26, 7才 ⑫
誤字訂正しました。内容に変更ありません
お母様やメイリン、ケイ、叔父様たちは、わたしを受け入れてくれたよ。化け物みたいな力を知っても、変わらなかった。
でも彼らは違う。今のわたしを見て、気圧されている。はっきり怯えを見せなくても、畏怖を感じて困惑していた。
「ダスティ侯爵の仰った通り、わたくしの力は他と一線を画し、追随を許さない魔力量を有しておりますわ。おまけに『影』とやりあえる実力もございます」
王様たちがぎょっとした。おかしくて、わたしは更に笑みを深めた。大胆不敵に見えるように。
「そのわたくしが、あなた方が危惧された通り、魔力を暴走させたとして、あなた方はわたくしを御せるのですか?」
わたしを城に置く覚悟を問うたのに、返答はなかった。誰もが青ざめた険しい顔をして、睨むようにわたしを見てくる。それに余裕の笑みを返した。
「わたくしが力を暴走させれば、いかに強固な結界があるこの城でも軽く吹き飛ぶでしょう。結界に守られた王都にも被害が出ます。人海戦術を用いてわたくしを殺して止めようとしても、互角に渡りあえる実力者は数人。ましてや、全精霊王を召喚した本気のわたくしと戦える精鋭は何人いらっしゃいますか?」
再度、石の間に静寂が戻る。
笑顔のわたしに、気味悪いと嫌悪を見せるダスティ侯爵、悩む王様と宰相。わたしを静かに見つめる騎士団長と、考えるように閉ざしていた目を開けるウェンド侯爵。
「魔力封じをかけて、この部屋に閉じ込めたあなたに、力が自由に扱えるとは思え━━…っ!?」
ビシッ、ガチャッガタッガチャリッ。
わたしは魔力封じを外して、酢でも飲んだ顔をして固まる片眼鏡侯爵を見て、微笑んだ。ポイッと皹割れた手枷をよく見えるよう前に放り投げると、重い音が石の間に反響した。
「…そっ、それでもこの部屋で魔法は━━」
わたしは一歩、前に足を踏み出した。ドゴォッと、魔法を封じているはずの石の床が陥没した。周囲を見ると、あんぐりと口を開けた高貴な皆様。さすがに叔父様とルワルダさんも驚いていた。………やり過ぎた?
わたしは無邪気な子供のように愛らしく、えへっ? と笑って誤魔化した。
やべー、やっちゃったよコレ。驚愕の視線が痛い。
仕方ないと開き直って、今の内に要求をゴリ押ししようとしたら、「一体どうして…」と呆然とする宰相。可哀想になったので、ネタばらし。
「隣国の開発者たちは気づいてませんが、魔力封じに使われている魔方陣を少し書き換えると、封じを無効化できるんです。それと以前試したことがあるのですが、魔力封じにも封じられる魔力の限界があるようで、最新の物でも三万くらいまでのようです」
それは、わたしの最大値の半分以下。なので、わたしが全力で魔力を使えば、魔力を封じきれずに自壊する。
前に取り寄せた魔力封じを見せてもらって、ケイと色々試しておいてよかったー。マジでケイトス様々!
とりあえず、全員の何か言いたげな視線は総スルー。一人勝ちさせて貰って、とっととお母様とメイリンのところに帰りましょう!
「さて、わたくしがチー…ごほんっ。規格外で特異な存在か充分にお分かりいただけたかと思います。そして、この場にわたくしを止められる方がいらっしゃらないことも、今やり合えば城にも王都にも大きな被害が出て、国民にも周辺国にも無能を晒すことになると、ご理解頂けましたよね」
「っ! 我々を脅すつもりかっ!?」
イエス、ザッツライト!
わたしは親指を立ててイイ笑顔で肯定しかけ、慌てて頬に手を当てる形にして繕った。
ツルピカの言う通りだよ。わたしの取引の目的は始めから、この形に持っていくこと。
人海戦術でも何でもこいや!と、余裕ぶっこいていたけど、実際に国民全員が敵になると、ちときつい。国を出て行く覚悟はしてても、商会の支部を他国にまだ用意してないんだよね。
先立つものはあるけど、尽きていくものだし。
この場には、国政の中心を担う限られた人だけ。それも、わたしの能力を知っている人物が揃い踏み。
何て好都合! わたしの日頃の行いがよかったか、天使を助けたご利益に違いない!
わたしは依然として変わらぬ淑女の笑みを浮かべた。
「酷い仰りようですね。わたくしは提案をさせていただいただけですわ。始めに申し上げました。現状維持を望みます、と」
至高の権力を持つのが王様なら、絶対的な力を持つのがわたし。
どんなに権力を持っていても、圧倒的な暴力の前では役に立たない。━━今のように。
最高権力者たちを、わたしの力で人質にとる。それで、わたしの願望を押し通す。
わたしの手札は少ないからね。最初から最高の手札を切ってるよ。
「…魔力封じや部屋の効力が無効でも、ここは現実の城と少し次元をずらして存在する部屋。あなたでも陛下の許可なくここを出られませんよ!」
「闇の空間魔法は得意ですし、精霊王を召喚して一度異界に行ってから戻れば、問題ないです」
得意気に告げるウェンド侯爵を容赦なく返り討ちにしたら、めっちゃ落ち込まれた。……何かすんません。でも心を鬼にします!
わたしは「光の時間魔法と闇の空間魔法を行使して、皆様をこの部屋に閉じ込めることも可能です」と、更に全員の精神を追い詰めておいた♪
フッフッフ、わたしを城に入れたのが運の尽き。もうこんな小娘いらんと、思う存分に後悔してもらって、関わりを持とうと考えないように刷り込まなくちゃ。━━最悪、記憶消すので脅迫罪が付け加えられても、ノリノリで悪役を演じております!
「これまでの国政で問題なかったのですから、わたくしの力なんて驚異になるばかりで必要ないですよね。むしろ、周りに知られて争奪戦になるなら不要でしょう。それにこの場において、皆様に何をするも自由……生殺与奪を握っているのがわたくしであることを、よくご理解下さっていると思います」
わたしの意のままにできると暗に告げると、子供という侮りが大人全員から抜け落ちた。
ようやくわたしを爆弾か味方じゃないと認定してくれたようで何より。城になんて住みたくないし、拘束されるのも嫌だ。わたしを飼いたいのなら、世界中の珍味とそれなりの額を用意してもらわないと!
「小娘が!」
「悪魔のようだな。陛下を始めとした我々の命を盾に脅すとは」
何とでもどうぞ。痛くも痒くもないわはっはっは。━━決してわたしの本質ではなく、嫌がらせの演技です! 大事なことなのでもう一回言いました!
侯爵二人に微笑み返せば、嫌そうな顔をされた。失礼な。
「先に理不尽な要求を突きつけてきたのは、どちらですか。わたくしは臣下ではなく、庇護対象の平民で今の生活に満足しています。ですから、構わないで下さいませ」
「確かに始めから、そう提案していたな」
おおっ。王様、話わかる! そのまま、わたしの提案に納得してください! ダイジョブ、わたし商人、結んだ契約破らナイヨ~って、怪しい悪徳商人になった気分。胡散臭くないはず。
「……あなたを飼い慣らせというのでしたら、大切な母君やそこの叔父君を人質にとるというのは有効でしょうか。ああ、従兄弟もおりましたね。隠していた力を使ってまで守り抜いた大事な方が」
「それを含めて現状維持を望んでおります。━━手を出される場合は、この場で何が起きてもいいと、或いは皆様にも大切なものをかけていただくことになると、覚悟してくださいませ」
強気に脅し返してきた宰相に、わたしはニコッと笑顔を返す。わたしの弱点を突いてくるのなら、同じものをかけてもらうよ。家でも家族でも、地位でも何でも。
「現状維持をして、あなたに何か利点がありますか? ご実家のためにも、城で貴族たちと繋がった方が将来的にもいいのでは? 綺麗なドレスでも宝石でも何でも優遇いたしますよ」
「利点ではなく、関わりたくないと申し上げております」
宰相が眼鏡の奥で目を丸くした。大事なことははっきり言っておかないとね。そんな懐柔策は下策、お城に住みたい夢見る女の子扱いは御免だよ。
「それを踏まえた上で、ここにいる皆様と契約したく存じます。何度も申し上げましたが、わたくしが望むのは現状維持。そのために、わたくしの記憶をなくしていただくか、或いはわたくしに関する全てのことを他言無用で、今後一切、わたくしやその周囲に王族貴族が干渉しないと誓っていただきます。もし破られた場合は、━━特にわたくしの周囲に手を出してきた場合は、国が半壊する覚悟を」
微笑むと、おじさん侯爵二人が顔面を痙攣させた。王様たちは能面になり、遠い目をしていた。これだけ脅しておけば大丈夫かな。
「同時にわたくしもお約束いたしましょう。沈黙が守られるのなら、わたくしはあなた方には関わりません」
わたし無害な子供。手を出して来ない限り、危険はナイヨ。……出してきたら、噛みつくけど。
宰相が痛そうに頭を押さえながら、息を吐いた。
「待ってください。それでは安心できません。結局、あなたの魔力が暴走したらどうするかという懸念が残るだけではないですか。あなたが魔力の扱いに長けていることは理解してます。ですが、脅威がある以上は野放しにはできないのです」
「仰っていることはわかりますが、この城にいても、わたくしを止められる方がいなければ、どこにいても同じことではないですか。魔力封じもこの部屋も、わたくしを封じ込められませんよ」
黙る一同。沈黙は肯定と見なしますよ?
ついでに、今まで通り暮らせた方がわたしの心の平穏に繋がって、暴走する可能性が低くなることも仄めかしておく。
けれどそれは、お気に召さなかったらしい。苦い顔で沈黙された。
そろそろ、提案を受け入れてくれないかな。
わたしがいても平和な今、使う機会なんてないっしょ。とりあえず手元に持っておこうとかやめようよ。
それに飼っても好き放題脱走して、気に入らない命令は無視するよ。これまで話してきて、いかに生意気で反抗的で面倒かはよぉーくわかったでしょ。
あーでもないこーでもないと話し合いを始める王様たち。
昼食までには帰りたいから強制的に記憶削除かな。こういうときこそチート能力を活用する場面だよね!
実は王様たちが渋々認めるというか、妥協してわたしを飼える方法と、国からわたしという脅威を排除する手はある。
反対されるだろうけど、後者を進言してみようか。
「手段として一つ、わたくしがこの国を出れば脅威ではなくなりますから、そうしても構いませ」
「━━反対です! それは駄目ですっ。各精霊王に愛された彼女がいなくなるということは、必然的に精霊王たちも彼女についていくということです。この国にいる精霊たちもゴッソリ移動していきかねません」
ウェンド侯爵が席を立って、声を張り上げた。おおっ、さすがは研究所所長。精霊王召喚に気づいたのは伊達じゃないね。チート自慢だけど、精霊たちには好かれてますとも!
各方向から一斉にため息を吐かれた。
王様が、叔父を恨めしげに見やる。砕けた口調で、友人のように口を開いた。
「ジル、お前の姪だろ。国のためにも説得しろ」
深く頷く宰相と侯爵二人。騎士団長は静かに様子を見ている。
「説得するのは構いませんが」と叔父様が、わたしに視線を向けてきた。
「いかに叔父のサンルテア男爵の頼みといえど、わたくしの将来に関わることですので、お断りさせていただきますわ。陛下方が『影』を使ってくるのであれば、わたくしも全力で迎撃させていただきます。その際に、どれほど被害が出るかはわかりかねますが」
やりたくないけど『影』との徹底抗戦かー。たぶん、勝たせてくれるけど、彼が出てきたらどうなることやら…。
「……ムーンローザ嬢。あなたは本当に、七歳か?」
初めて騎士団長に声をかけられ、内心ヒヤッとしつつ笑顔を向けた。
「正真正銘の七歳児ですわ。その子供をよってたかって権力で押さえつけようとなさっている方々が、今更そこを確かめますか?」
騎士団長が気まずそうな顔をしたので、意地悪はやめた。そんなことより、誰でもいいから答えを下さい!
宰相が顔を上げたので、期待した。ようやく返答が…!
「解せませんね。先程の言葉から国外退去も視野にいれていたのは明白。それなのに、わざわざ召喚に従い、我々を脅して力づくでも、現状維持を望んでいる。強制的に記憶を奪うことも、ここに来ないで逃げることもできたのに」
……笑顔を固定しすぎて、頬と口回りの筋肉痛い。
お口の運動しますか…。
「簡単な理由ですわ。住み慣れた国を出るのが面倒であること、本当に皆様以外にわたくしのことを知る方がいないか確かめるのと、大事な従兄弟を見捨てた方々の顔を見てみたかったのと、わたくしの記憶を奪うためです。なので、契約していただけないようなら、記憶を奪って帰るつもりです。さしあたっては、昼食までには帰りたいので」
わたしはポケットから懐中時計を取り出した。
「あと一時間くらいが制限時間です。一時間過ぎれば強制的に忘れていただいて帰ります」
他には、一応わたしを飼える人か見てみたかったのと、国のトップがどんな人でどんな考えを持っているのか知りたかったっていうのもある。九分九厘、放置希望なんだけど。
特に可もなく不可もなく、嫌いでもないから害が及ばないならこの国で、いつも通りに過ごしたいなと思ったよ。そのためにも、契約か記憶の削除だね。
こんな強制ができるのも、チート能力様々だねー。
そして皆さん、彫像のように固まるのがお好きなんですね。この短時間で見慣れてきたよ。あ、宰相が復活した。眉間の皺が増えてる。
「困りましたね。記憶をなくすもの嫌ですし、あなたは利用されるつもりはなく、魔力暴走の脅威がある。国外退去させるわけにもいかない」
「それならば尚のこと、これまで通りでよろしいのではありませんか? 今世において逼迫してまで欲しい力でもないのでしょう。彼女の提案を呑めば、記憶は無くなりませんし、とりあえず国にはいてくれますし、暴走の可能性も低いようですから」
ルワルダさんからの援護射撃に、ちょっと驚いた。彼の鋭い目元が少し和んだので、感謝を込めて目礼を返す。
停滞していた場の空気が流れるかと思うと、ツルピカが口を挟んで、壊した。……このヤロウ、空気読めよ。
そんなこんなで、また振り出しに戻る。
取引が難航した。お互いに折れないし、主張を曲げない。意地の張り合い。
おかしいな、もちっとすんなり認めると思っていたのに。詰めが甘かったか。
わたしそっちのけの話し合いが再開したので、ぼへーっと眺めた。……また蚊帳の外。てか、別に律儀に制限時間守らなくてよくない? 記憶削除が手っ取り早いよ。
そんなことを考えながら、要人たちの増えていく眉間の皺を数えた。その内、全員タコ入道みたいになりそう。
一先ず、トップの顔を見るのと、他にわたしを知る人がいないか確認も終えて目的は達成したし、早く帰りたいな。
「ジル、お前も説得案を考えよ」
王様の言葉に叔父がやれやれと小さく息を吐いた。微かに目が合ったので、どうぞと僅かに顎を引いた。
ここに来る前に告げた言葉に、嘘はない。
母にわたしを守ると言ってくれた叔父様。
心強いけど、実際にそうしてもらうわけにはいかない。きちんと領主していたのに、わたしを庇って領地と領民を捨てさせられないよね。
ケイにもそんなことさせちゃ駄目。
ボロボロになっても、幼いのに理不尽な要求をされても、国の命に従って、領地と民を守ろうとしていた従兄弟。
何かある度に側にいてくれた従兄弟がいないのは心細いけど、この場にいたらわたしは甘えて頼ってしまう。そして優しい彼はきっと王様たちと敵対してもわたしを守ってしまう。そんなことさせられない。
だから知らせず置いてきた。
頼りすぎたと反省して、これ以上ゴタゴタに巻き込むのも気が引けたから。
お腹すいたと時計を確認。
立ってるのも、笑顔固定も疲れたし、四十分くらい短縮してもいいかな。結局、堂々巡りの話し合いだし。
それにしても王様たち、叔父様を未来の猫型ロボットばりに頼りすぎじゃない?
わたしも否定できないけど。万能で優秀って便利で素敵だよね。
ではでは、そろそろ叔父様とルワルダさん以外の記憶でも消しますか。
初の記憶削除。うまくいかなかったから……責任はとりません! やり逃げです!
契約で妥協しておけばよかったのに。御愁傷様です。
細心の注意を払い、慎重に魔力を練って、闇の精霊王の力を借りて、魔法を発動しようとしたら。
━━コンコンコン。
参加者以外、誰も知らないはずの会議場に響くノック音。……え、幽霊? ホラーですか!?
黒い重厚な扉に、全員の視線が集中した。「……入室を許可する」と王様が硬い声をかけると、ギィィと開いた。音までホラー仕様。様式美だね。
固唾を飲んで見守る中、壁に浮かぶ魔法の光に照らされて現れたのは、青緑の髪に、深緑の目を持つ綺麗な男の子。……ケイさん、何でここに…。
ぽかんと間抜け面を晒すわたし。
目が合った。にっこり微笑まれ、背筋が寒くなる。
王様たちも「ケイトス…?」と驚いていた。━━ですよねー。誰も知らせてないはずですよね、叔父様? って、 何で今わたしから目を逸らしたんですかっ!?
ちらりと入口を見た。扉が自動で閉まっていく。
━━待って! まだ閉めないで!!
無情にも閉ざされた扉。従兄弟と目が合い、冷や汗が止まらない。
……あのー、何で魔王が召喚されてんですかね? 誰が召喚しちゃったのかなー…。
……わたしじゃないよ……たぶん。
わたしが現実逃避している間に、赤絨毯の上を進み出るケイトス。あ、わたし邪魔ですねと横にずれようとしたら、途中で立ち止まり、背後を取られた。━━やべぇ、逃げられねー…。
驚く外野も何のその。
慣れたように挨拶をして、何食わぬ顔で話を進めている従兄弟が凄すぎる。
従兄弟の声を背中で聞きながら震えを抑え込み、わたしは何とか淑女の笑顔をキープ。……コラそこの宰相と騎士団長、憐れみの視線を向けるんじゃない! 状況が変化するかもと面白がってるのが見え見えだから!!
腹が立ったわたしは、やけくそで笑顔を浮かべた。




