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2, 5才 ②




ゆっくり意識が浮上した。

瞼を上げると、天蓋から下りる紗幕越しに光が入り、室内の様子を浮かび上がらせた。

見慣れた自分の部屋。

体を起こして窓側の紗幕を開けると、外は快晴。爽やかな初夏の青空が広がっていた。

それなのに、わたしの心は晴れない。


前世の記憶が戻ってから早一週間。

残念なことに、未だに神様とかからの主人公チェンジのお話が来ない。わたしが爆睡してるから? でも本とかではそんなの関係なしに現れていたような…?


まだ諦めてはいないけど、その事だけに捕らわれているのも時間の無駄だから、ペイっと頭の片隅に追いやった。時間は有限だからね。

本当に主人公以外に変えてほしかったから、思わずため息が零れるのは仕方ないと思う。

神様が出てきて変えてほしい理由は、そうしてもらった方が楽だからだ。怠けるの大好きなので!

……この時点で主人公(笑)向いてないわー。


まぁ、わたしが知っていた話だからって、この世界でもリフィーユ(わたし)が主人公とは限らないし、夢のような世界だとも思ってない。

わたしはわたしとして、ゲームでも漫画でも小説でもなく、この世界で生きてるから。

ただ似ているから、転生しているかもと思うから色々複雑ではあるけど、今ある感覚も思いも命もこの世界で今日まで生きてきた時間も、全部わたしのものだってわかってる。



自分の認識を改めて確認したところで。

チェンジがないなら、わたしなりに今と向き合って次の手を考えるべきだよね。


幸いというか、今まで絶対安静のベッド生活で、考える時間はたくさんあった。

だから思い出せる限りで、わたし自身に起こる今後の事を時系列に並べてみたら━━うん、何て言うかこれから不幸というか、嫌なことのオンパレードだった。



まず、主人公が六歳の誕生日を迎えて暫くすると、商会で大金を注ぎ込んだ商品が海を渡って届く。大きな商談の為、父親が品物を確認しに遠く離れた国境近い港町に赴くことになり、その道中、土砂崩れが発生して父が亡くなる。

父が商談に間に合わなかった為、前金を払っていたけど積み荷は戻され、大金は父と土砂に巻き込まれて、深い崖下に。

商会の経営は傾き、母がどうにかしようと働き詰めになる。

その為、主人公はよく叔父の男爵家に預けられ、従兄弟と仲良く遊ぶようになる。

次に主人公が七歳になった頃、従兄弟は出掛けた先で魔物に襲われて亡くなり、男爵家の後継ぎ問題が出る。

そして八歳になる頃に母が病気で亡くなり、商会は倒産。主人公は叔父に引き取られ、男爵令嬢に。



確か小説で、十歳の時に引き取られた男爵家を抜け出して街に行く話があった。

そこでさらっとこれまでの主人公の家庭事情に、文章にして五、六行で触れられていたんだよね。

漫画はあくまで魔法学園入学後からの内容で、攻略対象とのやり取りがメインだから、今の時点ではあまり役に立たないなぁ。

でも公式設定をもとに書かれた小説だから、恐らく間違いはないはず。━━ということは。



えつ!? これから先毎年、家族や親戚が亡くなるってどういうこと!?


遠い虚ろな目になって「あはは…」と思わず乾いた笑いが出てきたよ。ついでに丁度メイドさんが来て、慌ててお医者さんが呼ばれて、母が血相を変えてやって来ました。

何ていうか、すみません。

わたしは大丈夫です。いや、あまり大丈夫じゃないかもしれないけど、今は落ち着きました。

そのせいもあってか、今日までベッドから出られなかった。

自業自得ではあったけど、意外にも快適だったなぁ。


まず自動で食事が出てきて、欲しいものをお願いすれば、本でも果物でもお菓子でも飲み物でも、大抵のものは出てきた。薬は苦くて不味かったけどね。

それを除けばもう至れり尽くせりのベッド生活。

ベッド生活楽でいい‼

ただしもれなくダメ人間になる可能性があるので要注意。そして運動不足で、ぽっちゃり注意報も出てきます。


けれど、メイドさんたちも忙しいし、何度も呼びつけるのも申し訳なくて、大人しくしていたよ。本読むの好きだから苦じゃないし、考えることもあったしね。


なんて言ってみてもやっぱり窮屈で、自由に動きたくて時々じたばたしてた。見つかると監視付きでベッドに押し込まれそうだから、なるべくこっそりと。

でもそれも今日で終わり。

ベッドを出て、自由に動いて良くなりました!

今後の予定はばっちり立ててあるから、早速今日から動こう!



この世界で、本当にその通りに進むかはまだ半信半疑だけど、次々家族を失うなんてイヤだ。両親のことは大好きだし、まだ見ぬ従兄弟とも仲良くしたい‼

おまけに貴族なんて面倒臭そうだし、極力関わりたくないよ。貴族たちの集まる学園に通って、平民とバカにされて虐められるなんて、もっての他!

イケメン攻略対象は見てみたいけど、わたしが巻き込まれる可能性があるなら話は別。わたしはわたしの人生が大事!!


家族を救いたいし、魔法を学ぶ為に貴族たちの学園には通いたくない。

この二つを達成するには、早めに精霊魔法を修得して、精霊の力を借りて家族を救って、学園に入らなくてもいいほどの力を示す!

入学は貴族でなければ、強制はされなかったから。

男爵家後継ぎの従兄弟を助けられたら、養子に引き取られることもないでしょ。

ぜひ本編始まる前にフェードアウトする方向で。君子危うきに近寄らず。コレ大事!!


嬉しいことに主人公の力は光、闇、火、水、風、土の六属性全て上級魔法を使えるハイスペック!

しかも、精霊王をまとめる王長の祝福を受けた人間だけが使える、何でも思い描いたこと、無から有を生み出す無属性魔法も使用できるというチート。

実はちょっと楽しみ~‼


これもあくまで、本ではそうだったっていうだけだから、実際はまだわからないけど、試してみる価値はある!

何としてもわたしの未来のために、嫌なシナリオの予定は全力で回避しよう!


大丈夫、精霊魔法については、ベッド生活で本を読んで学んだ。百聞は一見にしかずだけど、まずはやってみて、ダメなら家庭教師をお願いしてみよう。

約三週間後、神殿で魔力の有無を調べる誕生日までに何としてもある程度の力が必要だから。


「頑張るぞ!」


気合い十分で、わたしは拳を握った。

さて、着替えて朝食を食べたらまずは、体力作りだ!



* ・ *・ *・



しっかり朝食を食べてから、質素なワンピースに身を包んだわたしは館内を歩いていた。

今後、平民として生きていくことについても色々と考えてはいる。商売の仕方や最低限の礼儀作法は学んでいくが、もし一人で生活していくのなら生計手段が必要だからだ。

国に縛られないギルドの一員としてか神殿の人間としてか、ただの平民としてか、等と今は色々悩んでいてこれから自分にあった方法を探そうとは思っているけど、概ね決まっているのは精霊魔法の使い手として生計を立てるのが一番ということ。


廊下の窓から見えるガラス張りの温室に、目的の人を見つけてわたしは走り出した。

廊下の突き当たり左手の扉は温室へと繋がっている。その扉を勢いよく開けると、如雨露じょうろを持った貴婦人がゆっくり振り向いた。

オリーブ色の柔らかな髪を結い上げた檸檬色のドレスをまとった女性。平民なのに、姿を見ると貴婦人という言葉が似合うのは、わたしのお母様であるシェルシー・ムーンローザ。


「あら、リフィちゃん。体はもう大丈夫なの? まだ熱があるのではなくて?」

「ご心配とご迷惑をおかけしました、お母様。わたしはもう大丈夫です。むしろ力が有り余っております」


如雨露じょうろを置いて、側に来てくれたお母様にわたしは笑顔で答えた。

お母様のせいではないのに、わたしが寝込んだのは自分の精霊魔法のせいではないかと気にされていた可愛い人だ。

以前はサンルテア男爵令嬢、今はお祖父様がドラヴェイ伯爵を継いでいるので、結婚していなければ伯爵令嬢となる二十代半ばの美人さん。お姉様と呼んでも差し支えないんじゃないかな。


「お母様、わたしお願いがあって来ました」

「お願い? 何かしら?」


首を傾げるお母様に、わたしは興奮を隠せずに拳を握って前のめりになる。鼻息も荒かった━━落ち着けわたし。


「お母様に見せていただいた魔法、素敵でした!! わたしもあんな風に使いこなしたいです! ですので、これからはその訓練をしてもいいですか?」


こっそりやったり、怪我して後でバレたりする前に、先に許可を貰いたかった。

父の死亡までどのくらい時間があるかわからない。わたしの誕生日を期限としても三週間ちょっと。それまでに最低限、土の精霊と契約をして、力を貸して貰えるようにしなくちゃ!

お母様は目を丸くして、困惑していた。


「お母様、お願いします!! どうしてもやりたいんです!」

「どうしてそんなに? リフィちゃんが寝込んだのは」

「魔法のせいではないです! むしろお母様に見せていただいて、わたしがすごいと感激しただけです。かっこよかったです、魔法を使うお母様。憧れました!」


褒めて押して許可を貰おうと、必死だった。でも言葉に嘘はない。素敵だったのもかっこよかったのも、自分も使いたいと憧れたのも感動したのも本当だ。

お母様のオリーブ色の目をじっと見つめていると、ふいにその目に涙が浮かんだ。これにはわたしが驚いて、アワアワしてしまう。


えぇっ!? わたし何か変なこと言った? 傷つけた? わたしがお母様を泣かせたの!? これは自分で自分を殴って罰するべき!?


混乱のあまり硬直したわたしに、お母様が微笑を浮かべた。

いつの間にかいたお母様の侍女メイリンが、ハンカチを差し出す。それを受け取って涙を拭くお母様。


「驚かせてごめんなさいね。ふふっ、何でもないの。━━ありがとう、リフィちゃん」

「何がですか?」

「リフィちゃん、わたくしが付き添って見ているわ。頑張って精霊魔法を使えるようにしましょう。早速、特訓ね。準備してくるからお庭に出て待っていて」


上機嫌でお母様が館内に戻っていく。よくわからないが、とりあえず許可ゲットォ!! やったね!

達成感でいっぱいのわたしに、クールビューティな茶髪に茶色の目のメイリンが、微かに表情を動かした。

ほわわわわっ!! 美人の笑顔! もはや凶器だよ!


「ありがとうございます、お嬢様。塞ぎこんでいたシェルシー様があんなに嬉しそうにされたのは久方ぶりでした。お嬢様に憧れる凄いと認められ、必要とされて自信を持たれたようです」

「……何かあったのですか?」

「いえ、特には」

「そういえば、お父様を最近見掛けないのですが、お仕事でしょうか?」


寝込んでいた時に何度か来てくれたみたいだけど、夜遅くで寝ていたからなかなか会えていない。出勤前の早朝に一度だけ会えたが、それも三日前。お仕事が忙しいのはわかっているんだけど、やっぱり寂しい。

あ、もしかしてお母様も同じなのかな。


「旦那様は二日前から出張です。他にも仕事が立て込んでいて、お忙しいと伺っております」


……えーと、空気がヒンヤリしているのは気のせいですかね?

わたし空気読める子。スルーしとこう。

お母様に指示された通り、温室から外に出て待つことにする。メイリンがその後をついてきた。


「お嬢様、なぜ急に精霊魔法を学ぼうと思われたのですか? 普通でしたら、六歳の時に神殿で魔力の有無を確かめてから、自然に契約する精霊に会うまでは何かしようとしません。力が自然に開花し、日常で精霊に慣れ親しんでから学園で学んでいき、他にも誰かに師事したり、ギルドで学んだりとそれぞれに合った方法で使い方を覚えていくものですのに」


「そうですか。でもどうしても、今からでも少しずつ自分で出来ること増やしていきたいんです。あ、もちろん他の勉強を疎かにはしませんよ」


むしろ時間がない。今からでも間に合うか不安でしかない。やるっきゃないんだけど。

待っていてください、お母様。お母様の為にもお父様を死なせたりはしません!


「よし、やるぞー!」


改めて気合いを入れると、メイリンが軽く目を見開いて、微笑んだ。

そこに、お母様がシャツにズボンといった格好で現れて驚かされる。


歌劇団!? 男役ですかお母様? 素敵にかっこよすぎなんですが‼ 何で違和感なく、こ慣れてるんですか?


「さぁ、特訓を始めるわよリフィちゃん! まずは体力作りからね。 準備運動したら、一緒に家の回りを五周しましょうか」


おぉう、やる気満々ですね。そして意外に体育会系? まぁ何でもどんとこい!

望む未来のために、せいぜい足掻くとします‼






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