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3, 5才 ③

遅くなりました。少し長いかもです。

6/27、7/1、誤字脱字おかしな文、修正しました。内容に変更はありません。



お母様との特訓を始めてから二週間。

もちろん、順調に鍛練した。ただ一つ、予想外だったことがあったけど。

うん、何ていうか━━思った以上に、スパルタでした。

にっこりたおやかに微笑む貴婦人しか知らなかったわたしに、シャツにズボンを着用してオリーブ色の髪を一つに結んだ素敵に凛々しいお母様はあらゆる意味で衝撃的だった。

確かにかっこよくて、見惚れていたけどね。


因みに最初の一週間は、基礎体力作り。早く魔法習いたくてじりじりしていたけど、体力ないと自分の魔力に負けてしまうそうな。我慢も必要と言い聞かせたよ。

なので、具体的に魔法練習が加わったのは一週間前から。


まず早朝に起きて、外周を走る。日を追うごとに周回が増えていく。その後は、何故かお母様直々に剣の指導。始めは短剣やナイフの扱いや素振りから。

……突っ込まなかったよ。どうして令嬢たるお母様がそんな事出来るのか、とか。「久しぶりだけど楽しいわ」とか言われても、馴れない自分の課題達成に忙しかったからスルー。


他に組み手、基礎体術をメイリンに教わって。

お母様と剣の手合わせを披露された時は、コレわたしもするの? と、思わなくもなかったけど。二人とも生き生きしているから、まぁいいか、で流した。

舞うようなやり取りが見事だったし、お母様とメイリンも楽しそうに笑っていたから━━例え、二人が光弾く真剣で切り結んでいても、全力でスルーさせていただきましたとも。

……気のせいかな。何か最近、スルー力が鍛えられている気がする。


そうした清々しい初夏の朝を満喫した後に、朝食。初日はあまり食べることができなくて、礼儀作法を習っている最中に、そりゃもう盛大に鳴ってくれた。

ぐー、くー、鳴るお腹に苦笑したお母様がテーブルマナーに変更して、美味しくサンドイッチをいただきました。後はダンスに、この国と諸外国の歴史、地理、算数、文字の読み書きから古代文字まで。

基本の教師はお母様で、礼儀作法は貴族と商談で関わるからと、五歳になる少し前から、歩き方、お辞儀の仕方、所作一つ一つを厳しく指導されたので、お手の物。

今時の貴族は領地経営だけでは成り立たないから、大変らしい。


あ、因みにわたしが敬語なのは、お母様が指導する先生だからで、誓って! お母様が怖いからではないです!! 礼儀作法の時に敬語を使っていたので、どうしても母相手にだけそれが抜けない。父には普通なのに。

………そう言えばお父様、最近見かけないなぁ。熱出した時に会ったのが最後の記憶なので、もう二週間以上会ってない。手紙やお菓子は届けられるけど、この二、三ヶ月は特に会えてない。だいぶ忙しいのかな。


昼食を間に挟みながら座学や礼儀作法をこなして。お茶した後は、待ちに待った精霊魔法の修行。

訓練の最初の一週間は、ここでダウンしていたり、筋肉トレーニングだったから、ここまで本当に長かった!

お母様の一族は代々、地属性の精霊と相性がいいらしいから、私もまずはそこから。


さて、ここで精霊魔法について説明を。

精霊は基本どこにでもいて、辺りを漂っているらしい。ただ、自我や知性を持っているのは中級精霊以上で、どこにでもいるのは下級精霊。

精霊魔法は基本的に中級以上の各属性の精霊たちと契約して、力を借りる。一度契約すれば、破棄されない限り契約した範囲内で一生その属性を使用できる。その際の使える魔法は、本人の魔力量と契約を交わした精霊の実力によって変わる。

だから神殿で魔力量を事前に調べて、どの程度の魔法使いになれるか教えてくれる。

力がないのに強力な精霊と契約を交わすと、力を取られるだけで、生活するのも大変になるから。


ある程度魔力があれば使えるのが、下級精霊と仮契約をして使う魔法。下級精霊なので強力な魔法は使えない。本格的に契約するまでは、魔法使いは仮契約で魔法のコントロールを学ぶ。

と、基本は本でも読んだし、母にも教わった。


精霊魔法を急ぎで習得する必要があるけれど、焦りは禁物。初日は講義と仮契約の練習。

そして、認めたくはないけどさすがというか、ハイスペック主人公。六属性の下級精霊との仮契約、バッチリでした!

二日でこなしたよ。わ~、優秀~(棒読み)


聞いて驚くなかれ、三日目で仮契約で使える最高の魔法を六属性制覇!! ……や、嬉しいよ。魔法は楽しいし、きっとこれもわたしの妄想力が豊かだからこその結果! と、前向きに考えよう!

実際に大切なんだよ、妄想……イメージ力って!

こんな風になってほしいな~って、強く考えて願う事が大事だから。


そんなこんなで今は、仮契約の魔法と中級精霊以上との契約練習。中級以上の精霊は、ばったり会うこともあるしいけど、基本、彼らは精霊界というか異界にいるので、異界と通じてる秘境に自ら探しに行くか、主に召喚して契約するのが普通なんだそうな。


それでこの三日間、わたしは母の契約精霊で召喚を練習中です。中級は何とか喚べた。召喚した精霊たちには、力貸すよ~って有り難いことを言って貰えたけど、わたしが目指すのは各属性の王様なので、召喚に応えてくれた精霊にお礼を言って、契約はしない。

お母様には「気紛れな精霊たちが必ず召喚に応じてくれるなんて、凄いわリフィちゃん!」と誉めてもらいましたが、それはそれ。


何でも特に気分屋な風の精霊は、優秀な魔法使いでも三回に一回応じてくれればいい方みたい。不思議に思って風の精霊に聞いてみれば「自由が好きなのに自分の時間を拘束されるのイヤ」ってことらしい。後は大抵寝てる、気づいても無視。……何とも生々しい精霊事情を伺いました…。


もちろん、そんな怠け者精霊ばかりじゃないよ。

たまに、契約しなくても喚べば力を貸すと名前を教えてくれる精霊もいたけど、妥協はしません!!

何が起こるかわからないからこそ、最高の力で最悪を回避する成功率を上げたい!!


何たってシナリオを覆すという、考え方によっては世界に喧嘩を売ろうという、大それた行為をしようと思っているんだから、出来るだけ万全にしないと!


でも頑張っているのに、精霊王召喚にはまだ力が足りない模様。くそぅ、さすがは精霊王様! 一筋縄ではいかない! でも絶対諦めませんからね!! 首を洗って……げふん。間違えた、目にもの見せて……悪役の捨て台詞っぽい!!

兎に角、何が何でも必ず契約していただきます!! わたしから逃げられると思わないでくださいね!! ━━何だか悪役の女王様な気分…。


魔法練習は夕方までして、その後は夕食。更にその後はお風呂で、その前後で予習と復習もバッチリこなして。大体夜の八時には疲れて寝る━━とまぁ、それがこの一週間の過ごし方だった。


特訓開始の一週間は、筋肉痛が酷かった。母が精霊魔法で痛みを軽減してくれたから良かったけど。━━お母様有難うございます! でも少しはお母様にも責任があると思うので、もう少しメニューを見直し……いえ、何でもありません。ガンバリマス…。


慣れるまであの特訓に吐いたこともあったけど、それもさらりと流しとこう。……運命覆すって大変なんだなとしみじみ黄昏たのはいい思い出…。


そんな過酷な特訓から二週間! 何とか生き延びた!

魔法も最優秀とのことで、本日は久々のお休み。体を休めることも大事な訓練。素敵な考えだよね!

お母様が鬼に見えかけていたのに、今は聖母にしか見えない。後光が眩しいです!


そんな冗談の半分はさておき。

実は本日、母には来客。わたしは近所の幼馴染みと遊ぶ約束があったからお休み。早朝の訓練は当然やったよ。


幼馴染みはもちろん平民。同じ年頃の男の子と女の子。ムーンローザ商会と取引のあるご近所さんで、大棚の酒屋の次男のお坊ちゃんと、リヴェール商会という最近業績を伸ばす商会のお嬢さん。よく町に繰り出して、他の子達とも一緒に遊び回った。


最近はわたしが寝込んだり、訓練だったり、勉強だったり、二人と都合が合わなかったりで、なかなか遊べていなかったから、とても楽しみ!


昼食後、リボンのついたブラウスに青いスカート、動きやすい焦げ茶のブーツを着用して、薄翠の髪を高く一つに紺色の細いリボンで括った。

これで身軽に遊べる!

わたしが意気揚々と玄関に向かうと、丁度応接室から女性が出てきた。


年齢は三十路と父と近い年齢。豊かにうねる黒髪を背に流し、少し露出度の高いケバいドレスでメリハリボディを強調。目の毒でとても商会の会計事務担当には見えないけど、正真正銘、商会で父の秘書もこなしているアイリーンさん。

美人ではないけど愛嬌のある顔立ちで、厚い唇とその側にある黒子が色っぽい人。━━時々、父の代わりに商会の事を報告にくる、かつての母の仕事をこなす人。


「それでは奥様、これで失礼しますわ。旦那様はこれから大きな商談のまとめに入るので、本日もお戻りになられませんが、くれぐれも家とお嬢様の事を頼むとおっしゃっておりました」

「わかったわ。こちらの事は心配なさらず、ご自愛くださいと伝えて」


少し固い口調の母の声。開いたドアの向こうから聞こえて来るので表情はわからない。けれど何となく、二週間前の寂しげな様子を思い出した。


「伝えておきますわ。旦那様はあたくしが側でしっかり支えますから、あまり心配なさらないでください。少し遠いところに出張して参りますが、お嬢様の誕生日までには戻りますわ。それでは、ごきげんよう」


内心はともかく、表面上は鼻で嗤うような真似はせず、にっこりと蠱惑的な唇が弧を描く。

ドアを閉めてすぐに堂々と、主人であるかのように玄関に向かっていくのを、わたしはじっと見送った。従僕が扉を開けて、館から彼女の姿が消えたのを確認して、詰めていた息を吐き出す。


わたしが姿を見せるとアイリーンさんは必ず笑顔で駆け寄り、抱き締める。体が痛いし、香水臭いんだよね。しかも無理して子供好きだと愛想を振り撒くけれど、黒子のある片側の口元がほんの少し引き吊っているから、怖い。


階段を降りていくと、応接室からカートを押してメイリンが出てきた。心無し、表情が冷たい。空気も刃のようだけど、わたしは鍛え上げられたスルー力を発揮! ここで使わずいつ使う!


「メイリン」


声をかけると、少しだけ表情がいつも通りに戻った。他の人にはわからない変化だけど、毎日一緒にいたから少しはわかるようになったんだよね~。


「そろそろ出掛けてこようと思うの。お母様は応接室?」

「はい。ですが、サリー様から本日は用事かできたので遊べないと手紙が届いたのではありませんでしたか?」

「え、わたし聞いてないよ」

「おかしいですね。お昼前には届いておりましたが、確認して参ります」

「いいよ。行き違いになったのかもしれないし、メイドか誰かが忙しくて忘れているのかも。どっちにしても集合場所はカルドの家だから。そこから町に行くの」

「そうですか。ですが、職務怠慢ですので注意しておきます。お嬢様、くれぐれも無茶とお転婆は程々に」

「わかってるよ、大丈夫。わたし結構強くなったと思うの」


えっへんとない胸を張ると、メイリンの瞳が和んだ。


「油断大敵でございます。ですが、確かにその辺の大人よりも強いでしょう」

「うん、行ってきます」


ぎゅっとメイリンに抱きついた。少し戸惑っていたが、体術の先生の時のように、軽く頭を撫でてくれた。


次はお母様に癒されにいこうと、ノックして許可が出てから応接室に入った。

ソファーに座っていた母に抱きついて「行って参ります」と声をかけると、頭を撫でて貰った。

美女二人の頭なでなでいただきました! 元気百倍! 決してわたしは変態じゃありません!!


応接室を出て玄関扉の前に立つ。扉を開けようと取っ手に手を伸ばして━━ゴン。

……思わず後ろに下がって、額押さえてしゃがみこみました。地味に痛い。


「━━お嬢様!? 申し訳ございません!!」


俯いてしゃがみこむわたしに、黒い影がかかる。少し涙目で顔を上げると、ロマンスグレーの髪と髭が素敵な燕尾服の紳士がいた。

わたしが生まれる前からこの家に仕える、優秀なベテラン執事だ。御歳五十七歳。まだ爺やと呼べるほど老けてない、そつなく何でもこなせる……はずの人がさっきからオロオロ泣きそうな顔をしていた。


「…ジャック」

「はい。大変申し訳ございません!!」


土下座しそうな勢いと思ったら、本当にされちゃった!


え、ナニこの状況!? わたしか? わたしが悪いのか!?


シャンパンゴールドのわたしの目が、きっと零れ落ちそうなほどまんまるになっているに違いない。

というか、ジャックのオロオロがうつって、わたしもオロオロ、アワアワ困った。

目の前にあるロマンスグレーの髪に当惑して、涙目のままだ。

落ち着け、わたし! こんな時こそ学んだ礼儀作法とマナーを……って、まだそこまで習ってない! 自分が粗相した時の対応は昨日少しかじったけど、相手の時はどうするの?


「と、とりあえずジャック、落ち着いて。わたしも悪かったから、ごめんなさい。わたしは大丈夫。怪我はないから」


ジャックが悲しそうというよりは、今にも遺書を残して命を絶ちそうなほど青ざめて、震えていた。

そして「失礼します」と恐る恐るわたしの前髪を上げて、この世の終わりのような顔をした。


「申し訳ございません、お嬢様!!」


再びの土下座━━コレわたしにどうしろと?


「お嬢様のご尊顔に傷をつけるなど、執事失格にございます! すぐに辞表を提出します!」

「えぇっ! そんなの大丈夫だよ!? 血も出てないし、腫れただけだよね? その内治るから、早まって辞めるなんて言わないで!!」

「なんと勿体ないお言葉! ですがいけません! それは美しく育つ未来のお嬢様に万が一その傷が残ったら━━自首して参ります」

「犯罪にならないよ!? ただの事故だからね!? あ、それにほら、このくらいの怪我や傷なんてカルドたちと遊んでいたら、普通でしょ? 子供の名誉の勲章みたいな?」

「……お嬢様にコレ以外の傷をつけるなんて…。少々お待ち下さい、あのクソガキを締めて参ります」

「怖いからやめて! 大丈夫だよ、もし大きな傷になったら責任とってくれるって━━怖いから!」

「お気になさらず。ちょっとあのガキを始末して参ります。お嬢様を貰おうとは何と厚かましい!」

「大丈夫だよ!? 自己責任だからって言っておいたし、遊びで嫁に来いって冗談で言われてもサリーもわたしも断ったし、おばさまにもお断りしたから!?」


どんどん穏やかなジャックが、鬼の形相に変化していく。ひたすら怖い!! 何のホラー!? 何だかわたしも混乱してよくわからない。

がしっと真剣な表情で、ジャックに肩を掴まれた。


「さすがです、お嬢様。他に誰が何を言おうとも相手になさらないでください。しつこく言ってくる輩は必ずこの私に教えてくださいませ」

「う、うん?」

「特にあの酒屋の長男も油断できませんので、十分に気をつけて下さい」

「アランお兄さん? カルドよりも落ち着いていていい方だよ。本当の妹みたいに良くしてくれて、うちの子にならない? って。あんなお兄さんなら欲しいけど、カルドみたいな兄弟はいらな━━って、怖いから!」

「全く油断も隙もない! お嬢様、よろしいですか。今後あの二人とお嬢様だけで接触するのは危険でございます」

「心配いらないよ? この家の子以外になるつもりないから!」

「ご英断です。ですが今後は、あの兄弟の家にも入らないで下さいませ」

「あの、でも今日これから遊びにいくの。前から約束していたから」


ジャックが項垂れて、終わりだと床に突っ伏した。顔を両手で覆って落ち込んでいる。その背を撫でながら、慰めるわたし。━━本当に何ですかコレ!?


「しっかりして、ジャック! 怪我なら大丈夫だよ? このくらいなら仮契約の精霊魔法でわたしも治せるから」


よくわからないけど、このままにはしておけない。

わたしは額の腫れがひいて治る様子を思い浮かべ、あわく光る右手の指先で額に触れた。

イメージを強化するために「治癒の光」と言葉を紡ぐ。

すぐに痛みと熱が引いたのを感じて、前髪を上げた。目を丸くするジャックを見やる。


「治ってるでしょ? だからもう気にしないで。これからもこの家に居てね」

「お嬢様……」


感動するジャック。大袈裟だな~。


「それじゃ出掛けてくるね」

「お嬢様……」


意思消沈するジャック。え、どうしたの?

コレどうしろと? わたしに解決は無理そうです! 誰か助けて!!


ほとほと困っていると、くつくつと喉を震わせる笑声が響いた。

声の方━━玄関扉の方を見ると、二十歳過ぎと思われる綺麗な男性。服装からして貴族みたいだ。

艶やかな青緑の髪に柔らかな光を宿した水面の瞳。身長が高く、立ち姿も微笑む姿も様になっている。恐らく貴族のご令嬢方がこぞって狙うだろう。

男性の足元で何か動いたみたいだけど、わたしは呆けたように上を見上げていた。

━━お客様だよね? そうだよね、ジャックが外から内側に扉を開けたってことは、そういうことだよね?


サーっとわたしから血の気が引いた。ジャックを見ると、ようやく正気に戻ってくれたようで、自然に立ち上がって埃を払うと、スッと深くお辞儀をした。

さすがはベテラン執事! 冷静かつスマート! さっきの取り乱した姿は、きっとわたしの見間違いに違いない! 主人の娘に怪我させたら大変だから、気が動転しただけだよね!


「大変お見苦しい姿をお見せして、誠に申し訳ございません。気が動転してしまいました。また長々とお客様をこのような場所に留めてしまったのは、ひとえに私の不徳の致すところでございます。平にご容赦下さいませ」


まだ頭を下げたままのジャックを見て、わたしは申し訳なくなった。

これまでの一部始終を見せてしまった。印象は最悪だろう。本当ならわたしが気づかなければならなかったのに。それなのに今わたしは、子供だからとジャックが後ろに庇って貰っている。情けなかった。


震える拳を開いて、深呼吸。

ぐっと顔を上げて、ジャックよりも少し前に踏み出した。スカートをつまんで、淑女の礼を取る。


「お初にお目にかかります。ムーンローザ家の長子リフィーユ・ムーンローザと申します。不躾に言葉をお掛けしましたこと、まずはお詫び申し上げます。また本日はお越しいただいたにも関わらず、大変お見苦しい姿をお見せしてしまい、誠に失礼いたしました。何分まだ若輩者故、お客様の広い心でご寛恕頂きたく存じます」


横目で老執事を見ると、彼は驚いた顔をしていた。それからすぐに意図を読み取り、黙礼して母の待つ応接室に向かった。


「丁寧な挨拶、痛み入ります。初めましてリフィーユ嬢。わたしは━━」

「ジルベルト」


澄んだ声がして、母が玄関ホールに現れた。客人が破顔した。


「お久しぶりです、シェルシー姉様。社交界の華と言われた頃と変わらず、お美しいですね」

「ありがとう。あなたも随分と口が達者になったのね、ジル━━いえ、サンルテア男爵様」


━━えっ!?


わたしは思わず顔を上げて、母と親しげに会話する男性を見た。

ジルベルト叔父様が微笑んで、わたしの頭を撫でてくれた。


「あんなに取り乱したジャックの姿は初めて見たよ。いつも常に真面目な紳士が服を着て歩いているような人物だったのに、大切なお嬢様が関わるとだいぶ人格が変わるらしい」


悪戯をして揶揄する少年のように、ジルベルト叔父様が楽しげに笑った。

ジャックは涼しい顔で直立したまま、一分いちぶの隙もなくいつも通りやり過ごしている。


「ジャックの気持ちはわからなくもない。こんなに愛苦しい少女にも拘らず、精霊魔法を使えて、礼儀も度胸もあるなんて素晴らしい!」


叔父にべた褒めされたわたしは、居たたまれなくて視線を下げた。そこで叔父の側に隠れていた一人の少年と、ふいに目が合った。


天使のような美少年とは、彼のためにある言葉なのだろう。

叔父と同じ柔らかそうな青緑の髪。深い森の奥のように濃い緑の目。白く滑らかな肌に、絶妙な配置のパーツで精巧な人形のよう━━全てが愛らしかった。

もしかしなくても、従兄弟!


「リフィちゃん、こちらはあなたの叔父と従兄弟よ。会うのは初めてだったわね。ご挨拶は…済んだのかしら?」

「先程、お手本のように素晴らしい挨拶をしてもらいました。初めまして、リフィ。そう呼んでもいいかな?」

「はい」

「ジルベルト・サンルテアです。気軽に叔父様、ジル叔父様と呼んでくれて構わない」

「リフィちゃん、うちは代々二つの爵位を賜っていて、あなたのお祖父様が引退すれば、叔父様は伯爵になるの。その内に伯爵家のお祖父様にもご挨拶にいきましょうね」

「…はい、お母様」


笑顔が引き吊ってないことを祈る!

こんなに若々しい二十五才の美青年男爵を叔父さん扱いしろって━━どんな試練!?

でも呼ばないと、話が進みそうにない。


「よろしくお願いいたします、ジル叔父様」

「ああ、よろしく。こっちはわたしの息子で、きみの一つ年上の従兄弟になる」


挨拶を促された美少年は、胸に手を当てて典雅に一礼した。


「ケイトス・サンルテアです。初めまして、シェルシー伯母様。リフィーユ嬢。どうぞ父ともどもよろしくお願いいたします」


微笑まれて、頬に熱が灯る。ナニコレ!? マジで天使!! 可愛すぎるんですけど!


握手を求められて、わたしは思わずスカートでこっそり手を拭った。

攻略対象者でも不思議じゃない美形従兄弟と初の対面! ━━…わたしが七歳の時に亡くなる予定の、従兄弟…。


絶対、そんなろくでもない未来は叩き潰してすりおろそう!! ん? 何か違う? まぁいいか。兎に角、守りきってみせる!!


わたしは決意も新たに白く繊細な従兄弟の手を、この世に繋ぎ止めるように、しっかり握った。





あと数話で五歳は終わると、思います。

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