ飛ばされて『この変態、子供だから当たり前でしょ』って低い声で冷たく言われてたわ」
初耳だ。反応に困っていたら、気にせずサリーが続けた。
「そのままリフィは怒って帰ってね、偶然その場面を見たアランさんにカルドが説教されて、私たちからは軽蔑の視線を受けて……元は助けようとしただけなのに、カルドにしてみたら散々で、泣き顔だったことを思い出したの。まぁ、次の日にはリフィとぎこちないけど仲直りして、遊んでいる内に蟠りはなくなったけどね。傷物扱いされたら貰ってやると言ったカルドに、リフィが『その場合は慰謝料請求で』ってバッサリ振っていたわ」
「そうだったんだ」
困ったように苦笑する僕を、サリーがじっと覗き込んで、楽しそうに笑った。
「やっと表情が変わったわね。ケイが、オモチャとしてじゃなくリフィに興味を持っているようで、良かったわ」
「…どういう意味?」
「人として大事にしてるってことよ。それが独占欲か執着かは知らないけど」
段々と執着している自覚はある。それを簡単にサリーに悟られたことに僕は衝撃を受けて、冷水を浴びせられた気がした。
「……大事に思ってるよ。リフィだけじゃなく、カルドもサリーもアランも…街で遊んだ友達も…」
「それなら良かったわ。たまには顔を出して欲しいけどね。忙しいのはわかるけど、これからもっと皆と会う時間は減っていくと思うから」
僕は首肯して、サリーの気遣いを受け取った。
男爵家の仕事、領地のこと、城からも『影』への依頼で、多忙を極めた日々だった。どうやら国の方針として、僕とリフィがこれ以上親密になるのは困るから、近づかせたくないみたいだ。
仕方ないかな。
するつもりはないけど、僕たち二人に歯向かわれたり、国外に出られたら困るから。だから、国へ貢献させる仕事に僕の意識を向けさせて、適度にリフィと距離を取らせた。
リフィを手懐けている僕を操って、国の脅威にならないようコントロールしたいんだろう。
石の間ではリフィ優先と、王たちの前で彼女の本当を引き出すために言った言葉に嘘はない。けれど、貴族として育ってきた心得が僕の根幹近くにあるのも事実。イナルやキースもいて、友人になった第一王子もいるし、国を裏切るつもりはないんだけどな。
それにリフィに協力するなら、彼女が動向を気にしている人物の近くにいた方がいいよね。遊びほうける弟王子と違って、スピネルは真面目に頑張って、少しずつ彼の力として実になってきているから、前ほど苦手じゃない。
今のスピネル王子ならリフィのことを知っても、兵器として扱わないと思うよ。
もしどこかのバカ貴族たちにリフィの力が知られたとして、そういう人たちはきっと国の力=自分たちの力と勘違いするだろうから。
簡単に国家間の力関係を崩して、兵器を出されて、蹂躙されたくなければ言うことをきけとか、他国に対してヘタに強気に出て調子にのって、自国を孤立させ、リフィを利用しようとするかもしれない。
リフィが望むのは現状維持。
聞いた話では、本来、彼女の力が露見するのは、魔法学園に入ってからだった。それを早め、精霊王と契約してまで力を求めたのは、両親と僕を守るため。
力なんて腐らせておけばいいと断言した従兄弟。
彼女が努力して手に入れた力を、争いごとに使わせたくない。
俄に騒がしくなった城を思い出し、僕は頭が痛くなる。
スピネルの友人になってから、煩くサンルテアを調べる輩が多い。リフィの存在を、僕が大事にしていると知られるのは危険だ。巻き込みたくないから…やっぱり少し距離を置くのがいいのかもしれない。
サリーに知られたように、他の面々に気づかれないとも限らないから。
それに執着し過ぎて、雁字搦めにするよりは、離れて見守った方が、リフィにはいいかも。
僕は息を吐いた。
仲の良かった兄弟王子は、優秀な兄と放蕩する弟。或いは慎重すぎる弱腰の兄と武に優れた勇敢な弟と、貴族たちの思惑で距離ができた。以前は授業などが違っても王妃の部屋で交流があったのに。間にいた王妃が年明けに体調を崩して、療養で幼い王女と共に離宮に行ってしまったことも一因だろう。
陛下からの頼みごとを思い出して、僕は嘆息した。
第二王子がなついているからって、兄弟仲を取り持てなんて…気が重い。イナルとキースでも駄目だったのに無茶だよ。
王妃が戻ればまた変わるかもしれないし、取り敢えず静観しとこう。
三週間ぶりに会う従兄弟の家へ向かいながら、リフィが自重して九ヶ月になるなと思う。……つまらないと思うのは勝手かな。
それでも、たくさん怪我して心身共に傷ついたリフィが、もう泣き叫ぶことなく、平穏に過ごしていけたら━━…
『━━ケイ!』
「アッシュ…?」
土の下級精霊を通して突然聞こえてきた声に、僕は驚く。今日は伯母の見舞いに行くリフィに付いていた筈だ。
『今病院の前にいるんだが、リフィが戻ってこない! 土と風の下級精霊から、裏口からぐったりした薄翠の髪の子供が連れ出されたと━━』
「……平穏は遠いね」
『は?』
「すぐ行くよ」
『影』やクーガに連絡を取り、精霊の力を借りて居所が掴めるのは十分後。五人組の誘拐犯と大捕物をして、乗り込んだ小屋で「ふぁ~よく寝た」と伸びをした従兄弟と対面するのは、その三分後。
危機感が薄く、お手軽に誘拐されて能天気なリフィに、僕とアッシュから説教が始まるのは、救出からすぐのことだった。
途中「嗅がされた薬のせいで頭痛が…」と逃げ打つ従兄弟。
「後日、説教時間を倍に…」
「あ、治ったから今聞きます、すぐ聞きます」と殊勝に正座したリフィ。時折「何で被害者のわたしが説教…普通は犯人じゃない?」と不服そうにしていたけど、聞き流した。
説教後のリフィは足がしびれたと、前のめりに倒れながら「ごめんなさい。もう拐われません…」と反省し、骨身に染みてくれたようで良かった。うっかり忘れそうだけど。
僕自身、大人しくしていた従兄弟が、変なのに目をつけられているなんて、このときはまだ思ってもいなかった。
以前と比べて、寂しい感じがする静かな家に馬車で送りながら、伯母様とメイリンが二週間後に退院すると、笑顔で語るリフィの話に僕は耳を傾けた。
お疲れ様でした。
次回は未定です。年内には八歳編を終わらせたいので、早く投稿できるよう頑張ります。
m(_ _)m




