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27, 7才 ⑬




緊急警報! 緊急警報!

魔王が出現しました。近くにいる方は速やかに退避して下さい!


そんな警報がわたしの頭に鳴り響いた。

……うん、退避したいよ? その逃げ場がないんだけどね!?

それも本人にがっつり背後を取られちゃってるから。


わたしは、この場からの離脱方法を考える。その間にもケイは、王様や宰相たちとこれまでのやり取りのお話。


予期せぬ来訪者に驚いた王様たちは、従兄弟が何でここにいるのかツッコむことなく、問われるままに返答し、ケイは三分と経たずに会議概要を把握したようだった。


ついでに逃走を企てていたわたしに釘を刺すべく、圧力が強められた。お陰で、背中に冷や汗びっしょり。……従兄弟、コワイ。逃げられるかな…。それとも大人しく怒られ……いやいや、わたし悪いことしてない!


そっと深呼吸して、驚いている心臓と精神を宥めた。

ちらり、と背後に視線をやれば、ばっちり合った。……さ、酸素を下さい! 呼吸困難になる…っ!

荒れ狂う心臓を再び宥めていると、聞き慣れた声が耳に滑り込んでくる。


「これまでの議論は理解しました。━━私に妙案がございます」


部屋中の視線が微笑むケイに集まるのがわかった。

ケイが「リフィ」とわたしを呼んだ。振り返ると美麗な笑顔が怒ってないよと語りかけてくる。


「こっちにおいで」と言うので、内心ほっとしつつ首を傾げながらトコトコ歩いて側に移動すると、ガシッと手を捕まれた。━━罠だった!?


呆けるわたしに向ける笑顔がまた素敵ですね、コノヤロー。

手を握られながら、何か策でもあるのかなと大人しくしていたら、王様たちが驚いていた。

ケイが穏やかな微笑を浮かべる。


「私が彼女の抑止力となりましょう」


わたしを含めた全員の、息を飲む音が同調した。

隣を見たい衝動を抑え、どうにか笑顔を取り繕う。王様たちの視線がケイとわたしの間を行き来した。


「ケイトス、どういうことだ?」


騎士団長が慎重に声をかけた。恐らくケイはいつも通りの笑顔を浮かべているに違いない。

王様たちが渋々認めるというか、妥協する方法を自ら話しやがった! わたしが巻き込まないよう配慮していたのに、全部ぶち壊された!!


怒りや、やってくれたなコンチクショーという苦さを味わったわたしは恨み言を飲み込んで、微笑んでおく。

喫驚する大人の視線を受け止めて、ケイは流れるように答えた。


「彼女の魔力量はこの国で一番ですが、次点は私です。そうですよね、ルワルダ副正神殿長」

「…ええ、そうですね。ムーンローザ嬢を計測するまでは、サンルテアのご子息がこの国一番の魔力量でした。それも無属性以外の全属性を有しています。またサンルテアのご子息と三番目の保有量を持つ愚息の間には明確な差があり、成長と共にサンルテアのご子息の魔力量は増加していると思われます」


ルワルダさんの答えに、ケイが唖然とする王様たちを順繰りと見て、力強く首肯した。


「私とリフィーユ嬢の間にも差がありますが、それは他の方と比べれば些細なものだと思います。私は火と闇を除く精霊王と契約しておりますし、体術、剣術などは私に分があります。何より先程ご覧になった通り、リフィーユ嬢は私の言葉を聞いてくださいますし、私のためなら彼女は力を惜しみなく使ってくれますから」


「ね、リフィ?」と眩しい笑顔を向けられて、「可愛くお願いされたら」と、つい頷く。

 でもここでそれをばらしたら、ケイが王様たちに利用されちゃうよ。何か考えがあるとは思うけど、少し心配。なのに、問題ないと笑みを深める従兄弟が怖すぎる…。


「国内で、私以上に彼女を抑制できる適任者は、いないかと思われます」


王様たちが、確かにと納得する。

ちょいちょいちょーい。何で皆さん、そんな簡単に納得するの!? わたしがあんなに誠実に言葉を尽くしても、無言だったのに!!


それにホラ見て、この従兄弟の悪そうな顔。騙されてるよ、絶対! 商人と契約する方がまだ信頼できて安心安全━━「少し黙っててねリフィ」ぼそりと呟かれた。

……ワタシ、大人しいイイコ…。


王様たちが話し合い、頷いて何か決めちゃった様子を、わたしは乾いた笑顔で見守った。隣を見ると、満足そうな笑顔の従兄弟。……黒い。黒いよ、魔王様…。わたしの癒しの天使はどこに…?


「ムーンローザ嬢。ケイトスならば、我々側の抑止力となってくれると思うが、どうか?」


わたしが答えを避けて微笑むと、大丈夫というように強めに手を握られた。……もう、どうなっても知らないから!

王様に固定された笑顔を向ける。


「本気で暴走したわたくしを殺してでも止めることができるのは、ケイトス様くらいかと思われます」

「では、ケイトス・サンルテアにムーンローザ嬢を一任しよう。これで我々があなたを御せると認め、この城に留まってもよかろう?」


嫌に決まってる! 城に住みたくないって言ったのもう忘れたの!? その若さでボケるのはまずいと思うよ、王様。

答えないわたしの代わりに、ケイが微笑んで一歩だけ前に進み出た。


「陛下、残念ながら彼女は城に住むことは出来ません」


何を言われたのか解らないという王様たちに、ケイは微笑んでもう一度繰り返した。王様が「どういうことだ、ケイトス」と問いかける。


「私はずっと城にいられません。その間に、彼女に何かあったらどうするのですか? 任されたからには責任をもってリフィーユ嬢を預かります」

「ケイトス! そなたっ! サンルテアがその娘を横取りする気か!」


ツルピカが叫ぶけど、ケイは笑みを崩さない。


「これは異なことを仰いますね、ダスティ侯爵。先程、皆様で話し合われ、陛下は私に彼女を一任すると仰いました。預かるのは私です」


「証拠もございます」と、上着に隠れたネクタイピンを装った記憶玉を見せた。ツルピカの光る頭に水滴が浮かんで輝きを増す。


「何かあったとき、城より私の屋敷の方が被害が少なくて済みますよ。城や多くの官吏に何かあったら、国の機能が麻痺してしまいますから。それに、横取りするも何も彼女は私の従兄弟ですが」


お守り役を引き受けたケイに、わたしは深く息を吐いた。隣から心外そうなおどけた目を向けられ、やっぱり確信犯かよと睨む。わたしが何かやらかせば、責任を取らされるっていうのに。……守られた。


「また私や彼女の意思を無視した魔法実験の協力依頼は、お断りさせていただきます。実験が一番魔力暴走を起こしやすいのに、私のいない所で行って実害があり、周りから顰蹙ひんしゅくを買いたいのなら止めませんが。皆様も化け物を側に置いておくことに不安があるようなので」


ツルピカと片眼鏡が忌々しげにケイを睨む。けれど本人は全員の視線を受けても、どこ吹く風。むしろ皮肉った。……いつから、どうやって聞いてたのかな…。


呆気に取られたものの、愉快痛快で込み上げてくる笑いを抑えられなかった。はは、あっさりわたしの身柄とその自由を獲得しちゃった。


「他に私を魔物や小競り合いの最前線に出して、リフィーユ嬢を引っ張り出すのも辞めていただきましょう。もしそうなったら…リフィ、君はどうする?」


ケイが楽しげにわたしを見てきた。仕方ない、今回はケイの話にのるよ。


「わたくしの大切な従兄弟を利用しようとした方々を恨みますわ。先に申し上げました通り、それ相応の報いを受けて頂きます」


にこにこ笑ってケイに調子を合わせると、状況が悪化したと顔面蒼白な大人たち。


「では、その辺を踏まえて契約を致しましょう、陛下。従兄弟に関すること全て私に一任し、彼女にはこれまで通りの生活を保障。その存在を他言無用、接触不可。話がある際は私に取り次ぎ、その話を聞くかどうかの判断はリフィーユ嬢に任せる。━━その他についても詳細をまとめた契約書を後でお持ちしますので、とりあえず今はリフィーユ嬢の契約書にサインを。新しく用意した契約書にサインを頂ければ、今回頂いたものは破棄しますからご安心下さい」


わたしは新調した革の異次元ポシェットから、六枚で一部の契約書を取り出した。叔父を抜いた全員に、風魔法で目の前に届ける。


「……おいジル、お前の子供たちは悪魔か。ちっとも安心できないんだが」

「タッグを組まれたら無敵のコンビだな」

「誉めてどうするのですか、騎士団長」


ダスティ侯爵とウェンド侯爵が白目を剥き、王様が複雑な顔で呟き、騎士団長に誉められた。頭が痛そうに突っ込む宰相に叔父が微笑む。


「立派に成長してくれて嬉しい限りです。わたしが引退するのも早そうですね」

「「「そういう問題じゃない」」」


頭を抱える侯爵二人を除いて、三方向から突っ込まれたが、叔父は微笑で流した。


「ケイトス、思い直してください。あなたはご自分の発言がわかっていますか? 我々と敵対するも同然の立ち位置を取ったのですよ」


宰相の言葉に、わたしは内心で深く同意しつつ、従兄弟を見ずに正面の王様たちを見た。握られた手を然り気無くほどこうとして、強く握り込まれた。


「それは違います。私は臣下として王命に従ったまで。彼女の全権を預かった私の判断で、これまで通りの生活が最善と判断しただけです」というケイの建前に、大きな反論の声は上がらなかった。ケイが真正面を見返す。


「陛下たちもわかっていらっしゃいますか? 皆様が王家や国の力になるよう求め、掌中に収めようとしたのは、サンルテアの宝ですよ」


その言葉はマースから聞いて知っていたけど、ここで出されるとは思わなかった。王様たちも驚いていないから、知っている単語みたい。


それにしても、サンルテア男爵家はやっぱり、王家や古い上位貴族と関わりあるんだ。建国当初から『国の闇』を担ってきたから当然と言えば当然で、叔父と王様たちはそれなりに気心が知れているんだろう。


それはケイも同じはず。身近なところに地雷が……。随分と上手く隠してくれたよね。王族とあんまり関わりないって言ってたのに。


「いい機会ですので、先に宣言しておきます。当代はともかく、次代の私は彼女を優先しますよ。今回、国のためにと捨てた命を何度も救ってくれた恩人なので。彼女に手を出すつもりなら、私が家を継ぐ前に男爵位から解任してください」


━━笑顔でトンデモナイこと言い出した!

わたしを含めた全員が、強い衝撃を受けて固まった。


「ま、待ってケイ! 何でそういうことになるの? これはわたしの問題だから、そこまでする必要ないよ!? 今すぐ訂正しよう。今なら聞き間違いで誤魔化せるはず!」


王様たち……よし、まだ固まってる! もしものときは、わたしの闇魔法で記憶を葬ろう。


「リフィ、お嬢様の仮面が剥がれてるよ?」

「剥がした本人がどの口で言うのっ!?」

「あはは」

「って、笑ってる場合じゃないですわよ!? このように守られても、わたしはあなたの将来に責任なんか持てませんからね!? その辺をよくご理解してから発言なさいませ!」

「それは酷いな。僕を助けたのはリフィなんだから、最後まで責任を取ってもらわないと」

「何ですかその理論は! わたしは自分のために助けただけですから、恩なんて感じなくていいんですっ」

「それじゃ、どうして君は僕を助けてくれたのかな? 身を挺して、下手したら死にかける傷まで負って」

「それはっ、ケイがいないのは嫌だし、わたしがサンルテアの後継ぎとして引っ張り出されるのも嫌だったからだよ! 貴族になんてなりたくない! 王族や貴族にも関わるなんて面倒くさい!! 国の歯車になる気なんて更々ないし、今まで通りに平凡に過ごせればわたしは満足なのっ!」

「━━ということです、陛下」


ケイがにっこり、唖然とする王様たちに微笑んだ。

会話にのせられ、化けの皮が剥がれたことに気づいて、わたしは口を塞いで青ざめる。……ヤッチマッタ…。ケイめー。


「今の言葉が彼女の偽ざる本音です。特に何か考えや裏があるわけでもなく、始めから主張していた通り、普通に暮らしたいだけなんです。王族や貴族といった我々に関わることなく」


「そうだよね、リフィ?」と問われれば、その通りなので首肯した。そのまま俯いて顔を隠す。……恥ずかしい。淑女の仮面のままカッコよく取引して、憂いなく日常に戻る予定だったのに!

計画が狂ったし、被った猫に盛大に逃げられた…! それもこれも、ケイのせいだー!


「うん、僕のせいでもあるけど、そこは簡単に剥がされた自分の演技力を磨こうか」

「それもそうだけど、ケイが来なければ強制的にわたしの記憶を抹消して、平凡な生活に戻れて、めでたしめでたしで終わったんだよ…うぅっ。無事に終わらせて、お母様たちとランチを楽しむ予定だったのに…!」


キャッキャッ、ウフフと観光を満喫しながら帰ろうとしてたのに……どうしてこうなった…しくしく。

ケイが王様たちにまた何か話して、色んな視線を感じるけど、従兄弟に計画を叩き潰され、打ちのめされたわたしは、それどころじゃなかった。


「ところでリフィ、普通に暮らしたら君の力は宝の持ち腐れになると思うんだけど、使う気はないの? その力なら、この国を乗っ取れると思うけど」

「必要な場面以外は使わないよ。知られて変なのに目をつけられるのは嫌だし、乗っ取りなんて面倒なこと考える気力が勿体ない。力なんて存分に腐らせておけばいいよ…」

「そう。それでリフィ、逃げた猫を捕まえ直さなくていいのかな?」

「今更だよ…。ここで気取ったお嬢様然としたって、格好つかなくて笑いしか誘わないから」

「そうだね。相変わらず、混乱するとだだ漏れになるね」

「ソウデスネ」


混乱させたお前が言うな。

……ふぅ、わたしもまだまだ修行が足りないね。鋼鉄の心臓と分厚い鉄仮面を購入しなくちゃ。

今後の課題について考えていたら、「はいリフィ」と紙の束を渡された。契約書を受け取って、サインを確認する。……いつの間に納得してくれたのっ? 何で? 罠か!?

わたしを翻弄する従兄弟を疑わしげに見る。


「……そこで疑惑の目を向けるのは僕じゃなくて、サインした人だと思うけど…まぁいいや。君の真意がわかって、陛下方が安心したからじゃない?」


……そのわりに皆さん目が生温いというか、物凄く見覚えのある残念そうで可哀想な子を見る視線なんですが…? ワタシ、イタイ子?


「あとは王様たちに宣言した言葉に嘘はないから、僕を含めて他国に行かれたり、一部の民の反感を買ったり、君が誰かに狙われて拐われるよりは、これまで通りがいいと判断したんだと思うよ」

「ちょっと待って。今さらりと変なこと言ったよね!?」

「話を聞いてなかったね、リフィ。今の僕は隣国のハイド王子たちと繋ぎを取れるし、クルド・ダッカの名も使える。君をつれて簡単にギルドや隣国で暮らせるんだよ。ついでにラカン長老や名医ソール先生、サンルテアの民が、君を取られたら怒って王家や貴族に反発するから」

「……え、何で?」


ハイドたちとクルドの件はわかるけど、何故におじいさんやソール先生、サンルテアが関わってくる?

ケイが呆れたように、ため息を吐いた。


「それだけ大事に思われてるってことだよ。ラカン長老は茶飲み友達を見捨てるほど薄情じゃなく、隠遁しているソール先生は弟子が大事な大陸で有名な名医なんだよ。サンルテアの民も、ホテルの人質の件で君を知って、人気がある。一つの村の窮地を救ってくれたって」

「いやそれは、わたしじゃなくてケイでしょ」

「ヘルトンたちは君に感謝してたよ。因みにラカン長老やソール先生には手紙を送って、君を城に閉じ込めたら今後どんな態度をとるか陛下たちへの伝言を預かったし、サンルテアの民も領主に対する人質か何かと邪推しかねない。『大波』の一件は、国というより領が守った印象が強いからね。彼らを刺激して国への不満を溜めさせるのは得策ではないんだよ」


今回、王様たちを人質にして脅していたのは、わたしなんだけどね。


「そういう諸事情込みで、承諾してくれたんだよ」


笑顔のケイとは対照的に、大層疲れた様子の王様たち。わたしは改めて契約書の束を見て、望みが叶ったことを実感して安堵し、笑った。


「よかったね、リフィ」

「うん! これでお母様たちに心配かけずに済んで、ご飯も喉を通るよ!」


聞いていた王様たちに苦笑される。取引に感謝して礼を述べると、意外そうに目を丸くされた。

ケイが話は終わったから帰ろうと促し、辞去の言葉を並べた。視線を受けた王様が承認すると、黒い扉がゆっくり開かれる。


歩き出そうとしたら、宰相に呼び止められた。「何でしょうか?」と促すと、隣のケイを見て、困ったような顔をしながらも口を開く。


「……息子たちはケイトスと仲良くしています。何も知らないままあなたと会うこともあるかもしれません。そのときは仲良くしてやってください。また、何かお困りの際は遠慮なく我々を頼って下さって構いません━━お父様がいなくなられてから、大変でしょう?」


……コレは…父が消えた理由を知っている…? 脅されているの?

心臓が早鐘を打つけど、わたしは微笑んだ。


「お気遣い痛み入ります。ですが、ご心配には及びませんし、ご子息とお会いすることもございません。わたくしは魔法学園に通うつもりはありませんから」

「…え?」

「学園で学ぶ内容は大方終えております。貴族は強制ですが、入学資格があっても、わたくしに通う気がございません。それに通えば、力が他に知られることになりますので」


呆ける宰相たちに暇乞いの挨拶をして、優雅に見えるよう一礼し、わたしはケイに手を引かれるまま、叔父を置いて会議場を後にした。

そのまま地下を歩き、人気のない緑に囲まれた地上の回廊までドナドナされる。……無言が辛い。


「ケイ、リフィ」


叔父の声にケイが立ち止まり、わたしも振り返った。


「お父様は、陛下方のフォローをお願いします。リフィの事情聴取は僕に任せてください」


ひぃっ…! 笑顔がここまで恐ろしい凶器に見えるなんて!

圧された叔父が「…それじゃ、ケイトスに任せるよ」と。

待って下さい! 見捨てないで叔父様!

願いが通じたのかすぐには立ち去らず、わたしを躊躇いがちに見てきた。


「リフィ、陛下や侯爵たちの昔話は…」


何を言いたいのか察した。お母様のことだ。


「お母様は、ご存知なんですか?」

「いや、知らない。何も知らないはずだよ」

「それなら…わたくしからは何も、申し上げることも聞くこともありませんね」


終わった過去だ。蒸し返すのもどうするべきかも、決めるのも動くのも、わたしが口出しすることじゃない。ましてや母に言うことでもない。


「……ありがとう」


微笑んだ叔父に頭を撫でられた。


「後のことは何も心配いらないよ。陛下たちには、わたしの大事な姪に関わらないようしっかり釘を指しておくから」

「ありがとうございます、叔父様! お母様とメイリンの次くらいに素敵にかっこいいです!」

「ありがとう。でもそいうときは、淑女の嗜みとして順番はなくしてくれると嬉しいな」

「なるほど。気を付けます」


わたしは神妙に頷き、正面の叔父を見て、沈黙する隣から意識を逸らした。

叔父はケイを見て苦笑し、わたしを見て楽しそうに笑みを深めた。


「リフィ、一つお願いがあるのだけど、いいかい?」

「はい、何でしょう?」

「ケイの機嫌を直してくれないか」

「え?」

「難しいかい?」

「……わかりました! 一発芸を頑張ります!」


お任せくださいと拳を作ったら、困ったように笑われた。


「いや、それはやめて普通に頼むよ。それに、今ので少し直ったようだよ」


さすが魔王の父君。よくおわかりに。叔父様の察知パラメーターが欲しいです。

叔父様がわたしたち二人の頭を撫でて、踵を返した。

さて、ご依頼のご機嫌とりを頑張りますか。

隣の従兄弟に視線を向けると、口元を押さえてふるふる震えていた。


「……ケイ?」

「一発芸って……本当に君は…ははっ、淑女らしくないね」

「何ですと!? どこからどう見ても立派なレディを捕まえて何たる暴言!」

「一発芸をするレディって…あははっ、これ以上笑わせないで……くくっ」

「ケイがわたしに失礼! もう勝手に笑ってれば。わたしはお母様たちのところに戻るから」


わたしの不機嫌を感じ取ったのか、ケイは「ごめん」と、ようやく笑いを引っ込めた。ついでに不可視と防音の結界が張られた。……逃亡防止用デスカ。


「それじゃ真面目な話をしようか。━━どうして僕に今日のこと教えてくれなかったの? 下手したら一生会えない可能性だってあったんだよ?」


深い森の目に、真剣に見つめられて息を飲む。圧倒されたのは一瞬。わたしも怒り返した。


「さっきみたいになるからだよ」

「どういう意味?」

「わたしが頼ったら、ケイはどうにか助けようとするでしょ。今まで頼りまくっておいてなんだけど、ケイがこれまで手に入れたものを擲ってまで、助けてほしいなんて思ってないよ」


貴族の権力も、サンルテアのことも、自分で鍛えた能力も、貴族の友人も、わたしのために捨てさせていいなんて思ってない。


「甘えすぎたから、少しは自分で何とかしようと思ったの。何かある度に、いつまでもお母様や叔父様、ケイに頼ってばかりじゃいられないでしょ。……どうしてもダメそうなときは頼りそうだけど…って、どこに笑う要素があった!?」


思わずブスッとした顔で睨むと、更に笑われた。


「いや、だって…僕だって君に頼ったり、甘えたりしてるからお互い様じゃないかな」

「わたしの比重が明らかに大きいよ。このままでいたら、甘えまくって寄生虫のようにべったりになるから」

「……寄生虫…」

「そうだよ。もうね、こびりついて散々利用しまくって堕落してくんだから! それはさすがにマズイでしょ! 鬱陶しくも依存しまくりだよ!?」


力説したら、更に笑われた……おかしい。大真面目な話をしているはずなのに。

ジト目で見ていたら、ケイが苦笑した。


「僕は別に構わないよ」

「━━うっそだぁ。後になって絶対に重荷になるから! わたしの自立の妨げになるし」

「重荷になんてならないよ。だから頼って大丈夫」

「……いやいやいや。わたしがこれ以上ないくらいダメ人間まっしぐらになる!」


何て恐ろしい誘惑をしてくるんだ、この従兄弟!

一瞬、想像しかけてラクそうと思っちゃった!! それに、近くにべったり居すぎたら、従兄弟の貴族の付き合いや婚約の妨げにもなるんだよ。

わたしは小姑になるつもりはないですから!


それなのに、わたしの計画を見事に叩き潰してくれちゃって!!━━助かったけど! その事実がまた腹立たしい!


「でも王様たちは、僕が君の面倒を看ることで納得したから、これまで通りでいいんじゃない?」


あっさり言ってくれた。


「それに勝手に僕が介入しただけだから、リフィは気にせず遠慮なくこれからも好きに過ごしたらいいと思うよ」

「………。その言葉、後で撤回するって言っても知らないからね…? 目の上のタンコブの如く、ウザい邪魔って言われても離れてあげられないよ? それでも本当にいいの!?」

「構わないよ?」


……くっ、ここまで言っても怯むどころか、承認するなんて…! お母様、敵が強すぎます! 嫌がらせが効かない!!

いやいや、落ち着けわたし。所詮子供だから、後になって忘れたり、面倒になってくるに違いない。

この場だけ話半分で聞いて、流しておこう。


「大丈夫だよ、リフィ。この会話も記録してあるから。それに、君こそわかってる? 城の鳥籠よりは広いけど、陛下たちと契約を交わしたから、サンルテアの許容範囲内でしか自由に動けないってこと」

「それこそ大丈夫だよ。ここに閉じ込められるよりは、自由に動けるから」


いざとなったら偽装でも何でもして、勝手に出歩くので心配ご無用。バレたらケイに迷惑かかるけど、物凄く広い日常の範囲内での行動とすれば融通がきく気がする。……めっちゃ疑わしげに見られているけど。


「……とりあえず、伯母様たちのところに送るよ」


結界が解かれると。

いつの間にか、回廊に飾られた甲冑に混ざって直立していた人影が、ぬっと出てきた。

執事服を着た初老の男性。疑問に思うより先に、ジャックに少し似ていると観察していると、恭しく一礼された。


「お久しぶりにございます、ケイトス様。お目にかかれて光栄でございます、リフィーユ様」

「……ラルゴ」


ケイの知り合い? わたしは当惑しつつも、淑女然と挨拶を返す。

すると、一通の手紙を差し出された。真っ白な封筒を困惑しながら受け取り、厳しい表情をしたケイを見る。


「お祖父様であるドラヴェイ伯爵からの招待状でございます」

「え?」

「リフィーユ様とお話ししたいことがあると。詳細はそちらに。記載された日時にお迎えに上がりますので、家でお待ちくださいませ。用件は以上でございます」

「ラルゴ」


立ち去ろうとした老執事をケイが呼び止めた。


「僕も付き添って構わないと?」

「いいえ、招待したのはリフィーユ様お一人です」

「でも陛下から僕が彼女のことを任されている」

「……旦那様にお伺いしてみますが、恐らく必要ないと仰られるかと…それでは、失礼致します」


言うだけ言うと、隙のないラルゴは回廊の角を曲がって、気配が消えた。この城に入れたことといい、内密の会議に出席していたことを知っていたことといい、喰えなさそう。


わたしは手元に残った封筒を見て、断ったらどうなるんだろうと考える。ケイは難しい顔をして黙っていた。

お母様にも内緒にした方がいいのかな。


一番感じるのは困惑。今頃何の用だろう。

わたしは特に用がないんだけど。未だに会ったことのない祖父。母からも話を聞いたことがない。

……あんまり、いい予感がしない…。


一難去ってまた一難。

嘆息して、ポシェットに手紙をしまった。

ぐっと伸びをして、緊張に凝り固まった筋肉をほぐす。


「ケイ。お腹がすいたから、ご飯を食べに行こう」

「……は?」

「お母様とメイリンと食べるの久しぶりで楽しみにしてるの。人気店を予約してくれたらしくて、時間に遅れたくないのです」

「……何というか…リフィって、大物だよね…?」

「誉められている気がしないのは何でだろう?」

「気のせいだよ」


苦笑する従兄弟。

いつもの様子にホッとしつつ、わたしは早速、苦手な転移魔法をケイに頼ることにした。





お疲れ様でした。


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