表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/65

18, 7才 ⑤

ほぼドルマン視点です。

後半まであまりリフィ出てきてません。

なので、つまらな…テンション低いです。


後で気づいた、誤字脱字直すと思いますが、内容に変更はありません。



・・・ *** ・・・ (ドルマン)




シルヴィア国のギルドをとり仕切るギルドマスターであるクルド・ダッカから、奴がギルド長を務めるオレたちのギルド『女神の片翼』へと橋渡しされた依頼。

サンルテアの慣習に従い、次代の領主になる子供にその資質があるかを見定める裁定者役。場合によってはその子供に従い、適切に立案、命令できているか見ながら動き、同時に、非常事態においてその子を守る役。


依頼を受けたときは簡単な子守りだと思った。楽勝、余裕でこなせる、それで破格の値段だなんてボロ儲けだ。実に割りのいい仕事だと甘く考えていた。

どうせ貴族の子供なんだから、ある程度はお膳立てしてあって本当の危険なんてそうねーだろ。そんな風に考えていたし、他の付き添いの三人の部下も同様に思っていたはずだ。

視察に同行して、任務を目の当たりにして。

━━そんな認識をしていた少し前の自分をぶん殴りてぇ気分でいっぱいになった。



・*・*・*



裁定一日目。


昨日、サルカのホテルでの人質事件やら賊の捕縛があったにも関わらず、雇い主であり、見定めの間だけオレらの主になるサンルテアのケイトス坊っちゃんは、相変わらず今日も別嬪だった。

部屋で、これまた絶世の美少女と言っても過言じゃねぇ従兄弟と朝飯を食うと、護衛をつれて馬車で旅立ち、昼前の午前十時にはサンルテア本邸に到着した。もちろん、オレら『女神の片翼』も同行していた。


馬車の移動は楽でよかった。お陰で少しは休めた。昨夜はマジで疲れた。本当に大変だった…。

昨日はあの事件の後、こちらの不手際が招いた事態の大きさに、キャロルはすっかり落ち込み、それをロンドが慰めていた。


ホテルや、坊っちゃんたちにも改めて謝罪した。よりにもよって人質になったのが、坊っちゃんの従兄弟って…マジかよ。しかも『夜』も集まり、サルカで一番のホテルでの捕り物劇でホテルの名前にも傷を付けた。賠償金とか発生して、ギルド名にも傷がついたらヤベーと思っていたが、幸い、坊っちゃんたちが取り成してくれて事なきを得た。のに、何故か貸しを一つ作ったと感じるのは、オレの気のせいだと思いたい。

ケイトス坊っちゃんと明日以降の依頼内容について確認し、大まかな説明を受けて、明日の午後から早速、黒の森の視察に出ると言われた。


その後は、急遽とったホテル近くの安宿で、勝手にやって来て人質事件中ずっと傍観者だったハイドとヴァンフォーレに説教して、必ずゴルド国にキャロルとロンドと四人で帰るよう命じた。ハイドが不満顔で喚いていたが、無視した。

あのガキは今の自分がギルドの下っぱ一員で、もう実家の力は通用しないとまだ理解してねーみてぇだ。ロンドに試作品の通信魔法道具を借りていたことは気になったが、こっちはそれどころじゃなかった。


ロンドが所持してる物とは別の通信魔法道具を使って、今回の件をギルド本部に報告。仲間内で明日からの任務での段取りや防具、武器の確認と手入れをして、寝たのは空が白み始めた頃。

起きた後はとっとと帰れと、早々にヴァンフォーレたちを宿から追い出した。


それから出発前のホテルの庭で、朝食を食べた坊っちゃんと人質になった平民のお嬢ちゃんに挨拶した。近くで見て、将来が楽しみな美人だなと束の間、オレも部下三人も見惚れた。

賊を退治したのがこの儚げなお嬢ちゃんと聞かされたときは、唖然とした。……一体この土地の子供はどういう教育を受けてんだよ…。いや、確かにハイドたちから人質がどんな行動をしたかは聞いていたが、冗談だと思ってた…。マジかよ。


間抜けにも、あんぐり口を開けたオレらに構うことなく、お嬢ちゃんは「リフィーユ・ムーンローザと申します。この度はケイトスの護衛をつとめてくださるそうで、感謝いたします。どうぞ従兄弟のことをよろしくお願いいたします」と貴族の子女みたいに綺麗にお辞儀をして、にっこりと大変可愛い笑顔を浮かべてくれた。


目的地のサンルテア本邸は、広大な土地に聳え立つ巨大な灰色の城だった。遠くから見ると、まるで要塞みたいだ。

近くの町から馬車で一本道の平原を突き進むと、『夜』の本邸詰め所と訓練場、さらに進んで灰色の三メートルはある石壁が見えた。門から入って左右に花々が咲き誇る庭園があり、奥へと進むと左手に馬車が六台はすれ違えそうな噴水の大きいロータリー。迎賓館とパーティー会場となる建物が長い廊下で繋がり、そちらを無視して真っ直ぐ進むと本邸の玄関前広場。木々で迎賓館からは見えないようになっている。そこで十数人の召し使いと『夜』の制服を着た奴らに出迎えられた。


笑顔での歓迎だったが、注目されていたのは今だけ領主代行の坊っちゃん。そしてその少し後ろについて歩くサンルテア直系のお嬢ちゃん。特にお嬢ちゃんへの視線が凄かった。

依頼を受けた時点で、ある程度サンルテアの内情は知らされたし、オレら自身でも調べてはいたが、スゲーな。


窓からも使用人たちが顔を覗かせて、興味津々にお嬢ちゃんを見つめている。はっきり言って、すんげー居心地が悪かった。不気味と言い換えてもいい。大人のオレでも参る熱視線だが、お嬢ちゃんは微笑んで優雅に挨拶を交わし、邸内へと案内された。しっかり教育されてんなぁと妙に感心した。

邸に入るなり、坊っちゃんとお嬢ちゃんはふくよかなメイド長にめっちゃ抱き潰されていたが。


オレらも個別で部屋に案内されたが、使うのはどうせ数日だ。黒の森の視察後半の行程では、魔物の棲む森近くで野営もある。それでなくても、今日を含めた七日でこの領内の黒の森に接している四十数キロを、魔物に怯えて馬は使えないから歩きで、遭遇した魔物と戦いながら見て回らなくちゃいけない。本来なら昨日の内に本邸に入って、今日の朝から視察予定だった。それを坊っちゃんが領民の訴えを無視できず賊の捕縛に時間を取り、今回のようになった。少し時間の余裕をとってあるとはいえ、速やかに視察を進める必要がある。

だからか部屋に案内されてすぐ、オレら四人に呼び出しがかかった。


『夜』の制服を着た男に案内されたのは、楕円形の円卓がある会議室で、既に坊っちゃんと『影』四人、『夜』副隊長のベルタと執事のアルフ、そこに何故かお嬢ちゃんもいた。本来ならメイド長の夫であり、アルフの父である家令のデイビットと『夜』隊長のザイーダが参加する予定だったらしい。そういやここに到着したときから見かけねーな。


ザイーダは昨日の一件でこちらに戻るのは明日以降になり、デイビットはというと、何でもゴルド国との国境に詰めているらしい。急に国境が騒がしくなったため、『夜』の小隊を二つ連れて昨夜出発したとのこと。

三分の一は黒の森と接しているゴルド国でも、この頃、魔物が頻繁に姿を見せて、ギルドへの討伐依頼が増えていた。

国境に集まるゴルド国の兵も、腕に覚えのあるギルドの冒険者も増えて問題が発生した際に、迅速に対応できるよう邸はアルフに任せて、デイビットは領地とゴルド国の境にいるそうだ。随分と優秀な家令だな。


伝えられた理由は建前ではないが、本音でもない。ゴルド国から魔物が入ってこないように、領内から魔物がゴルド国に入らないように、また隙を狙って兵たちや冒険者も侵入しないように、という側面もあるだろうな。

魔物の棲む森と国境で気が抜けない肥沃な領地。厄介だよなぁ。それを何百年も争いに発展させることなく、治めてきた手腕は高く評価されるべきだと思うが、男爵で満足しているサンルテア家。オレには理解できん。


話し合いは坊っちゃんから昨日言われた通り、今日の昼食後から視察を開始するというもの。今日の視察ルートや、魔物への対応の仕方、やるべきことを改めて確認した。

坊っちゃんは国境付近から視察をすると告げてきた。いい度胸してんな。人が集まっていて、それに引き寄せられてただでさえ魔物がうじゃうじゃいるだろうに、初っぱなから危険なところかよ。もしかしなくても、デイビットの負担を減らすためか?


黒の森から魔物の侵入を防ぐ結界があるシルヴィア国。普段なら多少の魔物の侵入を許しても問題なかったが、今回は『大波』と呼ばれる現象が発生する……もう発生している可能性が高い。それはゴルド国でもおんなじで、だから黒の森と接する国境に兵たちが集まっていた。


数十年に一度、魔物の動きが活発化して、平常よりも多くの魔物が暴れる現象。下級の魔物、出てもせいぜい中級が上限だった今までとは違い、確実に上級、中級でも上級に近い魔物がわんさか出てくる。


そんなにたくさんの魔物に一斉に来られたら、シルヴィア国の結界も危うい。そのため、当然『大波』の対策もある。それが魔物不可侵の結界を強化するのに二十一ヶ所、シルヴィア国で採れる結界石を黒の森とサンルテア領地の境に埋めて結界を補強すること。今回の視察はその任務も兼ねていた。


因みにゴルド国では、魔方陣を記した要石を配置して魔方陣を使った結界を黒の森との境に常に張っている。魔方陣を管理する魔法使いは一日二交代制だ。だから、結界を二十年に一度張り替えるだけのシルヴィア国の技術に興味があるが、国家機密をそう簡単には教えてもらえない。知ったとしても、そもそもの魔法系統が違うのに、応用できるのかは甚だ疑問だが。


そういやギルドで少し前から、『結界玉』っつー商品が出てたな。値段は高っけぇが、一つ割ったその場から半径三十メートル内を魔物が入れない聖域とし、そこが魔物の障気に満ちた場所でも浄化するっつー優れもの。

そんでその名の通り、外からの物理攻撃、魔法攻撃を結界で阻んで結界内の人を守ってくれる。最近のでは、持続時間が三時間だったか。結界玉どうしを繋げて配置すれば、三時間たって一つ目の効果が薄れても、二つ目が自動で割れて効果が持続するのが可能らしい。各地にある魔物が出てくる古い遺跡に入る冒険者にとっては、ベースキャンプ地作るのに非常に有難い物だ。


最近は色んな便利アイテムが増えたなと、考えつつ段取りを聞いている内に、話し合いはあっさり終わり、昼食が運ばれてきた。壁時計を見ると正午少し前。

昼食後は少し腹を休めて、軽く運動した午後二時から視察に出発する予定だ。


昼食のパンに挟まれた肉料理を堪能していると、ふとお嬢ちゃんの存在を思い出した。話し合いに口を挟まず大人しかった美少女は、思い返せばオレらをじっくり観察していた気がした。

その予感は当たり、昼食後のオレらの訓練の動きもずっと見られていた。だが、お嬢ちゃんは何も言うことなく、不安げな顔を笑顔に変えて、オレらに「くれぐれも従兄弟をよろしく」とお願いして、送り出してくれた。


いつの間にか、一緒に見送ってくれるお嬢ちゃんの側に白灰色に緑の目の犬がいて驚いたが。……そんな犬、今まで見てねぇんだけど、どっからわいて出たんだ?

お嬢ちゃんは、「もふふわ~」と上機嫌で犬に抱きついて、頬擦りしていた。犬は不機嫌な仏頂面で、慣れているように動かなかった。


そんなお嬢ちゃんに苦笑しながら坊っちゃんが「夕食までには戻るから、一緒に食べよう」と告げると、お嬢ちゃんはそれは嬉しそうに大輪の花が咲いたかと錯覚するような笑顔を浮かべた。

「アッシュはリフィのことをよろしくね」と坊っちゃんが犬の頭を撫でた。犬は何か言いたそうにしていたが、横を向いて「はふーっ」と息を吐いた。まるで、仕方ないと言っているみたいだった。


坊っちゃんの無茶振りで、今日中に七ヶ所も回る予定なのに、夕食までに戻るのはちと無理があるんじゃないかと思ったが、余計なことは言わないでおいた。


そうして、てっきり馬で国境近くに行くものだと思っていたら、坊っちゃんはオレらも含めて移動魔法で国境に転移した。

魔方陣を使った移動魔法は何度か経験があるが、精霊魔法での移動は初めてだ。慣れないせいか気分が悪くなった。まるで二日酔いみてぇだ。

つーか、待て待て待て。

魔方陣を使ってもこんなに簡単に移動できねぇし、ゴルド国では一人送るのに三人の魔力が必要なんだぜ。それを五人まとめて一瞬って……規格外にも程があんだろ。

オレらは呆気にとられた。


だが、それからも驚きの連続で、次第にオレらの常識とか最早何に唖然としているのかもわからず、規格外の連続に感覚も麻痺していった。……きっと同行した他の三人も同じ気持ちだったに違いねぇ。後半はもう驚きすぎて、魂をどこか夢の世界に飛ばしていた。



・*・*・*



………何だコレ。あり得ねぇだろ…。

もう何度、顎が外れそうになったのか覚えちゃいない。むしろ始めっから外れっぱなしだったような気さえする。

オレらは、通常ではあり得ないほどの魔物に囲まれていても、顔色一つ変えずに淡々と処理していく坊っちゃんの戦闘に、魅入っていた。


今この場で五ヶ所目。

国境沿いから四ヶ所、魔物を倒して結界石を既に埋めてきた。

魔物を一掃してから、大体二キロで一個の結界を強化する結界石を埋める任務。ゴルド国との国境沿いから約八キロは、結界の力が強まり、このサンルテア領地に魔物が侵入するのがより難しくなった。


国境に詰めたデイビットもゴルド国から来る魔物と侵入しようとする奴に多く意識を向けられるだろう。

つーか、この坊っちゃんがいるなら、魔物が少し来ても問題ねぇと思う。むしろ余裕だろ。

オレは三時間前、国境に到着してから今までのことをどう報告書にまとめるかと、タバコをくわえて考えた。

空は山の端から不気味なほど赤く染まりつつある。


三時間前━━移動魔法で午後二時には、サンルテアの庭からゴルド国の国境にいた。気分が悪くなったオレらをよそに、坊ちゃんは黒の森やその辺の茂みからうじゃうじゃ出てきた魔物を、容赦なく風の刃で次々仕留め、動けなかったオレらを守ってくれた。


下級魔物の他に大きな中級魔物も何体かいたが、一撃であっさり切り裂かれては、魔物の体は塵のように雲散霧消した。

ものの五分で三十体を綺麗に片付け、坊っちゃんは息も服装も乱れていないどころか涼しい顔していた。

情けないことに、その頃になってようやくオレら四人は魔法酔いから立ち直り、坊っちゃんに「大丈夫ですか?」と心配される始末。足手まといにならないように気を付けようとオレらは気を引き締めた。同時に、オレはどこからか視線を感じてそわそわ落ち着かない気分になる。


そこに、つんざくような悲鳴が聞こえてきた。結界石を埋める地点からで、そちらに向かうと、荷車いっぱいにうずたかく積もった荷物とそれを運んでいる五人の野郎共。見た顔だった。確か何とかっつーギルドの五人組だ。どうやら腰が抜けて動けないらしい。全員が顔を恐怖に歪め、失神、失禁してる奴もいた。

嫌な予感がしたが、坊っちゃんはオレら四人に、荷物と五人を守るよう言うと、昼でも暗くて鬱蒼と生い茂る黒の森に一人で対峙した。


爛々と光る血のように赤い百対ひゃくついはある魔物の目が、オレらに向けられているのを嫌でも感じた。肌がビリビリするし、怖気おぞけ立った。


黒の森から上級と思しき人型に近い魔物が七体、ゆっくりと出てきた。……はっきり言って威圧感が半端ねぇ…。

四十二年生きてきて、オレが上級魔物と遭遇したのは一度きり。当時も今も勝てるとは思えなかった。一体ならともかく、それが七体も……終わったな。こんな依頼、受けんじゃなかった…。つーか、何が危険はそんなにないだよ、ギルド長!!


ニィッと嗤いながら七体の上級魔物が出てくると、それに従うように下級の魔物と中級の魔物が四、五十体は出て来てオレらをぐるりと取り囲んだ。体が勝手に震えた。

おいおいおい……マジかよ…。何かもう、絶望的に死ぬ未来しか思い浮かばねぇんだけど!?

コレ普通だったら、上位冒険者十人は必要なクエストになるだろ。ギルドマスターが出張ってきてもおかしくねぇぞ!?

危険だらけじゃねぇか、ふざけんな、今すぐここに来やがれクルドの大バカ野郎ーっ!!


心中で盛大に罵るが、それでも一度受けた任務として、この坊っちゃんだけはギルドの威信にかけて逃がさねぇと。任務開始して十分で死んで終了とか笑えねぇ。

冷や汗をかきながら逃げる算段を考えていたら、オレらよりも近くで威圧されている坊っちゃんが、微かに笑った。

恐怖で頭がおかしくなったか、動けないのか?


舌打ちして、坊っちゃんを連れてこようと、魔物の隙を窺っていたら━━スパーン。

空気がざわっとした。

風がオレらのいる中心から吹き抜けたと思ったら、取り囲んだ魔物たちが首や胴体、手足から切り裂かれた。いたぶるように嗤っていた上級魔物三体も、一体目は首から、二体目は胸から、三体目は胴から分断された。

オレらは目の前の光景が信じられなくて、目を限界まで見開き唖然とした。


半数の下級、中級の魔物が黒い霧になって存在を消し、上級魔物三体は、黒紫の液体を流しながらその場に倒れた。それでもピクピク動いているが、すぐに炎に包まれ、灰も残さず姿を消した。すぐさま、坊っちゃんの攻撃を逃れた上級魔物四体と生き残った下級、中級の魔物が一斉に襲いかかって来る。


武器を構えて戦おうとしたが、荷車を中心としたオレらを風の結界が包んで守っていた。

その範囲外にいる坊っちゃんに、全ての魔物が殺到するが、坊っちゃんは剣で魔物の鎌のような腕を受け止め、弾いて切り裂いた。その後はケイトス坊っちゃんの独壇場だった。


舞うように流れるように、隙のない惚れ惚れするほど綺麗な身のこなしで、魔力を纏わせた拳で殴り、蹴り、剣で薙ぎ、体を中空に踊らせた。同時に風の刃を振るい、ナイフを投擲し、水に魔物を閉じ込め、炎で燃やし、大地を隆起させて串刺し、闇に飲み込み、光で一帯を浄化した。


油断していない上級魔物は、さすがに一撃で仕留めるとはいかず、何度か切り結んだが、端から見ていても坊っちゃんが優勢で余裕なのはわかった。

十五分ほどで魔物を全てを片付けると、かすり傷一つさえない坊っちゃんは目印の古木を見つけ、結界石を根本に埋めた。それからオレらの方を振り返り、「セス、マシュー、デゼル」と声をかけた。


驚くオレらを無視して、坊っちゃんの周りに『影』の三人が黒装束姿で、跪いた。……知らんかった。いることに全く気づかなかった…。いや、視線は何となく感じたが……すぐに魔物に囲まれて忘れていた。この坊っちゃんといい、こいつらといい、規格外にも程があんだろ!


その後は『影』二人が五人組を拘束して、やたらと大きな荷物ごとデイビットのいる国境の砦に連行した。オレの嫌な予感が当たって、坊っちゃんがすぐ思い当たったように、こいつらが昨日の賊もどきになった村人たちの財産を根こそぎ奪った元凶だった。


村人たちの思惑通り、五人組が盗みに入ろうとした先々で盗賊騒ぎが起こっており、警戒する地域が多く、騒ぎが落ち着くまで一度国に戻ろうと黒の森近くから国境を越えようとしたが、結果は先の通り。村人たちが一矢報いたな。


因みに『影』は念のための保険として、同行していたらしい。坊っちゃんはすぐ気配に気づいていたそうだ。だよなぁ、だから三人を名前で呼べた。セスとマシューが盗賊たちを捕縛し、デゼルはまた気配を消して『影』の同行者に戻った。……コレ、オレら要らなくね?


第三者の公平な目と意見、評価が欲しいのはわかる。でもはっきり言ってもう充分だろ。この坊っちゃんに任せとけば、この領地は安泰確実。つか、手を出したら痛い目見るのは出した方だと断言できる!


初っぱなからどっと疲れた…。

生気と精神がかなり削られた気がする…。

けれど、坊っちゃんの実力を見知ったオレらは安心して、高みの見物を決め込んだ。


実際にオレら四人はそれから、坊っちゃんが一方的に魔物を駆逐していく戦闘をただぼへーっと見ていた。

することと言ったら、たまに逃げようとする弱い下級魔物を始末したり、オレらを狙ってきた下級魔物を消したり。それだけだ。


ギルド長が言った通り、確かにオレらに危険はねぇわな。これで報酬貰えるとか、マジボロ儲け。

坊っちゃんの戦いっぷりを見ながら、昨晩言われた言葉を思い出す。━━『誰が付き添っても大差ないので』。


マジでその通りだった。子守りどころか、オレらが守られてる。ただやっぱり、場馴れしてないキャロルやロンドでは無理だっただろう。恐慌状態に陥って逃げ惑うか、気絶して足手まといになるだけだ。坊っちゃんの移動速度についていけたかも怪しい。


一ヶ所目から波乱の幕開けだったが、その後も続いた。ただし、一般的にはあり得ない荒れに荒れ狂った展開も、この坊っちゃんにとっては、別にどうってことないさざ波程度だろうなと見ていて思った。


一ヶ所目に結界石を埋めた後は、国境から遠ざかるように南下。次の場所まで魔物を退治しながら、突き進む。その速度と言ったら…。何度、お前人間か!? と言いかけたことか。

これでもそれなりに実力あるギルドで、上位のオレらなのに、かなり鍛えているのに、何だよあのスピード!

しかも着いていくのがやっとのオレらとは違い、坊っちゃんは出てくる魔物を片付けながら、進んでいく。マジで化け物かよ…?


二ヶ所目でも、三ヶ所目でも、四ヶ所目でも、一人であっさりと上級と中級、下級の魔物の群れを一掃し、怪我一つない。着々と結界石を埋めて、『大波』にも耐えられるよう結界を補強している。


さすがに連続の戦闘と移動と魔法の使用で、呼吸は徐々に乱れ荒れてきたが、それも少し休めば整えられるレベルだ。

四ヶ所目で一段落したら、移動と見てるだけのオレらと違い、全然休まなかった坊っちゃんがやっと少し休憩した。……マジで何なの、この坊っちゃん…。オレらすっかり自信喪失してんだけど。


そうして今、五ヶ所目での魔物退治が終わり、坊っちゃんは結界石を埋めた。

五ヶ所目は国境から南下していた四ヶ所目までとは打って変わり、移動魔法で黒の森の最南端に転移した。今度はそこから北上していく。


何でも領地と接する黒の森の最南端付近は、『夜』の支部から離れていて、普段なら魔物が出てこない土地だが、今は常とは違うから早めに手を打っておきたかったらしい。……この坊っちゃんに守られる領民は幸福者だなと、感じた。


六ヶ所目に向かいながら、先頭を走る坊っちゃんの小さな背中を見た。クルドの野郎が、言っていた言葉がふと思い浮かぶ。

『サンルテアの美しき化け物』と、奴は楽しげに評していた。


確かに、と納得する。

極上の容姿はもちろんだが、戦いぶりが美しいと思ったのは初めてだった。流れるような身のこなし、水や光、炎に闇が浮かぶ空間で、綺麗に攻撃を避け、四方八方から狙われても、見えているかのように鮮やかに回避して、反撃する。

予定調和のように、まるでそうなるべくしてそうなっていると錯覚させられるように、無駄のない動きだった。

そこまで到達するのに、どれだけの訓練を積んだのか…。


魔物が出たら、サンルテア領地は『夜』が守り、それで手に負えなければ、領主が守る。その話を聞いたときは、一人で何ができると、有り得んと思ったが、オレが間違ってたんだな…。

コレがサンルテアの普通なら、末恐ろしすぎる。


ついでに何つー魔力保有量だよ。ここまで何百体と魔物を倒してきて、バンバン魔法使ってんのに……六ヶ所目でも、その威力は衰えなかった。体力、気力もよくもここまで保ったな。


だが、やはり無理をしていたのか、六ヶ所目での戦闘が終わると、服装が乱れて呼吸も先程より荒い。一ヶ所目と比べて魔物の強さも出現数も減っているのに、戦闘にかかる時間が少しずつ増えている。

袖口で汗を拭きながら、坊っちゃんは呼吸を整えつつ、胸の内ポケットから懐中時計を取り出して、時間を確認していた。


つられてオレも空を見た。すっかり日が沈みかけた空。山の端は既に宵闇に染まり出している。星も瞬いて見えた。確か夕飯の準備が調うのは午後六時半で、開始が午後七時だったか。

部下に時刻を聞くと、今は午後五時半過ぎ。あと十数分で六時になるとのこと。


坊っちゃんが「急ごう。間に合わなくなる」と声をかけてきたので移動を開始したが、呆れてもいた。

もう充分じゃねぇの。たぶんお嬢ちゃんとの約束の時間に、間に合うだろ。つか、ここでやめて明日に回しても間に合うと思うんだが。


計画聞いたときは、七ヶ所は無理だろと思っていたが、できるもんなんだな。いや、この坊っちゃんだからか。きっと坊っちゃんだけならもっと速く移動できたに違いない。

今日一日でようやく敬語が抜けた坊っちゃんを見ながら、オレらは何してたんだと情けなく思った。


部下なんて自分たちの実力に、本当は自分たちは物凄く弱いんじゃないかと疑問を持ってしまっている。いや、違うから。この坊っちゃんたちが規格外なだけだろ絶対。坊っちゃんたち見てると、何が普通なんだか、感覚が麻痺してくる…。

この坊っちゃんたちと互角に渡り合える奴は? と聞かれたら、すぐに思いつくのはギルドマスターのクルドくらいだ。


そんなことを考えて移動しながら、違和感を覚えた。

……坊っちゃんの移動速度が遅くなってる…?

オレらに合わせてるわけじゃねぇよな。それどころか、移動に風魔法を補助として使っていたのに、その気配がなかった。それでも充分速いから判断に困る。気のせいかとも思ったが…。もしここまで無理を重ねてきているんだとしたら……。


思いきって坊っちゃんに聞いてみると、坊っちゃんは困ったように苦笑して、認めた。魔力が限界だと。せいぜいあと一回、オレらを連れて邸に戻る魔力分しかないと。

オレらは刮目して、一瞬息を止めた。


はぁぁあぁぁ!? バカか!?

オレらと戻る分って、アホかよ! 雇われて見ていただけのオレらなんて、放っておいて自分だけ帰っても文句はねぇぞ!?

それだけの戦闘をまざまざと見せられたし、むしろいい見取り稽古になったくらいだわ! つか、オレらを守る結界とか張って、魔力消費してる場合じゃねぇだろ!?

そもそもオレらを送迎するとか契約に入ってねぇよ。


依頼を受けたギルドなんだから、やってのけて当然、捨て駒みたいに扱う雇い主なんて腐るほどいた。なのに、この坊っちゃんときたら……オレらを守って、気遣って━━天使か!?

これが貴族かよ…オレらの国のお偉いさんたちとは、だいぶ毛色が違う。

呆然としている内に、七ヶ所目に辿り着いた。ここに結界石を埋めたら今日の予定は全て消化したことになる。


「━━って、魔力ねぇならどうやって戦うつもりだ!?」


言葉遣いが普段と同じになっちまったが、今はんなこと気にしてる場合じゃねぇ。剣技も体術も極めてるのは見ていてわかったが、それだけじゃ限度があるだろ。

黒の森から魔物が二十数体、わらわらと出てきやがった。


……仕方ねぇ、この坊っちゃんを守るためだ。

オレらは魔方陣が彫られた武器に手をかけて、戦闘準備に入る覚悟を決めた。

有り難いことに、今日一番、魔物の数が少ない。それも上級は一体だ。中級は三体、後は雑魚。坊っちゃんについて回ったお陰で、魔物のプレッシャーは腹一杯で、慣れた。

坊っちゃんが懐中時計を投げて寄越した。それを受け取って、笑う坊っちゃんを見る。


「大丈夫。ドルマンたちは自衛に専念するように。六時半まで十分切ったら教えて」


そう言って、坊っちゃんがオレらを庇うように前に立った。……おいおい。何だよ、かっけぇな。でも限度があるだろ。せめて魔力をまとった武器じゃねぇと倒せねぇぞ。……オレの予備の武器でも貸すか。この坊っちゃんになら、大切な相棒を貸してもいいと思えた。

……のに、坊っちゃんは長めの上着の後ろ、腰に手を回した。そこから出てきたのは小型の黒光りする魔法銃。


オレらは間抜け面で、あんぐり口を開けていた。

……おい坊っちゃん。お前、ナニ出してんの?

子供がさらりと出して構えて持つものじゃねーから。何でかっこよく決まってんの。おかしい。何なのこの子…。


坊っちゃんは慣れたように、オレらじゃ買えない魔法銃をぶっぱなして、炎や水球、石の弾丸で次々倒して、三分もかからず雑魚を沈黙させた。残すは上級と中級一体ずつ。


坊っちゃんは魔力の他に体力も限界だったようで、動きがだいぶ鈍っていたが、それでも一人で何とか倒しきった。雑魚たちを倒してから十分が過ぎていた。

周囲はもう真っ暗だ。半月より膨らんだ月が浮かんでいた。

坊っちゃんは最後の結界石を埋めると、大きく息を吐いた。


よかった、約束に間に合う、じゃねーから。

何だよ、それ。坊っちゃんが頑張ったのはお嬢ちゃんとの約束のためかい! いや、大切だけどな、約束…。

オレらは疲れて脱力した。あと十二分で午後六時半だ。

予定通り無事に終わって安心した。だからつい、からかいたくなった。


「よっぽど、お嬢ちゃんに会いたくて仕方ないんだな。だから、こんなに早く終わらせたんだろ。もしかして、今日七ヶ所もこなして日程に余裕を持たせたのは、なるべくお嬢ちゃんといる時間をとるためか?」


いつもの言葉遣いでニヤリと笑って坊っちゃんに言うと、坊っちゃんは真剣な表情で重々しく頷いた。ついでに、深いため息がこぼれた。八歳児なのに、哀愁が漂っている。あれ? オレ何か悪いこと言ったか?


「そうだね。じゃなきゃ、何かに巻き込まれて危ない目に遇う可能性があるから。もし約束しなかったら一人で勝手に暴走して後をつけて来たと思うよ。今だって、時間通りに戻らなかったら、乗り込んできそう」

「はは、冗談だろ。大まかな視察ルートは言ったが、どうやってここにいるってわかるんだよ」

「……精霊が普段より多く辺りにいるんだ。だから、今日は凄く魔法を使いやすかった。きっとリフィが心配して見ているよう頼んだから。もし僕たちが動けなくなって非常事態と精霊が判断したら、すぐに連絡が行って彼女が飛んできただろうね」


オレらは意味がわからなかった。え、精霊ってそんな使い方できたんだっけ? 冗談?

つか、精霊自体がどういう存在なのかもわかんねー。

ちんぷんかんぷんで、理解しがたい。坊っちゃんもオレらじゃわからないと思って、たぶん話した。


「……デゼルはリフィの側に残して来たはずなのに、僕たちに付き添っていたから、きっとリフィに頼まれて僕の側についたんだと思う」


んん? つまり、お嬢ちゃんが坊っちゃんを心配して、自分の護衛の『影』を一人、坊っちゃんの側につけたってことか?


「それにしても、あの淑やかそうなお嬢ちゃんがねぇ…。かなり好かれてんな、坊っちゃん。自分についた護衛を寄越すなんて、いい子じゃねぇか」


そう言ったら、遠い目をして深く息を吐いた坊っちゃん。


「うん、いい子だよ。本当にお淑やかにしていてくれたらなと思うけど。……大人しくても、たぶんリフィなら面白いままで飽きそうにもない気がするから」

「は?」


面白いままで飽きそうにもない? 何じゃそりゃ。

首を捻りながら、時間を告げることなく終わった懐中時計を持ったまま、魔法銃をホルスターに戻す坊っちゃんを見ていると、坊っちゃんがはっとして銃を構え直した。


ヒュン、と。空気を裂く音がして坊っちゃんの頬に線が走った。赤い血が滲み出てくる。その頃には坊っちゃんは既に、魔法銃を撃っていて、新たに黒の森付近から出てきた魔物を燃やしていた。暫く警戒するが、もう出てこない。というか、結界石を埋める前にこっそり出て来ていたのだろう。強化された結界から出てこれるわけがない。


「ケイトス様、手当てを」と、部下の一人シダが坊っちゃんに近づいた。坊っちゃんは首を横に振った。傷口が紫に変色し黒ずんでいく。思わず、顔を顰めた。


魔物の障気が傷から入り込んだ。早く浄化して手当てしないと命に関わる。坊っちゃんに余力があれば、浄化できるだろう。オレらを含めた五人で戻ろうとしなければ、癒せる。

そう言ったら坊っちゃんは「早く戻るよ」と、オレから懐中時計を取り戻し、怪我を気にして集まったオレら四人ごと移動魔法を使った。



・*・*・*



瞬いて、気づくとサンルテア本邸の玄関前だった。

邸や玄関前にともる灯りにほっとする。だが、その間にも坊っちゃんの綺麗な顔が傷から変色している。

早く手当てをと、人を呼びにいこうとしたら、扉が大きく開いた。次いで「お嬢」と、焦ったように呼ぶラッセルの声。邸の灯りを背に出てきた、可憐な美少女は満面の笑顔で駆けてきて、坊っちゃんに「お帰りなさい!」と抱きついた。


オレらは戸惑い、どうしたものかと視線を合わせた。結論が出ずに坊っちゃんを見ると、坊っちゃんは柔らかな笑みを浮かべて、「ただいま」と苦笑した。

「いい子にしてた?」って、坊っちゃん、あんたそれどころじゃねぇだろ。つか、それは父親が幼い娘に言う台詞だと思うぜ。

ほのぼのしたやり取りに毒気が抜かれた。


それから体を離したお嬢ちゃんが、坊っちゃんの顔を見て、目を丸くした。お嬢ちゃんに追いついたラッセルも傷に気づいて、意外そうな顔をした。

醜悪な傷に泣くか、怖がって怯えるか。そう思ったら、お嬢ちゃんの目が据わった。思わず、ビクリとオレら四人が動けなくなる。


「ナニこの汚れ」と低い声で呟いて、お嬢ちゃんが坊っちゃんの左頬にできた傷を擦るが、固まった血が取れただけで傷は消えない。それをじっと見るお嬢ちゃん。

視線がオレら四人に向けられた。ゾクッと背筋が凍った。


「……この怪我、どういうことでしょうか?」


一瞬、呼吸を忘れた。

心臓がどっどっどっと、荒れ狂う。

お嬢ちゃんは綺麗に微笑んで、問いかけているだけなのに殺気が膨れ上がっている。ついでに微笑みつつ、坊っちゃんの左頬の傷を綺麗に治した。一瞬で浄化して治すとか…何つー力……。


……もうヤダ。何なんだよ、ここのお子様たちはっ!?

マジでこえーわ!! おかしいから、こんな殺気を出すとか普通じゃねーし! さっきまでの無邪気で可愛らしい淑女どこ行った!?

声帯も凍りついて声が出せないでいると、「どうどう」と坊っちゃんが間に入って、お嬢ちゃんを宥めてくれた。


「落ち着いてリフィ、僕が無事に予定が終わって帰れると安心したら、隠れていた魔物に攻撃されただけだから」

「ウソ。ケイは最後で気を抜くなんてしない」


お嬢ちゃんは問い詰めるように坊っちゃんを軽く睨んだ。が、少し涙目で可愛いだけだった。


「それに懐中時計を持ってなかったの? 持ってたら身代わりにあっちが壊れて、美少女の顔に傷がつくことなんてなかったのにっ!! ムカつく━━っ!!」


………………。

オレら四人は反応に困って、「美少女を傷つけるなんて万死に値するよ!」と拳を握りしめ、地団駄踏んで悔しがる美少女を見て、遠い目をした護衛のラッセルと疲れた様子の坊っちゃんを見た。

……コレは突っ込み待ちか?

何か言った方がいいのか? と当惑していたら、目が合ったラッセルに静かに首を横に振られた。


「……守護の力がある懐中時計は、壊れたらいけないと思ってドルマンたちに預けていたから。持っていても、致命傷から守るもので、掠り傷には無効かな」


……この坊っちゃんは…。またオレらを守ろうとしてたのかよ…。

困ったように笑う坊っちゃんに、オレらは苦笑した。

お嬢ちゃんも坊っちゃんが守ろうとしたものに気づいたようで、文句を言いたいのに言えないと、ぐぅっと唸って、オレらを見て、従兄弟の食えない坊っちゃんを見て、それでもぷんすか怒っていた。


「それにリフィのことを思い出していて、ちょっと気を抜いて油断したんだ。ごめん、次からは心配させないように気をつけるよ。治してくれて、ありがとう」


坊っちゃんが麗しく微笑む。お嬢ちゃんが「ほわ~眼福~」とぽわぽわしたが、すぐに「いや、騙されるなわたし」と気合いを入れていた。

……何だこのやり取り。お嬢ちゃんも随分親しみやすいな。近寄りがたかった高嶺の花のお嬢様な雰囲気はどこ消えた?


「従兄弟がタラシにならないか心配だけど、今は、ちょっと報復に行ってくる…!」

「「「「はっ?」」」」


宣言したお嬢ちゃんに、異口同音に聞き返すオレらと坊っちゃんとラッセル。待て待て待て。ナニ言い出したんだ、このお嬢ちゃん!


「ちょ、お嬢、何言ってんだ? 落ち着け? 」

「止めないで、ラッセル。大丈夫。夕食の七時までには戻ってくるから」

「いやいやいや。ナニいい笑顔で拳握ってんだ。暗くなってきて危ないからやめなさい。女の子がこんな時間に出歩くもんじゃありません」


いや、その突っ込みもおかしいだろ。相当テンパってるな、この護衛。それでも止まらないお嬢ちゃん。


「心配ないよ、ラッセル。わたしの大事な従兄弟の美貌を傷つけておいて、ただで済むと思ってのうのうと生きてる魔物をぶっ飛ばしてくるだけだから」

「いや、ちょっと待て。━━若! 呑気に笑って見てないで、若も止めてくださいよ! じゃなきゃ、ガチでお嬢が殴り込みにいくから!」


オレらはポカンと呆けて、腹を押さえながらも声を抑えて笑う坊っちゃんを見た。その間にも、「やめなさい」「いや、行く。フルボッコしなきゃ気がすまない」と物騒なやり取りをするラッセルとお嬢ちゃん。


「かくなるうえは、ラッセルの屍を越えて行くしか…」って、マジかよお嬢ちゃん、早まるな!?

真剣に恐ろしいことを美少女の口から言わないでくれ!

オレらの中で淑やかな美少女が、ガラガラと崩壊していく。

何かもう……この坊っちゃんもお嬢ちゃんも、色々と末恐ろしすぎなんだが。


「お嬢、申し訳ありません。オレが若を守れなかったから…。お嬢の気がすまないのなら、オレが代わりに黒の森に行ってきますから、お嬢はここで待っていてくれませんか?」


黒装束姿のデゼルが気配なく現れて、オレはビックリした。お嬢ちゃんが「デゼル!」と駆け寄り、しゃがんだデゼルに抱きついた。


「お願いを聞いてくれてありがとう。無事でよかった。デゼルも無事にいるし━━よし、これで安心して黒の森を焼き討ちにできる!」


いやいやいや。ホント待ってくれ、お嬢ちゃん。まずは落ち着こうか。普通にこえーから。七歳の女の子から出る言葉じゃねーから。つーか、報復とかぶっ飛ばすとか焼き討ちとか……どこぞの悪役みたいな台詞を頼むから言わんでくれ!


さっきからおじさんたち、色々とショックで寝込みそうな勢いなんだけど!?

ほら、見て。部下のシダが、だいぶ前にどっかに魂飛ばしてまだ戻ってきてないから。他にも悟り開いたように穏やかな微笑みで固まってるのとかいるだろ!? いや、「アルカイックスマイル」ってナニ!? 何でオレの部下を拝んだんだ、お嬢ちゃん!? まだ死んでないからな!?

もうこれ以上、こいつらの幻想を打ち砕かないでやってくれ?


……にしても、勇ましいな、このお嬢ちゃん…。

「出陣じゃ~」って楽しそうだな、お嬢ちゃん…。

ラッセルとデゼルが留めているが、もう限界っぽい。二人が笑ってる坊っちゃんに視線で助けを求めていた。


一頻ひとしきり笑って落ち着いた坊っちゃんは、笑いすぎて浮かんだ涙を拭って、お嬢ちゃんを楽しげに見た。

「リフィ」と声をかけると、お嬢ちゃんが反応する。

坊っちゃんはにこりと微笑んだ。


「出掛ける前に一つ聞いてもいい?」

「……何でショウ…?」

「アッシュはどうしたのかな?」


お嬢ちゃんの肩がビクッと跳ねた。

……アッシュ? アッシュってあの大きな犬がどうしたんだ?

坊っちゃんは気にせず、お嬢ちゃんの前に立って微笑んでいた。お嬢ちゃんの視線が泳いで、困ったような淑女の微笑みが浮かんだ。


「……アッシュなら、用事を思い出したって帰っちゃった…?」

「そうなんだ?」

「そうなの」

「はぁ…。リフィ、また構いすぎたんだね。毎回、程々にって忠告してるのに。嫌がるアッシュを無理やり構ってると、本当に逃げられるよ?」

「だって三日ぶりのもふもふ…。三日離れていた分の思いがほとばしってつい、側で撫でくりまわして、抱きついて、ブラッシングして、ツボ押しして、おやつをあげて、お散歩して」

「……常にベッタリだったと」


坊っちゃんが嘆息し、お嬢ちゃんがしょんぼり肩を落として、頷いた。

「いや、あの構いっぷりはオレが犬でも嫌だと思う」とラッセルの意見に、お嬢ちゃんが打ちのめされた。


「だってもふもふ…。三日触れなかった分の禁断症状が出てきちゃって…」


どんな症状だよ!? てか、可憐な美少女が手をわきわきと動かさないでくれ。酔っ払ったおっさんか!

すげー残念なんだけど、この子!!


「アッシュを生け贄にした僕も悪かったから、明日一緒に謝ろう。とりあえず今日は夕食にしようか」

「え、でも、わたし黒の森に」

「それじゃリフィだけ夕食抜きになるけど? 領地の美味しい野菜を使った色鮮やかな郷土料理を食べてほしいって、シェフたちが張り切っていたのに、いらないの?」

「たべっ………━━うぅっ! 酷い、ケイが意地悪だー」


葛藤するお嬢ちゃんを、坊っちゃんは楽しそうににこにこ見守っていた。


「それにね、魔物は倒してきたから問題ないよ。あと、黒の森は焼き払えないって習ったでしょ。あの森は特殊で、精霊の力を借りて火をつけても自然に消火されるし、あの一帯だけ雨を降らせても、土壌を腐らせても、黒の森が無くなることはないよ」

「………そうだけど…」

「それなら、無駄なことはやめて僕と夕食にしよう。明日も午後から視察に出る予定だけど、早く休みたいから」

「………」

「リフィ、君が行ってどれだけ魔物を倒しても、僕の視察に変更はないよ」

「…………。わかった、大人しくしてる…」


坊っちゃんが微笑んで、悔しげに俯くお嬢ちゃんの頭をよしよしと撫でた。

お嬢ちゃんなりに、坊っちゃんの心配をしていたのか。かなり過激だけど。


坊っちゃんに手を引かれながら、邸に入っていく姿を見送ると、ラッセルに「お疲れ。騒がせて悪かったな」と肩を叩かれた。


「いや、オレらこそ守れなかったから…わりぃな」


きちんと守れていたら、お嬢ちゃんがあんなに取り乱すことはなかっただろう。


「お嬢もわかってるさ。ただ、若が傷つくと少し……だいぶ荒れるってだけだ。逆も然りなんだが」

「……そうか。坊っちゃんもあんな風に年相応に笑うんだな」

「そりゃな。今までが異常だったんだ……裏の世界に慣れすぎて演技以外で全然、笑わなかった…」

「そうか」

「ドルマンたちも疲れたろ。若のペースについていけるだけ、あんたたちは強いから気にすんな。何せ、お嬢も若の視察に同行することを認めたんだし」

「やっぱり観察されてたんだな……」


オレはどっと疲れが増した気がした。ここの子供たちは、大人を試すのか…。ナニその子供……ホントこえー。

大きなため息が出るのは仕方ないと思う。


「あんま悩んで付き合わなくて大丈夫だぜ。ほら、あんたらの分の夕食もあるから、食って寝て、明日に備えな。で、明日も若のこと頼むな」


ラッセルに促されて、オレは部下を見た。よかった、現実に戻ってきてる。

オレは部下を伴って、豪華な邸の中へと足を踏み入れた。




・・・ *** ・・・ (リフィ)




サンルテアの郷土料理を満喫して、お風呂にも入った夜。

本当なら寝なければいけないけど、アッシュを抱き締めて昼寝したからか目が冴えていた。

わたしは暫くベッドで寝返り、ごろごろ転がってみたけど、やっぱり眠くない。ていうか、まだ魔物への怒りが収まってない!!


よりにもよって、あの美貌に! 大事な美少女に! 傷つけるとはどういうことだ魔物め!?

ナンテことをしてくれたのかな全く! うちの天使が広い心で赦しても、わたしはねちっこく恨むから! もうね、かなり粘着質だから!!

思い出したら、またムカムカしてきた!


俯せになって、ぼふぼふマットレスを殴り付けた。

━━悔しい! 助けにいけない自分に腹が立つ!!

お母様の手紙を思い出して、息を吐いた。……わかってる。わたしはまだ動かない方がいい。

従兄弟の大事な領主の見定め試験に介入して、試験を妨害す気も、試験を横取りする気もないよ。


ケイがいない昼の間に、味方になってもらったメイド長マースとの約束もある。

マースは、お母様の手紙にもあった信頼できる人の一人。

やって来たケイとわたしを出迎えて、抱き締めて歓迎してくれた人。ケイをきちんと子供として扱って甘やかしてくれる人。だから、わたしもこの人を味方にして巻き込もうと決めた。


仰向けになって息を吐いた。

信じたくなかったけど、お母様の懸念通りのことが起こった。腹が立ったけど、我慢した。安易にここに来たわたしにも責任があるから。

眠れなくて、わたしは観念して起きた。


明日もケイは視察に出る。

午後から出ると言っていた。なるべく一緒にいて、不安になってわたしが暴走しないようにと配慮してくれたのかもしれない。


「うじうじ悩んでも仕方ない。とりあえず、暇潰しにお茶と魔法道具でも作って、眠くなったら寝よう」


もふもふが側にないのが残念だけど。

あれさえあれば、今頃心地いい夢の中だったような気がするけど。


寒さ対策として、肩からショールを羽織り、わたしは机に向かった。光魔法で小さな灯りをともし、異空間ポシェットから薬草茶を作るための道具と材料を取り出した。


まずは視察に出る五人分、体にいいお茶を作ろう。

ケイを守れなかった意趣返しとして、四人分、ちょっとくらい苦くて不味くても問題ないよね。……まぁ、もれなく全部不味くなるのはいつものことだから!


悪人という言葉が浮かんだけど、気にしなかった。

従兄弟やお母様のためなら、心を鬼にするくらい可愛いもんでしょ~。

そうして、渾身のお茶が完成するまで、わたしは怪我を負わせた恨み言を呟きながら、茶色いドロッとした液体を作った。


魔女っぽいなぁと呑気に思いながら。

まぁ、次はないけど。次、怪我させたら、お茶で済ませるつもりはないから。

やっぱり、ギルドの猛者とは拳で語り合うべきだよね! ━━決して、戦闘狂でも残念な脳筋思考でもないです!


明日は早朝訓練あるし、頑張ろう。このもやもやを発散する気満々で、わたしは無属性で魔法道具を眠くなるまで作り始めた。




お疲れさまでした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ