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14, 7才 ①




通い始めて一年が経過したサンルテアの早朝訓練後、夏空と比べてやや色の薄い晴れた青空を見上げて、わたしはぐっと伸びをした。九月になったとはいえ、まだ日差しはきつい。けれど、これから徐々に過ごしやすくなるよね。


「リフィ、そろそろ着替えて朝食にしよう」


振り返ると、青緑ターコイズの髪に、濃い深緑の目の超絶美少年が裏山から現れた。先にトレーニングを終わらせてきたみたい。先月、八歳を迎えたわたしの従兄弟は、幼年期特有の丸さが少しずつ抜け始めているけど、相変わらず可愛い天使で癒しです! まだ違和感なく女の子に見えるよ!!

にっこり微笑まれ、つられたように「今日も可愛い」とわたしの顔がへにゃりと崩れる。


「……リフィ、僕は女装しないからね。いい加減に覚えて」

「今は、ね。その内、潜入捜査でやってくれることを期待して楽しみにしてる!」

「しなくていいから」


従兄弟の迫力ある笑顔にも慣れたもので、わたしはめげずに未来を想像して、笑った。そこに、白に近い灰白色の狼に似た犬のアッシュが近づいてきて、呆れた目をわたしに向けた。


「お前は、本当に懲りないな」

「努力家と言って」

「残念な努力家な」

「失礼な。この前、寝ているアッシュをリボンや花で飾って写真を撮ったこと、まだ根に持ってるの? 可愛かったのに。あと少しで、犬用のワンピースを着せられたけど、起きて未遂だったんだからいいじゃない」

「全然よくないだろ!? 何でオレ様の許可なくあんなフリフリのワンピースを着せようとしてんだよ!? それもよりにもよってピンクだぞ!? 思わず間一髪で起きた自分を褒め称えたわ!」


がうっ、と大きく口を開けて怒るアッシュ。ケイが遠い目をして「新たな犠牲者が…」って呟いた気がするけど、気のせいかな。


「わかった。次はピンクじゃなくて赤にするよ」

「重要なのはそこじゃねーっ! お前、オレの話聞いてたか!? 誰が色の話をした。真面目な顔でボケるな。勝手に許可なく服を着せようとするなと言ったんだ」

「可愛くて似合っているのに?」

「嬉しくねー!」

「何を言ってるの、アッシュ。可愛いは正義だよ!」

「オレはそんなの求めてない。何で話が通じないんだ…」


力説するわたしに、ぐったりと項垂れたアッシュ。大分お疲れのようで。ふと、閃いた。


「疲れているみたいだね、アッシュ」

「お前のせいでな…」

「そんなアッシュには、わたし特製の健康茶を」

「笑顔で流すな。そしてアレはやっぱりお前の仕業か!」


アッシュが緑の目を向けた先には、訓練後のせいか、折り重なるように地に倒れ伏す屈強なサンルテアの私兵団の皆さん。側には紙コップが転がっている。わたしはちょっと目を逸らした。


「…………皆さん、お疲れのようで…」

とぼけるな、目を逸らすな」


ジト目のアッシュに、わたしは困った淑女の微笑みを浮かべた。そのやり取りを聞いたケイが、死屍累々の部下たちを見て痛ましそうな顔になる。


「ああ、やっぱりアレはリフィの仕業だったんだ…。リフィ、あれほど君の作った薬草茶を他の人に飲ませちゃ駄目だって言ったのに、またやったの? 多少の毒や薬に慣らされた僕でも半日寝込んだ代物なんだから」

「ある意味、誰でも無効化できるけどな。あの連中をも倒すとは、恐ろしいなお前の調合した毒物は。あのときはオレも、危なかった…」


困った子を見るようなケイに、ぶるりと体を震わせるアッシュ。あまりの言いように、わたしは断固抗議したよ!


「体にいい薬草茶! 毒、違う!」

「「いや、アレはお茶じゃない」」

「ぅうっ!」


真顔で異口同音のダブル攻撃。

ひどい! 繊細なわたしの心が傷ついたよ?

そして、ケイも本当に遠慮がなくなってきたね。今までいい子だったのを怒らせてから、何か吹っ切れたみたいでよかったし、包み隠さずに話してくれて、仲良くなれて嬉しいよ。嬉しいけどね、たまには従兄弟への優しさも必要だとわたし思うんだ。


わたしは低木にかけておいた異空間入れ物のポシェットから、水筒を取り出した。蓋を開けると、強烈な異臭が辺りに漂う。わたしは何ともないのに「うあっ、鼻がもげる! 目が痛い!」とアッシュが伏せて、両足で目と鼻を覆った。


「リフィ、やめろ! こんなところでそんな危険物を取り出すなんてナニを考えてんだ!」

「……危険物って、ただの健康茶だよ?」

「それは周囲に害を及ぼす毒物だと何度言ったら」

「えいっ」


大きく開いたアッシュの口に、わたしは濃い赤茶色のきっと味わい深いであろう新作の薬草茶を注いだ。昨晩、丹精込めて作った自信作だよ!


「グハアッ!」と、大袈裟に咳き込んで倒れるアッシュ。四肢が伸びていて、微かに痙攣している。……あれ、おかしいな。疲労回復の体にいいものしか入れてないのに。

ケイがアッシュの状態を確認する。


「………気絶してる…」

「何でだろう?」

「いや、明らかにそのお茶が原因だよね!?」


ケイが顔を強張らせて、恐ろしいものを見るような目を向けてきた。

そこに丁度、何の臭いだと慌てて裏山のトレーニングから戻ってきた体術強化組が、恐れおののいて「敵襲か!」口と鼻を手で覆った。それから、水筒を持つわたしと倒れるアッシュ、側にいるケイを見て「お嬢」と残念そうな顔をした。……割りと傷つきました。

ケイがかつてないくらい真剣な目と声で、静かに淡々と言う。


「しょんぼりしても駄目。傷つく前に反省して。リフィは製作者本人で、薬草とかこの強烈な匂いにも慣れて耐性があるけど、他は違うって教えたよね?」

「………体にいい健康茶なのに…」

「それは自分で飲んで試してから言おうか。ちゃんと試飲した?」

「……一口はしたよ。お陰でわたし、今日は絶好調デス」

「リフィ、もう一回僕の目を見て言ってみて」

「…………ごめんなさい」


少し前から、薬草や体にいいハーブや花、野菜を煮出したお茶作りや塗り薬作りが、わたしの中で趣味になった。六歳より師事しているおじいちゃん先生にも太鼓判を押してもらって、疲労回復や肩こり腰痛、切り傷から火傷まで効く塗り薬やお茶を作っては、皆にあげている。


アッシュには「どうして殺人と同義の許可を出してんだ! 早まるなよ、リフィ」と言われたけど。悔しかったので、もふりました。さすがに一年以上一緒にいて、ほぼ毎日撫で回していれば、アッシュのいいツボと痛がって嫌がるツボも把握済みだよ。


動かないアッシュを見て、さすがに申し訳なく思っていると、体術強化組の面々が集まって何やら、ヒソヒソと話す声が聞こえてきた。


「趣味が毒物作りとはやるな、お嬢」

「アレはマジでヤバイやつだからな。一度飲んだけど、強烈だった。記憶も命も飛びそうになったぜ」

「ああ、わかる。寝て起きたら、スッキリしていて疲れもなく、体も軽くて、体調も万全なんだけどな。あの味と匂いがな………残念すぎる!」

「効果は抜群なのに、他が残念だよな。ある意味、お嬢とおんなじで残念なお茶だ」

「確かに。美少女なのに中身が少し残念なところがよく似て……はっ」


体術強化組がわたしの不機嫌な視線にようやく気づいた。

青ざめて、「違います、お嬢!」「誤解です! オレたちが言いたかったのは」と慌てふためいて弁解するのを、心優しいわたしは笑顔で、「うん、言いたかったのはナニ?」と先を促した。


━━あら? 皆さん、青ざめてどうしたのかしら。うふふふ。わたしはこんなに笑顔なのに。それとケイ、ぷるぷる震えて笑いを堪えるくらいなら、いっそ大声で笑っていいよ。全く、皆でよってたかって失礼な!!


「お嬢、すみません。失言でした。オレにもお茶を頂けますか?」


殊勝に紙コップを差し出してきたのは、若手の実力者デゼル。九歳年上なのに、可愛らしい容姿で実年齢よりも若く見える。ゆるふわの茶髪に懐かしさを感じる黒目のお兄さん的存在。サンルテアの私兵団『影』の中では一番、年齢が近いかな。優しくて真面目で強い戦うお兄さん。潜入捜査では女装することもあって━━可愛かった!


「自ら飲みに行くとは」

「おお、勇者だ」

「さすが若手のホープ」


デゼルを誉める外野がうるさい。

わたしはそちらを半眼で一睨みして、しゃがんでわたしと視線を合わせて、申し訳なさそうに紙コップを差し出すデゼルを見た。


「いいよ、デゼルは悪く言ってなかったから。ありがとね、優しいデゼルだけが味方だよ」

「えっ、いえ」


しゃがんだデゼルの首もとに抱きついた。

途端に、周りから殺気と険悪な視線が突き刺さる。これはデゼルが危ないかな。親愛のハグなのに。そもそも皆、普段からわたしを抱き上げたり、撫でたりするのに。


「こんなに優しいデゼルに何かしたら、酷い人だと思うので、きっと暫くは近づきたくなるかな」


ポツリと呟けば、殺気と険悪な視線が無くなりました。

デゼルもほっと息を吐き出したので、感謝を込めて背中をぽんぽん、と叩いて微笑んで離れた。それから、この一年ですっかり打ち解けて、敬語が抜けつつある『影』の一同を見やる。


「デゼル以外に飲みたい人はいる? ラッセルとかセスとか、マシューとか」


名前を呼ばれた面々と会話に加わっていた『影』たちが、ギクリと背筋を正した。じりじりと他のメンバーと一緒に少しずつ下がっている。ふーん、効能は認めているのに、そこまで嫌がるのか。腹立つー!

すると笑いの衝動を抑えた従兄弟が、真面目な顔で諭してきた。


「リフィ、無理強いはよくないよ。淑女のすることじゃない」

「若の言う通りだ、お嬢。それを仕舞ってくれ」

「そうだぜ。そんなん無くても、お嬢はその見た目があれば大丈夫だ。少し残念だけど」

「その通りです。毒物なんかに頼らなくても、お嬢なら最強冒険者になれますから。中身が少し残念でも」

「とりあえず、そのお茶作りはやめとけ。嫁の貰い手どころか恋人もできねーぜ。ただでさえ中身が少し残念なんだから。……てか、そんな奴できたら全員で相応しいか試すけどな」

「まずお嬢より弱い奴は論外だよな。それで大抵の奴は候補から落ちるだろ。あとはお嬢の見た目に惑わされず、少し残念でも好きでいてくれる人間の出来たやつがいいよな」

「おい、やめろ。若だってまだ婚約者が決まって無いんだぜ。お嬢には早すぎる」

「そうだぜ。ゆっくり見つければいいだろ。時間はあるから少し残念でも見つかるハズだ」

「━━ソレ、まだ続けるの?」


嗜めるケイに便乗して、次々と好き勝手なことを言ってくれる『影』の人たち。……皆がわたしをどう思っているのかは、よぉくわかったよ。

わたしはにっこり笑った。目は笑ってないけど。むしろ冷えきっていて、皆が怯えているけど知るか!


「わたしの将来を心配してくれてありがとう。そうだね、性格が残念な上に狂暴ってますます嫁の貰い手なくなりそうだよねー。わかった、もう、訓練に参加するのはやめる。冒険者も武芸もやめて、お淑やかな令嬢を目指すよ。今までお世話になりました!」

「えっ!? いや、ちょっ、お嬢待った」

「何もそこまでしなくてもっ!」

「あら、どうして? 今から普通の女の子に戻るだけですもの、何も問題ないでしょう? 顔しか取り柄のないわたしがかず後家にならないかあなた方に心配させるのも申し訳ないから、早めに婚約者でも恋人でもその候補でも作れば安心しますよね?」


他人行儀の言葉遣いに淑女の微笑みを浮かべて言えば、全員の顔が強張った。蓋を閉めた水筒を異空間ポシェットにしまう。そのままポシェットを置いて、言い訳する『影』の面々と向き合った。


「早まるな、お嬢!」

「オレらが悪かったから! からかいすぎてごめん」

「全部冗談だ! 頼むから、もうここに来ないなんて言わないでくれ!!」

「お嬢は今のままが一番いいぜ!? なぁ?」


ぶんぶんと首振り人形のように、一斉に頷く一団。

それでも、わたしは傷ついたし、怒ってます!!

女性にそういうデリカシーのない発言はしてはいけません。親しき仲にも礼儀ありだよ! その辺は実地で教えなくちゃ駄目だよね。だから恋人もなく、わたしを構ってくると思うんだ。


「遠慮しなくてよろしいのですよ。皆さんの心遣いはありがたく受け取っておきますわ。それでは、ご機嫌よう。二度と会わないかと思いますが、お元気で。━━『影』でわたしの護衛についたら、ラカン長老のところに行くから」


最後にキッと睨んで、脅しつつふんわり微笑む。

それで引き留めようと動きかけた一同が硬直した。

わたしは優雅に一礼。呆然として言葉を失っていたケイがはっと我に返った。


「リフィ! どこにっ」

「町に行ってから帰るから心配しないで。ノームに付き添ってもらうから。下級精霊使って監視したら、ケイでも許さない。もう今日は放っておいて」


無表情で淡々と告げたら、ケイが驚いたように息を呑んだ。

これまでケイを邪険に扱ったことなんてないからかな。ちょっと胸が痛んだけど、今は怒りが優先。きっと後で後悔して謝るとは思うけど、今日はもう関わりたくなかった。


「━━どうせわたしは可愛くありませんよーだ! 恋人とか結婚とか余計なお世話! 放っとけこんちくしょー」


子供らしく(?)ベーっ、と舌を出して、移動魔法を発動した。

しょぼくれた顔で落ち込む訓練仲間に、またズキリと胸が痛んだけど、わたしは見なかったことにして転移した。




・*・*・*




「━━それで、私のところに来たのね?」


呆れたように一つ息を吐いて、茶褐色の目を向けてくる幼馴染みのサリー。わたしは決まり悪くて少し目を逸らしながら、素直に頷いた。わたしはスコーンとクッキー、お茶をいただいて、ふぅと人心地ついたところ。


客間のローテーブルを挟んでソファーに座るサリーは、レースがふんだんに使用されたサーモンピンクのドレスを着ていた。

フリルやリボン、腕輪や首輪と装飾がたくさんあるにもかかわらず、ゴテゴテした印象はなく、調和されているのはさすがと言えるね。更にズバズバ遠慮なく言ってくるのも相変わらず。


「はぁ。あんな格好で急に訪ねてきたから、何かあったのかと驚いたじゃないの。人騒がせね」

「面目ない」


勢いよく出てきたのはいいものの、時刻は十時前。いつもより訓練開始が遅く、長引いて九時過ぎていたとはいえ訪ねていいものか悩んだよ。でも訓練直後で汚れて汗臭く、男の子のような格好。さすがに町中をあの姿で闊歩する勇気はなかった。

肝心なところで抜けていたというか、怒り心頭でノームを喚ぶ件も忘れて、異空間ポシェットも置いてきちゃったし。


町の知り合いの人は男装でも微笑ましいと見てくれるけど、大半の人は、あのムーンローザ商会の娘は汚れたあんな格好で何をしているんだって噂になって、後ろ指を指されかねない。お母様たちに迷惑がかかるのは本意じゃないからね。

それに、むしゃくしゃしたまま帰るのも癪だった。誰かに話を聞いて欲しかったから。


そんなこんなでサリーの家を飛行魔法で訪ねて、シャワーと洋服を貸してもらい、軽く食べながら事情を話すというか愚痴を聞いてもらって今に至るのだけど……落ち着かない。

サリーの洋服を借りたのはいいけど、普段自分が着ない感じの服だから少し違和感がある。ちょっとむずむずしながら、着込んだ服を見下ろす。


ピンク大好きなサリーにしては落ち着いた大人っぽいベルベット生地で作られた暗めのワインレッドのドレス。首回りはスクエアにカットされ、黒いレースが僅かに鎖骨と平行になるように飾られていた。

その四角い襟回りには黒いビーズと刺繍で小さな花と雪の結晶が控えめに描かれ、長袖の袖口と足首まである裾には黒いレースに縁取られている。


首回りには黒のベルベット地のチョーカー。揺れるドロップ型のピジョンブラット。髪には、黒みが強いワインレッドのベルベット生地で、長くて幅広のリボンが髪に編み込まれながらアップにまとめられていて、おまけにそのリボンには金糸と銀糸で刺繍された小花と雪の結晶が彩りを添えていた。……怖い。普段着なのに、チョーカーのルビーとか、きらびやかなリボンとか。今、必要ないよね? 壊したら怖い壊したら怖い。


「あの、頭も冷えたし、お昼近くなったから、わたしはこれで帰るね。服は洗って返すから、とりあえずこのチョーカーとリボンは返しておくよ。わたしの服と髪飾り返して」

「何を言っているの?」

「え?」

「言われっぱなしで悔しくないの、リフィ!? 乙女心を傷つけられて悔しくて、怒ったのでしょう? 当たり前だわ、そこまで侮辱されて泣き寝入りなんてする必要なくてよ!」

「うん、怒ったんだけどね、わたしも確かに女の子としてちょっとどうかなと思う部分もあるのは、わかってるんだよ。男の子みたいな格好してたし、たぶん、図星さされて反射的に怒ったのかな━…って」


……うん、淑女らしくない振るまいに心当たりはたくさんあるよ。自分でもわかってるよ。前世ただでさえ、恋人いない歴と年齢が同じだったし、女の子らしくないと納得してたし、この外見でだって未だに告白とかされてませんけど、何か。


どうせ中身が少し残念ですよ、腹立つけど! 大きなお世話だ、あの最強私兵団め。

もうわたしの恋人とか恋愛事情なんて放っておいて、少しは複雑で繊細な女心を理解しろー。本当に失礼しちゃう。


━━なんて、ついカッとなって怒ってきたけど、話を聞いてもらって冷静になり。やっぱり後悔してます。皆もからかいすぎだけど、わたしも悪かったよね。それに、一番大切なのはそんなことより、ケイと母が無事に生き延びてくれることだよ。

そのために、おしゃれや服よりも他国の魔法や薬学にまで手を伸ばしたんだから。


あの人……父のエアルドは、死んではいなかったけど、この国の公式的には事故死ってことになってしまった。コレはシナリオの通り、になるのかな? よく分からないけど、辻褄は合っているよね。信じたくないけど。でも、シナリオあっても関係ない。

ヒロインでも何でもどうでもいい。わたしはあの二人を守るよ。


「そこで納得してどうするのよ、リフィ!! その使用人たちは子供とはいえ、女性に対して言ってはならない侮辱をしたのよ!? たとえリフィが、見目が素晴らしくよくて中が少し残念でも、それはそれで魅力的くらい言ってこそ紳士というものよ! 全く、ケイはその辺の教育を使用人に徹底させるべきだわ!」


最強私兵団『影』をサンルテアに仕える人たちと、ぼかしたわたしの説明に、興奮したように拳を握って、そばかすのある顔を不機嫌に歪ませて力説するサリー。けどちょっと待って。


「あれ、わたしがサリーに貶されてる?」

「気のせいよ。この羨ましい容姿で、自覚なしに汚れて少女らしからぬ言動をするのは残念としか言えないし、幻想を打ち砕かれる彼らの気持ちもわかるけど」

「やっぱりわたし貶されてるよね!?」

「そこは流していいわ。でもよく聞いておいてよ」

「どっち!? 流していいの、駄目なの!?」


何気に親友までわたしに酷い気がする! ちょっと友情を疑ったよ!?


「大丈夫よ、リフィ! 私に任せてちょうだい! あのお手入れ放ったらかしで乙女のおの字もなかった親友が、ようやくおしゃれすることを学んで生まれ変わろうとしているのだから、私がしっかり更正するわ!」

「わたしそこまで酷かった!? サリーが意識しすぎなだけだよ。わたしは普通なはず」

「そうよね。私は普通よりはおしゃれだわ。よくわかっているわね! ちなみにそれは、私のことをバカにした親戚貴族に目にもの見せるために用意したあなた用の服よ。思った通りよく似合っているわ。さすが私ね!」

「……うん、そーだね」


もう疲れたから、適当に流しとこう。

自分で話して愚痴を聞いてもらってなんだけど、段々と帰りたくなってきたよ。十日後にはサンルテアの慣習で、ケイが領地で魔物討伐の見回りを始めるから、わたしもついていく準備の最終確認をしないと。出発は一週間後だったよね。

ふぅ、と息を吐いたら、ふと、何か引っかかった。満面の笑顔で何か企んでいる幼馴染みが不気味で怖い。


「ちょうどいいでしょう?」

「何が?」

「私のモデル三回は引き受けて、お茶会に付き合ってくれると言っていたわよね?」

「……………一年経って何もないから無効かなって」

「駄目よ。せめて一度は付き合ってもらうわ! そうじゃなきゃ、あの貧乏貴族をギャフンと言わせられないじゃないの!」

「………そですか」

「そうよ! タイミングよく、リフィも女の子らしく振る舞って、恋人もしくは婚約者をゲットしようとやる気を見せている今がチャンスだわ! ケイの訓練なんて見るのはやめて、もっと美意識を高めて、いい物件を捕まえるの頑張るわよ。幸い、そのお茶会には貴族も割りと来るわ。リフィで全部釣り上げて、あの子たちが悔しがれば胸がスッとするわ」

「……わたしは撒き餌デスカ」

「リフィにもいいことあるわよ。そこで婚約者候補でも未来の友人でも何でも捕まえて、その使用人たちを見返してやればいいのよ」

「………それは少し見てみたいかも…。でも、やっぱり遠慮するよ。わたしは他にやることあるから」


悔しがらせて、わたしだってやればできるんだ、と見せつけたい気持ちはあるよ。それ以上に、魔物によって亡くなる予定と思われる従兄弟の方が大事。何事もなく終わるのが一番なんだけど、何とも言えないから不安になる。


見通しが不鮮明で、いつ魔物に襲われて亡くなるのかと戦々恐々としてきた数ヶ月前に比べれば、油断大敵でも予測がついた今の方がまだ穏やかさと冷静さをどうにか保てているんだよね。

それまでは守りが強く殆ど魔物が出没しない王都で、どうやって襲われるのか謎で、魔物が王都に大量に現れたら、国中がパニックになるからどうするのかと不安になったけれど。


サンルテアの慣習を聞いたときは、それだ! と、納得したよ。魔物がいる黒の森と、隣国ゴルド国国境と隣接している、王都から北西に位置するサンルテアの男爵領。そこでなら魔物が出やすい。


ゴルド国も三分の一は黒の森に接しているから被害が大きいけど、この国では優秀なサンルテアの私兵が、それでも手に終えない場合は代々の領主が最小限の被害で食い止めて、領民も国民も守ってきた。


……本来なら、直系の母やその夫が、もしくはわたしがする可能性があったその役目。それを請け負ってくれたと思うと、母には母なりの気遣いや考えがあったのかもしれないけど、ケイや叔父様に申し訳なくなった。


慣習を聞いてから、すかさず自分もついていきたいと強引に押しきり、何とか勝ち取った権利。改めてサンルテアの領地について学んで、数十年に一度、大量の魔物が押し寄せてくる『大波』と言われる現象があることを知ったよ。


そこでまたもや納得。魔物討伐を生業なりわいとするその辺のギルドの冒険者よりも、お世辞抜きで遥かに激強げきつよのハイスペック従兄弟。そんなケイが魔物にやられるってどんな状況か不思議だったけど、上級の魔物が混じって大量に押し寄せれば……可能性はあるのかなって。━━そんな可能性許せないから、ぶっ壊してすり潰す気満々ですが。

……本当に起こるかは半信半疑だけど。とりあえず不機嫌になって愚痴とか言ってる場合じゃないよ、わたし!


他にやることがある、と今後のことに思いを馳せていたわたしに、サリーが「わかるわ! 任せて」と深く同意してきた。

よし、帰ろうと席を立とうとしたら。

「バッチリみっちり女の子らしさを学ばせてあげるわ!」と、茶褐色の目を輝かせる友人。話が勝手に進んでいたよ。


「まずは私の部屋に来て」


付き合った方が早く帰れると考えて、ソファーから腰を浮かせると、ノック音がしてメイドが入ってきた。

ヒソヒソとサリーに耳打ち。サリーは楽しそうに小さく口元をにんまりさせ、「わかったわ」と返した。メイドが一礼して、しずしずと退室。


「何か忙しい? 来客? それならわたし、帰るよ。元々、突撃訪問かましたわたしが悪いから」

「何でもないから気にしなくていいのよ。……それより、リフィ。女の子は『突撃訪問かました』なんて言わないわよ。やり直し」

「まさかのダメ出し! ええと、突然お邪魔したわたしが悪いので、本日はこれで失礼します」


サリーが「よろしい」と頷いた。でも気にしなくていいから行くわよ、とわたしを連れだって部屋に向かった。

サリーの部屋に入るのは久しぶりな気がする。

そして相変わらず、ピンクと白を基調としたヒラヒラした布やリボンで統一された正しくお姫様というか愛らしい乙女の部屋。


その一室である白い本棚にびっしり詰まったサリーの愛読書のある部屋。本棚を眺めると、絵本から子供向けの恋愛の小説、他国のドレスやこれまでの服飾の歴史本、装飾品のカタログ等が綺麗に揃えられていた。

そこのテーブル椅子に向かい合って座って、わたしはサリーから何故か質問を受けています。


「リフィ、少し質問に答えてもらうわ。もし、男性と一緒にいてチンピラに絡まれたとするわね。そのときにとるあなたの行動は何かしら?」

「絡むのはやめてと言って、やめないなら警備隊を呼ぶか痛い目に遇うことになると忠告する、かな」

「はぁああぁ」


……随分と深い息を吐き出されました。え、どこか問題があった? 普通の対応だよね。


「それはつまり、あなたが前に出るってことよね?」

「うん」

「うん、じゃないわよ? それで、もしそのならず者が手を出してきたらどうするの?」

「はっ倒す」

「はぁあぁあぁ!?」


メンチ切られた!? えっ、何で? …あ、そっか。


「わかった、薙ぎ倒す!」

「言い方の問題じゃないわよ!」

「違うの?」


サリーが頭を抱え込んでしまった。

様子を見守っていると、深く息を吐いて顔をあげた。目がばっちり合う。


「まず、男性と一緒にいて絡まれたら、か弱い女性は『きゃっ』とか、悲鳴をあげてその後ろに隠れるものでしょう? 自ら前に出ないわよ! だから、相手が手を出してきたらそれに対処するのもその男性。間違ってもはっ倒したり、薙ぎ倒したりしないものなの! わかった!?」

「あぁ、なるほど」

「どれだけ乙女らしさとかけ離れているか、よくわかったわ。その顔でそんな行動とられたら、男の幻想が崩れるわよね」

「でもわたし、それなりに強いから」

「だまらっしゃい。そんなことばかりしていたら、脳筋男とおんなじになるわよ」

「!?」


━━何ですと!?

衝撃を受けて、愕然とするわたしに、サリーが本棚から数冊抜き出して、わたしの前に置いた。


「いいことリフィ、私がちょっと席をはずしている間に、せめてこの本を読んで女の子らしさを学ぶのよ。その主人公たちみたいなか弱くても芯のある強さとか、可愛らしい振る舞いを学んでおいて」

「……でも」

「脳筋男とおんなじになりたいの?」

「読ませていただきます」


それは切実に回避したい。

子供向けの小説なら読みやすいよね。物語として楽しむ分には気分転換にもなるかな。わたしが手を伸ばして、本を開いたのを見届けてから、サリーは部屋を出ていった。




・・・ *** ・・・ (ケイ)




からかいすぎたかな、そう思わないでもなかったけど、止めるのが遅れたら、従兄弟を本格的に怒らせてしまった。

初めて素っ気なく対応されて、自分でも意外なほど僕はショックを受けていた。……ちょっと後で、からかい過ぎた『影』全員を叩きのめそうかな。


本当にもう来ないなんてなったら、それどころか会わないなんてなったら、どうしよう。そうならないと思っているのに、不安になった。


『━━どうせわたしは可愛くありませんよーだ! 恋人とか結婚とか余計なお世話! 放っとけこんちくしょー』


可愛らしくベーっ、と小さい舌を出して、移動魔法を発動していなくなったリフィ。異空間入れ物のポシェットも忘れている。

残された『影』も僕も、両手で顔を隠してしゃがんだり俯いたり、目元を片手で覆ったり、にやけそうになる口元を隠しながら、顔を赤くしていた。


━━可愛い…。


起きている全員の態度や表情を窺い見れば、そう思っているのは一目瞭然だった。身悶えるおっさんは可愛いとは思えないけど、最強私兵団と名高い団員がでれでれと情けない顔をしている。━━愛されてるなぁ、リフィ。


でもどうしようかな。下級精霊を使って見守るのは禁止されたけど、追って来るなとは言われなかった。懐中時計を取り出して見れば、時刻は九時半前。

町に行ったはいいものの、着替えも食事もしてなくて困りそう。でも真っ直ぐ帰るのも渋って行くとしたら、サリーのとこかな。僕は予想して、少し時間を置くことにした。

ため息を一つ吐くと、メイドが一人、僕のもとにやって来た。


「ケイトス様、朝食の準備が整いました。浴室もいつでも使えるようになっております」

「ありがとう。でも、リフィはちょっと急用で先に帰ったから、一人分でいいよ」

「……そうでしたか。ご気分でも悪くされたのですか?」

「そんなところ。もしかしたら暫く来ないかも」


悪くしたのは気分じゃなくて機嫌だけど。

世話ができないとあからさまにがっかりするメイド。世話する女性がいなかったけど、リフィが来てからはいつも楽しそうだったよね。悪いことをしたかな。


「ケイトス様、クーガさんから手紙が届いてます」

「ありがとう」


受け取って、僕は小さく息を吐いた。

クーガがいたら、こんなことになる前にフォローしてくれたかな。

五日前からクーガは、十日後に魔物討伐の見回りを行う予定のサンルテア領に先に入って、僕と一緒に領内を三日間見回るギルドメンバーと会って、事前説明や見回る場所の確認をしてくれていた。他にも食料や滞在する場所の設備を用意してくれている。今回はリフィも同行するから、念入りにやってそう。


シャワーを浴びて着替えて、朝食をとってからクーガの手紙に目を通した。住民は落ち着いているものの、例年よりも魔物の出現が多いらしい。念のため、常駐の私兵団『夜』を多めに『影』の幹部も滞在させるとのこと。至れり尽くせりというか、『影』も置くなんて、リフィのための守り強化かな。


後でリフィにも教えておかないと。

王都を本拠地として活動し、地方や国外に派遣して隠密、諜報をこなして一定の戦闘力を持つのが『影』。サンルテアの私兵団であり、国の諜報機関の役目をしていて、王族のお抱えの騎士団やその団の中で隠密行動をとる部隊とは別の存在。


そして、私兵団の『夜』部隊は、サンルテアの領地のみで活動し、魔物から領民を守り、当主を支える部隊。魔物討伐に特化していて、諜報や裏社会からは少し遠い一団だ。『影』と『夜』は仲は悪くないけど、お互いに別という意識がある。まぁ、最低限協力して動いてくれれば問題ないかな。


それよりも今は、訓練後の『影』たちが鬱陶しい。

リフィのお茶を飲んで、すっきり体調万全になった本日の魔法強化組だった面々が、気絶している間に起こったことを落ち込む体術強化組から聞くやいなや、体術強化組を責めて険悪な雰囲気になった。ちなみにアッシュも元気に起きたけど、目と鼻に負ったダメージが深刻で、夜には戻ると異界に戻った。


元から町にいる『影』から、リフィがサリーの家に向かったと報告を受けた僕は、シャワー前にサリーの家に訪問の伺いを立てていた。そのときに許可はもらったので、移動魔法を発動させた。『影』の面々には、リフィに会ってくるから、いがみ合いをやめるように告げて。


そうして、訪ねたサリーの家の応接室で待たされること、十数分。サーモンピンクのドレスを着たサリーが現れた。

そのサリーから、ここに来てからの様子とさっきまでの話を一部始終聞かされて、僕は笑いを堪えていた。


「今は私の部屋で読書という名の乙女心と振る舞いを学んでいるわ」

「そうなんだ」

「………意外だわ。クールで冷静なケイでも、そんな風に笑うことがあるのね。それともリフィのこと限定なのかしら?」

「さぁね。とりあえず、リフィのことありがとう。変わらず元気そうでよかった」


機嫌も直っていそうで一安心かな。

サリーは嘆かわしそうに、僕を睨んできた。


「笑いごとじゃないわよ! あなたの訓練を見学してから、ますます女の子らしさから離れちゃったじゃない。どうしてくれるのよ! 守ってもらうどころか、前に出てはっ倒す、よ!?」

「リフィらしい受け答えだよね」

「そうだけど、そうじゃなくて。とにかく、リフィには私の会社の服を着て、モデルとして次のお茶会に出てもらうわ。リフィにもそこで新しい友達を見つけるように言ってあるから、そのためにもそれまでに、もう少し女の子らしく振る舞えるよう私の方で預かるわ」

「リフィを利用して、貴族の令嬢の鼻をあかしてやるって聞こえるのは何でかな。でも悪いけど、それは遠慮して」

「どうして? とてもいい出来なのよ。きっと貴族子息も豪商の後取りも寄ってくるわ。それにリフィが行くと決めたら、あなたに止める権利はないわよね。それとも行かせたくない理由でもあるの?」


楽しそうにニヤリと笑うサリー。

僕も笑顔を返した。


「リフィは出たくないって言ったはずだよ。それに一週間後には、サンルテアの領に行く予定だから、お茶会に出ている暇も、サリーの特訓を受けている暇もないと思う」


断られた心当たりがあるのか、サリーが一瞬怯んだ。


「だ、大丈夫よ。お茶会は十月初めだから。心配ならケイも参加する? リフィとペアになるような服を着ていけば、牽制にもなるわ。変なのがまとわりつかないよう、見守れるもの」

「僕もモデルとして利用したい、と。出演料は高いよ?」

「友達料金で負けて。いいじゃない、きっと一対の人形みたいで可愛いわよ」

「考えておくよ。それより、そろそろ」

「わかっているわ。案内するからついてきて」


僕はサリーの後について応接室を出て、彼女の部屋に向かう。

サリーは「入るわよ」と声をかけてドアを開けた。

室内は……何て言うか、サリーらしいね。ピンクと白の女の子らしい部屋だった。その部屋で、読書する少女が一人。


上品に座って動くこともなく、その装いと姿も相まって一枚の絵画か人形のようだ。瞬きを繰り返す長い睫毛が動くので、生きているとわかる。伏し目がちで大人びた横顔に子供特有の白くまろい頬。陰影を落とす横顔は全体的に静謐さをまとっていて、邪魔をしてはいけない雰囲気を感じさせる。


「……」

「……似合っていて、可愛いでしょ」

「そうだね。さすがサリーのデザイン。あとはリフィも」

「普段着が飾り気ないし、見慣れているから忘れがちだけど、改めて着飾らせて見ると本当に綺麗よね。同性の私でも思わず見惚れちゃったわ」

「………それなのに、本人は告白されたことも婚約の申し込みもないって落ち込んでいたけど」

「そんなの周りが気後れしているだけよ。もう少し成長したら、なりふり構わず必死に振り向かせようとするわよ」


入り口で声を抑えて話し合う僕たちには気づかず、リフィは読書に集中していた。相変わらず本に夢中になると、周りが見えないようだ。


「私はお茶のおかわりを手配してくるから、話すことあるなら早くしてね」

「ありがとう」


サリーが部屋を出ていき、僕は気配を消さずに普通にリフィに近寄った。隣に立って、子供向けの本を覗き込む。髪もいつもより丁寧に綺麗に編み込まれている。僕の贈った髪飾りがないけど、服も装飾品もサリーが誂えただけあってよく合っていた。


「何を読んでるの、リフィ?」

「サリーオススメの恋愛小説」

「面白い?」

「うんまぁ、それなりに。多少の冒険もあるから読みやすいよ」


読書中の問いかけに無意識に答えるリフィ。きっと本人に自覚はなく、それ故に正直な反応。嘘も誤魔化しもない本音の答え。


「それなりなんだ。でも、女の子ってそういう話好きなものじゃないの?」

「うーん、わたしは前にたくさん読んだから、懐かしいって感じかな。それにやっぱり物語は物語で現実とは違うから」

「………うん、そっか」


━━これは、女の子の普通の反応? いや、違うよね。七歳でこんな達観したシビアな答えが返ってくるとは思わなかったよ。

口ではそんなことを言いつつ実は少しくらい期待が混じりそうなものの、それが一切なかった。何て言うか「そんな展開ねーよ」という醒めた感じで、…うん、ある意味リフィらしい反応、なのかな?

それよりも、気になったのは。


「リフィ、前にたくさん読んだから懐かしいって、どういうこと? リフィが本好きなのは知っているけど、君の家には子供向けの恋愛小説なんて置いてなかったよね」

「それは━━」


リフィが沈黙して、ふと、顔をあげた。首を回して僕を見て、ゆっくり瞬いた。はっと現実に戻ってきたみたいに、驚く。

正面から改めて見ても、佳人だと思う。


「えっ、ケイ!? 何で、ここに…」

「心配で迎えに来たよ。ここにいるかなって」

「わたしってわかりやすいんだ」

「……むしろわからなくて困るんだよね」

「え?」

「何でもないよ。それより、前に恋愛小説をたくさん読んでいたの? 七歳の君が懐かしいと感じるなんていつから読んでたのかな?」

「………ケイと会う前に」

「そのわりに家には子供向けの恋愛小説なんてなかったよね?」

「………本屋さんで立ち読みしたり、図書館で読んだことがあって」

「そうなんだ」


本を閉じて席を立って、曖昧に頷くリフィ。怒りは解けているみたいでよかった。とりあえず、これ以上突っ込んでやぶ蛇にならないように話を変えようか。


「リフィ、クーガから連絡が来て、準備万端だって。ただ例年よりも魔物の出現が多いらしいから、リフィが残る屋敷の守りは強くしてあるけど、絶対に敷地内から出ないでね」

「えと、ギルドの冒険者としてわたしも付いていっちゃ」

「リフィ、他の人と一緒に行動して、力をバレないようにできる?」

「……大人しくしてます」

「うん、そうして」


その方が安心できる。

確かに頼りになるけど、周りは全員大人の男だから。ある程度サンルテアと付き合いがあっても、向こうは子供のお守りくらいの認識だろう。


「リフィ、皆もからかいすぎたって仕事にならないほど落ち込んで反省してたから、また明日から来ない? しっかり謝らせるから。僕も傷つけたなら謝るよ。ちょっと言い方きつかったよね。ごめん」

「わたしの方こそごめんね。確かにムッとしたけど、重要なのはそこじゃないって気づいたの」

「ん?」

「とりあえず、まだ強さは必要みたいだから、これからも頑張るよ。その後に訓練を減らして、お母様みたいに女性らしさを身につけても遅くないと思うから」


えーと、いつかはやめるけど、今は訓練を継続するってことだよね。リフィなら時と場所と場合で淑女らしく使い分けて、十分振る舞えると思うよ。一先ず、仲直りできてほっとした。

それから、普段とは別人と見間違うような、お姫様もかくやという従兄弟を見て、少し不安になった。


「サリーとお茶会に出席するの?」

「どうしようかなって。断ったけど、サリーが困っているのなら別に参加しても……イヤだけど。面倒だけど、まぁ。ドレスの宣伝お披露目したらすぐに退場すれば問題ないはず」

「……新しい友達ほしい?」

「貴族はいらない。でも、豪商との繋がりは…お母様たちのためになるのなら、あっても損はないよね」

「……そっか。もしそれに僕も出るって言ったら」

「本当に!? ケイがいるなら心強いよ!」


満面の笑みで言われたよ。

うん、間違いなく本心だね。凄く生き生きとして喜んでいる。僕が側にいたら、豪商の後取りが近寄ってこないとか考えてないみたい。そんなことより、領地で行われる慣習の方が気になっているようで、何やら考え込んでいた。


「それにしても、動きが活発化して魔物が多く……。クーガはその慣例中は側にいないんだよね?」

「うん。領地にいる執事が領内のことを取り仕切っているから。ちなみに、向こうは『影』じゃなくて、サンルテアの領地のみで動く『夜』部隊が常駐しているよ」


リフィは初耳のようで、僕は簡単に違いを説明した。考え込んだリフィが幾つか質問してくる。


「サンルテアの領地内は完全に『夜』の領域で、『影』のみんなは見つからずに行動もできるけど、揉めないために互いの領域は侵さないようにしているんだね。それで『影』よりも魔物退治の専門ではあるけど、個人の実力は『影』に軍配があがると。魔物討伐も『影』の方が強いんだね」


「身も蓋もない言い方だけど、そうだよ。だから、敵視というか意識しているのは『夜』部隊の方。ただサンルテアへの忠誠心はどちらも強いよ。『夜』の連携は見事だし、黒の森があるから国の騎士団や地方神殿に配置されている人員も他の地方より多いから」


安心させるつもりで言ったのに、リフィは真っ直ぐ僕の目を見て、眉間に皺を寄せた。


「でも、普段はサンルテアの私兵団の『夜』、それが手に負えなかったら叔父様が出てくるから、彼らは体裁のためにいますよってだけで、実際に動いたことは一度もないんでしょ?」

「………まぁ」


理解力が高く、裏事情を知っている従兄弟は、簡単に真実を見抜いた。普通の人は、国の騎士団や神殿の魔法使いが領主と協力して魔物討伐をしているものと思っているから安心するのに。

サンルテアの領民は、真実を知っているというか、私兵団の方が頼りになるとわかっているけど。


「でもリフィのことは、知り合いの『影』のメンバーが必ず側で守ってくれるから」

「そっか。『影』のメンバーがいるなら、まぁ、安心かな?」

「うん? そうだね。安心していいよ」


少し僕とリフィの間で食い違いがある気がするけど、気のせいかな。


「リフィの準備大丈夫?」

「うん、もう一回荷物を確認してみて大丈夫なら、出発できるよ。明日も普通に訓練に出るね。みんなには……これから謝りにいくから」


はっきりと聞いて、僕は頬を緩めた。

リフィが、申し訳なさそうに俯く。


「薬草茶は、自分で飲むだけにして迷惑をかけないようにするよ」

「そう。それじゃ、一度僕の家にいこうか。それからリフィの家に送るよ」


手を差し出すと、リフィが安堵したように重ねてきた。タイミングよく、ドアが開いてサリーが顔を覗かせた。


「話は済んだかしら? リフィ、ケイの領地に行くなんて話、私は知らなかったわよ?」

「そうだっけ?」

「そうよ。でもまぁ、いいわ。無事に二人で戻ってきてくれて、お茶会に出てくれれば」


サリーが片目を瞑って笑った。リフィが困った顔で僕を一瞥してから、少し悩んで頷いた。


「わかったよ。でも、お披露目して宣伝が終わったらさっさと退場するからね。貴族にはわたしの名前を教えないでね」

「それはいいけど、リフィ。あなた、新しい知り合いは作らなくていいの?」


サリーが呆れた顔になる。それから、僕をちらりと見てきたので、頷いて先を促した。


「それに、おば様が社交であちこち出席している席に、あなたも是非一緒にと誘われているのでしょう? 私も時々、聞かれるもの。娘のあなたはどんな子かって。━━主におば様を気に入った男性から。お茶会に、おば様から誘われているんでしょ?」

「……わたしは、まだそういう付き合いはいいよ。まだやるべきことが終わってないから。この服、ありがとう。後で返すね」


リフィがそれ以上は触れてほしくなさそうにしたので、サリーが嘆息した。


「まぁ、いいわ。リフィもケイもモデル引き受けてくれてありがとう。絶対にこのドレス流行らせて、ばっちり稼ぐわ!」

「……お手柔らかに」


さすがサリー。逞しいね。リフィが押されるなんて、なかなかないよ。とりあえず、広告塔は引き受けたけど、しっかり釘を指しておこう。


「僕もすぐに引っ込むから。他の要望は一切受け付けないよ」


利用されるつもりはないから、紹介をするのもされるのも、誰かの相手を押し付けられるのも、その他の関わりも遠慮するよ。

笑顔の僕にサリーが小さく舌打ちしたのは、気のせいかな。


それから僕とリフィはサリーとお茶をして、紙袋にまとめられたリフィの服を持ち、お昼前にサンルテアの屋敷に移動した。




・・・ *** ・・・ (リフィ)




サリーの家からケイの家に戻ると、私兵団のみんなに歓迎された。いつものように抱き上げて捕まえようとされて困ったよ。サリーからの借り物の服、汚したり壊したりできないから。


でも、普段着と違うわたしの姿を見た面々が急に固まって少し距離をとったから、安堵した。

それから涙ながらに謝られて「まだお嫁にいくな」とか、「恋人なんて早すぎる」とか、「若を見捨てないで」とか、「相手はフルボッコだ」とか、「弱味探して別れさせるぞ、野郎共!」「おー!!」なんて、勝手に盛り上がってくれたけど、ケイが「黙らないと物理的にクビ切るよ?」と素敵笑顔で暴走を止めてくれました。

ちょっと怖かったから、一安心。


ケイの一言で静かになって、さすがはサンルテアの次期当主と感心した。

その後も、婚約者候補や恋人候補なら自分が、と同情から申し出てくれくれた人たちがいたけど、「今はそんな冗談に付き合う暇ないから」と断った。もれなくラッセルと他数名に裏山に個人訓練するからと、引きずられて行ったよ。


ちなみにメイドさんたちからは、借りた洋服は大好評で喜ばれた。破いたら怖いから服を変えるというと、がっかりされたけど。

訓練後の着替えとして用意していた服に着替えたわたしは、ほっと胸を撫で下ろしたよ。いつも通りにケイから貰った髪飾りや服が落ち着く。

その後はケイと昼食になり、食後は二人でまったりと読書した。



・*・*・*



次の日もその次の日も、訓練に参加しつつ、旅行の準備を進めて、一週間を過ごした。特に訓練は、ケイの問題があるからしっかりみっちりと。


その三日後にクーガが戻った際には、今回のちょっとした喧嘩を知られて恥ずかしかった。クーガが「よく指導しておきます」と団員を叩きのめしていく姿は、隙なく無駄なく綺麗で格好よかった。悲鳴が凄かったけど、スルーしときました。


そうしてきたる出発の日、母とメイリンと叔父とクーガに見送られながら、わたしはケイと馬車に乗り込み、後で合流する予定の異界にいるアッシュを置いて、一抹の不安を抱えながらもサンルテアの領地へと旅立った。



お疲れ様でした。

誤字脱字等は後で直しますが、内容に変更はありません

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