10, 6才 ⑤
お待たせしました。本編です。一万字越えてます。
長くなりましたが、ケイトス視点は無事に終わりました。
多少修正しつつ、読まなくても大丈夫なように進めていますが、まだ本編に出ていない攻略対象者が出ていたり、サンルテアの裏事情に触れています。誘拐話もそちらに含まれていますので、よろしければご一読ください。
人形のようだった彼が徐々に腹ぐろ…人らしくなっていったと思います。③の彼視点の話が長いですが。時々リフィ視点も入ってます。楽しんでいただけたら、幸いです。
題名の話数が間違っていたので直しました
七月も半ばを過ぎた早朝の午前五時。
毎朝、ケイトスに移動魔法で迎えに来てもらい、通い続けること二週間と少し。
午前五時から始まる本格的なサンルテアの戦闘訓練にも、半月を過ぎれば慣れてきた。
準備運動や個々の基礎訓練や魔法練習を、時折休憩を挟んで行うこと一時間半。もうすぐ七時になる。
今日はどんよりした灰色の空だった。雨が降らないといいなと、ぼんやりしていたら「始め」とクーガの声がかかった。
それでようやく正面に目を向けて、氷の魔法剣を手に凄い速さで突っ込んで来るお兄さんを視認した。わたしは前方に地面と平行になるよう真っ直ぐ手を出した。
お兄さんの突っ込む前方で炎が爆ぜた。軽やかに避けられたけど、その避けた先でもう一発火の手が上がる。
「くっ」と、サンルテアの私兵のお兄さんが剣で炎を切り裂いて、爆発を回避した。けれど残念。三発目があるんだよ。━━っておぉっ!! これも避けるんだ。さっすが!
体を捻って、大地を蹴って一直線に向かってくる。このままじゃ危ないけど、お兄さんがはっと気づいたときにはもう遅い。
見えなくしていた光の網に、蜘蛛の巣よろしく引っ掛かって動きが止まる。お兄さんが剣で切り裂いて絡まる光の網を排除したときには、わたしは風魔法で彼の背後へ。お兄さんが気づいて振り向き様に剣がわたしの残像を切り裂く。わたしは拳に風をまとわせて鍛えられた彼の丹田に一発かますと、お兄さんが吹き飛んで一回転して着地。
「そこまで」
クーガの声がかかり、わたしは一つ息を吐いて「ありがとうございました」と頭を下げた。対戦相手のお兄さん━━デゼルが破顔して氷の剣を消した。
「始めて二週間でここまで強くなられるなんて、さすがですね、お嬢」
「デゼル~。お前が弱すぎなんじゃねぇの」
「言えてる」
「まぁお嬢の成長速度も大したものだけどな。これならギルド依頼の魔物討伐Dランクは楽勝でいけるだろ」
戦闘訓練を見ていたサンルテアの私兵団のお兄さんやおじさんたちが口々に感想を聞かせてくれた。わたしはその評価がお世辞でも嬉しくて、笑みを浮かべた。
「本当? ありがとう! それなら早速、頑張ってみようかな」
「おう! 頑張ってください、お嬢」
「何なら付き添いましょうか?」
「あ、それならオレも行きます」
模擬戦が終わったからか、大柄なサンルテアの私兵の方々がわたしの周りを囲った。
最初は、誕生日前に町で人拐いにあって首を絞められた事とか思い出して、怖くて慣れなくてビックリした。でも今では皆がいい人で、わたしを「お嬢」と呼んで頭を撫でたり、抱き抱えたり、高い高いをしたり、お腹すいてないかとおやつをくれたり。……時々、幼子や小動物のように扱われているのは気のせいだよね。いや、幼女だけども。
とにかく、彼らにも大分慣れて仲良くなりました!
ケイとクーガ曰く、「強面の私兵たちが別人かと思うくらいにでれでれに崩れている」とのこと。甘やかされている自覚はあるよ。何せ、訓練中や休憩中は誰かが必ず側にいて、膝の上に座らせられたり、おんぶされたり、抱っこされたり、とても可愛がられていると思う。
さすがに「あと十年、歳を取ってくれていたら…」とか「二十歳差ならまだいけるんじゃ…」とかじっと真剣に見て言われたときは逃げたくなったけど。
あまりに構うようなら、ケイとクーガが蹴散らしてくれる。……ロリコンに捕まる趣味は生憎と持ち合わせておりません。
「リフィーユ様、お怪我はございませんか?」
「大丈夫だよ、クーガ」
私兵のお兄さんたちを散らして、メイリンと同じ茶髪と茶色の目をしたナイスミドルがすっと側に控えた。その目がざっと見てわたしに怪我がないか確認する。わたしが怪我したら、戦った人がケイとクーガに怒られちゃうからね。
訓練に参加した当初、うっかり擦り傷を作っただけで、対戦相手が周りから目茶苦茶お叱りを受けていた。物凄い圧力に青ざめたその人が「せ、責任とります」と口にすれば、「ふざけんじゃねぇ」とあちこちから小突かれて、袋叩きにあっていた。……いや、そこまでしなくても…。と軽く引いた。だってこのくらいの傷は母たちとの訓練でしょっちゅうだよ。
そう言えば、「さすがはお嬢。だからそんなに魔法や体術の基礎がしっかりしていて強いんですね」と周りに誉められた。毎度代わる代わる順番にぎゅっと抱き締めて抱えあげられたり、頭や頬をくすぐるように撫でられたり、「お嬢はどこもかしこもふにふにで柔らかいですね」と評価されたり。━━あの、わたし平民で、ペットじゃないんだけど。
あまりに近すぎた人たちは、後日訓練に居なかったり、ボコボコにされたという表現がぴったりな姿になっていたり。……取り敢えず、わたしはここでは怪我をしたり、髪の毛がほんの少しでも焦げたり、切られたりしちゃいけないんだということを、まず学びました。そんなことで参加させてもらっている私兵団に、迷惑をかけたら目も当てられない。
「リフィに余計なこと吹き込まないでくれるかな。まだDランクの依頼は早いよ」
「げっ! 若!」
「……お早いお帰りですね。また他の連中を置いて一人で戻られたんですか…」
魔法を主とした訓練のわたしたちとは別に、今日は身体能力や基礎体力の向上に特化した訓練を受けて裏山に行っていたケイが一人で姿を見せた。訓練服にも呼吸にも乱れはなく、汚れもない。袖で僅かに浮かんだ額の汗を拭って歩み寄るケイに、わたしは「お帰り」と笑顔で迎えた。クーガも「ケイトス様、お疲れ様です」と頭を下げた。
「ただいま。随分と腕を上げたね、リフィ。若手の実力者のデゼルに一発入れるなんて、本気で最強冒険者を目指すの?」
「うん! あくまで目標だから、なれるとは限らないけど。それに近い場所にはいきたいかな」
「……はぁ。うん、頑張れ」
ケイがため息を吐いて、ちょっとだけ微笑んだ。それからわたしとクーガの後ろで、直立不動の体勢で一列に並んだ面々を半眼で見やった。
「僕の顔を見て『げっ!』ってどういうこと、ラッセル? リフィに余計なことしてないよね? あと、全員ニヤニヤ笑って気持ち悪い」
「ひでぇ、若!」
「どんどん口調が悪くなってるのは気のせいじゃないですよね」
「若が饒舌なのが珍しくて」
「いや~。微笑ましいなと見守っていただけですよ」
「よかったですね、若。心配しなくてもオレらは味方です」
「若の笑顔なんて任務とか茶会での演技用のしか見たことなかったもんなぁ」
「━━ラッセル!」
急に全員が、ラッセルを咎めるように睨み付けた。凄い迫力~。わたしは何がそんなにマズイ発言だったのかわからずに、こちらをチラチラ見てくる面々に首を傾げた。ケイが困ったように笑っている。
麗しの我が従兄弟どのの演技力が素晴らしく鍛えられていることは知ってるよ? わたしの誕生日会でも遺憾なく発揮されておりましたとも! いくら天使でも毎回多くの人に、笑顔を配るのは大変だよね。たまに演技の愛想笑いになる気持ちは解るよ。
そのようなことを告げたら、何故か不思議な生き物を見る目で見られたり、目玉が零れそうな顔で固まったり、ゲラゲラお腹を抱えて笑われたり、熱はないか具合が悪いんじゃと心配されたり……。わたし何かおかしなこと言った?
唯一表情を変えないクーガを不安げに見上げると、クーガが口の端を微かに上げて穏やかな慈愛に満ちた目で肯定するようにわたしを見てくれた。理解を得られたことにほっと安堵して、わたしもにこにこと微笑む。
その間にケイが私兵団一同を振り返っていて、敬礼した彼らが顔面蒼白になってふるふる震えていた気がしたのは、気のせいかな? だってわたしとクーガに振り向いたケイはいつもの天使の笑顔だったし。━━相変わらず可愛いなぁ~。頭撫でて愛でたい。女装してほしい!
従兄弟の笑顔に癒されてぽわぽわしていると。
「お嬢」と呼ばれて渋さが滲み出ているラッセルに近づいた。抱き上げられて頭を撫でられる。いきなり視界が高くなって思わず「うぉっ」と声が出てしまったのはご愛敬ってことで。淑女なら小さく可愛らしい声で「きゃっ」とか言わなくちゃいけないのかな。……「うぎゃー」ならまだ近いかな。道のりは長そうです…。
「お嬢はどうかそのままでいてくださいね」
「へ?」
「本当にそのままでいいですから」
「は?」
「お嬢はお嬢だよなぁ」
「んん?」
集まってきた方々がラッセルに抱えられたわたしを取り囲んで、よしよしと順番に頭を撫でてくる。……コレは一体何の状態なんだろう? わたしは大きくなりたいので縮ませようとするの反対~。
取り敢えず、そろそろ解放されたい。そう思っていたら、クーガから助け船が!
「……お前たち、いい加減にしろ。毎回何か事あるごとにリフィーユ様に気軽に触るのはやめろと言っただろう」
一団を取りまとめるクーガの鶴の一声に、ラッセルに下ろされてわたしは着地。落ち着かなくて元いたケイとクーガの側にとことこ戻る。
皆は直立不動でピシッと固まり、一糸乱れない。━━うん、こういう決まるところはカッコいいね。
感心して見惚れていると、ケイと一緒だった体術、体力強化組の方々が戻り、額から吹き出た汗を拭っていた。息を僅かに乱す者がいるものの、概ね怪我もなく大丈夫そうでほっとした。
今日の早朝訓練参加者全員が揃って、ケイとクーガの前に綺麗に並んだ。ケイがにっこり笑う。
「僕と一緒だった訓練班は魔法で、リフィと一緒だった訓練班は剣や体術で一人ずつ模擬戦。それが終わったら、朝食にしようか。負けた方は勝者が望むおかずを差し出すこと」
言われた一同が目を丸くして、大ブーイングで騒ぎ出す。
鬼とか悪魔とか、天使どこ消えたとか、お嬢の前だけで化け猫被ってる優しさを分けてとか、最近の若が酷いとか、前はクール過ぎてよくわかんなかったけど今は鬼畜とか、不平不満が口々に飛び出し、笑顔を浮かべたままのケイの空気が冷んやりとした。
その隣でクーガの眼光が鋭くなり、静かな威圧を放つ。それにピタッと彼らが黙った。さすがだね~。
「五分後に試合を始める。順番をすぐに決めろ」
ピリリとしたクーガの空気に呑まれた護衛、館の警備、隠密行動をこなすサンルテアの優秀な私兵団は、真剣な顔で二手に分かれて話し合いを始めた。
わたしがわくわくと様子を見守っていると、ケイに手を引かれた。
「リフィは朝食を食べたら、送るよ。今日は何か用事かあるって言ってなかった?」
「あ。そうだった」
わたしは見たいのを我慢して、ケイに手を引かれるままサンルテアの屋敷に向かった。その間に、近頃わたしが訓練中の精霊たちと目や耳といった五感を同調させる特上級魔法の成果を話した。
特上級魔法は、少し使用者に危険があって素質ある人しか使えない魔法の事で、上級魔法の上に位置する。その更に上が最上級魔法。
わたしが取得しようとしているのは、多少のぼんやりした意思はあっても、強く思考する事無く世界中のあちこちに存在する下級精霊の目や耳をわたしと同調させる事で借りて、離れた場所の見聞を出来るようにするというもの。
なんとケイは既にこなせるらしい。本当にこの従兄弟も大概ハイスペックだよね! ちなみに他に出来る知り合いがいるか聞いたら、心当たりはあるけど神殿に二、三人いるかいないかと言ったところらしい。
わたしは猛練習して、最近では暇さえあればこの特上級魔法をものにしようと必死です。だってこの魔法、物凄く使える!
例えば、お父様が落石事故に遭ったときにどんな状態でいるか確認できる。その他に多少の意思疏通は可能だから、下級精霊たちにお願いして数日間の監視とかも頼める模様。
お父様が視察に出たときに、下級精霊にお願いして見張ってもらい、異変があったら知らせてもらえるようにすれば、すぐに駆けつけることが出来て、生存の確率もぐんと上がると思う!
でも当然危険もあって、ケイでも目とか耳を借りて同調していられるのは五分が限度なんだって。それ以上は同調させた意識が混ざってしまって危険だから。過去には最悪自我を無くして、生きる屍状態になった人もいるみたい。
それにあまりに同調して波長が合いすぎても、同化したり自分の意識として戻ってこられなくなる可能性もあるから十分に気を付けるようにしっかりがっつり注意されました。
さんざん脅されてとっても怖くなったので、使うのは切羽詰まった必要最低限と決めたよ。どのみちわたしが必要としているメインは監視や何かあったら報告してほしいといったお願いだから、大丈夫。━━もうこの際ビビりで結構、そんな恐ろしいことやらないよ。安全第一で!!
改めて決意していると、ケイが気遣うように見てきた。
「訓練は上手くいってる? 何か変なこと言われたり、されたりしていない?」
「訓練はそれなりに。三分くらいなら土と風の精霊と同調できて、簡単なお願い事をきいてくれたよ。なかなか持続できないのが悔しいけど、少しずつコツを掴んで慣れてきたかな。あ、あと光の精霊王と無事に契約できたよ! 地の精霊王の召喚の感覚で何となく掴めたみたいで、今回は半月で出来るようになったの。次は風の精霊王との契約を頑張ってみようかなと計画中」
この調子で、目指せ、精霊王との契約制覇だね!! 無属性魔法の商品の方も順調。残念ながらお父様にお話を聞いて貰う約束はトラブルがあって未だに延期中だけど、プレゼンの準備は万端! バッチコ~イ!!
ケイが困ったようにこちらを見たことに気づかず、わたしは魔法や契約への意欲を漲らせていた。
「ケイはどう?」とわたしが問い返すと、微苦笑しながら「僕は風の精霊王と契約できたよ」と返されて、驚いた!
「ほふぇっ!?」
「うん、本当に。僕としてはリフィの方が心配なんだけど」
「大丈夫だよ? 特に誰かに教えてないし、話したのはケイくらいだよ」
「そうなんだ。でもうっかり使ってばれないようにしてね。リフィは努力して上手く隠せているのに、どこかでうっかり抜けるときがたまにあるから」
「ぅぐっ!」
……痛いところを容赦なく衝かれて、何も…何も反論できなかったよ。仰る通りです…!
わたしが最近自覚したことを、ケイも知っているなんて……情報が早すぎる! 誰かに聞いた!?
確かに色々やらかし、近々では、副正神殿長のルワンダさんに無属性魔法の開発中の商品をうっかり見せてしまった。ケイにはなるべく見せないと言っていたのに…。
でもここで落ち込んでいる暇はないから、無理矢理、話題転換。決して逃げた訳じゃないよ。戦略的撤退みたいな━━とにかくスルーして笑顔で誤魔化せ!
「あ、訓練の皆はとても良くしてくれているよ。何であんなに猫可愛がりされるのか不思議なくらいで、時々困惑するけど。何故か順番に、抱っこされたり、頭撫でられたり、お菓子くれたり……ペットじゃ無いって言ったのに…」
「………」
何だか少し虚しくなったよ。何故わたしがダメージを受けているんだろう。
「冗談だとは解っているんだけど、十年後に期待しているとか、十歳年上をアリだと思うかどうかとか、困ったらいつでも頼って呼べとか…とても面白くていい人たちだよね!」
冗談を言って和ませてくれたり、呼んで命令するなら何でもきくと親切に言ってくれたり。訓練中は誰かしらベッタリと側にいて抱っこしてくれたり。
ふとケイを見ると、誰かと何かを話して風を送っていた。結界があるのか会話は聞こえてこなかった。
「ケイ、何か緊急の案件?」
「違うよ。思い出したから、追加で訓練を増やしただけ」
「そうだったんだ」
成る程。では、わたしが感じた恐ろしさも気のせいかな。聞いちゃいけない気がするからスルーしておこう。えーと次、次の話題を何か! 誰か話題を提供して!
「…風の精霊王かぁ。わたしも契約できたら、ケイみたいに移動魔法とか飛行魔法とか出来るようになるかな」
「ある程度サポートしてくれると思うよ」
「そっか」
飛行魔法は上級魔法、移動魔法は特上級魔法。わたしのハイスペックを持ってしても、とても苦手な魔法で四苦八苦してます。
人によって相性のいい悪いがあるとは聞いたけど、これが難しくて。飛行魔法はわたしの中で、イメージがどうしても何かに乗って飛ぶものという印象が強くて、飛ぶのは少しだけ。でも絨毯とか箱とか何か乗るものがあれば、それで飛行する分には問題ない。条件付きの魔法って感じなんだよね。
移動魔法はもっと苦手。自分が立っている所から見えている場所への移動なら、瞬時に可能。だけど、これは誰でもそうだというけど、何度か足を運んで自分の中で覚えて消化してようやく、そこへの移動魔法が可能になるみたい。ちなみに誰かを伴う場合は、距離にもよるけど単純に魔力を二倍消費する。
わたしは自分以外が、わたしの移動魔法の失敗に巻き込んだらどうしようと不安が尽きなくて、移動が可能なのはきっと自分だけかなと思う。だって失敗して移動先が何処かわからない樹海とか、魔物の森とかだったら怖くて困るよね!
なので、この移動魔法も極力使わない方向でいこうかな。緊急時のみってことで。ケイや叔父様は移動魔法も飛行魔法も得意なのにね。……使えたら絶対便利なのに…はぁ。
でも大丈夫。アッシュがいるからね!
アッシュは地の精霊で、遠い場所の土地柄を把握していてのイメージ出来ているから移動魔法も遠くまで簡単に出来る。下級精霊とも簡単に繋がって命令も可能。さすが、もふもふ。優秀だね~! ━━それを知ったときに決めたよ。わたし一人で駄目ならアッシュも巻き込もうと。
ブルッと彼が悪寒に震えていたことには、スルー。
そのアッシュは、最初は訓練に付いてきていたけど、眠いと寝ていることの方が増えた。本人が言うには、成長期らしい。時々、今のこの国や人の暮らしを学ぼうとふらっと出掛けたり、本を読んだりしている。そして人型をとる練習をしていたので、そこは彼の自由に任せた。
アッシュとは契約してないし、ただ滞在しているだけだから。たまに、もふらせて撫でさせてくれるし、我慢できないときは抱っこしてふわふわ毛並みを堪能してるから大丈夫。
父の取引で港町のマリーナに行く日も決まって、海を挟んだ隣国の技術国家ブロン国との取引日程も大体把握したよ。約ひと月後の八月半ば。わたしはその日までにもっと魔法を磨いておかなくちゃ。通る道のりやマリーナの土地についても、現在学習中です。万全にして、絶対に助けてみせるんだから!
最近ではこっそり、ギルドに冒険者登録したフロース・メンシスで副正神殿長のルワンダさんからの依頼を受けて、二回ほど王都郊外に赴いて、影武者として活躍中。
最初は緊張したけど、何とかうまくいったよ!
依頼内容は、魔物に襲われて怪我した町の人たちを、ルワンダさんが集められた小神殿で一斉に治療━━もちろん、わたしが姿を隠して魔法を使用して彼がやったように見せかけた。
後は魔物は倒されていたけど、やたらと障気が撒き散らされて荒らされた大規模な農作地帯を、影武者として力を行使し、浄化したり。━━さすが正神殿! と町の人たちが絶賛するのを見て、少しは正神殿の威厳が回復できたかなとほっとした。
ケイとも一度だけ、Fランクのギルド依頼を試しに受けて、魔物を倒せたよ。ガチガチに緊張してロクに動けなくて、情けなくも始めは足引っ張ってばかりだったけど。
ケイが根気よくサポートしてくれて戦いにも魔物の動きにも慣れて、冷静に見たら母やメイリンとの手合わせよりかなり楽だと気づいて、炎魔法一発で消滅。
弱い魔物には使える素材や魔法石や宝石とか無いから、賞金受け取って、終了。どっと疲れたよ。
そのときにはフロース・メンシスとは別にミラ・ロサでギルドの冒険者登録してたから、ケイにはミラ・ロサの登録名を教えた。
わたしもそこで初めてケイの冒険者登録名前、ルシオラ・ノックスを知った。危うく何度か「ケイ」と呼び掛けたときは焦りました…!━━こういうところが抜けててうっかりなんだよね…。
「そう言えば、噂で聞いたんだけど、隣国のゴルド国で魔力封じが開発されたらしいよ。僕たちも魔力を使っていること自体に変わりはないから、たぶん有効だと思う。量産化されてこの国に出回るまで時間がかかるとは思うけど、リフィも気を付けてね。人拐いとかには嬉しい道具だと思うから」
「……わかった。気をつけるよ。それならやっぱり、今後魔法が使えないときのためにも体術や剣の扱いも頑張った方がいいよね!━━よし! どんとこい!」
「………うん、それはいい心がけだとは思うけど…。お願いだから、大人しくしていてね。お願いだから、本当に」
………二度言われました。それもやけに切実な口調で。
もしかしてわたしって、トラブルメーカーなの!? でも何も悪いことしてないよ? 誕生日前に、誘拐されそうになったのが初めてだし、それ以外の事件には巻き込まれてないよ!?━━まぁ危うく、攻略対象者に遭遇しそうになって慌てて回避したけど。
どっちの危機からも、ケイが助けてくれたし。
あまりにも真剣に天使が言うので、わたしが殊勝に「はい」と頷いたら、安堵したように愛らしい天使の微笑みが返ってきました! 役得だね!
ふと、お父様の案件の前に天使な従兄弟の誕生日があることを思い出す。わたしは誕生日にケイから貰った髪飾りにそっと触れた。
貴族だからそんな人たちが集まるパーティーは遠慮させて貰うけど、何か贈りたいな。一応、町で探してはいるけど、なかなかいい物が見つからない。
折角、正神殿からの依頼や魔物討伐で貰った報酬があるから、どうにかそれで買って贈りたいよね。
何を贈ろうと考えていたら。
ケイが不安そうな顔を隠すように俯いたことに気づいていないわたしは、横からの問いかけに反応が遅れた。
「えと、ごめん。ぼんやりしていたから、もう一回言ってもらってもいい?」
「……何でもないよ。ただ今日の用事って何かなって。最近は前ほど一緒に遊べなくなったから、出掛けられずに窮屈な思いをさせてないかなとか、気になって」
━━なんって、可愛い気遣いの天使!! めっちゃいい子だ!
わたしはいつもしてもらっているように、さらさらの青緑の髪を撫でた。ケイが驚いて目を丸くした。そんな年相応の表情も超絶可愛いっ!! 女装したとき並に可愛い!
「気遣ってくれてありがとう! でも大丈夫だよ。家でサリーやカルドや他の友達、時々アランさんも遊んでくれるから。読書も楽しいし、散歩も好きだし、魔法も訓練も順調だから。今日はね、ちょっと正神殿からのお呼び出しで行くの」
「正神殿からの? それは大丈夫なの? 前にも行ったよね、確か。何か力を貸して欲しいとか、依頼されているの?」
ドキッとした。━━なんて、鋭い!!
これは苦手とか言っている場合じゃなく、移動魔法を修得して正神殿にこっそり行けるようにしなくちゃ! 今はまだわたしの誕生日月で、改めて魔力測定の結果を教えてもらいにとか、母の知り合いのルワンダさんに無属性の本がないか相談にとか、言いくるめて誤魔化してきたけど。
……言えない。その通りですなんて。今日も依頼受けてますとか。
ばくばく心臓が鳴り、冷や汗が背筋を伝った。━━何で余計なことを言ったの、わたしは!? 笑顔でスルーか、誤魔化しておけばよかったのに! 今すぐ前言撤回したい!
ケイの探るような、観察に長けた視線に、わたしはさっきの従兄弟のように目を丸くして見せて、ふふっと笑った。
「大丈夫だよ~。依頼とかこんな小娘にあるわけないない。この前、無属性魔法についての文献を調べておくと、約束してくれたのを守ってくださっただけ。心配してくれてありがとうね、ケイ!」
「…そうなんだ。何もないならいいよ。君が変な争いに巻き込まれていないならそれで」
「うん。そんなことはないから安心して」
笑顔で受け流した。━━あっぶなかったー…。冷や汗が半端ない! 心臓に悪すぎ。そしてこの従兄弟が鋭すぎる!
それにしても……。
「……ケイ、最近は早朝訓練以外あまり会ってないのに、わたしの行動についてよく知ってるね」
「…そう、かな。リフィはよく目立つから、使用人からとか話が入ってくるんだよね」
「そうなの?」
「うん。後は暫く護衛がつくって伯母様たちから話を聞いてない? そこからも話を聞いているんだよ」
「あ、そっか。うん、聞いてるよ」
すっかり忘れていたけど。気配を全く感じなくて、すぐにいないものとして扱っちゃうけど。でも、それならまぁ納得かな。
でもケイは気まずそうに、少し俯いた。
「それに…僕たちの家は代々……その、武芸に長けていて、与えられた仕事も……」
「ああ、よくある任務ね」
「えっ!?」
「何だか大変だって皆よく言っているよ。さっきもケイは任務で演技してるってラッセルが言っていたのは、潜入捜査の一貫みたいなものなんでしょ? 町の人に化けて警戒心といて聞き込みとか。それは演技上手になるよね~。危険なのは心配だけど、ケイならしっかりしているから大丈夫そうだし、強いし、大人から頼られるなんて凄いね! 怪我しても光の精霊王と契約できたから瀕死の重症でも治せるよ、わたし! だから何かあったら呼んでね」
「……リフィって本当に変わってるよね」
「ぅえぇっ!?」
━━まさかの変人認定!? そんな、天使にまで言われるなんて! 本格的にわたしってヤバイ人!?
ショックを受けていたら、ケイは心底安心したように穏やかに笑って、わたしの頭を撫でてくれた。さっきとは立場が逆転した…。
「……瀕死の重症したらとか縁起の悪いこと言ってごめんなさい」
「そこじゃないけど、気にしなくていいよ」
「んん?」
「その話は終わりにして、汗流して着替えて、ご飯食べよう」
「…うん?」
ここは流していいとこ? と首を捻っていたら、「いいと思うよ」と隣から返事が。━━読心術!? 潜入捜査だけじゃなくそんなことまで会得してるの!?
ぽかんと呆けていたら、楽しげなケイにお風呂場に待機していたサンルテアのメイドさんに引き渡された。
取り敢えず、流されておくことにしました。
汗を流して、訓練服から商家の令嬢に変わり、ケイと一緒に朝食を頂きましたよ。━━さすがに、美味しい! 食べ過ぎに要注意と思いつつ、つい食べるんだけど……運動するから大丈夫! 今日もこれから魔法使う予定だから。
今のところ、まだ平和。その内に色々やっておこうと思いながら、今日も穏やかに一日が終わることをわたしは願った。
お疲れ様でした。
次は例の事件ですかねー。