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22, 7才 ⑨

二万字近いです。




あの後、お母様とメイリンにも連絡して、わたしの現状をお知らせしたら、案の定、怒られて悲しませてしまった。心配をかけて胸が痛い…。猛省してます。

それでも、無事に全員で帰ることと、頼まれごとは順調と伝えたら、少しだけ安心してもらえた。


お母様たちに許可をもらえたと話したら、ケイたちもほっとしていた。

ついでに、アッシュの写真のお土産と、帰ったらケイが可愛い格好をしてくれることもお母様たちに伝えておいた。二人とも乗り気になってくれて、張り切っていた。


あれから、出てくる魔物を薙ぎ倒して、休み休み北に移動しつつ、昼食にして人心地つくと、少しだけフロースについて聞かれたので、答えられる範囲で簡潔に答えた。

ドルマンたちは衝撃を受けていて、「Sランクの『くれないの戦乙女』がお嬢ちゃん…」とまじまじと見られた。


謎の単語に首を傾げたら、フロースの二つ名だと教えられ、わたしは固まった。……何てこと。そんなこっ恥ずかしいものが既にあったとは、何の拷問ですかっ!?

聞いてない、と両手両膝を地面について愕然としたわたしに、更なる追い打ちが…っ!


「いや。ほら、幻影の魔法か何かは知らんが、波打つ赤い長髪に、深紅の目をした十代前半の美少女で、依頼達成率は脅威の十割。戦う姿は美しくて、その姿がまるでゴルド国の建国神話、暁の女神に従って魔物を屠って尽力した紅の戦乙女そのものだからっていうことで、Aランクになる少し前から呼ばれてたぜ」

「そうそう。『紅の戦乙女』は他に『紅の天使』って別称もあるんですよ……ってお嬢さん? 大丈夫ですか!? 現実に戻ってきてください!?」


シダに、ガクガクと体を揺さぶられて、わたしの魂が帰還した。……くっ、何でそんなことに! コレはある意味、羞恥プレイだよ!? もう恥ずかしくて、外を歩けない…っ!

両手で顔を覆って、嘆いていたら。


「いや、お嬢がフロースだって知ってるのは、ここの面子とルワンダ次期正神殿長だけだろ」

「あ、そっか。………それでもやっぱり恥ずかしいー! 許可なく誰が勝手につけたのかな!?」


ラッセルに慰められたけど、わたしは体を丸めて地面に突っ伏した。

お嬢様らしくないとか、汚くなるとか、そんな問題じゃねぇっすわ! わたしの尊厳がぁ~! 戦乙女って!! 天使って!! もう、誰ですかソレ!? やだよ!


十代前半と今の体格差とか、赤髪赤目の件はスルーしてもらえてよかったけど! たぶんケイは勘づいていそうだけど、わたしはショックでソレどころじゃなかった。

拳で地面をえぐっていると、よしよしとケイに頭を撫でられた。


「でもリフィ。下町では誰が呼び始めたのか、『みどりの聖女』って王都の裏社会で有名だよ? ソール先生のところで誰だろうと健気に看病して、どんな怪我も癒してくれるって評判だから」


思わず顔をあげ、限界まで目を見開いて従兄弟を見た。楽しそうに笑ったケイはわたしの髪を一房、手にとって撫でた。わたしの薄翠の珍しい髪を。………羞恥で死ねるって本当かもしれない。

恥ずかしさのあまりゴロゴロと、ローリングしようとしたらケイに止められました。


「変な呼び方断固反対! そんな名付け親は死ねばいいのに…!」


もう次からは、変なお面を被って手当てする! 凄くしみて痛い塗り薬とか塗布して、不味くて苦い薬を飲ませて『翠の聖女』なんてふざけた汚名は返上する!!


怨嗟の言葉を吐きながら決意したら、ドルマンたちに残念なものを見る目をされて、嘆息された。………喧嘩なら買いますよ? 今、とっても不機嫌なので。


「あ、いや、お嬢ちゃんっ。ほら、都合よく魔物が出てきたから八つ当たりはあっちにしようぜ、なっ?」


ドルマンの指摘に振り向くと、魔物が唸りながら出てきた。なんていいタイミングのご登場で。容赦なくタコ殴りにしてくれる!

わたしは遠慮なく、八つ当たりした。


そうして魔物を退治して時々、長くお昼寝して休みながら、ゆっくり進んで、三度目の休憩から目が覚めると、午後四時半過ぎ。空の端がほんのり茜色に染まり始めていた。


わたしは、ぽけぽけした頭で、辺りを見回した。

結界玉に守られた空間で、全員がまだ寝ていた。生きてることに、安堵する。わたしの魔力は、八割まで回復していた。


疲労もわたし特製お茶を飲んで寝たからか、体が軽い。……これなら一晩くらい保つかな。

さすが、わたしのお茶! と、自画自賛したかったけど、ある出来事を思い出したわたしは、特製お茶のように苦い顔をした。


それは午後三時のお休みタイムの頃。寝て体を休めようとしたら、魔物が出てきた。運悪く、結界玉を割って結界を張ろうとしていたときで、まだ結界ができておらず、おまけに黒の森とは反対側からの襲撃。


レクとロムが「うわぁっ!」と驚きつつ、まだ飲んでいなかったカップごと、わたし特製のお茶を魔物に投げつけて。


「キシャアァァア!」

「グワァアアァッ!!」


たまたまお茶を被った中級魔物が被った部分から黒い霧になり出し、偶然口に入った中級魔物が苦しんでもがくも、パタリと倒れて雲散霧消した。


『………』

『………』


魔物とわたしたちの間で、妙な沈黙の間があった。


何事もなかったように零れたお茶を避けて、再度襲撃する魔物たち。わたしたちも気を取り直して、応戦した。

昨日より傷は塞がったものの、まだ動けないケイたちを庇ってラッセル、アッシュ、わたしが戦い、十分くらいで殲滅し終えると、再び、妙な沈黙。

━━わたしが、物凄く居たたまれなかったよ!


セスがごくりと生唾を飲んで、「お嬢、そのお茶には一体…」と恐る恐る聞いてきたから「体にいい薬草茶ですが何か」と笑顔で返しておいた。珍しくて薬効高い体にいい物しか使ってないよ。

わたしは結界玉を割って、結界を張る。


「え。いや、でも、さっき魔物を」と尚も追究するセスに、わたしは逆ギレした。「わたしだって知らないよ!」と。

むしろわたしが聞きたいくらいだよ!? 不味くても普通のお茶のはずだよ? 何で製作者の知らないところで、対魔物のお茶に進化してんの!? 意味がワカラナイ!!

おまけに、何でわたしの精神にダメージが……っ! ……うぅ、もうお茶のバカー!


もふもふに癒されようと、茂みに見えた白に近い灰色の毛並みを見つけて、近寄ると━━魔物でした。……微妙に可愛くない。毛並みは良さそうなのに…。


小さい毛玉の下級魔物が一体、大きな口を開いて襲ってきたので、拳に炎をまとってベシッと叩き落とし、その一発で昇天させた。

ふと、お母様の注意事項を思い出す。無闇に魔物に突っ込んで戦わないことって、これかなぁ?

さすがお母様、もふもふを見つけた娘の本能をよくご存知で…。


こうしてヤサグレタわたしは、ふて寝を決めこんで、腫れ物扱いをする面々をスルーして、夢の世界に入ったのでした。

寝る前の出来事を思い出して、わたしはふっと息を吐いた。……マァ、そういう日もアルよね…。従兄弟はぷるぷる震えて笑っていやがったけどね!


ポシェットから水を取り出して、一口飲む。

最後の結界石を埋める地点まで、あと一キロくらい。ちらりとよく眠る一同を見た。結界玉を連鎖で割れるようにして、わたし一人で行って、結界石を埋めて戻って来られるんじゃないかと考えが浮かぶ。


そろりと寝袋から抜け出して、動こうとしたら。

ポン、と肩を叩かれた。

思わずビックゥと、わたしの心臓と体が跳ねた。


「リフィ、どこに行こうとしてるの?」

「………イエ、別に」


ドクバクうるさい心臓を宥めて、驚かせた従兄弟を軽く睨んだ。それを涼しい顔でスルーして、ケイが口を開いた。


「そう。僕はまた良からぬことでも思いついて、一人で結界石を埋めに行くんじゃないかと思って…あれ。顔色悪いけど、どうしたのリフィ? 何で目を逸らしているのかな?」

「な、何でもナイデス…」


……何か最近、よく心を読まれている気がする。

え、気のせいですか。そうですか。わたしってわかりやすいんですね。ところで、鉄仮面てどこに売ってるんでしょう?


「鉄仮面? それを被って先生の治療を手伝うの?」

「いえ、それを被って表情が読めないように……って、別のところで駄々漏れだった…っ!」

「そうだね。とりあえず、一人で行こうとしたら許さないよ。行くなら僕もついていくからね」

「………お姫様だっこで?」

「……。…うん、まずはどうやってその結論に至ったか教えてくれる?」


笑顔の従兄弟が少し怖かったけど、わたしは一生懸命、美人で可愛いお姫様みたいな従兄弟が、現在怪我をしていて無理に歩かせられないから、つれていくならお姫様だっこ一択であることを伝えた。つい力説して、「あ、うん。何かごめん。もういいや」と若干引かれたけど、スルーした。


「お姫様ね…。そういえば、キャロルやハイドたちは邸にいるの?」

「……そうだね。出るなって言ってきたよ。勝手に邸から出たら、どうなっても知らないって」

「……少しトゲがあるね」


自覚があったけど、くすぶる思いがあるのは仕方ない。まだ許せないから。


「ケイこそ、どうして急にあの人たちの話をしたの?」

「連鎖的に思い出したからだよ」


わたしは、どういう意味か聞こうとして、ふと気づいた。寝ていたと思った気配が変わっている。……全員で狸寝入りとは、仲良しだね。話を盗み聞きとかお行儀が悪いですよ?


「ところでリフィ。君がルワンダ神官と取引してまで、魔力量を黙っていてもらったのは、どうして?」


今更な質問に、わたしは目を瞬かせた。


「これまでにも何度も言っていたと思うけど、わたしは王族や高位の貴族とは極力関わらずにいたいんだよ。それだけ」

「………確かに言っていたけど、そこまで…? それだけの理由で正神殿を巻き込んで、拒絶したの…?」

「うん」


こっくりと頷いたわたしに、ラッセルやセス、ドルマンたちが「は?」、「お嬢…」、「マジかよ」と起きた。

わたしは目の前で問うてきた従兄弟を、まっすぐ見返した。


「それだけの理由っていうか、結構大事な理由だよ。だってわたしの魔力量が報告されたら、知った人たちが絶対に関わってこようとするでしょ。普通に暮らしたいのに、わたしの力を利用するために接触しようとして、お母様やメイリン、ケイたちまで巻き込むかもしれない。鬱陶しいし、そんなの御免だよ。わたしは、わたしの意思で力を使うの。誰かの操り人形になって、いいように利用なんかされてあげない」


そう言うと、ケイが目を丸くして、楽しそうに笑った。「リフィらしくていいね」と頭を撫でられる。「自衛するのはいいことだよ」と。━━ソウデスネ。ある意味自衛ですよ。攻略対象者の目に留まらないために、必死に隠してきたんですよ!

それから少し、ケイに困ったように笑われた。


「そこまで関わりたくなかったんだね…。それは少し、悪いことをしたかな…?」

「何が?」

「うん。あのね、キャロルとハイドは、隣国ゴルド国の王族なんだよ」

「…………はい?」


脳内処理を飛び越えたよ。……ケイさん。今、何て言いました? ワンモアプリーズ。


「あの二人は隣国の王族で、キャンディ・キャロル・ゴルド王女殿下とハインツ・ハイド・ゴルド王子殿下なんだ。ゴルドの王族には十歳になったら、ギルドに入って一人の冒険者として世間の荒波に揉まれるっていう風習があってね、それでギルドマスターがいる『女神の片翼』に入っていたんだと思うよ」

「へぇー王族ダッタンダ…」


ああ、だから、死ぬわけにはいかない立場……なるほど? 確かにご尤もだけど、ケイやドルマンたちを見捨てて生き延びた理由に、守るべき民を使うなよ。あのボンクラ。


まだ文句を言い足りないけど……マジかー。隣国とはいえ王族。容赦なく叩いてきたよ…はは、わたしの人生オワタ。

もう国外逃亡でもしようかなー。

……………。


まぁとりあえず重要なのは!! ━━攻略対象者じゃねぇですわよね!?

何となく居たような、居なかったような……あー………えーと…どうだったかな…?

銀髪に水色の目は綺麗だし、うちの天使ほどじゃないけど、お姉さんよりは整った顔をしてた。


ふと、何かがわたしの脳裏をよぎった。

確か、最新刊前の読んだ本のラストで、第一王子が主人公ヒロインに、隣国から客人が来るから力になってあげてほしい、どうのこうのって名前は出てなかったけど、言ってた気がする……たぶん。


……………マジかー。

やっベー、攻略対象者の可能性が高かった……。今からでも魔物に襲わせて死んだことにしたらダメかな…。(大真面目)

あ、ダメですか。バレたときの周りを巻き込む規模が半端ない? ソウデスネ、隣国との戦争勃発シマスネ。王子の死因だもんそりゃ熱心に調べるかー。

わたしは乾いた笑みを張りつけた。




・・・***・・・(ケイ)




従兄弟が遠い目をしたので、気になった。

僕はリフィの顔を覗き込む。


「……ハイドたちと何かあったの?」

「……ナンにもないデスヨ?」

「ふぅん? なら、何で僕から視線どころか顔を逸らしてるのかな?」

「き、気のせいデス」

「リフィ?」


お互い沈黙での無言の応酬。

従兄弟が手強くなったと感心していたら。

先に耐えきれなくなったのは周りだった。見かねたラッセルが「若、お嬢は」と口を開くと、リフィがギロリと、「ラッセル!」割りと本気の殺気を込めて睨んだ。


「でもお嬢」

「言ったら口きかない」


ラッセルが衝撃を受けて、固まった。震えながら「…どのくらい?」と恐る恐る期間を尋ねると、悩んだリフィが「い、一週間くらい?」と首を傾げた。━━うん、決めてなかったんだね。つい言っちゃっただけなんだね…。


「リフィ? 何かあったのなら言っておいてくれた方が、僕としても対処しやすいんだけど?」


「ぅぐっ」と呻くリフィ。うん、わかってはいるんだね。ただ本当に言いたくないだけなのか。冷や汗を流しながら、苦い顔の従兄弟を観察する。………本当に何したの? いや、あのバカ王子その二が、何をやったのか、かな。


この従兄弟が自分からハイドに関わりに行くとは思えない。だってリフィはあの王子に興味なかったもんね。それよりは最初から━━……視察の…、僕の、心配をしていた……? そう、まるで何か大変なことが起こると、気にかけて…不安がっていた…。


僕は苦り切った顔色の悪いリフィを見た。ものすっごく悩んでる。うんうん唸って、眉間に深い皺を作って、嫌そうに渋々口を開いた。


「あまりに腹が立ったから、フザケンナって顔を叩いただけ。それだけだよ」


ふいっと、不機嫌な顔を逸らすリフィ。

僕がラッセルに目を向けると、困ったようにそれでも微笑ましそうに苦笑していた。……リフィの言ったことは真実だけど、それが全てじゃないってことかな?


眉間に皺を寄せているリフィを、唖然とドルマンたちが見つめていた。まぁ、王族に不敬だよね。普通なら恐れ戦いて、死刑とか考えていてもおかしくはない。━━そんな馬鹿なこと言ってきたら、バカ王子のバカな発言と振る舞いの数々をあっちこっちで面白おかしく吹聴するけど。


「でも平手の方が殴るよりは威力が半減しているから、殴ってないだけまだマシだと思うの」


━━うん、そういう問題じゃない。てか、気にするのは明らかにそこじゃないよね。王族に手をあげた。その事が問題なんだよ? ほら、ドルマンたちも「そこじゃねぇよお嬢ちゃん…」って、残念そうに肩を落としているの見えてるよね?


「若。アレは、仕方なかったって言ったんだ」

「どういうこと?」

「ラッセル!」

「自分は死ぬわけにはいかない立場で、だから逃げてきたのは、若たちを置いてきたのは仕方なかったって言いやがったんだ。だから、お嬢が怒ってひっぱたいた。死んでもいい立場の人間ってナニ?って。━━いやぁ、かっこよかったぜ、あのときのお嬢は。痺れたな」


誉められた本人は「ぐぅ…っ」と呻いて、絶賛「バカやった」って青い顔でぶつぶつ呟いて、頭抱えて落ち込んでいるけどね。

でも、そっか。僕たちのために、怒ってくれたんだ。リフィが隠したかったのは、このことか。


僕は落ち込む従兄弟を見て、自然と頬を緩めた。

彼の事情を知っていたし、僕たちが犠牲になっても仕方ないと言われたくらいで、僕たちは傷つかないから、気にしなくていいのに。


セスやドルマンたちを見ても、五人とも仕方ないなぁって生暖かい目で見てるから。むしろ、自分たちのことまで真剣に怒ってくれて、喜んでいると思うよ。

ラッセルはにやにやしてるけど、それもリフィの行動が嬉しくて、だと思う。


本来であれば、知らなかったとはいえ王子を叩いたことを叱るべきなんだろうけど、そこまで大事に思われていたことが嬉しくて、心が温かくなった。


それに言うまでもなく、従兄弟はことの重大さをわかっているようだから。……彼の素性を教えておけばよかったね。そうすれば、この従兄弟なら手をあげることもなく、ひたすら関わろうとしなかっただろうから。


リフィは微笑ましく見守る僕たちの視線に気づかず、「あのときのわたし、考えなしのバカ━……でもついやっちゃったんだよー。脊髄反射だね…って、本能で生きてる獣か!」と、落ち込んだり、仕方ないってため息ついたり、自分で突っ込んでみたり、忙しそうだった。


本人は自分の中でやってるつもりなんだろうだけど、駄々漏れだって気づいてない。ドルマンたちやセスとラッセルが笑っていた。

それから少しして、羞恥に身悶えていたリフィが、「やったもんは仕方ない」と結論づけて復活し、にこにこ見守っていた僕たちにやっと気づいた。


息を飲んで、微かに頬を赤く染めるリフィ。目線が落ち着かない。それから、意を決したように拳を握って、真剣な顔で、興奮しているのか前のめりで言ってきた。


「安心して、ケイ」

「何が?」

「バカのバカ発言は、しっかり記憶玉に記録してあるから! 文句あるなら、脅し返すよ!」

「えっ!?」


遠い目をしたラッセル以外、僕たちが目を丸くした。リフィは気づかず「本当は後でどちらに非があるか言い逃れしてきたときのための証拠と、ギルドマスターを問い詰めて締め上げるために使おうと思ってたんだけど、やっといてよかった…。どこで何があるからわからないもんだねー」と恐ろしい発言をして、しみじみと頷いた。


「本当にまさかあんなのが王子だなんて…」


鼻でふっと失笑したリフィ。━━…うん、まぁ、普通は思わないよね。その辺に気軽にゴロゴロ王族にいられたら、迷惑以外の何者でもない。

それにしても、僕の従兄弟は強くて逞しいね…。見かけは儚くて綺麗な深窓のご令嬢風なのに…。


苦笑したら、リフィが少し思い詰めたような強ばった顔をしていた。困ったように、笑う。……あ、我慢している顔だ。

そして、ようやく気がついた。従兄弟の手が拳を作っていることに。震えるのを誤魔化す彼女の無意識の癖に。


「でもあのね、ケイ」

「うん」

「もしサンルテア領に、叔父様たちや国際問題で国にまで迷惑をかけることになったら、遠慮なくわたしを切り捨ててね?」


いつも通りに笑うリフィに、僕を始め、ラッセルやセス、ドルマンたちも、息を飲んだ。




・・・***・・・(リフィ)




わたしがこれまで動いてきたのは全部、自分のため━━お母様や従兄弟がいなくなるのが嫌で、シナリオ通りにいくのが嫌で、そんな未来を回避するために、頑張ってきた。とことん自分本意で。


もし、その他大勢のために犠牲になって、その力を使ってと言われたら、答えはノー。頼り(あて)にされ過ぎるのは不相応だし、わたしは何でもできる万能な神じゃない。……だから、近くにいたあの人…父だって救えず、お母様の心を傷つけた。

わたしの能力なんて全く役に立たなかった。


必要だったのは、会話と家族の時間。それと、ほんの少し相手に踏み込んでいく勇気。

特別な力なんて必要なかった。頑張れば、誰でもできること。

わたしとお母様はそれができなかった。


だから今回、ケイを救えて本当にほっとした。

ケイを喪えば、訓練して磨いた力に意味がなかった。

最後まで守るために残った、領民優先の次期領主。素直に誇らしいと思う。


殺すよりも守る方が難しい。

ケイはわたしより多く受けてきた任務で、よく解っているだろう。

冒険者として現れたけど、彼の事情を知っていたから、身を挺してハイドを守った。

そうすることで、隣国とこの国の確執を避け、サンルテア領をも守った。


わたしはそこまでできないけど、自分の仕出かしたことの後始末は別だよね。知らなかったとはいえ、隣国の王子様(失笑)を叩いたことは事実だし。


お咎めがあるのなら、受けるのはわたし。

ただ、公人である叔父やサンルテア領やケイたち、母にまで追及の手を伸ばして巻き込み、不利益を科そうとするなら、自業自得でも自衛しますが。


そもそも彼らはギルドの冒険者として現れた。かなり強引に依頼に割り込んできた挙げ句、仕事をせずに逃げただけ。……騎士団なら懲罰ものでしょ、コレ。

サンルテアの領民が知ったら、フザケンナだよ?


はぁぁあぁ。

叩いたわたしも悪かったけどね。面倒そうだから、せっかく関わらないようにしてたのに…。ついカッとなって手が出ちゃった…。え、犯罪者の常套句? 違っ━━わなかった! わたし既に王子様に手をあげた大罪人だった!!


ついでに攻略対象者の可能性がある、最悪な展開!! まだ確定ではないことが救いだね! もう絶対、関わらないようにしよう。


まぁ、嫌われてる可能性が高いというか、きっと確実に、何だこの無礼な女、状態だよね。嫌われるなら大歓迎です!!

ここは喜んで嫌われるためにもっと暴言を……いや、死刑確実は遠慮しとこう…。

不遜な銀髪少年を思い出して、わたしは苛立ちと共に吐息した。


こうなるなら、容赦なくグーパンしとけばよかった。それだけが悔しくて、心残りかな。あの王子様の今後の更正のためにも、今からでもガツンと一発……。


「やらなくていいから」


心の声に突っ込みが入り、わたしはきょとんと顔をあげた。目の前には、顔面蒼白の従兄弟と、ラッセルとセス、そしてドルマンたち四人。


「……また、声に出てた?」


深く頷くケイたち。

………聞かれたものは仕方ないね。なんて、お気楽に考えていたら、ケイが怒ってました…。


「それと、二度と切り捨ててなんて言わないで」

「でもね?」


困ったように笑いながら言葉を紡ごうとしたら、ケイに睨まれた。……ハイ、黙りマス。


「僕に命の恩人を見捨てさせるの? そんな非道なことをして、民たちがついてくるわけないでしょ」

「命の恩人なんて大袈裟な~。たまたま、運よく間に合っただけだよ。それに、わたしに領主代行なんて勤まらないからね」

「また君は……こんな危険な場所まで助けに来ておいて、そうやって何てことないみたいに…。あのね、リフィ。助けられた僕がそう思ってるんだから、そういうことなの!」

「え、あ、ハイ?」


よくわからないまま勢いで頷いたけど、えーと…つまり、どゆこと?

わたしは首を傾げた。




・・・***・・・(ケイ)




首を傾げながら、僕の勢いにのまれて頷いたようなリフィ。それから少し黙考して、平然と言った。


「でもね、それが一番手っ取り早く解決できる方法なんだよ? ケイだってわかってるでしょ?」


当然とばかりの発言に、僕はおろか、ラッセルとセス、ドルマンたちも本気で驚いていた。……本当に、この従兄弟は…!

僕に頼るでもなく、震えてるくせに物わかりのいい子供を演じて……そうさせたのは、サンルテア領や僕や家族のためだってわかってるけど。

━━腹が立つのは仕方ないよね?


苛立ちながら「そうじゃなくて」と言葉を返そうとすると、リフィが僕を遮るように、にっこり笑った。


「それに言ったでしょ? わたしはケイを守るためにここにきたって。巻き込んで共倒れしてたら本末転倒だよ」

「それは」

「まぁ、ただで死ぬつもりも言いなりになるつもりもないから、ちょっと頑張るよ。記憶玉のやり取りを聞かせれば、どちらに非があるかは明白だし、力づくで脅して泣かせてでも王子に一筆『今回の件は罪に問わず、水に流します』と証文をとればソレを盾にして、何とかなると思うの」

「……ん?」


何か、感動しかけていたのが、突き抜けた。

ちょっと待って、リフィ。お願いだから、頑張らないで。それ生き生きとした笑顔で言うことじゃないから。


何でそこで力業…。ていうか、そのやり方って、明らかに下町で関わった裏社会の人たちの悪影響を受けているよね?

君の言動に慣れていたはずのラッセルとセス、ドルマンたちも衝撃を受けて固まっちゃったよ?


僕はラカン長老に部下を締めてもらって、従兄弟を関わらせるのを控えさせようと決意した。

そんな決意も露知らず、リフィが言葉を続けた。


「もしくは最悪、闇魔法で関係者全員の記憶を改竄して、いい感じに丸く納めようかな~……って、ナゼに皆さん肩落として深いため息をっ!?」

「……うん、ちょっとね」

「みんな仲良しだね」

「呑気にそう言えるリフィがすごいよ…」


「何だかなぁ…」と僕は苦笑した。つられたように、リフィも少しだけ笑った。だから僕は、震えていた手を拳に変えて、背中に隠したことに気づかないふりをした。


……まったく、こんなときまで軽口叩いて誤魔化そうとして。見栄っ張りな従兄弟だね。今はまだ、騙されておいてあげるよ。必死にサンルテア領や僕、伯母様たちを守ろうと気を張る君のために。リフィは頼るには頼ってくれるけど、それが誰かを巻き込むことだと、自分で動こうとする傾向があるよね。


僕や父、伯母だってそこまで弱くないんだよ、リフィ。

いざとなったら、どんな手段を使ってでも君を守るつもりでいるんだから。

僕がどうってことないと振る舞うリフィを見ていると、ドルマンが困った笑顔で言いにくそうに口を開いた。


「もしものときは、及ばずながらオレも力を貸すから、……お嬢ちゃん、そんなにあいつを責めねぇでやってくれねぇか。ハイドだって悪気があったわけじゃねぇと思うぜ」

「それは大丈夫。もう責めないよ、彼個人は。確かに王子だけど、今は冒険者でギルドの一員なんだよね。責任はギルドにとってもらうから」

「はあっ!?」


ドルマンたちが大きく口を開けて、取り乱した。けれどお構いなしに、リフィは告げる。


「ギルドが一度受けた依頼だからね。 実状はともかく、ギルドが謳っているのは自由でしょ。身分にもお金にも一切左右されず、ギルドの掟に従うのが絶対のルール。だから、王子だろうが仲間の不始末は━━慰謝料と損害賠償はクルドさんにする」


全ギルドが基本に掲げる共通の掟は、一度受けた依頼は最後まで。もう一つは仲間の不始末は所属ギルド全体の責任。だからそうなったら、ギルドがカバーする。そのリカバリーがあるから、安心して雇用主は個人の冒険者よりもギルドに依頼する。できなかったら、ギルドの信頼はがた落ちだ。

僕はしっかりした従兄弟を、微笑んで見守った。


「まさかギルドマスターがギルドの基本の掟を破らないよね。そちらの私的な理由を仕事に持ち込んだ上に任務放棄。依頼主に守ってもらったのに、置いて逃亡したなんて醜聞があるから。もちろん、このことは正式にギルド本部に抗議させてもらいます」


その通りなので何も言えずに落ち込むドルマンたち。ちょっと可哀想かな。クルドには頑張らせるとして、父とクーガにはこの四人のことをフォローしとこう。


「…ただ、こちらに知らせず、隣国に逃げ帰らなかったことだけは感謝するよ。あと、ドルマンたちがケイを守ってくれたことにも。だから、お手柔らかにって叔父様とクーガには一言、言っておくから」

「ん?」

「わたしは依頼主じゃないからね。抗議するのはサンルテア家だよ」


にこっと微笑むリフィに、ギルドの面々は疲れたように嘆息した。リフィと視線が合ったので、僕は苦笑を返しておいた。


お喋り休憩はそこまでにして、僕たちは広げた荷物を片付けた。

完全に暗くなる前に、結界玉を置いて更に北上し、野営に適した場所を探した。相変わらず移動は、寝床ごとリフィに魔法で運んでもらう。


昨日よりは傷が塞がってきたけど、動けば鈍い痛みが走る。小さい傷は消えたものの、右腕や左大腿の深手は、完治には程遠かった。数時間おきに、リフィが薬を塗って包帯を替えてくれるけど、不自由さに苛立ちが募る。


六人の中で一番軽症の僕でさえそんな状態だから、セスやドルマンたちは動くのもやっと。包帯にも血が滲んでいた。肉体的にも精神的にもここでは休まらず、朝食のときにドルマンたちだけでも邸で療養に専念するようすすめたら、まだ任務中だからと断られた。


「こんな状態で迷惑をかけているのは重々承知だが、それでも最後まで見届けさせてくれや」


ドルマンが苦笑して、でも報告するのに必要な見届け人は一人で充分だから、シダたち三人は邸に送ろうとしたら、三人にも最後まで付き合うと言われた。


結局、結界玉の結界内にいれば動けずとも問題はなく、リフィの魔力を減らす方が効率が悪いと考えて、そのまま。

せめて魔法が使えれば、動けなくても戦えたんだけど、一度限界まで使用した魔力は、戻るのに通常の倍以上の時間がかかる。


セスとドルマンたちは言うに及ばず、僕はようやく二割回復したくらい。邸で精神も肉体も休めばだいぶ違って、一晩で六割は回復しただろうけど、ここを離れられない。


遠く離れて結界を維持するよりも、近くで維持する方が楽だし、何かあればすぐに強化したり、魔物を倒したりと対処もしやすい。何より、目を離すと危なっかしいリフィがいるからね。


休んだはずなのに、顔色が優れず疲労が濃かった従兄弟は、何度か昼寝休憩をとると、少し復活した。最後の結界石を埋めるのを気にしていたけど、それよりも休んで気力体力魔力の回復に当てた方がいいと判断した。


ラッセルとアッシュも口数が少なく限界が近かったし、少し回復しても魔物に遭遇する度に、魔力も体力も削られて、これから夜になって魔物が活発になり、あのままではじり貧になるのは目に見えていた。


頭上を見上げると、夕日が空を赤く染め、山の端から闇に染まり始めていた。時間は午後五時半前くらいかな。

昼寝した休憩所から三百メートル程移動して、結界玉で結界を張り、今日はそこで夜を明かすことにした。


野営の準備を始めたリフィたち三人は、だいぶ回復しているようで、僕は胸を撫で下ろした。

幸いにも魔物の襲撃も昨日ほど頻繁ではなく、のんびり夕食を済ませることができた。


夜も深まってきた午後八時半過ぎ、デゼルから風魔法が届いた。デゼルの側にいたアルフから報告を受ける。

今日は領内で上級魔物を一体、中級魔物を三体倒したこと。


国境では二体仕留めて、こちらから魔物を出していないこと。隣国から魔物が来ることがあったものの、ギリギリで向こうの雇われた冒険者が始末したこと。それがクルドだったらしく、連絡は受けていて後日謝罪に伺うと伝言を預かったこと。


負傷者は騎士が二名、神殿の魔法使いが一名。領民の避難は終わり、領内各地の神殿や『夜』の屯所、騎士団の詰所に無事収容されて、今は逃げ遅れや取り残しがないか確認作業中であること。領内の封鎖が完了したこと。

それと、『影』が領内に五名入ったことが報告された。


「ただ『影』には魔物退治ではなく、この動乱に紛れて入り込んだ泥棒や別組織の間者の対応を任せました。我々よりも対人のやり取りが得意ですから。混乱の最中で、こちらの警戒が薄くなると踏んで、活発に動き始めたようですので」

「権限はアルフたちにリフィが委譲したからね。任せるよ。僕の代わりに、全体を見ておいて。それと、内側ならいつもは逃がしておいたけど、今回は全部捕まえて逃がさないように」


僕の指示に、アルフとデゼルが「御意」と答えた。

他国の間者は言うに及ばず、今回ばかりは、陛下たち国の密偵と他領の密偵も見逃せない。僕が大怪我をして動けないことや、リフィが僕の元に来ていることを報告されて、リフィのことを気づかれるのは困る。


今まで隠してきたし、リフィ自身もそうしてきた。引っ掛かるのは、まるでバレるのは仕方ないというような、ルワンダ神官とのやり取り。もう報告されているかもしれないし、人の口に戸はたてられないけど、僕はギリギリまで足掻いてみたいと思うんだ。


「ケイトス様。つい先程、正神殿からも応援の魔法使いが到着いたしました」


微かにリフィが反応したのがわかった。僕は微苦笑して指示を出す。


「わかった。配置は任せるよ。落ち着いたら改めてお礼に伺うけど、今はお礼状を送っておいて。━━あ、客人たちはどうしてる?」

「部屋で大人しくしております。母マースに信頼のできる者を付けさせて、四人以外は誰とも接触させないようにしました。彼らから情報を聞き出そうと近づいた者が一名いましたが、捕らえて牢に入れました。恐らくは隣国の者かと…報告は以上です」


ドルマンたちが盛大にため息をついて、頭を抱えていた。たぶん、心配した国の誰かが寄越したんだろうけど、迂闊に接触させるわけにはいかない。


「ご苦労様。また何かあったら、よろしく。デゼルも『影』の誰かと交代して休みをとるように」

「はい」


そこで通話が終了した。

気配を感じて、リフィとラッセルが立ち上がり、アッシュも体を起こした。遅れてドルマンが表情を険しくした。

僕たちのいる結界を囲むように、魔物が出没した。

どうやら簡単には休ませてもらえないらしい。

長い夜の始まりだった。



・*・*・*



三百はいる魔物の大群。

結界を少し出たラッセルが剣で切り裂き、闇の鞭で縛って絞め殺す。アッシュも地面を槍状にして串刺し、草木の蔦で動きを封じて爪で裂いた。


リフィも容赦なく、彼女専用の武器で、十数体の魔物を一纏めにしては胴体を二つに分断した。殴りかかってきた魔物を避け、炎で燃やし、背後から狙ってきた鋭い牙を剣で受け止めて、蹴り飛ばす。


まだ動けはしないけど、三割にまで回復した魔力を使い、僕は魔法で三人を援護した。最初の三百体を、一時間かけて倒し終わると、すぐに追加で二百体がやってきた。


僕の魔力は残り一割もなく、結界を維持するので精一杯。ラッセルはまだ動けるけど魔力が限界で、アッシュも残り三割。

リフィの魔力は七割、体力もまだ大丈夫とのこと。……何かもう、本当にタフで凄いね、僕の従兄弟は。


三人が黒の森側で戦闘を始めると、結界が揺らいだ。

一つ目から二つ目の結界玉に移行して、まだ一時間と少ししか経っていないのに。結界玉はまだ二つ割れただけで、残り七つは最初に用意したときのまま。

セスに結界玉を渡して、僕はゆっくり立ち上がった。


弱まっている結界の場所であるリフィたちとは反対側に左足を引きながら向かうと、上級魔物が三体、力を合わせて結界を破ろうとしていた。

リフィたちは手一杯でここの対処は無理そうだ。僕はホルスターから魔法銃を抜いて構えた。


そのときにはもう結界に皹が入り、魔法銃から魔法が放たれるのと同時に結界が壊された。正面にいた魔物一体を水圧が襲って、飲み込んだ。


「セス!」


僕は声を張り上げながら、再度引き金を引いた。同時に袖口に仕込んでいた短剣に風をまとわせて、左手でもう一体へと放つ。一体は炎に包まれ、もう一体は顔面に穴を開けて倒れた。

セスが壊した結界玉のお陰で、すぐに結界が張り直される。

魔法を放った振動で痛む右腕を押さえてほっと、気を抜いた一瞬。


「ケイ!」


頭上に影がかかった。

僕が視線を上に向けると、丁度張り直される結界の隙間から、有翼の魔物が、鋭い爪で狙いを定めて降下してきた。━━間に合わない。


そう認識した僕の前に、魔法で移動した人影が現れた。薄翠の一つに括られた長髪が翻る。見慣れた琥珀の髪飾りが月光を弾いて光った。


リフィが振り返りざまに、僕を押し倒す。咄嗟に僕も、リフィの手を自分の方に引き寄せようと左手で掴み、右手に持ったままの魔法銃を構えようとするけど、動きが鈍い。


リフィのすぐ後ろに巨大な翼の影。

僕は一瞬、血が空中に飛び散るのを想像して、ドクン、と。一際大きく心臓が跳ね、荒れ狂った。━━けれど。

広がったのは琥珀色の結界。


バチィッ、と激しい音がして、有翼の魔物が弾かれた。同時に、パリンと砕ける音と共に、琥珀の髪飾りが粉々になった。

リフィの薄翠の髪が風をはらんで広がる。


結界に弾かれた魔物が体勢を立て直したときにようやく、僕は引き金を引いた。腕が上がるのも、指先に伝令が伝わるのも、いつもより遅くて苛立つ。

有翼の魔物は、無数の風の刃に、羽も体も無惨に切り裂かれて地に落ちた。ぴくりとも動かない。


僕もリフィごと背中から地面にぶつかった。仰向けに倒れ、呻くのは堪えたけど、完治してない腕や足に刺激が加わった。

それを無視して、僕の胸に倒れ込んでいる薄翠の頭を見た。


名前を呼ぼうとして、ぐいっと襟首を掴まれ、半端に出ていた体を結界内に戻された。結界の外でキーキー叫んだり、唸る声がした。……危なかった。


僕も冷静さを失っていたようだ。

息を吐くと、視界に満天の星空が広がった。

顔を覗き込んできたセスに目を向けると、「手荒な真似してすみません、若」と謝られたので、「助かったよ」と感謝した。

リフィが身動ぎ、はっと体を起こした。


「ケイ、無事っ?」

「……何とかね」


叱ろうと思っていたのに、必死な表情に、不安そうな星色の瞳に、怒りはあっさり収まった。

僕は上半身を起こして、僕の膝の上に乗ったままの従兄弟と向かい合う。リフィは僕に怪我がないか、腕や胴体を見て、安心した顔をした。はっとして膝の上から下りる。


それから下ろされた自分の髪を見て、確認するように後頭部に手を伸ばした。一度だけ持ち主をどんな危険からも守る髪飾り。その髪飾りがないことに瞳を揺らめかせたけど、瞬きの間に隠して、困ったように微笑んだ。


「ごめん。せっかくくれた髪飾り、壊しちゃった」

「気にするのはそこじゃないよ、リフィ」


僕はため息と共に言葉を吐き出し、戸惑うリフィの白い頬に触れた。陶器みたいにまろく滑らかで触り心地がいい。それを思いっきり指で挟んで左右に引っ張った。


「ひだだだだっ! ふぇい!?」

「心臓が縮まるっていう体験を、君は僕にさせるのが本当に得意だね」

「……ふぉめんなさい」


真剣に反省したようなので、僕は指を離して両頬に両手を添えて、引っ張ったところを親指の腹で擦るように撫でた。リフィは大人しくされるがままでいる。

生きていることに、心底安堵した。


「……助けてくれてありがとう。僕のせいで壊れたようなものだし、髪飾りは気にしないで。君が無事でよかった」


頭を撫でると、怒ってないと伝わったのか、リフィも微笑み返してくれた。

結界内に戻ったラッセルが「独り身が辛い…」と嘆き、ドルマンたちが「うへぇ、胸焼けする」と苦い顔をしていた。僕がにっこり微笑んだら、ラッセルが直立不動になり、ドルマンたちは「痛い、傷が…っ」と寝床に戻った。


その後は、三人が戦闘に戻り、沸いて出てきた二百の魔物も次々と倒し、終わった頃には午後十時を回っていた。

黒の森から感じるのは今までで一番濃い障気だった。それを無意識に感じているからか、ドルマンたちは不安顔で、僕たちの傷の治りも遅く、傷が疼いた。


交代で見張りを決めて、喉を潤し、僕たちは束の間の休憩に入った。リフィが症状を看て、ドルマンたちの包帯の交換を始めても、父からの連絡は未だない。

皆が皆、疲労の色が濃かった。限界だな、と思う。

そもそも、黒の森近くに長くいる方が、体にも精神にも悪い。


「全員、ちょっといいかな」


僕は決断したことを話した。

このままでは埒が明かないので、一晩待って連絡がなければ、一旦邸に戻ること。ただ最後の結界石は埋めること。あとは僕が結界を維持して、国の決定を待つこと。

全員が「わかった」と頷いてくれた。


野営の見張りであるアッシュを残して、他は全員が寝る体制になった。

けれど、一時間も経たない内にまた起こされた。

唸るアッシュから、結界の周りに目を向けると、四方八方に無数の赤い目。上空にもある。今までにない規模の大群に囲まれていた。




・・・***・・・(リフィ)




戦闘開始から早くも一時間が過ぎた。それでもまだ結界の周りには魔物が蠢いていた。少し休めたとはいえ、ほぼ三時間以上、ぶっ通しで戦っている。

……さすがにきつい。ていうか、普段ならわたし寝てるから! 子供は寝る時間だからね!


わたしは寝不足の苛立ちを魔物にぶつけるけど、それももう限界。わたしとアッシュとラッセル、ケイの魔法のサポートで四百以上は倒したと思うけど、まだまだ沸いてきて、うじゃうじゃいる。


そんなに魔物たちに切実に言いたい。━━あのー、ちょっと休憩しませんか。もしくは一時休戦でもいいです。あ、ダメですか。次がつかえてるから早く相手しろ? くそぅ、自分たちが体力無尽蔵だからって勝手を言いやがってぇ!


あー眠い。目がしょぼしょぼする。

いつどうなるかわからないから、魔力はなるべく使わずに、わたしも魔法銃で倒していた。お陰で、魔力が六割は残ってる。省エネって大事だよね!


休憩するために結界内に戻ると、結界が揺らいで新しい結界玉が割れた。通常なら三時間もつのに、さっきから一時間に一個使用とか、それだけ周りの魔物の数が異常で、障気も異常で、魔物が結界を攻撃しているってことか。


結界玉の残りはあと六つ。

まだ予備があるけど、それも二つだけ。ここまで進むのに、魔物が抜け出さないよう三十メートルおきに、結界玉を置いてきたからね。わたしたちが来る前からケイたちもそうしていたし、休憩とか野営でも使っていた。


一時間に一個のペースなら、朝までもつけど、それってその朝まで最低でも六時間は、この魔物フィーバーが続くってことだよね。……お祭りは大好きですが、コレは楽しくないので遠慮したい。


結界の守りをカバーしようにも、これだけの魔物に囲まれて、四人でするのは無理があるよねぇ…。

結界内に戻ったラッセルに魔力はなく、体力も限界で肩で荒く呼吸していた。それはアッシュも、そしてわたしも同じ。


動悸息切れ、眠いのか少しの目眩と、発汗が半端ない…って、更年期? いやいやいや。わたしまだ七歳! なるのは早いと思うの! ……まぁ、これまで何度も命の危機に晒されているのかが不思議ですが…。わたし何かしたかなー。


わたしは乱れた髪を、ケイにもらった青緑に白い糸でレースかと見紛う繊細な刺繍が施されたリボンで、高く結び直す。

結界内の面々を見やり、つい深く息を吐いた。


皆が疲労困憊。そして、結界の外は人だかりならぬ魔物による黒山の魔物だかり。……コレ、倒しきらないと移動できなくね?

どうしようかな…。


セスやドルマンたちが見張りをかって出てくれたので、体を休めることに専念して、水分をとって毛布にくるまり、わたしは目を閉じた。



・*・*・*



「リフィ!」


体を揺すられて、わたしの意識が現実に引き戻る。

ぼんやり目を開けると、目の前には焦った従兄弟の顔。夢うつつに「どうしたの?」と訊くと、「結界が壊れるから起きて」と返答。

……へぇ、それは大変だね…。でも眠い…。結界って何だっけ? 確か、魔物とか障気を遮って、人を守ってくれる━━…ぐぅ…。


「疲れて眠いのはわかるけど、起きて! 起きないとまた頬を引っ張るよ?」


切羽詰まった苛立ちを含んだ声。

何かみょーんって、ほっぺたが引っ張られた気がした。「うぬぅ…」と、わたしは抗議もかねて、呻いた。それから薄目を開けて、不安に揺らめく闇にも似た濃緑の目が間近にあるのを見て、パチッと目を開く。


「ほわぁ?」

「よかった。ようやく起きた」

「って、近い近い」


寝起きに憂えた美貌は心臓に悪い。いや、ある意味ご馳走さまでした! はっ、違う。煩悩丸出しにしている場合じゃない。

ケイが直ぐ離れても、わたしは目を白黒させていた。ここは夢? 現実? 今まで何してた……ん? ピシピシと何か亀裂が入る音は何だろ?


きょろきょろと辺りを見て、緊迫した雰囲気の中、既に起きていた全員に、何故か残念そうに息を吐かれた。

「この状況で呑気に眠れるお嬢が凄い」とラッセル。「お嬢ちゃん、大物だな」と言うドルマンに、シダたちが深く頷いた。「基本リフィは能天気だからな」と悪口を言うアッシュ。後でもふるぞ。


わたしは歪んで揺らめく結界を見て、「何コレ?」と首を傾げたら、一斉に嘆息された。……仕方ないじゃん、昨日はよく眠れなかったし、お昼寝してもちょこちょこだし、疲れてたし、寝る子は育つんだよ?


結界玉を見ると、八つ割れていて、残りは一つ。

わたしは息を飲んで、ポシェットから懐中時計を取り出した。時刻は午前零時二十二分。休憩してまだ一時間も経ってないよ。三十分以上は休めたけど。


自分でも不機嫌な顔になるのがわかった。……この魔物ども、かなり結界を壊してくれたね!

これ一つ作るの大変なんだよ!? おまけにわたしの安眠妨害!!


「魔物ツブス」

「リフィ、目が据わってる。状況を理解してくれて何よりだけど、一旦落ち着こうか」


そんなことを話している間に、結界が大きく歪んで、割れた。セスが結界玉を踏み潰して割ると、すかさず新しい結界ができた。……最後の結界玉。順調に三時間消費してからじゃないと、連鎖で割れないから……この辺は次回の製作における改善ポイントだね。


「リフィ、この状況で何を考えてるのかな?」

「……もちろん、この状況をどう切り抜けるかだよ?」


もしかしなくても、かなりヤバイ。

休む前に結界を取り囲む魔物の数を減らしたのに。始め八百体いたのに比べればマシだけど、何故か増えてる。今は六百かな。


結界破れたら、一斉に襲われて万事休す。かといって、ここから逃げてもケイの結界を壊されたら、領内に魔物が溢れ出す。確実に言えるのは、どちらの結界も壊されるだろうってこと。


わたしの魔力は七割と少し。ケイは二割くらいかな。ラッセルは一割。アッシュは三割。

動けるのは変わらず、わたしとアッシュ、ラッセルのみ。確実に死に近いこの場面で誰も取り乱してないのが、救い。

リーダーであるケイに視線が集中した。


「……逃げよう。邸に戻って体勢を立て直す。リフィ」

「大丈夫。全員、移動できるよ」

「そう。それじゃ、よろしく」

「待って。ケイもだよね。国のために尽くしたと証明する体裁のために、一人でここに残らないよね。まだ何も国から指示がないのに勝手なことをしたって後で非難されるのを避けるために残ったり、命をかけてこの結界だけを死守しようとか考えてたら、殴るよ」


精霊魔法にも、命をかけて嘆願し、精霊に願いを聞いてもらう胸くそ悪い魔法がある。それを使えば、ケイの張ってる結界から魔物が一掃されるまで、光の精霊が叶えてくれる。特にケイは精霊たちに気に入られているから。必ず果たされると思う。

━━でもそんなの、クソ食らえ。


「まだお説教足りない?  そんなのわたしが許しません」

睨みつけたら、困ったように笑われた。

可愛い笑顔だからって誤魔化されないよ。いくら領民を守るためでもダメなものはダメ!


そうしている間にも、結界を攻撃する魔物が多くて、結界に亀裂ができた。……ちょっとお行儀よく待ってなさい。今、大事な話中なの!

大きく揺れた結界を見て、ケイが聞き分けのない幼子をあやすように微笑む。


「リフィ」

「イヤ。じゃあ、直系のわたしが代わりに残るって言ったら」

「━━怒るよ」

「だから、わたしも怒ってるの。ケイがそんなことを言うから!!」


ケイが目を丸くした。

ラッセルとセス、ドルマンたちが説得にかかる。結界がまたもや揺れた。


「若、オレもお嬢に賛成だぜ」

「オレもです」

「オレらもお嬢ちゃんに賛成」

「ケイ、諦めろ。結局お前はリフィに甘いんだから」


アッシュがわたしとケイが口論する間に来て、両者を見上げるようにお座りした。ケイが困惑した。


「さすがアッシュ、もっと言ってやって!! ━━でもさっき悪口言われたの忘れてないので、もふります」


アッシュが慌てて逃げようとしたので、捕まえてわしゃわしゃ撫でて、アッシュの苦手なツボを押すと、こてんと横になった。多少獣臭いけど、ふわふわの毛並みは健在で、わたしは癒される至福の心地に満足。そんなわたしを見ながらアッシュが一言。


「この場面でよくも……お、恐ろしい女だな、お前は…」

「女じゃないよ、女の子!」

「気にするのそこ!?」


何故か総ツッコミが入りました。

大事なとこだと思うのに…。首を傾げたら、男性たちから嘆息されて、少し笑われた。

強ばりが溶けたようで何よりだけど、わたしは大事なことを思い出して、従兄弟の説得に取りかかる。


「それにケイ、約束したでしょ」

「約束?」

「そうだよ! 戻ったら女装…」

「ごめん。やっぱり帰りたくなくなってきた」

「何で! お母様やメイリンも楽しみに待ってるのに!?」

「何でかな…余計に戻りたくなくなってきた……」


儚く今にも消えてしまいそうなケイ。……おかしいな、明るく楽しい未来を語って聞かせたのに…。

憐れみのこもった眼差しで、ラッセルに肩を叩かれた。


「お嬢、頼むからこれ以上、若の戻る気を削ぐのはやめてくれ」

「えぇっ、わたし!? まさかのわたしが阻害してるパターン!?」


あまりの衝撃に落ち込むと、ケイによしよしと慰められ、困った子という生暖かい目で見られた。「仕方ないな…」と苦笑する従兄弟どの。


「目が離せないからね。戻るよ」


ふほぉぉおぉ!! 説得成功!? やった、美少女! 写真撮り放題っ!


小躍りして、喜びかけたら━━九つ目の結界が、割れた。

そうでした。呑気に笑っている場合じゃありませんでした。



お疲れさまでした。


シリアスなのに、決まらない主人公たちでした。

次で戦闘は終わる予定です。

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