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21, 7才 ⑧

二万三千字を越えました。

よく分からないテンションです…。


・・・***・・・(ケイ)




「よくもわたしに、領主代行なんて面倒なものを無理やり押し付けてくれたね!! この非常事態に、デイビットやアルフじゃなく、初めてここに来たわたしに権限を預けるとかナニ考えてるの? 普通におかしいでしょ! わたしが従兄弟大好きで、イイヒトだからよかったものの、もし普段こんな権限もらったら━━領内のおいしいもの献上するように言っていたからね!?」


怒る従兄弟が僕に文句(?)を言いながら、次々と魔物を屠っていく。

リフィの周りには常に六属性の魔法が展開されており、彼女の意思の通り、変幻自在に盾にも攻撃にもなり、魔物は一度も近づけないままに霧散し、上級魔物は肉の塊と化していった。


その様子を、リフィが持ってきた厚めの敷物の上で仰臥ぎょうがしながら、僕は見ていた。掛布がずれたので直せば、すかさず動くなというような鋭い視線が飛んできた。まだ怒りが冷めやらないらしい。


リフィ、ラッセル、アッシュが助っ人に来てから、かれこれ二時間近く経つ。

助かったと安堵したのも束の間。リフィに大音声でバカと罵られ、涙目で叱られた。そんな風に怒鳴られたのも、怒られたのも初めてで、僕は新鮮な気持ちになった。任務でも何でも、いつでも死ぬ覚悟をしていた。だから、自分が助かって喜んでいることをちょっと意外に思い、驚いた。


「挙げ句、あの二人を逃がして、わたしを残して守ろうとして、本当にナニかっこつけてんの。それで自分が死にかけてるとかふざけてるの? それで守られても嬉しくないからね!?」


魔物の襲撃も続いていたけど、言葉を変え、声音を変え、リフィのお説教も続いていた。始めは物珍しくて聞いていたけど、さすがに飽きてきたかな。だって要約すると、僕を心配して気遣ってるだけだから。


それでいて、僕が心配しないように、どんな指示を出して皆がどう動いているかを教えてくれた。僕が望んだ通り、民を守ることを優先してくれていたことには、嬉しくなった。━━やっぱり思った通り、リフィは僕の意を汲んで動いてくれたって。


つい頬を緩ませたら、不機嫌な顔をされたけど。

でも、僕だって少し不満なんだよ。どうして大人しく残って守られていてくれなかったのかな。命令違反だとラッセルを軽く睨んだら、リフィにラッセルとの間に入られて、にっこり笑って言われた。

「わたしは部下でも使用人でもないから、ケイの命令に従う義務はない」って。


唖然とした。

そんな僕を見て、ラッセルも驚いていたけど、衝撃を受けた僕はそれどころじゃなかった。

「ここに来たのは自己責任。わたしの我が儘だから、ラッセルたちを責めるのはお門違いだからね」と釘も刺された。


ついでにリフィを守るために残した裏の思惑も当てられて、僕は更に驚かされた。まさか、そこまで読まれるとは思わなかった。いい意味で予想が裏切られた。


「次の領主として周りが認めて頼りにしているのは、わたしじゃなくてケイなんだよ。領民や周りの人にとって、あなたの代わりはいないんだから。ケイがいなくなる方が皆が困って、無責任なんだからね!?」


真剣に怒られた。そのことに、感動して嬉しくなった。少なくともこの従兄弟は、僕を大事に思ってくれているらしい。こんな危険な場所まで駆けつけてくれるくらいに。



・*・*・*



今から約二時間前。

僕たちを助けたリフィは、ラッセルとアッシュに辺りを警戒させて、僕たち六人の治療にあたった。光魔法で結界内の浄化と治癒の力を高め、恐怖と緊張に震える冷たい手で、重傷で気を失っているギルドの四人をドルマンから順にてきぱきと、シダ、レク、ロムの怪我を看た。怒った不機嫌な低い声で、僕に説教しながら。


さすがに隠れ名医のソールを師事し、過激な任務にも慣れただけあって、大量の血にも深く醜い傷にも、卒倒することなく真剣な表情で、痛そうに最低限の浄化魔法をかけていた。


障気に侵された傷は、まず浄化して障気を消し去ってからでないと、完全に治ることはない。少しでも障気が体内に残れば、傷口が塞がらず、じわりじわりと肉や骨を腐らせ、人体に悪影響を与える。そして、障気が体内に入り込んでから、浄化治療までの時間が空くほど治りが遅く、強力な癒しの力でも一瞬で傷を塞ぐには至らない。完治までに時間がかかる。

一先ずリフィは、時間が経った無数の深い傷を看て、僕たちの傷口から障気を取り除いていった。


四ヶ所目に結界石を埋めて襲撃されたのが、午後六時頃。ヴァンフォーレたちが屋敷に戻るのに、最短でも二時間以上かかるから、それから話を聞いて指示を出して……治療開始は九時近い。怪我してから三時間は経過していた。


僕はギリギリだったと思う。

殺されかけたこともだけど、障気が侵入してから四時間が過ぎれば、一般的に細胞から壊死していく。今回は傷が深いから、四時間も経たずにダメになっただろう。

普通の光魔法の使い手では、こんな時間ギリギリでは浄化しても侵食を完全には防げなくて、最悪、怪我した場所から手足を切って、それ以上の障気の侵入を防ぐしかなかった。


リフィがいて、よかったと思う。リフィくらい魔力があって光魔法に長けていなければ、僕たち六人は体の一部を失っていたかもしれない。


僕は感謝すると同時に、感心してもいた。僕が言うまでもなく、リフィは必要最低限の魔法で治療してくれた。これから、ますます魔物が襲ってきて、力が必要になる。それを計算して僕たちを助けてくれた。


浄化し終えて、ドルマンたちやセスも意識を取り戻した。完全に傷が塞がらず、だいぶ出血しているので、絶対安静、それ以上動けば死ぬと、治癒魔法を行使するリフィに脅された。


徐々に傷が塞がっていくけど、やっぱり完全には閉じない。あとは僕たち自身の本来の治癒力で、時間をかけて塞がるのを待つしかない。五体満足で、命があっただけありがたいと思う。

大人しくなった僕たちに、リフィが言った。


「とりあえず全員、全部脱いで下着だけになって」

「え…?」

「いや、そんなっ」

「心の準備が…」

「お嬢ちゃん、一体ナニを!?」


ドルマンたちが頬をポッと染めて、狼狽えた。きょとんとしたリフィが、その様子を見て頬を強ばらせ、気色の悪いものを見る目になり、極寒の吹雪のような声で淡々と告げた。


「怪我の手当てしなくていいのなら、そのまま放置するよ? また傷口から入った障気に侵食されて、内側の骨肉から腐り落ちていくけど、それでもいいなら」

「わー、待ったお嬢ちゃんっ!」

「すみません!」

「な、治してくださいっ」

「お願いします!!」


蒼白になったドルマンたちが、怯えて震えながら懇願した。慌ててワタワタ動きだしたせいで、「痛いっ」と呻いたり、叫んだりしながら、穴だらけで血や土で汚れたボロボロの服を慎重に脱いでいく。その間にリフィはポシェットの中から、大人用の新しい男性服や、清潔な布、水に傷薬や包帯を取り出した。


リフィが厚い布を敷き、その上に病人を寝かせる。

傷が酷かったドルマンから体を清拭し、傷口を看て薬を塗り込み、包帯を巻いたあとに、光魔法で自己治癒力の活性化と、障気が入り込まないようにしていた。

手際よく、打撲痕にも他の傷にも薬を使い分けて治療し、水と痛み止めの丸薬、服と毛布を渡して次の患者へと移る。


四人とセスの治療を終えて、最後に僕に治療を施すリフィ。それを見ながら、傷が痛まないようゆっくり着替えたドルマンたちが、複雑な顔で口を開いた。


「……随分と手慣れてるんだな、お嬢ちゃん。こんな傷や血にも平気で。……おまけに男の体を見ても、顔色ひとつ変えず平然と触って……って包帯?」

「セクハラっ!」

「わかった、悪かった。だから、包帯をピンポイントで投げてくるのやめてくれ!」


リフィが包帯を投げるのをやめて、僕の治療に戻った。

確かに怪我の手当ての練習したいから協力してと言われて、服を脱いで包帯を巻いてもらったり、患部を冷やされたり、薬を塗られたり……始めは『影』たちも僕も恥ずかしかったけど、まぁ、慣れたよね。今では訓練や任務で怪我する度に、ソール先生やリフィの薬にお世話になっている。


「いちいち恥ずかしがっていたら、治療できないじゃない」と改めて指摘されたリフィが僅かに頬を染めながら、恥ずかしいのを誤魔化すように文句を言いつつ、ドルマンから返してもらった包帯を僕の腕に巻いて、光魔法をかけた。


僕は苦笑して、たぶん理想のお嬢様との相違に衝撃を受けたドルマンたちに、リフィが下町の先生のもとで助手をしながら、薬を学んで、荒くれ者共を治療していることを説明した。

すると、「だから変な俗語を知っていて、力業解決が先に出てくるのか」と妙に納得するドルマンたち。僕は僕で、渡された着替え困惑していると、怒ったリフィによるお説教が幕を開けたんだよね。



・*・*・*



魔物を倒しつつ、リフィからお説教を聞くこと二時間以上。もう真夜中近い。

今でも続くお話に、月を見上げながら僕が現実逃避していると、「ちょっとケイ、聞いてるの? ちゃんと反省してる? 何でわたしが怒ってるのか、理解してる?」とすかさず、従兄弟から声が飛んできた。


そうだね。耳にタコができそうなくらいには、もう充分聞いたよ。始めは本気で怒る姿を久しぶりに見たなんて、呑気に思っていたけど。


「わかってるよ。僕が代理の重い権限を一般人の君に渡した挙げ句、勝手に役割を押し付けて、領民やマースたちを支えてもらおうと画策したから」

「それもだけど、それだけじゃないよ」


リフィがあらかた魔物の群れを片づけて、僕たちを振り返った。


「頼ってって言っていたのに、ケイは、全然わたしのこと頼ってくれなかったでしょ。それってわたしが信頼できなかったから?」

「……え」

「わたし、最初に会ったとき言ったよね。望む未来のために力がほしいって。それは家族や友逹が笑っていられるようにするためって」


怒りつつも、少し悲しげな様子のリフィに、僕は思わず上半身を起こした。


「わたしが訓練を頑張ってきたのは、何かあったときに大事な人たちを守りたいから。━━わたしが今ここにいるのは、ケイを守るためだよ。守られるためにノコノコ出張ってきたんじゃない。今度こそ守るためにいるの」


僕は気圧されたように、息を飲んだ。

星色の瞳は、まっすぐ射ぬくように僕を見ていて、ぶれなかった。それを呑気に綺麗だなと感じ、思い出す。━━確かに、そう言っていたね。頼ってとも、これまでに何度も言われた。


あの頃よりも強く成長した従兄弟を感慨深く見て、その背後の黒の森から出てきた上級魔物に、僕ははっとした。

声をかけようとして、リフィが振り返らず、腕を横に一閃した。二足歩行の上級魔物の体に五本線がひかれて、体がズレだした。そのまま輪切りになって、紫の体液を流す。……うん、確かに強くなったよね…。


僕は青ざめながらも驚愕するドルマンたちを見やり、苦笑した。従兄弟の能力の高さが知られてしまったのは今更だけど、僕たちが守るばかりじゃなく、こうして守ってもらう程、リフィは強くなった。━━僕の認識が間違っていたのかな…。


以前、ラカン長老に言われた『執着』という言葉をまた思い出す。僕が守らなくちゃと思っていたし、今も気持ちに変わりはないけど。無意識に、守られる存在として閉じ込めておきたかったのかもしれない。そんなことを思った。




・・・***・・・(リフィ)




わたしの声は、言葉は伝わってなかったのかと、少し残念に思った。……でも、仕方ないかなぁ。わたしが優秀な従兄弟に、あれこれ頼っていたことも原因の一つだから。むしろ頼ってばかりというか、色々とフォローしてもらっていた気が…。よし、これからは頑張って、この従兄弟がどどんと頼れる人を目指そう!


呆気にとられているケイたちから、わたしは黒の森に向き直った。しつこい魔物たちを、八つ当たりもかねて片付けていく。

両手にはめた爪先が鋭く尖った手甲を前に出して、爪先から伸びる極細の鉄鋼の糸を操った。


わたしの意に従って、糸が木陰に隠れた魔物を木に縛り付けた。中指を握り込むように軽く引くと、黒の森の木ごと魔物が簡単に切断された。木が倒れて、轟音と共に土煙があがる。


ちなみに今わたしが使っているのは、わたしが作った専用の武器で、切ろうと思ったものは糸に触れただけで何でも切れるし、切らないと思ったものは何かに巻き付けても絶対切れない伸縮自在で思い通りに動くとても便利な武器。軽くて使いやすいので重宝してます。━━わたしが動かなくても、糸が勝手に動いて殲滅とか、楽でいいよね! 本日も安定の怠惰さを発揮していますが、何か。

わたしは、少し黒の森に近づいて新な獲物を探した。


静寂する森に響く、魔物の息遣いとラッセルやアッシュの戦闘音。それが収まれば聞こえるのは、次の魔物を狩ろうと走る鉄鋼の糸の風切り音だけ。わたしの操る糸は縦横無尽に駆け巡り、木ごと魔物を切断しては、ラッセルやアッシュという味方を傷つけることなく、魔物だけを葬っていた。


魔物が黒の森に退いていくのを見届けて、わたしはラッセルとアッシュを伴い、辺りを歩いて模様が描かれた目印の木を見つけた。そこにケイに渡された結界石を埋めて息を吐く。これで、二十ヶ所目だ。辺りの結界が強化されたのがわかる。


ケイは、少しでも被害を減らすために、予備に持っていた石を埋めて結界を強化するんじゃないか。そう思ったわたしの読みは当たっていた。襲撃があった場所から少し北上した場所に六人はいて、死にかけていた。


あのときは頭の中が真っ白になって、気づいたら魔法を使って辺り一帯の魔物に浄化の光をぶつけていた。つい力の限り一掃しちゃって、ラッセルとアッシュがあんぐり口を開けていた。……無意識って怖いデスネ…。とにかく、ケイたちと再会できてよかったと喜びと安堵を噛み締めました。


それにしても、ケイたちのいた場所まで、結界玉が連鎖で置かれていたことには、驚いた。結界玉の範囲内である三十メートルごとに置かかれていて、魔物が自分たちが通ったあとから抜け出せないようにしていた。本当にこの領地にいる人たちは幸せ者だなぁ、なんて思ったよ。


結界内に戻ると、上半身を起こした六人に出迎えられた。絶対安静って言い渡しておいたのに。魔物の襲撃も一段落したし、強制的に眠らせるか、やっぱり邸に戻して休ませようかな。


「それはダメ。僕は戻らないからね」


また無意識に唇を動かしていたらしい。

シャツを着込んだ従兄弟とわたしが睨み合い、わたしはにっこり笑った。


「聞く義理はないよ」


顔を逸らすと、「リフィ」と咎めるようなケイの声。わたしだってまだ怒ってるよ。早く安全な場所にいてほしいのに、魔物を倒しながらもケイたちを丸ごと邸に移動させようとしたら、その魔法を少し魔力が回復したケイに破られた。

「まだ視察が終わってない」って、真面目か!

緊急事態だから!!


でも、この従兄弟は納得しなかった。

それなら余計にこの状況を何とかしないと戻れないって。叔父様から連絡が来るまでは食い止めないと、って、この頑固者ー!

わたしの苦手な移動魔法を使おうとする度に、邪魔してきてお説教も何のその。涼しい顔で流してくれて。未だに移動させられない。


そして今回は従兄弟の粘り勝ち。

さすがに六人を転移させる魔法を使う余力が、なくなってきた。上級光魔法で治療に当たって、四桁に届く魔物と戦闘をぶっ続け、移動魔法は従兄弟に阻まれ、結界石を埋める場所まで六人を守りつつ、移動してきた。……おかしいな…。何でわたしが味方に邪魔されてるんでしょう?


コレは嫌がっても無理くり全員で邸に移動して、あとよろしくとアルフたちに丸投げして任せればよかった!?

そう思っていたら、すかさず返答があった。


「そんなことしたら、僕は一人で馬を駆ってでもここに戻るよ?」

「わかってるよ。だからケイが無理して戦わないよう見張って、代わりに戦ってるんでしょ! ━━って、だから何で助けた味方にワガママ言われて付き合ってんの、わたし!?」

「うん、ありがとう」

「さらりとお礼言うところがまた、ムカつくー!」

「だって僕がここを動かないのをわかっていて、君は助けに来てくれたんでしょ?」

「素敵笑顔で言うところがなおムカつく」


わたしはぷるぷると拳を握って振り上げて、……負けました。ええ、殴れませんでしたよ、こんちくしょう。何ですかその満面の笑顔は。絶対確信犯だ、この従兄弟!

お母様、メイリン。ケイにいいように遊ばれて転がされました…。しくしく。帰ったらそう報告してやる…!


「ちょっと待ってリフィ。それ語弊があるよね!? メイリンと伯母様が冷ややかに怒るから、それを言うのはやめようか」

「そんなの知りませんー。ついでに叔父様とクーガにも、ご令嬢を惑わせて従兄弟がぐさりと刺されないようにって忠告しておきますー」


けっ、とヤサグレルわたし。

ケイが楽しそうに眉を八の字にして笑い、唖然としていたドルマンたちやラッセルとセスが笑いを堪え、アッシュが呆れていた。━━笑ってる場合じゃないんですが!? 物凄く緊迫した状況ってわかってる!?


「とにかく、わたしがケイの代わりにここで魔物を食い止めておけば問題ないでしょ? だから、大人しく戻ってよ」

「それはダメ、戻らないって言ったよ。大事な従兄弟を残して戻れるわけないよね?」

「━━くぅっ!」


なんて凶悪なまでに素敵なお言葉!

嬉しいけど、それは困る! 少しでも魔物の側から離れさせて、ケイの死亡フラグを木っ端微塵に粉砕したいのに……!!

わたしは思考を巡らせる。


いや、待てよ。もしかして邸に送ったら、そこに結界抜け出した魔物が現れて……いやいや、邸にある結界で魔物は通れない…けど、或いは……? もしくは、弱っているケイに好機とばかりに血統至上主義な方々が魔物に襲われたと見せかけて、なんてことも……!?

あーもー、何て厄介な!!


邸も安全じゃないとか…何ですかコレ。

アルフやマースがいたって、ずっと側にいるわけじゃないし、マシューもセスも怪我人。デゼルも忙しいし、ケイが自分の護衛はいいからと言って離しそう。ラッセルは…わたしの側にって絶対残しそうだし…アッシュにも同じこと言いそう。

━━従兄弟がわたしの邪魔をするまさかの状況!?


頭を抱えて、ない知恵を必死に絞っていると、また魔物の襲撃が。あんたたちまでわたしの邪魔するの? って、魔物だから当然か。待ったなしかよ。

苛立って仕方なかったので、炎の特大魔法で黒の森の境にある木々ごと燃やした。━━ふぅ、いい仕事した。さーて、場所移動しよ。


わたしは考え事をしながら、六人の敷布を浮かせて、北上する。結界玉で、私たちが去ったあとに魔物が抜け出せないようにしながら進んで、野営に適した場所で、ちょっと休憩。敷布を下ろし、すぐに焚き火を付けた。


「何か悩んでるなら、僕が相談にのろうか」

「悩ませている張本人が言うな」

「それなら僕から一ついいかな」

「なに?」

「そろそろ僕にも服をくれない?」

「? 渡したよね?」

「そうだね。この青いスカートをね!」


おやおや。畳まれた青いスカートを差し出しながら、従兄弟どのが笑顔で怒っております。

わたしは淑女の仮面を被り、おっとり頬に手をあてて「あら」と微笑み返した。せっかく持ってきたのに、まだ着てなかったのか。毛布の下はパンツ一丁ですか。


シャツは着たのに、スカートははかないんだね。残念。きっと似合うから、もう観念してはけばいいのに。相変わらず頑固だね。

ケイがじとっと半眼で、わたしを見てきた。


「リフィ。何で僕のだけ用意した服がスカートなのかな? 悪意を感じるのは気のせい? ていうか明らかに君が着せたいだけだよね!?」

「気のせいだよ。嫌がら…げふんごほん。たまたま、ついうっかり忘れて…。きっとわたしも突然のことに混乱してたんだね」

「……へぇーそうなんだ」

「そうなの。だから申し訳ないけど、それを着てね? それとも邸に送り返すから着替えてくる?」


ここで邸に送り返したら、一緒に行って部屋に閉じ込める結界を張ろう。デゼルやアルフ、マースにザイーダといったわたしが許可した人以外入れず、ケイが出られない強い結界を。強制的に守られる気分を味わえばいいんだー。

ジト目のケイと、笑顔のわたし。


見ていたラッセルが「若に嫌がらせとか…お嬢は怖いもの知らずだな。つえー」と呟き、「若にそんなことできるのも、若が許すのもお嬢だけだな」とセス。……外野、うるさい。嫌がらせじゃなくて、うっかりって言ったでしょーが。


ケイがふぅっと息を吐き、弱々しい控えめな笑顔を浮かべた。━━その表情も愛らしいですね! ぜひ写真に……って、いかん。騙されるなわたし!

するとケイが悲しげに目を伏せた。……憂い顔も綺麗で、超絶かわいい…っ!


「リフィ、君が怒ってるのはよくわかったよ。それで、僕が女装して謝ったら、その怒りは解けるのかな?」

「ついでに写真を撮らせてくれたら」


はっとして、口を閉ざすのが遅かった…。ケイがニコッと微笑んでました……。アッシュがはふーってため息を吐いて、関係ないとばかりにそっぽ向く。


「やっぱり最初から僕に着せるのが目的だったのか。嫌がらせだって認めたよね、リフィ」


仕方ない、開き直るか。

わたしはムスっとした顔で、答えた。我ながらプライド高くて可愛くないお子様で。


「そりゃ、あんなに頼ってねって言ったのに、全然信じてくれなかったからね。マシューへの伝言でも、代理として残すんじゃなくて、力を貸してって言ってくれたら…」

「言ったら…?」

「━━助けにきたよ。ケイと肩を並べて戦って、わたしの全力で、ケイのお願いを叶えた。民を守りたいって言われたら喜んで力を貸したし、この状況をどうにかしてって言われたら頑張って何とかしたのに」


そう言ったら、ケイが息を飲んだ。

ついでにラッセルが、いやいやいや、と手を振って口を開く。


「お嬢が張りきって全力で頑張ったら、とんでもないことになってた気がする。それで残念な結果に」

「ラッセルうるさい」


ケイの言葉にセスが「すみません、ラッセルさん」とラッセルの口を手で塞いだ。

わたしは吐息した。

……はぁ、もういいかな。怒るのも、意地はるのも疲れたし、ケイたちは無事だったし。時間が経つにつれて、怒った自分の態度に、後悔ばかりが出てくるし。


「リフィ、ごめん。信頼してなかったわけじゃなくて」

「わかってる。わたしは守る対象だったんでしょ。お母様やメイリンのところに無事に返そうとしてくれたんだよね」


わたしは苦笑した。でもねケイ、わたしを甘く見ないで。今は守られているけど、これだけは言っておかなくちゃ。


「ケイ、覚えておいてね。あのときのわたしの言葉に嘘はないよ。もしケイがピンチで助けてって言ってきたら、わたしはきっと、どんな手を使ってでも、全力で助けるよ」


あの人……お父様を守れなかったときに、ケイとお母様だけは絶対に助けるって、そう決めたからね。

お母様やケイやメイリン、叔父様。クーガにサリーに、カルドたち。大事な人たちくらいは守りたいって思うよ。


権力者にわたしの力がバレて狙われたら厄介だから、わたしが誰かを守れる力なんて微々たるものかもしれないけど、それでも力になりたいとは思うんだよ。


「なので今回の件は、ケイが女装して謝ってくれたら水に流します!」

「感動しかけて損したよ。何でここで決まらないというか、残念なのかな」

「だいぶ手心加えて割り引いたんだよ?」

「どこが? 病人にその仕打ちはあんまりじゃないかな」

「まさかここで正論を言われるとは…っ!」


わたしは怯んだ。

ここは誰かを味方に引き入れて、ノリで押し返すしかない!

けれど、『影』とギルドは雇い主のケイの味方だし……。


「そもそも僕が女装して、誰が喜ぶの? 誰得?」

「わたしの自己満足」

「堂々と言い切ったね…」

「お母様やメイリンにも見せるから、大丈夫。きっとケイ用のドレスも作ってくれるよ? あとはサリーにも」

「やめようか。そして絶対しない。大丈夫な要素がどこにも無さすぎる! 僕の葬りたい黒歴史にしかならないから」


戦々恐々とするケイに、わたしはそうかなぁと首を傾げた。美人さんなのに…。


「あのときはヤンチャだったなー、で」

「すまないよね? 貴族にばれたら、とんでもないことになるから。社交界いられないから!」

「ばれたら握り潰すための『影』でしょう?」

「違うからね? そんなことのために『影』がいる訳じゃないよ」


ぐったりしたケイに、怒りの落としどころがなくて困り顔のわたし。

ドルマンたちは唖然としていたけど、今では口に手をあてて俯いたり、枕に顔を埋めてバンバン地面叩いたり、顔を逸らして震えていたり……ナゼか大ウケしていた。

ラッセルとセスも徐々に体を背けて、肩を震わせていた。ケイがそんな彼らをじろりとめつけた。

わたしは、一人で関係ないって顔してるアッシュを、巻き込むことにした。


「アッシュは賛成? それとも反対?」

「ケイの意見に賛成だ。ケイまでオモチャにして遊ぶのはやめろ」

「アッシュ…」


お座りして呆れた様子のアッシュに、ケイが安堵したように微笑んだ。


「でも、ケイも着てくれたら、この前のアッシュと同じというか、お揃いになるというか」

「リフィに賛成だ」

「アッシュ…?」


意見を翻したアッシュに、ケイが黒い笑顔で脅しかけた。

わたしは、よっしゃ! と、拳を握る。

アッシュが「すまない…だが仲間ができるのなら! ……愚痴は聞くぞ」と申し訳なさが半分、仲間ができる嬉しさが半分といった複雑な表情。


「ケイトスが押されるとは、やるなお嬢ちゃん」とドルマンから応援が! ふっふっふ。もちろん、今回はばっちりカメラ装備で美人な従兄弟を撮りまくるから!


「やらないよ。僕はやらないからね? 断固拒否するから」

「そのスカートはくだけでいいから、お願いケイ」


小首を傾げて、無邪気ににっこり。少し困った八の字眉、顔の側で両手を合わせた。多少あざとかろうが、美少女姿が手に入るなら…! 自分で自分に気持ち悪いと衝撃を受けても、貴重な美少女写真のためなら! 使えるものは使います!!


ケイが青いスカートを見て、お願いするわたし、アッシュやラッセル、セス、ドルマンたちを見て、困惑していた。嘆息する。……手強い。


「僕じゃなくて、どうして他の人にはすすめないの? カルドとかアランとか、サイラスとか他にもいるよね」

「……従兄弟で頼みやすくて、美人だから。カルドは気持ち悪そうだし……いや、意外に可愛いげあるように見えるかも。うん、次はカルドにお願いしてみよう! アランさんはね、お願いしたら困って渋っていたけど、この前、ようやく了承してくれて」

「えっ、したの?」

「うん、きっと美人で優しいお姉様風になると思うの。代わりに、今度プレゼントした服を綺麗に着込んで、アランさんの誕生日パーティーに出席して、苦手な親戚への挨拶につきあってほしいって頼まれたから、いいよって」

「━━言ったのっ!?」

「マジかよ、お嬢!」


驚くケイと、愕然とするラッセル。セスも呆然として、ドルマンたちもアワアワしていた。


「うん。言ったんだけどね、あとでやっぱり、それはズルいからいいってアランさんに言われたから、アランさんの選んだ服で参加だけすることになったよ。側で見守るくらい気にしなくていいのにね」


ほっとするドルマンたちに、ラッセルが「あっぶねー」と呟き、セスが「良心ある子でよかった」と胸を撫で下ろしていた。うん、アランさんは時々、めっちゃわたしを褒め称えてくるけど、基本はいいお兄さんだよ。

そう言ったら、ラッセルに頭を撫でられ、アッシュに、はふーって息を吐かれた。


「それでケイ」

「………やったら、機嫌直る?」

「もちろん! チョロいよ」

「……自分から宣言する人初めて見た。他に何か特典つけてくれる?」

「え……おやつをあげるとか?」


……何故か、全員から生暖かい目で見られました。何ですか、この空気。この子は仕方ないなぁ、みたいな…わたしからおやつを取り上げたら、凶暴化シマスヨ?


「あとで何かお願いするから、それを叶える、は?」

「わたしにできる許容範囲なら……?」


裏がありそうで警戒しながら返すと、ケイがやや呆れ、「それでいいよ」と苦笑した。では、取引成立ですね! 女装してくれるんだよね! ━━やったぁぁあ! ついに、ようやく勝ち取りましたー! ここまで長かった、本当に長かった……っ!


心の中で両の拳を突き上げて、やりきったチャンピオン気分を味わうわたし。紙吹雪が舞っているよ。


「ただし今ここでじゃなく、すべきことが終わって、帰って安全なところでね。だから、普通の服を出して」

「期待させておいて落とすとか……オニだ…鬼畜だ…」

「リフィ。何か言った?」

「いいえ、何も」


わたしは微笑んで、渋々、ケイのズボンを渡して、元々わたしの着替え用の青いスカートをしまった。ケイが毛布の下で、ガサゴソと動くと、シャツに黒いズボン姿の凛々しい従兄弟どの。……器用ですね。

そうして、一応話し合いが終了したら、また魔物の大群が黒の森とは反対側から、わらわらと出てきた。……お仕事の時間だ…。


「ラッセルとアッシュは休んでて。二人とも魔力がすかすかでしょ。このくらいなら、わたしだけで何とかなるから。今日はもうここで朝まで待機だよね。最初はわたしが寝ずの番するから、あとで交代してね」


わたしが立ち上がると、心配する従兄弟がこちらを見上げてきた。ラッセルたちも不安顔。わたしは、「大丈夫」と、いつも通り微笑んで、両手に手甲をはめた。



・*・*・*



白々とした明けの空から射し込む弱い光が、煙る霧を僅かに晴らしていく。それでもまだ肌寒く、射し込む日射しに葉の白露が光っていた。


わたしは僅かに体を起こし、ぼんやりと辺りを見た。

火の番と寝ずの番をしていたラッセル以外、皆寝ていた。

あくびをして、もぞもぞとを毛布を羽織りながら、ラッセルの側に移動する。


自分の体調や魔力の残量を把握して思わず、うげっ、と呻きたくなった。……全然回復してない。疲労はたまっていて、魔力は半分戻ったくらいで、満タンには程遠い。何よりあまり、寝た気がしない。ここでわたしの繊細さが発揮されるとは…っ! 嬉しくない!!


「おはよう、ラッセル」

「おはよう。お嬢、まだ寝てて大丈夫だぞ」

「うん。でも起きたから、交代する。何もなかった?」

「ああ、大丈夫…ってぇ!」


ラッセルが小声で叫んだ。わたしは、ぶすくれた顔でラッセルが隠した左腕をぺちっと叩いた。微かに血の匂いがした。


ばつの悪そうなラッセルに左腕を出させて、浄化と治癒を施す。幸い、怪我をしてから一時間も経っていなかったので、すぐに傷は塞がった。


わたしを気遣ってくれたんだろうけど、今の状態で戦力減る方が問題だから。ラッセルもわかっていたようで「悪かった」と殊勝に謝ったので、この件は終わりにした。

すると、全員が何事もなかったように起き出す。わたしはポシェットから、朝食の材料を取り出して、お手伝いした。


朝食を終えて野営を片付けていると、デゼルと叔父様から連絡がきた。わたしは「お花摘みに行ってくる」と去ろうとして、全員に止められた。バレバレだったらしい。

わたしは一つ息を吐いて、覚悟を決めた。


二人から呼び掛けられる風と、ここの空間を繋げるようイメージして、魔法を発動させた。デゼルとは風の通り道を繋いで声だけ。ジルベルト叔父様は、光の映像と空間魔法を使用しているため、麗しい叔父様の姿が浮かび上がった。これで三ヶ所で会話が繋がる。ついでに、ケイたちにも聞こえる。

わたしはどちらにも映像と音声を送っているので、無事な姿を見た叔父様とデゼルから安堵のため息が零れた。


「よかった。全員無事だね。アルフから報告を聞いたよ。リフィ、ありがとう。ケイも無事でよかった。ラッセルやアッシュ、『女神の片翼』も協力感謝する。それでこちらの状況だが」

「まだ来られませんか。会議で決着がつかないんですね」


予想していたわたしの言葉に、叔父が困ったように頷いた。

今は休憩中で、空き部屋に入って話しているらしい。確かに映像に映る部屋の内装と調度品は荘厳で華やかな感じがして、「おいくらですか?」とわたしの中の商人が、思わず出そうになった。


「お父様、申し訳ございません。僕では食い止めることができませんでした。それに、リフィたちが来てくれなかったら、無様に死んでいました。あとで視察不合格の罰は受けます。ですが今は、一刻も早い即戦力の派遣をお願い致します。今回の『大波』はここ数百年の記録にあるものよりも、規模が五倍。異常です。はっきり言って、第一、第二騎士団と近衛隊くらいしか実力的に役に立たないでしょう。他の余計なのが来れば、指揮系統が乱れて死人が増えるだけです。魔法使いも上級以外は死体になる。サンルテア領は現在、かつてない危機を迎えています」


ケイが一度言葉を切り、呼吸を整えた。叔父の顔がどんどん厳しくなっていく。それでもイケメンだけど。


「アルフから領内でのことをお聞きかとは存じますが、長引けば、魔物が領内に溢れます。それほど逼迫した状況です。それに、関所で人の出入りを数日でも止めたら、混乱すると思いますのでそちらの対応もお願いします。こちらも長引けば領民たちの生活が乱れ、滞ります。貴族の意見が揃わず、方針がなかなか決まらないのはわかりますが、それでも早急な対応と決断をお願い致します」


叔父様が首肯した。

ケイが、現在埋めた結界石の数、これから最後の一つを埋めに行きたいが戦力が足りないこと、ケイたち六人が深手を追い、魔力の回復も微々たるもので戦力にならないこと。昨晩の襲撃の際に、強化されていない結界の範囲を光魔法の結界で覆ったものの、十数体が抜けた感じがすること。それ以外は全てケイが作った結界内で抑え込んでいること、を話した。


またデゼルからも報告があった。今のところ、国境は落ち着いていて、三体の中級魔物が出てきて討伐したこと。ゴルド国側は騒がしいが、魔物の侵入も脱出も許していないこと。

領内で上級魔物が二体、中級魔物が三体、下級魔物が八体現れて、退治したこと。その戦闘における『夜』の負傷者は二名、騎士は七名、神殿の魔法使いは四名。いずれも命に別状はなく、領民の避難は八割が完了し、誰にも怪我がないこと。


「ケイの張っている結界が消えたら、魔物が領内に雪崩れ込み、蹂躙されるね。最後の結界石を埋めれば、とりあえず黒の森から出てくることはないが、ケイが張った結界内にどれだけの魔物が既にいるかわからない。そして予備を使ったから、邸にしか最後の結界石がない。完全に魔物を全滅させるまでその結界は解けない。そして現状の戦力が、リフィ、ラッセル、アッシュだけ。それもケイたちを守りながら。結界玉があるのが幸いだね」


叔父に感謝の眼差しを向けられて、わたしは目礼した。


「騎士団の派遣には議会と王の承認と手続きと派遣準備がかかるから、すぐには無理だね。ギルドも本部のあるゴルド国に人員が駆り出されているから、今すぐ動かせるとしたら……貴族議会の影響がなく独自で動ける神殿の魔法使いと、貴族の私兵くらいかな」


わたしはやっぱりそうなるのかと、内心で苦く思う。……神殿は何とかなるかな…。けれど、優秀な私兵は心当たりもツテもない。ここで社交をサボったしっぺ返しがくるとは。


こんなことになるなら、強くて優秀な私兵団を持つ真面目な貴族と接触して、力を借りれるようにしておけばよかったかな。そうすれば、戦力を派遣してもらえて、議会でも叔父様の味方になるよう頼めた。見返りは必須だけど。━━全力で貴族との接触は避けてたからねぇ。会っても子供とかご夫人で、お茶会で挨拶はしても、会話は回避してから…。


「エンデルト公爵家とエアル侯爵家から、他にも他の貴族からも私兵派遣の打診はあるけど、どうしたものかな」

「イナルとキースの家から」

「ああ。二人ともきみの心配をしていたそうだよ」


ケイが困ったように笑った。━━友達なのかな? 聞いたことある家名で、上位の貴族の家と知り合いって……今は考えるのやめよ。


「お気持ちは嬉しいですが」

「そうだね。優秀な私兵団でも、土地勘のない場所で、来てすぐに指揮下に入って動けて連携がとれるとは思えない。むしろ、阻害される可能性の方が高い。それに、その二家ならともかく、他の貴族の私兵は指揮下に入るのを嫌がるだろうね。独断で動かれたり、人がいないのをいいことに領内で悪さされるのも嫌だから、断るよ」と、叔父が嘆息した。顔には隈と疲労の色が見える。


「一騎当千の実力者が単独で動いてくれる方が、冒険者の力を借りた方が、まだやり易いんだけど……人がね…。わたしは神殿に連絡をとってみるけど、大神殿は何かあると貴族に助っ人を頼むだけで実力がない。政治の駆け引きには長けているけど、こうした非常時の際の対応力は正神殿が場数を踏んでいるし、実力もある。地方神殿も正神殿には従うけど、大神殿は立場が同等で蔑視しているからね。ここで貴族と平民で分けた弊害が出てくるとは……とりあえず、現状はわかったよ」


叔父様から零れるため息が多い。普段は見ないから、それだけ頭が痛いにっちもさっちもいかない状況なんだと思う。ていうか、貴族も王様も本当にこの非常事態がわかってるの?


自分たちが守られているからと安心して、呑気に会議に一晩もかけて結論出ない、決断できないとか、ふざけてんのかな。

今まで何とかなってきたから大丈夫じゃないよ?


何とかしてきたのは、歴代のサンルテア領主に叔父様とケイたちであって、あんた方は何もしてないじゃない。そもそもこれまでに何度も『大波』があって、こういう事態があると予測して然るべきなのに何も対応が考えられてなくて、会議で無駄にダベってワタワタおろおろとか、フザケンナ。


「……うん、あのねリフィ。君の怒りは尤もだと思うけど、淡々と声に出すのは怖いからやめて」

「……あれ? 声に出てた?」


青ざめた周囲にこっくりと頷かれた。……またやってしまった。怒りが抑えられずに、つい。

まぁこうなったら仕方ないから、今の内に吐き出せるだけ、毒を吐き出しておこう。体に溜め込むのってよくないよね!

でも吐き出すのは、こっそりわたしの心の内だけで。


王様の無能めー。民の税金をどこに使ってんの。こんなときにドカンと決断できなくて、どうすんの。ああ、殴ってやりたい。無駄に息して会議してる貴族と王様を並べて、全員ガツンと一発ぶん殴ってやりたい!!

一先ず、文句はこんなところかな。

それにしても…。


「王様の命令一つで臣下と国内に隅々まで早く施行できるのが王政の強みでいいとこなのに、それが活かされないなんて」

「そうだね。でも、暗愚な王がそんなことをしたら困るから、議会があるんだよ。リフィ」

「わかってますけど…」


腹が立つと怒っていたら、叔父たちに苦笑されてしまった。

だって現状を知れば、会議に何時間もかけてる余裕なんてないと思うんだよ。

わたしはふーっと息を吐いて、怒りを落ち着けた。昨夜はこれができなくて、少年とか傷つけたからね…反省。後悔はちょこっとだけしてる。それ以上に、今でもムカついてるけど。


「叔父様、わたしが生意気に言うことではないと承知してますが、お願いします。現状を正確に伝えて理解してもらってください。お気づきとは思いますが、ここが要です。わたしたちが全滅すればケイの結界がなくなり、領内に魔物が溢れます。その場合、次は隣り合う王都や他の領地に魔物が雪崩れ込みますよ。決して、お城にいるあなた方が安全ではないのだと。その安全は今の危うい均衡の上に成り立っていて、いつ崩れてもおかしくないのだと。理解していただけたら、呑気に何時間もお喋りしている暇はなくなるはずです。何せ次は自分たちの領地や自分たちの身が危ういのですから」

「……リフィ、怒ってる?」

「はい、とっても。でもわたしが、一人でムカムカしているだけで何にもならないので、叔父様に不遜にもお願いすることしかできませんが」


まさしく、こっちの苦労も知らないで、だよ。

それなのに、叔父様の言う一騎当千の実力というか魔力があるのって、平民より上位貴族に多いから最悪。会議してないで、魔物と戦ってよ。……はぁ、不平と不満が止まらない。


こっちに来てから、毎日ストレスを感じてる。ついでに寝不足も。……あ、イライラの原因これかぁカルシウムとるべきかな。


叔父様に物申して怒りをぶつけるとか、失礼にも程がある。それに、気安い人たちの前だからって、ドルマンたちが契約で視察中に知ったことを一切話せなくても、国や貴族の悪口は、言うべきじゃなかったよね。……殴りたいとは掛け値なしに本気で思っているけど。


まだ子供だからと流されても、大人だったら完全にアウトだ。きっと足元を掬われている。……疲れて、気が緩んでるのかな…。わたしが思っている以上に、ここにいることで重圧を感じて怯えているのかな。


お天気がいいから、お昼寝したいとは思ったけど。

今現在、国家の危機だって、気づいている人なんてほんの一握りだし、他の場所ではきっと、美味しいもの食べて、友達と遊んで、話して……って、羨ましがっている場合じゃない。

叔父様やケイたちの話をしっかり聞かなくちゃ。


わたしはぼんやり現実逃避していた自分の腕をつねった。……あ、痛い。そうだよね、危険なここにいるのが、今のわたしの現状だよね。自分で決めて、ここに来たんだから。今更、怯えるな、震えるな。自分の望む未来を掴むために、ここにいるのだから。

わたしは、更に強く左腕をつねって、放した。心を落ち着けるために、深呼吸する。


「やはり、結界石をデゼルに届けてもらって、すぐに屋敷に戻って待機してもらうか、マシューに」

「マシューは動かさないでください。戦闘より情報に関することが得意な彼が、あの二人を守るのに無理して神経を深く傷つけてました。それに、結界石ならわたしが持ってます」


わたしが、ぼけらっとしていたせいで無駄な話をさせて申し訳ない。

昨日、ケイの部屋から失敬した結界石を、ポシェットから取り出して見せると、疲れて影のある叔父様が唖然として、破顔した。


「ありがとう、リフィ。きみが居てくれてよかった」


ぶわり、と。熱が走った。

不意打ちです、叔父様…。素敵にかっこよすぎてツラい。ぼんやり油断していたわたしを照れさせるなんて……何て破壊力をお持ちで!! 是非とも父子で女装して、写真に写りませんか? きっとイケると思うんです!

あ、ヤバい。想像したら鼻血が…!


「リフィ、少し顔赤いけど…風邪ひいた?」

「ふぇっ、そんなことないよ? 元気いっぱいだよ」


そうだった。無事に帰れたら、女装した可愛い従兄弟を写真に撮り放題だった。コレは何としても頑張らなくちゃ!!

お母様とメイリンも誘って、撮影会しよ!

声にしてないのに、ケイが青ざめて「はやまったか、僕…」と呟いていて、わたしは首を傾げた。

やる気に満ちたわたしに、ラッセルたちが何とも言えない微妙な微笑みを向けてくる。


「……ところでリフィ。一つ気になっていたんだけど、シェルシー姉様やメイリンには、きみが今、どこで何をしているか、伝えてあるのかい?」

「━━っ!」

「…そう。何も知らせてないんだね…」


叔父様が嘆息した。……ヤバい! 冷や汗が半端ねぇ…。けど、今ここを離れるわけにはいかない!!


「それならこれ以上、一般人で大切な預かりものであるきみを巻き込むことはできないね」

「つ、伝えます! お母様とメイリンには……わたしから、ちゃんと…。すみません、全員で無事に帰って事後報告にしようとしてました…。じゃないと、二人は…自分を責めて、ここに来てしまうかもしれないから」

「皆で無事に帰るつもりがあるんだね?」

「それしか考えてません」


それ以外の未来なんてノーセンキューです。フザケンナ、このヤローですよ。

叔父が「それならよかった」と安堵したように笑い、申し訳なくなった。……やっぱりまだまだ自分のことしか見えてない…。

ケイの意見と心遣いを無下にした。ここに来て従兄弟を助けたことは間違いでもないけど、正しくもなかったのかもしれない。

目が合ったケイが、気にしないでというように、微笑んでくれた。


「自分の考えをちゃんと伝えてね。あとは事後報告になった二人がどう思うかも考えてあげて。もしきみが、二人に同じことをされたらどう思うかも」

「……はい。勝手に動いて、すみませんでした…。下手したら、叔父様がお母様たちに責められるのに…」


転生していようが、わたしは未熟者だね。

でもまずは、自分の見えるところから、頑張ろう。


「こちらこそすぐに助けにいけなくて、すまないね。でも遠慮なくきみを使わせてもらうよ。ところでリフィ、今の戦力を把握しておきたいから、きみの体力や残りの魔力について教えてくれる?」


思わず、びくりとした。

この場で会話を繋ぐときに覚悟したけど、いざこの話題になると……言いたくない。この期に及んでそんなことを思ってしまった。重要なことなのに。


「ラッセルはまだ動けるけど、魔力は残り二、三割らしい。アッシュは疲労が大きくて、魔力はそこそこ。半分くらいだって。それでも精霊だけあって、上級魔法使いの満タンの魔力量を持っているけど。━━リフィ、きみは?」


一般的な魔力量測定の平均値は、八千から一万五千。二万以上が上級魔法使いの平均で、王族や上位の貴族もこのくらい。三万いけば上級魔法使いと一線を画す。その場合は問答無用で、王様や貴族議会に報告がいくことになっていた。


魔力持ちの平民は、三千から四千が平均。ちなみに簡単な仮契約魔法でも、魔力を三百は使う。魔力がないという平民は、厳密には五十や百は魔力があっても使えない人のこと。


そして、ルワンダさんに虚偽の報告をお願いしたわたしの魔力量の値を抜けば、シルヴィア国で今一番の魔力保有者はケイ。

ケイの数値は六歳で三万六千。あれから成長して、今では四万五千。


今のわたしの魔力量を把握してるのは、わたしだけ。六歳のときはルワンダさんが知っていたけど、それももう古い。わたしも、この一年で少しだけ量が増えたから。ケイにもアッシュにも言ってない。二人はわたしがケイより多いと知っているけど、数値は教えていない。


「わたしの今の魔力残量は半分くらいです」

「それって具体的にどれくらいだろう?」

「……六歳のケイの最大値より二、三千少ないくらいデス」


具体的な数値を言いたくなくて、悪あがきをした。

ざっくり言うと、半分で三万三千から三万五千。六歳で魔力量は六万三千は越えていた。

呆ける叔父と従兄弟から、わたしは気まずくて目を逸らした。


「……リフィ。ちょっとあとで大事な話があるんだけど」


叔父より先に立ち直ったケイが、怖い笑顔で断言してきた。……はは、コレ回避不可能というより、逃がす気がないパターンだわー。うぁー、冷や汗が…背筋がぞわぞわする…。


わたしは麗しの笑顔からサッと顔を背けて、返答を避けた。本当に何で助けにきたわたしが、味方に追い詰められてんのかな…。

え、日頃の行い? 嘘でも、清く正しく生きているつもりですが、何か。煩悩を隠しきれてない? ……くっ、反論できない…!


「まぁ落ち着いて、ケイ。そうだね、まず一番の疑問は、どうやって測定器を騙したか、かな」


……叔父様。相当お疲れで、混乱してるんですね。わたしが測定器を騙した前提ですか。そんなことが可能なわたし、何者ですか?


「お父様、そこじゃないですよ。そもそも測定器は騙せません。魔力を少なく見せかけたくて、わざと少量しか魔力を流さなくても、測定器は魔力量を正確に読み取ります。この場合は、どうやって虚偽の報告をさせたか、です」


おお、さっすがケイ。鋭い。

わたしは目を逸らしながら、感心しておく。黒く不機嫌な従兄弟が怖いからじゃないよ。チクチクというより視線がグサグサとモロに刺さってますが、全力でスルーで。

とりあえず今は、誤魔化すために脱線した話を元に戻そう。


「そんなわけで、わたしが全力で戦えるのは今からお昼くらいまでが限度です。体力も魔力もあまり回復してません」


真面目な話に、叔父も従兄弟も追及をやめた。今は。

ただ今、午前九時前。結界玉に守られながら進んでも、戦闘は避けられない。少しでも脅威を減らしておきたいし、ケイの張っている結界を攻撃されて壊されるのも困るから。


「今の状態だと、ラッセルとアッシュで戦ってもらって、その間リフィを休めて、二時間で交代しながら結界石を埋めにいく。もしくは、ケイに結界を維持してもらいながら、そこから全員で邸まで退避するか。後者が堅実だけど、その分だけ魔物退治にあとから時間がかかって、領内と国内でも流通が滞るね」


サンルテア領は活気ある港があり、土地も豊かで実りがいい。資源も多く、隣国とも王都とも接していて、生活流通の要所の一つなのは間違いない。

叔父様は身動きが取れないのが、歯痒そうだった。


会議はまだかかる。叔父様が婉曲に言うことには、非常事態なのに、一晩かけても互いが互いに牽制して、人材を派遣することの利益追及と、サンルテアに貸しを作りたい思惑、サンルテアの足を引っ張り責任を問いたい一派、何かあって隣国との関係が悪化することの心配と、隣国から魔物が入り込んでくる脅威と恐怖。誰を、どの団体を、どこに向かわせて何をさせるか。まだ何も決まってないようだった。


自分たちにも差し迫った危機があるのに、よくそんなに呑気でいられるよね…。これ、方針決まるの何日後? それまでずっと持ちこたえさせろと? 魔物なめてんのか。

おまけに何かあればサンルテアの責任にするつもりだよね、絶対。マジで最悪だ…。


叔父様だけ来てもらっても、サンルテアの不利になる条件を議会で決められて、責任も押し付けられそう。『影』の情報を使って脅して言うことをきかせたら、敵を増やして溝が深くなりそうだし……あぁ、面倒。

本音ではサンルテア領内だけで何とかしてほしいんだろうけど、会議を長引かせても状況は悪化するだけなのに。


「……叔父様、正神殿にはわたしから連絡して、人を寄越してもらえるように頼んでみます。それと会議の結論が出るまで、今日一日だけ待ちます」

「リフィ」

「……何とかもちこたえてみせますよ。結界石が埋められるかはわかりませんが。だから、ケイたちをこっそり邸に戻してもいいですか?」


どうにかできないかと思考していたケイが、顔をあげた。


「リフィ。それは」

「わかってる。知られたら、サンルテアを失脚させたい人たちに、サンルテアの人間は大変なときに怪我して魔物と戦えなかったって、責められるんだよね」


だからケイも余計に、ここを離れるわけにはいかなかった。引き取って後継と定めたお祖父様まで、分家から引き取った生粋の貴族の血ではないからこうなった、と蔑ませないために。


時代は変わって、実業家たちが爵位は低くても新興貴族として活躍の場を広げ、古い貴族や事業が失敗した貴族は金策に走るか、借金を抱えて没落か、子息令嬢と富豪を婚姻させて生き長らえるか…と様々に変わってきているけど、上位貴族だけは魔物に対抗するために血を残すのが使命と、あまり変わりない。


「今日一日もたせると約束はしましたが、絶対でないことは念頭においてくださいね」

「わかっているけど、ケイたちを戻したら、きみの魔力が少なくなるよね。それなら、まだ戻さない方がいいんじゃないかい。それに、正神殿に連絡するって…誰に」


そのとき、コンコンとノック音がして、叔父を呼ぶ声がかかった。会議が再開するようだ。


「━━ケイ。リフィと皆を頼んだよ。わたしも早くそちらに向かえるようにするから」


そう告げると、映像と通話が途切れた。

わたしは叔父にはああ言ったものの、どうしたもんかなと考える。その間にも、ケイはデゼルに指示を与えて、通話を終わらせていた。


ケイに呼ばれると、「正神殿に連絡を取ってくれる?」と頼まれた。……ここまで来たら、バレるのは仕方ないか。どうせここで話さなくても、調べられたらわかっちゃうから。わたしのことを隠せる人は限られてくるし。

わたしは副正神殿長のルワンダさんに声だけを送った。すぐに応じられる。


「よかった。無事だったんですね。リフィーユ嬢。サンルテア領に滞在中なのに、『大波』に遇ったと聞いて驚きましたよ。現状は落ち着いているようですが、大丈夫ですか。こちらに連絡してくるなんて、何かありましたか?」


久しぶりに聞いたルワンダさんの深い声。それが、安堵と不安を伝えてきた。━━わたしから巻き込んだのに、ごめんなさい…。


「……先に謝っておきます。ごめんなさい、ルワンダさん。わたしは契約違反します。だから、この違反におけるペナルティと責任はわたしが負います」


ルワンダさんが息を飲んだ。それから少し落ち着ける静寂があって、真剣な声がした。


「どういうことですか。━━フロース・メンシス?」


その返しに、今度はケイたちが目を見開いて、固まった。

「リフィ、どういうことだ?」とアッシュが声をかけてきた。それが聞こえて、ルワンダさんが少し口を閉ざす。

これ幸いと、わたしは自分がどこにいるかと、現状を簡潔に話した。魔法使いを派遣してほしいと本題も頼む。


「……現状を理解しました。あなたの頼みです。そちらの東神殿からも要請がありましたし、既に人の派遣を手配しています。一時間以内にはそちらに送れるでしょう」

「ありがとうございます」


さすがルワンダさんだ。対応が早いし、地方神殿とこちらの民を気遣ってくれている。

ケイたちはまだ衝撃が抜けきっていないのか、黙ってわたしの話すままに任せてくれた。


「私は、あなたがいれば大丈夫だと思っていたのですが、今回の『大波』は規模が大き過ぎるようですね」

「買い被りすぎですよ。わたしにだって、限度があります」

「本当は息子を向かわせようとも思いましたが、別の依頼でこの国にはいないんですよ。東神殿からはフロースを派遣してほしいと頼まれましたが、あなたはそこにいますからね」

「そうですね、すみません」

「………本当に契約を破棄してもよろしいのですね、フロース。と言っても、もう知れ渡るのも時間の問題かもしれませんが…」

「はい。あなたは正神殿として、ご自分の守るべきものを守ってください。わたしの我が儘にこれまでお付き合いくださり、ありがとうございました」

「こちらこそ、あなたには助けられました。それと、もうすぐ人事で私が正神殿長になります。それもあなたのお陰です」

「そうですか。おめでとうございます」

「…………リフィーユ嬢。本当に」

「いいんです。元々、フロースはいずれいなくなる予定でしたから」

「築き上げてきた地位も名声も……あなたは要らないと言って投げ捨てそうですね」


苦笑するルワンダさんに、わたしは「はい」と笑顔を返す。正神殿との取引のために用意したのが、フロースの存在だった。愛着はあるけど、未練はない。


「それではご武運を、リフィーユ嬢。どこでどんな形であれ、あなたにまた会えることを祈ります」

「ありがとうございます」


そこでわたしは通話を終わらせた。

振り返ってケイたちを見れば、まだ拍子抜けしたような驚きが残る顔をしていて、わたしは苦笑した。


「出来る限りの人を送ってくれるって。よかったね」

「……うん。それは、ありがとう。でも……」


珍しく戸惑っているケイに、わたしは困ったように笑う。これまで、たくさん力を貸してくれたケイにも、多くの隠し事をしてきた。嘘をついて、誤魔化してきた。その終わりがきただけ。


「……終わったら、全部話すよ。今まで騙しててごめんね」


わたしは頭を下げた。

あとで、嫌われても、嘘つきと詰られることになっても、欺いてきた。

震えそうになる手を拳に変えて、唇を噛む。


はぁぁああぁ。

大きなため息に、思わず肩がビクリと震えた。顔をあげるのが、怖かった。蔑まれてたら……立ち直れないかも。

そんなことを思っていたら、ポンと頭を撫でられた。


「???」


ついでに、わしゃわしゃと髪を乱されて、わたしはますます混乱した。それも収まって、恐る恐る顔をあげると。何がおかしいのか、ケイが楽しそうに笑っていた。━━超絶っ、美麗なんですが!! カメラっ、写真!! 愛でたい! ━━はっ。つい煩悩が…。ちゃん反省してますよ?


「……ケイ?」

「はははっ。やってくれたね、リフィ」

「え?」

「僕を……僕たちを、実に鮮やかに、見事に騙してくれたってこと。近くにいて一年以上気づかなかったとか……初めてだよ!」


ケイは痛快、愉快といった様子で、涙目になりながらもまだ笑っていた。わたしはよくわからなくて、ひたすら困惑。

ただケイは、本当に可笑しいようで、彼本来の無邪気な笑顔でキラキラと笑っていた。よくわからないまま、わたしは呆然と見惚れる。━━幸いにして、ヨダレは出てませんでした。


ラッセルやセスも、苦笑して「やるなぁ、お嬢」と言っていた。━━んん? 何だか反応がおかしいと思うのは、わたしの気のせい?


面白いものを見つけたというように輝くケイの目と合うと、ぞわわわっ、と悪寒が……。………き、気のせいだよね。わたしは獲物でも何でもナイデスヨ!?

何故だか、体が勝手に後退さる。そろりそろりと下がると、ケイに視線を向けられて、固まった。


「君にはやられたよ。本当に驚かせてくれるよね」


離れた分を簡単に詰められて、よくできましたと褒められるように頭を撫でられた。まるで会心のできと言わんばかりの清々しい笑顔で。

……コレは一体どういう状況デショウ? 逃げるのが正解? 肯定して「そうでしょう?」と偉そうに胸を張っておくべき!?


とりあえずよくわからなくて、頭がパンクしそうなので、お母様直伝の淑女の微笑みを浮かべておきました。





お疲れさまでした。

シリアス…のはずです。話がなかなか進みませんね。主にわたしのせいで。

次かその次あたりで一段落できるといいのですが…。



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