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28, 7才 ⑭

短いです。




空気が重い。……シリアス苦手なのに…。

わたしはラルゴと共に目の前に現れた矍鑠とした老人を見て、深呼吸した。━━この人に聞きたいことがあって来た。


広い部屋はソファーとテーブルだけ。急遽設置した感じで、他には何もなかった。ただただ空間が広く感じた。

わたしは席を立ち、だいぶ距離を取って、祖父…ドラヴェイ伯爵と相対した。



・*・*・*



王様たちと不干渉の契約をしてから、早一週間。

四日前に帰宅して、お母様とメイリンはお仕事に戻り、わたしは父の葬儀以降、何かとお世話になり、手助けしてくれている父の友人サルマおじさんに手厚く出迎えられ、魔物が出没するサンルテア領に行っていて心配したと抱き締められ、甘やかされた。


一昨日、仕事があるからとようやく帰ったサルマさんを見送り、ふと思い出して、一年以上机にしまっていた手紙を開けた。

物凄く衝撃を受けた。


混乱のあまり何でもないと取り繕うのが難しくて、一人で考えたくて、家に戻っていたアッシュに暫くケイのところにいてと送り出した。心配されたが、何も言えないわたしにアッシュは大人しくケイのところに行ってくれた。


因みにケイとは城の一件以来、昨日の早朝訓練でしか会っていない。何やら色々と忙しいらしい。アッシュのことも何も聞かないでくれて助かった。……まだ上手く話せない。


それで今日、サリーやカルドたちと遊ぶ約束をしていたから出掛けようとした午後。嵐は突然やって来た。

玄関を出てすぐに、気配を消して待ち構えていたラルゴに捕まり、連れ去られた。


招待状は読んだよ。

迎えの日付は明日だった。都合により一日前後する場合もあります、とは書かれていたけど、これは絶対確信犯だよね!

お母様もケイも、どうにか明日の日程をあけるために忙しくしているときに、不意打ち。


何とか回避しようと友達と約束があると言えば、淡々と「友人にはこちらから既に連絡済みです」と返された。

コノヤロウと思ったけど、聞きたいこともあったから、これはこれで好都合と思うことにして、ついていくことにした。


せめてお母様とケイに伝言を預けようとしたら、時間がないと強引に馬車に乗せられた。人拐いと大声で叫んでみたくなりました。


乗車の際に、土の精霊が慌てたようにして消えたので、もしかしたらアッシュかケイに伝えに行ったのかもしれない。見えないラルゴは気づいてないけど。


そうして移動で四十分、部屋に通されて待つこと十分。

現れた細長い老人に睨まれながら、「セルデス・ドラヴェイだ。お前の祖父にあたる」と簡潔に紹介されたので、わたしも型通りの挨拶を返した。


空気がピリピリしているのは気のせいじゃないよね。

お互いに目を合わせて、逸らすことなく無言。値踏みされていたので、わたしも観察した。


姿勢がよく、白い髪を後ろに撫で付けた骨張った髭の老人。鋭い眼光は緑色でお母様に似ていた。

ラルゴもそうだけど、伯爵も立ち姿に隙がない。さすがは情報局と『影』を率いてきたご老人。文句なく強い。


「単刀直入に言おう。母親を説得して、ドラヴェイ伯爵家に入りなさい」


わたしは鳩が豆鉄砲を食ったような顔になる。反応のないわたしに僅かに眉を顰めて、伯爵が再度口を開いた。


「あやつが亡くなって一年。これまで放っておいて、何を今更と思うだろうが、先に援助を断ったのはお前の母シェルシーだ。だから一年様子を見た。ところが、もう商会の経営は下降の一途を辿り、このままでは破産する。だが、シェルシーはワシの言うことを聞きはせん」


だから娘のわたしから母を説得して伯爵家に入れ、ということらしい。その方が経済的に楽できて、憂いなく贅沢に暮らせるから。他に、母にもわたしにも良縁を見繕うこともできると言われた。


これまでにも何度か説得したが、母にはすげなく断られたそうで、「あの跳ねっ返りが」と呟いていた。

何より縁者の商会が潰れた、援助した娘の嫁ぎ先が没落したというのは外聞が悪いから、戻ってこいとのこと。貴族になるのだから、いいだろうと。


滔々と聞かせられたけど、わたしは無反応。

痺れを切らしたのか、血縁上の祖父がくっきり眉間に皺を作って、忌々しそうに強い口調で言葉を重ねた。


「お前の力のことは知っている。城に居たくないと言ったこともな。侯爵共の傘下に入らないのは構わんが、それでは宝の持ち腐れだ。相応の力を持ったからにはそれに見合った責任を果たせ。城に入らずとも、その力を王家のために役立てろ。シェルシーも相談役や侍女として、王と王妃を支えるために側近くに仕えさせる」


それで納得した。

祖父の手紙を貰ったその日に、母から人となりを聞いた。王族主義だと。


この人もツルピカと片眼鏡侯爵と同じだ。駒として利用したいんだ。そんなに期待してなかったけど、ちょっとだけ胸が痛んで自嘲した。……血縁ってだけで、今まで会ったことのない他人に都合のいいことを考えてたよ。


「だから、ですか?」

「何?」

「母とわたしを迎えるのは、駒として王家のために使うため。だから、邪魔な父をアイリーンを使って嵌めて他所へやったのですか?」


くっと伯爵が刮目し、喉が微かに震えた。伯爵の背後に控えていたラルゴも固まった。わたしは無表情でその様子を眺める。……ああ、あの手紙の内容は本当だったんだ。彼女はたぶん本当のことを言っていて、忠告してくれた。


一昨日開けたアイリーンからの手紙は、以前、もし母が再婚するか実家に戻るときに、読むか読まないかは自分で決めて、最悪読まずに捨ててもいいと届いた物。

鍵をかけた机の引き出しに眠らせていた手紙には、彼女の受けた依頼とその経過が記されていた。


ドラヴェイ伯爵領の田舎の裏社会で、妻子持ちの男を誑かす愛人役の募集があり、声をかけられて他の娼婦に混じって面接を受けたこと。


誘惑するに適した容姿や生い立ちを調べられ、弟という裏切れない要素があり、選ばれたこと。そうして知人を介して父エアルドの秘書になり、命令を受けて誘惑し、アプローチを繰り返したものの、歯牙にもかけられなくて、プライドがズタボロになったこと。


躍起になって何とか振り向かせようとし、玉砕。それなのに、弟や自分のことを親身になって助けてくれて、情が移ったこと。母やわたしが羨ましくて、父を本気で欲しがって愛したこと。


そんなときにクラウスの不正に気づいて、脅して父に近づくための協力を要請し迫ったが、全然靡かなかったこと。さすがに痺れを切らした依頼人に強力な媚薬を渡され、手に入るならと悔しくても使用したこと。なのに、耐えられて、常人の三倍の薬を盛って、正体をなくしたところを襲って既成事実を作ったこと。


幻覚を見せる薬も使用したせいか、父は母と思ってアイリーンに接したこと。惨めで情けなくて泣いて、それでも手に入れたかったこと。起きた父の愕然とし、死人みたいな様子で家に戻れずどんどん痩せ衰えたが、母とわたしのために死なないよう説得したこと。


依頼人からよくやったと約束のお金を貰い、そのまま父を死んだように偽装して他国へ渡るよう言われ、重い罪悪感を負う父を子供ができたと説得して、その通りに行動したこと。


依頼人はわからなかったが、母と別れさせたいのならその関係者かと考えていたとき偶然、裏社会の誰かが依頼人を『ラルゴ』と呼び、『闇の主人は元気か』と耳にしたこと。『闇』がサンルテアに繋がっていると知った驚きと恐怖に、手を切りたくて、何もかも一からやり直したくて、国を出たこと。


手紙には、アイリーンの行動や心情が、赤裸々に全て告白されていた。途中、ぼかしつつも子供相手にナニを書いてるんだと思ったけど、本気と狂気の父への愛情と罪悪感が伝わってきた。


手紙を読み終えたわたしは、最後までどんな言い訳もしなかったお父様を思い出した。理由は何であれ、母とわたしを裏切ったことに変わりなく、嘘とも知らずに、生まれてくる子を残して死ねないと思ったのかもしれない。優しい人だから。


同時に、詰ったときの父の苦しげな顔と、最後にわたしと母が大事で愛してると言った言葉が脳裏に甦る。

アイリーンの懺悔と告白は、わたしを混乱させるのには充分で。酷く衝撃を与えた。


とても冷静になんてなれなくて、忙しい母やメイリン、ケイと顔を会わせないのをいいことに、部屋に閉じ籠った。ただアッシュには側にいて取り繕えなかったから、ケイのところに行って貰った。暫く異界に戻るようお願いしても、嫌だと言われたから。


それから何とか折り合いをつけて、祖父に会うことにした。真実を確かめるために。本当に全部、仕組んだのか。それとも何かの間違いなのか。

そうして確かめに来て、知りたかった真実を知った。


恐らく普段なら上手く誤魔化されただろう。

子供と侮っていたのか、正かわたしが知るはずがないと油断したのか、不意打ちに成功した。すぐに隠されたが、正直な反応を返してくれた。


わたしは体の震えを抑えようと、深呼吸を繰り返した。それでも押し寄せる後悔や、激しい憤怒、滲み出る悔恨、情けなさや申し訳なさ…様々な激情を呑み込めずに、フーッフーッと、息が荒くなる。


無意識に唇を噛みしめ、拳を握った。

リィン、と微かな音を『影』で鍛えたわたしの耳が拾った。反応したのは執事。


「ラルゴ、席を外せ」と伯爵の命令に一礼して、執事は退室していった。

廊下が騒がしい気がしたけど、わたしの意識は目の前の御仁に向いていて、暴れそうな獰猛な感情が鎌首をもたげていた。


「━━あなたが、お父様を陥れた…っ」

「何を言っている。あやつは愛人を作り、部下の不正にも気づけず、お前たちを残して死んだ愚か者だ」

「っ!」

「シェルシーもつまらん男に騙されおって。あんな最低な奴と関わりがなくなったと思うと清々する。あやつとおってもお前たちが苦労して不幸になるだけだ」

「……何であなたが決めるのですか」

「何?」

「不幸かどうかは母やわたしが決めます! 少なくともわたしは幸せでしたっ!」


昂る感情とは別に、とことん冷たくクリアに自分と周りを見るわたしがいた。反論された祖父は気に入らないと、険しい顔でわたしを睨み付ける。


「何が幸せだ。父親に見放された分際で。あやつはお前たちよりも愛人を選んだのだぞ! 自分勝手に新天地で新しい家族と幸せになる道を選んだ! お前たちなど、どうでもよかったんだ!」

「っぅ!!」

「お前たちは捨てられたんだ! 何故そのことがわからない!! 傾いた商会を残されて、苦労してバカを見ているというのに!」


抉られたように胸が痛んだ。じくじくと痛みが広がる。それを歯を食い縛って耐えた。


「……何故、父が新天地で生きていると?」

「見くびるな。その程度の情報、簡単に掴める。馬車の事故後に、マリーナであやつと愛人の姿が目撃されていたこともな」


ドヤ顔ムカつく。髭を引っこ抜きたい!

感情の渦が荒れ狂い、抑えがきかなくなってくる。


「何れにせよ、お前が六歳になれば離れ離れになったがな」


伯爵が嗜虐的に口の端を吊り上げた。


「結婚当初に契約をした。子供ができたら六歳になるまでに投資した全額を返すこと。できなければ、シェルシーとは別れて子供を残して去ること。あやつは承諾したが、完済できなかった」


……ナニを…言っている、の?

ナニその約束。それじゃあ、まるで。


「お前がいたせいで、別れることになったんだ。金額を返すどころか、借金を残して愛人と蒸発し、国を謀るとは…なんと恥知らずな。あんなのと縁続きだったと思うとおぞましい」


伯爵が父を罵倒し続けるが、わたしはそれどころじゃなかった。心臓が嫌な速さで鼓動を刻む。

父に、酷いことを言ってしまった。責めて全ての責任を負わせて、わたしは何も悪くないと、父やアイリーンだけが悪いと断罪して、母たちを守った気でいた。


そうじゃなかったのに。

正しいことをしたどころか、わたしが全てを終わらせた。背景にあった思惑にも陰謀にも気づかずに、強制的に幕を下ろした。

━━何てことを…っ!


茫然とし、無力感がわたしを襲う。罪の意識が責め苛む。自分に腹が立って仕方がない。

最低だと思った。わたしが滑稽すぎる。


「……バカだ、わたし…」


呟きと同時に、抑え込んでいたものが、ふつりと切れた。

瞬間、魔力の嵐が吹き荒れた。

ゴウッ、と室内に冷たい風が吹き荒び、足下がガタガタ揺れ出した。


━━ごめんなさい、お父様…。お母様。

父が悪くないとは言えない。でも情状酌量の余地もあり、母にも赦すか赦さないかの決定権があった。


「止めよ! 名誉ある伯爵家を壊す気かっ。あのロクデナシの血が入っていても迎え入れてやるというのに……何だ、その目はっ! お前までそんな目でワシを見るのか!」


絨毯や壁紙が魔力の風で切り裂かれ、一部凍りついた。窓や床がぐらぐら大きく揺れ始め、シャンデリアがぶつかって澄んだ音を奏でる。


━━この人さえいなければ。

そうしたら、何事もなく穏やかに家族で過ごせていたかもしれない。父も頻繁に帰ってきて、母も憂えて悲しげな顔をすることなく、家族三人で笑って暮らせていた。


魔力の圧を受けて伯爵が後退した。両腕を掲げて顔面を守ったが、手の甲や腕、頬にも赤い線が引かれた。

大事なものを壊されたから、この人の大事な家を潰しても文句ないよね?


「全部、本当のことを言っただけだ! 愛人一人に壊されるくらいの薄っぺらい家族ごっこだっただけの話だろう!」


我慢の限界だった。

もう、力を解放してもいいんじゃないかな。そうすれば、このモヤモヤもズキズキも少しはスッキリするかも。

やるのは簡単。意識を少し手放せばいい。だから━━。


「リフィちゃんっ」

「リフィ!」


魔力で内側から押さえつけて開かないようにした扉が、綺麗に壊された。吹き荒れる魔力の中、母と従兄弟が入室してきた。

その姿を見て思わず、ポロっと涙が零れた。



長くなりそうなので、ここでブツギリました。

次で七歳編は終わる予定です。

ぶつ切りしたので、28日分を明日投稿します。長めでグダグダですが。それで八月分もストックもなくなるので、その次話は来月になります。

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